「勇気」への問い
プラトン『プロタゴラス』篇の問題
吉 田 雅 章
Socrates on Courage in Plato,s乃ro砲8roz25 Masaaki YosHIDA
要 旨
プラトンの『プロタゴラス』篇は、古来そのすぐれた劇的描写力によって名作の誉れ高 い対話篇であるが、その哲学的内容に関しては、さまざまな議論を呼び起こしてきた。と
りわけ、対話篇の最後に位置している、「勇気と智慧」の関係をめぐって提出される「快楽 う
主義」は、彼の他の対話篇に見られる「快楽主義」排斥の主張と相容れないものとして、
現在も論争の的となっている。そこで、二二よりも必要なのはテキストの正確な読みに基 づく本対話篇の理解であろう。本論は『プロタゴラス』篇の「勇気と智慧」をめぐる議論 を読み解くための序論的考察である。第1節では、先ず「勇気をめぐる第1の議論」に対 してさまざまな形で浴びせかけられた批判をテキストの読みから郁け、この議論の基本的 な構成がプロタゴラス(そして「多くの人びと」)の「勇気」の信念をより明確にするため のものであることを明らかにし、第2節では、こうした諸家の批判の発端となったと思わ れる、対話相手プロタゴラスの反論の語るところを詳細に検討し、それがソクラテスの議 論の誤解に基づいていることを明らかにする。第3節では、プロタゴラスの「勇気は魂の 生まれつきとその善き養いから生じる」という主張が「勇気」から知的要素を剥ぎ取るも のであり、それは 「勇気」を何か不可知なものとしてしまう点を指摘し、第4節では、プ ロタゴラスの「勇気」の信念の真偽が「美醜」という観点から問われており、その「美醜」
こそが情念に翻弄される人のあり方から、徳(アレテー)へと人のあり方を拓いて行く最 も重要な観点であり、そして「美」への顧慮がないとき、「善悪」は結局「快苦」としてし か把握され得ないことを示し、第5節では前節を受けて、現象(情念)の持つ力を奪うの は、情念に拘束されているあり方そのものを「美しいのか、醜いのか」と問うことによる のであり、そう問える力は、無知に気づくことによって生み出されることを指摘する。
キーワード:勇気、知、快苦、善悪、美醜、情念
はじめに
0.1本論考で取り上げようとするのは、『プロタゴラス』篇の「アレテーはひとつで あるか」という問い(アレテーの一性の問題)を中心とする議論の中で、「勇気」をめ
ぐる議論の箇所である。この議論に比べれば、これに先行する「正義と斜度」の関係 の議論、「知と思慮(節制)」の関係の議論、或いは中途で立ち消えになる「正義と思 慮(節制)」の関係の議論は、それ自身としてよりは、むしろ「勇気というアレテー」
を主題化しゆくための準備段階として語られているように思われる(1)。「勇気」をめぐ るこの議論は大別すれば、三つの議論に分かたれ(1.349E1−351B2,2.351B3−359A1,
3.359A2−360E5)、この内、この第2番目の議論が、第1番目と3番目の「勇気」.をめ ぐるふたつの議論の橋渡しをする構成を取っているが、この第2番目の議論の中には、
快と善の同一説、いわゆるアクラシアの否定、快苦の計量術としてのメトレーティケ
ー・ eクネー、心理的快楽主義などの問題が含まれおり、この箇所をめぐってこれま でさまざまな解釈が輩出している。この第2番目(橋渡し)の議論をどう読み解いて 行くかに、『プロタゴラス』篇理解のひとつの大きな鍵があることは間違いがないであ
ろ.う。
0.2 しかし、この議論をめぐり、諸家によって展開される論争は、まったく反対の評 価が与えられるほど、異論の多い箇所でもある。テキストそのものが何か巧妙で、し かも錯綜した構成を持ち、またソクラテスによる「快楽主義」の導入など、他の対話 篇と齪齪すると見られる主張も含まれているのである。したがって、この箇所を読み 解いて行くには、そうした錯綜した複雑な議論の展開を詳細にわたって検討すること が必要と思われるが、同時にそうした作業はまた、この対話篇のこの箇所が、そもそ も何を問題にしているかという、その基本的な枠組を看取した上のことでなければな らない。本論考は、その基本的な枠組を取り出し、『プロタゴラス』篇を読み解いて行 くための序論的考察であるが、.ここでは、「勇気」と「智慧」との関係が直接に問題に なっているふたつの箇所(349E1−350B2,359A2−360E5)を中心に取り上げ、このふたつ の「勇気をめぐる議論」の橋渡しをする箇所は、いくらの点について触れるだけに留 め、その詳細を検討することは別稿に委ねることにしたい。それは、紙幅が膨大にな るということもさりながら、その橋渡しをする議論の箇所を読み解いて行くには、こ こで「勇気」が主題化された際の、その最も根底にある問題が何であるかを明らかに しなければならないと考えるからである。以下、1〜3節において、「勇気をめぐる第
1の議論」を取り上げ、4〜5節では「勇気をめぐる第2の議論」を検討することに
する。
1
1.1「勇気をめぐる第1の議論」(349E1−350C5)、ならびにそれに加えられたプロタゴ ラスの反論(350C6−351B2)について、検討の対象として取り上げなければならないこ とは、大別して次のふたつのことであると思われる。先ずひとつは、(1)この箇所の議 論の持つ意義、即ち、プラトンは何をめざしてこの議論を展開しているのか、その基 本的な狙いは何かという問題であり、そしてもうひとつは、(2)この議論の有効性に関 わる様々な問題、即ち、プロタゴラス自らが異議を申し立て、またそれを手がかりと して諸家が持ち出した、ソクラテスの論証の論理的な誤りに関わる諸問題をどのよう に考え、そしてどのような回答を与えるべきかという問題である。
このふたつの問題のうち、(1)の問題についてなら、人はそれに答えることは別段難 しいことではないと考えるかも知れない。即ち、[P1]:「勇気は他の四つのアレテー とは著しく異なる」という主張の根拠づけとして、プロタゴラスが持ち出した[P2]:
「まったく無知でありながら、きわだって勇気ある人がいる」という証拠に対して、
「智慧が勇気である」ことを示すことであった、と。しかしそのことは、ソクラテス がプロタゴラスの立場を論難し、自らの教説として「智慧が勇気である」ということ を主張しようとしているのだとの理解に立つものであるのなら、私はそれに従うこと はできないと思う。プロタゴラスのソクラテスに対する異議申し立ての箇所も考慮に 入れるとき、私には、ソクラテス(プラトン)がプロタゴラスの主張に対抗して、「智 慧が勇気である」ことを自らの主張として論証しようとしているのだとは思えない。
だが、これまで現れたこの箇所に関するさまざまな注釈の多くは、このソクラテス
(プラトン)の議論の意図をそのようなものと暗々裡に前提した上で、果たしてその 論証が「智慧が勇気である」という結論を支えるに十分なものであるかどうかという、
(2>の問題に集中し、その論理的欠陥を声高に指摘するが、ソクラテスがこうした議論 を展開した真の狙いが顧みられることは極めて少ないのである(2)。勿論、この箇所の議 論の意義を見定めて行くには、この議論の有効性に関する問題を無視して通るわけに は行かない。そこで、本節では、議論の有効性をめぐる疑義を検討するとともに、ソ クラテスの展開した議論とこれに対して異議申し立てを行ったプロタゴラスの反論の もっている意義を明らかにするために、ソクラテスの議論の構成を確認しておきたい。
1.2そこで、先ず簡単に、これからの検討の便宜のために、ソクラテスの議論の概要 を次のようにまとめておく。
[A1]:「勇気ある人は大胆である(3)」
[A2]:「しかも(勇気ある人は)多くの人びとが恐れて向かおうとしない事柄へ突き
進む人でもある」
[B] 「徳は全体として美しい(したがって、勇気も美しい)」
[C1] 「知識のある人びと(潜水夫、騎馬術を持つ人、楯兵)は大胆である」
[C2] 「彼らが大胆であるのは、知っているからであり、それ以外の理由からではな い」
[C3] 「すべての事柄について、知識のある人は、知識のない人より大胆であり、そ れぞれの人においても学べば、学ぶ前に比べて、大胆となる」
[D1] 「それらのすべてについて知識がないのに、そのおのおのに対して(あまりに も)大胆である人がいる」
[D2] 「そのような大胆である人は、勇気があるのではない」
[D3] 「(もしそうなら)勇気はみっともない(醜い)ことになる。その人びとは気が 狂っているのだから」
[E] 「勇気ある人は大胆な人である」
[F1] 「そのような仕方で大胆な人は勇気があるのではなく、気が狂っているという ことは明らかである」
[F2] 「逆にかの場合には、この最も智慧ある人はまた最も大胆であり、大胆であっ て最も勇気がある」
[F3] 「このロゴスに従えば、智慧が勇気である」
1.3 このように構成された議論に対して、前述のように、その有効性をめぐり、さま ざまな議論が繰り広げられている。その場合、この議論の論理的な欠陥として指摘さ れるのは、次の点である。プロタゴラスの当初の主張は、[P2]:「智慧がないのに、
きわだって勇気ある人がいる」ということであったから、これを反駁するには、「勇気 は智慧である」を示せばよいが、これに代えてソクラテスは、[F3]:「智慧が勇気で ある」ということを示そうとしている。即ち、「智慧」が勇気の必要条件であるばかり ではなく、「智慧」が勇気の十分条件であることを示そうとした点に、この論証の最大 の過誤があるというのが、この議論の最も標準的な理解である。
さらに、プロタゴラスに同情的な人は、プロタゴラスの「勇気ある人が大胆である ことには同意したが、大胆な人が勇気があるということには同意しなかった」(350C6
−9)という言葉を手がかりに、ソクラテスが「不当な換位(illicit conversion)」、ない し「勇気ある人と大胆な人は同延である(coextensive)」と看倣す誤りを、[E]と[F2]
において犯していると指摘し、またプロタゴラスの反論に対してソクラテスがそ知ら ぬ顔で答えず、まったく新しい議論へと移行することをもって、ソクラテスの論証に 論理的な誤りがあったと想定する(4)。一方、ソクラテスの議論に好意的な人は、ソクラ
テスが[D1, D2, D3]、[F1]で「すべて大胆な人が勇気あるのではない」を示すのに 腐心している以上は、申し立てられるような「不当な換位」を犯していないことは認
めるものの、ソクラテスの推論からは、「勇気は智慧である」(智慧は勇気の必要条件)
なら、論理的な過誤を犯さずに安全に導くことができても、しかし「智慧が勇気であ る」(智慧は勇気の十分条件)ということは導出できないと考えて、その点をこの推論 の弱点として挙げつらい、ソクラテスがこれを導出した事情をいろいろと憶測する(5)。
以下において先ず、こうした論理的な誤りを見ようとする諸家の見解の主要なもの を取り上げ、その申し立てが正当なものではないことを示し、次にこの議論の構成を より明瞭に確認する作業を試みることにしたいが、こうした問題に対して、最も適切 な回答を与えているのはWeiss(6)である。少なくともソクラテスの議論の中に、諸家の 申し立てる論理的欠陥はないことを明らかにしている点で、彼女の見解は至当である
と思われる。以下、彼女の検討を参考にして、上記に指摘した問題を見ておく。
1.4先ず注目しなければならないのは、この議論で用いられている「知識ある人一智 慧ある人一智慧(0ε6π乙σ吻μ0レεザ〇三σ0φ0乏一方σ0φ乏α)」という言葉が何を指してい
るかということである。ソクラテスが「知識(智慧)」と「大胆さ」を結びつけて行く 際[C1]に、その「知識」とは、いわゆる「技術知」の領域に限定されている。しか
も、彼が掲げた三つの事例はすべて、それを行うことが「危険を孕み、危険が予想さ れる」行為であるから、ソクラテスは先ずその行為の遂行が「危険を孕む」ような行 為の領域に限定して、そこではそれぞれの事柄について「知識を持つ人」が大胆に振 舞うのではないかと問うたのである。したがって、Weissが言うように(7)、結語の
[F3]:「智慧が勇気である」を、このようなコンテキストから切り離した上で、あた かも「すべて智慧ある人(知識ある人)は勇気がある」を意味しているかのように理 解するのは厳に慎まなければならない。取り上げられた智慧への領域の限定は、続く
[D1]においても付けられており(π如τωレτo物ωレ,翫αστατo物ωy,350B2−3)、
さらに[D2, D3]、[F1, F2]における。δτo乙という指示語は、明らかに、智慧の領 域限定をも含んでいる。ここで取り上げられた「智慧」が、以上のように、「危険を孕 む」行為についての知識(技術知)であるという点は、この議論全体の意味を見定め る場合に、ひとつの重要なポイントとなる。
さらにこれと並んで重要なのは、[C2]に見られるように、この場合の「知識ある人 が大胆である」その原因ないし理由が、まさに「知っていることによるのか、別の理
由によるのか」(π6τερoレδ乙6τ乙翻σταレτα一分δ♂左λλoτ乙,350A1)が問われ、「知
っていることによる」とのプロタゴラスの同意を得ているという点である。
次に、ソクラテスが「不当な換位」を行っているのではないかと疑いの目が向けら
れた箇所[E]と[F2]に関するWeissの指摘も極めて適切で:ある。彼女は、(1>
θαρραλεo町に冠詞が付されたとしても、[E]「勇気ある人は大胆な人である」を必ず しも「勇気ある人と大胆である人との同一」を表す表現と理解する必要はなく、もし ギリシア語の用法が、単なる述語づけの場合にあっては、冠詞の使用を明らかに禁じ ているのなら、プロタゴラスが蹟いて[E]に同意した理由が分からなくなると、先ず 指摘する(8)。次に、(2)プロタゴラスのソクラテスへの反論の最初の箇所で、プロタゴラ スは「勇気ある人と大胆な人が同一であるかどうか」とソクラテスに尋ねられたとさ え考えていないという点を指摘し、そして最後に、(3)ソクラテスが犯したと看倣され ている[F2]における「不当な換位」については、一そしてこれが最も重要である
と思われるのであるが一κα≧翫ε2αδという言葉に注目して、「大胆な人」が、「知識 を持っていて、大胆である」場合と「知識を欠いているにもかかわらず、大胆である」
に二分されるとき、この「知識を持っていて大胆である人」についてのみ、「大胆な人 は勇気がある」,と言えるという点を指摘して、[F2]の「大胆な人は勇気がある」にま つわる困難を除去するのである(9)。
以上の諸点が明らかになるとき、ソクラテスが示そうとしていたのは、まさしく「智 慧が勇気である」ということであったと言えよう。即ち、「危険を孕む事柄について知 識を持っている人が大胆である」その理由は、まさに「知っていることによる」ので
あり、しかも、「知識を持たない人」の大胆さは勇敢ではなく、気が狂っているが故の
「大胆さ」であるのなら、「知識を持っていて大胆である人」の「大胆さ」がそれに基 づくその智慧こそ勇気であると三三すのに何の差し障りもないであろう。ソクラテス は、その論の運びにおいて、論理的過誤の諦りを受けるいわれはない。
1.5だが、何故ソクラテスはこのような議論を展開したのか。それはかのプロタゴラ スの言葉を反駁し、そして「智慧こそが勇気である」ということを自らの主張として プロタゴラスに示すためのものであったのか、それとも別の狙いがあるのか。次にそ の点を中心にして、この「第1の議論」の構成を整理して見ておこう。
そもそもソクラテスがこの議論の締めくくりにおいて「智慧は勇気である」という 結論を導いて来たとき、前述のように、その「智慧」とは、それに対する知識を持た ない人が立ち向かえば、「危険を招来するような事柄のおのおの」について知識を持 ち、そのおのおのについて知識を持っているが故に「その危険を回避できる」ような そういう知識、即ち「如何にすれば、危険が避けられるか」の智慧であった。では、
何故そのような智慧がここで取り上げられたのか。即ち、ソクラテスが「勇気」と「知 識」の関係をつけて行く場面が、何故そのような特定の領域における技術知であった
のだろうか。
一体「大胆さ」(θαρσ6⊂)が発揮され、また逆に恐れ(φ6βoT)が生じる、最も一般的 な場面は、その行為の遂行が「危険を孕んでいる」場合であろう6ソクラテスの問い に対して、プロタゴラスが承認した[A1]の「勇気ある人は大胆である」と、これに 彼が進んで付け加えた[A2]の「しかも多くの人びとが向かうのを恐れる事柄に突き 進む人でもある」との応答は、当然ながら、同じ事柄について「それに突き進む人」
と「それを恐れて向かわない人」の存在を示しているが、こうした違いが生じる場合 としてソクラテスが取り上げているのが、「危険を孕み、危険が予想される行為」につ いて知識を持っているか否かという区別である。その場合、知っている人は「どうず れば危険を避けられるか、危険を招かないで済むか」を知っているが故に、そうした 事柄へ大胆に向かって行くが、知らない人は「どうずれば、危険を回避できるか」の 知を有していないが故に、それを恐れて向かわないのである。
したがって、このような智慧がここで取り上げられたのは、プ馬丁ゴラスの[A1]
と[A2]の言葉(信念・思い)がそこに目を向けて語られ、或いはそこから繰り出さ れてくる場面(それは同時に、その言葉を根拠づけ得る場面でもあろう)、即ち勇気あ る人が「大胆であり、多くの人びとが恐れて向かわないものに向かう」のは、彼らが
「如何にすれば、危険を回避することができるか」の知識を持っているからに他なら ないと、こう語れる場面の「ひとつの候補」として示すためのものであったと言えよ
う。
しかしそのことが果たされるには、もうひとつの点に関してプ三三ゴラスの信念・
思いを確かめ、障害を取り除くことが必要であった。というのは、それらの「危険を 孕む」事柄のおのおのについて、知識を持たないにもかかわらず「大胆さ」を発揮す る場合があるから、このような場合の「大胆さ」は勇気であるとプロタゴラスが考え ていないことを確かめておく必要がある。プロタゴラスが「アレテーは全体として美 しい(したがって勇気も美しい)」という信念[B]によって、これを否定するとき、
先の勇気ある人が「大胆であり、多くの人びとが恐れて向かわないものに向かう」の は、彼らが「如何にすれば、危険を回避することができるか」の知識を持っているか らに他ならないということ、つまり、「勇気ある人が大胆に振舞う」その根拠として、
「如何にすれば、危険を回避することができるか」の知識が指定され、まさしく「勇 気ある人」をそれたらしめているものとして、その智慧がその候補として自ずと帰結 することになる。それが、[F3]:「最も智慧ある人こそが、(その智慧の故に)大胆で
あって勇気がある」の語るところであろう。
このような仕方で見てきたとき、この第1の議論は、ソクラテスがプロタゴラスの 見解に対して、これを反駁し、自説を展開する論証ではなく、むしろ彼の議論はプロ タゴラスの[A1, A2]の言葉(信念)を出発点として、それが成り立ちうる場面のひ
とつを候補として指し示し、それが[A1, A2]の言葉が語られうる場面であると言え るためのひとつの障害を、プロタゴラスのもうひとつの言葉である[B]によって取り 除くことで、プロタゴラスの[A1]と[A2]の言葉の出てくるところを確定しようと する試みであったと言えよう。そしてこの点に関しては、さらに家のことに注意して おくべきである。この第1の議論では、[A1, A2]のプロタゴラスの信念は、その議 論の出発点となっているのであって、その信念そのものの真偽は未だ問われていない
し、論駁の対象ともされていない。しかしそれがプラトンにとってその真偽を問われ なければならないものであることは、「勇気をめぐる第2の議論」(359A2−360E5)で明 らかとなる。そして第2の議論で問われるのは、この[A1, A2]と[B]のふたつの 信念の矛盾をめぐってである。
2
2.1さて、これまで見てきたように、ソクラテスの議論が申し立てられたような論理 的誤りを含んでいないばかりか、プロタゴラスに対する反駁や自説の論証でもないと すれば、何故プロタゴラスは、ソクラテスに異議申し立てを行い、彼の議論が論理的 な誤りを含んでいると考えたのであろうか。また何処に、どのような論理的な過誤が あると考えて、ソクラテスを論難したのか。先ず、その問題を考えてみることで、プ ロタゴラスにそうした反論を語らせた、プラトンは狙いが何であったのかを見て行く 手がかりを得よう。
我々は、諸家の異議申し立てに対して、Weissの見解を参考にすることで大いに得 るところがあったが、しかしでは彼女は、プロタゴラスが何処にその論理的誤りを見 ていると考えるのか。その箇所はソクラテスが、その結語直前に語る[F2]:「最も智 慧ある人びとは最も大胆で、最も大胆であれば(あるからには)最も勇気がある」と いう言葉にあると、彼女は語る(10)。しかし、これは正しいのであろうか。その点を検 討するためには、プロタゴラスの異議申し立ての言葉を詳細に検討してみることが必 要である。しかもそれを検討することによって、これまで申し立てられてきた諸家に よるソクラテスの議論の論理的過誤に関して、これを読み誤りとして卸け、そしてこ の箇所の持つ議論の意義を明らかにするに、一層強固な立場を確立することが可能に なると思う。
2.2先ず最初に、プロタゴラスの反論の前半部分(350C6−D2)に注目しよう。彼の反論 は、自分が言ったことをソクラテスがよく記憶していないという指摘で始まり、そう 語る理由を先ず、(a)「あなたに、[A1]勇気ある人びとは大胆であるかと尋ねられた
ので、同意したが、また[C−A1]大胆な人びとは勇気があるかとは尋ねられなかっ た。だってもしそのとき、そう尋ねられていたなら、すべてがそうではないと言って いたであろう」と指摘する。諸家のソクラテスに対する論理的誤りの申し立てばここ に由来し、諸家の目もここに集中しているが、しかし、プロタゴラスはこれにすぐ続 けて、(b)「勇気ある人は大胆なのではない、つまり、私の同意(即ち、・[A1]:「勇気 ある人は大胆である」)が正しく同意されなかったということを君は何処においても明 示してみせなかった(o硲αμ00枷εδε乙ξα《,350D2)」と語り、ソクラテスの論証が成 立していないと主張する。先ず我々が注目しなければならないのは、彼のこの後者の 箇所の主張である(11)。というのは、プロタゴラスのこの言葉はソクラテスの議論が、
自分の最初の「勇気ある人は大胆である」という同意を反駁するためのものであった とプロタゴラスに受け取られているということを明らかに語っているからである。即 ちプロタゴラスは、この議論が彼の「勇気ある人は大胆である」という同意を間違っ た同意として、これを反駁し覆して、「勇気ある人は大胆なのではない」ということを 示すために組み立てられたソクラテスの論証であり、しかもその論証は成立していな いと受け止めていることになる。
だが、[A1]:「勇気ある人は大胆である」を否定し、「勇気ある人は大胆なのではな い」を論証することがソクラテスの狙いではないことは、少なくともこの議論の箇所 に関するかぎりは、既に明らかである。では、何故プロタゴラスは、ソクラテスの議 論がそのような論証に狙いを定めたものであると受け取ったのであろうか。
その手がかりは、ソクラテスの議論の内の、次の箇所に求められるであろう。既に 見たように、350B1から始まるソクラテスの議論は、「危険を孕む様々な事柄について 知識がないのに、大胆である人は勇気あるのではない」という点の同意を取り付ける
ことにあった。それは、一般的な言い方にすれば、当然「すべて大胆な人が勇気ある のではない」と承認することに他ならないであろう。そしてこの承認はソクラテスに とっては、「智慧が勇気である」という結論に導く重要なステップを成すものであっ た。だがもしプロタゴラスにとって、それが結論へのひとつのステップではなく、そ れ自身が彼のかの同意に対するソクラテスめ反駁の結論と見られているとすればどう であろうか。私には、先の(b)の言葉に定位するとき、プロタゴラスの異議申し立ての ひとつは、実はこの点にあるように思われる。それはどういうことなのか、もう少し 説明を要するであろう。
ソクラテスの議論が、仮に、プロタゴラスの同意である[A1]:「勇気ある人は大胆 である」を否定する意図の下に構成されているとするなら、これを遂行する最も簡単 な方法のひとつは、当然「勇気ある人の内の或る人は、大胆でない」ということを示 すことであろう。しかるに、ソクラテスが実際の議論の中で専念していたのは、[F1];
「大胆である人の早る者は勇気があるのではない」ということを示し、同意を取り付 けることであった。即ち、それは[C−A1]:「大胆である人は勇気がある」を否定す るものではあっても、[A1]:「勇気ある人は大胆である」を否定するものではない。
しかし先に見たように、もしプロタゴラスが、[F1]:「大胆な人はすべて勇気あるの ではない」というソクラテスの議論のひとつのステップを、彼の同意への反駁と捉え ているのだとすれば、それがそれへ反駁であるとされるその同意は、[C−A1]の「大 胆な人は勇気がある」でなければならないだろうし、プロタゴラスは彼の[A1]の同 意を、ソクラテスが[C−A1]として取り違えた、と受け止めていることになるのでは ないだろうか。
そうだとすれば、以上の検討からするとき、プロタゴラスの異議申し立てば、次の ようになると思われる。もし仮に、自分の同意が、[C−A1]:「大胆な人は勇気がある」
というのであったならば、ソクラテスは「すべて大胆な人が勇気あるのではない」と いうことを示すことで、自分の同意[C−A1]が正しくなかったと反駁したことになる が、しかし自分は[C−A1]:「大胆な人は勇気がある」ということに同意したのでは なく、[A1]:「勇気がある人は大胆である」ということに同意したのだから、ソクラ テスの反駁は無効である、と。ソクラテスはあたかも自分が[C−A1]:「大胆な人は 勇気がある」と同意したかのごとく錯覚した上で、この同意を反駁したと考えている が、それは自分が同意した[A1]への反駁とはならない。プロタゴラスによって気ソ クラテスの議論はこのように受け止められていたのである(12)。だが、勿論言うまでも なく、ソクラテスはプロタゴラスが述べた通りに[A1]を[A1]として受け止めてい たのであり、決してそれを[C−A1]と錯覚し取り違えてはいない。 むしろソクラテス がそう錯覚したと考えたのは、プロタゴラスの側の錯覚であり、その異議申し立てが 有効でないことは、これまで述べてきたところがら十分明らかである。
2.3 さてしかしでは、次に、プロタゴラスの反論の中で、後半部分(350D2−351B2)に 述べられることは、どのような意味を持っているか。私は既に、ソクラテスの議論の 締めくくりの部分(即ち、[F1, F2, F3])の3つの文章のうち、第1の文章[F1]:
「勇気がある人は大胆である」は、プ亡君ゴラスには、彼の同意への反駁と捉えられ ているのを見た。そして第2、第3の文章[F2, F3]は、ソクラテスが彼の同意に対
して反駁を加えた後に、今度はそれに代えて、ソクラテスが積極的な自己の主張を行 うものとして、プロタゴラスによって見られていたと思われる。そしてそのソクラテ スの主張は、先に見たように、ソクラテスがプロタゴラスの同意[A1]を[C−A1]と 錯覚しているかぎりで、無効であるとプロタゴラスは主張するのである。プロタゴラ スがソクラテスのものとパラレルな偽推論として提示した事例においても、これまで
私が述べてきた仕方で理解することを要求していると思われる。
今プ三崎ゴラスの取り上げたパラレルな議論をソクラテスの議論に対応させると、
[a1]:「強壮な人は能力がある」
[c3]:「知っている人は能力がある」
[f3]:「智慧が強壮さである」
となるが、勿論[a1]と[c3]から、[f3]を導くことはできない。これが可能なの は、[a1]を[c−a1]:「能力ある人は強壮である」に換位する場合であるから、もし 人が[a1]をあたかも[c−a1]であるかのように取り違え、或いは[a1]と[c−a1]
は等価であると思い違いしていた場合に、人はそこから[f3]の結論を導くことになる のである。プロタゴラスの主張のポイントはまさにそこにある。だからこそ、彼はこ れに引き続いて、[a1]と[c−a1]、さらに[A1]と[C−A1]が同じではないことを強 調することになる。それは、プ串本ゴラスが、ソクラテスは両者を取り違え、思い違 えていると看尽しているからであり、彼の反論の前半部分で指摘した点を、より具体 的にソクラテスに教示しようとするものであったろう。
ここで人は、このプ七言ゴラスのパラレルな議論からは、ソクラテスの[B]と
[D1, D2, D3]に該当する部分が欠落していることに容易に気づくであろう。何故こ の部分がプ上塗ゴラスのパラレルな議論から消し去られているかと言えば、先に述べ たように、その部分は[A1]に対するソクラテスの反駁部分であるとプロタゴラスに よって看倣され、二方[C1, C2, C3]、[F2,『F3]の線がソクラテスの積極的な論証部 分と彼によって見られていたからに他ならない(13)。
だが、プロタゴラスの反論の後半部分で、刮目すべきは勇気の起源に関する彼の主 張である。プロタゴラスの反論の前半と後半を通じての強調点は、今見てきたように、
[A1]と[C−A1]が同じではないという点にあるが、彼は同じではないというその理 由を、丁度、能力と強壮さとが同じではなく、能力は知識からも、狂気や激情からさ えも生まれるが、強壮さは身体の生まれつきとよき養い(鍛錬)から生じるように、
「大胆さ」は技術知からも、激情や気狂いからさえ生まれるが、勇気は「魂の生まれ つきとよき養い(凌πδφむσεω丁παZεむηoφZα丁τ6レψ〃κ伽、351B2)」から生まれ ると語る。
少なくともここでプロタゴラスは、ソクラテスが「勇気」の候補として掲げてみせ た「如何に危険を回避するか」の技術知については、それが「勇気」であることを否 定する。彼にとってそのような技術知は、勇気と並び、或いは気狂いや激情とさえ並 んで、「大胆さ」の由来するところではあっても、勇気の由来ではない(14)。それを否定 した上で、勇気は「魂の生まれつきとよき養い」から生まれると語るとき、それはこ の第1の議論とそれへの反論の全体にとってどれほどのこと を意味するのか。この点
の検討は次節に譲るとして、ここではさらに次のことを確認しておきたい。
2.4 これまで見てきたように、プロタゴラスの異議申し立てが決して正当化できない とすると、先のソクラテスの議論に、一そこには論理的な誤りは含まれておらず、
またその議論のすべてのステップにプロタゴラスは同意し、さらにプロタゴラスのそ れに対する異議申し立てば彼の誤解によるものであった一なお、プロタゴラスが言 うような、技術知を「勇気」の候補から外し、「魂の生まれつきとそのよき養い」を勇 気とするような余地が含まれていたのであろうか。踊る意味ではその余地が残されて いたと言える。
Cobbは、先の[D1](さらに[D2, D3]と[F1])をめぐって、「知識を欠いてい ながら、大胆である人」とは、「知識を欠いていながら、大胆である人すべて」ではな
く、そうした人びとの中の「或る人」を指しており、プロタゴラスはそれに同意した のだと指摘する(15)。この可能性は確かに認められてよいと思う。それはテキスト上、
「大胆である人すべて」についてとも、「大胆である人々の或る人」についてとも、ど ちらにも解し得るように思われ、どちらであるとの決定的な決め手は見いだせないの ではないだろうか(16)。確かに前節では、我々はこの箇所が「大胆な人」を「知識を持 つ場合」と「知識を持たない場合」の二分法で考えられていると解したが、もしソク ラテスがそこにかぶせようとしたこの二分法が破けているのなら、つまり「知識を欠 いていながら、大胆である或る人」は気が狂っており、そういう大胆さは醜いという ことにのみプロタゴラスが同意したのだと理解するなら、プロタゴラスはこの二分法 の網の破けをかいくぐって、なお、「知識を欠いていながら、大胆であって勇気ある人」
の存在を主張しえたことになる。 しかしその場合、問題になるのは、何故ソクラテス の議論がそうした逃げ道を塞ぎきれなかったかということではない。むしろ考えてみ なければならないのは、どちらとも解しうるような曖昧な表現によって、そういう隆 路の逃げ道を用意し、プロタゴラスに「勇気は魂の生まれつきとそのよき養いから生
まれる」と主張させた、プラトンの狙いは何かということであろう。
3
3.1前節での検討の結果、プロタゴラスの反論の意味について、我々が今手にしてい るのは先ず、(1)プロタゴラス自身は、ソクラテスが自らの言説を反駁しているのだと 捉え、その論証の不当性を唱えるが、それはそもそも彼自身のソクラテスの議論に対 する誤解に他ならないということであり、しかしそれにもかかわらず、②プロタゴラ スの「勇気の起源」をめぐる主張は、彼の同意やそれを前提とする対話の歩みとも矛
謝することなく主張し得るものであるということである。
プラトンはこのような手の込んだ仕掛けを用意することで、一体何を取り出そうと しているのであろうか。予見を含んで述べれば、私には、「勇気」を完壁な仕方で「智 慧」から孤立させることによって、「勇気」には全く関わらないとされた、プロタゴラ スの「智慧」の観念を逆に主題化することにあったと思われる。彼の「智慧」の主題 化にもひとつの別の仕掛けが用意されるのだが(17)、それによって彼の智慧の成立する 場と智慧の実体を暴き出し、それとプロタゴラスの「勇気」をめぐる信念・言説をつ
き合わせることで、「勇気というアレテーの成立」に抜き差しならない仕方で関わって いる我々の「知と無知」をめぐる測位を描こうとしたのだと思われる。こう述べた部 分のいくつかは、既にこの論考の範囲を超えるものであり、また「勇気をめぐる第2 の議論」で確かめなければならないことを含んでいるので、今はこの最初の部分、即 ち、プラトンの狙いが「勇気」を完壁に「智慧」から孤立させることにあった点を確 認しておこう。
3.2プ誤配ゴラスが、勇気は「魂の生まれつきとその善き養い」から生まれると言う 場合、彼はこの「魂の善き養い」がどのような営みであるかを説明していない。彼の 言う「魂の善き養い」の中にはなんらかの知的な要素が含まれているのか、それとも 訓練を積むことで得られる、危険に遭遇した際のなんらかの忍耐力の如きものが考え
られているのであろうか。
プロタゴラスの[P1]:「勇気は、智慧その他のアレテーからは著しく異なる」とい うことの証拠として述べられた[P2]:「極めて無知でありながら、際だって勇気ある 人は多い」という言葉は、言うまでもなく、「勇気というアレテー」がなんら知的要素
とは関わりなく成立することを述べたものと解されるが、プロタゴラスにあっては、
彼の教えるという「教養(パイデイア)やアレテー」は、常に諸々の技術知からは区 別されるものとして考えられているから、ここで言う「智慧や無知」は、彼が教える
というアレテーの場面で語られているものであろう。ソクラテスが[A1]に定位し て、そこから、「智慧を勇気の候補として示した」[F3]とき、ともかくも、プ兀立ゴ ラスは「危険を回避する」の知(智慧)が勇気であることを否定し、「勇気」の起源を
・「魂の生まれつきとその善き養い」に求めた。彼はそれによって当初の信念・思いを 堅持し、すべてを無疵のままに保全しえたかに見える。即ち、彼の立場は「無知であ るにもかかわらず、大胆であって勇気がある人がいる」のであって、その勇気は技術 知からではなく、「魂の生まれつきとその善き養い」から生み出されるということにな る。しかし、そのときプロタゴラスは、「勇気」から徹底して知的な要素を排除したこ とを知らねばならない。というのは、「如何にすれば、危険が回避できるか」の知も、
また彼が教えると考えたそれとは異なる知も、勇気からは排除されているからである。
ここから考える場合、彼の言う「魂の善き養い」のうちに、何か知的な要素が残され ているとは考えられないのである。プラトンが、先に見たように、隆路の逃げ道を準 備して、それを通して、プ一重ゴラスに「勇気が魂の生まれつきとその善き養い」か ら生まれると主張させたのは、それによって、プロタゴラスの「勇気」をめぐる信念 から、徹底してこの知的な要素を排除させることにあったと思われる。
3.3だが、一層重要なのは、次の点であろう。一体勇気が「生まれつき・素質」から 出てくると考えることは何を意味するのか。というのは、もしそうだとすれば、例え ば我々が誰かについて「勇気がある人」とか、終る人の行為について「勇気ある行為 である」と捉える場合、その把握はその人の「生まれつき・素質」に目を向け、それ に基づいていなければならないであろう。だが、それに目を向け、それに基づいて、
「勇気がある」という把握が成り立つそのような「生まれつきや素質」とは我々にと って可知なるものであるのか。そうではあるまい。勇気を「生まれつき・素質」から 出てくると考えることは、むしろ全く逆に、「勇気」を我々の決して知り得ない何かに 基づかせることに他ならないのである。それは「勇気がある」という把握が、一体何 処で成立しているかを語り得ないばかりか、そもそも「勇気がある」という把握を極 めて恣意的なものとしてしまうであろう。むしろそのとき我々はそういう説明によっ て、逆に人や行為について「勇気がある」ということを捉える場所を失うことにな る(18)。そしてそうであれば、そういう「生まれつきや素質」の把握の上に立てられ る、「その善き養い」という言葉も最早、実質的な意味を持たない。「生まれつき・素 質」が我々にとって不可知なものであれば、それを善 く養い育てると言ってもくそれ は全く意味を成さないだろう。「勇気が魂の生まれつきとその善き養育から生まれる」
とは、単なる想定に過ぎないのである。
3.4 さて、これまでの考察をよく顧みてみるとき、我々は次のように言わなければな らないのではないかと思う。ソクラテスの「勇気をめぐる第1の議論」も、それに異 を唱えたプロタゴラスの反論も、以上に見てきたところはすべて、プロタゴラス(さ らには「多くの人びと」)に「勇気」がどのように受け止められ、理解されているかを 描くことであり(19)、そしてそれは「勇気への問い」を遂行して行くための素材を整え ることであったということができよう。その最終的な狙いは、プ乱取ゴラスの「勇気」
をめぐる、こうした一群の信念が、結局は「勇気」が「魂の生まれつきとその善き養 育から由来する」という点た逢着し、そこに根づいていることを確認することであり、
そしてその確認は、前述のように、、我々の知り得ないものへ「勇気」を基づかせるこ
とに他ならないとプラトンは見ていたと思われる。プロタゴラスは、それによって「勇 気」から徹底して「知的要素」を切り落すことになるが、この切り落された「知」の 検討からプラトンは考察を開始する。それは知の理解(「知る」ということが語られる 場面)の歪みや濁りが、「勇気」の理解(そしてさらに他のアレテーの理解)にも歪み や濁りを生じているとプラトンは見ていたからだと思われる。
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4.1「勇気をめぐる第1の議論」から「第2の議論」へ、長い橋渡しの議論が我々の
「善き生」をめぐる「知と無知」の問題として主題化されるが、最初に述べたように、
ここではこの議論の詳細には、立ち入らない。直前に、第1の議論がこの橋渡しの議 論をどう準備しているかを見たが、ここでは「勇気をめぐる第2の議論」(359A2−360 E5)を検討することで、さまざまな議論を呼び起している、この「橋渡しの議論」をど のような観点から、如何に理解すべきかの手がかりを得たいと思う。
さて第1の議論では議論の対象にはならず、むしろ議論の前提とされた[A1]:「勇 気ある人は大胆である」、加えて[A2]:「多くの人びとが恐れて向かおうとしない事 柄へ突き進む人でもある」という命題が、第2の議論では検討に付されることになる。
即ち、ここで始めて、プ西田ゴラスの、そして「多くの人びと」の「勇気」をめぐる 信念を吟味するという仕方で、「勇気への問い」が遂行されることになる。
4.2 この「勇気をめぐる第2の議論」で、先ずもって問題になるのは、プロタゴラス の[A1, A2]:「勇気ある人は大胆であり、しかも(勇気ある人は)多くの人びとが 恐れて行こうとしない事柄へ突き進む人でもある」という同意(信念)の意味すると ころをめぐってである。この同意の中には、当然勇気ある人と臆病な人が「別のもの に向かう」ということが含意されている。では両者が向かうその「別のもの」とは一 体何か。臆病な人と勇気ある人はそれぞれ、「恐ろしくないものと恐ろしいもの」に向 かうのか。プロタゴラスは、その承認を「多くの人びと」に押し付け、自らは受け入 れを拒む(cf.,359C2−7)。彼の当初の信念[A1, A2]からすれば、彼はこれを認めな
ければならないだろう。しかし既に、「恐れは悪の予期」(358D5−E1)であり、「誰も恐 ろしいと考えているものに自ら進んで向かう者はいない」(358E4−359A1)ということ を認めているかぎり、プロタゴラスはそれを認めることはできず、臆病な人も勇気あ る人も、その人が向かおうとし、また向かおうとしないなんらかの行為について、そ れぞれ「その行為を恐ろしい、恐ろしくない」と看倣し評価している、そのかぎりで は(τα物〃γε,359D8)、確かに両者とも「同じもの(行為)」へ向かうことを受け入れ
なければならない。しかしそれなら、両者の区別はないと言うべきなのか。
人はこう考えるかも知れない。確かに「何であれ、それが恐ろしい」と評価される かぎりにおいては、勇気ある人も臆病な人も、それには向かわないということは認め なければならないが、しかし「何を恐ろしい」と評価するのかは、両者によって異な るのではないか。例えば「戦に赴くこと」を、一方の人は「恐ろしい」と考え、他方 の人は「恐ろしくない」と評価することがあろう。してみれば、何事であれ何か或る 行為を「恐ろしい」と捉えているその評価の場面では、勇気ある人も臆病な人もその 行為に向かうことはないが、「何を恐ろしい、恐ろしくない」と捉えるかは両者で異な
り、同じ行為を「恐ろしい、恐ろしくない」と捉えることもあるのだ、.と。
しかしもし、臆病な人が「恐ろしい」と捉えている、戦争に行くことを「恐ろしく ない」と勇気ある人が捉えている(恐れない)のだとすれば、「恐ろしくない」と考え る行為には誰もが向かおうとするわけだから、その人が別段、勇気があるとも言えな いことになろう。しかも、第1の議論の検討で見たように、技術知を備えた人が「多
くの人びとの恐れて行こうとしない事柄へ突き進む」のは、その知によって「危険を 回避できる」からであり、多くの人びとが恐れる事柄は、彼らにあっては「恐ろしい こと」とは捉えられていないのである。だから彼らはそれらの事柄に対して大胆に振 舞う。だが、そうした「危険を回避できる」知に基づく大胆さは、プロタゴラスにと って勇気ではなかった。
以上に見てきたところを整理すると、問題になっているのは、(a)これまでの「ロゴ スの運び」からすると、勇気ある人は、「臆病な人が向かうのは異なり、恐ろしいと考 える行為に向かう」とすることもできず、しかしまた(b)「プロタゴラス自身の信念」
からすると、「恐ろしくない行為へ向かう」とすることもできないというアポリアであ り、これがプロタゴラスが3与9C2−E1で直面している問題である。
4.3つき付けられたこのアポリアを前にして、その行為の評価に触れないままに、「一 方は戦に赴くが、一方は赴こうとしない、まさにその点で臆病な人と勇気ある人は正 反対のものに向かう」と当初の主張を繰り返すプロタゴラスに対し、ソクラテスの繰 り出す問いは、このアポリアにひとつの途をつけて行くものとなっている。ソクラテ スは最早、戦に赴くことを「恐ろしいと考えているか否か」とは問わず、「美しいこと
として行くのか、醜いこととしてか」(359E4−5)と問う。
ここで確認すべきは先ず、人が黙る行為を「恐ろしいか、恐ろしくないか」という レヴェルでのみ捉えているかぎり、先のアポリアは解決できないであろうということ である。そのことは、言い換えれば、或る行為を「恐れるか、恐れないか」というこ とだけを問題にするかぎり、「勇気というアレテー」を問題にできる場面はまだ現れて
いないということであろう。このソクラテスの問いは、あの「アレテーは美しい」と いう規定が忘れられ、そのことの持つ意義が十分な仕方で認められないところで、勇 気というアレテーが取り沙汰されていることに対して、殆ど決定的な問いとなる。第
1の議論で、知識を欠きながら大胆である人は「勇気がある」のではないとされるの も、そうした大胆さは決して美しいとは言えず、醜いものだからであった。そして、
この問いに境にして、「一般的に言えば、勇気ある人びとは、恐れる場合にも、醜い恐 れを恐れることはなく、また醜い大胆さを発揮することもない」(360A8−B2)し、他方
「反対に、臆病な人も大胆な人も気が狂っている人も、醜い恐れを恐れ、醜い大胆さ を発揮する」(360B4−6)と語られることになる。
ここでは既に、プ繭紬ゴラスの当初の[A1,2]は、否定されることになる。という のは、勇気ある人も、臆病な人も、行為に際して「恐れる」ことも、「恐れない」こと
もあるからである。そして勿論注目すべきは、その否定がどこで可能となり、何を意 味するかであろう。例えば、勇気ある人は「恐れる場合も、醜い恐れを恐れることは ない」と言われるが、これは「何か軋ることを恐れる場合、それを恐れることが醜い のであれば、それを恐れない」ということであり、他方臆病な人について「醜い恐れ を恐れる」とは、「それを恐れるのが醜いにもかかわらず、それを恐れる」ということ である。そしてこの臆病な人について、「何故そうであるのか」の原因として、「愚か さと無知」(δ♂5γレ。乙αレκαZ如α託αレ,360B7)が取り上げられ、それはさらに「恐る べきものとそうでないもの」の無知(方τ奇奇ε6酌レκαZμ勿δε〃6y如α庇α,360 C3,6)であると語られることになる。
4.4ではその場合に、「恐るべきものとそうでないもの」の無知とは、正確には、一 体「何について」の無知なのであろうか。それは基本的には、決して「何を恐れるべ
きか」、つまり「どのような個々の行為が恐るべきであるか」についての無知ではな く、「恐れる」という情念以外に、「恐れる」そのことが果たして「美しいのか、醜い のか」を問う観点を持っていないという、まさにその点での無知なのである。「恐れ」
の情を抱くとき、人は恐れるそのことに「悪」を予期し、それを「悪」と看徹してい る。したがって、或る情念を抱くことは、取りも直さず、或る判断を行うことでもあ る。恐れの情念とともにある、恐れている当のものを「悪」と看徹す判断は、「苦」の 情から繰り出され、それが「悪い」との判断を生み出しているものであり、そのこと がまさしく「快=善、苦=悪」とする、いわゆる「快楽主義」に他ならなかった。
もし以上のようであれば、「恐ろしいもの(恐るべきもの)」の無知とは、また情念 に付着する判断をそのまま承認してしまうことであり、重大な事柄(περZτ伽πpαγμ々一
τωμτ伽πoλλ00ムξZωy,358C5)について間違った思いを持つこと(τδψεη砺 ξκε〃δ6ξαレ,358C4)に他ならない(20)。そして「間違った思い」と言われているの は、「恐れ」の情念とともにある「快苦」の思いから繰り出されてくる「善悪」の判断 を超える場面を持たずに、恐れの情に徹底的に拘束され、その恐れの情の与える「善 悪」をそのままそれとして承認してしまうことである。それ故、「恐るべきものとそう でないもめ」の無知とは、恐れの情に拘束されて、それが与える「快/苦」に根ざす
「善/悪」の判断以上に、「恐れる」そのことが「美しいのか、醜いのか」へのまなざ しを持っていないという、そのことを語るものとなる。プロタゴラスの当初の[A1,
2]が否定されているのは、丁度この地点である。即ち、行為に際して「恐れるか、恐 れないか」ということが、「勇気ある人と臆病な人」を分かつのではなく、このまなざ
しを持っているかどうかが、それを決めているのである。
4.5 ところで、ソクラテスが、戦に赴くことを「美しいこととして行くのか、醜いこ ととしてか」と問うとき、一体この「美/醜」の観点はどのようにして持ち出された のか。この「美/醜」の観点の導入に関しては、どうしても触れておかなければなら ないふたつの箇所がある。先ず第1は、プロタゴラスの反論に続いて、ソクラテスが いわゆる「快楽主義」を導入する、その最初の箇所である。「快く生きることは善く、
不快に生きるのは悪ではないか」(351B7−C1)と問い迫るソクラテスに対して、プロター ゴラスは「美しい事柄を楽しみながら生きるのであれば」(351C1−2)との制約を付す。
このプロタゴラスの言葉をソクラテスは、ともかくも「楽しみ(快)」に何らかの制約 が付けられねばならないとだけ解し、その制約を「美しい」から「善い/悪い」に置
き換える(351C2−3)。このやりとりをどう理解するかには、『プロタゴラス』篇理解の ひとつの要があると思われるのだが、何故ソクラテスは「美しい」という制約を「善 い/悪い」へと置き換えたのか。それは、一体「美しい」ということを消し去るとき、
「快のうちにも悪いものがあり、苦のうちにも善いものがある」(「快いが悪い」、「苦 痛だが善い」)という言葉が表現する事態を正確に見定めるためのものではなかった か。そこでは、「快いが悪い」、「苦痛だが善い」という表現は、決して「快/苦」にな んらかの制約や限定を加えるものにはならず、両者は「快いから、善い」、「苦痛だか
ら、悪い」という仕方で、一元化されることになるのである。
もうひとつの第2の箇所は、多くの人びとを相手にした、いわゆる「アクラシア」
否定の議論に終りを告げて、もう一度「勇気と智慧」との関係を問題にするために、
それまでの議論をソフィスト相手に確認する箇所(358B3−6)である。この箇所では、先 の箇所で一旦消し去った「美」が、「快楽主義」の文脈の中で、「快い生」へ導く行為、
「快」を生み出す行為はすべて、「美しい行為」であり、「美しい」のなら、また「善 く有益な行為」であるという仕方で復活されることになる(21)。この箇所の場合には、
或る行為が「美しい」か、そしてまた「善い・有益」かは、その行為が「快い生」を 導くか、「快」を生み出すかどうかによって決まることになる。
4.6 この「美」の消去と復活という仕掛けによって目指されていたことは、極めて重 要である。それは、「勇気というアレテー」の成立にとって、「美しい」ということが 真に何処で関わっているかを確かめるためのものではなかったかと思われる。先の第
1の箇所で、ソクラテスがプロタゴラスの「快」に対する「美」による制約を拒絶し たのは、プロタゴラスが「アレテーは美しい」と口にしながら、しかしその「美しい」
ということが、アレ/テーの成立にとって何であるのかが、露ほども顧慮されていなか ったからである。プロタゴラスにおける[A1, A2]:「勇気ある人は大胆であり、多
くの人びとが恐れて向かおうとしない事柄へ突き進む人でもある」という信念と
[B]:「アレテーは全体として美しい」の信念の両立はそれを物語っている。先に見 たように、ソクラテスがプロタゴラスの[A1, A2]を否定したのも、[B]を挺子にし てのことであった。「アレテーは美しい」と口にしながら、それがプロタゴラスの「勇 気」をめぐる一群の信念を規定していないことをソクラテスは見通した上で、この「美」
を消去する。そして、一体「美しく」ということなくしては、「善く生きる」とはどの ようなものとなり、そしてさらに言えば、その「善く生きる」ことに関わる知と無知 は、どのような形をとることになるかを詳細に描いてみせることになるのである。そ れを描いた後で、もう一度「美」を復活することになるのである。
4.7以上のことを確認した上で、元の文脈に戻ろう。そこでは、第2の箇所で見たの とは異なり、先ずその行為が「美しいか否か」が問われ、「美しく、また善い」のなら ば、「快い」という、いわば逆の途を辿っている。
このふたつのあたかも往還の途は、今単純化していえば、或る行為は、(a)「快だか ら、美しいし、美しいのなら、善い」と(b)「美しいから、善いし、善いのなら、快で ある」ということになる。(a)について言えば、この場合「美」は、「快」と「善」と が一体化していた「快楽主義」の文脈の中に、その両者に割り込む形で、埋め込まれ ることを意味するであろう(22)。先に見たように、353C1−354E2でいわゆる「アクラシ ア」否定のために、「快いが悪い」「苦痛だが善い」という表現をめぐって考察してい たとき、そこでは「善い」という判断は、結局は「快い」ということによるのであっ た。即ち、そこでは行為は「快い」が故に、善いとされるのである。直前に私は、こ の箇所が「美」を徹底して排除することによって、「善」がどのように理解されること