論文の内容の要旨
氏名: CHANG EMILY WEN JIA(張 雯嘉)
博士の専攻分野の名称:博士(歯学)
論文題名:Transmucosal Vaccination with GroEL plus CpG ODN Induces Mucosal Immunity in the Oral Cavity (GroELおよびCpG ODNによる経粘膜ワクチンは口腔内の粘膜免疫を誘導する)
経粘膜ワクチンは、全身系免疫および粘膜系免疫を共に誘導できる簡便かつ低侵襲性なワクチンである。
現存のワクチンは注射型ワクチンが主流であり、ワクチン注射の副作用による注射部位の痛みや致命的な アナフィラキシーの可能性が含まれる。さらに、粘膜系免疫を効果的に誘導することはできない。また、経 鼻・舌下投与の経粘膜ワクチンは、経口摂取された抗原分子や経口ワクチンが受ける腸肝循環および肝臓 代謝によって生じる初回通過効果、ならびに胃による摂取された分子の即時破壊を回避できる。したがっ て、経鼻・舌下経路を介したワクチン接種は、注射の悪影響を回避し、粘膜系免疫を誘発するためのより良 い選択と考えられる。
口腔は消化器や呼吸器などの粘膜組織と異なり、唾液および歯肉溝滲出液中の抗体の存在により粘膜系 免疫と全身系免疫の両方に支配されている。歯槽骨による骨の裏打ちが存在することも口腔の特徴のひと つである。粘膜系免疫の実効組織である唾液腺は、唾液中に分泌型免疫グロブリンIgA(S-IgA)抗体を産 生することが知られている。一方、歯肉溝滲出液から連続的に流れる血清由来のIgG 抗体は、全身系免疫 の一部である。したがって、経鼻・舌下投与の経粘膜ワクチンは全身免疫のみならず粘膜面にも免疫応答を 誘導することが可能である。このような二段構えにより、経粘膜ワクチンは口腔内に免疫応答を誘導する 非常に有効な手段であり、口腔感染症を防ぐのに最適である。
歯周病は代表的な慢性炎症性疾患であり、歯周組織の破壊と骨吸収を引き起こすことで口腔機能を低下 させる。近年、歯周病が糖尿病や誤嚥性肺炎、アテローム性動脈硬化症などの全身性疾患の誘因となること が報告されている。そのため、歯周病の予防は口腔および全身の健康にとって重要であり、ワクチン開発の 重要性を示唆している。
本研究では代表的な歯周病原性細菌Porphyromonas gingivalisを免疫抗原として、P. gingivalisにより産生 される熱ショックタンパク質(GroEL)に焦点を当てた。GroELは多数の歯周病原性細菌間で高い相同性を 示し、細胞表層に局在し接着分子としても作用するため高い免疫原性を有することが知られている。また、
GroEL は炎症により破骨細胞形成を誘導し、歯槽骨吸収を促進することも報告されている。健常人よりも
歯周病患者でGroELに対する抗体価が有意に高いことから、GroELが歯周病の潜在的な刺激因子であると 言える。また、効果的な粘膜免疫応答を誘導するには、適切な粘膜アジュバントの同時投与が必要である。
今回使用した粘膜アジュバントCpGオリゴデオキシヌクレオチド(CpG ODN)は、B細胞や樹状細胞など の抗原提示細胞によって発現されるToll様受容体9(TLR9)と相互作用し、1型ヘルパーT(Th1)細胞お よび炎症性サイトカイン応答を誘導する。以前の研究において、経口投与または経皮投与した場合に強力 なアジュバントであることが示されている。そのため、経粘膜ワクチン開発のためには安全かつ有効なア ジュバントは必要不可欠である。
鼻咽頭関連リンパ組織(NALT)は、口腔領域の粘膜関連リンパ組織のひとつである。現在の経鼻免疫研 究では、各鼻孔にワクチンを注射し通常の吸入によってNALTに効果的に送達する方法が確立されている。
一方、舌下免疫は近年アレルギー性疾患において注目をされているが、そのメカニズムは未だに不明な点 が多い。本研究では、マウスにおけるGroEL抗原および粘膜アジュバントCpG ODNによる経鼻・舌下免 疫の有効性を評価した。さらに、経鼻免疫によるP. gingivalis感染の炎症抑制および歯周病骨吸収に対する 抑制効果を検討した。
その結果、
実験1:経鼻ワクチンGroELおよびCpG ODNによる粘膜免疫応答
GroEL(3μg)およびCpG ODN(10μg)を組み合わせた経鼻ワクチンは最終投与から一週間後に、GroEL特 異的IgG、IgA、およびS-IgA抗体を誘導した。重要なことに、P. gingivalisをマウスに経口感染させた時、
マイクロコンピューター断層撮影(micro-CT)データにより、経鼻ワクチン免疫群は非免疫群と比較して歯 槽骨吸収を有意に抑制した。さらに、P. gingivalis感染によって増加した炎症性サイトカイン TNF-α、IL-6
およびHSP60のmRNAレベルはワクチン投与により有意に減少を示した。
実験2:舌下ワクチン抗原GroELおよび粘膜アジュバントCpG ODNの最適濃度の検討
はじめに、粘膜アジュバントであるコレラ毒素にて抗原GroELの最適濃度を決定し、続いて粘膜アジュバ ントCpG ODNの最適濃度を決定した。GroEL特異的免疫応答は、GroELとコレラ毒素またはGroELとCpG ODN の組み合わせによる舌下免疫で観察された。舌下免疫における抗原およびアジュバントとしての GroELおよびCpG ODNの最適濃度は、マウスあたりそれぞれ3μgおよび25μgであった。
以上の結果より、GroELおよびCpG ODNを使用した経鼻ワクチンは、P. gingivalis感染による歯周病を 抑制できる効率的で無駄のない経粘膜ワクチンであり、GroELおよびCpG ODNの舌下投与も粘膜および 全身の抗原特異的抗体応答の誘導に効果的であった。舌下免疫と比較して経鼻免疫におけるGroEL特異的 抗体価がわずかに高いのは、NALT の存在によるものと考えられる。また、舌下免疫の場合はNALT のよ うな粘膜関連リンパ組織は存在しないため、アジュバントとして高用量のCpG ODNが必要であった。適切 な量の粘膜アジュバントを使用することにより、本研究で示すように、少量の抗原でもより高いレベルの
血清GroEL特異的IgG抗体を誘導することを可能にした。以上のことより、アジュバントと抗原を同時に
適用すると、抗原特異的な免疫応答を効率的に誘導できる。
本研究は、GroELを使用した経粘膜ワクチンは、歯周病を予防するための効果的で安全なワクチンの候 補として期待される。