奈良公園春日山原始林吉城川における底生動物相
著者 田村 芙美子, 高野 彩子, 鳥居 春己, 吉成 暁
雑誌名 奈良教育大学自然環境教育センター紀要
巻 17
ページ 25‑34
発行年 2016‑03‑20
その他のタイトル The benthic invertebrate fauna of the
Yoshikigawa River in the Kasugayama Primeval Forest, Nara Park
URL http://hdl.handle.net/10105/10403
奈良公園春日山原始林吉城川における底生動物相
田村 芙美子
1*, 高野 彩子
1, 鳥居 春己
1, 吉成 暁
21
奈良教育大学自然環境教育センター
2
いであ株式会社環境創造研究所
The benthic invertebrate fauna of the Yoshikigawa River in the Kasugayama Primeval Forest, Nara Park
Fumiko Tamura
1*, Ayako Takano
1, Harumi Toriio
1, Gyo Yoshinari
21
Center for Natural Environment Education, Nara University of Education
2
IDEA Consultants, Inc.
要旨:ニホンジカの個体数増加に起因する植生改変によって多くの生物に影響が出ていると予測 される奈良公園春日山原始林内吉城川の2地点において底生動物調査を行った。2地点で3門4綱14 目38科87種が採集された。両地点は近距離ながら、個体数、湿重量に明瞭な違いが見られ、生息 環境の僅かな違いが影響していたと考えられた。調査地点の1地点は、谷ほか (1990) が25年前 に調査を行っていた。谷ほか (1990) との比較の結果、当時よりトビケラ目でやや種類数が減少 していたほか、他の目においても種類組成に変化がみられ、それらの生態的特性から、水量の減 少など、河川環境が変化している可能性が考えられた。水質については大きな違いは認められな かった。
キーワード:底生動物相、春日山原始林、生物学的水質判定
はじめに
奈良公園に隣接する特別天然記念物春日山原始林 (以後、春日山と呼ぶ) は、841年から春日 大社の神域として狩猟伐採が禁じられてきた (前迫 2004)。そのため、近畿地方にわずかに残る シイ・カシ林として貴重な存在となり、1956年には特別天然記念物に指定され、1998年には東大 寺や興福寺など共に世界文化遺産の一部となった。しかし、近年は高密度に棲息するニホンジカ ( ; 以後シカと呼ぶ) による樹木剥皮 (前迫・鳥居 2000; 鳥居・高野 2009)、次世代 を担う実生や稚樹の採食による更新の阻害 (Shimoda et al. 1994; Maesako 2002) など、植生が大 きな影響を受けている。林床植生の欠落による乾燥化も危惧される。
林床植生の欠落では土壌浸食が想定される。草加 (2011) は滋賀県のシカ密度の異なるブナ林 において大雨の連続採水でのSS (懸濁物質) を比較したところ、シカ高密度下では10倍の流出量
*
〒630‑8528 奈良市高畑町 奈良教育大学自然環境教育センター
Center for Natural Environment Education, Nara University of Education, Takabatake‑cho Nara, 630‑8528 Japan
2015年12月24日受付,2016年2月20日受理
であった。春日山においても、浮遊土砂が河川に流入し、河床環境などに影響していると予想さ れ、これらの影響を受けやすい底生動物について早急な調査が求められる。奈良公園では、谷ほ か (1990) が25年前に公園内の広い地域で底生動物調査を実施しており、このうち春日大社境内 御蓋山北の吉城川の1地点については地図から調査地点を特定することが可能であった。
そこで本調査では、春日山における底生動物相の現状と、流域の過去からの変遷について考察 することを目的に、谷ほか (1990) が調査した地点と、河川環境が若干異なる近接した下流1地 点において底生動物調査を実施した。
調査地と調査方法
今回の底生動物調査は、2013年3月26日に春日山の一部を構成する御蓋山の北を流れる吉城川 の2地点で行った (図1)。St.1 (北緯34.68°、東経135.85°、標高 190.4 m) は谷ほか (1990) の 調査地点に該当する。本地点は、流入支流との合流地点で、林冠は広く開放されていた。川幅は 約1〜1.5 m、河道は平坦、水深は全体的に浅く10 cm程度で、流速は緩やかで、12 cm/秒だった。
河床材料は主に砂礫だが、石などの大きな礫は少なく、河床や河畔には落葉落枝が堆積していた。
St.2は、St.1より50 m程度下流に位置するが、途中に高さ1.8 mほどの堰堤があり、標高は約4m 低い。川幅は約1〜1.2 m、水深20 cm程度で、流速はSt.1よりやや速く、16 cm/秒だった。河床 材料はSt.1とほぼ同様だが、人頭大の石が多かった。流れの緩やかな小規模な淵が形成されてい た。St.1、St.2周辺の林床はシカの採食により林床植生は貧弱で、ワラビ類などが低頻度でみら れ、河畔は疎林化していた (図2, 図3)。調査は、定量採集と定性採集を実施した。定量採集で は、各地点の瀬2箇所において50 cm×50 cm方形枠付きサーバーネット (網目サイズ: NGG38、0.
493 mm) による採集を行い (合計0.5 m
2)、1つの試料としてまとめた。定性採集では、1 mm メッシュのタモ網を用いて3人が任意に20分間採集し、これを1つの試料としてまとめた。それぞ れの試料は現地においてホルマリンで固定し、後日、顕微鏡下で種の同定及び個体数の計数、湿 重量の測定を行った。出現種からBeck‑Tsuda β法 (以後、B‑T法と呼ぶ) (津田 1972)、Pantle u. Buck法 (以後、P‑B法と呼ぶ) (森下 1985)、日本版平均スコア法 (野崎 2012) のスコア表か ら求めた総スコアを、スコアに利用した種類数で割った平均スコア値 (以後、平均スコア値と呼 ぶ) による生物学的水質判定、及び多様度指数を算出した。多様度指数はShannon‑Wienerの関 数 (底は 2) を算出した。
谷ほか (1990) の調査では、St.1で1988年2月28日、5月29日、8月3日、11月20日と1989年4月1 日の5回、4〜5人が目視できる底生動物を30分程度採集し、同定後に、個体数を集計していた。
図1.調査地点 (St.1 及びSt.2) .国土地理院電子国土基本図より作成
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結果と考察
底生動物相 種組成及び個体数
採集された底生動物の個体数と湿重量、水質評価指標として汚濁階級指数と汚濁耐忍性を表1 に示した。
種類数は、St.1では定量採集で2門3綱10目24科47種類、定性採集で3門4綱13目30科52種類、合 計3門4科14目31科64種類が採集された。St.2では定量採集で3門4綱11目28科56種類、定性採集で 3門4綱11目23科43種類で、合計3門4綱13目31科72種類が採集された。両地点合計では、3門4綱14 目38科87種類が採集された。St.2はSt.1より8種類多かった。目以上の分類群については両地点 に大きな違いはなかった。
個体数は、St.1では225個体、St.2では1,246個体で、St.2はSt.1の約5.5倍であった。綱別や 目別で集計してもSt.2はほとんどの分類群においてSt.1より多く、特にハエ目や軟甲綱、カワゲ ラ目、カゲロウ目で多かった。種類別にみると、ヨコエビ目のニッポンヨコエビ (248個体) や、
カゲロウ目のシロハラコカゲロウ (87個体)、カワゲラ目のフサオナシカワゲラ属 (94個体)、ハ エ目のナガスネユスリカ属 (71個体)、アシマダラブユ属 (228個体) などが多かった。
St.1とSt.2の多様度指数は、それぞれ4.8と4.0となった。Shannon‑Wiener指数は種の豊富さ と共に個体数の均一性を表す指数である。種類数が少なかったSt.1の多様度が高くなっていたが、
これはSt.2の特定の種類の個体数が著しく多く、均等性が低くなったことに依っている (図4)。
なお、奈良県版レッドデータブック (奈良県 2008) において希少種に選定されているフタスジ キソトビケラがSt.1で、オオトゲエラカゲロウがSt.2で採集された。両種とも源流域でよく観察 される。
湿重量
湿重量は、St.1が1.450 g 、St.2が4.678 g で、St.2はSt.1の約3.2倍であった。両地点とも、
軟甲綱の重量が全体の約50%を占めており、St1は0.720 g、St.2は2.228 gであった。St.1では、
軟甲綱の次にカゲロウ目、カワゲラ目、ハエ目が多かった。カゲロウ目ではフタスジモンカゲロ ウ0.133 g 、ミヤマタニガワカゲロウ属0.077 g、カワゲラ目ではトウゴウカワゲラ属 0.108 g、
ハエ目ではアシマダラブユ属0.058 g が多かった。St.2では、軟甲綱の次にハエ目、カゲロウ目、
カワゲラ目が多かった。ハエ目ではアシマダラブユ属0.787 g、カゲロウ目ではシロハラコカゲ ロウ0.208 g やヒメフタオカゲロウ属0.161 g、カワゲラ目ではフサオナシカワゲラ属0.229 g が 多かった。
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図2.St.1の景観写真 図3.St.2 の景観写真
表1.奈良公園春日山原始林の吉城川における底生動物相
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個体数、湿重量共にSt.2で多かった。St.2はSt.1と比較して流速が早く、個体数、湿重量共に 優占したニッポンヨコエビの餌となる落葉等有機物が多く堆積していた。両地点は源流域にある 近隣地点で、河川および周辺環境に大きな違いはみられなかったが、流速や落葉の堆積状況等、
底生動物の棲息環境については僅かな違いがあり、これらが底生動物の現存量に大きな差を生じ させていた可能性が考えられた。
生物学的水質判定
生物学的水質判定の結果 (表2)、St.1では、B‑T法で貧腐水性、P‑B法で貧腐水性、平均スコ ア値は7.0、St.2はそれぞれ貧腐水性、β中腐水性、7.1であった。
B‑T法は、種類数が多いほど水質が良好に評価される手法である。近年は分類学的な知見が進 歩し、B‑T法が発表された1970年代には同定困難であった分類群も詳細に同定出来るようになっ た。このため本手法を近年の分類学的知見で同定した結果に使用すると、指数が高くなって水質 悪化を過小に評価してしまう恐れがある。
なお、St.1と St.2の水質階級は、B‑T法で両地点共に貧腐水性であったが、P‑B法では、St.1 が貧腐水性、St.2がβ中腐水性と異なる階級を示した。しかし、P‑B法の指数をみると1.5、1.4 と僅差であり、両地点の水質には、ほとんど違いはないと考えられた。平均スコア値についても 7.0、7.1と値は僅差であり、両地点の水質には、ほとんど違いはないと考えられた。
谷ほか (1990) との比較
春日山流域の環境の変遷について考察することを目的に、本調査と谷ほか (1990) で採集され た底生動物相について比較を行った (表3)。なお、谷ほか (1990) の結果は、5回行われている全
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図4.St.1 とSt.2における出現種類と個体数ヒストグラム
表2.奈良公園春日山原始林吉城川において採集された底生動物による生物的水質判定
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