執筆禁止時代のケストナー(IV)
佐藤和 夫
1.はじめに
『執筆禁止時代のケストナー』の第四部にあたる本稿ではくEmil und die Detetive>(以下<Emil I>と略記する)の続編であるくEmil und die drei Zwillinge>(以下<Emil H>と略記する)を取り上げる。両作品の成立 年に議論の余地はあるが1,仮に本稿の典拠とした七巻本全集2に添えられた年 表の通りであるとすれば,それぞれ1928年と1934年であり,両者の間にはおお
よそ六年の隔たりがあることになる。
肯定の立場からであれ,否定の立場からであれ,さまざまな批判にさらされ てきたケストナーの大人向けの作品と比べてほぼ全面的に肯定的に受け入れら れている彼の子ども向けの作品の中で唯一の例外とも言えるのがこのくEmil 1>3である。
ケストナーの児童文学作品を詳しく分析したボイトラーは,この作品にサス ペンス構造の弱さを見て,他の作品に比べて深入りを避けて,淡白な扱いをし ており4,<Emil H》をより掘り下げて考察を試みたマンクは,この作品の
<Emil I》に比較しての短所を母子関係の突出と社会背景の後退の中に見出 している5。
本論も<Emil H>に先立つ三作品,<Emil I>,<P面ktchen und Anton》,<Das fliegnde Klassenzimmer>に比べて多くの批判を免れがた いという立場に立つが,その際,とりわけ注目されるのはケストナーが児童文 学作家として評価された前記三作品にみられる,子どもの本を書く上で自ら立
てた原則からの「ずれ」である。以下本論においてはこの「ずれ」を検討する ことでくEmil H》のかかえる弱点を考察してみたい。
2.ケストナー自身の立てた原則からの「ずれ」
ケストナーは彼の児童文学作品の出世作となったくEmil I》の序文の中で 作者自身と対話を交わすボーイ長ニーテンフユールの口を通じて子どもの本を 創る上での原則を言わせている。
「『一番いいのはあなたがご存じのことをお書きになることでしょう。つまり 地下鉄とかホテルとか,そんなたぐいのことですよ。それにすぐ目の前をか けぬけていく子どももそうですよ。私たち自身かつては子どもだったわけで すし_私の言っていることを信じてください。私にも子どもがいるんですか
ら...この店で起こったことを話して聞かせると_熱已・に聞いてくれるんです...
」」(VI−164)
ケストナー自身の経歴に照らしあわせて原則を整理するならば,ケストナーは
<Emil H》をこう書かなければならなかったはずである。
①物語の舞台はベルリン,あるいはせいぜいでケストナーのよく知っている ライプッィヒ,ドレースデン程度の都会
②主人公となる子どもたちは作者自身が共感できる年齢であること,すなわ ち<Emil I>に登場する子どもたちの年令
③事件は都会におこったもので,解決主体は子どもたち さらにこのボーイ長の引用全体からくみとれる戒めは
④個人的な趣味性に走らないこと
である。しかし実際にはどのように組み立てられ,叙述されただろうか。
2.1 場所の「ずれ」一第一原則からの離反
先に掲げた原則に従えば,ケストナーは都会を舞台に物語を展開すべきであっ た。実際彼の作品は都会の日常の中にも冒険があることを明らかにすることに
よって児童文学の先進国であるイギリスにも大きな影響力をもったのである6。
それにもかかわらず,ケストナーは原則に反して1935年5月から6月にかけて ベルリンを離れてヴァルネミュンデへ何度かこの作品の取材旅行を行なってい
る7。
場所をバルト海岸へ移したことによる一番の問題点はその結果場所に精通し
ている探偵たちが一人もいなくなってしまったことである。<Emil I>にお
いては土地に不案内だったのはエーミールただ一人で他の少年少女たちはみな
その都会の路地裏まで知り尽くしていた。そこでは困難に陥った地方出身の少
年を都会の少年たちがネットワークを築いて協力し,エーミールの金を盗んだ
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犯人を巧みに追いつめていく様が生き生きと描かれている。ところが
<Emil H>においては当初(第二章)からバルト海行きが話題となり,旅へ 出ることが暗示される。「旅は日常性を越えた異次元への飛翔ともいうべき側 面をもって」8おり,もうこの時点でケストナーは原則から離反してしまってい
る。
休暇という日常から遊離した時間と海水浴場という日常からずれた場所は本 来少年たちが持っている適度の緊張感と巧みな機転,途切れることのない連携 プレーに破綻を生じさせる。この作品において少年探偵たちの団結と協力を発 揮すべきものは捨て去られようとするアクロバットチームくスリー・バイロン ズ〉の一員ジャッキーを救うことである。チームのリーダー,ミスター・バイ ロンによるこの陰謀はホテルのボーイ見習いのシュマウフによって探偵たちに もたらされ,さっそく未来の被害者を救うべく,探偵団が結成され,計画が練 られるが,時間的にゆとりがあるという理由で家事当番のエーミールを除いて 他の探偵たちはシュマウフ少年の誘いに乗って,彼の伯父の所有するヨットを 借りて海に出てしまう。初め彼ら三人を乗せたボートは順調に航行するが,小
さな島に接近しすぎて,浅瀬に乗り上げ,身動きできなくなる。その結果予定 どおり動きだしたエーミールと「火曜日」は待ちぼうけを食わされ,結局は
「教授」の緻密な戦略もグスタフの機動力も得られずに解決へ向けての行動を 起こさざるをえなくなる。事態は少年探偵たちが考えていたような単純なもの ではなく,たとえ不本意な「島流し」経験を味わった少年たちの協力が得られ たとしてもより良い結果が得られたとも思えないが,エーミールには深い孤独 感のみが残ったのである。
「エーミールはこの一日をよく考え直してみました。ぼくは何かまちがった ことをしただろうか。ジャッキーはこれからどうなるだろう。グスタフと教 授はどこにいるのだろう。...エーミールはとても自分が孤独に感じられまし
た。」(W−377)
小島の三人にしても身動きできないいらだちから冷静な判断力が働かず,些 細なことでいさかいを起こしたり,海を泳いで渡ろうとしたり,行動は空回り をするばかりである。
一方何とかバイロン氏と形ばかりの決着をつけたエーミールにしても精力を 使い果し,教授たちの行方不明を然るべきところへ連絡することもできずに,
疲労のあまり眠り込んで不覚を取ってしまう。
「ぼくたちがヴァルネミュンデからもどったのはもう真夜中でした。...ぼく は椅子に腰かけて夜が明けるのを待とうと思いました。それから港湾警察へ 通報しようと思ったのです。_けれども突然眠り込んでしまったにちがいあ りません。ほんとうに申し訳ありません。船長さん。あなたはこれからどう なさるおつもりですか。」(VI−379)
とりわけ,ここの最後の一文は探偵たちを代表するエーミールの大人への全面 降伏と言ってよい。大人たちの不在中に自分たちの力で解決してしまおうと意 気込んだ彼らからするとあまりにも情ない言葉の表白であるように思われる。
だが本来探偵たちが最も力を発揮してよいはずのこの部分で,ほとんど力をふ るえなかった最大の原因は勝手のわからない場所で行動を起こさざるをえなかっ たことにある。つまり,原因を作者に求めれば,第一の原則を踏み外してしまっ たこと,すなわち,場所の「ずれ」にあるのである。
2.2 年令の「ずれ」一一第二原則からの離反
<Emil I>には子どもたちの年令についての言及はない。絵によるエーミー ルの紹介の中に9母が彼を実業学校に入れようと励んでいることが書かれてい ることでかろうじてある程度年令が推測できるに過ぎない。ケストナーが先の ニーテンフユールのすすめに素直にしたがったとすれば,そこで描かれた子ど
もたちはケストナーの心に最も子どもらしい子どもとして浮かんだ彼自身が最 も共感がもてる子ども像であったはずである。しかし彼は<Emil H>を同じ 年令のレベルで書き始めることをしなかった。前作にならって十枚の絵で登場 する人物や事物を紹介する部分でエーミールについてはこう書いている。
「再び彼が登場しました。前回会って以来,二年以上の歳月がたちました。
その間彼は背が高くなりました。_その外はほとんど変わっていません。彼 は今なおあの頃の自発的な模範的子どもです。彼はなお以前と全く同じくお 母さんを愛しています。」(VI−280)
この叙述ではどちらかというと変わっていないことの方に力点が置かれている。
年月や外見以上の変化を如実に示しているのがポニー・ヒュートヒェンに ついて書かれた部分である。<Emil I>において彼女の部分の表題は単に
<Pony H枇chen, Emils Kusine>「ポニー・ヒュートビェン,エーミールの いとこ」となっていたのがくEmil II》では<Fraulein H玩chen>「ヒュート
ヒェン嬢」と掲げられているのも示唆的である。
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「男の子は十四歳になっても,あいかわらずちゃんとした男の子ですが,そ れどころかあつかましいガキかもしれません。けれども女の子がこの年頃に なると,若い淑女になります。」(VI−284)
この記述から少年たちは十四歳であること,したがって<Emil I>において は十二歳であったことがわかる。それと同時にポニーは子どもを脱却しつつあ
り,したがって少年たちと同じ精神年令で行動できなくなりつつあることが暗 示されている。彼女は少年たちとの言葉のやりとりでも違和感を生じさせてお
り1°,「教授」の父,法律顧問官ハーバーラントの誘いで大人たちがコペンハー ゲンに出かける折りに,男の子たちの中に女の子を一人にしておけない理由は あるだろうが,いっしょに出かけてしまうのである。このため彼女はジャッキー をめぐるエーミールたちの苦しい経験に加わらないでしまっている。後に海岸 に休暇で来ている少年少女たちにジャッキーへの支援を求める場面では積極的 に協力することになるが,これはもはや「冒険」の中ではつけ足しの部分に過 ぎない。<Emil I》においてもポニーはそれほど重責を担っていたわけでは ないにしろ,終始少年たちに協力する態勢を取っていたのである。十四歳とい う男女の性差が目立つようになり,共同行動を取りにくい年令をもってきたこ とで性別に関係のない協力態勢を築き上げることができず,「探偵たち」の一 体感を阻害する結果を招いてしまっているのである。
上述のように大人たちがデンマークへ出かけたことにより少年たちには第八 章で独自の行動を独自の判断で行なうチャンスが訪れる。そんな折り,少年た
ちにホテルのボーイ見習いハンス・シュマウフがくスリー・バイロンズ〉のリー ダー,バイロン氏からもちかけられた恐ろしい話について相談に訪れる。少年 たちはハンスの話を聞いて憤慨し,団結して解決に向けて行動を起こすことを 誓い合う。グスタフは,
「大人たちがデンマークへ出かけてしまっていてよかったよ。_向うにいれ ば少なくともぼくたちの邪魔はしないよ」(W−351)
と大人たちの不在を単純に喜び,エーミールは,
「これはまたしてもぼくたちにうつてつけの事件だね」(VI−351)
と自信のほどをみせ,「教授」は
「大人たちが出かけてしまうまで待っていようよ。それからすぐに作戦会議 を開こう」(VI−351)
と楽観的な展望を語る。しかし結果は予想をはるかに越えるものになる。前作
の泥棒の追跡というきわめて単純明快な目標と比べて今回のは親による子ども の意図的放棄のように外見上は見えながら,実際にはもっと複雑な事情がから んでいたからである。
「教授」たちの油断から連携行動を起こせなかったエーミールと「火曜日」
は独自の判断でバイロン氏とチームの一員マッキーの追跡を開始し,ジャッキー の遺棄を思い止まるよう説得する。「火曜日」が「父親の義務」の履行を強く 迫ったとき,意外な事実が判明する。バイロン氏の告白によればジャッキーと マッキーは彼の子どもではないし,ジャッキーとマッキーも兄弟ではない,芸 人としての必要上から親子を装っているにすぎない,というのである。そこで エーミールは戦術を転換して,ジャッキーの将来のこと,少なくとも当面(一 週間)の費用を提供するよう要求する。バイロンことアンダースはこれを拒否 するが,さもなければ警察に通報するとのエーミールの発言についに折れて,
しぶしぶながら五十マルク払うことに同意する11。
この部分はかなり微妙な場面のように思われる。いらなくなった相棒を簡単 に見捨てるアンダースもきわめて身勝手な人間ではあるが,彼からすれば突然 現れたエーミールたちは秘密をかぎつけて脅迫を働く少年たちのようにも見え ただろう。エーミールにしても「教授」らの助力は得られない,<スリー・バ イロンズ〉は互いに全くの他人であるという予想外の展開であったために,全
く不本意の幕引きをせざるをえなかったのではあるが。
「探偵たち」の年令を二つ進めたことで作者は彼らに重い課題を負わせたかっ たのだろうが,実態は大人にも解決しがたい内実をはらんでいた。これもまた ケストナーが最も身近な子ども像の年令からの「ずれ」から生じた破綻といえ ないだろうか。
2.3 解決主体の「ずれ」一 第三原則からの離反
休暇先での凡々たる日常に退屈していた少年たちが楽しみにしていたのはせ いぜいボーイ見習いハンスの伯父,シュマウフ船長のボートに乗せてもらうこ とぐらいだった。そこへ先のハンスの相談が持ち込まれたのだから,彼らが勇 みたたない訳はなかった。前述の引用のように「探偵たち」には解決に向けて の十分な自信もあったのである。彼らは次のような作戦を立ててバイロン氏の 陰謀に対抗しようとする。
①ハンスはバイロン氏とはいっしょに出発させず,一つ先の乗船場で乗り込
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ませる
②自分たちはさらに一つ先の船着場で待ち伏せて,バイロン氏の保護義務遺 棄と誘拐を追求し,説得して連れ戻す
③船に乗るまでの移動にはグスタフのバイクを用いる12
事態がこの筋書きどおりに運べばよいのだが,事件に巻き込まれそうになっ ている当のハンスがそれとは全く関係のない知らせを二つもたらす。一つは当 地で映画<Emil und die Detektive>が上映されること,もう一つはヨット でピクニックを楽しまないかという誘いであった。前者は作者の遊びが少し過
ぎるような気がするが,それはここでは問わないことにする。後者については 少年たちの間でも意見が別れる。エーミールは家事当番であることを理由に,
「火曜日」は両親が許さないことを理由に留まることを主張する。他の二人,
「教授」とグスタフはハンスとともに出かけることになる13。
ここが「探偵たち」にとって重要な分岐点になる。この二つのグループは先 に見たように一方は応援を断ち切られたまま孤独な奮闘をするはめになり,他 方はバルト海の小島で身動きがならず,事態の推移もわからないままに終わる。
「教授」の叫びは切ないがどうにもならない。
「もどらなければ_もどらなくては。さもないとバイロン氏に逃げられてし
まう。」(VI−367)
だが彼らは助けも求められず,自力の脱出もままならない。彼らの思案はゆき つもどりつしながらも,結局は当面の食料問題のみが最も切実に思い浮かぶの である。
身動きのならない「教授」らを直接助けるのはエーミールたち少年グループ ではなく,航海から帰って異変に気づいたシュマウフ船長である。船長はすぐ さま事態の把握に努め,自分のヨットが船着場にないことと甥たちが戻って 吟ないことを確認するとただちに捜索のために三十四隻の「大艦隊」を派遣 してもらう。自らもモーターボートを借りだして捜索に加わる。この場面は
<Emil I》ならちょうど泥棒のグルントアイス氏をベルリン中の子どもたち が追いかけるスペクタクルシーンだが14,主体が子どもから大人へと逆転して いる。「探偵たち」が捜査されるはめに陥っているのである。
さらには本来助けられるべき存在であるはずのジャッキーまでもがこの捜索 に加わり,彼が船長を元気づけようとする中で発した言葉,
「あの一,船長さん。どこかこの近くに砂洲とか,小さな島とか,なにかそ
んなものはありますか」(VI−381)
がヒントになって船長はハンスたちが立往生している小島を発見する。ここに も立場の逆転がある。
この騒動の後始末もすべて船長が取り仕切る。助力してくれた人には居酒屋 で振る舞い酒をし,少年たちにはハンスの勤めるホテルの個室でたっぷりと昼 食を取らせ,その上全責任は自分が取るからコペンハーゲンへ出かけた大人た ちには詳しいことを話すのを控えるよう提案する。
「あの人たちにはささやかな事故のことなんか聞かせなくたっていいよ。万 一,事が漏れたとしてもまあどうか私に一切任せてほしい。そうしてくれた
ら私がなんとかするよ。」(VI−385)
エーミールと「教授」は反論しようとするが船長に抑えられる。彼らは自分 たちの不始末の責任を自分でとろうとするが,バイロン氏からジャッキーのた めに五十マルク獲得した他は何も成果がなかったし,それどころか救助のため に「大艦隊」を派遣してもらって,大人たちに大変な迷惑をかけているのだか ら,船長に対抗できるだけの責任論は吐けない。すでにエーミールは先にも述 べたように船長の支持を仰いで,彼に全面的に従うことを表明しているのであ
る。
シュマウフ船長はハンスの伯父として,また非常に子ども好きな大人として 第六章に登場し,何よりも子どもたちの話を聞くのを楽しみにしている。彼は こよなく子ども時代と子どもを愛している点と市民的慣習の外側にいる点で
<Das fliegende Klassenzimmer》の「禁煙さん」とよく似た立場にある15。
しかし「禁煙さん」の場合にはあくまでも少年グループの助言者にとどまって いるのに対して,船長の場合には先のエーミールの「全面降伏」後,突如とし て主役に躍り出てきてしまい,少年たちは脇役へと後退してしまう。ここにも また一つの原則一解決主体は子どもたちであること一からの「ずれ」が認
められる。
2.4 強く出た個人的趣味一 第四原則からの離反
<Emil I>によればボーイ長に戒められるまでケストナーが計画していた 子どもの本は南洋小説であった。
「本当は私は全く別の本を書くつもりだったのです。_本物の南洋小説を私
は計画していたのです。」(W−161)
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ケストナーが言明しているところでは,すでに最初の三章ができあがり,そこ では黒白市松模様の膚の人食い人種の少女が出てきたり,鯨が原始林の中に出 現するといった全く荒唐無稽なものが構想されていた16。しかし南洋小説ほど 露骨ではないにしてもケストナーの南洋趣味がこの<Emil H>にも顔をのぞ かせている。ここでもケストナーは<Emil I>と同様に作品のポイントとな る重要な十の人物・事物の説明を絵を添えながら語っているが,その十枚目に 椰子の木が登場する。
「バルト海の岸から遠くない海の真ん中に小さな,小さな島があります。む かしある漁師がおもしろ半分にその小島に鉢植えの椰子を持っていき,砂た 植え込みました。そういう訳で今アフリカの椰子の木が北の砂とハマムギの 中にあってけっこう大きくなっています。_けれども島には全く人は住んで いません。第一に島は砂だらけですし,第二に人が住むには小さすぎます。
眠っているときにベッドから転げ落ちたら,バルト海に落ちてしまうでしょ う_」(VI−289)
この「椰子の木」の生えた「無人島」をもっとよく確かめようとして三人の少 年たちはボートを近づけすぎて座礁し,彼ら「探偵たち」のつまづきの石とな ることは先に見たとおりである。
少し酷に過ぎるかもしれないがもう一つ作者の個人的趣味を挙げるならば,
それは「映画」であろう。ケストナーは観劇を好み,演劇批評を仕事とし,ま た執筆禁止時代にも密かに映画のシナリオの制作を依頼された経歴からもわか るように画面にしたときの効果を十分心得て物語を構成している。例えば,エー ミールたちがバルト海の海岸へ散歩して初めて海と出会ったときの感動的な光 見
牙気,「砂浜が終わると,海が始まっていました。どこに目をやっても果てがない のでした_」(VI−322)
であるとか,あるいは行方不明の少年たちの捜索に多数の船が出航する風景,
さらには大勢の子どもたちが海岸や映画館に集まる場面などである。このよう な目を見張らせる所ばかりでなく,
①エーミールと「火曜日」の孤軍奮闘
②座礁した「教授」たちの焦躁
③穏やかにバルト海を航行するシュマウフ船長
④何が起こっているかも知らずにコペンハーゲンでくつろぐ大人たち
これら各グループの行動,さらにジャッキーを助けるために映画を見に集まる よう呼びかける子どもたち三様の動き,
①映画館主に協力を求めるエーミール
②新聞社へ記事化を働きかける「教授」
③周辺の海水浴場を巡って子どもたちに協力を呼びかけるグスタフと「火曜
日」
の同時進行的書き分けによる視覚的効果も見事である。
しかしながら物語の中に映画そのものをじかに持ち込んでしまったのは果た してどうであろうか。
「ピッコロ17はポケットから新聞を取り出してそれを額縁にしっかりと留め ました。広告のページに大きな宣伝がのっていました。宣伝にはこのような 文句が書いてありました。
『エーミールと探偵たち
二百人の子どもたちの登場する映画 実際に起こったことにもとつく映画
日常の手に汗握る映画
現代のベルリンで演じられる映画
八歳から八十歳までの子どもたちのための映画』
_」(〜硯一362)
この映画についての話題をもたらすのがヨットによる帆走の誘いにきたハンス であるのも何か暗示的ではある。しかもその映画は少年「探偵たち」が主人公 の<Emil und die Detektive>であるというのだからいかに作者の遊びが入っ ているかが理解できよう。
ケストナーがニーテンフユールの戒めを破って自分の好みを強く押し出した 結果,この物語にもともと含まれていた休暇という弛緩性を持つ題材に必要以 上の「ゆるみ」をもたらしてしまっているのである。
3.構造とテーマの問題
以上みてきたように<Emil H>はくEmil I》に比べるとかなり「ずれ」た
物語であることがわかるが,それではこの作品はケストナーの単純な失敗作か
というと必ずしもそうは言えないようにみえる。なぜならこの作品の中心的テー
マとなっているのは「探偵」たちの休暇先での冒険ではないように思われるか
執筆禁止時代のケストナー(VI) 39
である。何が中心であるかを明らかにするためにはケストナーの児童文学作品 のうち,<Emil H》と同じくケストナーの分身を主人公とし,日常の環境の 中で子どもを中心とする出来事が語られていく他の三つの作品,<Emil I>,
<P伽ktchen und Anton>,<Das fliegnde Klassenzimmer》の劇的構成と 比較してみるのがよいと思われる。
これら三つの作品の劇的構成についてはすでに言及したことがあるので 8,
ここでは必要最小限のみを述べることにする。
i)<Emil I》 全18章
テーマ:エーミール少年の盗難被害と犯人の追跡および逮捕 1〜4章:波乱の準備
5〜6章:追跡,行動開始
7 章:場面転換,緊張の一時的開放 8〜9章:思いがけない展開,協力者の出現 11〜14章:予想外のなりゆきと愉快な解決 15〜18章:エピローグ,教訓と幸福山積
ii)<P面ktchen und Anton> 全16章
テーマ:点子ちゃんの秘密とアントンの解決に向けての活躍 1〜5章:秘密の存在の暗示
6 章:点子ちゃんと家庭教師の不思議な行動 7 章:家庭教師の怪しげな婚約者の登場
8〜ユ0章:アントンのエピソード,緊張の一時的開放 ll〜13章:事件の展開と解決
14〜16章:エピローグ,アントンの家庭は経済的に安定し,点子ちゃん の家庭は精神的に安定する
iii)<Das fliegende Klassenzimmer> 全12章 テーマ:ウーリの不安
1〜5章:ウーリの弱さが徹底して語られる 6 章:ウーリが行動を起こす決意をする
7 章:ウーリは再び自分の弱さを思い知らされる
一
8 章:クライマックス,ウーリが勇気を試すために飛び降りを敢行 する
9〜12章:エピローグ,ウーリ以外の人々の動きとクリスマスの厳粛で 幸せな雰囲気が語られる,緊張からの開放
こうしてみるとわかるように,いずれの作品においても全体からみて前三分 の一ほどで事件が準備され,中三分の一で事件が起こり,後三分の一で事件の 解決が図られ,緊張が開放され,幸福が山のように訪れるという構造がある。
先にみたようにくEmil H》あってはジャッキー救援を巡る冒険はこの構造に は当てはまらない。それではそのような共通する構造に当てはまるテーマはこ の作品にあるのだろうか。最初から最後まで問題となっていて,結末で一応の 解決が図られるテーマがこの作品に一つある。それはエーミールの母の再婚問 題である。
上記三例にならってこの作品の構造をエーミールの母の再婚問題をテーマと して略述してみよう。
1 章:母への求婚者の登場とエーミールの動揺 2 章:母子家庭にわだかまりが生まれる
求婚者の登場したティシュバイン家では以前の安定が崩れ,相手の ささいな言葉が互いを傷つけてしまう。
3〜5章:少年たちのバルト海への出発とそこでの生活がつづられる 6 章:再婚問題の再浮上,エーミールの祖母のもとへ母が手紙を寄せる
牧歌的情景の描写のなかで読者に再び再婚問題に目を向けさせる。
7〜8章:〈スリー・バイロンズ〉をめぐる問題が語られる
9 章:母と父の問題をめぐってエーミールと「教授」が対話を交わす 個人的状況を中心とするエーミールとあくまで理性的客観的な「教 授」の話はかみあわないままに終わる。
10〜13章:「教授」たちが遭難したことによるエーミールたちの孤独な奮闘と 遭難者救出のためのシュマウフ船長の活躍
14 章:母の再婚をめぐる祖母とエーミールの対話によりこの問題の一応の 解決が図られる
母の再婚問題への対処のしかたをエーミールから求められた祖母は
二つの可能性を指摘し,孫の決断を促す。
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15 章:ジャッキー一支援活動の大成功,母の求婚者へのエーミールのささや かな愛情の芽生えの暗示
エーミールはイェシュケに葉書を書いてみようかと祖母に提案する。
前述の三作ほどテーマの点でこの作品に緊密な構造が築かれているわけでは ないにしても,導入部で再婚問題が語られ,中ほどで再びその問題が提起さ れ,結末で解決が図られるという構造がはっきりとみえる。したがってこの
<Emil H>の中心のテーマは少年たちのジャッキーをめぐる「冒険」ではな く,母の再婚問題であると言うことができる。以下においてはこのテーマを中 心として〈Emi1皿〉に検討を加えてみたい。
4.「安定の世界」への挑戦
<Emil H>の中心的テーマが「母の再婚問題」であることはケストナーの 子どもの本にとって重要な意味をもつ。なぜなら彼の作品においては母親はほ
んの→部の例外19を除いて尊敬をこめて理想的な描かれ方をしていると同時に,
強い愛情によって結びつけられている「夫のいない母とその一人息子という状 況は_<Emil und die Detektive>以後子どもの本に限らずノーマルな家族 関係卸だからである。したがって母親が未亡人となっている<Emil I>やく PUnktchen und Anton》の場合はもちろんのこと,父親のいるくDas flie一 gende Klassenzimmer》の場合でも父親の存在感はきわめて希薄である。と
ころがこの<Emil H>において初めて父親の問題を前面に出してきたのであ
る。
母の求婚者として登場するのは前作でいたずらの発覚を恐れるエーミールの 恐1布の的であった警官イェシュケで,彼の物語における重要性は冒頭の十枚の 絵の一つに紹介されていることと,第一章の冒頭が彼の描写から始まっている
ことからもわかる。
「巡査部長イェシュケさんは午後勤務がありませんでした。彼は見栄えのす るケーキの包みを持ってティシュバイン家に姿を現わしました。」(VI−292)
イェシュケは当初からティシュバイン母子に,とりわけエーミールに積極的
に働きかけ,彼らの世界に入っていこうとする。イェシュケはエーミールにはっ
きりと「きみのお母さんと結婚したいのだ」(VI−292)と告白する。第一章の
彼は自分の意志を相手に伝えるという意味で十分中心的人物にふさわしいだけ
の発言をしている。しかし彼の攻勢も第一章までで,以後彼とエーミールの対 話はしだいに先細りになっていく。このことは「言う」,「たずねる」など発言
を導く動詞の出現頻度にもあらわれていて,一章では十一度なのに対して,二 章と三章では二度ずつに過ぎない。そして三章でのエーミールの休暇旅行への 出発に際して母子の側からみた彼の位置にふさわしい描写がなされている。
「特別に一時間休みを取ったイェシュケ巡査部長はトランクとオープンサン ドの包みをもち,じゃまをしたくなかったので,目立たないようにしていま
した。」(〜α一310)
この三章以後彼が直接姿を現わすことは二度とない。
しかしながら求婚者の出現は絶対的安定を誇るはずの母子の世界に最終章に 至るまで動揺を与えることになる。ただ動揺とは言っても,それはそれまで自 明であった親子間の情愛が,互いに相手に対してどれだけ愛情を捧げられるか
という競争に投げ出されたための動揺なのである。そのことはすでに第一章で イェシュケが帰った後で親子が眠れずにベッドの中で思いをめぐらすところに あらわれている。
「エーミールは思いました。『お母さんは何も気がつかなかった。ぼくが全 然悲しんでいないと思っている。お母さんがイェシュケさんと結婚できれば,
ぼくが願っているようにお母さんは幸せになれるんだし,イェシュケさんも いい人なんだから。』そしてエーミールのお母さんは思いました。『あの子に 何も気づかれないでよかった。あの子のことが一番好きで,あの子とだけ暮
らしていたいと気づかれてはならないわ。でも自分のことを考えてはいけな い。いつでも子どものことだけを考えなくては。あの子の将来のことを。私 がいつまでお金を稼げるかわからないし,それにイェシュケさんもいい人だ
し。」」(W−294)
せっかく家庭における父親の問題を考える展開がみられることを期待させたに
もかかわらず,早くも第一章でこのように母子間の愛情競争にすり替わってし
まっている。しかも根本的には受け入れたくない人間をむりやり受け入れよう
として母子ともに苦闘することになる。この問題はバルト海の楽しい休日のう
ちにいったん陰にかくれるが,六章で祖母に宛てた母の手紙の形で再び姿を現
わす。ただそこでは問題を暗示するのにとどめている。この手紙の内容が具体
的に表に出てくるのはエーミールたちが森へ散歩に出かける第十四章で,そこ
で祖母は意図的に孫と二人きりになり,再婚問題の解決を図ろうとする。
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祖母は母からの手紙をエーミールに見せることによって彼女の本心を明らか にする。その結果工一ミールは母がイェシュケが好きになったから結婚するの ではなく,ただ息子のことを思って結婚することを知るのである。対処の仕方 に迷い,助言をもとめるエーミールに祖母は二つの道筋を示す。一つは現在の ままの母子関係を続けることであり,もう一つは母子が新しい夫,あるいは父 を受け入れる道筋である。当然ながら祖母は後者の道へと誘導していく。なぜ なら前者の場合は当面の親子関係は安定するが,月日がたてば,母は年をとり,
息子は結婚適齢期となり,配偶者を迎えることになる。しかし結婚した息子と 母親の同居はうまくいかないから,母は結局一人暮らしをせざるをえなくなる が,後者の道をとれば,当面はつらくても将来の幸せにつながるというのであ
る21。
二つの道のうち第二のものがより大人の解決であることは自明であるが,祖 母の次の言葉は先の第一章の親子それぞれの思いを叙述した引用と同じ流れに あることを示している。
「『お母さんが結婚することは二人が互いに犠牲になることなのだよ。けれ どもお母さんが犠牲になることをお前が私を通じて知っていると教えはしな い。またお前がお母さんの犠牲になることを知らせるつもりもない。そうす ればお母さんがお前のために引き受けようとしている重荷はお前がお母さん のためにになう重荷よりも軽くなるだろう。』」(W−400)
さらに祖母は続ける。
「犠牲になるのを感謝しながら受け入れるのは...たやすいことではない。喜 んで沈黙を守ってもう一人のために犠牲になるのだから_』」(VI−400)
ここでの五度の「犠牲」の強調は結局この親子関係の切り離すことの難しさを 物語るものに他ならない。エーミールは祖母の助言を入れて,犠牲心を墓場ま でもっていく決意を表明しているが,これは優等生工一ミールにして初めてな
しうる「偉業」のように思われる。
「犠牲」という語は物語の中で美しく響き,母の結婚は「美談」となる。し かし夫婦愛は後退し,結婚は先夫の子を育てるための手段に過ぎなくなってし
まう。本来ならば,「教授」の言うように「お母さんはお母さんであるだけで なくて,一人の女でもある」(W−357f.)ことを踏まえた上で解決が図られる べきだったろうと思われる。
この作品は他の作品にはみられない母親と対置しうる父親像を展開する好ス
タートを第一章で切りながら,結局は筋の進行とともに後退してゆき,最後の 章では新しい父親の承認を暗示するという積極的意義はもつものの,葉書を出 すついでに思い出される存在になってしまっている。強固に結びついた母子の
「安定の世界」へ入っていこうとする誠実な警官,イェシュケの挑戦は前途多 難を思わせる。それは同時に中心的テーマをになうだけの構成を付与しながら,
結局はティシュバイン母子のつながりの強固さを確認するだけに終わらせてい る作者の責任をも明らかにする。「再婚問題」というテーマにおいてもケスト ナーの部分的とはいえ,積極的意図をくみとったとしても,やはり「ずれ」を 認めざるをえないのである。
5.終わりに
以上みてきたようにくEmil I》はケストナー自身によって副題として「エー ミールと探偵たちの第二の物語翌と銘打たれてはいるものの,実際には第一 のものと比べてかなり「ずれ」た作品であることがわかる。ケストナーの考え ている児童文学創作の四つの原則のうち,第一のものへの離反は自ら開いた大 都会の日常の中の冒険物語からの後退を意味しているが,マンクの解釈によれ ばこれはケストナーの置かれた状況からの必然なのである。つまり禁止された 作家としてロマンチックなバルト海岸滞在を描くことによってケストナーは周 到に具体的・個別的歴史背景に触れないですむようにしているというのであ
る23。確かにそのような側面のあることは認めざるをえないであろう。
第二原則の離反も少なからぬ重みをもっている。ボイトラーは<Emil I>
以来の子どもの日常生活を題材とした作品を<Umweltromane>として一つ にまとめているが勿,この用語は,カールストが言っているくUmweltge一 schichte>と同義であるとすれば,約六歳から十二歳までの子どもたちのため の,彼らめ現実把握に対応したテーマをもつ物語を指すものである邸。そうで あるとするならば,少年たちの年令を二歳成長させて十四歳としたのは対象読 者の年令を無視する結果につながったといえる。
第三に解決主体が大人の側に移ってしまったのは勝手のわからない場所へ移 されたという第一原則からの離反,年令がより大人に近づいたことによる第二 原則からの離反の二つから引き出される結果と解される。
第四に作者の趣味が強く出たのは抑圧された時代状況とも関係があるであろ
う。「子どもの本は文学的教育メディアであるばかりでなく,ネガティブなも
執筆禁止時代のケストナー(VI) 45
のにすっかりとりつかれてしまった大人の作家の精神的負担を軽減してくれる ものでもある」%からである。もともとケストナーは否定的要素を多分に含む 大人の本と肯定的世界を描く子どもの本とを交互に執筆して,これが彼の精神 的バランスをとっていたと考えられ,短期間に終わると信じたナチ時代にいっ こう終わりが見えなかった1935年のケストナーにあっては1933年以前とは異なっ て趣味的要素の抑制がもはやあまり効かなかったのかもしれない。
最後にティシュバイン母子の絆の強さはケストナーの実人生の反映であり,
多言を要しない。結局ケストナー自身もこの問題を解決しえなかったのである。
しかし<Emn H>において彼の理想とする家庭が全然見えないわけではない。
この作品の「専門家のための序文」の狂言回しを勤めているのは「教授」であ るが,彼の家庭のあり方にケストナーの一種の憧憬がみてとれるのである。法 律顧問官という社会的地位をもちながら全然権威主義的でなく子どもの自主性
を重んじる父親その傍らにいつも控えめに寄りそっている母親ゆうゆうと 夏の休暇をバルト海岸で過ごせるだけの経済的基盤,これこそケストナー母子 が長年追い求めて容易に得られなかったものである幻。「教授」のこのような家 庭にエーミールたちが全面的に依存してしまったことも彼らの気概を示せない 結果を招いている面がある銘。
<Emil H》に関してはこの作品の否定的側面を前面に押し出す結果になっ た。確かに「書かれた」作品としてはそうなのであるが,映像化された場合に はベンマンも述べているように認,奇妙な軽業師,グスタフのバイク,思いが けないバルト海の小島への漂流,連絡船でのデンマークへの渡航その他もろ
もろの突発事件など見せ場には事欠かないし,先にも述べたように場面の転換 や登場人物たちの並行的描写はみごとであり,見る者を退屈させないことは疑 いない。ただ各場面の美しさと文学的創造の弱さは現実の状況を生かして理想 を描けない禁止された作家の苦境を物語っているように思われる。
注
1 佐藤和夫,「ケストナーの母あての手紙について」千葉工業大学研究報告(人文編)
第20号(1983)S.73ff.
2 Kastner, Erich:Gesammelte Schriften 7 Bde.(1959)(以下この全集に拠る ときは巻数をローマ数字で,ページ数をアラビア数字で示す)
3 Mank, Dieter:Erich Kastner im nationalsozialistischen Deutschland
(1981)S.108(以下本書をMankと略記する)
4 Beutler, Kurt:Erich Kastner Eine literaturpadagogische Untersuchun一 gen(1967)S.170f.(以下本書をBeutlerと略記する)
5 Mank, S,108ff.
6 瀬田貞二他,『英米児童文学史』(1971),S.206
またドイツの児童文学史においてもケストナーの作品の最大の特徴は舞台が大都市 になっていることが強調されている。「都市はケストナーにとって常に難なく交換 可能な舞台以上のものであった_彼は都市生活の魅力を描こうとしている_彼の子 どもの本の限界をすべて考慮に入れても,大都市の経験を彼独自の方法でさばいて みせてくれたことにケストナーのモダン性が認められる。」Wild, Reiner(hrsg.):
Geschichte der deutschen Kinder−und Jugendliteratur,(1990)S.255f.
7 Kastner, Erich:Mein liebes, gutes Muttchen, Du!Dein oller Junge.
Briefe und Postkarten aus 30 Jahren (1981)S.209ff,
8 中村雄二郎,山口昌男,『知の旅への誘い』(1981)S.3 9 VI−169
10 VI−319f. u. VI−325 11 VI−371ff.
12 〜α一358ff.
13 VI−361ff.
14 〜贋一240ff.
15 Beutler, S.232f.
16W−161f.この構想それ自体は後にくDer 35. Mai》の中に生かされた。この作 品ではそのタイトルそのものからすでに日常の次元を超えたものになっている。
17 「ホテルのボーイ見習い」,つまりハンス・シュマウフのこと
18 佐藤和夫,「写実的児童文学作家としてのケストナー」千葉工業大学研究報告(人 文編)第22号(1985)S.77ff.
19 例えばくP置nktchen und Anton》のポッゲ夫人やくFabian》のラブーデ夫人 20Mank, S.111
21 VI−399
22 VI−269
23.Mank, S。120
執筆禁止時代のケストナー(W) 47
24 Beutler, SL 165ff.
25 Karst, Theodor:Umweltgeschichte, in:Lexikon der Kinder−und Ju一