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田代 崇

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「フィリピン・ルソン島中央平原パイタン湖周辺における 後氷期以降の環境復元」

平成 27 年 1 月

日本大学大学院理工学研究科博士後期課程 地理学専攻

田代 崇

(2)

i

論文要旨

本研究は,西部熱帯太平洋海域に位置するフィリピンの後氷期における古環境復元 をおこなうことを目的とし,同領域に位置するパイタン湖から得られた湖底堆積物試 料により復元された約 8,300yrs BP 以降の古植生環境と古気候変動の関係性を議論し た.特に,乾燥指標植物と考えられるコゴン草原の卓越期と粒度分析から得られた乾 湿の指標との関係からローカルな地域における気候変動プロキシを作成し,周辺地域 における乾湿変動との対比をおこなうことでこれらの関係性を考察した.

第 1 章においては,先行研究の西部熱帯太平洋一帯における気候変動史の中でも,

後氷期における古気候変動・古植生変遷に関する復元記録のレビューをおこなった.

これら先行研究内において,同海域における環境復元プロキシは,熱帯特有の温暖湿 潤な気候が影響し,良質な試料の採取が困難であることや試料を採取出来る陸地の位 置が制限されていることから,その時空間的分布の偏在性が極めて大きいことが指摘 されており,フィリピンを含む一部の地域においては,特に復元記録が少ないことを 指摘した.また,IPWP 北東域にあたるフィリピンを含む海域は,アジアモンスーン地 域の中でも対流活動が活発で,かつ雨季・乾季の季節交替が明瞭な地域として分類さ れている.この地域の対流活動(降水量の変動)は,東アジアを含む全球的な気候変 動にも強い影響を及ぼすことが知られており,同領域の長期的な環境変動を明らかに することは,気候変動を介した全球的環境変動を理解する上でも重要な課題の一つで ある.

第 2 章においては,対象地域を含む中部ルソン地域の近年における気候特性を解明 することを目的とし,その長期的傾向と変化要因の分析をおこなうことで,観測時代 における対象地域周辺の気候変化とその要因を明らかにした.この分析を通して,本 地域で復元をおこなう意義と気候変動を議論する際の空間代表性の問題を議論した.

対象地域を含むルソン島北部の東部,中部,西部の全てにおいては,20 世紀前半から 後 半 に か け て , 年 降 水 量 の 減 少 が 起 こ っ て い る . 気 温 ・ 降 水 量 デ ー タ を 用 い て Köppen-Geiger の気候区分をおこなった結果,中部においては,これら降水量の減少 により,熱帯モンスーン気候(Am 気候区)から熱帯サバナ気候(Aw 気候区)への植生を伴 う気候区の変化が生じていることが示された.この降水量の減少は,1935 年頃から生

(3)

ii

じており,特に 7 月の大幅な降水量の減少(減少した降水量の 3 分の 2)を主としてい ることがわかった.ルソン島全域の降水量に対する主成分分析の結果から,これら降 水量の減少は,西部から中部において顕著に現れる現象であり,かつ 7 月の降水量と 関連することから,北半球夏季における南西モンスーンと関連した降水変化であるこ とが示された.

第 3 章においては,本研究でおこなったボーリング試料の粒度分析結果から,試料 基底(10.25m:約 8,300yrs BP)から現在までの堆積環境についての考察をおこない,

粒度分析から推定される湖水面変動記録の復元をおこなった.本試料を採取したパイ タン湖は,明瞭な流入河川の無い閉鎖的で小規模な湖であることから,経年的・季節 的に水位が容易に変化する特性を持つと考えられる.また,周囲は水田という土地利 用であることからも,湖岸斜面は,非常に緩やかな斜面が形成されている.このよう な地形環境から,パイタン湖への流入は,降雨時の流速の小さい表面流出が主体であ ると考えられるため,堆積物の淘汰は湖岸からの距離に依存し,比較的湖岸に近い位 置で生じているものと考えられる.したがって,単一地点において採取された試料の 鉛直方向の粒径変動は,各層が堆積した際の湖水位変化とそれによる採取地点と湖岸 の距離の変化を反映する.また,湖水位の変化は,降水量の変化を反映すると考えられ ることから,本試料の各層が堆積した環境は,降水量が多い時期には湖水位が上昇す ることにより湖心に近い堆積環境が形成され,降水量が減少した時期には,水位が低 下することにより湖岸部に近い堆積環境となると考えられた.前者の堆積環境のもと では,中央粒径が小さくなると共に淘汰も進み,後者の場合,淘汰が進まず,中央粒 径が大きい物質が堆積すると考えられることから,粒度組成変動が乾湿変動を示すプ ロキシとして示された.

第 4 章においては,ボーリング試料の植物珪酸体分析結果からパイタン湖の集水域 内における植生変遷史の復元をおこない,第 3 章において復元された湖水面変動記録 より推定される乾湿変動と植生変動との対応関係を考察した.分析に際し,植物珪酸 体組成と粒度組成タイプとの対応関係を整理するため,対象地域において最も乾燥状 態に強いと考えられるコゴン型の植物珪酸体検出率を乾燥指標,木本型の検出率を湿 潤指標とした.また,第 3 章における結果を基に,粒度組成データに対しクラスター分 析を行い,便宜的に 4 つの環境(Type1:陸化型,Type2:湖岸型,Type3:遷移期型,Type4:

湖心型)に分類した.これら古植生側から推定される乾湿環境と堆積環境から推定され

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iii

る乾湿環境の関係を分析した結果,Type1 から Type4 に対応する全植物珪酸体中に占 めるコゴン型の植物珪酸体の含有率は,一部のタイプにおいては最高値が 20%台,最 低値が 1%台と幅があるものの,平均でみると Type1 から Type4 に従って含有率が低下 する傾向が認められた.また,逆に木本型の植物珪酸体の含有率は,上昇する傾向が認 められた.以上より,Type1から Type4 への堆積環境の変化は,植生から復元した乾燥 から湿潤への変化と概ね対応しており,湖水位変動と古植生環境は,相互補完的に乾 湿環境を支持すると考えられた.これらの結果から復元された対象地域の乾湿変動は,

8,300~7,300yrs BP 間は乾燥期,7,300~5,900yrs BP 間は湿潤期,5,900~5,700yrs BP 間は乾燥期,5,700~2,800yrs BP 間は弱い湿潤期,2,800~2,400yrs BP 間は乾燥期と なった.

第 5 章においては,対象地域以外のアジアモンスーン地域の陸域において行われて きた乾湿変動の復元記録と本研究の結果の対応関係を考察した.先行研究により分類 されるモンスーン地域ごとの乾湿変動の傾向は,対象地域の西方域では約 6,000yrs BP を境に湿潤から乾燥傾向へと変化している.対象地域の南方域の南半球に位置する地 点 で は , 約 4,500yrs BP を 境 に 湿 潤 か ら 乾 燥 傾 向 に 変 化 す る 地 点 と , 対 称 的 に 約 6,000yrs BP を境に弱い湿潤から湿潤傾向に移行する地点が混在している.対象地域 の南方域でも北半球に位置する地点では,完新世中期まで堆積環境の形成が無く復元 記録が存在しないが,約 3,000yrs BP 以降は乾燥傾向にある.対象地域周辺では,本 研究の結果から,8,300~7,300yrs BP に乾燥,7,300~5,900yrs BP に湿潤,5,900~

5,700yrs BP に乾燥,5,700~2,800yrs BP に湿潤,2,800~2,400yrs BP に乾燥である ことが示されている.これらの乾湿変動記録を概観すると,6,000yrs BP を境とする 前後で傾向の変化が見られる.6,000yrs BP までの期間では,対象地域以外の全地点 において湿潤傾向にあるが,対象地域のみに 8,000~7,000yrs BP に極端な乾湿変化を 示す結果が表れている.一方,7,000~6,000yrs BP においては全地点で湿潤傾向が示 されている.これらの結果から,本研究対象地域を含む熱帯モンスーン地域一帯では,

少なくとも約 7,000~6,000yrs BP においてヒプシサーマル期(鈴木,2004)の温暖湿潤 傾向が一様に見られる可能性が示された.また,熱帯域において対流活動の指標とさ れている SST と対象地域で復元された乾湿環境の変化の関係を分析することで,乾湿 発生のメカニズムに関する考察をおこなった.西部熱帯太平洋海域における SST の高 温状態は,対流活動が活発な状態を示すと共に,その海域が湿潤状態であることを示

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iv

し,SST の低温状態は,対流活動が不活発な状態を示すと共にその海域が相対的乾燥 状態であることを示すと考えられる.これらを考慮し,同海域における SST の変動と 本試料において復元された乾湿変動との関係を分析した結果,周辺海域において SST が高温である期間に湿潤傾向があり,SST が低温である期間に乾燥傾向となり,太平 洋熱帯域における東西の海面水温差に関連した東西循環の変化とも関係性がある可能 性が示された.

第 6 章においては,本論文のまとめとして,各章において解明した事象の総括をお こなった.本論文では,植物珪酸体分析と粒度分析により古植生環境と古気候環境の 復元を行い,周辺地域の復元記録と対比を行った結果,少なくとも 7,000~6,000yrs BP にアジアモンスーン地域一帯においてヒプシサーマル期の温暖湿潤傾向があった可能 性を示した.しかしながら,第 2 章において指摘済みである様に,対象地域周辺域に おける対流活動の盛衰やそれに関連した乾湿環境の変化を決定付ける要因は,SST や それと関連する熱帯域の東西循環のみではなく,よりグローバルな空間スケールの現 象であると考えられ,以後 SST や東西循環とモンスーン強度との関係やこれと対象地 域の乾湿環境との関係性を究明することが課題と考えられる.

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Ⅰ

論文目次

Ⅰ.はじめに ... 1

Ⅰ‐1後氷期の東南アジア諸国における気候変動史 ... 1

Ⅰ‐1‐1 陸域プロキシから復元された後氷期の東南アジア諸国における植生‐ 気候変動史 ... 1

Ⅰ‐1‐2 海域プロキシから復元された海面水温変動とその要因に関する考察 .. 3

Ⅰ‐2 研究対象地域の位置づけと研究意義 ... 6

Ⅰ‐3 対象地域周辺における植生と景観の変化 ... 7

Ⅰ‐4 本研究の目的 ... 9

Ⅰ‐5 本論文の構成 ... 9

Ⅱ.中部ルソンにおける地勢的特徴と気候 ... 11

Ⅱ‐1 目的 ... 11

Ⅱ‐2 使用データと解析期間 ... 12

Ⅱ‐3 分析方法 ... 13

Ⅱ‐4 分析結果 ... 13

Ⅱ‐4‐1気候区分 ... 13

Ⅱ‐4‐2 降水特性 ... 15

Ⅱ‐5 近年における中部ルソン地域の降水特性変化とその要因に対する一考察 .. 18

Ⅲ.堆積環境と湖水位変動 ... 22

Ⅲ‐1 試料採取地点の詳細 ... 22

Ⅲ‐2 試料 1 と分析方法 ... 24

Ⅲ‐3 試料 1 の年代測定結果 ... 26

Ⅲ‐4 試料 1 の分析結果 ... 26

Ⅲ‐5 250 ㎛以上の粗い粒子割合と堆積環境の推定 ... 27

Ⅲ‐6 試料 2 と分析方法 ... 29

(7)

II

Ⅲ‐7 試料 2 の年代測定結果 ... 31

Ⅲ‐8 試料 2 から推定されるパイタン湖の粒度組成と堆積環境に関する考察 .... 32

Ⅳ.後氷期における植生変遷 ... 37

Ⅳ‐1 試料と分析方法 ... 37

Ⅳ‐2 本研究で検出された植物珪酸体 ... 39

Ⅳ‐3 生物起源粒子 ... 43

Ⅳ‐4 植物珪酸体組成 ... 45

Ⅳ‐5 パイタン湖集水域内における植生変遷と古降水量の関係 ... 47

Ⅴ.後氷期における対象地域とアジアモンスーン地域の古環境の関係 ... 49

Ⅴ‐1 本研究対象地域と周辺他地域における古環境変遷の対応関係 ... 49

Ⅴ‐2 海域プロキシによる環境復元記録と本研究対象地域における古環境変遷との 関係 ... 54

Ⅵ.まとめ ... 59

付録 1 図 1 の先行研究の詳細 ... 63

付録 2 試料採取地点の周辺植生 ... 64

付録 3 試料 2 の各層における粒度組成の相関関係 ... 72

文献 ... 74

謝辞 ... 78

(8)

III

図目次

図 1 先行研究における試料採取地点(各文献の分析内容は付録 1 に記載) ... 5

図 2 ルソン島中央平原の概要...............................................8 図 3 ルソン島における気候区分と中部ルソン地域の雨温図 ... 12

図 4 ルソン島北部グリッド(東部,中部,西部)における過去観測時代の気候区変化 ... 14

図 5 中部ルソン平原北部における年降水量変化(30 年移動平均) ... 16

図 6 第 1 主成分の因子負荷量分布と時係数 ... 17

図 7 中部ルソン平原北部における 7 月の降水量変化(30 年移動平均) ... 18

図 8 SOI と年平均降水量(30 年移動平均値)と相関係数の変化..................20 図 9 SOI と 7 月平均降水量(30 年移動平均値)と相関係数の変化 ... 20

図 10 SST(西部-東部)と 7 月平均降水量(30 年移動平均値)の変化 ... 21

図 11 パイタン湖周辺の概要と試料採取地点の詳細 ... 23

図 12 ルソン中央平原の地質図 ... 23

図 13 パイタン湖湖岸域の断面図と土地利用 ... 24

図 14 試料 1 の柱状図と年代測定値から推定した堆積速度 ... 25

図 15 先行研究による植物珪酸体分析結果と試料 1 の有機物含有量・粒度分析結果の対 比図 ... 28

図 16 試料 2 の柱状図と粒径頻度分布のアイソプレス図 ... 30

図 17 中央粒径(Mdφ)と歪度(Skα)の関係 ... 33

図 18 湖水位変化に対応した粒径頻度タイプ変化の推定 ... 34

図 19 湖水位の変化(湿潤期・乾燥期)による堆積環境の変化 ... 36

図 20 クラスター分析結果と推定される堆積時における湖の環境 ... 38

図 21 試料 2 の植物珪酸体分析結果 ... 46 図 22 コゴン(乾燥指標)/全植生(%)と木本類(湿潤指標)/全植生(%)のクラスター分析

(9)

IV

結果との関係 ... 48

図 23 対象地域及び周辺域における陸域サンプルより復元された乾湿分布 ... 52

図 24 対象地域及び周辺域における陸域サンプルの分布とモンスーン地域区分 .... 53

図 25 太平洋熱帯域東部(下)と西部(上)の復元された海面水温(SST)の比較 ... 56

図 26 東部と西部で復元された SST の関係 ... 57

図 27 8,300~3,300yrs BP 間における SST(西部と東部の差)の変化 ... 57

図 28 SST(西部と東部の差)と本試料から復元された乾湿の関係 ... 58

図 29 SST(西部)と本試料から復元された乾湿の関係 ... 58

(10)

V

表目次

表 1 試料 1 の14C年代測定値 ... 26 表 2 試料 2 の14C年代測定値 ... 31

(11)

VI

図版目次

図版 1 検出された草本起源植物珪酸体の顕微鏡写真 ... 41 図版 2 検出された木本起源植物珪酸体の顕微鏡写真 ... 42 図版 3 本研究で観察された生物起源粒子の顕微鏡写真 ... 44

(12)

1

Ⅰ.はじめに

Ⅰ-1 後氷期の東南アジア諸国における気候変動史

インド-西太平洋暖水プール(IPWP)は,地球上で最も海面水温の高い海域(>28℃)

であり,周辺域における対流活動と密接に関係することから,アジアモンスーンの変 動やエルニーニョ/南方振動(ENSO)との関連を通じて全球的な気候変動に大きな影響 を及ぼす.このため最終氷期最寒冷期(LGM 期)以降における IPWP の状態変化や ENSO などの大気-海洋相互作用とその変動史の解明を目的として,西部熱帯太平洋海域では 深海堆積物やサンゴ化石といった大規模な空間スケールを取る古環境プロキシを用い た古環境解析に関する研究(図 1)が広範囲でおこなわれてきた.一方,こうした大規 模な空間スケールの海洋や気候変動に対する応答としての局地空間スケールにおける 陸域の環境変遷は,堆積物試料の花粉分析による植生復元,微粒炭分析を用いた気候 的乾燥状態の復元や石筍の酸素同位体比分析による降水量の変化との対応関係を基に,

LGM 期から完新世中期にかけての寒冷乾燥環境から温暖湿潤環境への遷移過程の時空 間的分布について議論がされてきた.

Ⅰ-1-1 陸域プロキシから復元された 後氷期の東南アジア諸国における 植 生‐気候変動史

本 項 で は , 先 行 研 究 に お い て 復 元 さ れ て き た 環 境 変 遷 史 を Murakami and Matsumoto(1994)により分類されたモンスーン地域(図 1)ごとに概観していく.

完新世初期~中期にかけて,SEAM 地域(South East Asian Monsoon)に位置するカン ボジア北東部の湖から採取されたボーリング試料の花粉分析(Maxwell,2001)からは,

8,500yrs BP をピークとする 11,250~6,000yrs BP の間にLagerstromia(サルスベリ) や Adina(ハルジュ),Tetrameles(ソンポン)などの現在の熱帯モンスーン林を構成す る主要な樹種と同様な植生が増加しており,同じ SEAM 地域に位置するタイ北東部の Kumphawapi 湖において採取されたボーリング試料のマルチプロキシ(TOC,C/N,TS,δ

13C,珪藻分析)からも 10,000~6,700yrs BP 間における湖の拡大が報告されている (Wohlfarth et al.,2012).SEAM 地域の北側である中国南西部に位置する鍾乳洞内の

(13)

2

石筍の酸素同位体比(δ18O 比)からは,11,500~6,000yrs BP 間(8,200yrs BP は 8.2ka イベントの発生が確認されているので除外する)における降水量の増加が報告されて いる(Wang et al.,2005・Dykoski et al.,2005・Hu et al.,2008).NAIM(Northern Australia and Indonesian Monsoon)地域に位置するインドネシアからパプアニューギ ニアにかけて複数の泥炭地及び湖で採取されたボーリング試料内の微粒炭分析からは,

LGM 期から完新世中期(20,000~6,000yrs BP)にかけて微粒短カウント数(野火の発生 率)の減少が確認されており,これが寒冷乾燥状態から温暖湿潤に対応した現象である ことを示唆している(Haberle et al.,2001).一方,同 NAIM 地域に位置するジャワ島 西部の泥炭地より採取されたボーリング試料の珪藻分析(Van der Kaars et al.,2001) からは,11,250~6,700yrs BP 間に富栄養化が発生し,かつての湖の縮小が起こった と考えられている.

中期~後期においては,SEAM 地域に位置するカンボジア北東部の花粉分析(Maxwell,

2001)からは,完新世初期まで優先種であった Tetrameles などの熱帯モンスーン林を 構成する主要な樹種が減少し,5,300~4,700yrs BP を中心とする中期から 2,500yrs BP にかけて Trema(ウラジロエノキ属)や Gramineae(イネ科)といった現地において乾燥 の指標とされる植物の増加が確認されている.また,2,500yrs BP 以降には再び熱帯 モンスーン林を構成する樹種へと遷移が起こり,600yrs BP~現在においては微粒炭の 増加や草原植生の増加が顕著である事から,人為的影響(火入れ,伐採)が発生してい る可能性があることも報告している.同モンスーン地域に属するタイ北部の湖からの マルチプロキシ(Wohlfarth et al.,2012)は,約 5,900yrs BP において湖水位の低下 が始まり,5,400~約 3,000yrs BP には泥炭地への変化を示している.また,2,700~

2,500yrs BP,1,900~1,600yrs BP には,堆積作用の中断が確認されている. NAIM 地域に位置するジャワ島西部の泥炭地周辺においては,6,700~3,650yrs BP において 乾燥の指標とされる Trema の減少と同時に Fern(シダ)の増加と微粒炭の減少が報告さ れている(Van der Kaars et al.,2001).SEAM 地域の北側である中国南西部の石筍の

δ18O 比は, 4,800~4,100yrs BP 間,3,700~3,100yrs BP 間,1,400~1,000yrs BP 間,

LIA(the Little Ice Age)において大きく降水量の減少を示すイベントが発生している ことを示している(Hu et al.,2008).

(14)

3

Ⅰ-1-2 海域プロキシから復元された 海面水温変動とその要因に関する考 察

熱帯域における植生変化は,湿潤度の時空間分布を反映した気候特性を反映してお り,この変化は同地域に降水をもたらす夏季モンスーン(East Asia Summer Monsoon:

以下 EASM)の時空間的変動とも関連している.特に東南アジア一帯を対象とした先行 研究では,対流活動の活発・不活発といった観点から,IPWP 周辺海域におけるサンゴ 年輪の Sr/Ca 比や酸素同位体比,浮遊性有孔虫や珪藻の Mg/Ca 比,アルケノン不飽和 指標を用いた過去の SST の復元をおこない,この結果から過去におけるモンスーンの 強弱を推定する議論がおこなわれてきた.

完新世初期~中期までの間について,IPWP の中心部分に相当するパプアニューギニ ア西部で採取された海洋底堆積物コア中の浮遊性有孔虫の酸素同位体比から復元され た SST は,10,300~6,000yrs BP の間,現在と比較して 1℃程度高い状態を保っており,

6,000~4,500yrs BP にかけて徐々に温度が下がっていく傾向を示している(Brijker et al.,2007).

一方,完新世中期~後期にかけて,インドネシア~パプアニューギニアから採取し た複数のサンゴ化石の Sr/Ca 比から復元された完新世中期以降の IPWP 全体の SST は,

6,600~6,300yrs BP 間で現在の平均水温と比較して 1.3±0.3℃の上昇が起こり,5,500

~4,300yrs BP 間で 1.2±0.3℃の低下が起こっている(Abram et al.,2009).これら はそれぞれ IPWP の拡大と縮小を示していると考えられ,東アジア夏季モンスーン (East Asia Summer Monsoon : EASM) の 強 度 変 化 と 熱 帯 収 束 帯 (Intertropical Convergence Zone:ITCZ)の南北移動を伴っていたことも示唆している.また,Ujiie et al.(2003)による黒潮の流路にあたる琉球諸島近海において採取された海洋底コア試 料の分析によれば,約 4,500~3,000yrs BP 間に暖流である黒潮を特徴づける有孔虫 Pulleniatinaの減少イベント(Pulleniatina Minimum Event:PME)が確認されており,

同じ現象 は約 5,000~3,500yrs BP 間にお ける 南シナ海 にお いても 確 認されて いる (Yang and ZhiMin,2009).Ujiie et al.(2003)によれば,PME は風成流である黒潮の 移流を原因として起こる現象であり,この現象が El Niño 時の気圧配置に起因して発 生すると考えられることから,完新世中期(およそ 6,000~3,000yrs BP)の西部熱帯太 平洋海域一帯では El Niño が頻発していた可能性があり,それにより同時期において

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4

IPWP の分布域が東に移動していたと指摘している.これらの結果から,完新世初期の IPWP 中心部は,高温で比較的安定しており,中期にかけて SST が下がっていくと共に,

気候が ENSO モードにシフトしていった可能性があると指摘されている(Brijker et al.,2007).完新世初期~中期において,同地域に降水をもたらす夏季モンスーン(East Asia Summer Monsoon:EASM)が強まることを指示する結果であると考えられ,これに より同地域では寒冷乾燥から温暖湿潤へと気候変化がおこったと考えられている.

(16)

5

図1先行研究における試料採取地点(モンスーン地域の分類はMurakami and Matsumoto,1994による.また,各文献の分析内容は付録1に記載)

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6

Ⅰ-2 研究対象地域の位置づけと研究意義

前項までの先行研究内において,アジアモンスーン地域の LGM 期以降の気候は,1)

更新世後期~完新世初期にかけての寒冷・乾燥環境から温暖・湿潤環境への変化,2)

完新世初期~中期にかけての降水量の増加,3)完新世中期~後期への強い季節性を伴 っ た 乾 燥 化 の 発 生 と い っ た 3 つ の 大 き な イ ベ ン ト の 存 在 が 明 ら か に さ れ て き た

(Maxwell,2001 など). 一方で,西部熱帯太平洋海域における環境復元プロキシは,

気候的な影響により良質な試料の採取が困難であることや陸地の位置関係が制限され ていることから,その時空間的分布の偏在性が極めて大きいことが指摘されている.

特に,東南アジア熱帯地域(特にネパール,スリランカ,ラオス,ベトナム,フィリ ピン,ソロモン諸島)は,研究例に乏しい.また,古気候-植生の復元に最も有効な手 段と考えられる花粉分析においても,温帯地域における復元記録数と比較して約半数 程度しか存在しておらず,そのほとんどが完新世を対象とした研究に限られており (Hope et al.,2004),IPWP 南方域における植生-気候環境の復元が中心となっている 事がわかる(Haberle et al.,2001;Van der Kaars et al.,2001;Gagan et al.,

2004;Donders et al.,2008,Abram et al.,2009).

Murakami and Matsumoto(1994)によれば,IPWP 北東域にあたるフィリピンを含む西 部熱帯北太平洋域は,アジアモンスーン地域の中でも対流活動が活発で,かつ雨季・

乾季の季節交替が明瞭な地域(西部北太平洋モンスーン地域:正式名称 Western North Pacific Monsoon,以下 WNPM)として分類されている.さらに,この地域の対流活動(降 水量の変動)は,東アジアを含む全球的な気候変動にも強い影響を及ぼすことが知ら れている.したがって,同地域の長期的な環境変動を明らかにすることは,気候変動 を介した全球的環境変動を理解する上でも重要な課題の一つと考えられる.

一方,熱帯域における植生の変遷は,年間を通して気温が高温に保たれる環境を背 景として,ENSO やモンスーン変動に関連した乾燥ストレスの発生が大きく関与し,特 に IPWP 南方域にお け る植生 -気候環境 の復元 が広くおこ なわれて き た (Haberle et al.,2001,Van der Kaars et al.,2001,Gagan et al.,2004,Donders et al.,2008,

Abram et al.,2009).しかしながら,本研究の対象地域の位置する WNPM 地域を含む IPWP 北方域は,赤道収束帯と寒帯前線帯との境界部分に位置しており,大きな降水変 動が起こりやすい地域として位置づけられ,陸域が限られることなどから,植生-気候

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7

環境の復元記録は極めて少ない現状にある.また,これらに対する陸域環境の呼応は,

地形環境など地理的条件の差異により異なることも指摘されている.

以上より,西部熱帯太平洋海域の環境復元プロキシは,気候的な影響により良質な 試料の採取が困難である事や陸地の分布が偏っていることから,その時空間的分布の 偏在性が極めて大きいことが示されており,フィリピンを含む一部の研究蓄積の少な い国々において,未解明な事象が多く残されていることが指摘できる.

Ⅰ-3 対象地域周辺における植生と景観の変化

フィリピン・ルソン島中央平原(図 2)は,西をザンバレス山脈,東をシエラマドレ 山脈,北をコルディレラ山脈に囲まれており,同国最大の穀倉地帯として,20 世紀以 降のアメリカ統治時代より開拓された水田・灌漑用水路網が広く分布している .同平 原は,主に農業用地における土地生産性の向上を目的としておこなわれてきたこれら の開発により,高収量品種を用いた稲の二期作地帯として,東南アジアで最も整備の 行き届いた稲作地の一つとなっている.

近年,東南アジアにおいては,輸出用木材の乱伐や人口増加に準じ,過度な耕作を おこなった結果として,耕作放棄地の増加が発生しており(高谷 1985),ルソン島中央 平原においても,丘陵地や山地周辺部に森林荒廃地が多く存在する.また,この様な 場所には,二次林やイネ科の二次植生であるチガヤ(現地名ではコゴン)を卓越種とす る草原が広く分布している(八木 1986).チガヤ(I.Cylindrica (L) Beauv.)は,熱 帯・亜熱帯・温帯に広く分布するイネ科,キビ亜科に属する多年生草本であり,アジ ア・アフリカの一部の地域においては,家畜の飼料や茅葺の材料,製紙原料など,有 用な資源として人為的維持(火入れ,刈り取り)を受けて利用されている.対象地域周 辺においても,周辺住民の貴重な収入源として積極的な維持管理がなされており,森 島(2009)によると,現地においてコゴンに覆われる土地は“Cogonal”と称されており,

他の草地とは区別された景観的特徴を持つとされている.この草地は,森林伐採や焼 畑などのおこなわれた窒素やリンに乏しい起伏のある丘陵地や乾燥した森林荒廃地に 多く姿を現し,人為的極相群落を形成ている.

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図 2 ルソン島中央平原の概要

(図中★は試料採取地点であるパイタン湖を示す)

一方,チガヤはその植物的特性から乾燥や火入れに耐性を持つこと(富永,2007)や 多様な遺伝的変異を内包した植生であることがわかっており,様々な場所と地域に生

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息環境を形成することができ,田畑の栄養を奪い生育障害を招くなど,妨害極相とし ての認知も存在する(高谷,1985).

フィリピンにおいては,1950 年代以降の森林資源開発に伴う大規模な熱帯林の乱伐 (森島 2009)や,人口圧に伴う食糧増産の結果,休閑期間の短縮が起こり,必然的な二 次林回復の遅延による耕作放棄地の増加などが発生している.また,この様な荒廃地 にチガヤの大群落が侵入し,森林への遷移が妨げられるといった現状が問題視されて いる(高谷,1985).

吉田ほか(2011)は,ルソン島中央平原北東部に位置するパイタン湖の湖底堆積物の 植物珪酸体分析結果から,この様な現状が流域において約 2,500 年前から継続的に見 られることを報告している.すなわち, 草原植生を維持するような人為的活動が 約 2,500 年間おこなわれていたといった,人為的分布拡大要因を示唆している.しかし ながら,依光(1998)によれば,フィリピンの森林が減少を始めたのは,少なくとも 16 世紀以降であり,特に 19 世紀以降のスペイン・アメリカ統治時代以後の農地開発に伴 う伐採や焼畑移動耕作により大幅に減少したと報告されている.従って,15 世紀以前 におけるコゴン草原の卓越は,気候の乾燥化などの自然的要因によるものである可能 性も考えられる.

Ⅰ-4 本研究の目的

本研究は,西部熱帯太平洋海域に位置するフィリピンにおいて,後氷期における古 環境復元をおこなうことを目的とする.このため,同領域に位置するパイタン湖から 得られた湖底堆積物試料の粒度分析および,植物珪酸体分析から推定される気候変動 と植生変遷との関係について考察をおこなう.特に,乾燥指標植物と考えられるコゴ ン草原の卓越期と粒度分析から得られた乾湿の指標との関係からローカルな地域にお ける気候変動プロキシを作成していく.

Ⅰ-5 本論文の構成

第 1 章においては,対象地域であるフィリピンを含む西部熱帯太平洋一帯における 気候変動史のレビューから,現在までに解明が進んでいる WNPM 以外のモンスーン地域

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における完新世以降の気候変動記録とこれらの関連性についての議論をおこない,残 されている課題を抽出した.

第 2 章においては,対象としているフィリピン・ルソン島中央平原を含む中部ルソ ン一帯における歴史時代の気候観測データから,現在の中部ルソン地域における気候 特性とその変動要因について考察をおこなう.また,この作業を通して,本地域で環 境復元を行う意義と本研究における復元データの空間代表性を示すと共に,SST など 大きな空間スケールをもった気候変化要素との関係性を指摘する.

第 3 章においては,本研究でおこなったボーリング試料の粒度分析結果から,試料 基底の堆積時から現在までの堆積環境についての考察をおこない,推定される湖水位 変動記録の復元をおこなう.

第 4 章においては,ボーリング試料の植物珪酸体分析結果からパイタン湖の集水域 内における植生変遷を復元し,第 3 章において復元された湖水面変動記録より推定さ れる古降水量と植生変遷との対応関係を考察する.

第 5 章においては,第 1 章においてレビューをおこなった対象地域以外のアジアモ ンスーン地域における古環境復元記録と本研究において復元された古環境記録との対 応関係について考察する.

第 6 章では,以上第 1 章から第 5 章において解明された対象地域周辺における古気 候‐古植生の復元記録とアジアモンスーン地域における古環境変遷史をまとめる.

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Ⅱ.中部ルソンにおける地勢的特徴と気候

Ⅱ-1 目的

フィリピン・ルソン島は,ケッペンの気候区分にしたがえば,山岳域を中心とする 熱帯雨林気候区(Af)と熱帯モンスーン気候区(Am)に概ね属している.一方,山岳の配 列に起因して,モンスーンによる降水分布の差異が生じ,降水量の季節配分も異なる こ と か ら , こ の 特 徴 を 反 映 し た Type Ⅰ ~ Ⅳ の 4 気 候 区 が PAGASA(Philippine Atmospheric,Geophysical & Astronomical Services Administration)によって 示されている(図 3a).ルソン島中央平原は,南西モンスーンが卓越する 5 月~11 月の 間には雨季,北東モンスーンが卓越する 12 月~4 月の間に乾季となる TypeⅠに分類さ れており,明瞭な雨季と乾季の存在が特徴的である.試料採取地点であるパイタン湖 の南東約 20 ㎞地点にある農業気象観測点ムニョス(Science City of Muñoz)における 観測データ(図 3b)によると,1996 年~2005 年の間の年平均降水量は 1,823 ㎜であり,

その 9 割以上が 5 月~10 月の雨季に集中し,11 月~4 月までは月平均約 28.3 ㎜と極 端に少ないことがわかる.ケッペンの気候区分に従えば, 最少雨量月の降水量が 60

㎜を満たしておらず,かつ年間降水量も 2,500 ㎜を満たしていないことから,Am では なく,Aw(熱帯サバナ気候)に区分される.対象地域であるルソン島中央平原は,南側 を除く三方を山地に囲まれるため,南西および北東の両モンスーン期において,常に 山地の風下に位置することが原因と考えられる(Akasaka et al.,2007).

Ⅰ章で示したとおり,フィリピンを含む西部熱帯太平洋から海洋大陸を含む地域は,

地球上でもっとも対流活動が活発で降水量の多い地域であり,この地域の変動は,全 球的な気候変動に大きな影響を及ぼすことが知られている.特にエルニーニョ/南方 振動(ENSO)による気候変化は,同地域における主な産業である稲作に大きく影響を 及ぼすことから,降水量の長期的な観測と伴に気候特性とその長期的な変動傾向を把 握することが試みられている(森島,2009).

本章では,フィリピン・ルソン島中央平原の近年における気候特性を明らかにする ことを目的とし,中部ルソン地域における近年の降水特性と気候区分の変化について 長期的傾向とその要因を検討する.また,これらの分析により本地域で気候復元を行 う意義と次章以降で構築する環境復元データの空間代表性を示す.

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図 3 ルソン島における気候区分と中部ルソン地域の雨温図 a:気候区分は PAGASA による.詳細は以下.

TypeⅠ:11 月~4 月にかけての乾季,それ以外の雨季.

TypeⅡ:11 月~1 月にかけて降水量の明瞭なピークが存在.

TypeⅢ:季節は不明瞭で,11 月~4 月に相対的に乾季.それ以外の季節は湿潤.

TypeⅣ(図中に分布無し):一年を通じていっていの降水量.

b:森島(2009)による

Ⅱ-2 使用データと解析期間

降水量データは,Global Precipitation Climatology Centre(GPCC)による陸面降水 量 0.5 ° グ リ ッ ド デ ー タ ( → グ リ ッ ド の 場 所 を 示 す 図 を 作 成 ) ( Gpcc Full Date Reanalysis Version 6.0)より取得した.地点は,中部ルソン平原を中心とする 19 グリッドを用い,解析期間は,1901~2010 年とする.データは,長期変動の観点から 30 年移動平均値を用いた.

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Ⅱ-3 分析方法

本地域を中心とした気候区分の事例によれば Am 気候区(熱帯モンスーン気候)ない し,Aw気候区(熱帯サバナ気候)に区分されており,観測時代においても気候区変化を 伴う気候変動が明瞭にあらわれる地域と考えられる.そこで,Köppen-Geiger の気候 区分により,気候区の長期的変化を明らかにするため,気候データの 30 年移動平均値 から気候区分をおこない,対象地域の気候変動特性を明らかにした.

次に,この作業で明らかになった気候区の変化とその変化要因としての降水量の経 年的・季節的変化とそれら関係を明らかにした.また,中部ルソン島全域での降水量 の時空間的変動特性を明らかにし,対象地域の降水量変動とその関係を明らかにした.

Ⅱ-4 分析結果

Ⅱ-4-1 気候区分

図 4 に上記のデータを用いて Köppen-Geiger の気候区分をおこなった結果を示す.

対象地域を含むルソン島北部の 3 グリッド(東部,中部,西部)の全てのグリッドにお いて,20 世紀前半と後半とを比較した結果,年降水量の減少と最乾月降水量の減少を 伴う変化が起こっていることが示された.また,東部を除く中部と西部においては年 降水量の減少が大きい事も示された.特に中部においては,これら降水量の減少が熱 帯モンスーン気候から熱帯サバナ気候への植生を伴う気候変化(気候区の変化)となっ ている.

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図 4 ルソン島北部グリッド(東部,中部,西部)における観測時代の気候区変化

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Ⅱ-4-2 降水特性

Ⅱ-4-1 においておこなった気候区分では,中部ルソン地域における気候区の変化が,

年降水量と最乾月降水量の変化を伴って起こってきた事を明らかにした.また,この 年降水量の減少は,1935 年頃を境に最も減少した 1950 年頃までで約 300 ㎜となって いる(図 5).これを受け,本項の分析においては,広域的変動との関係を明らかにす るために,この変化がどの様な降水特性を伴った変化であったのかを年降水量に対す る主成分分析から示す.

第一主成因子負荷量分布図(図 6a)においては,東西方向に強いシグナルを持った分 布の変化が示され,特にルソン島中央から西部にかけての降水量が同時に増減するパ ターンが抽出されている.また,この時係数(図 6b)からは,1935 年付近を境にマイナ スからプラスに変移している事がわかる.この変化は,前項で示した年降水量変化と 一致し,ルソン島の西部から中央において、全体として生じた 1935 年頃以降の降水量 減少に伴うものであった.こうした西部から中部を中心とする降水量の変化は,その 空間分布からも夏季モンスーンによる降水量変化であることを示している.図 7 に示 した 7 月の降水量変化と図 5 により示した年降水量減少の変化を比較しても 1935 年頃 以降の変更水量の減少のうち,およそ 3 分の 2 が 7 月の降水量の減少として考えられ,

夏季モンスーンによる降水量減少が,雨期入り直後に生じていることも指摘される.

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図 5 中部ルソン平原北部における年降水量変化(30 年移動平均)

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図 6 第 1 主成分の因子負荷量分布(a)と時係数(b)

a

b

時係数

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図 7 7 月の降水量変化(30 年移動平均)

Ⅱ-5 近年における中部ルソン地域の降水特性変化とその要因に対する 一考察

第 2 章の分析結果から,中部ルソン地域における気候区の変化は,主に中央平原内 において 1935 年頃から生じた年降水量の減少によって発生している事がわかった.ま た,この年降水量の減少は,主に 7 月の大幅な降水量の減少によるものであり,夏季 モンスーンにともなう降水の変化によって生じていることが指摘される.中部ルソン 地 域 に お け る 降 水 は , 雨 季 で あ る 北 半 球 夏 季 (5 月 ~ 11 月 ) に 集 中 し て お り , Akasaka(2010)によると,本地域における降水変動は,ENSO に代表される SST の変動 と大きく関係していることが挙げられている.また,この SST の変動は,赤道上の東 風の強弱に伴う大気-海洋間の東西循環と深く関連した現象である事が指摘されてい る(長谷川,2010)

本項ではこれら先行研究中において指摘される気候変化要因として,降水量の減少 と赤道域の東西循環との関係を考察するため,東西循環の強さの指標として南方振動

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指数(SOI)と中部ルソン平原における降水量のグリッドデータ(7 月分)を使用し,これ らの関係を考察する.SOI と降水量データは,共に 30 年移動平均値を用いた.

図 8 は,SOI と対象地域の年降水量のそれぞれ 30 年移動平均値とこれらの年代別相 関関係を示している.相関係数は,前後 15 年,計 30 年で計算を行っている.全期間 の相関係数は,0.271 と弱い正相関を示している.また,年代別相関係数は,1940 年 頃までは正相関(0.40~0.549)を示しているが,1945 年頃を境に無相関から徐々に強 い負相関(-0.074~-0.78)に変化し,年代ごとに長期的関係に変化が生じていること を示唆している.

図 9 は,SOI と対象地域の 7 月の平均降水量のそれぞれ 30 年移動平均値とこれらの 年代別相関関係を示している.全体の相関係数は,正相関(0.473)を示している.また,

1950 年頃までは無相関~負相関(-0.059~-0.611)を示しているが,1950~1960 年頃 に正相関(0.30~0.45)を示し,1960 年代後半から再び無相関から負相関(-0.13~-

0.691)へと転じている.

これらの結果から,図 8 の関係においては 1945 年頃から,図 9 の関係においては 1960 年頃から,正負の関係が逆転する変化が確認出来る.一方,観測時代全体でみた 場合,SOI と年平均降水量の関係は弱い正相関であり,SOI と 7 月の平均降水量の関係 は比較的強い正相関の関係にある事がわかる.これらの結果は,熱帯域における東西 循環が強い時期に対象地域の降水量は増加し,東西循環が弱い時期に降水量が減少す る関係にある事が示された.また,SST(西部-東部)の値と SOI の間の相関係数(図 10) は 0.385 と弱いながらも正の相関を示している事から,観測時代全体では, SST の東 西差が大きい時期に赤道域の東西循環は活発になり,SST の東西差が小さい時期に東 西循環は不活発になっている事がわかる.

以上より,対象地域における降水量の増減は,周辺海域における SST の変化と太平 洋赤道域の東西循環に関連した変化を起こしている可能性が示された.しかしながら,

これらの関係性は年代別にみた場合,逆転も含めて生じると考えられる.換言すれば,

時間スケールの違いや年代によって関係性に変化が生じていると考えられることから,

様々な時間スケール,年代における関係を実証的に提示する事が重要である.

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20

図 8 SOI と年平均降水量(30 年移動平均値)と相関係数の変化

図 9 SOI と 7 月平均降水量(30 年移動平均値)と相関係数の変化

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図 10 SST(西部-東部)と SOI (30 年移動平均値)の変化

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Ⅲ.堆積環境と湖水面変動

本章では,パイタン湖より採取した複数のボーリング試料に対し粒度分析をおこな い,復元された過去約 8,300 年間におけるパイタン湖の湖底堆積物の堆積環境とそこ から考えられる湖水面変動について記述する.

2010~2014 年の間,現地調査時に計 7 本のボーリング試料(手動式ピストンコア・

サンプラー4m×2 本,原動機付き鉱物掘削用ボーリングマシーン 10m×2 本,標準貫入 試験装置を改良した手動式ボーリングサンプラ‐10m×3 本)を採取した.いずれも湖 水位の低下する乾季(11~5 月)に干上がった湖底面上で調査をおこなったが,表層か ら深度約 2m 付近までの堆積物は非常に乾燥しており,試料が崩壊することで回収率が 低かった.そこで,本章においては回収率が比較的高く分析可能であった 2 試料(試料 1・試料 2)から得られた結果を基に議論をおこなう.

Ⅲ-1 試料採取地点の詳細

試料採取地点であるパイタン湖(図 11)は,マニシパリティ・クヤポ(Cuyapo)に位置 する東西約 0.8 ㎞,南北約 1.2 ㎞の火口湖である.DENR(2010)の地質図(図 12)による と,周辺は中新世~鮮新世にかけての第三系から成る堆積岩および,変成岩から成っ ており,バルンガオ山(Mt.Balungao,382m),バナカブ山(Mt.Banacav,406m),クヤ ッポ山(Mt.Cuyapo,209m),アモロン山(Mt.Amorong,376m)といった鮮新世~第四紀 に形成された低い山々に囲まれている.また,これらの山々から火口湖内に流入する 河川はなく,集水域が火口湖周縁に限定される閉鎖的な湖となっている.2014 年 3 月 14~19 日におこなった地形断面および土地利用調査(図 13)によると,現在の乾季にお ける湖岸線は,分水界から湖心へ約 550m付近に存在し,雨期には約 490m付近まで後 退する.現在の湖岸線付近には,明確な段丘などは形成されていないが,断面上には 旧湖岸線と考えられる段丘崖が 4 か所(現在の乾季の湖岸から 160m,270m,370m,

510m付近)確認できる.水深や湖底の地形については,湖水の透明度が低く,湖岸域 に季節的に繁茂する植物の影響と考えられる有機物が圧密を受けずに堆積しているた め,湖岸に近い湖底域における水深(推定 1.2~2m)については明確な値が得られなか った.

(34)

23

図 11 パイタン湖周辺の概要と試料採取地点の詳細

(DENR,2010 を基に作成.また,湖の写真は Google earth を基に作成.)

図 12 ルソン中央平原の地質図 (DENR,2010 を基に作成.)

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図 13 パイタン湖湖岸域の断面図と土地利用 (断面位置は図 11 に記載)

Ⅲ-2 試料 1 と分析方法

分 析 試 料 は , 現 地 調 査 時 (2011 年 3 月 13 ~ 20 日 ) に , パ イ タ ン 湖 南 西 岸 (15°50′05.13″N,120°43′41.43″E)の 標高約 65m,図 13 中の 370m 地点の崖面 から湖の中心へ約 350m の地点において大起理科社製手動式ピストン・コアサンプラー を用いて採取した.

試料断面上(図 14)において観察された土質及び土色は,深度 0~0.6m までは表土・

攪乱部分,0.6~1.34m 間,2.2~2.51m 間が黒褐色粘土層,1.34~1.98m 間,2.8~3.09m 間,3.2~3.55m 間,3.62~4.0m 間は有機質粘土層,1.98~2.2m までは暗褐色粘土層,

2.51~2.6m 間,3.09~3.2m 間,3.55~3.62m 間が明灰色シルト層といった構成になっ ており,いずれの層においても粒径の大きな礫や大型植物遺骸の存在は確認出来なか った.なお,0.8~1.2m 間,1.6~1.75m 間,2.32~2.5m 間は,水分を多く含んでおり 試料採取後に崩壊してしまった為,分析対象外としている.特に 2.32~2.5m 間の試料 については,隣接する上下の層にも多く水分が蓄積されており,帯水層を形成してい る.

粒度分析は,採取した試料の量が限られていた事から,攪乱部分と破損した試料を 除いたサンプルより 3 ㎝間隔で計 33 点に対し,過酸化水素水(H2O2)による有機物分解 後,粒度分析器による分析をおこなった.また,採取試料が湖底堆積物であり,その大 部分が粘土・シルト質であった為,分析器にはレーザー解析式粒度分析装置(SALD-200V ER,SHIMADZU)を用いた.

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25

図 14 試料 1 の柱状図と年代測定値から推定した堆積速度

本試料中の有機物含有量(Loss of H2O2 treat)は比較的多く,全体の平均で 14%を 示す.従って,堆積速度の推定に必要な年代測定をいずれの層位においても行うこと が可能であると考えられた.しかしながら,試料の分量に限りがある事から,1.36~

1.38m から産出した植物遺骸と試料底部の堆積物に対してのみ,AMS 加速器法((株)パ レオ・ラボ)による14C 年代測定をおこない,この結果から堆積速度を算出した.なお,

(37)

26

2.54~2.57m 間にある植物遺骸に対しても年代測定を行ったが,試料のコンタミネー ションによる誤差が生じていると考えられたことから,考察の対象から除外している.

Ⅲ-3 試料 1 の年代測定結果

AMS による 14C 年代測定((株)パレオ・ラボ)の結果(表 1)は,1.36~1.38m 間で 2,116±20yrBP,3.77~4m 間で 4,038±21yrBP を示した.また,干上がった湖底 0 ㎝を 現在として各堆積層内部における堆積速度が一定と仮定し,堆積速度を推定すると,0

~1.38m 間で 0.65 ㎜/yr,1.38~4.00m 間は 1.36 ㎜/yr であった.

表 1 試料 1 の 14C年代測定値

Ⅲ-4 試料 1 の分析結果

粒度分析によれば,堆積物のほとんどが 100 ㎛以下のシルト・粘土より構成されて いる.Median 径は全試料の平均で約 4.8 ㎛であり,1.4~1.47m 間,1.9~1.98m 間,

2.63m 部,3.46~3.42m 間で平均より大きな値が出ている.Mode 径は全試料の平均で 5.7 ㎛であり,1.44~1.47m 間のみ突出して大きな値が確認できる.250 ㎛以上の粗い 粒径の割合は,全層の平均で 19%を示し,深さ 1.28m 部分が最大値で 78%,2.63m が最 小値で 2%となっていた.粗い粒径の割合は,1.28~1.78m 間で連続的に高い値を示し ており,この間の平均は 45%をとなっている.また,粗い粒径の割合が連続的に低い 値を示す層が 2.6 から 3.55m に認められ,この間の平均は 5%となっている.有機物含 有量は,1.44m が最大値で 52%,3.74m が最小値で 4%あり,1.44m を含む 1.28~1.98m 間で平均 22%と高い値を示す傾向がみられる.この結果より,粗い粒径の割合が高く なる層に有機物の集積が見られる傾向にあることがわかる.

Sampling depth(m)

Material

dated δ13C(‰) Conventional age(yrsBP)

Calibrated date (cal years±2σ)

Laboratory code 1.36~1.38 Chacoal ‐30.27±0.21 2116±20 BC200-88(88.4%) PLD-18959 2.54~2.57 Chacoal ‐29.26±0.15 1940±22 AD7-125(95.4%) PLD-18960 3.77~3.81 Soil ‐19.28±0.15 4040±21 BC2621-2485(95.4%) PLD-18961

(38)

27

Ⅲ-5 250 ㎛以上の粗い粒子割合と堆積環境の推定

閉鎖的環境にある湖の湖底堆積物の多くは,周囲の流域における種々の侵食過程に 伴い生産された砕屑粒子が主となっており,これらは侵食時,運搬時,堆積時の気象・

水文条件等の物理的条件に支配されていると考えられる.よって,本試料においては豪 雨時に集水域からの流入量が増大する事で,通常の雨量ならば運搬されない粗い粒子 が運搬されると仮定し,粗い粒子の割合を古降水量の指標とした.

以上をもとにし,本試料の粒度分析(図 15)より得られた結果から推定される過去に おける降水量は,1.28m 地点にピークを持ち,1.28~1.78m 間で比較的多く,2.63m 地 点をボトムとした 2.6~3.55m 間で比較的少なかったことが予測される.

ボーリング試料のうち,表土および攪乱部分を除いた 0.4~2.32m 間に関しては,

湖岸南側において採取された吉田ほか(2011)における地表面~2.4m 間の層序との対 比関係が確認された為,同一層序における植物珪酸体分析結果との比較をおこなった.

その結果,吉田ほか(2011)における 0.83~1.2m 付近の木本類の卓越層序は,粒度分析 試料中における粗い粒子の集積層(1.28~1.78m),また有機物含有量のピークと対比関 係にある層とほぼ一致しており,この時期における降雨量の増加に伴う木本類の増加 が考えられた.一方,14C 年代測定値を用い算出した堆積速度をもとに,本試料中にお ける 250 ㎛以上の粗い粒径が検出された年代を求めると,最大値を示す 1.28m におい て 1,962yrBP で あ り , こ れ を含 む 比 較 的 割合 の 高 い層 位 (1.28~1.78m)で 1,962~

2,410yrBP であった.最も割合が小さい層位(2.63m)では,3,035yrBP,これを含む比 較的低い割合を示す層位(2.6~3.55m)は,3,035~3,712yrBP の値を示す.この結果は 先行研究によって見積もられた年代とは異なっており,先行研究でも積もられた木本 類の卓越時期(1,065~1,272yrBP)とは,およそ 1,000 年程度の年代のずれが確認でき る.この違いは,年代測定をおこなった層位間における堆積速度を一定とする仮定に無 理が生じていることを示しており,より詳細な年代の測定をおこなう必要があること を意味している.また,具体的に推定される現象としては,1.38m 以深における堆積速 度が一定ではないことから,2,116yrBP 以降に降水量の増加など,湖に流入する水量を 大きく変化させるイベントがあったと考えられる.

(39)

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図15先行研究による植物珪酸体分析結果と試料1の有機物含有量・粒度分析結果の対比図 植物珪酸体分析結果は(吉田ほか,2011による)

図

図 2  ルソン島中央平原の概要
図 4  ルソン島北部グリッド(東部,中部,西部)における観測時代の気候区変化
図 5  中部ルソン平原北部における年降水量変化(30 年移動平均)
図 6  第 1 主成分の因子負荷量分布(a)と時係数(b)
+7

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