• 検索結果がありません。

契約と情報 ―情報の提供と収集―

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "契約と情報 ―情報の提供と収集―"

Copied!
24
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

契約と情報 ―情報の提供と収集―

著者 山里 盛文

雑誌名 明治学院大学法科大学院ローレビュー = Meiji

Gakuin University Graduate Law School law review

巻 24

ページ 123‑145

発行年 2016‑03‑31

その他のタイトル Contract and Information ―Provide and Gather of Information―

URL http://hdl.handle.net/10723/2743

(2)

目次

Ⅰ はじめに

Ⅱ 情報の提供

 ⅰ 情報提供義務・説明義務   1)従来の議論

   ⑴ 契約締結上の過失説    ⑵ 不法行為責任説    ⑶ 分類説

  2)消費者契約法における議論    ⑴ 消費者契約法3条

   ⑵ 消費者契約法専門委員会における議論   3)民法(債権法)改正における議論    ⑴ 債権法改正の基本方針

   ⑵ 中間試案    ⑶ 要綱仮案以降   4)検討

 ⅱ 錯誤・不実表示との関係   1)従来の議論

   ⑴ 事実錯誤の承認    ⑵ 保護の必要性    ⑶ 不実表示の違法性

  2)民法(債権法)改正における議論    ⑴ 不実表示

    1 債権法改正の基本方針     2 中間試案

   ⑵ 錯誤     1 要綱仮案     2 改正法案   3)検討

   ⑴ 不実表示について

『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第24号 2016年 123−145頁

契約と情報

―情報の提供と収集―

山 里 盛 文

(3)

Ⅰ はじめに

契約を締結するにあたり,情報は,非常に重要 である。契約を締結するか否か,そして,契約に より取得した物を安全に使用するためには,どの ようにすれば良いかなど,契約関係において,情 報は,さまざまな場面で重要な役割を果たす。

私的自治原則においては,自己の行った決定は,

決定者が自ら責任を負わなければならず,その決 定を行うにあたり,情報を収集する責任は,各当 事者にある。しかし,契約当事者間において,情 報の量や質に関して格差が存する場合,情報の量 や質において劣る当事者は,情報を収集すること が困難となる。その結果として,望まない契約を 締結したり,損失が生じることとなる。そこで,

従来より,情報を有する一方当事者は,他方当事 者に情報を提供しなければならないとする情報提 供義務に関する議論がなされてきた。

しかし,情報提供義務を認めるとして,情報を 有しているときは,問題とはならないと考えられ るが,情報を有していない場合にも,情報を収集 し,情報を提供しなければならないのであろうか。

もし,情報を収集して提供しなければならないと すると,それはなぜ認められるのであろうか。本 稿は,この情報の提供とその前提としての収集に ついて検討をすることとする。

以下,本稿では,まず,情報提供義務について の検討を行う(Ⅱ)。そこでは,情報提供義務に 関する従来の議論,消費者契約法に関する議論,

そして,民法(債権法)改正における議論をまず

概観し検討する(Ⅱ−ⅰ)。次に,錯誤・不実表 示について,民法(債権法)改正の議論を概観し,

検討する(Ⅱ−ⅱ)。その後,情報の収集に関し て,契約当事者の関係から分析し(Ⅲ−ⅱ,ⅲ),

情報の収集を一方当事者に義務づけるという点に おいて,金融商品取引における顧客情報収集義務 についての議論を参照する。

Ⅱ 情報の提供

ⅰ 情報提供義務・説明義務 1)従来の議論(1)

⑴ 契約締結上の過失説(2)

この見解は,情報提供義務・説明義務に関して 契約締結上の過失理論により扱うべきとする。情 報提供義務・説明義務の発生根拠としては,信義 則に求めるもの,付随義務に求めるものがある。

情報提供義務・説明義務の発生根拠を信義則に 求めるものは,「いやしくも事実上契約によって 結合された当事者間の関係は,何等特別の関係の ない者の間の責任(不法行為上の責任)以上の責 任を生ずるとなすことが,正に信義則の要求する ところだからである。」とする(3)。そして,情報 提供義務・説明義務に違反した場合,契約を締結 した場合は,債務不履行責任を,契約が締結され なかった場合は不法行為責任を負うとする(4)

付随義務に求めるものは,まず,契約責任の構 造を基本的契約責任(給付義務)と補充的契約責 任(契約の前中後における責任)に分けた上で,

補充的契約責任をさらに付随義務と注意義務関係 に分ける(5)。情報提供義務・説明義務(調査・解    ⑵ 錯誤による処理

 ⅲ 小括

Ⅲ 情報の収集  ⅰ はじめに

 ⅱ 消費者的当事者の情報収集  ⅲ 事業者的当事者の情報収集

 ⅳ 金融取引における顧客情報収集義務  ⅴ 小括

Ⅳ おわりに

       

(4)

明・告知・説明義務)は,付随義務に属し,その 違反の効果は,損害賠償と解除であるとする(6)。 そして,解除については,「①契約当事者間に専 門知識や情報量の差があること(……),②有効 な契約成立の障害となる事実を一方のみが知って いること(……)③ 適切な説明をうけていたな ら契約を締結していなかったであろうということ」

という要件を満たす必要があるとするものもあ る(7)

次に,契約責任の拡張を認め,「拡張された契 約責任は,本来的な給付義務の侵害ではなくて,

当事者間の信頼関係に基づき信義則上認められる 付随義務の違反にその法的基礎を有する。」(8)と し,契約締結上の過失理論の一つである情報提供 義務・説明義務(調査・解明・告知・説明義務)

は,付随義務に属するとする(9)。その効果として は,損害賠償と契約の解除であるが,例えば,保 持利益(相手方の生命・身体など)に対する侵害 の賠償は契約法と不法行為法の中間的領域の存す るものであり,「中間的性質に適合するような規 範が発生し創造されるべき」(10)であり,契約締結 上の過失責任は,「契約責任が考慮されるという 意味において契約法上の責任」であるとする(11)。 そして解除も常に認められるのではなく,契約 関係の継続を当事者に期待できない場合のみ認め られるとする(12)

⑵ 不法行為責任説

この見解は,契約締結上の過失理論を否定し,

不法行為法により処理すべきとする。すなわち,

契約締結上の過失理論は,「その生誕の地ドイツ における不法行為制度の硬直性を緩和するため に,案出された側面をもつ。わが国における不法 行為制度は極めて柔軟な構造を有し,極言するな らば,すべてを利益衡量のるつぼへ投げ込み,こ れを通じて妥当な帰結をもたらすことを可能なら しめる――その理由を,いまさらここであげつら う必要はなかろう――。そうだとすれば,制定法 の定めるところではないculpaincontrahendo 理論に拠ることこそ邪道と観ぜられたとしても,

これを不当とすることはできまい。たしかに,本 件における『誠実に契約の成立に努めるべき信義

則上の義務がある』との説示や,賠償額の認定が まさに信頼利益の賠償そのものである点に徴すれ ば,culpaincontrahendo理論そのものであろう が,そのような類型をも民法七〇九条のもとに包 摂することこそ,わが民法の解釈・適用にとって は,正道のように思われる。」とする(13)

⑶ 分類説

この見解は,情報提供の対象を分類した上で,

分類ごとにその責任の性質を考えるもの(14),そし て,債務不履行責任とするもの(15)がある。

分類ごとに責任の性質を考えるものについて。

第一に自己決定基盤整備としての情報提供義務・

信認関係に基づく助言義務・契約により約束され た給付への期待の挫折もしくは被害者の完全性利 益に対する侵害に対する帰責の根拠となる情報提 供義務・説明義務・助言義務に分類する見解が存 する(16)

自己決定基盤整備としての情報提供義務につい ては,私的自治原則の下においては,「自己決定 の基盤を形成する情報環境の整備を自己責任でお こなわなければならないものである以上,みずか らのおこなった決定については決定主体が責任を 負わなければならない」が,契約当事者間に構造 的な情報格差が存在し,「それを放置していたの では私的自治への制度的保障が達せられないとき に,国家としては,私的自治が機能するための基 盤である情報格差の是正をおこなう」べきであり,

このために自己決定基盤整備としての情報提供義 務が必要とされるとする(17)

信認関係に基づく助言義務については,両当事 者間に信認関係が存在しているような場合,例え ば,投資取引などのような場合は,投資者は,投 資商品販売者が有する専門的知識と経験を信頼 し,「その助言が自己の資産形成にプラスに作用 するとの判断の上に,自らの投資決定をおこなっ て」おり,投資商品販売業者も「単に相手方に投 資商品販売に関するリスク情報を提供して相手方 の自己決定基盤を確保すれば足りるというだけで はなく,相手方たる投資者の利益に忠実に事務を 遂行しなければならない」のであり,「ここで観 念されているのは,投資者に対して適切な助言を

(5)

おこなうことで投資計画への積極的支援を義務づ けることへ向けられた行為規範である」とする(18)

契約により約束された給付への期待の挫折もし くは被害者の完全性利益に対する侵害に対する帰 責の根拠となる情報提供義務・説明義務・助言義 務については,「契約成立後の履行過程で課され る各種の行為義務と共通性を有」し,「成立した 契約内容から事後的な(expost)評価視点が採 用されている」とする(19)

これらの場合の情報提供義務・助言義務違反の 効果については,自己決定基盤整備としての情報 提供義務・信認関係に基づく助言義務の場合は,

「『自己決定に必要な情報はみずからの責任におい て収集する』とのパラダイムが全く妥当しないよ うな場面」については,「契約からの『全面的解 放』,つまり,『全部無効+完全な原状回復』」が,

それ以外の場合については,一部無効による処理 または原状回復的損害賠償により(20),契約により 約束された給付への期待の挫折もしくは被害者の 完全性利益に対する侵害に対する帰責の根拠とな る情報提供義務・説明義務・助言義務については,

契約責任により処理されるとする(21)

第二に,詐欺的な説明義務違反と過失的な説明 義務違反とに分類する見解が存する(22)。この見解 は,説明義務の根拠として,「当事者が相手方に 対して抱く正当な信頼を保護するものとして信義 則上認められる」(23)とし,また,「当事者間には なはだしい情報量格差があるとき,相手方に情報 を提供し,対等な立場で意思決定をすることがで きるように配慮することが,信義則上,求められ ている。」とする(24)

詐欺的な説明義務違反の場合は,契約の取消し

(民法96条)と損害賠償(民法709条,なお,契約 が解消されない場合は履行利益の賠償,契約が解 消される場合は信頼利益の賠償が認められる)が 認められ,過失による説明義務違反の場合は,信 頼利益の損害賠償が認められ,契約の取消しは認 められないとする(25)

第三に,「当事者の契約締結にとって重要であ る事情についての情報を提供する義務であり,契 約締結のための意思決定の基盤の確保のために」

課される契約締結関連情報提供義務,「相手方の 生命・身体・財産に対する危険を防止するための 情報を伝える義務」である警告(注意喚起)義務,

「締結された契約において明示または黙示に合意 されたことに基づいて」生じる独立的情報提供義 務に分類し(26),契約締結関連情報提供義務違反の 効果は,「義務違反者に不利な仕方での契約内容 の確定,意思表示の取消し,一定の条項の無効

(……)損害賠償等が問題になる」とし,警告(注 意喚起)義務違反の効果は,損害賠償が問題とな る,そして,独立的情報提供義務違反の効果は,

「情報給付の履行請求,その給付義務の不履行に 基づく契約解除や損害賠償請求ということにな る」とする(27)

第四に,自己決定基盤保護に向けられた情報提 供義務,契約目的達成に向けられた情報提供義 務,完全性利益の保護に向けられた情報提供義務 に分類し,自己決定基盤保護に向けられた情報提 供義務については,不法行為責任のみが認められ,

契約目的達成に向けられた情報提供義務・完全性 利益の保護に向けられた情報提供義務について は,債務不履行責任が認められるとする(28)

自己決定基盤保護に向けられた情報提供義務違 反の場合,「情報提供義務違反の行為によって本 来なら結ばなかったはずの契約を締結させられた ことにより,財産的損失を被ったこと」そして,

「十分な情報を得て当該契約を締結するか否かを 決定するという自己決定権が侵害された」とす る(29)。契約目的達成に向けられた情報提供義務 は,「契約内容そのものに類型的に付随する義務 の場合には契約に基づく責任として債務不履行責 任となり」(30),契約締結前に現れた場合は,「例外 的に説明が明らかに締結される契約の先行行為と して,締結される契約と一体的な内容となってい る」(31)として,契約上の義務となるとし,「契約 内容に類型的に付随するか否かについては,その 後に成立した契約の性質から判断される」とす る(32)。完全性利益の保護に向けられた情報提供義 務は,「安全配慮義務と同様に考えることができ る」とし,「当事者間には,純粋な不法行為が妥 当する当事者間よりも密接な関係があるため,こ

(6)

の義務違反は,債務不履行となる」とする(33)。 情報提供義務の対象を分類した上で責任の性質 を債務不履行責任とするものについて。第一に,

契約内容を「核心的合意部分」と「付随的合意部 分」に分け,情報提供もこれと同様に二面性を有 するとし,「情報提供の内容が契約の重要な部分 を単に補完するような内容であれば,そのような 情報提供に関する合意を付随的合意部分と捉え」,

「契約締結の判断,すなわち契約の成否を左右す るような重要な情報であれば,その提供に関する 合意を」核心的合意部分としてとらえるとする(34)

第二に,「契約を締結するかしないかを判断す るにあたって重要な事実を契約準備段階における 一方当事者が知り,他方当事者が知らない場合 に,その一方が他方に対し,その事実を告知する 義務」である説明義務(35),「他方当事者が契約を 締結するかしないかの意思決定にあたって重要な 影響を与える一方当事者の判断を告知する義務」

である助言義務(36)に分類するものがある。この 見解は,説明義務は,交換的正義,すなわち,「契 約を締結するかしないかの判断にあたって重要な 事実についての知識または情報において両当事者 の間に格差があるとき,この格差を解消し両者を 対等な地位(equalfooting)においてはじめて『市 場的取引原理』を作用させるべきであるという規 範的判断」を発生根拠とする(37)

2)消費者契約法における議論

⑴ 消費者契約法3条

消費者契約法3条1項は,事業者の情報提供義 務について,以下のように規定している。

(事業者及び消費者の努力)

第3条1項 事業者は,消費者契約の条項を定 めるに当たっては,消費者の権利義 務その他の消費者契約の内容が消費 者にとって明確かつ平易なものにな るよう配慮するとともに,消費者契 約の締結について勧誘するに際して は,消費者の理解を深めるために消 費者の権利義務その他の消費者契約 の内容についての必要な情報を提供 するよう努めなければならない。

消費者契約法の立法担当者の見解によれば,こ の事業者の情報提供義務は努力義務とされてい る。情報収集義務が事業者の努力義務とされた理 由は,意思表示に瑕疵がある場合,詐欺や強迫に ついてのみ取消しが認められていること,「消費 者契約法が消費者に自己責任を求めることが不適 切な場合に限って特別なルールを認めようという 考えかた」からすると,単なる「情報の不提供」

で取消しを認めることは慎重であるべきであり,

また,必要な場合に限定すべきであり,「取消し という効果を付与するのにふさわしい類型」は,

「積極的にある事実が告知される一方でそれに密 接に関連する別の事実が告知されないことによっ て,消費者が重要事項について誤認してしまうよ うなケース」であるからである(38)

このような努力義務とする見解に対しては,消 費者契約法の立法趣旨からの反論,そして,消費 者契約法の体系的理解の妨げまた民法における議 論との齟齬という観点から反論がされている。

消費者契約法の立法趣旨からの反論について。

消費者契約法は,消費者と事業者の情報格差を理 由に立法されているのであるから,事業者に情報 提供義務を課すことが自然であり,情報提供義務 を課すことが不適当な場合にのみ例外的な要件を 設けるべきである(39)

消費者契約法の体系的理解の妨げと民法におけ る議論との齟齬からの反論について。消費者の契 約取消権に関する規定―不実表示(消費者契約 法4条1項1号),断定的判断の提供(消費者契 約法4条1項2号),不利益事実の不告知(消費 者契約法4条2項)― そして,事業者の情報提 供義務違反の類型とそれに対する制裁措置につい ての規定は,「消費者契約法3条は,4条の規定 と相まって,事業者の情報提供義務とその違反に 関する民事制裁(私法的効果)を規定したもの」

であり,すなわち,「消費者契約法3条は,事業 者の情報提供義務とその違反を一般的に規定し,

第4条は,その違反の類型(不実告知,断定的判 断の提供,不利益事実の不告知)ごとに,どのよ うな要件が付加された場合に事業者の情報提供義 務違反の効果として,消費者に取消権が与えられ

(7)

るかを明らかにした規定と理解」することができ るとする(40)

そして,消費者契約法11条1項は,「消費者契 約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び 消費者契約の条項の効力については,この法律に よるほか,民法及び商法の規定による」と規定さ れており,民法における判例・学説においては,

情報提供義務違反が債務不履行を構成することが あることを認めているのであり,情報提供義務違 反が債務不履行に当たる場合,消費者契約法3条 が私法的効果を発生させないとすると,「事業者 の債務不履行により消費者生じた損害を賠償する 責任の全部免除」をすることとなるのであるから,

消費者契約法8条1項が事業者の債務不履行に基 づく損害賠償責任を免除する条項を無効としてい る趣旨にも反するとする(41)

⑵ 消費者契約法専門委員会における議論 消費者契約法については,内閣府消費者委員会 において,規定の見直しについての検討がされ,

2015年8月に「中間とりまとめ」を,そして,

2015年12月に「報告書」が公表されている。

「中間とりまとめ」において,情報提供義務に 関しては,消費者契約法の立法趣旨―消費者と 事業者との情報・交渉力格差を是正して消費者の 利益の擁護を図る ― からすると,「情報提供義 務が努力義務にとどまり,具体的な救済手段を定 める規定でないことは不十分であるとして,消費 者契約における事業者の情報提供義務を規定する とともに,同義務違反の効果を検討すべきとの指 摘がある」とされている(42)。そして,効果につい ては,「消費者契約一般に通用する情報提供義務 の発生要件の在り方について,慎重に検討する必 要がある。まずは,一定の事項の不実告知による 意思表示の取消しの規律を検討した上で,必要に 応じ,更に情報提供義務違反の効果を損害賠償と 定める規定を設けるべきかどうかを検討すること が適当である」とされている(43)

3)民法(債権法)改正における議論

⑴ 債権法改正の基本方針

法制審議会民法(債権関係)部会を構成する委 員・幹事を中心とする「民法(債権法)改正検討

委員会」が2006年に設立され(44),その検討の成果 として,2009年3月に,「債権法改正の基本方針

(改正試案)」がまとめられた(45)

民法(債権法)改正検討委員会が取りまとめた

「債権法改正の基本方針(改正試案)」において,

情報提供義務・説明義務について,以下のような 規定を置くことが提案されている(46)

【3.1.1.10】 (交渉当事者の情報提供義務・説明義務)

〈1〉 当事者は,契約の交渉に際して,当該契 約に関する事項であって,契約を締結する か否かに関し相手方の判断に影響を及ぼす べきものにつき,契約の性質,各当事者の 地位,当該交渉における行動,交渉過程で なされた当事者間の取決めの存在およびそ の内容等に照らして信義誠実の原則に従っ て情報提供し,説明をしなければならない。

〈2〉 〈1〉の義務に違反した者は,相手方がそ の契約を締結しなければ被らなかったであ ろう損害を賠償する責任を負う。

この規定の趣旨は,契約当事者の一方が,信義 則上,情報提供義務・説明義務を負うことがある こと,情報提供義務・説明義務に違反した者は損 害賠償義務を負うとする判例・学説の確認である とし(47),まず,契約の締結に関する情報について は,当事者各自で収集しなければならない,しか し,例えば金融商品やコンピューターシステムな どの契約内容の理解に専門家の知識が必要な場合 があるので,信義則上の義務として,消費者契約 に限らず,情報提供義務・説明義務を負う場合が あるとする(48)

そして,情報提供義務・説明義務が認められる 要件については,学説および判例に照らしても定 式化は困難であることから,少なくともどのよう な場合に情報提供義務・説明義務が認められるの かを明確にすることが必要であり,判例を参考に

「契約の性質,各当事者の地位,当該交渉におけ る行動,交渉過程でなされた当事者間の取決めの 存在およびその内容等」という要素を列挙する(49)

情報提供義務・説明義務違反の場合の効果とし ては,損害賠償とされている。契約の効力の否定 に関しては,「当事者が契約を締結するか否かの

(8)

判断に通常影響を及ぼすべき事項につき相手方が 事実と異なることを表示した場合には」不実表示 の規定(【1.5.15】〈1〉)により,「当事者が相手 方に対して信義則により情報提供義務を負う情報 を提供せず,あるいは信義則により説明をすべき 説明をせずに,相手方を故意に錯誤に陥らせたり,

相手方の錯誤を故意に利用して契約を締結させた 場合には」詐欺の規定(【1.5.16】〈2〉)により意 思表示を取消すことができるとする(50)

⑵ 中間試案

2009年11月に法制審議会民法(債権関係)部会 が設置され,2013年2月26日に「民法(債権関係)

の改正に関する中間試案」が決定された。「民法

(債権関係)の改正に関する中間試案」において,

情報提供義務に関して以下のような規定を設ける ことが提案された(51)

第27 契約交渉段階

2 契約締結過程における情報提供義務  契約の当事者の一方がある情報を契約締結前

に知らずに当該契約を締結したために損害を 受けた場合であっても,相手方は,その損害 を賠償する責任を負わないものとする。ただ し,次のいずれにも該当する場合には,相手 方は,その損害を賠償しなければならないも のとする。

 ⑴ 相手方が当該情報を契約締結前に知り,

又は知ることができたこと。

 ⑵ その当事者の一方が当該情報を契約締結 前に知っていれば当該契約を締結せず,又 はその内容では当該契約を締結しなかった と認められ,かつ,それを相手方が知るこ とができたこと。

 ⑶ 契約の性質,当事者の知識及び経験,契 約を締結する目的,契約交渉の経緯その他 当該契約に関する一切の事情に照らし,そ の当事者の一方が自ら当該情報を入手する ことを期待することができないこと。

 ⑷ その内容で当該契約を締結したことによっ て生ずる不利益をその当事者の一方に負担 させることが,上記⑶の事情に照らして相 当でないこと。

(注)このような規定を設けないという考え方が ある。

この規定は,契約締結に関する情報収集は,原 則として,当事者双方の自己責任で行うべきであ り,ある情報を知らずに契約を締結したことによっ て損害を受けたとしても相手方は損害賠償等の責 任は負わないのが原則であるが,裁判例や学説に おいては,当事者の属性等によっては,情報提供 義務を負う場合があることを認められており,そ のことを明記したものであるとされている(52)

そして,情報提供義務に関しては,「①契約を 締結するかどうかの判断に当たって必要な事項を 対象とする説明義務と②それ以外の事項を対象と する説明義務」があり,「対象を①に限定してこ れを明文化するかどうかが問題となるが,これま で情報提供義務の根拠とされてきた民法第1条第 2項の抽象的な文言から情報提供義務に関して形 成されてきた法理を読み取るのが容易であるとは 言えないこと,信義則の様々な適用場面のうち,

情報提供義務については学説や判例の集積が進 み,類型的に要件や効果を論ずることが可能に なっていることから,……,これまで信義則にゆ だねられてきた情報提供義務に関する法理を明文 化しようとするものであり」,「これまで認められ てきた範囲を超えて当事者の責任を加重したり,

軽減したりしようとするものではない。」とする(53)

⑶ 要綱仮案以降

2014年8月26日,「民法(債権関係)の改正に 関する要綱仮案」が決定された。要綱仮案におい ては,情報提供義務の規定を設けることについて コンセンサス形成が困難であるとの理由から情報 提供義務についての規定は設けないこととされ た(54)

4)検討

情報提供義務・説明義務につては,分類説のよ うにさまざまな類型が存すると考えられる。そう ると,そのさまざまな類型に応じて,責任の性質 を検討すべきである。その観点からすると,契約 締結上の過失理論により契約責任による処理をす る見解や,情報提供義務の対象を分類した上で,

債務不履行(契約)責任のみにより処理する,ま

(9)

た,不法行為責任のみにより処理すると考えは妥 当ではないと思われる。

自己決定基盤の保護や契約締結関連情報提供義 務のように,契約を締結するか否かに関して必要 となる情報の提供の場合は,一方当事者の意思形 成に対する介入と考えることができるので,意思 表示の規定のよるべきである。そして,助言義務 や完全性利益の保護に向けられた情報提供義務に おいては,契約の類型によっては,助言や,相手 方の完全性利益の保護それ自体が契約の内容と評 価されることもあるので,契約の内容と評価され るような場合については,債務不履行責任による べきであり,契約の内容と評価されない場合につ いては,不法行為責任によるべきであろう。

ただし,情報提供義務・説明義務違反に関して は,次の点に留意すべきである。すなわち,

①表示の有無

 ①−1 ある誤った情報が表示(告知)され たような場合(表示・告知型)

 ①−2 ある情報が表示されなかった場合(非 表示・不告知型)

②救済手段

 ②−1 契約の効力を否定することによって も,損害賠償によっても,救済が可能 な場合

 ②−2 損害賠償のみにより救済が可能な場 合

である。①に関しては,さらに,

 ①−a 故意に表示(告知)した,また,表 示(告知)しなかった場合(故意型)

    (表示・告知−故意型)

    ある情報が誤った情報であることを知 りながら表示(告知)した場合     (非表示・不告知−故意型)

    ある情報が相手方にとって,その契約 において,重要であることを知りなが ら表示(告知)しなかった場合  ①−b 過失により表示(告知)した,また,

表示(告知)しなかった場合(過失型)

    (表示・告知−過失型)

    ある情報が誤った情報であることを知

らずに表示(告知)した場合     (非表示・不告知−過失型)

    ある情報が相手方にとって,その契約 において,重要であることを知らなかっ たために表示(告知)しなかった場合     そのような情報それ自体を知らなかっ たために表示(告知)しなかった場合 に分けることが可能である。

② に関しては,事案ごとによって,契約の効 力の否定により救済をすることも,損害賠償によ り救済が可能なもの,そして,損害賠償のみより 救済が可能となるものがあると考えられる。例え ば,詐欺的商法のような場合には,契約の取消し

(民法96条・消費者契約法4条1項1号など)や 損害賠償(民法415条,709条)が可能であるが,

医師が誤った情報を提供した場合で手術や投薬な どが開始しているような場合は,原状回復は不可 能であるので,損害賠償(民法415条,709条)の みが可能となる。

次に,①に関して,それぞれの類型において,

情報提供義務がどのような根拠によって認められ るのかとの関係において検討する必要がある。

情報提供義務が認められる根拠としては,当事 者間の格差の是正(55),専門家(事業者)に対する 信頼(56),そして,他者加害の禁止(57)が挙げられる。

これらの根拠からすると,まず,情報提供義務を 課される当事者は,情報を有しているということ が前提となる。すなわち,情報を他方の当事者よ り有しているのであるから,他方当事者に情報を 提供し,格差を是正することにより,私的自治を 機能させることができるのであり,また,情報を 有しているから,情報を有している当事者を信頼 する,そして,情報を有しているからこそ,情報 を有していない当事者の権利を侵害しないように 情報を提供しなければならないということになろ う。そして,情報提供義務は,情報を提供すべき とする義務であるから,表示・告知型の場合は,

妥当しないようにも思われる。実際,表示・告知

−故意型の場合は,ある情報を有しているにもか かわらず,あえて間違った情報を表示・告知して いるのであるから,上記の情報提供義務を認める

(10)

根拠からしても,情報提供義務が認められ,また,

それに違反していると評価でき,契約の効力の否 定や損害賠償が認められることとなる。それに対 し,同じ表示・告知型であっても,表示・告知−

過失型の場合は,事情が異なる。すなわち,ある 情報が間違っているかを調査すること,または,

相手方に対する信頼が必要となるからである。

もっとも,表示・告知−過失型の場合であっても,

誤った情報を表示(告知)しているのであるから,

契約の効力の否定や損害賠償を認めてもよいと考 えることもできる。

非表示・不告知型は,情報を表示(告知)して いないのであるから,従来,情報提供義務の問題 として議論されていたところである。しかし,こ の非表示・不告知型の場合,情報を有しているが 表示(告知)しないのか(故意型),情報を有し ていないので表示(告知)しないのか(過失型)

というように分類することができるであろう。こ こで,非表示・不告知−故意型については,ある 情報を有していて,その情報が重要であることを 認識しているにもかかわらず,表示(告知)しな い場合については,情報提供義務を認め,またそ の違反を認めてもよいと思われる。これに対し,

非表示・不告知−過失型の場合は,ある情報が相 手方にとって,その契約において,重要であるこ とを知らなかったために表示(告知)しなかった 場合については,ある情報を有してはいるが,そ の情報が相手方・その契約にとって重要であるこ との認識がないのであるから,その情報の提供を 義務づけるべきかについては問題となる。そして,

情報それ自体を知らなかったために表示(告知)

しなかった場合については,情報提供義務を課さ ないということも考えられるが,情報を収集すべ き義務を課してもよい場面が存するかについて検 討する必要があると思われる。

以上をまとめると次のようになる。

①−1−a 表示・告知−故意型については,

情報提供義務は認められ,その違反 があるので,契約の効力の否定や損 害賠償が認められる。

①−1−b 表示・告知−過失型については,

ある情報が間違っているかを調査す ること,または,相手方に対する信 頼を根拠に情報提供義務を認める,

また,誤った情報を表示(告知)し ているのであるから,契約の効力の 否定や損害賠償を認めてもよいと考 えることができる。

①−2−a 非表示・不告知−故意型について は,情報提供義務は認められ,その 違反があるので,契約の効力の否定 や損害賠償が認められる。

①−2−b 非表示・不告知−過失型について は,情報の収集を認めるべきかにつ いて検討が必要である。

情報提供義務を認めるべきか,そして,その情 報提供義務違反をどのような制度を根拠に責任を 追及するかについて検討が必要なのは表示・告知

−過失型である。民法(債権法)改正の議論にお いては,不実表示の規定を設けることについて議 論され,結果的には,不実表示の規定については,

導入が見送られることとなった。しかし,見送る こととなった理由については,錯誤の規定と関連 するものであった。そこで,ⅱ(錯誤・不実表と の関係)において検討することとする。

そして,非表示・不告知−過失型については,

情報収集義務を認めるべきかについての検討がま ず必要となるので,Ⅲ(情報の収集)で検討する。

ⅱ 錯誤・不実表示との関係 1)従来の議論

⑴ 事実錯誤の承認

この見解は,まず,事実錯誤という類型を承認 する。すなわち,従来の錯誤に関する通説(伝統 的錯誤論(二元説))では,動機と効果意思を含 めて「内心」と呼び,内心と表示との食い違いを 錯誤と呼んでいることからすると,動機と効果意 思を含めた心理的作用を「認識」とすることがで き,有力説(信頼的錯誤論(一元説))によると 民法95条の適用要件として,動機が意思表示の内 容となったか否かを問わないことからすると,「表 示行為の意義に関する錯誤,動機の錯誤は,認識

(11)

と事実の不一致であると端的に説明することがで き」,「錯誤には,このような事実錯誤の類型が存 在する」とする(58)

そして,この事実錯誤が契約の効力を否定する のは,消費者の事業者に対する信頼を基礎とす る。つまり,消費者が相手方の広告(表示)と事 実とが一致しているとの信頼を基礎としており,

広告(表示)内容と事実とが一致しない場合,消 費者の信頼は失われる(59)。そして,「事業者の宣 伝,勧誘行為が存在するとき,そこでなされた将 来の事実に関する説明あるいは意見と,事業者に おいて予見しえず,また,左右しえない事情の変 化により,説明あるいは意見の表明後に生じた結 果との間の不一致の場合を除いて,この不一致は 事業者のそれら勧誘によりもたらされたといえ る。」からであるとする(60)

⑵ 保護の必要性

表示の相手方の保護という観点からは,「事実 の認識に関する誤認惹起行為――不実告知と不利 益事実の不告知――に関しては,取引の相手方が そのような不実の表示をおこなえば,消費者でな くても,誤認をしてしまう危険性が高く」,表示 の相手方の保護の必要であり,また,その必要性 はとくに高い(61)

そして,不実表示により表示の相手方は,多く の場合,動機の錯誤に陥るが,伝統的な錯誤理論 によると動機の錯誤は原則として認められないが,

動機の錯誤が,民法95条の錯誤として認められな いのは,取引の安全を害するからであるとされて いるが,不実表示を行い錯誤を惹起したような場 合,取引の安全を考慮する必要はなく,錯誤無効 を認めてもよいとする(62)

⑶ 不実表示の違法性

不実表示の違法性という観点からは,「事実と 異なることを認識してなされた不実告知は,契約 交渉の相手方の情報収集を積極的に妨害する行為 として,当事者の属性いかんにかかわらず,契約 締結の意思形成のための情報の収集・分析のリス クを各個人に負担させる前提を揺がすものとして,

許されない」とする(63)

そして,事実と異なることを認識しながらなさ

れた不実告知は,民法上の詐欺についても違法と なるとする(64)

2)民法(債権法)改正における議論

⑴ 不実表示

1 債権法改正の基本方針

「債権法改正の基本方針(改正試案)」において,

不実表示について,以下のような規定を置くこと が提案されている(65)

【1.5.15】(不実表示)

〈1〉 相手方に対する意思表示について,表意 者の意思表示をするか否かの判断に通常影 響を及ぼすべき事項につき相手方がその事 実と異なることを表示したために表意者が その事実を誤って認識し,それによって意 思表示をした場合は,その意思表示は取り 消すことができる。

〈2〉 相手方に対する意思表示について,表意 者の意思表示をするか否かの判断に通常影 響を及ぼすべき事項につき第三者が事実と 異なることを表示したために表意者がその 事実を誤って認識し,それによって意思表 示をした場合は,次のいずれかに該当する ときに限り,その意思表示は取り消すこと ができる。

  〈ア〉 当該第三者が相手方の代理人その他そ の行為につき相手方が責任を負うべき者 であるとき。

  〈イ〉 表意者が意思表示をする際に,当該第 三者が表意者に事実と異なることを表示 したことを相手方が知っていたとき,ま たは知ることができたとき。

〈3〉 〈1〉〈2〉による意思表示の取消しは,

善意無過失の第三者に対抗することができ ない。

* 消費者契約法4条2項に該当する場合(不

利益事実の不告知)は,ここでいう「不実

表示」に当たり,この提案(【1.5.15】)によ

り取消しが認められるが,その旨を明示的

に確認しておく方が望ましいという考え方

もある。

(12)

この規定の趣旨は,事実に関して,相手方が事 実と異なることを表示した場合,消費者に限らず,

誤認をする危険性は高く,前提となる事実が異な るならば,行われる決定も不適当なものとなるの であるから,表意者を保護する必要性があり,ま たその必要性は高いので,不実表示に関する一般 規定を設けることとしたとされている(66)

この不実表示の規定と錯誤の規定との異同につ いては,法律行為の内容化と錯誤事項の基準の点 で異なるとする。

まず,法律行為の内容化の要否について。「表 意者の意思表示をするか否かの判断に通常影響を 及ぼすべき事項につき相手方が事実と異なること を表示したために表意者がその事実を誤って認識 し,それによって意思表示をした場合」を,「そ の認識が法律行為の内容とされた」と解釈するこ ととができる場合もあり,その場合に,錯誤取消 しのその他の要件を満たすときには,表意者は意 思表示を取り消すことができる(67)。しかし,「表 意者の意思表示をするか否かの判断に通常影響を 及ぼすべき事項につき相手方が事実と異なること を表示したために表意者がその事実を誤って認識 し,それによって意思表示をした場合」は,常に

「その認識が法律行為の内容とされた」と解釈す ることとができるわけではないので,「法律行為 の内容とされた」いえるかどうかが明らかではな いときにでも,意思表示を取り消すことができる 点で,錯誤取消しとは異なる(68)

錯誤事項の確定基準について。錯誤取消しが,

認められるためには,主観的因果性と客観的重要 性が必要となるのに対して,不実表示においては,

「通常影響を及ぼすべき事項」かどうかという客 観的・定型的な要件を設定している(69)

2 中間試案

「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」

において,不実表示について,以下のような規定 を設けることが提案されていた(70)

第3 意思表示

2 錯誤(民法95条関係)

 ⑵ 目的物の性質,状態その他の意思表示の 前提となる事項に錯誤があり,かつ,次の

いずれかに該当する場合において,当該錯 誤がなければ表意者はその意思表示をせず,

かつ,通常人であってもその意思表示をし なかったであろうと認められるときは,表 意者は,その意思表示を取消すことができ るものとする。

  イ 表意者の錯誤が,相手方が事実と異な ることを表示したために生じたものであ るとき。

  (注)上記⑵イ(不実表示)については,規 定を設けないという考え方がある。

この規定の趣旨は,「表意者の錯誤が相手方が 事実と異なる表示をしたことによって引き起こさ れたときにも誤認のリスクは相手方が負うべきで ある」とし(71),相手方が事実と異なることを表示 した場合,表意者が「それを信じて誤認をする危 険性は高く,表意者をその意思表示から解放する 必要性があること,相手方は自ら誤った事実を表 示して表意者の錯誤を引き起こした以上その意思 表示の取消しという結果を受忍するのもやむを得 ないことから,意思決定の基礎となる情報の誤り のリスクを相手方に転嫁することができる」とす る(72)

債権法改正の基本方針においては,不実表示の 規定は錯誤の規定とは別に設けられていたが,中 間試案においては,不実表示の規定は錯誤の規定 に含まれることとなった。すなわち,不実表示に より表意者が動機の錯誤に陥った場合,動機の表 示や法律行為の内容化などの要件が満たされなく ても錯誤無効が認められてきたとの理解(73)から,

不実表示に関する規定が,錯誤に関する規定に含 まれることとなった(74)

ただし,不実表示に関する規定は,要綱仮案に 至る段階で,削除されている。その理由として,

「錯誤により意思表示の効力が否定される範囲が 広がりすぎる」との指摘,また,「相手方が誤っ た表示等を行ったために表意者に錯誤が生じ,そ の誤った認識を前提として表意者が意思表示を し,そのことを相手方も当然の前提であると認識 していたと評価できるような場合には,『法律行 為の基礎とされて表示されていた』と評価するこ

(13)

とで対応することも可能である」との指摘が挙げ られている(75)

⑵ 錯誤 1 要綱仮案

錯誤について,民法(債権関係)の改正に関す る要綱仮案には,以下のような規定を設けること が提案されていた(76)

第3 意思表示

 2 錯誤(民法95条関係)

   民法95条の規律を次のように改めるもの とする。

  ⑴ 意思表示は,次のいずれかの錯誤に基 づくものであって,その錯誤が法律行為 の目的及び取引上の社会通念に照らして 重要なものであるときは,取り消すこと ができる

   ア 意思表示対応する意思を欠くもの    イ 表意者が法律行為の基礎とした事情

についてのその認識が真実に反するも の

  ⑵ ⑴イの錯誤による意思表示の取消しは,

当該事情が法律行為の基礎とされている ことが表示されていたときに限り,する ことができる。

  ⑶ ⑴の錯誤が表意者の重大な過失による ものであった場合には,次のいずれかに 該当するときを除き,⑴による取消しを することができない。

   ア 相手方が,⑴の錯誤があることを知り,

又は知らなかったことについて重大な 過失があるとき。

   イ 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っ ていたとき。

不実表示についての規定の導入が見送られた理 由として,「『法律行為の基礎とされて表示されて いた』と評価することで対応することも可能であ る」との指摘があった(77)。そうすると,「法律行 為の基礎」,そして,「法律行為の基礎とされてい ることが表示されていたとき」が何を意味してい るのかについて検討する必要がある。

「法律行為の基礎」に関する議論について。「法

律行為の基礎」の意味について,事務局からは,

「法律行為(の効力)が存在する前提とした事情 であり,例えば,表意者が譲渡所得税は課されな いと認識して,多額の譲渡所得税が課されないと の事情を当該財産分与の基礎としていた場合にお いて,その多額の譲渡所得税が課されないとの認 識が真実と反しているとき」(78)との説明がされた。

また,内田貴委員からは,「この部分は従来は 意思表示の内容とか法律行為の内容という表現が 使われていて,それに対しては,法律行為の内容 という言葉が特にそうですけれども,合意の内容 とどう違うんだということが随分この部会でも議 論され,合意の内容と読めるのだとすると,狭過 ぎるではないかということで,部会の中では,法 律行為の前提としたという表現ではどうかという ご意見もあったわけです。そういった御意見を踏 まえて,前提ではなくて基礎という表現を使って,

しかし趣旨としては,意思表示の内容としたとい う言葉で表現されていたことを表そうとしたのだ と思います」との説明がされた(79)

「法律行為の基礎とされていることが表示され ていたとき」についての議論について。「法律行 為の基礎とされていることが表示されていたとき」

について,事務局からは,「第80回会議及び第90 回会議において,意思を表示しそれに相手方が同 意したのであれば条件になっているように読める が,条件になっているのならば錯誤の問題ではな いとの指摘や,この表現ではその適用範囲が狭く なりすぎるように読めるとの指摘があったことを 踏まえつつ,単に当該事情が動機(理由)である と表示されているだけでは足りないと判示する判 例があること等をも考慮し『法律行為の基礎とさ れていることが表示されていた』との表現を用い て」おり,積極的に表示されている場合だけでは なく,黙示的に表示されている場合も含むとする 判例理論を踏襲するものであるとの説明がされ た(80)

これに対し,山本敬三幹事から,「これまで出 ていた様々な案に賛成する意見もあるけれども,

問題を指摘する意見もあるということは指摘され ているのですが,⑵のこの表現の積極的な理由は,

(14)

必ずしも十分に挙げられていないように思いま す。」との質問がされ,これに対し,脇村真治関 係官は,「⑵の表現ぶりにつきまして,これを採 用した理由としては,なかなか難しいところもあ るんですけれども,趣旨としましては,先ほど筒 井幹事からもお話がありましたとおり,現在の判 例の明文化を何とかしていきたいと。ただ,その 判例の理解については,従前から議論があり,い ろいろな御意見があると思いますので,そういう 意味で補足説明等ではそこには深く立ち入らない 形で書かせていただいたということでございます。

趣旨としては,動機を言っただけでは足りないの で,そのプラスアルファが何か要るんだというこ とを,何とかそこを表現しつつやっていきたいな ということで,このように書かせていただいたと ころというところでございます」と応答している(81)

また,内田貴委員からは,「表示についてです けれども,これはこれまでも部会で随分議論され たことで,判例は一貫して動機の錯誤を表示する ということを言葉としては要求してきたわけです。

それを入れるべきであるという御意見が強くこの 部会であったので,この表現が使われている。た だ,表示したときではなく,されていたという受 け身表現になっているのは表示したという主体的 な行為だけではなくて,もう少し客観的に表示さ れていたと認定できるようなニュアンスを含めよ うとしたのだろうと思います。」との説明がされ た(82)

2 改正法案

2015年3月31日,国会に提出された,民法の一 部を改正する法律案では,錯誤について,以下の ような規定を設けることが提案された(83)

(錯誤)

第95条 意思表示は,次に掲げる錯誤に基づく ものであって,その錯誤が法律行為の目 的及び取引上の社会通念に照らして重要 なものであるときは,取り消すことがで きる。

   一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤    二 表意者が法律行為の基礎とした事情

についてのその認識が真実に反する錯

2 前項第二号の規定による意思表示の取消し は,その事情が法律行為の基礎とされている ことが表示されていたときに限り,すること ができる。

3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであっ た場合には,次に掲げる場合を除き,第一項 の規定による意思表示の取消しをすることが できない。

  一 相手方が表意者に錯誤があることを知 り,又は重大な過失によって知らなかっ たとき。

  二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥って いたとき。

3)検討

⑴ 不実表示について(84)

不実表示を錯誤により処理すべきかについて。

相手方の不実表示により表意者が陥るのは,主に 動機の錯誤であるが,動機の錯誤を民法95条の錯 誤として扱うかについては,動機の錯誤の場合,

表示に対応する効果意思は存在するので,意思表 示を無効とするべきではない。そして,不実表示 とは,誤った情報を提供することにより,表意者 が錯誤に陥るのであるから,錯誤による処理では なく,詐欺などにより処理すべきであると思われ る。もっとも,改正法案によると,動機の錯誤は,

民法95条の錯誤として扱うことを承認しており,

一定の要件(「法律行為の基礎としていることを 表示」し(改正法案95条2項),「その錯誤が法律 行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要 なもの」(改正法案95条1項)であるとき)を満 たした場合には,錯誤取消しが可能であるとする。

また,不実表示の規定を削除した理由として,錯 誤による処理が可能であるとの指摘がなされてい ることからすると,改正法案における錯誤の規定 について検討する必要があるが,この点は⑵にお いて検討する。

不実表示を詐欺により処理する点について。詐 欺による取消し(民法96条1項)の要件は,① 二段の故意(相手方を欺罔して錯誤に陥らせよう とする故意・錯誤により意思表示をさせようとす

(15)

る故意),②二段の因果関係(詐欺行為によって 表意者が錯誤に陥ること・その錯誤がなければ意 思表示をしなかったこと),③欺罔行為の違法性 とされており,故意が要求されている点からして,

過失による不実表示の救済は不可能であると思わ れる。また,詐欺の要件としての故意を過失でよ いとする考え方(85)については,詐欺は,欺罔行 為が必要であり,欺罔行為とは「だまそうとする」

行為であるので故意が必要であると思われる。

不実表示について,契約責任による処理するこ とが可能かについて。契約の解釈により,事実と 異なる事情が契約の内容となるとすることも可能 である思とわれる。つまり,不実表示により表示 された真実と異なる内容がその契約の内容となり,

表示された内容と異なる物などの提供がされた場 合,契約責任の追及は可能である。例えば,売主 である相手方が,贋作を真作として表示した場合,

買主である表意者が贋作である物について真作と して契約を締結した場合に,売主である相手方が 買主である表意者に贋作を提供した場合は,債務 不履行責任を負うとすること可能である。

もっとも,不実表示とは,誤った情報を提供す るということであり,相手方の意思に対する不当 な介入と評価することができる。そうすると,不 実表示が契約内容になるとして,契約責任の追及 により処理するよりも,意思表示に関する規定に より処理することが妥当である。しかし,上記の とおり,現行の意思表示の規定には限界があるの であるから,不実表示についての独立の規定を設 けることが必要であると思われる。

⑵ 錯誤による処理

債権法改正の基本方針による場合,不実表示 は,錯誤とは別の独立とした規定として設けるこ とが提案されていたが,中間試案において,錯誤 の一部とされた。そうすると,不実表示により真 実と異なる事情が,法律行為の内容となることが 必要となり,また,錯誤事項に該当するかについ ての判断が必要となる。

「法律行為の基礎」について,「法律行為の前 提」,または,「意思表示の内容」を意味する(86)

とされているが,改正法案95条1項2号は,「表

意者が法律行為の基礎とした事情」とあり,表意 者の主観によることになるようにも読める。そう すると,狭義の動機の錯誤についても広く錯誤の 対象となるとも考えられる。もっとも,従来,錯 誤の要素性とされてきた部分に該当する「その錯 誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照ら して重要なものであるとき」の要件で限定される 可能性はあると思われる。

意思表示の前提となる事項,または,法律行為 の基礎とした事項について錯誤がある場合につい て,中間試案においては,法律行為の内容化の判 断とされていたのに対し,要綱仮案や改正法案に おいては,表示のみで足りることとされた。つま り,中間試案の場合,法律行為の内容化であるた め,両当事者が,誤った事情が法律行為の内容と することが必要であるのに対し,要綱仮案や改正 法案の場合,表示で足りるため,表意者が法律行 為の基礎としていることを表示することのみで足 りることになる。

表示のみで足りるとすることについては,法制 審議会民法(債権関係)部会において,以下のよ うな議論がなされた。

まず,山本敬三幹事は,ドイツの行為基礎(ド イツ民法313条)に関する議論と対比して,「表意 者が一方的に表示しさえすれば取消しを認めるの はおかしいのであって,表示して,相手方が何も 異議を述べないときには,それを行為基礎とする ことが了承された。だからもう取り消せないもの とする。あるいは,相手方も同じような認識の誤 りを持っていたのであって,その意味で両当事者 にとって共通の基礎となっている。だから取り消 せない。これは納得がいくものだろうと思います。

そして,従来の判例を見ても,そのような観点か ら無効が認められていたとみることができる。そ れが,これまでの案で意思表示の内容となったと いう要件が挙げられてきたときに念頭に置かれて いたことだと思います。」とし,不実表示につい ては,「相手方の方が異議を述べるのもおかしな 話ですので,そのような場合は当然,拘束力から の解放を認めるというものではないかと思いま す。」とする(87)

(16)

鹿野菜穂子幹事は,「動機の錯誤の法的顧慮が 最終的に表示の有無に依拠することとされ,あた かも表意者が動機の錯誤を相手方に告げたか否か が基準であるかのようにも見える文言が使われて いる点で,この新たな定式自体にも問題がありま す。従来の判例においても,表意者が自らいわゆ る動機を相手方に告げたというその告げるという 行為だけで,錯誤の無効を認めるという判断がさ れてきたのではないと思いますし,むしろ『表示』

という言葉が,裁判例においては規範的概念とし て用いられてきたものと思います。裁判例には,

『表示』それ自体を規範的に捉えているものもあ りますし,あるいは表示されて法律行為の内容に なった,あるいは表示されて意思表示の内容となっ たという一節を一体として捉えているもののよう に見えますが,いずれにしても,その規範的な評 価を通して,表意者が自らリスクを負担するべき ところの単なる一方的な動機の錯誤にとどまらず,

それと区別されてリスクの転嫁を正当化できるよ うなものをくくり出し,それにつき錯誤無効を認 めるという作業が行われてきたのではないかと私 自身は認識しておりました。」(88)とし,「『法律行 為の基礎とされていることが表示されていたとき に限り』という表現ぶりが用いられていますので,

これについては,従来,動機が表示されて法律行 為の内容になった,あるいは表示されて意思表示 の内容となったと判例で言われてきたことを,今 回ここにこのような形で書かれたのだと理解でき るものと思います。」とする(89)

岡正晶委員は,「表示されて,相手方が認識あ るいは認知可能になっているとすれば,取消して も相手方の不意打ちにはならない,不利益にはな らないだろうという相手方の利益を勘案するため の用語ではないかと思います。」とする(90)

松本恒雄委員は,「消費者保護を担当しており ます組織の代表者として言わせていただきますと,

消費者紛争の場合には,過大な期待を抱かされて 契約をするという形のトラブルが大変多いわけで す。それも錯誤でもって解決しようとする場合を 考えますと,今回の案は,従来だと明文の規定が なくて,動機の錯誤という一般論でやっていたこ

とに比べると,法律行為の基礎が表示されていれ ば錯誤取消しを主張できるということが明確にな るので,被害救済に使える一つのツールを提供す るものになるのではないかなと思っています。こ れは実際の紛争処理の場でどういうふうに活用す るか次第ですけれども,そういう可能性を与える ものではないかと思いまして,不実表示がなくなっ たのは残念ではありますが,この法律行為の基礎 の錯誤の法理を消費者取引の面においてうまくい かしていけば,不実表示に代わるような機能を発 揮させることもできるのではないかと思っており ます。」とする(91)

以上のような,法制審議会民法(債権関係)部 会の委員や幹事の見解からすると,松本委員の表 示がされていれば錯誤取消しが可能とする見解や,

岡委員のように表示がされていれば,相手方にとっ て認識が可能となるとの見解による場合は,不実 表示の場合についても,錯誤の規定により意思表 示の取消しが可能となる。そして,山本敬三幹事 のドイツの行為基礎論に依拠した見解においても,

不実表示の場合には,意思表示の取消しが認めら れることとなる。それに対し,鹿野幹事のように

「法律行為の基礎とされている」という文言につ き,法律行為の内容化を要求するものと解釈する 見解に立つと,法律行為の内容化とされたかにつ いての検討が加わることとなる。しかし,鹿野幹 事のように考えたとしても,不実表示の場合は,

相手方の事実と異なる表示により,表意者は事実 と異なる認識を有することとなったのであるから,

不実表示の場合について,錯誤の規定による処理 は可能であるものと思われる。もっとも,法制審 議会民法(債権関係)部会の議論(92)を参考にし て考えると,改正法案民法95条1項2号によると,

「表意者が法律行為の基礎とした事情」とあり,

この事情が,錯誤の重要性の要件を満たすならば,

その事情が表示されていれば,意思表示の取消し が認められるということになるのであるから,改 正法案95条2項の「その事情が法律行為の基礎と されている」というところは,両当事者が法律行 為の基礎とした事情ではなく,表意者が基礎とし ていた事情ということになろう。

参照

関連したドキュメント

と,②旧債務者と引受人の間の契約による方法(415 条)が認められている。.. 1) ①引受人と債権者の間の契約による場合,旧債務者は

ても情報活用の実践力を育てていくことが求められているのである︒

全国の 研究者情報 各大学の.

本制度は、住宅リフォーム事業者の業務の適正な運営の確保及び消費者への情報提供

気象情報(気象海象の提供業務)について他の小安協(4 協会分)と合わせて一括契約している関係から、助成

3 In determining whether a term sati sfies the requirement of good faith, regard shall be had in particular to the matters ( )

Google マップ上で誰もがその情報を閲覧することが可能となる。Google マイマップは、Google マップの情報を基に作成されるため、Google

(ECシステム提供会社等) 同上 有り PSPが、加盟店のカード情報を 含む決済情報を処理し、アクワ