る記号論拡大の2つの方向
その他のタイトル Organizational Semiotics and Critical Semiotics : Enlarging Semiotics
著者 大橋 昭一
雑誌名 關西大學商學論集
巻 62
号 4
ページ 157‑185
発行年 2018‑03‑10
URL http://hdl.handle.net/10112/13153
「組織記号論」と「批判的記号論」
─最近における記号論拡大の2つの方向─
大 橋 昭 一
Ⅰ.はじめに─本稿の課題
記号論(semiotics)が世界的に広まったのは,1960年代以降であるが,近年では,組織をこ
の観点からとらえ直す「組織記号論(organizational semiotics)」が進展しつつある一方,現在の 資本主義体制に対し批判的立場をとる方向,すなわち一般に「批判的記号論(critical semiotics)」 といわれるものが展開されている。本稿は記号論の近年の動向として,この2つの方向につい て大要を考察することを課題とする。
ちなみに,これまでの記号論に立脚した研究には,マルクスの『資本論』における「商品」
概念を対象にしたものもある(例えば文献K1,K2;詳しくはΩ3)。こうした記号論立脚的研究のなか には,少なくとも社会科学系学問ではすべての分野が記号 論を基礎に展開されるべきとする主 張すらあり,「記号論帝国主義(imperialistic science)」的傾向とよばれているが(B5, p.107;C3, p.1),現時点ではどの社会科学系分野でも記号論的研究がありうるという状況になっている。
例えば最近では,「記号資本主義(semiocapitalism)」や「記号論的資本(semiotic capital)」とい う言葉まで生まれている(G4, p.91ff.; cf. B4; G3)。また管理(management)についても,アルゼンチン・
ブエノスアイレス大学のサストレ(Sastre, R.)のように,2016年に,パースの記号理論(詳しく は後述)とビジネス/マネジメントとを結び付けることは,まだ普遍的ではないが,その有効 性ははっきりしていると述べているものもある(S1, p.202)。
ところで記号論は,全体として新しい分野であることもあって,新進の記号論者,リーウヴ
ェン(van Leeuwen)は「記号論の著では,『記号論とは何か』からスタートするものが多い」
と書いている(L5, p.1)。本稿もこれに従い,本稿で前提とする記号(sign)とは何か,および,
これまでの通常的あるいは定例的な記号論(以下では「通常的記号論」という)にはどのようなも のがあるかから論述する。なお参照文献は末尾に一括して記載し,典拠個所は文献記号により 本文中で示した。また,本稿の内容は一部において別拙稿(Ω9,10)と重複するところがある。
Ⅱ.通常的記号論の大要
(1)記号とは何か
まず,ここでいう記号とは何か。交通信号を例にとると,赤信号のとき,信号ルールを知っ ている人は,これを「停止信号」という意味(meaning)のものとして理解し,停止行動をする。
この「赤信号=停止信号」という意味で理解するのが記号である。これを単に「赤色のもの」
と知覚するのは,情報である。情報は事実そのものをいうが,記号は,情報がもつ意味をいう。
記号は,実体でみると,上記のような信号以外に,言葉,イラスト,音,匂い,動作,物の 形,イメージ,風味など多くのものがあるが,その意味は人間によって決められる。有名な記 号論入門書の著者,チャンドラー(Chandler, D.)は,「これらのものは,本来は,(記号としての)
意味を持たない。これらのものに人間が(記号としての)意味を持たせるときにはじめて記号に なる」と定義している(C1, p.1;カッコ内は,他の断わりがない限り,本稿筆者のもの,以下同様)。
この場合注目されるべきことは,上記の交通信号の場合にはっきりみられるように,人間は 記号に基づき行動することである。言葉やイラスト,音,ジェスチャーなどにしても,それを 見たり聞いたりした人は,それにはこうした意味があると認識し,所要の行動をとる。このこ とをヘルシンキ大学のピィエタリネン(Pietarinen, A.)は,「記号の意味とは,一定の状況のも とで一定の方法で示される行為習慣(habit of acting)である」と規定している(P, p.4)。人間は,
単なる情報ではなく,その意味,すなわち記号に基づいて行動する。
では,人間はいかにしてこのように記号について意味があるものとして知覚できるようにな るのか。それは,人間が,家族をはじめ,種々な人間社会のなかで生まれ,育つからである。
人間は,こうした共同生活のなかで,単に意思の伝達手段として言葉を知るだけではなく,言 葉や出来事の背後にあるものの意味や,見たり聞いたりすることの意味を知るように育ち,言 葉や出来事の意味を知るようになる。このような意味では記号は,本来,社会的なものである。
さらに例えば,発煙状態だけを見て,火事があることを知るようになる。これは発煙状態が 火事を意味する記号として機能しているからである。これからもわかるように,記号には,あ る事柄の兆し(イコン(icon):類像)のものや,一部(インデックス(index):指標)だけのもの,
あるいは象徴的なもの(シンボル)もある。言葉にしても,例えば「寒い」という言葉(記号)
を聞いて,窓を閉めるような行為を導くこともある。
記号論は,記号のもつこうした意味,働きを研究しようとするものである。その基礎を作っ たのは,世界的に一般的な見方によると,スイスのソシュール(Ferdinand de Saussure, 1857- 1913),アメリカのパース(Charles Sanders Peirce, 1939-1914),および,ロシア生まれでフランス 育ちのグレマス(Algirdas Julien Greimas, 1917-1992)の3人である。ここで「通常的記号論」と いうものは,この3者の説をいうものである。以下では,まず,これらの「通常的記号論」の
大要を管見する(以下の3説については主として文献Hによる。さらに詳しくはΩ3-7, 9を参照されたい)。
(2)ソシュール説
まずソシュールは,人間の記号現象の問題は,記号そのもの(上記の例では赤信号)と,その 記号の意味するもの(上記の例では停止信号という意味) との関係に尽きるとして,前者の記号そ のものを「シグニファイアー(signifier:ただし日本でもフランス語でsignifiant(シニフィアン)とよば
れることがある)」と名づけ,後者の記号が意味するものを「シグニファイド(signified:フランス
語ではsignifié(シニフィエ)とよばれる)」と名づけて,両者の関係について,言語を中心に究明を
行った。ソシュールの説は通常,記号論の2要素説といわれる。
この場合,上記の「赤信号=停止信号」の例でみると,赤信号が停止信号とされているのは 全く人為的なものであって,赤色の信号すなわちシグニファイアーと,停止を命じるその意味,
すなわちシグニファイドとの関係はもともと恣意的なもの(arbitrary)であると,ソシュール は強調している。
さらに,アメリカの法学者,ビーベ(Beebe, B.)によると(B2, p.639),ソシュール説では,記 号のもつ意味(記号論的意味)の変化・発展は2重の仕方で起きる。通時的変化と共時的変化と である。前者は,当該記号のシグニファイアーとシグニファイドとの関係という当該記号自体
の内部(intrasign)において,時系列的な推移・発展のなかで起きるものである。当該記号に
おける「シグニフィケーション(signification)の変化」とよばれる。
後者は,ある一時点において他の記号との相互比較関係(intersign)に基づき起きるもので ある。他の記号にはないものを示すものという意味で,当該記号における「記号論的価値(value)
の変化」とよばれる。記号論の主たる課題はこの2つの変化を解明するところにあるとされる。
(3)パース説
パースは,ソシュールとほぼ同じ時期に所説を発展させた。しかしパースとソシュールは,
アメリカとスイスにあって,お互いの研究を全く知らない状況で,理論形成を図ったものであ ったから,同じような事柄を示す用語が別のものとなっている。またパースは,ソシュールと 異なって,記号現象は3要素から成るものと主張した。
すなわち,記号そのもの(ソシュール説でシグニファイアーといわれているもの)は「レプレゼンテ
イメン(representamen)」,記号の受け手で表象されるもの(ソシュール説でシグニファイドといわれ
ているもの)は「インタープレタント(interpretant)」と名づけている。それ以外に,その記号が
示す実在のものがあることを記号現象の不可分の1要素とし,それを「オブジェクト(object)」 とよぶものとしている。
ただしパースは,これらの記号現象の3要素には順位(hierarchy)があるとし,レプレゼン テイメンが第1次性(firstness),オブジェクトが第2次性(secondness),インタープレタントが
第3次性(thirdness)にあるとしている(H, pp.192-198)。パースのこの3要素説について,その 後イギリスの記号論者,ミンガース(Mingers, J.)/ウィルコックス(Willcocks, L.)は,2014年 の論文(文献M3)で,図1のような三角形で表わされるとしている(以下原著の図の用語は原語で示
すことがある)。この図で注目されることは,インタープレタントとオブジェクトとの関係が推
定的なもの(imputed)とされ,図では点線で示されるとされていることである。また,パース 自身はこうした三角形図示はしていない(C2, p.13)。
representamen
object interpretant
図1:ミンガース/ウィルコックスによる パース記号論三角形(出所:M3, p.13)
これは次のことを,すなわち,記号の受け手が当該記号により表象するものは,それの実在 のものとの関係が確定的ではないことを意味する。記号の最終的効果は,いうまでもなく,受 け手における表象のいかんにより決まるが,それは,実在のものとは確定的な関係にはないと いうのである。
これは理論史的には,ソシュールが指摘したところの,シグニファイアーとシグニファイド との間にはもともと恣意的な関係しかないという考えに照応したものである。この点に関連し ミンガース/ウィルコックスは,「情報は客観的なもので,真実なもの(true)であるが,記号 が示す意味は主観的なもので,時には虚偽のもの(false)もある」と書いている(M3, p.11)。
(4)グレマス説をめぐって─2要素説と3要素説との関連を中心に
グレマス説は,社会の記号的関係の基盤となっているものは2つの対照的要素関係(two pairs of opposite elements),すなわち「ホモロゲーション(homologation)」にあると考え,それを 根本的前提とするところに特色がある。それは一般的にいえば図2のようなものである。すな わち,ある事柄(例えば事柄〔A〕)の記号的認知は,それと対抗(contrariety)の関係にあるもの
(例えば〔B〕),それに含意される(implication)関係にあるもの(この例では〔-B〕),および,そ れと矛盾(contradictory)の関係にあるもの(この例では〔-A〕)の4者を立脚点にする。通常,「グ レマスの四角形説」といわれる。
〔A〕 ――――――――〔B〕
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・
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・
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・
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・
〔-B〕 ―――――――〔-A〕
注:1)――――は対抗関係
2) は矛盾関係
3)―・―・は含意関係
図2:グレマスの記号論四角形(出所:M2, p.13による)
ここで注目されることはグレマスの四角形説について,チャンドラーが四角形上辺の〔A〕
〔B〕は「プレゼンス(presence)」を代表し,下辺の〔-B〕〔-A〕とは「アブセンス(absence)」 を代表するとし,その例としてマリオン(Marion, G.)が衣装について次のように例示している ことを紹介していることである(cited in C2, p. 14)。すなわち,〔A〕を「見られたいもの(wanting to be seen)」とすると,〔B〕は「見られることを好まないもの(not wanting to be seen)」,〔-A〕
は「見られないことを望むもの(wanting not to be seen)」,〔-B〕は「見られないことを望まな いもの(not wanting not to be seen)」となる。
しかしグレマスの四角形説は,現実における2極対立的な矛盾を図示的に解明するに適して いる。例えば今日の社会は,根本的には「資本対労働,(一般商品の)売り手対買い手」という 2つの2極対立関係として表示することができる。これを「グレマスの四角形説」で示すと図 3のようになる。
――――――――
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・
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・
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・
―――――――
資本 労働
売り手 買い手
図3:資本主義体制の四角形(本稿筆者作成)
ただしグレマス説は,一部記号論者では無視されていることがある。例えば,記号論を駆使
してアメリカ商標法の解明を行っている前記のビーベ(文献B2)では,グレマス説は全く無視さ れている。また,ツーリズムの記号論的分析を含んで名高いマキャーネル(MacCannell, D.)の 著“The Tourist : A New Theory of the Leisure Class”(文献M1)でも,出典記号理論として ソシュール説とパース説だけが挙げられ,グレマス説は全く無視されている。
一方,グレマス説に対しては,アメリカの著名なマルクス主義研究者,ジェームソン(Jameson, F.)のように,「これは,思想それ自体を概念構成したもの」と高く評しているものもあるし(cited
in F1, p.2),アメリカのマーケティング論者のように,企業のマーケティング活動について「グ レマスの四角形説」を使って分析しているものもある(詳しくはΩ4)。さらに「アクターネット ワーク理論」の総帥というべきラトゥール(Latour, B.)は,「アクターネットワーク理論は,半 分はガーフィンケル(Garfinkel, H.)の所論,半分はグレマスの所論に負うものである」と高く 評価している(L1, p.54)。
さらに,グレマス説の本質的意義や有用性は,まだ完全には論じ尽くされていないという意 見もある。例えば近年でもアメリカ・オークランド大学のコルソ(Corso, J. J.)は,この四角形 説に対して,著名な論者たちが種々な目的で批判を展開しているが,しかし「プラグマティッ ク的な用具的説明を超えて,この四角形説が真に目的するところを充分に論証したものは,ま だほとんどない」と論じている(C4, p.74)。
グレマス説は記号現象を四角形的形態で示すものであるが,その基礎をなすものは2極対立 性であって,根本的には2要素説である。この場合グレマス説を否定する論者たちがその代わ りとするものは,パース説であって,それは3要素説である。従ってグレマス説とパース説と の対抗は,2要素説と3要素説との対抗という側面があるが,この対抗は,すでにソシュール 説とパース説との間にあったものである。以下ここでは,この点に焦点をおいて,現時点にお ける一般的状況について一言しておきたい。
この点について結論的にいうと,現在の多くの記号論説ではソシュール説とパース説とのい わば一体化が進んでおり,対抗関係にあるとは考えられていない。例えば前記で一言したマキ ャーネル説でみると,根拠とすべき記号理論にはソシュール説とパース説とがあると明示され た う え で, 記 号 現 象 は( 以 下 記 号 論 用 語 は 原 語 の ま ま 示 す 場 合 が あ る ),signifier,signified,
referentの3要素があるとされている。前2者はソシュール説のままであり,最後のreferentは,
パース説でobjectとされているものを,(その間に発表された)オクデン(Ogden, C. K.)/リチャ ーヅ(Richards, I. A.)(文献O)の説に依拠し,referentに変更しているものである(M1, p.118)。 これと似た提議は,前記のビーベの所説にもみられる。そこではパース説が典拠記号理論と されているが,その際記号論3要素は,用語上では,あくまでも次のようにカッコ付きで表示 されるものとされている。すなわち,“representamen(signifier)”,“object(referent)”,
“interpretant(signified)”である(B2, p.637)。
この場合“object(referent)” という表現については,厳密にいうと,objectとreferentと
では考え方において原理的な違いがある。すなわちobjectは,実在物が客観的に(人間の意識・
認識とは別に)存在するという考えにたつが,これをreferentという場合には,記号と同レベル
のもの,すなわちsignifierやsignifiedと同次元のものであって,signifierの単なる参照先(refer for)という位置づけになる。しかしパース説でも結局,objectは記号の照会先という意味で使 用されているといわれるので(G6, p.5),ここでは“object(referent)”という表現も可とされる。
ちなみにマキャーネルは,referentを「今1つ(第3)の記号(another sign)」とよんでいる。
故に現在,世界的に一般通例的に妥当する記号理論は,後述のジェノスコ(Genosko, G.)の 見解を斟酌して考えても(G4, p.168),パース記号論3要素説であり,その場合3要素として挙 げられるものはsignifier,signified,referent(or object)という名称のものであると考えら れる。
この場合,2要素説と3要素説との関連について,本稿筆者としては,それは問題の状況・
局面のいかんにより有効性・妥当性が異なるだけのものと考える。例えば幾何学では1つの線 の確定には2点で足りるが,1つの面の確定には3点が必要である。これと基本的には同様と 理解すればいいものである。次に,これらの通常的記号理論のうえにたって,特に組織につい て新しいとらえ方を提示している「組織記号論」の試みについて管見する(「組織記号論」につい てさらに詳しくはΩ10を見られたい)。
Ⅲ.組織記号論の提起
(1)組織記号論の生成
組織記号論は,2000年代になってから刮目すべき世界的な発展・展開をみせているものであ るが,そのきっかけになったのは,「情報処理国際連合(International Federation for Information Processing:IFIP)」において組織記号論を中心テーマにした第1回ワーキング部会(IFIP TC8/ WG8.1/Working Conference on Organizational Semiotics)が,2001年にカナダのモントリオールとケ ベックで開催されたことに始まる(文献Iによる)。
この第1回ワーキング部会を主宰したのは,オランダ・トウェンテ大学/イギリス・スタッ フォードシア大学のスタムパー(Ronald K. Stamper)で,このワーキング部会の報告書において
序文(文献S2:以下では「2001年報告書序文」という)を書いているのもスタムパーである。かれは,こ
の方向における問題解明の世界的な先導者で最も有力な一人とみられる。「2001年報告書序文」
にはかれの考える組織記号論の原理的基礎をなす部分が要約的に提示されている。本節ではこ の考察を中心に行い,その原理的特徴を明らかにすることを課題とする。
結論を先に示せば,スタムパーらの組織記号論は,組織という協働の場において決定的役割 をもつのは人間,すなわち人的アクターであり,人的アクターが受け取った記号をどのように 理解し解釈し,定義するかが決定的要因になるとするものである。故に協働の場では,人間集
団の社会的要因(社会的世界(social world))が最上位の地位を占めるとする。それはいわば人的 記号論というべきものであって,物的要素は全く従たる地位にあるものとされる。
これは実は,記号理論のうえでいえば,前記のラトゥールやイギリスのロー(Law, J.)など を中心に展開されているアクターネットワーク理論には反対の,対極的立場を主張するもので
ある(アクターネットワーク理論について詳しくはΩ2参照)。ラトゥールやローらのアクターネットワー
ク理論では,例えば1台の走行している自動車を1つのアクターネットワークと考え,人的ア クターと物的アクターとの一体的協働という視点の重要性を主張する。従って「アクターネッ トワーク理論は物的記号論(material semiotics)の1分野であり,かつ,社会と自然におけるす べての事柄について,それらが置かれている諸関係の網(webs of relations)を究明するもので ある」と規定される(L2, p.2)。ここには,少なくとも“物的記号論”という言葉が登場している。
スタムパーの「2001年報告書序文」(文献S2)によると,それまでに行われていたIFIPの国際 的ミーティング等でテーマとなってきたのは,主として「コンピューター記号論(computer semiotics:1996年,1997年)」であった。それが「組織記号論」として定着したのはおよそ1999年(ア
ルメロでのミーティング)以来である。
このことからみても,組織記号論はもともと「コンピューター記号論」と言われてきたもの であり,それが2000年ごろから組織記号論といわれるものになったと解される。ちなみに,
スタムパーのこの「2001年報告書序文」をみると,その序文タイトルは「組織記号論:情報シ ステムの科学の進展(evolving a science of information systems)」となっていて,組織記号論は,
端的には,「情報システムの科学」ということになっている。
そこでまず第一に問題となる点は,「情報システムの科学」が何故記号論でなくてはならな いかという点である。この点についてスタムパーは,前記の「2001年報告書序文」では,「何 よりも第一にこの研究グループでは,記号は操作上間違いがなく,かつ根源的なものという考 え方にたって,情報システムの科学を作り上げることについて合意があったものである」(S2,
p.xvi)と述べている。
その際スタムパーは,「記号というものの概念上の強さは次のところに,すなわち,記号で あるが故に解明されるものがあり,かつ,組織のなかで物事をなさしめるにあたって記号がど のように使用されているかについて,実例的に示すことができるところにある」(S2, p.xvi)とし,
“物事をなさしめること”,すなわち管理上でも有用と論じている。
さらにこの点をスタムパーの別の論文(文献S3)でみると,「(いわゆる)情報(information)は 曖昧でとらえどころのない(vague and elusive)概念である。これに対して工学技術的(technological)
概念は精密にとらえることが容易なものである。従って両者には原理的に乖離があるが,記号 論は,記号論の概念を用いてこの乖離を乗り越えようとするものである。というのは記号は,
情報概念にみられる不鮮明さがなく,(工学技術同様に)精密に(rigorous)作業することの出発 点になりうるからである」(S3, p.ix-1)。
それ故に「(いわゆる)情報は,ある1つの科学の土台である基盤をなすのには不適当なもの である。これに対し記号論で提示されている記号こそが,科学の前提になる(真の)情報・意 味(meaning)・ コミュニケーションなどについて頼りになる定義をする基盤となる」(S3, p.ix-2)
ということになる。
さらに2000年のスタムパーらの論文をみると,「情報システムは,これをコンピューター土 台的なもの(computer-based)と考えるのは賢明ではない。それよりも1つの(人間により構成さ
れている)組織と考えるべきものである」とし,そして組織は,要するに記号で動いているも
のであると規定されている(S4, pp.2-4)。
では,スタムパーの拠り所とする記号理論はどのようなものか。基本的にはそれは,既述の アメリカの記号論者パースにより提示されているものであるが,ただしそれには一部において 修正が必要なものとされている。パースの記号理論は,既述のように,記号現象を次の3者,
すなわち,通常記号といわれるものをいう「レプレゼンテイメン」,それが示す実在の対象で ある「オブジェクト」,当該記号の受け手において表象されるものである「インタープレタント」
から成るとするものである。
これに対しスタムパーは,組織記号論では,これら3要素のなかでインタープレタントにつ いて,それは“定義すべきもの(definiendum)”について“定義する(defien)こと”をいうもの であり,かつ組織では,定義して実行すること,つまり“働くための定義(definition to work)” を含んだものであるから,これは(インタープレタントではなく)「デフィニション(definition:定
義すること)」とよぶことを必要とする。そしてこれら組織記号論の3要素は,次のように規定
され,図4のような三角形で示されるものとする(S2, p.xviii)。
① レプレゼンテイメン:いわゆる記号そのものであるが,単なる記号そのものとは区別して「記
号担い手(sign-vehicle)」といわれることもある。スタムパー説ではこれは,操作的に提示可
能な安定的なパターンをなすものと措定されている。
② デフィニション:記号の受け手において象徴されるものであるが,定義されるべきものにつ いて,受け手において定義したものと規定される。その際当該オブジェクトの構造に関連し て定義が行われるもの(structure of objects in the defiens)とされる。
③ オブジェクト:当該記号において指示されている対象をいう。それは操作的に提示されうる ものであり,複雑ではあるが安定的な構造のものと措定される。
この場合スタムパーは,これら3要素のなかでも,組織記号論では体系上デフィニションが 重要視されるべきものとしている。この点は,例えば組織記号論三角形においてデフィニショ ンが頂点にあるものとされているところにはっきり表れているが,デフィニションは既述のよ うに組織では「働くためのデフィニション」と措定され,組織では行動の起点をなすものと規 定されている。故にデフィニションでは,それが現実の定義されるべきもの,すなわちオブジ ェクトと,リンクしたものであることが肝要と規定されている。
デフィニション
(定義されるべきものが 記号担い手として知覚 される際のノルム)
(定義されるべきものにおいて 使用されているオブジェクト についての知覚の際のノルム)
レプレゼンテイメン オブジェクト
(定義により推定されるもの)
図4:スタムパーによる組織記号論三角形(出所S2, p.xviii)
(2)組織記号論三角形の特色
以上のような組織記号論三角形の考え方は,その元になっているパースの所論とくらべると,
どのような特徴があるであろうか。
この点でまずに注意されるべきことは,既述のようにパース自身では,このような三角形図 示は一切なされていないことである。ところが記号論の分野では種々な論者によりいわゆる記 号論三角形の図示がなされており,前述のようにそのなかにはパース説にたつ記号論三角形と いうものもある。しかし正確にはそれらは,当該作図論者により自らの記号理論に基づき作成 されたもので,パース自身により作図されたものではない。
ただしパース自身の記号理論で特徴的なことは,前記で紹介したようにかれの記号論3要素 において順位があるとされていることである。すなわち記号論3要素では,レプレゼンテイメ ン=第1次性,オブジェクト=第2次性,インタープレタント=第3次性である。
このことは,換言すれば,パース説では記号関係は,ごく簡単には次のように,すなわち,
記号そのものであるレプレゼンテイメンがまずあって,次にその実在物であるオブジェクトが あり,最後に記号の受け手におけるインタープレタントがあると解されているものと理解でき る。そこでパース説は,ミンガース/ウィルコックスによると(既述の)図1のように表わさ れるものとされている。その図では,パースのいう第1次性が三角形の頂点に置かれるように なっている。
ただしミンガース/ウィルコックスの説では,内容的にもパース説とは異なったところがあ る。例えばパース説では“イコン(icon:類像)”,“インデックス(index:指標)”および“シン
ボル(symbol)”は,オブジェクトすなわち実在対象のあり方とされているが,ミンガース/ウ
ィルコックスではレプレゼンテイメンすなわち記号のあり方とされている(M3, p.13)。
このことは別として,パース説を図示したというミンガース/ウィルコックスのパース記号 論三角形と,スタムパー説の組織記号論三角形とを対比してみると,第1に強く目につくこと は,パース説で第3次性とされているインタープレタントが,スタムパー説ではデフィニショ ンとして三角形の頂点に立つものとされていることである。この地位は,ミンガース/ウィル コックスによるパース記号論三角形では,前述のように第1次性のレプレゼンテイメンとされ ているものである。
故にこのことから次のような結論的命題が導出される。すなわち,パース=ミンガース/ウ ィルコックスの記号論説では記号そのもの(レプレゼンテイメン)のあり方(例えば記号の作られ方等)
を解明することが主題となっているのに対して,スタムパーの組織記号論説で解明の主題とさ れているものは,インタープレタントにあたるデフィニションであって,記号の解釈・受け取 られ方・使用のされ方こそが解明の主題とされていることである。ここに記号論一般にはない,
スタムパーら組織記号論の原理的特色がある。つまり組織記号論では,記号そのものがどのよ うに作られるかではなく,作られた記号(例えば職務規定における定めや上司の命令・指図など)が,
組織のなかで個々の組織構成員によってどのような意味のものとして受け止められ,定義され て実行されるかが第1の解明課題となるのである。
それ故,第2に注目されることは,少なくともミンガース/ウィルコックスのパース記号論 三角形では,ある意味で当然ながら,(実体上記号現象の出発点である) オブジェクトと,(記号現象
の最終結果である) インタープレタントとの関係が推定的なものとされ,図では点線で示される
ものとされているのに対し,スタムパーの組織記号論三角形では,そもそもの出発点であるレ プレゼンテイメンすなわち記号そのものについて,オブジェクトすなわち実在対象物との関係 が推定的なもの,つまり点線で示されるものとして提示されていることである。すなわち,記 号そのものが最初において実在と離れているかもしれないと措定されるが故に,記号の受け手 においてデフィニションをして,記号の意味を解釈・定義し確定すること,すなわち記号の受 け取られ方が最も枢要な課題となることになる。この点はさらに,組織記号論では,デフィニ ションにおいて,単なる記号の認識ではなく,認識に基づく行動が肝要とされることにより,
さらに幅広く,かつ奥深いものとなる。
ここでさらに,第3に注目されるべきことは,スタムパーが組織記号論で対象となる現実
(reality)について,それは究極的には,あくまでも社会的構成(social construction)というもの であることを力説していることである。ただしスタムパーの「2001年報告書序文」では,次の ように述べられるにとどまっている。すなわち「個人的に私は,現実にある一部のものについ て客体論(objectivist)的立場をとり,残りについて社会的構成論(social constructivist)の立場を とるものに対し,大きな不快の念を感じてきた」(S2, p.xvii)。
そこでこの点について,当時のスタムパー説について解説的論文を著作しているオランダ・
グローニンゲン大学のガツェンダム(Gazendam, H.)とイギリス・リーディング大学のリュー(Liu, K.)がどのように記述しているかをみると,「スタムパーはかなり徹底した主体主義(radical
subjectivism)という哲学的立場をとっている」のであり,そこでは「現実は常に,社会的過程
を通じてなされる人間相互の交渉・作用によって形成され変化してきたことが主張されるもの である」と特徴づけている(G1, p.3)。
このうえでスタムパーにより提示されている組織記号論の土台をなす「組織記号論的段階(も しくはフレームワークあるいはラダー:semiotic framework;semiological ladder)」(S2, p.xxiii;S3, p.ix-2)を みると,下記のようになっている。これは記号のあり様(property)を示すもので,段階的に は①→⑥の順で高位のものとなり,「社会的なもの」が最高位にあるものである。通常,図5 のように示される。
① 物的なもの(physical):意味的内容を問わず,物的な点のみが問題となる段階。例えば信号。
② 経験されるもの(empiric):流れのなかでとらえることが肝要なもので,継続的反復的デー タが意味を持つもの。例えば年齢,身長,エントロピーなど。
③ 統語体的なもの(syntactic):言語,論理,数的モデル等で,形式的構造が問題となるもの。
④ 意味論的なもの(semantic): 意味(meanings),命題(proportions)等で,形式よりも内容が問 題となるもの。
⑤ プラグマティックなもの(pragmatic):行為の際の意図などで,実際行為において有効性が わかるもの。
⑥ 社会的世界(social world):信念(belief), コミットメント(commitment),満足(satisfaction)あ るいは規則や法令(law)などに示されているもの。
人間情報機能 社会的世界
プラグマティックなもの 意味論的なもの
ITプラットホーム 統語体的なもの 経験されるもの
物的なもの
図5:組織記号論的段階(出所:S3, p.ix-2; ただしここではF2. p.2による)
この6つの区分は,パースはじめ通常の伝統的記号論では,記号論の分野について統語論・
意味論・プラグマティック論に区分されているものに相当する。これがスタムパーでは6分野 に拡大され,しかも「社会的世界」が最高位にあるものとされている。ここに,スタムパーら の組織記号論説における組織のとらえ方の特色をみることができる (N1, p.44)。
ちなみに,アイルランドのゴールウェイ・メイヨー工科大学のコステロ(Costello, G. J.)は,
2016年の論考で,シュナイダー電機会社関連企業における実態調査に基づくと,この「組織記 号論的段階」においては,上部の「人間情報機能」と下部の「ITプラットホーム」との間に,
1つの「中二階的な仲介段階(mediation mezzanine)」があると考えた方がいいと提議している(C5,
p.14)。
この点に関連して看過されてならない第4のことは,前記のスタムパーによる組織記号論三 角形(図4)では,頂点のデフィニションが作られる元になるものは,レプレゼンテイメンか らの場合も,オブジェクトからの場合も,いずれも「ノルム(norm)」というものであるとさ れていることである。つまりデフィニションは,記号そのものであるレプレゼンテイメンとの 関係でも,その実在対象であるオブジェクトとの関係でも,ノルムとして確定されるものであ る。これに対しレプレゼンテイメン─オブジェクトの関係は,推定的なものとされている。
この点について,スタムパーの「2001年報告書序文」では特段に言及されているところはな く,いわば自明のように扱われている。そこで先に典拠した2003年のガツェンダム/リューの 解説的論文をみると,スタムパー説では「組織は,人々の行動を規定する文化的および法的な ノルムという観点でとらえられるものとされている。……組織など共同体ではなされるべき行 動についての知識は『共有された知識(shared knowledge)』として蓄積され,それが社会的ノ ルム(social norm)として機能するものと措定されている」と書かれている(G1, p.6)。
ところがこの点についてガツェンダム/リューは,同ページ脚注において,社会的ノルムに ついてのこうしたスタムパーの理解・概念は,通常一般的に使用されているこの用語の使い方 とは異なったものである,とわざわざ断っている。
これは本稿筆者のみるところ,ひとつには,スタムパー説では,ノルム概念の基礎に「アフ ォーダンス(affordance:余裕)」の考え方があるところからくる。アフォーダンスは,もともと
ギブソン(Gibson, J. J.)が提起した概念であるが(文献W),要するに,この世界で人間が活動し
生活してゆくためには,あるいはそれができるためには,物的領域でも社会的領域でもさしあ たり変わることがないとして(invariant)予定できる一定のものの存在することが前提になる ことをいう。例えば物的領域でいえば太陽や空気の存在などであり,社会的領域では最低限の 社会的分業の存在などである。
これが要するにアフォーダンスであるが,スタムパーなどの組織記号論では物的アフォーダ ンスも,人間にとって,それは結局,人間の知識となってはじめて有用なものとなるから,人 間の知識活動,すなわち社会的なものとして現れるのであって,それは記号のデフィニション においていわば根本的前提として,すなわちノルムとして機能するものとして現れるとみるの である。こうした意味ではスタムパーらにおいてノルムといわれているものは,通例的に例え ば「規範」といわれるような強い意味のものではなく,当然の常識的な行為前提というべきも のと解される。本稿では原語のまま「ノルム」と表記している。
スタムパー自身の論述に基づく組織記号論の序論的大要は以上とする。次に,その補足的な ものとして,ガツェンダム/リュー/ジョルナ(Jorna, R. J.)による2004年の論文(文献G2)をレ ビューする。これは同年開催の「シェルと空間構造に関する国際会議(International Association for Shell and Spatial Structures:IASS)の大会におけるラウンドテーブル『異文化交流とグローバ リゼーション(Interculturality and Globalization)についての組織記号論の見解』」における報告論
文(以下では「2004年IASS報告論文」という)である。この論文では何よりも組織記号論には3つ
のアプローチのあることが提起されている。
(3)組織記号論の3つのアプローチ
まず,ガツェンダム/ジョルナ/リューは,組織記号論でいう組織とは,「望ましい行動に ついて共有した知識を有し,そしてこの知識の社会的構成(social construction)に参加する人々
の共同体(community)」と規定されるとし,こうした組織において変化やダイナミクスを生む
ためには,次の5者(課題)が必要であるとする(G2, pp.2-3)。
① 進化の時代に適した行為(behavior)のパターンの普及。
② 記号の交換に基づくコミュニケーションの進展。これにより自己組織的な認識的なシステム と社会的システムにおいて進化的変化が生まれる。
③ 社会的アフォーダンスおよびそれに付着している社会的ノルムについて創造と(必要の場合の)
廃滅(annihilation)。
④ 行動(action)の振興。例えばコミュニケーション行動や,情報システムの設計・創造・変化
等。
⑤ 人間的認識的システムを次の点で機能させること,ⓐ制約された合理性という情況のもとに おける問題解決,ⓑ学習,ⓒコミュニケーション的行動。これらにより知識の創造・変化・
転換・移転が生まれる。
これら5つの課題に応えるために,組織記号論では3つのアプローチがある。上記の考え方 のうち①②に応えるものが「システム志向的アプローチ(system-oriented)」,③④に応えるも のが「行為志向的アプローチ(behavior-oriented)」,⑤に応えるものが「知識志向的アプローチ
(knowledge-oriented)」である。
第1の「システム志向的アプローチ」は,メディア(例えば,話された言葉,テキスト,文書,コ
ンピューター・インタフェースなど:このカッコは原著のもの)を記号システムとしてとらえ,これら
のメディアが人々の話しや解釈においてどのように用いられているかを解明する(G2, pp.3-4)。 つまり,コミュニケーションとメディアを究明するものである。このシステム志向的アプロー チは,次の4者に分かれる。
① 「システミック記号論(systemic semiotics)」:システミックな機能的言語,社会的記号論およ び組織理論からの諸要因を適用することに志向するもの。
② 「ダイナミック記号論(dynamic semiotics)」:働きのなかでなされる人々のコミュニケーショ ンの分析に焦点をおくもので,何がなされているか,何がなされるべきかを示すもの。
③ 「進化的アプローチ(evolutionary approach)」: 組織そのものや仕事上のネットワークを全体
として(as a whole)とらえ,ダイナミック性を究明するものであるが,その際戦略に焦点を
おくもの。
④ 「システム理論的(systems-theoretical)アプローチ」:上記の③と同じ基本趣旨にたつもので あるが,その際記号交換を通じて行われる相互活動システムにより生まれる双方向的影響の 究明に焦点をおくもの。
第2の「行為志向的アプローチ」は次の根本原理にたつ。すなわち,知識はすべて,その所 有者であるアクターがあるものであるから,すべての知識はアクターの行動を伴ったものであ る。故にこの世におけるすべての事柄はアクターの考え・判断に依存するものであって,この 世界は客体的な(objective)ものではなく,主体的なものである,と考えるものである。これ は現在(2004年),組織記号論のなかで最も主流的な考え方である。次の2者に大別される(G2,
pp.4-7)。
① 「情報フィールドを土台とした(information field based)組織記号論」:これはスタムパー説の 中核を成すものである。まず情報フィールドとは,前記で一言した共有された社会的ノルム が1つのセットになっている場所と規定される。こうした共有された社会的ノルムはそのコ ミュニティではコンセンサスが得られているものであるが,他のコミュニティでは別の社会 的ノルムがあるかもわからない。つまり社会的ノルムはコミュニティのいかんにより異なる ものと考えられる。
他方,一人の人間(person)は,通常1つのコミュニティだけに属すのではなく,例えば 家庭や企業,地域社会のように複数のコミュニティに属している。すなわち異なったコミュ ニティに同時に属している。つまり同時に異なった情報フィールドのもとにある。このこと は一般にUmwelt(ドイツ語で「環境」や「周りの世界」の意味する語,ここでは「ウムヴェルト」という)
といわれるが,一般的には情報フィールドはこうしたウムヴェルトのもとにあると考えられ る。
その一方,ガツェンダムらによると,このアプローチでは,結局,組織として問題となる 中心的なものは「ビジネス」の領域であって,ビジネスの「システム分析」,「意味論的(se-
mantic)分析」,「ノルム分析」が枢要性をもつとされる。
② 「相互作用構造を土台とした(interaction structure based)組織記号論」:これは,記号論のな かでも「言語行動論(language action perspective)」に根源があるもので,言語行動のアクター が人間であるから,人的アクターが組織のエイジェントとされるとともに,組織自体も1個 のアクターとみなされる。情報システムは,行動能力を持った組織記号論的な人工物
(organizational sign artefacts with action capabilities)と規定される。それ故ガツェンダムらは,「こ
の情報システムについての考え方は,情報システムの純粋に代表的な考え方(purely representational view)を超えるものであり,これでは情報システムが当該組織の1つのエイ ジェントとして機能することができるものという考えになる」と特徴づけている。
第3の「知識志向的アプローチ」は,ネウェル(Newell, A.)やサイモン(Simon, H. A.)により 代表されるものである(文献N2)。まず知識について,人間の心のなかにおける記号(シンボルな
ど記号担い手を含む)の構造であるとするが,これが人間行動の根源になると規定される。この
アプローチで注目されることは,知識の構造化や会話等により知識の移転や転換が起きるとし て,それに着目し,感触的な(sensory)知識の段階からコード化(coded)された知識への進展,
さらには理論的な(theoretical)知識への発展について理論的過程を提示していることである。
なおこのアプローチには,組織についての「多数アクター・シミュレーション・モデル(multi- actor simulation models)」も含まれるとされている(G2, pp.7-9)。
以上のうえにたってガツェンダムらは,結論として,組織記号論の所説はこのようにアプロ ーチが多様なものであるが,次の3点では共通したものとしている(G2, p.9)。
①記号論的伝統を研究推進の根源としていること,
②研究対象を組織においていること,
③研究の焦点(focus)が同じところにあること。
ただし理論源泉となっているものは,主として次の2者,すなわち①パースやモリスなどの 記号論と,②ハーバーマスらの言語行動理論(language action theory)であって,記号論のなか でもソシュール,グレマス,エコー,バースなどはそれほど大きな役割を果たしているもので はないと結んでいる(G2, p.9)。
ガツェンダム/リュー/ジョルナの所論は以上とする。これらスタムパー説に根拠をおく組 織記号論の諸説に対して,根本的批判を提起しているものに既述で一言したピィエタリネン(文
献P)がある。次にその所論を取り上げる。なお次項に限り,スタムパー説的組織記号論の諸説 は,一括して“組織記号論説”という。
(4) 組織記号論説 に対する批判論
ピィエタリネンが自らの説の根本的立脚点としているものは,「現代組織論の理論的要諦は,
組織についてプラグマティックな考え方と記号論的な考え方(pragmatist and semiotics)をとる ところにある」をいうものである。ところが,ピィエタリネンによると,“組織記号論説”の 現在の研究方向は,情報システムを社会的組織の記号論としてとらえようとするものであり,
従ってなかんずく,「“組織記号論説” で最上位の概念として提示されている社会的なもの(the social)というものは, 組織の(記号)意味論的(semantic),かつプラグマティック論的な行き方 にとっては不要なものであり,余分なもの(superfluous)である」と強く批判する(P, p.1)。 ピィエタリネンは,方法論的には“組織記号論説”における考え方は,一般に社会構成論(social