経営と経済第七六巻第一号一九九六年六月
︽研究ノート︾
振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否
新 里 慶 一
Ⅰ はじめにⅡ 問題の所在(1) 振込取引の過程(2) 誤振込における関係当事者の対応(3) 誤振込における問題の核心(4) 誤振込に関する判例Ⅲ 振込における預金債権の成立(1) 成立要件(2) 受取人の預金債権取得の法的性質(3) 振込における預金債権の成立時期Ⅳ 受取人の誤指定における預金債権の成否−原因関係の要件性−(1) 判 例(2) 学 説Ⅴ むすびに代えて
経 営 と 経 済
I
はじめに
現代の経済社会においては︑件数・金額とも膨大な量の決済が︑毎日︑さまざまな形で行われているが︑その中に
あって︑振込は︑金銭債権・債務を︑債権者と債務者の間で︑直接︑現金や手形・小切手の授受をすることなく︑よ
り簡易に決済を行うことを可能にする手段として利用されており︑振込取引は︑銀行事務の機械化・合理化とともに
急速に増加し︑今日では金融機関の為替業務の中心を占めるに至っている︒
ところで︑振込は︑振込取引の全過程において何らの問題が生じない場合は︑決済手段としてこれに勝る手段はな
いと思われる︒しかし︑振込過程のいずれかの段階において︑何らかの問題が生じ︑いわゆる﹁誤振込﹂が生じた場
合には︑関係当事者が債権者・債務者といった二当事者ではなく︑さらに銀行が介在するため︑三当事者ないし四当
事者と多数存在するという振込取引の性質上︑法律関係は複雑になり︑当事者の合理的な利害調整を図ることに支障
が生ずる危険性がある︒そこで︑このような事態に備えて︑誤振込が生じた場合における法律問題の解決︑すなわち︑
振込当事者聞の合理的な利害調整方法を早急に構築する必要があると考える︒
誤振込の態様としては︑①振込依頼人(以下︑単に依頼人とする)が自己の一方的かつ単純なミスによって振込依
頼書の記入・端末の操作を誤った場合︑②仕向銀行が被住向銀行に誤った振込通知をした場合︑①被仕向銀行が依頼
人が指定した受取人とは異なる者の預金口座に誤って入金処理をした場合︑①被仕向銀行が入金通知を誤って第三者
にした場合が考えられる(注
1)
︒本稿では︑①の態様における誤振込について検討を行うこととする︒その理由は︑
以下の点にある︒すなわち︑第一に︑銀行等金融機関は各種の決済システムに対して安全対策を講じており︑現在で
は︑銀行等に起因する誤振込は︑起こりえない状況にある︒しかし︑ホlムバンキングやファームバンキングの普及
に伴って︑依頼人の単純なミスに起因する誤振込が多くなる可能性があるからである︒第二に︑依頼人の一方的かっ
単純なミスに起因する受取人の誤指定における預金債権の成否に関しては︑いくつかの下級審判例があるが(注
2)
︑
これらの判例は︑いわゆるホウワサンギョウ事件(注
3)
の理論を援用し︑下級審の段階ではあるが︑判例理論とし
てほぼ固まりつつある(注
4)
︒この判例理論に対しては︑賛否両論︑激しい議論があり(注
5)
︑この問題点は未だ
終結をみてない状況にあるからである︒第三に︑誤った振込依頼の関する法律関係は︑従来︑依頼人と住向銀行との
振込委託契約における依頼人の意思表示の暇庇の問題︑あるいは︑組戻の問題として論じられてきたが(注
6)
︑本
稿の検討は︑振込取引における預金債権の成立要件としての﹁振込依頼人と受取人間の原因関係﹂の必要性︑振込取
引における預金債権の成立ないし入金記帳の法的性質という新しい視点から分析を行うことになるからである
注
注ーー鈴木正和﹁誤振込と預金債権の成立﹂判例タイムズ七三O号(一九九O
年)
四四
頁︒
注2ー鹿児島地判平成元年一一月二七日金融法務事情一二五五号(一九九O年)三二頁︑東京地判平成二年一O月二五日金融法
務事情一二七三号(一九九O年)三九頁︑東京高判平成三年一一月二八日金融法務事情一三O八号(一九九三年)三一頁︒
注3ー昭和五一年一月二八日金融法務事情七九五号(一九七六年)四四頁︒この事件は︑依頼人が受取人を﹁豊和工業株式会社﹂
とするのを誤って﹁豊和産業側﹂と記載して振込依頼をしたところ︑仕向銀行が︑テレックスで口座番号等なしで﹁ホウワ
サンギョウ﹂と送信し︑たまたま被仕向銀行に﹁朋和産業株式会社﹂の口座があったので︑被仕向銀行がこの口座に入金処
理した事例である︒名古屋高裁は︑﹁被仕向銀行と受取人の関係は︑両者間になされた普通預金に関する約款(普通預金規定)
があり︑これにより︑あらかじめ包括的に︑被仕向銀行が現金︑手形︑小切手その他為替による振込金等の受入れを承諾し︑
振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否
経 営 と 経 済
四
受入れの都度当該振込金を受取人のために︑その預金口座に入金し︑かっ︑受取人もこの受入れを承諾して預金債権を成立
させる意思表示をしているものであることが認められ︑右契約は︑委任契約と消費寄託契約の複合契約であるということが
できる︒・・・右約款上の受入れ承諾の意思は︑客観的にも実質上正当な受取人と指定される取引上の原因関係の存在を当
然の前提としているものと解され︑右正当な受取人に対してでない振込の場合にまで︑預金として受け入れる意思があると
認めることはできない︒正常な取引通念に照らして︑当事者の通常の意思を右のように解するのが相当であるにと判示した︒
なお︑ごの事件については︑依頼人の過誤による誤振込という側面があるが︑他方では︑仕向銀行の過誤が介在していると
いう側面があり︑本稿で取扱うテlマである依頼人の一方的かつ単純なミスによる誤振込ではないので︑本稿で取扱う問題
の先例とはいえないと考える︒後藤紀一﹁振込取引をめぐる最近の判例と問題点﹂金融法務事情一二六九号(一九九O
年)
一五
頁︒
注
4
│渡辺隆生﹁誤った振込依頼と預金の成否﹂金融法務事情一三四五号(一九九三年)一五頁は︑判例の考え方について︑﹁訴
訟手続により事実関係が明らかになったことを前提に当事者間の公平を図るには都合のよい理論であるだけに︑今後発生す
ることのある同様の事案において︑裁判所がこの理論を捨て去るということは︑あまり期待できないと考えておいたほうが
無難である﹂と︑述べられている︒
注5
│本稿テlマを検討した論稿としては︑注134であげたもののほか︑主なものとして︑以下のものがあ︑注︑そして︑注
る︒鈴木正和﹁振込依頼人の過失と取扱銀行の責任﹂判例タイムズ七三O号(一九九O年)五二頁︑牧山市治﹁依頼人が振
込先を誤記入した場合の受取人は預金債権を取得しないとされた事例﹂金融法務事情一二六七号(一九九O年)一四頁以下
(前掲鹿児島地判判批)︑西尾信一﹁誤振込みと預金の成否﹂金融法務事情一二五三号(一九九O
年)
四
i五頁︑後藤紀一﹁振
込取引をめぐる最近の判例と問題点﹂金融法務事情一二六九号(一九九O年)一四1一五頁︑鈴木正和﹁誤振込と預金者の
認定﹂判例タイムズ七四六号(一九九一年)一O四i一O五頁︑木南敦﹁誤った振込と預金の成否﹂金融法務事情一三O四
号(一九九一年)七頁以下︑塩崎勤﹁誤振込による預金に対する差押えと振込依頼人からの第三者異議の訴えの許否﹂金融
一 三
1一五頁)(前掲東京地判判批)︑松本貞夫﹁為替金の組戻︑取消︑訂正と受取人等
の承諾の要否﹂手形研究四五四号(一九九一年)二一i二二頁︑菅野佳夫﹁振込をめぐる諸問題﹂判例タイムズ七八八号(一
九九二年)九O頁︑九一頁︑西尾信一﹁誤振込と預金の不成立﹂判例タイムズ七七七号(一九九二年)八六頁(前掲東京高
判判批)︑川田悦男﹁誤振込による預金成否の問題点﹂金融法務事情一三二四号(一九九二年)四i
五頁
(前
掲東
京高
判判
批)
︑
吉岡伸一﹁振込取引における法的諸問題﹂手形研究四六六号(一九九二年)二O頁以下︑山田誠一﹁誤った資金移動と不当
利得(下
)
l最三小判平三・一一・一九を手がかりとして﹂金融法務事情一三二五号(一九九二年)二五頁以下︑松本貞 法務事情一二九九号(一九九一年)
夫﹁振込取引における仕向銀行の責任および組戻し・取消・訂正の取扱いーEFT取引の法的問題に関連して│﹂﹃高窪利一
先生還暦記念現代企業法の理論と実務﹄(一九九三年︑経済法令研究会)五二01五二一頁︑西津宗英﹁一︑誤振込による
受取人口座への入金記帳によって銀行に対する預金債権は成立しないとされた事例︑二︑誤振込により入金記帳された債権
に対する差押えにつき振込依頼人からの第三者異議の訴えが認められた事例﹂判例時報一四三六号(一九九三年)一九01
一九二頁(前掲東京高判判批)︑菅原胞治﹁振込取引と原因関係
ω 1 ω (
完)│決済︑為替および振込理論の再構築のために
l﹂金融法務事情一三五八号(一九九三年)四二頁以下︑一三六O号(一九九三年)二O頁以下︑二三ハ一号(一九九三年)
一一七頁以下︑二二六三号(一九九三年)二六頁以下︑二ニ六六号(一九九三年)三二頁以下︑第一勧銀信用開発紛﹁誤振
込の事後処理対策を考えるべき﹂手形研究四八一号(一九九三年)一頁︑鈴木正和﹁誤振込と預金債権の成立﹂判例タイム
ズ八四一号(一九九四年)四八頁︑竹内明世﹁誤った振込依頼と預金債権の成否﹂中央大学大学院研究年報二四号(一九九
四年
)二
七頁
以下
︒
注6ー振込委託契約における依頼人の意思表示の暇庇に関する主な論稿としては︑以下のものがある︒前田達明﹁振込﹂加藤一
郎H林良平日河本一郎編﹃銀行取引法講座(上)﹄(一九七六年︑金融財政事情研究会)二一一九i
三二
O頁︑松本貞夫﹁振込﹂
鈴木録弥H竹内昭夫編﹃金融取引法体系第三巻﹄(一九八三年︑有斐閣)︑岩原紳作﹁コンピューターを用いた金融決済と法﹂
振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否
五
経 営 と 経 済
」ー・
/
、
金融法研究創刊号(一九八五年)九i五九頁︑後藤紀一H
木南敦
H安永正昭﹁エレクロニックバンキング化と資金移動の法
理﹂金融法研究資料編一号(一九八五年)六八1一二二頁︑松本貞夫﹁振込取引における仕向銀行の責任と組戻しの取扱い
(下)﹂金融法務事情一一三八号(一九八六年)二01二一頁︑岩原紳作﹁資金移動取引の寝庇と金融機関﹂﹃国家と市民ω﹄
(一九八七年)二三七1二四一頁︑野村豊弘﹁振込規定における公平性の確保l約款の作成にあたって考慮されるべき事情
│﹂金融法務事情一一六四号(一九八七年)一八頁︑磯村保﹁振込取引の規定化と契約法理﹂金融法務事情一一九八号(一
九八八年)一二1
二ニ
頁︒
注7
1山田・前掲(注
5)
二五頁参照︒このような問題意識から︑本稿テlマを詳細に検討するものとして︑竹内・前掲(注
5)
二七頁以下がある︒本稿の執筆にあたっては︑竹内氏の論稿から多くの示唆を得た︒
E
問題の所在ω振込取引の過程
問題点を明確にするためには︑まず振込取引の概略を示す必要がある︒振込取引は︑①依頼人が︑﹁振込依頼書﹂
に︑振込先の金融機関・庖舗名︑預金種目・口座番号︑受取人名︑振込金額︑依頼人名︑依頼人の住所・電話番号そ
の他所定の事項を正確に記入し︑振込資金および振込手数料を添えて︑仕向銀行に提出して振込を依頼する︑ことか
ら始まる(振込規定ひな型(以下では︑単に︑ひな型とする)二条一項・四項)(注
8)
︒②振込契約は︑依頼を受け
た仕向銀行は︑依頼内容を確認し振込資金等を受領したときに︑成立する(ひな型三条一項)︒その後︑仕向銀行は︑
依頼人に対し︑振込資金受取書︑振込受付書などの﹁振込資金受取書等﹂を交付する(ひな型三条三項)︒①そして︑
仕向銀行は︑﹁内国為替取扱規則﹂に従って︑被仕向銀行宛に﹁振込通知﹂を発信する(内国為替取扱規則②ー二五︑
ひな型四条一項)︒振込通知の発信方法には︑全銀システムを利用して発信する﹁テレ為替﹂︑全銀システムの磁気テー
プデータ伝送を利用して授受する﹁
M
Tデータ伝送﹂︑郵送または文書交換により授受する﹁文書為替﹂の方法があ
る︒これらの方式のいずれを選択するかは︑依頼人の選択による︒④受取人は︑予め被仕向銀行との間で︑当座勘定
取引契約や普通預金契約に基づいて︑振込金を受け入れる旨の合意をしている(当座勘定規定四条二項・同三条一項
本文︑普通預金規定三条一項)(注
9)
︒⑤被仕向銀行は︑③の通知に基づき︑受取人の預金口座の有無を検索・確認
し︑該当指定口座が存在する場合には︑直ちに入金記帳を行い︑受取人に対し︑入金があった旨の通知を行う(注
ω ) ︒
実務では︑この入金記帳の時点︑受取人の預金債権が成立するとされている︒そして︑入金手続後に預金の払戻請求
があれば︑被佐向銀行は︑それに応じて支払うことになる︒受取人への払戻が振込通知の日であれば︑資金の立替払
となるとされている(注目)︒①最後に︑被仕向銀行は︑仕向銀行との間で︑決済することになるが︑決済方法とし
ては
︑テ
レ為
替︑
M
Tlデータ伝送および文書為替のうちメル振込に基づく為替貸借の決済は︑日本銀行の﹁為替決
済規定﹂に従って行われ︑交換振込に基づく為替貸借の決済は︑手形交換によって行われる(注ロ)︒本稿で扱う誤
振込は︑①の段階におけるものである︒
ω誤振込における関係当事者の対応
依頼人が受取人を誤って指定したことに気付いた場合︑当然のことながら︑依頼人は︑仕向銀行に対して︑振込依
頼の撤回を申し出て︑振込依頼を行わなかった状態を回復しようとする︒そのような状態の戻す方法として︑﹁組戻﹂
(同八条一項)がある︒﹁組戻﹂とは︑依頼人の事情により︑一度取り組んだ為替取引を撤回する際の手続である︒
164
振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否
七
経 営 と 経 済
ノ¥
163
その特徴としては︑撤回すること︑理由は問わず︑依頼人からの申出によることにあり︑したがって︑たとえば︑原
因債務が存在しなかった場合や振込先金融機関を間違えた場合︑振込金額を間違えた場合等のほか︑振込委託の無効︑
取消の場合も含まれる︑とされる(注目)(注凶)︒
依頼人から組戻の依頼を受けた仕向銀行が︑その依頼に応じて振込金を依頼人に返還するか否かは︑当該振込事務
の処理状況に応じて︑次のような取扱となる︒まず第一に︑仕向銀行が組戻依頼の申出を受けた時に︑まだ振込通知
を被仕向銀行に対して発信していない場合には︑仕向銀行は︑その判断で︑組戻に応じることができる︒第二に︑仕
向銀行が組戻依頼の申出を受けた時に︑すでに被仕向銀行宛てに振込通知を発信している場合には︑仕向銀行の判断
のみでは組戻に応じることはできない︒この場合には︑被仕向銀行に組戻依頼をして(組戻依頼電文の発信)︑被仕
向銀行から組戻承諾の回答(組戻承諾兼資金返送電文)を得たうえで︑依頼人に対して組戻に応じることになる︒第
三に︑被仕向銀行が組戻等の依頼電文を受信したときに︑すでに受取人の預金口座に入金処理が済んでいる場合には︑
被仕向銀行の判断のみでは組戻に応じることはできない︒この場合には︑被仕向銀行は受取人に組戻依頼のあったこ
と︑および入金を取消して組戻に応じてよいかを問い合せて︑その承諾の回答を得てから︑組戻承諾の回答を仕向銀
行に行い︑承諾の回答を得られなかったときは︑組戻に応じられない旨の回答をすることになる(注目)︒本稿で問
題とする状況は︑第三の状況である︒
ω誤振込における問題の核心
依頼人が︑その一方的かつ単純なミスによって︑﹁誤った受取人﹂を指定した場合︑依頼人が︑仕向銀行に組戻依
頼の申出を行い︑﹁誤って受取人と指定された者﹂(以下︑単に﹁受取人﹂とする)から組戻の承諾を得ること︑した
がって︑振込依頼のなかった状態を回復し︑振込金を回収することは︑さほど困難であるとは思われない︒
しかし︑﹁受取人﹂がすでに預金の払戻を受けた場合や︑被住向銀行が﹁受取人﹂に対して貸金債権がある場合で︑
被仕向銀行が︑入金記帳した直後︑被仕向銀行が﹁受取人﹂の被仕向銀行に対する預金債権が成立しているとして︑
﹁受取人﹂に対する貸付債権と預金債権とを相殺したとき︑また︑﹁受取人﹂の債権者が預金債権が成立していると
して︑預金債権に対して差押・強制執行を行った場合には︑依頼人が振込依頼を行わなかった状態を回復すること︑
すなわち︑振込金相当額の返還を受けることは︑困難になると考える︒
そこで︑このような場合︑依頼人は︑﹁誰﹂に対して(注凶)︑﹁何﹂を法的根拠にして︑振込金相当額の回復を図
ればよいかが問題となる︒そして︑依頼人が返還を求めることができる対象として最初に想起されるのは︑﹁受取人﹂
であるが︑相殺や強制執行が行われる場合は︑ほとんどの場合︑﹁受取人﹂の財政状況が非常に逼迫している状況で
あると考えられるが︑依頼人は﹁受取人﹂に対して請求しなければならないとしたならば︑もし﹁受取人﹂が無資力
状態にあった場合には︑依頼人は﹁受取人﹂の無資力の危険を負担しなければならないことになる︒このような結論
が果たして妥当なのであろうか︑ということが問題となる︒すなわち︑本稿の対象とする誤振込の問題の核心は︑﹁受
取人﹂の無資力の危険を誰が負担すべきかにあると考える︒
ω誤振込に関する判例
振込依頼人の過誤に基づく振込依頼における預金債権の成立については︑未だ最高裁の判断は示されていないが︑
下級審においては︑名古屋高裁昭和五一年一月二八日判決(いわゆる﹁ホウワサンギョウ事件﹂)の理論構成を援用
して︑受取人と被仕向銀行との聞の関係を︑準委任契約と消費寄託契約の複合契約であるとし︑誤った振込依頼に基
振込
依頼
人の
過誤
に基
づく
受取
人の
誤指
定に
おけ
る預
金債
権の
成否
九
経 営 と 経 済
十
づき資金移動が実行された場合︑被仕向銀行に開設されていた受取人の預金口座に振込金に相当する入金記帳が行わ
れたとしても︑依頼人と﹁受取人﹂の間に取引上の原因関係︑すなわち︑対価関係がないから︑﹁受取人﹂を預金者
とする振込金に相当する預金債権は成立しないという見解で︑ほぼ固まっている︒
以下では︑本稿の誤振込における問題点をさらに明確にするため︑過去の判例における﹁事実の概要﹂と﹁判旨﹂
をあげることにする
①鹿児島地裁平成元年一一月二七日判決(注口)ω事実の概要
X会社(原告︑控訴人)は︑割賦販売業者であって︑加盟庖からその取扱商品を買い受け︑ユーザーに対し割賦販
売︑ローン販売もしくは立替払いの方法により販売していた︒X会社は昭和六二年七月三日から九月二四日までの間
に加盟庖訴外A会社から買い受けた商品代金三九万八
00
0円を支払うべく振込手続をしたが︑その際︑訴外Z銀行
A会社口座に振込むべきところ︑事務処理上の過誤によって︑Y銀行(被告︑被控訴人)に開設されていた訴外B会
社の普通預金口座(名義人︑預金種目︑口座番号明記)に対して振込手続をとってしまった︒これに基づいて︑Y銀
行は︑本件振込金をB会社名義の普通預金口座に入金記帳した︒Y銀行はたまたまB会社に対して回収不能債権を有
していたので︑当該預金債権と相殺した︒X
は ︑
Y銀行に対して︑右振込金を不当利得として返還の訴えを提起した︒
例 判 決 要 旨
1振込における受取人と被住向銀行との法律関係は︑その預金契約により︑あらかじめ包括的に︑被仕向銀行が為
替による振込金の受入れを承諾し︑その受入れの都度︑当該振込金を受取人のため︑その預金口座に入金し︑かつ︑
受取人もその入金の受入れを承諾して預金債権を成立させる︑準委任契約と消費寄託契約の複合契約であるという
こと
がで
きる
︒ 2
当事者双方の合理的意思からして︑右の事前の包括的な消費寄託契約の意思表示は︑無限定のものではなく︑客
観的に実質上正当な振込金の受取人と指定されるべき︑取引上の原因関係の存在を前提としているものと解すべき
であり︑したがって︑そのような原因関係を欠く︑いわゆる誤振込金については︑右の事前の包括的な意思表示に
は含まれず︑その預金債権とはならないものといわなければならない︒
被仕向銀行が︑誤振込が原因で﹁受取人﹂のため払一戻その他の現実的出指をしたとしても︑それが預金債権が真
正に成立したものと誤信してなされたものであれば︑被住向銀行は︑依頼人に対し︑利得の現存する限度︑すなわ
ち出指分を差し引いた限度で返還義務を負うにすぎないと解されるから︑出拐に際してY銀行が主張するような煩
墳な手続を経る必要は全くなく︑したがって︑当裁判所の解釈は︑現行実務の中にあっても被仕向銀行の保護に何
ら欠けるものではない︒
X主張のように︑依頼人の意思のいかんにかかわらず︑振込金が﹁受取人﹂の預金債権となるとした場合には︑
被住向銀行は︑﹁受取人﹂に誤振込があったことを奇貨として︑﹁受取人﹂に対する回収不能債権と︑右振込金によ
る預金債権とを相殺し︑それによって︑本来であれば回収不能の債権の回収を図り︑その結果︑誤振込の依頼人に
おいては︑誤振込金の回収が不能となるような事態が生じうるが︑このような結論は︑公平の見地からして容認す
べからざるものといわなければならない︒
②東京地裁平成二年一O月二五日判決(注凶)ω事実の概要
X会社(原告)は︑訴外﹁株式会社東辰﹂から事務所ビルを賃貸し毎月末日に﹁東辰﹂の預金口座
(A
銀行大森支
3 振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否 4
十
経 営 と 経 済
十
庖)に賃料などを振り込んでいた︒またX会社は︑﹁株式会社透信﹂から通信用紙等を購入しその代金を﹁透信﹂の
預金口座
(B
銀行上野支居)に振り込んでいたが︑昭和六二年一月以降は取引がなかった︒X会社では︑銀行振込を
コンピューター処理していたので︑﹁東辰﹂も﹁透信﹂も︑﹁カ)トウシン﹂と表示されており︑平成五年分の﹁東辰﹂
に対する振込金を誤って︑B銀行上野支庖﹁カ)トウシン﹂と指定してB銀行大森支庖に振込依頼をしてしまった︒
Yは﹁透信﹂に対する金銭消費貸借公正証書に基づいて︑B銀行上野支庖の﹁透信﹂の預金に対して差押をした︒差
押られた預金債権のほぼ全額が︑X会社の振込による資金であった︒そこで︑X会社は︑自らの振込による資金につ
いての預金債権の差押に対して︑第三者異議の訴により差押の排除を求めた︒ω判決要旨
1振込における受取人と被仕向銀行との関係は︑両者聞の預金契約により︑あらかじめ包括的に︑被仕向銀行が為
替による振込金等の受入れを承諾し︑受入れの都度当該振込金を受取人のため︑その預金口座に入金し︑かつ︑受
取人もこの入金の受入れを承諾してこれについて預金債権を成立させる意思表示をしているのであり︑右契約は︑
準委任契約と消費寄託契約の複合契約である︒
2受取人と被住向銀行とが︑預金債権を成立させることにつき事前に合意しているものは︑受取人との間で取引上
の原因関係ある者の振込依頼に基づき仕向銀行から振込まれてきた振込金等に限られると解するのが相当である︒
正常な取引通念︑当事者の合理的意思に合致すると思われるからである︒
3本件では︑
X会社と﹁透信﹂との間に右取引上の原因関係がないことは明らかであるから︑本件振込金について
はX会社とB銀行との間では預金契約は締結されていないことになる︒
不当利得制度の趣旨を考えた場合︑原告であるX会社は﹁透信﹂が払戻を受ける前であれば︑本件振込金の所有
4
者であるB銀行に対して︑払戻の後であれば︑﹁透信﹂に対して︑振込金と同額の金額の返還を請求できると解す
るのが相当である︒
2
①東京高裁平成三年一一月二八日判決(注印)ω事実の概要
本判決は︑前記②の控訴審判決である︒
例 判 決 要 旨
被控訴人であるX
会社
は︑
B銀行に対し︑﹁東辰﹂に賃料等を送金する意思で誤って﹁透信﹂への送金手続を依
頼したものであるから︑X会社の振込依頼には要素の錯誤があったというべきである︒しかし︑右錯誤は︑X会社
の一方的かつ単純な過失により生じたもので︑X会社が従前から支払方法として銀行振込を利用していたことに照
らし︑著しく注音ωを欠いていたものといわざるを得ず︑X会社に重大な過失があると認めるのが相当である︒
振込金について銀行が受取人の預金口座に入金記帳することにより︑受取人の預金債権が成立するのは︑受取人
と銀行との間で締結されている預金取引契約に基づくものである︒振込金による預金債権が有効に成立するために︑
受取人と依頼人との間において当該振込金を受け取る正当な原因関係が存在することを必要とするか否かも︑右預
金取引契約の定めるところによるべきであるが︑振込が原因関係を決済するための手段であることに鑑みると︑特
段の定めがない限り︑基本的にはこれを必要とするのが相当である︒
もっとも︑現代における振込は︑現金に代わる簡便な支払方法として日常的に大量かつ迅速に行われているから︑
原因関係を欠くとされる場合を広く認めるときは︑振込取引の機能を損なうおそれがある︒本件の振込は︑明白︑
形式的な手違いによる誤振込であり︑このような振込についてまで︑誤って受取人とされた﹁透信﹂のために預金 3
振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否
十
経 営 と 経 済
十四
債権が成立することは︑著しく衡平の観念に反するものであり︑通常の預金取引契約の合理的解釈とはいいがたい︒
したがって︑他に特別の事情の認められない本件においては︑﹁透信﹂のB銀行に対する本件預金債権は成立して
いないというべきである︒
注8
1全国銀行協会連合会は︑近年における銀行の為替業務の進展に伴い︑各種の預金規定等と同様の約款ひな型の制定が求め
られていたこと︑および金融制度調査会などで︑振込取引を中心とした電子資金取引における権利・義務関係の明確化をめ
ぐる議論が展開されてきたことなどを受け︑一九九五年四月一日︑﹁振込規定ひな型﹂を制定した(全銀協平六・四・一全事
第八号︑同通業第四号)︒なお︑振込規定の制定と並行して︑全銀協では︑カlド規定試案を見なおし改正した(全銀協平六
・四
・一
五全
事第
一
O号︑同通業第五号)︒振込規定ひな型制定・カlド規定試案改正の経緯と概要については︑金融法務事
情一
四一
O号(一九九五年)七頁以下に︑詳細に説明がなされている︒
注
9
1当座勘定規定四条二項は︑﹁第三者が当行の他の本支庖または他の金融機関を通じて当座勘定に振込みをした場合には︑第
三条と同様に取扱います︒﹂とし︑同三条一項本文は﹁当行の他の本支庖または他の金融機関を通じて当座勘定に振込みがあ
った場合には︑当行で当座勘定元帳へ入金記帳したうえでなければ︑支払資金としません︒﹂とし︑また︑普通預金規定三条
一項は﹁この預金口座には︑為替による振込金を受け入れます︒﹂と規定している︒
注目│全国銀行データ通信センター編﹃Q&A新しい内国為替実務﹄(一九九五年︑金融財政事情研究会)三五頁i
三六
頁︒
注日
l加藤一郎・吉原省三﹃銀行取引(第六版)﹄(一九九一年︑有斐閣)二九O
頁 ︒
注ロー全銀・前掲﹁実務﹂(注目)八1九頁︒なお︑為替決済額は︑全銀センターにおいて︑各加盟銀行から発信された電文に基
づき加盟銀行別の為替決済額を集中計算し︑決済日当日の午後三時三O分(平常時)過ぎに加盟銀行および日本銀行にそれ
ぞれ通知し︑日本銀行の各決済庖では︑決済日の決済時点(平常日の場合は午後五時)に加盟銀行の当座勘定入金または引
落を行うことにより決済される︑とされる︒また︑日本銀行と為替決済取引のない金融機関については︑為替決済取引のあ
る金融機関に決済を委託し︑委託を受けた金融機関は自己の為替貸借に委託金融機関の為替貸借を含めて決済する﹁代行決
済﹂の方法により決済している︑とされる︒全国銀行データ通信センター編・前掲書(注叩)九頁︒
注目松本・前掲(組戻)(注
5)
二四頁︑向・前掲(高窪)(注
5)
五二
三頁
︒ 注uーその他に︑訂正︑取消という制度がある︒﹁訂正﹂とは︑内国為替取扱規則では︑﹁電文の訂正とは︑加盟銀行の錯誤ある
いは顧客の依頼により原電文の一部を訂正することをいう﹂と規定されており︑依頼人が受取人を間違えたときは︑訂正手
続とよるとされている︒また︑﹁取消﹂とは︑内国為替取扱規則では︑﹁電文の取消とは︑発信した電文について加盟銀行の
錯誤により全内容を取消すこと・・・﹂と規定されている︒すなわち︑﹁取消﹂とは︑仕向銀行が電文発信後︑その取扱に錯
誤があったことに気付き︑被仕向銀行に依頼して︑電文の全内容を取消すことである︒﹁訂正﹂・﹁取消﹂については︑仕向
銀行から訂正依頼を受けた被仕向銀行は︑当該為替通知に係る為替金を受取人の預金口座に入金処理済みである場合に︑受
取人の承諾を要するかという問題がある︒松本・前掲(組戻)(注
5)
二四頁︑同・前掲(高窪)(注
5)
五二
三頁
︒
注目
lひな型八条一項は︑﹁振込契約の成立後にその依頼を取り止める場合には︑取扱庖の窓口において次の組戻しの手続により
取扱いますよと規定し︑同条三項は︑﹁第一項の場合において︑振込先金融機関がすでに振込通知を受信しているときは︑
組戻ができないことがあります︒この場合には︑受取人との間で協議してください︒﹂と規定している︒
注目
l振込規定二条三項は︑﹁前二項に定める依頼内容について︑振込依頼書の記載の不備または振込機への誤入力があったとし
ても︑これによって生じた損害については︑当行は責任を負いません︒﹂と規定している︒この結果︑誤振込による損失につ
いては︑仕向銀行が負担することはありえないことになる︒
注口ー金融法務事情一二五五号(一九九O年)三二頁︑判例タイムズ七一八号(一九九O
年)
一二
四頁
︒ 注目│金融法務事情一二七三号(一九九O年)三九頁︑判例時報一三八八号(一九九一年)二一九頁︒
注目│金融法務事情一三O八号(一九九一年)三一頁︑判例タイムズ七七四号(一九九二年)一九二頁︒
振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否
十 五
経 営 と 経 済
十
ノ、
E 振込における預金債権の成立
この章では︑誤振込における預金債権の成否における問題点︑また︑成否の結論に至るための判例・学説の理論構
成を明確にするため︑誤振込の場合ではなく︑正常な振込依頼を出発点とする場合における預金債権の成立要件と成
立時期について検討する︒ω成立要件
①依頼人と仕向銀行との間における要件ー振込依頼の存在とその有効性ー
既述したとおり︑振込取引は︑まず︑依頼人からの仕向銀行に対する振込依頼から始まる︒すなわち︑振込依頼人
が︑﹁振込依頼書﹂に︑振込依頼人の住所・氏名︑振込金額︑受取人の氏名・取引銀行名・預金種類・口座番号等を
記入し︑振込資金および振込手数料を添えて︑仕向銀行に提出して振込を依頼する(振込規定)︒これに対して︑依
頼を受けた仕向銀行は︑依頼内容を確認し振込資金等を受領した後︑依頼人に﹁振込資金等受取書﹂を交付する︒本
稿で検討する誤振込の場合には︑振込依頼に要素の錯誤があるか︑あるいは︑錯誤の問題を生じないとするか︑争い
があ
る︒
②仕向銀行と被仕向銀行との間における要件l為替取引契約の存在ー
仕向銀行は依頼内容に基づき振込先の金融機関・支庖(被仕向銀行・被仕向庖)宛に振込通知(為替通知)を発信
する︒被仕向銀行は︑この通知により受取人の預金口座の有無を検索・確認し︑該当口座が存在する場合には︑直ち
に入金手続を行い︑受取人に対して︑入金通知を行う︒被仕向銀行は︑預金として入金手続した資金を︑日本銀行の
為替決済制度を利用して︑住向銀行に請求する︒
以上のような関係が生ずるためには︑仕向銀行・被仕向銀行間に為替取引に関する基本契約がなければならない︒
それがいわゆる﹁コルレス契約﹂(為替取引契約)であって︑その契約をなす主要目的は︑銀行聞の為替通知の授受
の方法および為替資金の決済方法を定めることにあるといってよい︒
現在︑日本国内の銀行聞の為替取引は︑基本的には︑この契約が﹁内国為替運営規約﹂︑﹁内国為替取扱規則﹂︑﹁為
替決済規定﹂等によって集団的・包括的になされ︑銀行間の為替通知の大半はいわゆる﹁全銀システム﹂というデー
タ通信システムを通じて授受され︑為替資金の決済は︑全銀システムに共同接続方式で参加している共同システム内
の為替取引等の例外はあるが︑最終的には日本銀行(本支庖)を決済銀行として︑そこに設けた日本銀行取引銀行の
決済専用の預金口座間の振替処置によって行われている(注却)︒
①受取人と被住向銀行との関係における要件ω振込受入に関する事前の包括的な合意
的 実 務
実務においては︑受取人が振込によって預金債権を取得できるのは︑当座勘定規定四条二項や普通預金規定二条一
項により︑受取人は︑振込があった場合︑それを自己の預金口座に入金してもよいことを予め被仕向銀行と合意して
いるからであって︑このような契約に基づき︑かつ入金記帳記帳によって振込金相当額の預金債権を取得するとされ
てい
る(
注幻
)︒
HW
判 例
判例においては︑受取人と被仕向銀行は︑両者間に存する預金契約を前提として︑あらかじめ包括的に振込金相当
額を預金として受け入れることに合意し(これを委任契約または準委任契約と消費寄託契約の複合的契約とする)︑
振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否
十 七
経 営 と 経 済
十ノ¥
この合意に基づき︑被仕向銀行が受取人の預金口座に入金記帳することによって︑受取人の被佐向銀行に対する預金
債権が成立すると捉えている︒したがって︑判例の捉え方は︑基本的には︑実務と同様であると考えられる︒
川 門 学 説
学説においても︑当座勘定取引契約や普通預金契約に振込受入に関する包括的な合意があることを前提として︑受
取人が被住向銀行に対して預金債権を取得するということについては︑一致している︒ただし︑預金債権の成立ない
し取得の法的性質︑預金債権の成立時期については︑後に検討するように︑争いがある︒
例特定の依頼人から振込による弁済に関する受取人の個別的な承諾
振込取引は︑まず特定の依頼人が住向銀行に振込依頼をすることによって開始されるが︑受取人と被仕向銀行との
間には︑右で見たように︑振込受入に関する事前の包括的な合意が存在するため︑振込があれば︑被住向銀行として
は︑受取人の預金口座に入金記帳することによって︑受取人の預金債権を成立させる︒
しかし︑さらに︑振込による預金債権の成立には︑受取人が特定の依頼人からの振込を受け入れることを個別的に
承諾している場合にのみ預金債権が生ずると考える︒換言すれば︑特定の依頼人からの振込依頼に関しては︑何らか
の理由により拒絶することができると考える︒その理由は以下のとおりである︒すなわち︑たしかに︑個々の振込依
頼について︑受取人と被仕向銀行との間には︑当座取引規定や普通預金規定の受入条項の存在の前提として︑当該受
取人の口座に対する振込依頼があったときは︑振込を受け入れることにはなっている︒しかし︑それはあくまでも受
取人と被仕向銀行との間における事前の包括的なものであり︑振込は現金による決済ではないため︑依頼人は受取人
からの振込による決済に関する承諾をうけなければならないと考えるからである︒また︑受取人は振込を行なわれる
ことによって︑一定の不利益をこうむることがあるからである︒すなわち︑たとえば︑依頼人との聞に︑取引上生じ
た債権・債務関係についてのトラブルがあり︑振込によって預金債権が成立し︑両者聞の債権・債務関係が清算され
たものとして法的に取り扱われたのでは受取人が困るため︑振込を受領したくないと考える場合があるからである
(注幻)︒したがって︑受取人の承諾を要すると考える︒
このことは︑振込が金銭債務の金銭に代わる決済手段であるということからも︑導かれる︒すなわち︑振込は︑多
くの場合︑振込は債務の弁済の目的で行われる︒すなわち︑債務者(依頼人)が債権者(受取人)に対し債務を弁済
するために︑振込という支払方法が用いられる︒金銭債務の消滅事由としては︑金銭の弁済︑すなわち履行そのもの
以外に(金銭債務の支払手段として︑金銭以外の方法を用いることについては︑判例は︑郵便為替の送付(注幻)︑
振替貯金払出証書の送付(注
μ ) ︑銀行振出の送金小切手の交付(注お)︑銀行振出の自己宛小切手や銀行の支払保証
小切手の交付(注お)による支払については︑現実の提供があったとして取り扱っている)︑代物弁済︑更改がある
が︑振込は︑このいずれかに該当すると考えられる(注幻)︒そして︑振込が代物弁済であると解した場合)︑代物弁
済の要件としては︑﹁債権者ノ承諾﹂(民法四八二条)が必要であり︑したがって︑受取人の承諾が必要であるという
こととなる(注お)︒また︑振込は更改であると解した場合には(注鈎)︑更改は︑債権の要素を変更することによっ
て新債権を成立させるとともに︑旧債権を消滅させる契約であるとされ(注初)︑その要件としては︑債権者と債務
者間の契約が必要であり︑したがって︑債権者の承諾が必要となる︒
ただし︑受取人による受入の承諾は︑明示的なものだけではなく︑黙示的なものでもよいと考える︒すなわち︑た
とえば︑債権者の承諾を得ないで振込が行なわれた場合でも︑債権者が遅滞なく異議を申し立てなかったとき︑契約
の申込書その他取引上の各種の印刷物に債権者の預金口座が示されているとき︑すぐに以前になされた振込に債権者
が異議を申し立てなかったときなどにおいては︑黙示の承諾があったものと取り扱うことができる︒
振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否
十 九
経 営 と 経 済
二O
③ 原 因 関 係 の 存 在
通常︑振込が行われるのは︑依頼人が受取人に対する債務を弁済しなければならないという関係がある場合である︒
すなわち︑依頼人たる債務者が受取人たる債権者に弁済をする場合である︒その他に︑振込取引が行われる場合とし
ては︑債権債務関係の清算のためではなく︑たとえば︑自己の預金口座に振込をする場合︑贈与する場合︑親から子
供への仕送りをする場合など︑さまざまな原因が考えられる︒
このように︑振込取引はそれを用いる何らかの原因が存するわけであるが︑本稿で検討する誤振込の場合には︑そ
の原因となる関係が存在しないのである︒そこで︑このような場合でも︑﹁受取人﹂の被仕向銀行に対する預金債権
が成立し︑受取人がそれを取得するかが問題となる︒判例は︑原因関係が必要であるとする︒これに対して︑学説に
おいて︑見解が分かれており︑未だ終結を見ていない状況にある︒
ω受取人の預金債権取得の法的性質
通常の場合︑以上で概観した要件が整って初めて預金債権が生ずるが︑受取人の被仕向銀行に対する預金債権が成
立する︑または︑受取人が被仕向銀行に対して預金債権を取得する場合の法律関係については︑種々の見解がある︒
①
主十
判例は︑振込における受取人と被仕向銀行との法律関係は︑両者間の預金契約により︑あらかじめ包括的に︑被仕
向銀行が為替による振込金等の受入れを承諾し︑その受入れの都度当該振込金を受取人のため︑その預金口座に入金
し︑かっ︑受取人もその入金の受入れを承諾してこれに基づいて預金債権を成立させる意思表示をしているものであ
り︑右契約は︑委任契約または準委任契約と消費寄託契約との複合的契約であるという法律論を前提として︑被仕向
伊1
銀行が受取人の預金口座に入金記帳することによって︑受取人の被仕向銀行に対する預金債権が成立するとしている︒
換言すると︑判例は︑振込において受取人の被仕向銀行に対する預金債権が成立するのは︑受取人と被仕向銀行との
間に存する﹁預金契約﹂に基づいて︑両者間には︑あらかじめ︑包括的に︑被仕向銀行が為替による振込金の受入れ
を承諾し︑その受入れの都度︑当該振込金を︑受取人のために︑その預金口座に入金し︑かつ︑受取人もその入金を
承諾して預金債権を成立させるという内容の委任ないし準委任契約と消費寄託契約の複合的契約が存し︑個別的な振
込依頼があった場合には︑このような法的性質を有する事前の包括的な契約に履行行為として︑被仕向銀行は︑その
都度︑受取人の被仕向銀行に対する預金債権が成立させる︑としている︒
② 学 説
これに対して︑学説は︑以下のように大別される(注目)︒
第一に︑振込規定または当座規定の趣旨により︑受取人と被仕向銀行の聞は︑被仕向銀行の一方的記帳により受取
人の預金となるとする見解である(注ロ)︒
第二に︑判例と同様に︑受取人と被仕向銀行との間に存する預金契約を前提として︑この預金契約が消費寄託契約
であると解されることから︑消費寄託契約の本質的要件である﹁要物性﹂(民六六六条本文・五八七条)が満たされ
ることで︑預金債権は成立し︑受取人が取得するとする見解で︑今日の通説である(注お)︒
第三に︑受取人が被仕向銀行に対して預金債権を取得するのは︑被住向銀行が仕向銀行に対する委任契約上の義務
の履行として受取人の預金口座に入金記帳し︑それによって(帳簿上)資金の移動が行なわれるとし︑﹁法律行為的
には一方的債務負担と解するほかないであろう﹂とする見解である(注
M)
︒
第四に︑預金契約の消費寄託契約性を否定して(注お)︑受取人の預金債権取得の根拠を︑ドイツにおける抽象的
振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否
経 営 と 経 済
債務約束契約に求め︑﹁受取人は︑預金口座に入金記帳されるため︑預金という形で債権を取得するが︑それは︑通
常の預金契約に基づいて取得したものではない︒被仕向銀行は︑仕向銀行の計算においてではあるが︑受取人に対し
ては︑自ら債務を負担する行為(入金記帳)をしているからである﹂とする見解である(注お)︒
③ 小 括
ω判例の検討
判例は︑振込において受取人の被仕向銀行に対する預金債権が成立するのは︑受取人と被仕向銀行との問に存する
﹁預金契約﹂に基づいて︑あらかじめ︑包括的に︑被仕向銀行が為替による振込金の受入れを承諾し︑その受入れの
都度︑当該振込金を︑受取人のために︑その預金口座に入金し︑かっ︑受取人もその入金を承諾して預金債権を成立
させるという内容の委任ないし準委任契約と消費寄託契約の複合的契約が存するからであって︑事前の包括的な契約
に基づいて︑個別的な振込依頼があった場合には︑被住向銀行は︑その契約の履行として︑その都度︑受取人の被仕
向銀行に対する預金債権が成立させる︑としている︒
振込における﹁受取人と被仕向銀行との聞の預金債権の成立﹂ないし﹁受取人の被仕向銀行に対する預金債権の取
得﹂という法律関係のなかに︑判例がいう﹁委任契約ないし準委任契約﹂的な側面は存すると考える︒しかし︑振込
による預金債権成立ないし預金債権の取得という法律関係の中に︑判例がいうような︑﹁消費寄託契約﹂的な側面が
存在するのであろうか︑疑問である︒
消費寄託契約は︑要物契約であり︑消費受寄者が︑目的物を消費しこれと種類︑品等および数量の同じ物を返還す
ることによってその価値を保管することを約し︑消費寄託者から金銭その他の代替物を受け取る契約であり︑その効
果として︑消費寄託者が消費受寄者に対して︑目的物と種類︑品等および数量の同じ物の返還請求権を取得するもの
であるとされる(注幻)︒通常の場合の預金契約︑預金債権の成立は︑当然のことであるが︑この消費寄託の定義な
いし内容には当てはまる︒しかし︑振込における預金債権の成立は︑この要件に当てはまらないと考える︒その理由
は以下のとおりである︒
第一に︑受取人は︑この定義における﹁消費寄託者﹂とはいえない︑すなわち︑受取人は︑目的物を交付していな
いか
らで
ある
(注
お)
︒
第二に︑たしかに︑判例のいう︑特定の依頼人からの個別的な振込依頼があった場合︑被仕向銀行は︑事前の包括
的な振込受入の合意に基づいて︑﹁振込金﹂を受け入れて︑それに相当する預金債務を受取人に対して負担するとい
う行為は︑消費寄託契約性を充足されるといえるのかもしれない︒しかし︑振込取引においては︑﹁振込金﹂という
金銭が移動するのではなく︑一般に︑振込取引は﹁預金債権﹂を利用した決済手段であると認識されている︒したが
って︑判例の考え方は︑このような一般的な認識に合致しないからである︒消費寄託契約性を前提とする学説上の一
部の見解が︑被仕向銀行による﹁振込金﹂の受入をもって要物性が充足されたと考えずに︑被仕向銀行が﹁振込通知﹂
を受領したこと︑被仕向銀行が﹁為替取引上の仕向銀行に対する債権﹂を取得したことをもって︑要物性の充足︑し
たがって︑消費寄託契約性の充足と述べているのは︑振込取引においては︑﹁振込金﹂が移動するのではなく︑した
がって︑﹁振込金﹂の受入によって要物性が充足されるのではないとすることの現れであると考える(注鈎)︒いずれ
にしても︑振込取引における預金債権の成立には︑消費寄託契約性の存在が要するという必然性はないように思える︒
おもうに︑判例は︑﹁受取人は銀行に対して預金債権を取得する﹂という現象から︑振込における預金債権の成立
も︑通常の意味における﹁預金契約﹂および﹁預金債権﹂の成立と同じものであると考えているのではないだろうか︒
振込依頼人の過誤に基づく受取人の誤指定における預金債権の成否