国際刑事裁判における司法取引 ⑵
On Bargaining in the International Criminal Justice (2)
鈴 木 一 義*
目 次
は じ め に
� 司法取引の展開
� 国際刑事裁判の発展(以上,第46巻第�号)
� ICTYにおける司法取引
� ICTRにおける司法取引(以上,本号)
� 混合法廷における司法取引
� ICCにおける司法取引
� 国際刑事裁判における司法取引の機能 お わ り に
ICTYにおける司法取引38)
⑴ �で言及したニュルンベルク裁判と東京裁判は国際犯罪責任追及の 領域で爾後を先導する役割を期待されたが,その後50年を経過したにもか
* 嘱託研究所員
38) 本節及び第�節の記述については,Christoph Safferling, INTERNATIONAL CRIMINAL PROCEDURE, 2012, Oxford University Press, United Kingdom, pp.
436-; Nancy Amoury Combs, GUILTY PLEAS in INTERNATIONAL CRIMINAL LAW, supra, at57-; Nancy Amoury Combs, “Procuring Guilty Pleas for International Crimes: The Limited Influence of Sentence Discounts”59Vanderbilt Law Review 69-(2006),本節についてはhttp://www.icty.org/sid/26[平成25 年�月10日最終確認]などを参照した。
かわらず,国際刑事裁判所に向けての動きも遅々として進まず,数千とあ る国際犯罪の内で刑事訴追されるものは殆ど見当たらなかった39)。久方ぶ りに国際刑事裁判所の必要性を国際社会に再認識させたのは,東西冷戦崩 壊後に各地で勃発した地域紛争である。この点,旧ユーゴスラヴィア国際 刑 事 裁 判 所(ICTY; International Criminal Tribunal for the Former
Yugoslavia.旧ユーゴ崩壊の過程で起こった民族浄化に緊急に対処するた
め,1991年以降に戦争犯罪を犯した個人を処罰することを目的として設置 された,暫定的な国際的な裁判所)は,1993年に国際連合安全保障理事会 において,最初の,真の「国際」刑事裁判所として,満場一致で設立され た40)が,虐殺の真の責任者を明らかにして国際刑事裁判を一歩大きく前進
比較法雑誌第47巻第号(2013)
39) 稲角光恵「 集団殺害犯罪(ジェノサイド罪)」村瀬信也・洪恵子共編・
前掲書『国際刑事裁判所 最も重大な国際犯罪を裁く』74-5頁は,ジェノサイ ド条約の存在にもかかわらず,同条約に基づく集団殺害犯罪(ジェノサイド 罪)の裁判が殆ど行われなかった理由として,①集団殺害犯罪は,政府または 一国の支配勢力が集団殺害犯罪に関与している疑いが濃いという属地的管轄権 の行使の限界,②集団殺害犯罪は,国民的・人種的・民族的または宗教的なア イデンティティが関係する犯罪ゆえ,集団間の憎悪感情が存在する領域内で集 団殺害犯罪の裁判を行うことは,同罪を犯したとされる集団に属する大衆から も裁判所に圧力がかかることもあり得,また同国内での処罰は犯罪抑止に貢献 するどころか,逆に事態を悪化させる場合も想定される,③集団殺害犯罪は,
秩序が全部または一部崩壊し,政府が管理不能に陥っている情況下で犯される ことが多く,犯罪行為地国の警察・司法機能が全部または一部麻痺しているこ とから,実効的に同罪を捜査し,裁判することが難しいという点を掲げる。
猶,石田勇治「ジェノサイド研究の課題と射程」石田勇治・武内進一編『ジェ ノサイドと現代世界』(平成23年 勉誠出版株式会社)頁は,ジェノサイド を「集団殺害」と訳すことには問題があり,より広範な意味合いを持つ「集団 抹殺」と訳す方が適切であろうと述べる。
40) See e.g., Geoffrey Robertson QC, CRIMES AGAINST HUMANITY The Struggle for Global Justice 4thed., 2012, PENGUIN BOOKS, New York, p. 448.
月村太郎『ユーゴ内戦』(平成18年 東京大学出版会)107頁は,1992年に は,各地で起きていた捕虜収容所における虐待関連報道がなされ始め,特にボ スニア北西部のオマルスカ収容所の情況が国際メディアによって詳細に報道さ
させた点などにおいて41),本裁判所の創設の意義は大きいと評することが 可能であろう。ただ,ニュルンベルク裁判は四大戦勝国によって設置され たのに対して,ICTYは安全保障理事会の一機関であるために加盟国が協 力することを要求されている点に両裁判所の大きな違いを見出す見解もあ るけれども,前者の被告人は迅速に逮捕・処罰されたが,後者においては 勾留されるべき被告人が逮捕されておらず公判開始が遅くなったり,裁判 所がハーグにあり,現に戦争が続いている地域と距離が離れていることも あって手続が非常に遅いといった点や,加盟国の協力が真に要請されるよ うな事態が現にあり得るのか必ずしも明らかでない点等を踏まえると,後 者に期待されていた前者との差異は間もなく色褪せて映るようになった面 もある42)。
れて,ボスニア内戦の非人道性の象徴ともなり,これがICTY設置に繫がって 行ったと述べる。
41) 多谷千香子『「民族浄化」を裁く─旧ユーゴ戦犯法廷の現場から─』(平成17 年 岩波書店)ⅳ頁など(これに対して,稲角光恵・前掲「� 集団殺害犯罪
(ジェノサイド罪)」77頁は,ICTYにおける事件の数々を見るならば,ICTYが 殆どの事件で集団殺害犯罪について立証するに至っておらず,ICTYの設立を 象徴していたミロシェヴィッチ事件が被告人の死亡により終了したことは,旧 ユーゴスラビア領域で行われた集団殺害犯罪の事実解明とその法的評価の機会 を逸する結果ともなってしまったと述べる)。
また,1995年11月のデイトン合意の付属文書�のボスニア・ヘルツェゴビナ 憲法により,ICTYによって科された刑期に服する者・訴追下にある者等は,
ボスニア・ヘルツェゴビナの領域において公的地位に立候補すること等が出来 ないと定められるに至り,ICTYはボスニア・ヘルツェゴビナの新たな政治体 制に関わる指導者の資格を確認する機関となった。ここにおいて,ICTYは,
犯罪行為の責任の追及に加えて,将来の国家体制に関わる者を決定することに なったとも言え,旧ユーゴスラビアの平和構築において重要な一機能を担うこ とが確認されたと評価されている。望月康恵・前掲書『移行期正義』75-6頁。
42) 但し,�(5)でも触れたように,ミロシェヴィッチがハーグに移送される 2001年半ば頃から,ICTYも,政治的意図によって真相を曇らせるという側面 が弱まり,真の裁判機関として脱皮し,個々の事件の審理について偏った見方 に左右されずに,歴史の真相を洗い出すようになっていると主張されている。
⑵ いずれにせよ,個人責任を追及することは,国家の脆弱化に直面し た場合に国際法の実効性を少しでも確保し得るという意義や,集団として の国家・民族集団等に責任を観念的に帰すのではなく,実際に犯罪を行っ た個人の責任を明確にすることによって,個人に対する抑止効果が期待さ れると同時に,国家間・民族集団間などに和解の基盤が形成されるという 意義を有すると指摘される43)。ところで,この個人責任を問う点に関し て,上記と重なる面もあるが,国際犯罪の訴追44)は,①応報・②抑止・③
比較法雑誌第47巻第�号(2013)
多谷千香子・前掲書『「民族浄化」を裁く─旧ユーゴ戦犯法廷の現場から─』
165頁以下,169頁など。
43) 古谷修一・前掲「国際刑事裁判権の意義と問題」�頁以下など参照。
44) ICTY設立規程は,1991年当時,既に国際慣習法として確立していた戦争犯 罪だけを管轄犯罪とした(平和に対する罪は含まれない)。即ち,①1949年の ジュネーヴ条約Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳの重大な違反の罪,②戦争法規及び慣習に違反 する罪,③人道に反する罪,④ジェノサイド罪(集団殺害犯罪)であり,①・
②は歴史的に古くから存在し,狭義の戦争犯罪と呼ばれる。③・④は,歴史的 に見ると比較的新しく,1929年のジュネーヴ条約Ⅰ・Ⅱは保護対象者を限って いたので,被害者が無国籍であったり,犯人と同じ国籍だったりすれば,保護 の枠外に置かれてしまうという難点があったため,連合国は「国際人道法違反 の中でも特に重大な違反」については,これらの者を含めて保護対象とするた めに,ニュルンベルク裁判において③を適用した。④は,民族・人種・宗教的 な集団の全部又は一部を抹殺する罪で,③の一種であるが,その中でも特に極 悪な犯罪であるため,1948年ジェノサイド禁止条約が特に作られ,別の罪名と 構成要件を得るに至った(ICTY規程第�条・ICTR規程第�条は,ジェノサイ ド禁止条約と同様の定義を採用している)。そして,③・④は平和時に犯され ることもあるものの,戦争時に犯されることが多いため,③・④を含めて戦争 犯罪と呼ぶことがあり,広義の戦争犯罪とされている。多谷千香子・前掲書
『「民族浄化」を裁く─旧ユーゴ戦犯法廷の現場から─』10頁以下,多谷千香子
「旧ユーゴ国際刑事裁判所の活動」芹田健太郎他編『講座国際人権法� 国際 人権法の国際的実施』(平成23年 信山社)389頁,稲角光恵・前掲「� 集団 殺害犯罪(ジェノサイド罪)」80頁以下,安藤泰子・前掲書『国際刑事裁判所 の理念』68頁以下,78頁以下,ステファニー・クープ『国際刑事法におけるジ ェンダーと暴力』(平成24年 日本評論社)44頁以下など。ジェノサイドの語源・
展開については,長有紀枝『スレブレニツァ』(平成21年 東信堂)25頁以下。
自由の隔離・④改善更生といった,多様な刑罰論上の目的を促進すると共 に,大規模な暴力によって破壊された社会にとっての,法の支配の導入の 促進,集団的責任の最小化,正確な歴史的記録の作成といった,特有の目 的をも促進するとも主張される。しかし,国際犯罪の訴追がこれらの目的 の一部乃至全部を促進するものかについては疑問視する向きもあり,ま た,少数の高位の犯罪者に訴追が限定される場合に,これらの目的が促進 されるのかにつき問題が生じていると指摘されることもある。そして,ま た,多くの事例で国際犯罪の訴追によってなされる目的は,名目上は,国 内犯罪の訴追によってなされる目的と同じであるが,広範囲の暴力犯罪と いう文脈において異なった輪郭を呈しているとも論じられる。具体的に は,例えば,①応報は,違法行為に対する刑罰が将来の犯罪を抑止するか らではなく,悪は非難されなければならないということ自体を理由とし,
全ての悪は罰せられるべきであって,処罰割合が高い程,応報目的は達成 されると考えるが,国際司法制度は国際犯罪に対応する設備を完備してい る訳ではなく,国際犯罪の訴追を充分に達成することは出来ない。また,
国際犯罪の被害者はある種の応報の欲求を典型的に示すが,国際刑事司法 に対する現在のアプローチは,自警行為を回避する方向に傾くため,被害 者の意見を完全に無視する恐れがあるとも言われる。次に,②将来の犯罪 遂行を抑止することは,国内犯罪に対する刑事制裁の賦課の主要な正当化 理由であるが,国際刑事司法制度は効果的な抑止力を備える程成熟しては いない45)。国際刑事裁判所が存在していても大量の残虐行為を抑止出来て いないという事実は驚くべきことではないが,抑止は科刑が確実になされ
45) 国際刑事裁判は,無力ではないが完全な強制力を持つ訳ではないという意味 で,曖昧な強制力を有しており,ここから訴追による強制の威嚇が充分でな く,しかし,他方で相手が要求を受け容れれば訴追を取り止めるという充分な 確証を与えることも出来ない為に,訴追対象者に政策変更を促す充分な誘因を 提供出来ないとも説かれる。下谷内奈緒「国際刑事裁判のディレンマの政治構 造」日本平和学会論『体制移行期の人権回復と正義』[平和研究第38号](平成 24年 早稲田大学出版部)61頁以下などを参照。
ることによって達成されるところ,国際法上の犯罪者の殆どが,訴追され ないとの確信に近い認識を有しているため,公判が抑止効を殆ど持たない ということになる(他方,下位の被疑者が訴追されることになれば,上位 の犯罪計画立案者レヴェルの者達が罰せられる可能性が高くなるため,彼 等の犯行抑止に資すことにはなり得るであろう)と論じられる。そして,
③自由の隔離について,ICTYは,被告人に長期の拘禁刑を科すことは,
裁判所によって有罪者の敵意ある行為から社会を守ることを可能にすると 考えていたが,確かに国内犯罪について言えば,有罪が多いということ は,それだけ犯罪者が現実に自由を剝奪されるということになるから,自 由剝奪・隔離にとってプラスということになる。しかし,国際犯罪の領域 においては,増加する犯罪を自由の隔離によって対応することは,国際犯 罪の犯人の多くが隔離される必要がないと考えるのならば,労力に応じた 利益が伴わないということになるとも主張される。更に,④改善更生につ いて,犯罪者の改善更生を図る国家とは,法を破る者を法を遵守する者に 変えることを企図する。アメリカ合衆国においては改善更生というコンセ プトは刑罰学的目的としては一般に放棄されているものの,当該コンセプ トが流行している時期においては,拘禁されている犯罪者が累犯を犯すこ とがないように,治療を施すことに主眼が置かれた。このように一国内に おける改善更生の努力は犯罪者が拘禁されている際になされるが,国際犯 罪で有罪となった者には,政治的文脈があることもあって,かかる国内犯 罪におけるアプローチが奏功しないことがあり得るともコメントされてい る。そして,以上の刑罰論上の目的に加えて,国際犯罪の訴追は,既に言 及したように,法の支配の確認といった,大規模な暴力によって破壊され た社会にとっての特有の目的をも促進すると言われるけれども,国際犯罪 の訴追が,社会乃至国際的共同体が法の支配を遵守している点を表してい るか否かは,どの位の数の訴追がなされているかに掛かる。この点,犯罪 者の大部分にアクションを起こさぬ儘に少数の訴追を行うということでは,
法の支配の受容を促進するというよりも寧ろ侵害するということになりか ねないという懸念がある。また,公判は,副次的目的であるにせよ,真実
比較法雑誌第47巻第号(2013)
を語る機能をも有し,この目的ゆえに,アド・ホック裁判所はその主要目 的の一を歴史的記録の創出と考えているのであるが,にもかかわらず,刑 事公判は歴史的真実の詳細な解析に最適の装置では必ずしもないという点 も広く承認されている。更に,被告人の権利を保護する目的で設計された 手続的ルールも,関連事実を明らかにするというよりは,寧ろ曖昧にする ことに貢献することが多いであろう──このような主張もなされている。
以上の点に照らすなら,国際犯罪の訴追の割合が増えるならば,訴追側 が促進を企図していた目的達成に基本的には大きく貢献することになろう が,訴追の数が極めて少ないのであれば,刑事訴追の目的を促進するとい うよりも寧ろ侵害することになり得よう。この点で,国際刑事裁判所が高 位の犯罪者にターゲットを絞りつつ,財政的問題などゆえに,訴追の遂行 のために有罪答弁に依拠するという事態が生じれば,訴追が想定する上記 のような目的が果たして達成されるのかという論点も浮上し得よう。本節 以降で採り上げる各裁判所における司法取引に関する実務情況の検討に際 しては,かかる点も視野に入れることが必要となる面もあるようにも思わ れる。
⑶ しかし,ともかくも,以上のように,1990年代に国際刑事裁判所は 設立された。これら裁判所は関連犯罪に責任のある個人の内�かの割合を 訴追したに止まってはいるものの,各々の裁判所が訴追した被告人は一握 り以上の数にはなっている46)。そして,�で触れた点とも重なるが,訴追 の仕方がランダムに映る点,訴追が行われても,多くの訴追が遂行可能な ように裁判終了の時期を明示することをしない儘に裁判が運営されている といった点などは,安全保障理事会が東ティモール重大犯罪パネルに対す る資金提供を停止し,ICTY及びICTRの終了に向けて動き始めた動向に 伴い,減退している。加えて,裁判終了の時期の到来という動きが見えた ことに伴い,裁判所は,審理項目の障碍を除去するという戦略を採ること
46) 2011年時点で,ICTYは161名を起訴し,88の公判が完了,121名の被告人に 対 す る 事 案 に 決 着 を つ け た と さ れ て い る。Dermot Groome, “The Right to Truth in the Fight Against Impunity”29Berkeley J. intʼl L. 175-, 187 (2011).
を余儀なくされた47)。その戦略の一つが,でも言及したように,答弁取 引であった48)。確かに,軍人や民間人の指導者に指示された構造的な犯罪 は,広汎な地域に亘って,長期の期間に及び,無数の被害者を伴うもので あって,やる気が阻喪するような規模の捜査やその後に続く訴訟を抑えよ うとする手法が出て来るのも不自然ではなかった。そして,それにもかか わらず,重大犯罪で起訴された人物に対する公判は時間を要し,コスト高 であったから,証拠収集の困難さという障碍を乗り越え,高位者の責任追 及に資することが可能となる答弁取引・答弁合意が,ICTYなどのアド・
ホック裁判所において関心を持たれたのは当然のことであった49)。しか し,そのICTYにせよ,ICTRにせよ,当初の段階においては,答弁取引
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47) ICTY(ICTRも同様であるが)は,もともと暫定的な裁判所として設立され
ており,2004年に捜査終了,2008年に第一審裁判終了……という形で,その任 務を次第に縮小させる,「出口戦略」が,2004年月26日の国連安全保障理事 会決議1534でも確認されている。その背景には,バルカン情勢が一応落ち着 き,国際テロ事件,イラク・パレスチナなど国際社会が対応すべき問題が山積 みする情況で,金のかかるICTYにそれ程関わっている訳には行かないという 実際的考慮が存したとされる。多谷千香子・前掲書『「民族浄化」を裁く─旧 ユーゴ戦犯法廷の現場から─』164頁など。
48) 殺人の訴追は故殺の訴追に,ジェノサイドの訴追は戦争犯罪の訴追にといっ た形で,有罪答弁と交換に訴追のレヴェルを減じるように取引することは訴追
(起訴)取引と呼ばれる。また,有罪答弁と引き替えに検察官が特定の量刑を 請求することもあるが,これは量刑取引と呼ばれる。アド・ホック裁判所では このつの取引形態が用いられている(国際犯罪においては,犯罪の定義が広 く,被告人は複数の異なる行為に関与するため,国内犯罪のように細分化され た犯罪を起訴したりしなかったりするという訳には行かず,検察官が,犯罪行 為の法的乃至事実面での記載を変更するような態様のものでなければ,効果が 認められないとも評されている。See e.g., Nancy Amoury Combs,“Procuring Guilty Pleas for International Crimes: The Limited Influence of Sentence Discounts”supra at 76, 79.)が,後に触れるように前者の起訴取引には,真実 を語るという国際刑事司法の目的を歪めるとの批判があり,注目が寄せられて いる。
49) See e.g., Alan Tieger and Milbert Shin,“Plea Agreements in the ICTY”3 J. Intʼl Crim. Just. 666-, 668-9 (2005).
を大きく活用しようとは考えていなかった。一つには,初期の時点では,
被告人の数が少なかったため,検察官が手続を促進する必要がなかったと いう事情が存したが,二つには,重要な国際犯罪においては舞台裏での交 渉は全く不適切なものと映ったということもある。そして,第三に,
ICTYの検察官の多くは大陸法系諸国出身であり,既に述べたように,そ こでは,従前は,答弁取引は広汎には行われていないという事情もあっ た。この点は裁判官においても同様で,交渉的な措置は,当初,ICTYの 裁判官により拒絶されており,免責を許すことや,答弁取引の実務は規則 に入り込む余地がない旨,ICTYにおける最初の年次報告書において,裁 判官達は述べていたという。ICTY法(the Statute)第20条は,「公判裁判 部(第一審裁判部。Trial Chamber)は,起訴状を読み,被告人に答弁を 行うように指示する。その後,公判裁判部は公判期日を指定するものとす る。」旨定めており,文言からは,被告人が有罪答弁を行うか否かにかか わらず,公判裁判部は公判を想定しているようにも見える。また,手続・
証拠規則第62条(第�項)の原版は,「公判裁判部は被告人が最初に出廷 した時に有罪答弁をするか無罪答弁をするかを求めなければならない」旨 定めており,被告人による有罪答弁を想定してはいたとも言えようが,有 罪答弁を行わない場合は,無罪答弁手続に入り,記録係に公判期日を指定 する旨指示すると定めるのみで,有罪答弁手続については,今一つ明確で はなかった。ただ,1995年�月30日の第�版において,第�項「無罪答弁 の場合は,記録係に公判期日を指定する旨指示するものとする」,第�項
「有罪答弁の場合は,記録係に予備量刑審問期日を指定する旨指示するも のとする」と定め,被告人による有罪答弁を想定していることが明らかに なったと言い得る。手続・証拠規則上は,被告人が手続の極めて早期の段 階で,公判における裁判を受ける権利を放棄することが出来る旨が暗黙の 内に示されていたと言え,答弁合意・答弁取引に道を開いたと評すること が可能であろう50)。しかし,法律及び規則上は,有罪答弁の定義や,法
50) PRINCIPLES OF EVIDENCE IN INTERNATIONAL CRIMINAL JUSTICE,
的・手続的な考慮事項に関する指針は含んでいなかったため,有罪答弁の 選択上便宜でない所があった。この基に,以下で触れるICTYの最初の事
例(Erdemovic事件)において被告人が有罪答弁を望んでいた際,指針が
ないことによる問題性が顕在化した。当該事例において被告人は人道に反 する罪について有罪答弁を行い,公判裁判部はこれを受け容れて,戦争に 関する犯罪の訴因を退けて被告人に10年の拘禁刑を科したが,被告人が上 訴したため,公判裁判部は,有罪答弁を受理する前提条件である,任意 性・必要な情報が通知されていた点・明確性が充足されていたかについて 検討することになった。これらの要件及び事実的基礎以外の追加的要件
(答弁は,事実について両当事者間に重大な不一致がない限り,充分な事 実的基礎によって支えられることになる)は,ICTY及びICTRの手続的 規則の修正に際して組み入れられ,その後の修正に際しては答弁合意の締 結に関しても規定され,検察官が起訴を修正して特定の量刑乃至量刑の幅 を相当と認めるか,被告人の量刑についての要求に反対しないという点が 定められるに至った。また,答弁合意は公判裁判部を拘束しない(公判裁 判部は答弁合意のための交渉に参加しない。ただ,答弁合意を発効させた いのならば,公判裁判部は答弁合意を受容する必要がある)が,公判裁判 部に知らせられなければならないとされたのである。このような経緯を,
以下ではやや具体的に述べてみたい。
⑷ ICTYの手続に関する規則においては答弁合意の可能性について想 定はされていたが,裁判所が創設された時点では有罪答弁は不愉快で不必 要な制度と考えられ,初期において,ICTYは,被告人に対して,有罪答 弁を促すような努力は特に行って来なかった。戦争において残虐行為をし た者に対する訴追は高貴なものであり,取引による処理には馴染まないと も考えられた。かかる事情もあり,アメリカ合衆国におけるような被告人
比較法雑誌第47巻第�号(2013)
edited by Karim A. A. Khan, Caroline Buisman, Christopher Gosnell, 2010, Oxford University Press, New York, pp. 174-7; Gideon Boas, James L. Bischoff, Natalie L.
Reid, B. Don Taylor III, INTERNATIONAL CRIMINAL PROCEDURE, Volume III, supra at 214-5.
の協力と引き換えに被告人に対して全面的乃至部分的な証言免責を認める 制度の導入も退けられていた。その後,ICTYが証言免責を完全に認めて いるかは明確でないが,ICTYは証言する被告人について,有罪答弁に対 して減刑を認めている点は確かであり,設立後十数年の間に有罪答弁の取 得・対応方法には大きな変化が生じたと言い得る。
即ち,ICTYにおける最初の�つの有罪答弁は答弁取引を通して取得さ れたものではなかったが,その後の数年間で取引の性質・範囲は劇的に変 化した。ICTYにおける最初の有罪答弁の事例は,Erdemovic事件であり,
被告人(Erdemovic)は人道に反する罪や戦時法規または慣例違反の罪の 訴因で起訴され,人道に反する罪について有罪答弁を行った。第一審・上 訴の過程で被告人が有罪答弁をするに際して,取引の外観はあったもの の,被告人は慈悲を期待してはいなかったと,検察官は公判裁判部に繰り 返し伝えている。ただ,本事件において,被告人の主張に対応する形で,
上訴裁判部は有効な有罪答弁の法的要件について初めて取り組み,有罪答 弁が任意であること,起訴の性質と結果について充分に情報を与えられて 理解していること,有罪答弁が曖昧でないことという要件を提示した51)。
51) 本事例では,後の先例となることが充分に意識され,特に有罪答弁の有効性 について重要な指針を提供したと評せられている。即ち,第一審判決(1996 年)においては,量刑の具体的決定には犯罪の重大性と個別事情が考慮される が,ここでは上官命令・悔悛・検察官に対する協力・人格について軽減要因と 認定され,犯行時に被告人は23歳で充分更生可能と考えられたために10年の拘 禁刑を言い渡された。これに対して被告人が上訴し,上訴裁判部(1998年)で は,基本的前提として有罪答弁の有効性が問われ,被告人による有罪答弁は充 分な説明を受けた上ではないので無効とし,被告人に再度陳述の機会を与える 為に第一審と異なる公判廷に事件を付託した。そして,新たな公判廷におい て,被告人は改めて戦時法規または慣例違反の罪を認めたため,検察官は人道 に対する罪の訴因を取り下げた。ここにおいて,有罪答弁の要件に関して,裁 判部は,①自発的という要件については,被告人が有罪答弁の結果を理解し得 る精神状態にあり,脅威や誘導・約束によって影響されていないことが必要で あり,②有罪答弁は充分な説明を受けた上でなされ,被告人は自らの罪の性質 と有罪答弁の結果を理解し,何に対して有罪を承認しているかを知っている必
このErdemovic事件上訴裁判部判示の基礎にある理屈は,McDonald判事 とVohrah判事の手になる統合分離意見(the Joint Separate Opinion)であ り,これを執筆した内の一人であるMcDonald判事がアメリカ合衆国市 民で,公民権を手掛ける弁護士及びテキサス州南部の地方裁判所判事の経 験もあったことに照らすと,その連邦法廷での経験が,Erdemovic事件に おける答弁に対する考え方に大きな影響を及ぼしていると推測することが 出来よう。そして,連邦判事として,McDonaldは連邦刑事訴訟規則第11 条の定めを遵守するよう要求され,その連邦刑事訴訟規則第11条には,地 方裁判所が有罪答弁を行う際の手続等について定められていたから,この 第11条が,上記統合分離意見に影響を与えたことも明らかと言い得よう
(Erdemovic事件上訴裁判部の判示における諸要件は,規則第11条の条項 の一部かその類推であるとも解し得る)52)。
この基に,Erdemovic事件上訴裁判 部の判示を受けて,ICTY(及び ICTRも)は,1997年11月に手続・証拠規則を改訂して,第62条のに註 記のつの要件を組み込み(②は,1998年12月の改訂で追加されている), 且つ犯罪が起訴され,被告人が当該犯罪に関与したことについての充分な 事実的基礎の存在を充足するという要件をも併せて規定して,この要件の 形で基本的に現在に至っている53)。
比較法雑誌第47巻第号(2013)
要があり,③有罪答弁が曖昧でないという点について,刑事責任の承認と矛盾 する主張を伴ってはならないと述べた上で,減刑事情として,年齢・人格・悔 悛・積極的協力等に加えて,被告人が生かすか生かされるかという極限状態に あったことから強制の存在を認定し,戦時法規または慣例違反により年の拘 禁刑を宣告した。篠原梓「国際刑事裁判所における判例の形成」横田洋三・山 村恒雄編『現代国際法と国連・人権・裁判』(平成15年 国際書院)480-3頁;
http://www.icty.org/x/cases/erdemovic/cis/en/cis erdemovic en.pdf[平成25 年月10日最終確認].
52) See e.g., Julian. A. Cook, III,“Plea Bargaining at The Hague”30Yale J. Intʼl L.
supra, at 478-480.
53) 2001年12月の改訂で第62条のが追加され,アメリカ合衆国連邦刑事訴訟規 則を参考に,答弁合意手続について定められた。これは,その時点における答 弁合意についての実務を正当とし,答弁取引・答弁合意を司法及び公の場で検
次のJelisic事件においても,有罪答弁は答弁取引を通じて得られたの ではなかった。被告人(Jelisic)は,ジェノサイド・人道に反する罪・戦 時法規または慣例違反の罪の訴因で起訴され,ジェノサイドについては無 罪の答弁をしたが,戦争犯罪と人道に反する罪について有罪答弁の意思を 示し,両当事者は,有罪答弁の事実的基礎に関する合意を交わして,訴追 側は戦争犯罪と人道に反する罪の一部を取り下げた。だが,訴追側弁護士 は,Jelisicの答弁と引き換えに何も提供する気はなかったと述べており,
実際,彼等はJelisicに対して,最も厳しい刑を求刑したのである(訴追 側は戦争犯罪と人道に反する罪の訴因の一部を取り下げたが,訴追側によ れば,これはJelisicの譲歩に対応したものではなく,証拠の不備による ものであったという)。そして,公判裁判部もJelisicの有罪答弁には相対 的な重要性しか与えられないし,訴追側に対する協力も減刑事情には当た らないとした54)。
しかし,その後,有罪答弁が伴う答弁取引の性質と範囲が劇的に変化す る。Todorovic事件は,被告人(Todorovic)の答弁が(量刑)取引によっ て得られた最初の,且つ独特の事例であったが,検察官はTodorovicによ る有罪答弁及び逮捕の適法性等に対する厄介な異議申し立ての撤回を確保
証出来るようにしたものである。この改訂の後に,ICTYにおける答弁合意の 数は漸増し始めたという。
猶,第62条の�によれば,公判裁判部は両当事者の合意に拘束されない。尤 も,有罪答弁の処理に従う量刑の多くは両当事者によって指示された範囲内で 科刑がなされているが,本文でも触れるように,公判裁判部による量刑の幾つ かには検察官による勧告の範囲を超えているものも見られる。
54) 上訴裁判部においても,戦時法規または慣例違反によって唯一の訴因で有罪
とされたErdemovic事件と比較して,強制・訴追側に対する実質的協力・悔
悛という減刑事情が本件においては欠けているとされ,また,有罪答弁や年齢 といった減刑要因は第一審で既に考慮されていて,その重要性の承認や訴追側 への協力が実質的であるかという判断において,第一審が裁量の範囲を超えた という主張は充分とは認定されなかった。その結果,40年というJelisicの拘禁 期間は変更されなかった。篠原梓・前掲「国際刑事裁判所における判例の形 成」483-5頁など。
するために,彼の減刑を提案したのである55)。Todorovic事件以後,有罪 答弁の割合は暫くは比較的安定していたが,2003年に至って�件が有罪答 弁によって処理され,同年における公判の数の倍となった。この増加の原 因には種々の要因があったが,最も大きい要因は,⑶及び�⑺�でも触れ たような,ICTYの閉廷計画という安全保障理事会のプレッシャーに伴う 訴追の喫緊の必要性,また,アメリカ合衆国・ブッシュ政権の裁判所に対 する資金提供管理政策であった56)。これにより,従前ならば公判が開催さ れた事案について,答弁取引を行おうと強く企図するというだけでなく,
答弁取引の種類,及び有罪答弁を行った被告人に与えられる譲歩の価値に ついても拡がりが見られるようになったのである。
上記で触れたように,ICTYは,当初,コモンローの影響の強い当事者 主義的手続を採用していたが,複雑な事件をより迅速に審理するために,
次第に職権主義の色彩を強めて行った57)。そして,�でも触れたように,
有罪答弁は大陸法系には異質な制度であるから上記流れと必ずしもリンク する訳ではないけれども,ICTYはアングロ─アメリカの伝統に従い,陪 審は採用しないものの,公判裁判部に入る前に被告人は有罪乃至無罪答弁 を申し立てなければならず,有罪答弁を行った場合は,公判はすぐに第二 段階に進み,適切な量刑に関する審理のみが行われるという手続を定め
比較法雑誌第47巻第�号(2013)
55) Todorovicは,初めて法廷に出頭した1998年�月に全ての罪について無罪の
答弁を行い,続いて逮捕・拘禁の違法性を争って釈放を求めた。そして,2000 年11月に有罪答弁がなされ,減刑の合意が結ばれた。判決は,Erdemovic事件 と比較して,有罪答弁・検察官に対する協力・悔悛という点では一致するが,
Erdemovicは約70名を殺害したのに対して,Todorovicは�名しか殺しておら
ず,一方で,Erdemovic事件で認められた強制の要素が本件においては欠ける し,上官の地位と残酷性という加重事情も考慮されなければならないと述べ,
結局,Todorovicに10年の拘禁刑を科した。篠原梓・前掲「国際刑事裁判所に おける判例の形成」486-8頁など。
56) See e.g., Julian. A. Cook, III,“Plea Bargaining at The Hague”30Yale J. Intʼl L.
473-, 475 (2005).
57) 尾崎久仁子「国際刑事裁判所の現状と課題」『刑事法ジャーナル』第27号
(平成23年)50頁,森下忠・前掲書『国際刑事裁判所の研究』11頁など。
た。審理開始前に被告人が有罪答弁を行えば,被告人の有罪の証明は必要 とされず,弁護権とか証人審問権等々の被告人の人権条約上の権利が放棄 されたかのように取り扱われる。ここにおいては,手続の迅速な終了とい った点が長所として打ち出されており,有罪答弁は訴追機関が重要な争点 に力点を置き,訴追の煩雑な調査から解放されることを可能にしたのであ る。
このような有罪答弁・答弁取引の進展に対しては,声高な批判が諸団体 や個人から提起されていた。例えば,①迅速に公判を進行させようという 圧力は,被告人の人権,ひいては裁判所の健全性(integrity)を侵害する 恐れがある,②答弁取引は言語道断な残虐行為・戦争犯罪には不向きであ り,適用されるべきでない,③答弁取引は歴史の正確な記録の進展を妨げ る,④答弁取引戦略の採用は,戦争被害者から大虐殺についての現実に直 接的に関連する足掛かりを奪うことになる,といった批判である。しか し,これらに対して,答弁取引の出現を支持する立場からは,①答弁取引 は被告人の真の刑事責任を正確に反映している,②交渉・協議による対応 によって,検察官は貴重な証言を得ることが可能となる,③有罪答弁は既 に公判で充分審理された行為に付属するものであって,歴史的記録は既に 多くの場合に作られており,証言の追加はそれに余分に付加するものであ るから,歴史的記録に支障となるといった批判は当たらない,④交渉によ る解決は,戦争被害者に一区切りついたという感覚をもたらすものであ る,⑤答弁取引は,財務コスト・証人不備を最小化するメカニズムと考え られるとの反論がなされている58)。
⑸ ICTYにおける,当初の答弁取引数件について言えば,交渉は量刑 のみに関して行われた。起訴取引の場合は,有罪答弁と引き換えに検察官 が特定の起訴をしないという合意を行うことになるが,初期のICTYの答 弁合意において起訴の取り下げは見られたけれども,それは,充分な証拠
58) See e.g., Julian. A. Cook, III,“Plea Bargaining at The Hague”30Yale J. Intʼl L.
supra, at 475-6.
に裏付けられていないためであるとか,当該撤回が有罪宣告や最終的科刑 における事実的基礎に影響していないという理由によるものであったか ら,取引にはならなかった(既に触れたように,Jelisic事件における,検 察官による起訴取り下げも証拠上の不備によるものであったとされる)。
更に,Todorovic事件においては,検察官は,27の訴因の内,殆ど全てで
ある26の訴因を取り下げたが,Todorovicが有罪の答弁をした,そのつ の訴因が最も重大な訴追であり,これは,取り下げた訴追全てに見られ る,事実に関する主張を伴っていたため,これも起訴取引とは言えないと されている59)。
しかし,上述の安全保障理事会による事件処理の迅速化の必要性が生 じ,また,高位の被告人を訴追するためには証拠が不足していることがあ り,それをフォローするためには,低位の被告人が保有する情報が非常に 価値があるということもあって,取引の重要性・必要性が明らかになって 来た。そして,2002年に,Milan Simic事件において,ICTYの検察官は,
起訴取引(charge bargaining)を導入した。Simicは,人道に反する罪と しての虐殺,人道に反する罪としての拷問等々で起訴され,共同被告人と 共に,2001年月,公判に進み,2002年月に人道に反する罪としての拷 問について有罪答弁を行った。当該有罪答弁と引き換えに,検察官は残り のつの起訴を打ち切ったが,Simicは,検察官に対して他の事件で使用 するための情報を提供することは拒んでおり,答弁合意には,当該合意を 当該事案における他の被告人に対する証拠としようとすることを検察官に 対して禁じる条項が含まれていた。有罪答弁と引き換えに残りの起訴を取 り下げた点は,取り下げた起訴犯罪が,Simicが有罪答弁をした同じ行為 に関するものであり,且つ有罪答弁を行った拷問の犯罪が,取り下げた訴
比較法雑誌第47巻第号(2013)
59) 検察官には,通常の被告人に寛大な求刑を提示しようという傾向はなく,
Todorovic事件や後述するSimic事件の場合は,その特異性に照らして簡略に
処理したいという意図から被告人に量刑上の利益を与えたものと言えよう。
See, Nancy Amoury Combs,“Procuring Guilty Pleas for International Crimes:
The Limited Influence of Sentence Discounts”supra at 92.
因の対象である犯罪よりも重大と思われたため,Simicにとって価値はな かったが,虐待(persecution)の訴追の取り下げを含んでいた点は,以 上と対照的に,当該訴追が,Simicが有罪の答弁をしていない行為を含ん でおり,当該行為自体がSimicが認めた行為よりも遥かに重大であったた め,重要な譲歩となった。実質的な証拠が訴追を補強していたようであ り,また,Simicによる有罪答弁が実質的な資料を補っていた訳ではなか った(Simicの共同被告人が公判で一貫して自己の有罪を争っていた)以 上,Simicに対する虐待を検察官が取り下げようとした点は,一見不可思 議に見えるが,Simicは,体調に問題があり,これを除いて迅速に裁判を 進める要請から,検察官は立証可能な起訴を取り下げたのである。一方,
Simic事件における起訴取引は,その結果として生じる量刑に関する取引
にも影響を与えた。両当事者は�年〜�年の拘禁刑という量刑要求で合意 したが,かかる低い量刑は,もし虐待の訴因に対して有罪の答弁を行って いれば考えられないものであった(検察は,Simicの有罪答弁が手続過程 の大分後に出たものであること,Simicが協力を拒んでいたことのため,
犯罪の真実面の深掘りに関する範囲について余り寄与しないと思われると いうことから,Simicによる有罪答弁に殆ど重きは置かなかったといった 点で,不満はあったものの,取引の結果は肯定して�年の拘禁刑を勧告 し,公判裁判部も,被告人の健康状態は本来減刑事由にはならないが,人 道上の理由から特別事情として斟酌すべきであること,被告人が後悔の念 を表明していること等を考慮して,同一の刑を科した)。
起訴取引は,次の�件の有罪答弁においても重要な役割を果たした。
Playsic(被告人名)事件・Nikolic(被告人名)事件・Obrenovie(被告人 名)事件がこれであるが,いずれも,検察官は,裁判所の管轄の中で最も 重大な犯罪であるジェノサイド罪の訴追を取り下げている。有罪答弁に際 して,これら�名の被告人は,取り下げられた訴追の基礎をなす同じ行為 を認めていたため,取り下げは有罪の事実的基礎を歪めたものではなく,
また,当該取り下げは量刑に重要な影響を与えている(ジェノサイド罪で 有罪とされた者は概ね終身刑で,そうでなくても46年の拘禁刑を科せられ
たりしていたが,Playsicに対して検察官は15年〜25年の拘禁刑を勧告し,
公判裁判部は11年の拘禁刑を科した。また,ObrenovieとNikolicについ ては,訴追側は15年〜25年の拘禁刑を勧告し,公判裁判部は17年及び27年 の拘禁刑を科した)。
その後の事例では,ICTYの検察官は,Simic事件におけるような露骨 なタイプの起訴取引は行っていないと評されている。これは,公判裁判部 が歴史的事実を歪める結果となる実務──但し,それ自体は望ましくない ものの,当該事例が歴史的事実を歪めるような起訴取引であるかどうかを 判断することは,必ずしも容易ではない──に批判的だったためというこ とがある。犯罪についての歴史的記録を歪める起訴取引は望ましくない が,かかる取引が何時起こっているかを判断することは必ずしも容易では ない。例えば,Jokic(被告人名)事件で交わされた答弁取引は,事実を 歪めた訴追取引に見えたが,実際はそうでなかった(検察官は証拠が不充 分な訴追を諦めたか,限られた資源を別の事件に用いようと判断したよう に思われた)。また,Deronjic(被告人名)事件も,被告人は当初起訴状 における�つの起訴事実全てに無罪の答弁を行っていたが,後に�度目に 修正された起訴状において,�つの訴因に対して有罪答弁を行い,裁判官 は残りの起訴事実を落とすことを認めていて,起訴取引の疑念があった事 案であったが,その疑念に特段の根拠はないようであった。一方,事実を 歪める起訴取引は,Mrda(被告人名)事件でも,発生したようである。
そして,稀ではあるものの,答弁取引に則って�つの起訴の取り下げをす る こ と で,よ り 重 大 な 起 訴 に つ い て の 有 罪 に 道 を 開 く こ と が あ る。
Nikolic[被告人名]事件がその例であるが,Bralo(被告人名)事件にお
ける有罪答弁も,更に稀な事案であり,被告人が有罪答弁の意思を示した 後,検察官は,一定の起訴を取り下げなかったのみならず,当初起訴され ていた犯罪よりも重大な犯罪の起訴を追加した。
⑹ そして,起訴取引と同様に,ICTYにおける量刑取引も大きな変化 を経験している。Todorovic事件後の�つの事例に見られるように,ICTY の答弁取引では,初期において,検察官は,有罪答弁を行った被告人に対
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して非常に穏やかに量刑上の譲歩を提案したが,穏やかな余り,公判後に 有罪宣告をするのと,有罪答弁後に有罪宣告するのとで,量刑上の違いが 存在するのかという点についてはクリアでなかった(Todorovic事件はそ の例外と言えよう。しかし,その後も,Simic事件では,検察官による虐 待の訴追の取り下げにより,Simicは非常に大きな利益を得たものの,有 罪答弁を行った犯罪についての科刑はそれ程減じられなかった)。
その後,有罪答弁と引き替えに,訴追側が行う量刑勧告は,相当寛容な 形に劇的に変化し,他方,その度合いが強くなり過ぎたので,公判裁判官 との考え方との対立が際立つようになって,公判裁判部に対する影響力が 低下した。その結果,2003年12月のMomir Nikolic事件判決に至って公判 裁判官による揺り戻しが起こり,公判裁判部が,被告人と検察官が合意し た量刑の範囲外の厳しい科刑を行うといった形で推移が見られた60)。公判 裁判部は,ある被告人が訴追側に重要な情報を提供したために大きな譲歩 を受け,一方,開示すべき重要情報がない被告人はそのような譲歩を受け られないというような,答弁取引に内在する不公平さについては懸念を示 していたが,同時に,資源の節約,犯罪の否認の防止,平和・調和の形成 といった答弁取引の利益をも認識しており,その結果,答弁合意に則って 行われた有罪答弁は,一定の場合に相当ではあるけれども,慎重に捉えな ければならず,正義の利益を促進する場合にのみ発動されるべきであると 考えていた。従って,被告人が大量虐殺において重要な役割をしていたこ と等を理由に15年〜20年の懲役という訴追側が薦めた量刑について,公判
60) 2003年を頂点とする有罪答弁及びそれに伴う量刑については,世間から非常 に批判的な目で見られ,被害者団体や法学者等が寛容な量刑に対して激しく批 判したことも一因となって,ICTYにおける有罪答弁に対する関心・数は2003 年以降下落していったと指摘される。See, Nancy Amoury Combs,“Procuring Guilty Pleas for International Crimes: The Limited Influence of Sentence Discounts”supra at 98-[他に,答弁取引を強く支持した訴追側のMichael
Johnson氏が辞職したことも理由の一とし,最大の要因は,後に触れる減刑の
確実さが失われたために,被告人のインセンティヴを失わせた点にあるとす る].
裁判部が正義の利益を促進しないと判断して,被告人を懲役27年の刑とい う,より厳しい量刑とした事例も存在する61)。公判裁判部は,被告人が自 己の更生に積極的な役割を果たしたかとか,起訴前にICTYの検察官に協 力したかとか,質問に回答することに合意した点,関係者を有罪にするよ うな情報を提供することになることを認識した上で,当該関係者の家屋を 訴追側が捜索することを許可した点,有罪答弁を行った点等を減刑事由と して斟酌した(但し,これらの事由が存在したからと言って直ちに訴追側 の薦めた減刑内容通りになる訳ではなく,被告人の犯罪行為に対する関与 の度合いといった訴追側との事実評価の違いを別としても,野蛮さの度 合・犯した犯罪の数・被害者や関連共同体の利益等の別途ファクターの斟 酌を行っている)62)。この点については,交渉に基づく措置の魅力は減刑 の確実さであり,多くの被告人が検察官と取引を行うインセンティヴの主 なものは,量刑に関する一層の確実さに対する期待であるとされ(有罪答 弁と引き換えに充分な減刑がなされると信じるからこそ,被告人は有罪答 弁を行う),合意された条件と乖離して量刑が増える可能性が高まる程,
取引に対する魅力は低くなると論じられており,ICTYにおいて,例え ば,Dragan Nikolicの事例やMomir Nikolicの事例で,上訴裁判部で若干 緩和されたものの,公判裁判部が検察官の勧告よりも高い科刑を行ったた めに,交渉に基づく処分の魅力が著しく減じられ,それならば公判におい て機を窺った方が良いと考え,以降,ICTYにおいて有罪答弁を行う被告 人が�かなものとなるに至ったとの指摘も見られる63)。
⑺ 有罪答弁を行った被告人で,有罪判決に対して上訴する者もいる。
比較法雑誌第47巻第�号(2013)
61) 無論,公判裁判部が,訴追側の薦めた刑は,妥当な量刑を反映していると判 断した事例も存する。
62) 別の法廷に移送されずにICTYで審理されることを条件に有罪答弁をする例 も見られる。
63) Nancy Amoury Combs,“Procuring Guilty Pleas for International Crimes: The Limited Influence of Sentence Discounts”supra at 99-100; Gideon Boas, James L.
Bischoff, Natalie L. Reid, B. Don Taylor III, INTERNATIONAL CRIMINAL PROCEDURE, Volume III, supra at 224.
公判裁判部が量刑の加減事由の評価を誤ったと,有罪答弁を行った被告人 が主張することはしばしばあるが,公判裁判部は量刑に関して大きな裁量 を有しているため,被告人の異議申し立てが認められる可能性は低い。ま た,量刑について異議を申し立てている被告人は,答弁取引によって自分 達は利益を得ていない(答弁合意の基礎となっている内容と,被告人の刑 事責任に対する公判裁判部の見解とは乖離している)とも主張する。かか る公判裁判部の見解と答弁合意の内容との乖離は,公判裁判部の技術的誤 りによる場合もあるが,犯罪の重大性及び当該犯罪における被告人の役割 についての評価という,より本質的な部分に起因することも多い。この点 については,公判裁判部が量刑についての裁量権を濫用したとか,被告人 を脅かして有罪答弁をさせたなどの主張も被告人からなされるところであ る。そして,公判裁判部が被告人の減刑事由を考慮しなかったとして訴追 側が被告人の上訴・異議申し立てを支持することも多い。
公判裁判部が現実に対して正当な考慮を払わなかったとしても,上訴裁 判部が減刑事由を適切に考慮し,被告人が取引を行った範囲内で量刑を正 当に行うことはあり得る。従って,公判裁判部が被告人が有罪答弁をする 気を失わせたのに対して,上訴裁判部が将来の有罪答弁への道を開いたと 評価し得る事態も存したのである。
⑻ 以上のように,反論はあるものの,答弁取引がICTYにおいて安定 した存在になっていることは明らかと言えよう。ただ,その適用範囲は一 定の事案に限定されており,また,答弁合意が適用される犯罪も,拘禁刑 がそう長くはない相対的に軽微な犯罪がメインであるという傾向にある。
これに加えて,完全な公判を受ける権利を放棄することを選択する被告人 の数が比較的少数であるという点を踏まえると,有罪答弁による措置は国 際刑事裁判所における事例においては,依然相対的にはマイナーな役割に 止まっているとも評せられる。そのこともあって,ICTY,またICTRな どにおいて,Erdemovic事件で要件が確立して以降,有効な有罪答弁のた めの法的要件について,立ち入った検討は必ずしもなされて来なかったと も評されている64)。それゆえ,Erdemovic事件以降,公判裁判部の量刑決