自 由 主 義 財 政 々 策 の 護 展
松
里f
賢
ヨ三
匹耳
要 目 一︑ 結
論
一一︑公経済の鉱大
三︑順応的財政々策
四︑干渉的財政々繁
五︑現今の財政々策的諮問顕
六︑計画的財政々策
︵ 一
︶
科学的研究と実践的応用的研究とは︑古︿土り︑特K官一同学と財政学とにおいて密緩K結びついて長り︑とのこ
づの科学にあクては︑実践的放問題の提起が先行したの官房学は宮廷の財産の経済的遂行K関する学問として成立
したのであるが︑中世都市において完成したる貨幣経済と信用経済の方式が︑領域国家の経済に引きつがれ︑同時
に国家の経済も複雑化したので︑従来の土うた君主への統治技術K関する準則だけでは満足せられたい主うになっ
もた︒実践的友問題の提起に土って︑現実の事拍車の科学的分析が行われ︑また現実生活の必要が科学的研究を促した︒
同時に反対に︑科挙的研究の結果もまた技術論や現実の政策K
大い
K貢献した︒しかし十九世紀を通じて︑財政学
的問題の提起と現実の財政々策的問題の提起とは明確に令一離しておらや︑現在においても︑両者の混品聞は宿命的な
ものとなっている︒とのととは特にワグネルの財政増や国民経済学の中K︑明白K
現わ
れて
いる
︒
若し原理と技術論とを区別するの必要があるとすれば︑そして科学的分析を行うものであるか︑或は科学的認識
自由主義財政々繁の発展
を基礎として実践的結論を提唱するものであるかKついて知覚するの必要があるとすれば︑王口等は技術論をも追求
すべきであると主張したい︒科技内認識上りして実践的危結論が引き出さるべきである︒国民経済学の一介科たる
財政学κ於ては︑例えば租税論の中には体系的に展開されたる技術論がある︒しかるK等しく国民経済学の一分科
たる農業政策論・商業政策論・社会政策論K沿いては︑原理原則の体系は存し怠い︒財政学と経済政策各論との間
K斯る差異のあるのはけだし︑国家叉は地方団体の経済は中枢的意思によって指導せらるるととるの目的構成体
五五
五六
︵N
44 0n 向r
︒FZ
品︒
︶
であって︑無数の独立たる個別経済の目的設定の異質性より生やる作用組織休︵
4 4
5 2
阿 話 5 相 ・
言問億四︶ではないと云うととの中忙あるのであろうe
様々の方式を有する現代同家経済は︑市場経済と多方面的に編合しているから︑国家経済の活動は国民経済にと
づτ決定的重要性があるのであクて︑との故K国家経済の占める地位が犬であればある程︑その国家経済の活動は
体系的に考察せられるととが必要と怠る︒
財政営者の財政A策に関する休系的研突の実際的重要性如何にづいては︑屡k︑懐疑的注意見が見られるけれど
阜︑最近百年乃至=一百年間の財政挙史吃顧みるときは︑財政学や財政k策に関する文献が現実の制度の進歩を促し
ているととがわかる︒現今の租税体系の重要方式は︑最初に財政学に沿いて発展し︑次第に現実の財政に沿いて実
現したのである@その実例として︑所得税に於ける累進主義︑個人的事情の創的︑最低生泊費の免税︑確定所得の
重謀︑資本蓄積の免税︑生活必需品に諜せらるる消費税の廃止︑突通税や相続税の完成等を挙げるととが出来る︒
また鉄道圏有化の思想は︑ワグ︑平ルによって完成せられたものであり︑強制的社会保険の思想は︑セ7レーによク
て提唱せられたものである︒しかし他方に沿いて︑理想の実現のため忙は︑政治家の識見や議会の洞察カを必要と
するのであって︑政治家は新放る制度の創始者であり責任者である︒例えばボピヲヅは取引高税の創設者であり︑
ヱルツベルヂルは独逸租税改箪の遂行者であった︒
私は既に自由主義財政々策の基本原則について拙論を公にしたのであるがベ早稲田大挙機関雑誌人文科学研究︑
第十七号所載拙稿﹁自由主義財政え策の基礎一﹀︑本稿においては︑引きつづいて十九世紀以後の財政的現実を傭鰍
しクク︑自由主義財政え策の原則を展開しようと思う︒
F「
一一
)
自由主義的原則の支配的友る時代Kおいては︑著しく資本主義的市場経済が発展した・十九世紀の経済的発展は
経済生話のすべての部門κおける八月業の発展に土って特色づけられ︑多くの部門において犬経営が︑田哩え残存する
小経営と並存して発展した︒
一八 八
O年以後肥あづては︑市場経済は次第K完全競争上り遠ざかり︑企業集中の結
果として︑独占と寡頭政治が現われた︒海土及び陸上の輸送機関における犬企業の出現︑鉱山業・重工業・百貨店
商業にゐける犬企業の増加︑工場の大さの拡大︑犬銀行の生成︑保険業にゐけるコンヅェルの完成︑凡ての部門に
ゐける株式会社の発展は︑同時に所得と財産の外一配の不平等をもたらし︑従って号等の不平等なる経済単位︑すな
わち企業者や株主の租税給付能力にも不平等が生じたn同時にかかる発展は経済の租税給付能力の上昇を意味し︑
税率を引上げやして租税牧入は増加した︒
自由主義経済学は福祉の漸次的噌加を期待したけれE
も ︑
資本主義経済は動態と一式ろ宿命的方式のものであっ
自由主義財政々策の発展
て︑必宇しも︑常に恒常的友発展の形態をとった訳では友く︑周知のよろた景気的リ犬ム換言すれば好況︑恐慌︑
停滞在云ろ変動的過程をたどった︒との資本主義的市場経済の動態的体系κ対立して︑協同経済と云ろ本質的に静
態的段休系があっ売︒協同経済たる国家経済が自由主義的段構造政策的原則の適用を受けて︑程度の租税によって
社会的生産物の小怒る部分を取り上ぐるに過ぎたかった時代巴おいては︑協同経済的部面の均衡は︑循環的に動
盟加する動態的友市場経済に対してもまた︑維持せられ得たけれ共︑とれはいつまでも可能なととでは注かった︒国
五 七
五 人
家経済を最小限度K制限するの原則は維持せられ得令して︑人口の増加︑労働者階級の成長︑犬都市えの人口集中
等︑十九世紀
k
bける経済的社会的友発展の結果︑国家や地方団体は市場経済的休系の不充令性にともたい︑次第
に犬猿る任務を引き受けるよろになった︒
国家経費除特に一八八O年以後︑大国の軍備競争によって更に噌加した︒陸軍の戦争技術は前世紀末までは殆ん
ど不変であったが︑第一次大戦の直前忙至って軍隊は飛行機・飛行船・新式機関銃を以て装備せられるに至った︒
海軍の技術的進歩もまた長足の進歩をたし︑海上の軍備競争は平時に沿ける予算の莫犬な負担とたった︒
前世紀に弘掛ける公企業の発生は注目κ
依す
る︒
一般に公企業が如何友る原閃上り発生したものであるかの問題を
研究するためには︑公企業左閏民経済との相互関係を検討し注げれば左らたい︒
︿ イ
﹀
前世紀に沿ける最も重要注る現象の一は︑所得分布状態の変化であって︑とれば現代に至るまで作用を及
ぼしている︒所得介布状態の変化は本質的には︑プロレタリアートすなわち賃銀労働者の発生に基くのであつで︑
前世紀初頭以来︑賃銀労働者の金人口に占める割合は次第に増加し︑との意義においては所得の平均化が粛らされ
た︒との所得の平均化は夏κ革命により︑またわイγ
プレ
l
ョンに土わ強化せられた︒労働者階級の生活水準はy
上昇し︑中間階級殊に金利生活者の所得は減少した︒かかる所得の平均化は欲望の平均化を生ぜしめ︑
一般
犬衆
は
その物質的精神的生活の基礎を引上げるκ至クた︒同種類の大衆需要の普及に伴って︑その充足を公企業によって
確保し得る可能性が作り出されたわけである︒
︵ ロ
︶
経済生活が集団的組織において強く結合すればするほど︑経済生活は国家の子渉や会企業の設立陀とって
適当友状態に治かれるとととゑる︒経済組織が経済生活において重大友意義を獲得するようになづた国民涯済は︑
自由主義財政々突の発展
小友る個別経済の分立していると乙ろの国民経済よりも︑官庁によって干渉を受け易いものであって︑私経済が強
聞な組織に合体する場合︑国家はとの組織に対する態度を変化するに至るであろう︒資本主義諸国に沿ける所謂向
由競争も︑近代資本主義的独占に至るまでの短期の過渡的段階にすぎなかったのであって︑生産がトラスト化せら
れ︑販売がカルテル化せらるるに至るや︑自由競争は殆んど排除せられ︑独占的友市場支配が成立した︒結合に不適
当であるため或る程度の自由競争の影響を受くると乙ろの生産部門においても︑共同の原料購入等によって生産費
引下︑注目的とする協定の存在を見るととがある︒国家や公共団体にとっ−てはかかる私的独占の統制を行う任務が生
やる︒すなわち第一に国家はカルテル的経営の生産物の貿主として統制を行うととが出来︑第二に国家は自己の企
業家的活動によって涜制を行うととが出来る︒自由競争の行われなくなっrたととろに対して法律的手段によって向
由競争を強制するととは出来ないから︑とれと競争的立場に立つととろの公企業を設立して︑私的独占によって生
やる危険を排除する方法がとられる︒国家叉は公共団体の経済活動の増大と私経済の集中は︑近代経済秩序におけ
る二クの並行的な現象である︒
︵ 註 ︶
註︑
プラ
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企業
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因と
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・・﹁ 328P3Sm
81 2
︺
さらにまた協同経済における生産経済と給付経済の部面は︑鉄道の国有とともに拡大し︑乙れによって鉄道網の
独占が不可避的に成立した︒同じように瓦斯・水道・電気の事業が都市によってひき受けられ︑電車も市営企業と
して行わるるに至クたe前にも述べたように独占企業の国有化は︑自由主義的構造政策の原理に合致するものであ
る
︵人文科学研究前掲参照︶畢k自由主義的方向に決定を行うととろの自由主義的議会があったが︑他方︑自由
五 九
/
、
。
主義に対する批判より出発したる社会主義的思想に基︿態度が︑との場合撞頭した・例えば下イツの﹁講壇社会主
義﹂の一団の如きが生れ出た・
乙とに沿いて財政之策にこっの方向が見られた︒一は﹁順応的財政之策﹂とも称せらるべきもので︑自由主義学
説と自由主義的秩序との原理を主張するけれHとも︑ただ財政を変化したる経済構造に適合せしめるの必要を認め一る
ものである・こは意識的に干渉を行うの方向をとり︑謂はぽ自由主義的信念忙対して疑惑をもうものであっ一て︑
の新汝る原則上旬して経済秩序を積極的陀変革しよち・とする−ものである︒かかる干渉主義に関一して最も注目すべき
とど
は︑
弊害
︑
r−F小充円すとの現はれる土ち左部分に対してのみ変革守一加え主ろとする方策が常に行はれると云ろとと
であ
る.
︵一一一︶
以上二つの方向は︑国家経済の原則花関して栴互に対立的友主張を有する舎である︒第一次大戦に至るまでは︑
とれらこつの方向の対立は劇烈ではあったけれどもた
KM
綜合せられ得た・とれを協同経済の各部門すゑわち国家
え計・生産経済・会謀経済について解明し上うe
今一家計に対しては︑均衡の原則が最高原則として適用せられ︑一般に国家家計を均衡にするための努力が行はれ
?
岡家の生産経済と給付経済とは︑著し︿紋証明せられた︒種々の会常造物の依張は︑同家経費の相応な増加によっ ヒ
て行はれ︑手数料による費用の支弁は一部令行はれたに過ぎ友い︒大学や其の他の学校︑図書館︑研究所︑模範農
場等は︑協同経済の経費を増加せしめた︒
国家の公課経済は犬たる任務を持つに至った︒特に和税率は引上げられ︑同時に租税の種類も多く怒らねばなら
放かっ売︒若し利税負担問今一の墓地中が原則として個人の給付能力であわ︑そして給付能力は種Aの源泉より這入り
来るととろの個人の所得にある・とすれば︑との給付能力は比例的所得税を以ては完全に捕捉し得られない答であっ
て︑租税理論の教えるととろによれば︑累進的所得税が理想的規範である︒累進的所得税は種々の根拠上旬是認せ
らるるに至ったのであるが︑その理由をととに詳細に取扱うととは不必要である︒租税論の結論によれば︑所得税
は次の原則を実現しているのであって︑との点が注目に依する︒すなわち︵1︶︑最低生活費の免税︑︵2︶︑所
得の増加と共に︑累進的友負担とするとと︑︵3︶︑租税義務者の個人的事情の間的︑とれは子供の数︑家族の疾
病︑老人や親放を挟奏する義務のために犬友る費用を必要とするの事実K対して負強を軽減するととであり︑従つ
て所得の大さに従って租税負担を配八万すると一式可基準が一一部分放棄ぜられて︑所得の使途が割酌せられているζと
にな
る︒
︵4︶︑確定所得の章謀︒財政学において発展したる乙れら各種の原則は︑現代所得税休系において実現
自由主義財政々策の発展
せら
れて
いる
︒
との故に累進的所得税は︑新に発達したる租税方式を有する租税休系を︑所得の不平等なる諸階殺に適合せしめ
るととを意味した︒所得税以外にも同一の趣旨の下に諜せらるる租税として︑例えばドイツに行はるる名目的財産
税がある︒名目的財産税は確定所得を重課する目的を有し︑やはり所得の種類を著しく分化して課せられている︒
従クて財政二東の努力は︑謂はぼ次第に増加する租税負担を租税という櫨馬の各々に︑八T相応ゑカに従って荷物を
ノ、ム
ムノ
、
負はせ上うとするととである︒
その他の租税もまた経済組織の構造上の変化K適合するものと友った︒例えば牧益税に沿いて負債利子の控除を
許察するととによって︑総収益陀対する課税より純牧益に対する課税に変化して行った︒生産者より徴牧せらるる
消費税の賊諜は︑原料税や装置税よりも精製品税の方式がとらるる土うにたり︑欧米各国陀行はるる煙草税は︑煙
草の種類と価格とに従クてへ刃化せられた︒また新なる租税が経済生活の如何事仏る部令で徴牧せられるかは注意すぺ
きととであるが︑とれば特に例えば取引所取引税・保険税・土地牧益税等に沿いて問題とたった︒
以上の租税方式は主として順応的財政之策という意義において完成したのであって︑いわば給付能力に従う課税
原則の遂行であった︒単一所得税の思想が捨てられて︑多種多様左租税を諜せらるる複税制度の実施せらるるに至
ったのは︑多くの租税を課するととに依って︑実際の給付能力を完全に捕捉し得るという理由からであった︒けだ
し技術的K不充令友る単一所得税に沿いては︑給付能力を充分に捕捉し得るものではも仏い︒かくして相続税の根拠
に対する反対理由として︑所得左財産曹とは被相続人の生存中既κ課税を受け来クたのであるから︑その死亡に際し
て課せらるる相続税は一一重課税を結果すると云ろと・とが説かれた︒策し仮りにとの反対意見のように相続税が租税
理論上︑不当であるとすれば︑諸国に沿いて現在実施せられている法規K見られるように︑例えば土地の買入・株
式の発行・会社の創立左一式ろょう注実通に現るるととるの貨幣額そのものが給付能力あるものとして課税せらるる
場合︑給付能力概念が曲飾せられていると左と友る︒五日等はとの場合︑租税休系が閏庫上の理由主り退歩している
ものであるととを認めるととが出来る︒乙の和税休系の退歩は︑特忙戦時叉は戦後の財政困難に上って著しく大と
なったのである︒
︵ 四
﹀
若し従来︑順応的財政三策が右のように退歩と称せらるる程に遂行され来ったとすれば︑五日等は更に進んで干渉
的財政立東に論及したければならない︒もし所得に比例して税税負担を決定すると云う視税体系において
円︑
︒胆
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匡目岱ロ品目同FOB原則が保障せられ︑従クて所得分配K対する租税体系の中立性が保持せられるとすれば︑
累進的租税の原則の遂行せらるるに至るや否や︑乙の中立性が失はれる乙とは明かである︒けだし累進税制度の採
用は︑必然的に市場経済的所得分配が侵入を受ける乙と︑だからである︒貧富の懸隔は緩和せられ︑租税によクて大
所得は小所得よりも︑より犬たる程度に低下する︒加うるに租税牧入が社会的経費として用いられ︑例えば貧民に有
利に支出せらるるときは︑累進税は所得を均衡化ずるの作用を粛らすと一式はねばならない︒累進税のかかる作用は
是認せられ︑次第に累進税率は引上げられて︑遂にはその限度を越えて金生産方法を変革する手段の一・として要求
する者も現わるるに至クた︒
自由主義財政々策の発展
財政学において︑周知のようにワグネルは社会政策的見地より累進課税を主張した入である︒このようも仏累進税
の基礎づけは︑第一次大戦に至るまでは財政学上否認せられ来ったようであるが︑第一次大戦後にあっては事実上
の財政々策は大に乙の見地より決定せらるるに至った︒
その他の租税副目的もまた︑小経営を保護し︑之を有利にするために︑大経営と百貨店に対して特に大なる負担
を稼して︑中産階級の利益を計るような方向をとるに至り︑従来の公正原則は捨てられるに至った︒租税休系にお
ノム
、
/
、 四
ける人口政策も考慮せられ︑例えば所得税における個人的事情の製酌・子供数の考慮は︑子女の養育料の提供に変
化し︑ナチス時代のドイツや現今のスイスにおいては︑子供扶助料として直接支払わるるようになった︒ζの場合
割引税体系は租税公正に関係の添い原則よりして構成せられているのであるが︑既に久しき以前︑ワグネルの社会政
策的租税の提唱以来︑利害関係の集団が互いに対立する要求を以て︑各−Rちがった租税原則を主張するように友つ
た︒従って実際の財政こ策が有力友集団とイデオロギーの活動舞台となったことは見易いζ
とで
ある
︒
租税経済の領域においてのみ干渉政策が遂行せられたのではない︒前に述べたる経済構造の変化そのものもまた
一一部分は干渉主義の結果として現われた︒例えば閏家経済に於ける社会的経費の場加︑国家と地方団体の新任務の
引受等とともに︑構造の変化が潔らされた︒われ等は第一次大戦以後︑特に一九二九年乃至一九三二年の世界恐慌
以後に現はれたる経済構造の変化に注目し友ければ友らない︒
資本主義的市場経済の勤的性格は一九二0年代κ強度に現われ︑長期にわたクて継続したる最気勃興の後に︑未
曾有の鋭さと深さとを以て恐慌と不景気とがつづいた︒動同情する市場経済的部商と本質的に静的友る協同経済とを
八T離せしめるととは出来やして︑同家々計の均衡は今や維持され得たいようになった︒国家経済は市場経済組織を
スムーズに運転せしめようと努め︑全経済の機能を保持せしめるように全力を尽ささるを待なかった︒これと同時
に協同経済の薫要性が著しく増加したので︑財政の活動によって同民経演が÷部八乃決定せられ︑同民経済は財政に
依存するということが立証せられた︒景気停滞に際しては︑国家k討は困窮した︒租税牧入は減少し︑国営企業は
欠損を生やるとともK︑他方︑経費は一増加し︑失業救済資金は愈々一増加した︒
ととにおいて単に順応的財政々策を以てしては事態κ合致し畑作ないことが明かとなクた︒租税を引上げようとす
る試みは失敗に帰し︑国家経費の停止とヂ7レ
lvd
ン的貨幣政策は事態を益K深刻にした︒終にレプケのような
最も理論的な自由主義者すら国家の干渉を叫んだ︒アメリカ・イタ
0
1イヅ並に西欧諸閏は︑その同家方式の−F
如何を問はや︑国家の指導経済の中にその救出方法を見出そうとした︒
︵ 註 ︶
註︑
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蔵相
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方策
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放棄
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地と
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強力
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財政
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政策
をと
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要が
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だけ
であ
る︒
諸国におけるかかる積極的な経済政策は︑必然的に国家経済の構造と金経済秩序のより広汎友変化をもたらし
た︒すべての部門における国家による経済政策の強化・受動的な適合より積極的形成えの移行・公債による援助と
公債経済の鉱張・各種指導網の完成等︑全経済にとクての財政え策の重要性の増加は︑現今の状態と一九二九年以
前に於ける状態とを比較してみれば明瞭であるe第二次大戦終了後においても︑往年の状態に復帰し得友い乙とは
云うまでも及い︒
自由主義財政々策の発展
間家経費も往年の程度に低下し得友い実状にある︒軍備費は世界政策的緊張と共に相変らや大である・破壊技術
の進歩は︑陸海空軍の費用を著し︿大たらしめ︑爆撃機と防空武器の発達︑原爆や水爆の発明は︑益−R閏防費を莫
大にした︒とれと共に社会的経費や︑戦争そのものより生守る犬怒る負担があクて︑その結果︑国民所得に対する
租税負担の割合は今や三OM
乃至
四O%と友っている︒
経費の増加︑従って租税の引上の結果︑国家経済は前世紀におけるようK︑市場経済部面の最気変動と無関係に
六五
ム/
、
」 一/
、
は協同経済の均衡を維持し得ない乙とになった︒経済構造の変化による景気停滞の随伴現象として大量の失業者が
出現したため︑凡ての主要諸国は一九三O年初頭以来︑完全雇傭政策をとるに至り︑或は断片的方法により或は綜
合的指導により︑できるだけ夫業を防止して完全雇傭の理想的状態を実現し︑之を維持しようとする努力が行われ
た︒畢寛子れは協同経済がその構想に従って市場経済的部面を形成し︑市場経済組織の助力によって︑経費支弁経
済を実現しようとするものに外ならない︒協同経済によクてリズム的動態を静的発展に変化せしめようとしたので
ある︒その計画の一例は今日西洋誇閣の﹁濁民予算﹂において見られる︒
完全雇傭に到達し︑之を維持するととは︑国家の経済政策の一課題となり︑経済政策の各種部門︑例えば貨幣政
策−貿易政策・財政之束をも︑乙の重要な目襟に適応せしめる乙とが必要であった︒かかる事態よりして︑オイケ
シのような自由主義的学者といえども︑なお積極的経済政策の必要を認むるに至った︒
︵ 註 ︶
註︑自由主義経済学者オイケンは︑見えざる手が個人の利益と社会の利益と一致するような方式在無雑作に創造する主レうしy
セ−フェール政策の主践を根本的誤謬であるとなし︑かかる目標に達するためには国家干渉を必授とすることを述べてい
る︒
︵当
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Oなお最近︑国民経済に対する凶家干渉の問題を体系的に取扱った者にマルパタハがある︒︵1・E司
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F g e m
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mM
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︑同
甲山
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︒マ
凡︐
h
yハは国家干渉の問題を最も慎重に考察し︑従って純理的研究者の疑うべからざる点︑すなわち今日の国家干渉なくしてμ国民経済は立ち行かないもので為るけれども︑しかも干渉には大なる危険が伴うものであって︑どの危険常回避するとと叫
著しく困難な問題であるというζとを明かにしている︒しかしマルハツハの研究に以︑干渉の概念が簡単にと句扱われてお
り︑この点に難点があるようであるが︑との問題は財政三賞を論ずる本稿とは別に稿を改めて論究するつもりである︒
次に五口等は現今論議せられクつある財政々策の方向を考察しよう︒
︵ 五 ︶
新自由主義の再燃は︑合理的た経済秩序を任意に実現し得るものであるという合理主義的夢想より出発したもの
であるが︑その理念は競争経済であクて︑その基盤を一度だけ同家が作り出して︑その後は乙れを厳格κ維持して
行こうとするのである︒との場合の経済政策は秩序政策すたわち一構造政策に限定せられ︑出来るだけ凡ての経済政
策部門に沿いて︑完全競争の前提条件が作り出されねばならない︒そしてとの秩序κ対して︑再び恐慌を成立せし
めない乙とを期待するのである︒
周知のように今日西ドイツの経済政策はかかる自由主義再興の理念によって遂行せられているのであるが︑実際
に沿いては︑西ドイア政府は不充
An
たる方法と手段とKよって︑完全雇傭を目様とする政策を遂行している︒しか
し統一的た計画が欠如しているのであるから一︑計画経済ではなく︑干渉的経済政策であ一る︒有力な住宅建築計画が
たてられて︑その経費は公的財源より支弁されることになって沿り︑労働調達方策が採用せられ︑新企業えの信用
自由主義財政々策の発展
が指導せられ︑資本が各種の経済部門にわり当てられ︑輸出信用が保証せられ︑輸入は国内の競争の不足を補填す
る程度に行われているに過ぎない︒五日等にとって特K興味があるのは︑かかる状態において財政二東は如何なる位
置をしめているかである︒
財政学者の内で特にyュメルヂスは︑干渉的財政々策K対して理論的にして正当た批判を与えているのであるが
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ぜられるととを述ベ︑なお租税改革の目標としては︑租税を競争上中立的たらしめ︑租税休系を全体として市場に
適合するようにするととを要請している︒︵註︶芳しとれが租税経済に対してのみ要請されるものであるとすれば︑
その背後に順応的財政A策の理念があり︑そして自由主義的市場経済の自動的均衡に対する信念があるものと云は
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しかし現実の財政k策は︑これを越えて︑ちがった問題を提起している︒す友わち財政次策に上る企業創立と資
本蕎積の奨励︑生産と消費との正しい割合の保持︑競争の公正の実現︑生産費引下の促進等であって︑とのよう友
方策のとらるる場合︑財政之東は明かに一一般経済政策の子段として考えられているのである︒若し同家が閏民経済
の状態に対する判断を基礎として︑インフレーションとデフレーションL仁をともに免かれ︑そして国民所得の増加
を生ぜしめようとするならば︑同家は国内の金需要Lし人生供給︑輸出と輸入︑貯帯主投資との不均等を財政え策的な
手段によって均等化することが出来たければなら怠い︒
との点について︑先づ同家経費の犬さと種類とが注目せられる︒その前面に立つものは公共建築費であクて︑公
共建築費は早くより可なりの役割を呆たしたのであるが︑特に公務員の労働の大さが今日のように陀回すべき程度
に達したる場合︑その軍要性は犬となクた︒投資左消費の目的に役立クととろの補助金や救済資金も効果的であ
る︒その効果はそれが適当な時点に沿いて迅速に︑そして必要注程度に沿いて生じ︑その結果︑不景気による個人
需要の不足を補騰し︑叉はイγア
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Yによる過剰を削減し得るととにある︒
自由主義財政々策の発展
つぎには租税政策が重要である︒租税は原則として牧縮的作用を粛らすものであるから︑泊費性向を不変なもの
と仮定すれば︑他の事情にして同一怒る限り︑租税の引上又は引下は有効需要の減少叉は増加を生ぜしめる℃ある
ぅ︒汝hF之を越えて租税政策は︑負拘の重点を一の租税より他の租税え転位せしめることによクて︑また免除や特
別加算をなす乙とによって︑貯蓄と消費との割合を充右し︑をたわ現実の同民経済的要求に従って︑個人の泊費を
任意的た貨幣資本形成の有利になるように︑叉はその不利にたるように変化せしめることが出来る目これととも
に︑貨幣資本と実質資本の形成に直疑影響するよう左手段をとる乙とも出来るのであって︑その手段としては︑所
得税・法人税・取引高税が問題と怒る︒けだしこれ等の租税は︑普遍性と包括性を有し︑今日各国の租税休系にお
いて最も重要な地伎を占めるからである︒なべてとれ等の場合︑租税負担の量的並びに質的友変化が適当事仏時点と
必要注大さに沿いて︑迅速に生やる乙とが決定的に重要である︒年仏む注意すべきζとは︑かかる租税政策が間民経
済の実情に従って︑そして国庫的要求とは無関係に行われねばならないということである︒
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以上のよう友方向をとる財政k策は︑明かに一般経済政策の手段として考えられているのでわる︒
第二の方向は財政々策を完全雇傭を目標とする一般的景気政策として意識的に利用し土うとするもので︑特に失
米にhoける財政k策は乙の方向をとった︒完全雇傭は阿洋諸国において支配的なる貨幣的景気論とケイγズの雇傭
論によって決定せられる︒貨幣的景気論は信用縮少とヂブレ1ション現象とのなかK︑景気停滞の原凶を求め︑信
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七用の注入によって︑景気停滞を克服しようとするものである︒
右の景気政策においては泊費過少論が一部分倒的せられており︑生産は最後の泊費者の需要増加に依クて刺戟せ
られ得るとの考えが働いている︒しかしル1犬ベル﹁の振興政策のように賃銀引上の方策がとらるる時は︑生産費
が引上り︑その結果輸出産業は不振とたり︑住宅建築の如きは全く停滞するであらう︒ケイY犬の理論もまたとれ
と同一の構想をとるものである︒
と乙には景気論の批判をする余絡はないのであるが︑しかし右の景気政策は主たる手段として財政三東を要求す
るのであるから︑吾等に大なる関係がある︒この政策は﹁不足治費﹂︵品︒内庁一円
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の政策であって︑同家
々計の均衡と云う古典的原則を棄てて︑むしろ図家A計の不足を意識的に甘受する方法である︒同﹂い哉は純貨幣的な
構想に従って︑その附加的信用供与によって支払手段量を増加し︑附加的購買力を例造すべきであると一式うのであ
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﹃・SS︶斯くするときは︑価格と賃銀とは引上︒︑最
気停滞は克服せられる︒
右の国家の行う附加的購買力の創造は︑租税Kよクて行めるべきではたく︑公債の発行K上るべき乙とは勿論で
あって︑かかる場合の閤民経済の健全性は︑国家A計の﹁不健全性﹂κ依存するわけであるから︑実際Kおいては
特に自由主義的な議会国家において斯る公債の発行は反対せられるであろう︒けだし議会を構成する政治団体の利
害関係があって︑景気の変動によって或る団体が他の団体よりも大友る利絡をうける場合があり︑また一κは古典
的な財政学的児鮮に囚われる者があるからである︒とζに財政学の解答すべき問題点︑例えば自由主義経済κ
おい
て国家のかかる﹁不足消費﹂はイγプレ1ションをもたらす恐れはないか︑公債発行の限界如何︑そしてその利子
支払の問題等が生やるわけである︒
︵ 註 ︶
註︑
とれ
らの
諸問
題に
つい
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︑拙
著﹁
公債
経済
論
L
一一
二一
頁以
下︑
並び
に商
業と
経済
︑第
二十
四年
第一
冊所
載︑
拙稿
﹁公
債に
依る
完全
雇傭
の理
論﹂
参照
︒
国家の﹁不足消費﹂の問湿については︑近代
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ける閤家と中央銀行との意識的放融合状態を注目し友ければたM
らない︒一冗来十六世紀乃至十八世紀のイジアレ1ショγのにがい経験上りして︑国家と発券銀行とは引き離されて
いたのであるが︑やがて向由主義経済K沿ける自動主義が恐慌を生ぜしめるととが明かとなり︑乙の恐慌の救済策
として︑中央銀行が同一致の発行したる公債を引受け同家の妖気政策を強国忙支援する乙とが必然的となり︑乙乙に
両者の意思的汝融合が生じたのである︒ζの融合が都合土く行われ得たのは︑久しく行われ来ったととろの紙幣会
換が停止せらるるK至った事情にもとづく︒従来︑紙幣の発行は主左して地金叉は商業手形を基礎として行われ米
ったのである︒商業手形は倉庫の中叉は運送の途中Kある商品を背景忙して発行せられたもので︑曾ては国民経済
の流通にとクて充介怒る貨幣量を供し得たけれども︑商品流通が迅速K行わるるK至るや倉庫中叉は運送途中にあ
る商品量は紙幣創出の基礎としてあまりK
少く流通用具
K対する需要に応じて噌加し一なかった︒ととにおいて商
自由主義財政々策の発展
業手形以外の債務証書︑特忙国家の発行する公債証書が紙幣発行の基礎としてとめ入れらるるκ至ったのである︒
右の紙幣発行状態の変化・とともK︑財政之東上の根本問題も推移した︒す友わち国家が中央銀行を利用して公債
を発行する程度如何は︑財政的友支弁原則K従って決定せられやして︑むしろ純国民経済的な景気不景気の問題正
して判断ぜらるるκ至ったのである︒
しかし
7
1パーやルーズベル干の景気振興策のように︑単なる紙幣創出乃至信用拡張は︑貨幣市場のみを流動化
七
七
するK止まり︑必やしも期待ぜられた土ち窓生疎地加をもたらさ友いととが明かと放った︒そとで特K一九三四年
以来︑同家に土る多額の発註κよ︵ツて個人創意の不足を補捜するの方策がとられ︵個人的企業者の創意を貨幣に土
って振興せしめると乏では友くして聞有念る同家創意正国J家的手段の挿入が行はれた︒斯くするととK
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括的な公的なる労働調達計画の領域に沿いて︑経済振興が行はるるに至った﹂︵の−
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単に貨幣による振興策は停滞を克服するに充八?なも・日・司円︶U0H由
のでは急く︑同家が停滞克服の犬なる任務を引き受け︑之た計画し実施すると
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が必要であ町︑そのためには国家
経済は必然的に犬なる負債売負わねば友ら−ない︒一の救済策の必要とたる場合︑﹁不足消費﹂の政策は不可避的の
上ろに考えられた︒
しかし右のこづの景気政策は︑両者が景気停滞の時代忙挿入せられ︑終局に沿いて京常的友状態につれもどすた
めの一時的方策として考えられている点に沿いて共通である︒勿論後日に沿ける反動を考慮し友ければ友らないの
であるが︑茂勤の現われるときは︑再び不足消費の政策がとられる・わけである︒
故に財政之東に課せられた要求を考察する時は︑財政々策が動的な景気政策に化しているととがわかり︑国家終
済は市場経済的循環を好走しい循環としで展開せしめるの義務を諜せられているととになる︒との義務が協同経済
の静的性格に対立的友ものであると左は明かである︒かかる財政に上る景気政策に沿いては︑国家経済は市場経済
体系の循環に依存するのであって︑問中哉経済自らの原則を維持し得友いという継続的危険を有し︑附同本主義的市場
経済の勤繕にもて遊ばされているととになる︒
第三の方向として︑計画的財政之策とも呼ばるぺきものがるる︒此の場合は︑経済発展の一般的軌線を立案し︑