言語 セ ンター広報 LangllageStudies第9号(2001。3)小樽商科大学言語 セ ンター
在 日韓国 ◎朝鮮人の本名使周 を促す一方第
三∴
【 ∃
ほん憲 洋
やん在 日韓 国 。朝 鮮 人 の通 名使 用
韓 国語 の 「 姓」 とい う語 には 「 絶対不変の もの」 とい う内包的意味がある。 じっさい,韓国人 は日本統治時代 の創氏改名 に対 し死 をもって抗議 した者 もいたほ ど,姓 を大事 にした。
しか し現在,在 日韓国人 には通名 を使 う人が多 い。「 通名使用」は,社会生活上の緊張や摩擦 を 避 けるためのス トラテジー とも言 えようが,当の通名使用者 に とっては, アイデ ンティティー喪 失の危険性 を強 く持つ もの といわざるを得 ない。 この危険性 は, とりわけ在 日二 ・ 三 。 四世 にとっ て大 きい。
本稿 では,なぜ在 日韓国 。朝鮮人が通名 を名乗 るのか を明 らかにする とともに,本名使用 を促 す一方策 を提案す る。
通 名使 用 者 ( 学童 ) の割 合
在 日韓国 。朝鮮人 の通名使用者 の割合 については,徐龍達編 『 韓 国 ・朝鮮人 の現状 と将来』 ( 礼 会評論社,1987 年)216 ページに次の表がある。
く 表
ⅠⅠⅠ‑17〉大阪市立御幸森小学校外国人児童本名状況調べ
なお,同書 によると,同校 は 「 大阪市生野 区
(1943年設置) とい う在 日韓国 。朝鮮人の密集地 区に存在す る。生野 区は市の東南部 に位置 し,東 は東大阪市,北 は近畿 日本鉄道,西 は国鉄環状 線,南 は国道
25号線及 び平野川 を区界 とす る。人 口密度,外国人登録人数 ともに全市中第一位で, 外国人登録人数のほ とん どを在 日韓 国 ・朝鮮人が占める」 との ことである。
この ように同胞 が多 く,本名 を比較的使用 しやすい環境 にあるに もかかわ らず,本名使用児童 の割合 は全外国人児童数の半分 に も満たない。
大阪府立外教調査
(1994年実施)で は本名使用 は
12%程度であ り,1984年実施 の神奈川県内在 住外国人実態調査で はわずか
8.4%しか本名 を名乗 っていない。
これ らは比較的在 日韓国 。朝鮮人 の多い地域であることを考 えると,全 国的本名使用状況 はさ らに低 くなる
。在 日韓 国 ◎朝 鮮 人 は なぜ通 名 を償 うの か
在 日韓国。 朝鮮人が通名 を使用す るようになったのは, 日本 による創氏改名 の強制 に起因する。
〜 63‑‑
重 患 洋
本国 ( 韓国) においては
1945年
8月
15日の解放後す ぐ朝鮮名 の門札 が掲 げ られ,新聞報道記 事 において も本名が使われていた。法的 に も
,1946年 に公布 された朝鮮姓名復 旧令
(10月
23日軍政令第
122号) によって, いわゆる創氏改名制度が廃止 されて本来の姓 に復帰す るようになっ た。
しか し,在 日韓 国人 はいわ ゆる 「 蚊帳の外」で, 日本式の名前 を使 い続 けた人が多かった。
日本政府 は昭和
22年
5月
2日勅令第
207号外国人登録令第
11条で台湾人 の うち内務大臣の定 めるもの及び朝鮮人 は, この勅令 の適用 については,当分 の間, これ を外 国人 とみなす とし,荏 日韓国 。朝鮮人 に外国人登録 を命 じたが,1
959年
4月
1日現在で韓 国 。朝鮮人 の外 国人登録人員 総数
607,533名 の うち
22,789名
(3.8%)が 日本 式姓 を本 名 として登録 してお り,197,148名
(32%)が 日本式通称名 を併記 している。( 全英達,『 創氏改名 の研究』,未来社,1
997年,1
16ペー ジ
〜117ページ。)
つ まり
,35.8%の人が 日本名 を本名 として, あるいは通称 として登録 したのである。 この事実は在 日韓 国 ・朝鮮人 に とって, 日本 の敗戦がかな らず Lも日本帝国主義 の植民地支配か らの解放 を意味 しなか った とい うことを物語 っている。
以上が在 日韓 国 。朝鮮人が通名 を使用す るようになった歴史的原因であるが, これ は決 して現 在 も在 日韓国 。朝鮮人 の多 くが通名 を使用 している原因の全 てではない。 その もっ とも重大 な要 因 として, 日本社会 における在 日韓国 。朝鮮人 に対す る偏見や差別があることは,改 めて言 うま で もない。
次の文 は尼崎市が発行 した 『 民族差別 をな くすために』 と題 す る リー フレッ ト掲載 の児童生徒 の作文である。
「 私 は日本 の高校 の二年生,小学校 の四年で 自分が朝鮮人 だ と知 った時か ら,自分 の正体 を隠 し 続 け,毎 日,本 当に心の休 まることはあ りませんで した。小学校六年の時 に,『あいつは朝鮮人や』
といわれ肝 を冷や した こともあ りました。 自分の本名 を堂々 と名乗 ることもで きず,朝鮮 に対す る侮辱の言葉 に も,半 ば口をつむって しまう私。‑‑・
本名 を名乗 る,当然す ぎることの ようですが,実 は容易でないのが現実です。れ っきとした本 名があるのに, 日本式の通名 を使わなければ,実際,社会 に受 け入れ られない ような圧迫がある のです 。
この世 に生 まれて十五年。 この 日本 で朝鮮人 として生 まれた一人 として,今,何 をすればいい のか。 まだ ピンと来 ない。 これか らも,就職,本名,結婚 ‑‑・ と数 え切れないほ どの ことを抱 え て生 きてゆかなけれ ばな らない。 日常の生活 は日本人 とまった く変 らない毎 日を送 っている。 そ れで も,私たちに対 して冷たい目で見 る人がいる。 そうい う人たちに対 して,私 はどんな態度 を とればいいのか。朝鮮人 とい うだけで,人 をイ ピッてみた り,話題 にしてみた りして=‑・ そんな とき 『なんで こんな目にあわなあかんねんや ろ』 と思 う」 ( 『 民族差別 をな くすために』,尼崎市, 尼崎市秘書室広報課,1
979年
12月,2
3ページ
〜24ページ,下線引用者O)
まさにこの差別 こそが,在 日韓国 。朝鮮人 の通名使用の原因である。
本 リー フレッ トは,「 子供 の心 を も傷 つ ける差別的な言葉 は,何 も一人の子供 が しゃべ った とい うだけの ことではあ りません。
親や教師な ど大人たちの誤 った認識 による偏見が子供 たちに影響 を与 えているのです。
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在 日韓 国 ・朝鮮人の本名使用 を促す一方策
それ は,朝鮮人 の子供の精神 に暗い影 を落 とすだけでな く, 日本人 の子供 の心 をも同時にゆが めてい くのです 。
私達 は,学校や職場や地域社会 といった 日常の場で,民族 のちがいを認 め,尊重 して,対等な 人間関係 を築 くことです。」 と結んでいる。
しか し,通名使用 には,在 日韓 国 。朝鮮人 の側の主体 的問題 もある。偏見や差別があれば,そ れ に抵抗 し立 ち向か う運動 も起 こる。事実, 日本全国各地で本名 を使用す る運動が繰 り広 げ られ ている。 しか し, この運動が成功す るためには, 日本語の世界でのみ考 えては無理がある。
次に,本名使周がなぜ 日本語の中で は難 しいのか。 さらに, どうすべ きなのか, それ らを検討 してみよう
。豊田武 は 『 苗字の歴史』 ( 中公新書,1
971年,1
75ページ)で, 日本の有力 な苗字 として次の
20を上 げている。
すなわち 「 鈴木,佐藤, 田中, 山本,渡辺,渡部,高橋,小林,中村,伊藤,斉藤,加藤,山 田,吉田,佐々木,井上,木村,松本,清水,林」が それである。
これ らの姓 は文字数か らこれ を見 ると,漢字二文字の もの
18,三文字の もの 1,‑文字 の もの
1となっている。音節数 を見 る と4 音節の ものが
9,3音節の ものが
11となっている。
視覚的 に分か りやすい くす るため, ローマ字書 きす ると,次の ようになる。
suzuki,satou,tanaka,yamamoto,watanabe(wataribe),takahasi,kobayasi,nakamura
,
itou,saitou,katou,yamada,yosida,sasaki,inoue,kimura,matumoto,simizu,hayasi.この ように, 日本語 の語感 としては姓 あるいは苗字 は漢字二文字,音節数で 3ない し 4の もの が普通 ( 最 も多い) とい うことになる。
ところで,韓国人 の場合 は一文字 の姓が もっ とも多 く,二字姓 は
8程度 しかない。 また, 日本 の一文字姓 は金,今,神 な ど一部 を除 くとほ とん ど訓読 み となっている。 そのため,仮 に姓 に使 われている漢字 を日本語で音読 をして も, 韓 国人 の姓 は日本語の姓 として,「 何か しっ くりしない」
語感 になる。姓名 とも音読 した場合 さらに一層落 ち着かな くなる
。現在,在 日韓国人 の大多数 は二 。 三世であ り,彼 らのほ とん どは日本語 を第‑言語 として育 ち, 日本 の教育 を受 けている。彼 らは日本語 を話 し, 日本語で考 える。 ところが, その 日本語の中で 自分の姓 は‑字 2音節であ り,原音 ( 韓国語の字音)で読 まれ るべ きところ, 日本の漢字音で音 読み され る場合が多 い。
在 日韓 国人 の 名前 の読 み方
「 北九州市牧師,崖 昌華 ( チ ョエ ・チ ャンホア) は
,NHKのニュース時間に 『 サイ。シ ョウカ』
と, しき りに呼 ばれた ことに対 して 『自分の名前 を正 し く呼んでほ しい』 と幾度 も訂正 を求 めた が,無視 された。 そ こで当人 は 『 人格権侵害である』 と,訴訟へ持 ち込むに至 った。かれは,荏 日朝鮮人 の人権 問題 に精進 して注 目を浴びていた し, また 自己の名前の呼び方 には格別 に厳格で あった。当人 の, 自分の名前呼称 に対す る訂正要求 と 「 訴訟」の事情 は次の とお りである。
チ ョエ ○チヤンホア
1975
年
9月3日,北九州市小倉 の韓国人牧師。崖
昌華
(45歳)は,NHK北九州放送局の市 川定夫放送部長 を訪 れて,抗議 と訂正 を要求 した。
‑ 65‑
官
憲 洋一去 る
8月
26日,「 北九州市長 に在 日韓国,朝鮮人 の人権 に関す る公開質問状」 を提出 したあ と,記者会見 をした際, 自分 の名前 を 『 チ ョエ ・チ ャンホア』 と再三 にわたって名 のったに もか かわ らず
,NHKは
9月
1日と
2日のニ ュースで 『 サイ。ショウカ』と意図的 に日本風 の読 み方 を した‑ これ は人権上 の重大 な誤 りであるか ら訂正 してほしい。 そ して今後,在 日韓国人 。朝鮮人 に対 して 日本語読 みで呼ばないでほ しい。 その氏名 を正 し く呼んでほ しい。 これ は人権 の尊重 の 出発点である。 と述べて,強 く抗議 した。 その記者会見の時かれ は, 自分の名の読 み方 を間違わ れないように と二度 も念 を入れて説明 し, 名刺 の氏名 の下 にローマ字で発音 を書 いてあるか らと, つけ加 えていた。
この抗議 と訂正要求 に対 して市川部長 は,協会へ連絡 を とったあ と,次の ように回答 した (
9 月27日)。
‑NHK
では『 昭和
23年
10月か ら
28年
9月 まで現地読 みをして きたが,発音 の難 しさが あ り, すべて 日本語の読み方 にして現在 に至 っている。 こん ご前 向 きに検討す るが,現段階で は今 まで 通 りにす る』 と。 しか し崖氏 は納得せず, 『 私の名前 は崖 ( サイ)ではない,チ ョエである』と強 く反発 し,再度抗議 した。が,市川部長 は 『 放送 の困難 をきたす。訂正す るとすれ ば全国的 にす るので,現段階では今 まで通 りに して行 く』 と同 じことを答 えた。 ここに至 って崖氏 は 「 人格 の 象徴 としての氏名が他人 の都合で変更 させ られ るような,基本的人格 の侵害 は許せ ない」 と控訴
に踏 み切 ったOか くて
,10月
3日, 日本放送協会 ( 会長 。 小野吉朗)を相手 どって, ( 人権侵害 に よる損害賠償 の請求)を福 岡地裁小倉支部へ訴 えた
.」 ( 金一勉, 『 朝鮮人がなぜ 「日本名』を名 の るか』,三一書房
,1978年,203ページ
〜204ページ。」
この裁判 は最高裁 まで争 ったが,結局原告敗訴 となった。
本 名使 用 を進 め るため に
在 日韓国 。朝鮮人が 自然 に本名 を名乗 るためには, 日本語の漢字の音読 みで はな く韓 国語 の中 で韓 国語 ( 原音)で本名 を使 う経験 をす ること,つ ま り先生や友人 に韓 国語で名前 を呼 ばれ, ま たみずか らもキンやボクではな くキムやバ クな どと名乗 る経験が不可欠であると考 える。
そのような経験 によ り本名が 自分 に とって少 しも 「よそよそ しい」 もので はな く, まさし く自 分 自身 を現す ものであることを確認 した後 は, 日本語 の環境 の中であって も韓 国語音で本名 を名 乗 ることは, ご く自然 な ことと感 じるようになろう。
参 考 文 献
金英達, 『創氏改名の研究』,未来社,1997年。
豊 田武, 『苗字 の歴史』,中公新書,1971年。
吉留路樹, 『日本人 と朝鮮人Rか,エール出版社,1972年。
徐龍達,『韓 国 ・朝鮮人 の現状 と将来』,社会評論社,1987年Q
金敬得, 『在 日コ リア ンのアイデンティティ と法的地位』,明石書店, 1995年。
金一勉, 『朝鮮人 がなぜ 「日本名」 をなの るのか』,三一書房,1978年。
吉 岡増雄他, 『在 日外 国人 と日本社会』,社会評論社,1984年。
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