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現代イギリスにおける捜査と人権 −Report of the Royal Commission on Criminal Procedure−

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現代イギリスにおける捜査と人権 −Report of the Royal Commission on Criminal Procedure−

著者 元山 健

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 31

号 1

ページ 17‑35

発行年 1982‑11‑25

その他のタイトル Investigation and Personal Liberty in Modern Britain −Report of the Royal Commission on Criminal Procedure−

URL http://hdl.handle.net/10105/2327

(2)

現代イギリスにおける捜査と人権

‑Report of the Royal Commission on Criminal Procedure

71: 山     健 (奈艮教育大学政治学教室)

(昭和57年4月30日受理)

〔 I 〕捜査と人権‑本稿への若干の課蔑意識‑

① 2つの現実認識

市民の生命・自由・財産を害する犯罪との闘いは、公権力の存在理由の1つである。だが同時 に、その捜査活動は必然的に人権との鋭い緊張関係に置かれざるをえない逆説的状態にある。犯 罪捜査規範は、捜査の心構えを次のように規定している。 「捜査は、事実の真相を明らかにして 事件を解決するとの強固な信念をもって迅速適確に行わなければならない。 2.捜査を行うに当 っては、個人の基本的人権を尊重し、かつ、公正誠実に捜査の権限を行使しなければならない。」

(第2条)また、捜査に当って、法令等を遵守し、証拠によって事案を明らかにし、先入観にと らわれず、いたずらに功をあせらず、合理的、総合的に着実な捜査を行うべきこと、公訴、公判 への諸配慮を行うべきこと、被疑者、被害者等の名誉を害さないこと、等々を規定している。憲 法、警察法、刑事訴訟法そしてこの犯罪捜査規範等を遵守して活動する日本の警察は、その優秀 性においてその他の先進諸国の群を抜いているといわれる。例えば、英米にあっては犯人検挙率 も、有罪率も低率であるのに対して、 「わが国のそれは‑‑‑全体的に高率であり、とくに、暴行、

傷害等の粗暴犯については、過去10年間90パーセント以上の高率を維持しており、殺人・強盗・

放火・強姦等の凶悪犯に至っては常に世界一の検挙率を誇っている。さらに、これを受けて立つ わが国の検察の起訴は、常に、 100パーセントに近い有罪率(無罪率は0.3パーセント以下にすぎ ない)を維持している。」この高率の検挙・有罪率をもたらすものは、 「端的に、わが国の捜査官 の優秀な捜査能力と強烈な職業意識といってよい。」(1)

しかし他方では、捜査における人権侵害についても厳しい指摘が行われている。そのうちの若 干を例示してみよう。例えば、第1に、逮捕期間の時間的制約を免れるために、すでに令状をと っておきながら、任意同行の形で被疑者を取調べ、令状の執行を行わないことがあるといわれて いる。また、第2に、刑事訴訟法(197条等)や犯罪捜査規範(99条、 100条等)において、捜査 は原則的に任意たるべきことを求められていながら、腕ずくでの「任意」同行があったり、検問や 所持品検査についても、行く手に立ちふさがって通行しえないようにしておいて、強制的に、 「任 意の承諾」がとられるといわれている。第3に、逮捕については、令状請求が却下される例は極 めて少ないのに対して、捜査官の方で請求を撤回することはかなり多いといわれている。また、

° ° °

緊急逮捕後「直ちに」逮捕状を求める手続きをしなければならない(刑訴法210条)にも拘わらず、

「直ちに」とは、昼で4‑5時間、夜だと5‑10時間程度であるという。第4に、被疑者への黙秘 権の告知についても、 「言いたくなければいわなくてもいいぞということをこわい顔していって、

それで告知したことにする」こともあるといわれている。第5に、弁護人の選任権、接見交通権

17

(3)

についても大きな問題がある。たとえば、弁護人選任権を告知された被疑者が、それではという ので弁護人の名簿閲覧を求めたらこれを拒否されたことが報告されているが、これでは選任権は 何の役にも立たないであろう。接見交通権については、指定書による禁止に近い制約、接見の盗 聴の恐れなど本当にたくさんの事例が挙げられている(2)

捜査は事柄の本質上、秘密を要することが多い。それだけに、そのあり方の如何は、1国の人 権擁護のバロメ‑タ‑の1つといえるであろう.これに対して、上述のような認識の相違の存す ることは重大である。本稿の主題と直接にはかかわらないとはいえ、「捜査と人権」を論ずる意 義の一端を見出していただけるであろう。

さて、捜査活動は本来市民の生活と自由と権利を守るために行われるべきものでありながら、

同時にその独特の性格から、市民の自由、とくに人身の自由を侵害する危険性を内包せざるをえ ない。というのは、公訴を維持するためには、捜査過程で可能な限り証拠収集が不可欠であり、

この必要が先走るとき、人権侵害の恐れが生まれるからである。また、捜査過程は非公開で、第 3者の監視が不可能なことも、人権侵害の危険性の一因であろう。さらに、「現行刑訴法下の法 実務においては、捜査過程の中核的実質的担い手が警察官であるということも注目されなければ ならないであろう。彼らは、公判過程における裁判官、検察官と異なって、特別な法学的訓練を 受けていないうえに、組織上も公安警備警察と不可分の関係におかれている。それゆえ、治安目 的が捜査過程を規定しがちとなる。」ことも要因の1つと言えよう(3)これが筆者の問題意識を 形づくる第2の要素である。

第3に挙げるべきは、こうした重大な現実に対して学問的研究が立遅れていることである。例 えば、「従来、刑事訴訟法についての学問的関心の中心は、裁判手続きにあった。‑‑・その結果、

捜査は訴訟の準備活動に止まるものとされ、ややもすると、"まま子"扱いされて」(4)いたといわ れているのである。しかし、同時に、戦後刑訴法学の研究は、公判段階での諸問題の解明を進め つつ、今日ようやく公判前の諸問題に及びつつあるとされ、また多くの目が「捜査と人権」によ うやく集中しつつあると指摘されてもいる(5)

。こうした学問的関心の新たな始動が、この古くか

らある問題‑の筆者の関心を形づくる第3の要素にはかならないといえる。

(診憲法学の課題

明治憲法は、「日本臣民ノ、法律二依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ」(23粂) と規定し、人身の自由を一応保障していたが、法律そのものの反人権性とその法律さえも無視す る捜査活動とによって、人身の自由が無残にふみにじられたことは周知のことである。これに対 して、日本国憲法は31条から40条までの10ヶ条にわたって刑事手続きに関する規定を設けている。

このことの意義は、人権の実体的保障とともに、その手続的保障が重要だからであることはいう までもないが、一般的に市民憲法における刑事手続規定はこれほど多くはないことを考慮すれば、

その中心的意義が戦前日本への反省にあったことも首肯しうるであろう。換言すれば戦後日本に おいて、市民警察を確立するための規範的な担保として、この10ヶ条はあったといえるのである。

このような憲法の適法手続主義の特色は、第1に、法律で定められる刑事手続きに固有の存在 理由と価値を認めること、第2に、法律で刑事手続きを定める場合、憲法31条以下において明示 的、黙示的に定められている手続き的適正に関する諸原則を一応絶対的なものとして保障するこ とが要求されるのである。第3に、無罪推定原則、消極的実体的真実主義、無事の救済主義が肯定 される。そして第4に,被疑者・被告人に検察官と対等の当事者としての地位を認め、彼らにそ の人権の擁護と無罪証拠の収集・提出に最大の便宜をはかる弾劾主義が要請されるのである(6)

(4)

ところが、従来、憲法学においては、人身の自由と刑事手続きという主題は必ずしも積極的に 論ぜられることが多くはなかった。こうした状況に対して、この分野における憲法学の「失地回 復」の必要性とそのための課題とを杉原泰雄教授は、次のように提示されている。第1に、「『人 身の自由』の重要性を一般的・抽象的には承認しつつも、刑事手続とのかかわりにおいてはその 検討を放棄するというのであれば,現実には『人身の自由』の重要性を認めないにも等しいこと になる。」第2に、「刑訴法から憲法31条以下の諸規定の意味内容を説明する」のではなく、「憲

法の内在的論理に即した自律的検討を行い、かつ刑訴法とその運用に対する弓鋸子的批判基準とし ての憲法本来の地位を31条以下について回復することが不可欠」なのである。そのためには、刑 訴法学の成果を主体的に摂取することも欠くことはできないとされる(7)

。こうして、憲法学的刑

事手続き論に未開拓分野が少くないことが筆者の問題意識形成の第4の要素なのである。ところ で、杉原教授は、方法論上の問題として、刑事手続原理における対抗関係を鮮明にして論議をす すめるべきことを主張される。̀8)それは、具体的には、実体的真実主義・札問主義・職権主義対 適法手続主義・消極的実体的真実主義・弾劾主義・当事者主義と考えてよいように思われる。ま た横山教授は、この対抗関係を戦後刑訴法学の流れを考慮しつつ今日の時点で表現して、当事者 主義を一応前提としながらも、制度中心型思考対人権中心型思考、近代主義的発想対民主々義的 発想の対抗と総括されるのである。(9)そこで、次にイギリスにおける捜査と人権を論ずる課題意 識の検討に入る前に、当事者主義とは如何なる内容をもつものなのかについて簡単に述べておく ことにする。

③当事者主義と職権主義

当事者主義は、「両当事者がおのおの自己に有利な面から事実を見てその証拠を極力探し出し て提出し、それをつきあわせたとき、はじめて真実を明らかにすることができ、また判断者はあ くまで冷静に判断者としての立場にとどまるとき、はじめて正しい判断をすることができるとい う考え方にもとづいている。」しかし、当事者主義はそれだけではなく、「被告人を1人の人格な いし主体として取り扱うことであり、これに刑罰を加えるためには、主体というにふさわしい行 動をとる余地を与え自己を弁明する機会を与えねばならない」という、「国家の刑罰権発動にあ たっての基本的態度」を含むものなのである。したがって、当事者主義の思想は、「『10人の罪あ る者を免れさせても、1人の罪のない者を罰してはならない』という法諺にも示されているよう に、手続きの適正というほうにいくらかかたむき、場合によっては実質的真実を犠牲にすること も止むをえないとする考え方なのである。」(10)このような当事者主義の考え方を、捜査という場 で、職権主義と対置するならば、以下のように要約できるであろう(ll)

。職権主義によれば、捜査

は捜査機関が本来的権限として被疑者を取調べる手続きであるから、逮捕・勾留といった強制処 分権は、本来捜査機関のものとなり、したがって、その必要性の有無も捜査機関が判断すること になる。令状発行も、必ずしも裁判官である必要はなく、検察官も含まれることになる。かりに 裁判官としても、令状は命令状ではなく許可状であり、裁判官による事前の判断は逮捕の必要性 の有無まで含まないことになる。また、被疑者は取調べの受忍義務を負うことになるのである。

他方、当事者主義によれば、捜査は、対等当事者の一方(捜査機関)による訴訟準備にすぎない から、相手方たる被疑者に対する強制処分梅など本来なく、裁判官がこれを専有することになる。

したがって、裁判官の令状は命令状となり、裁判官の事前判断は、逮捕の必要性の有無にまで及

ぶことになる。対等の当事者であるから、被疑者は取調べ受忍義務などあるはずがなく、取調べ

のために令状を請求することも許されないことになるのである。

(5)

④近代イギリスの市民警察と捜査

デブリン卿は、1958年、イギリスの刑事訴追を論じて、その特徴を次のように述べた。「わた くLが全部の手続きについて行った説明のなかで、2つの事柄が目立っている。その1つは、警 察の性格一警察には準司法的機能が課せられていることおよび警察に対してなされるきびしい要 求‑であり、警察は、犯罪人に対して烈しく闘争しなければならないが、しかも熱情が抑制に従 わねばならない場合を知らねばならないのである。」「もう1つの目立ったことは、イギリスの刑 事訴追制度の限界であり、イギリスの制度は、おそらくアメリカの制度以上に、訴追側に秤を重 くし、被告側に有利な扱いをしていることである。‑‑・実際に犯罪を犯した多くの人間が処罰を 免れている。・‑‑われわれは、有罪の確定は絶対に間違いのないものとされることはできず、従 って間違いの限界に対する余地を残しておかねばならないことを知るが故に、その限界は、人間 に可能な限り、すべて被告人に利益なものであるように注意して確めるべきである。」(12)このよ うにデブリン卿は、警察の性格と当事者主義の2つをイギリスの刑事訴追の特質と位置づけたの である。この制度が、イギリスでうまく働くことができるには、それなりの理由がなければなら ない。次にこれを概観してみることにしょう。イギリスでこの刑事訴追制度が成功している第1 の理由は、不文の規則の方が形式的な法典にまさる市民の自由の砦であるという考え方の存する ことである。この発想の根底には、いうまでもなく伝統的なコモン・ロー思考がある。このコモ ン・ロー思考が少くとも50年代までこうした影響力をもち得たのは、これまたいうまでもなく、

その基礎に安定した社会があったからであった。「イギリスの刑事訴追制度は、基本的には法を 遵守する国民のために設計せられている」というデブリン卿の言葉も、この文脈で最も納得的に 理解しうるのである(13)

第2の理由は、裁判官の地位と権限が刑事手続き全体の中核に位置していることである。ここ から、「警察は裁判権の附属物であり、要するに裁判所にひきだすべき人を実力によって追及し、逮 捕することにはかならない」という観念が生れ、(14)警察の準司法的性格の強調が生れるのである。

第3には、警察の公正さに対する国民の期待とその期待に応えようとする警察官の願望との一 致がある(15)

。このことを戒能通孝博士は次の5つの原則にまとめられた。第1に、警察は政府の

使用人ではない。このことは警察の目的を政治警察からひき離し、市民の安全保障におくととも に、警察の組織をして自治体の組織たらしめねばならないことを意味している。第2に、警察官 は武器を帯有してはならない。第3に、警察官は市民の中で生活すべきである。第4に、警察官 は自己の職務行為につき、自ら責任を負わねばならない。第5に、警察官は独立体として個々に 行動しなくてはならない(16)

。以上の簡単な叙述からでも、われわれは近代イギリスの刑事手続き

の栄光を見出すことができるであろう。法の支配と司法の優越、当事者主義、確固たる自治的市 民警察、そしてこれらを支えるEnglishwayoflife等々がこれである。しかし、一般的にいっ て、刑事手続きを含めて、こうしたイギリス的思考方法‑の懐疑が、とりわけ60年代以降目立つ ようになってくるのである。現代イギリスにおいて、近代的な警察、捜査にかかる法原理は、い かに受けつがれ、いかに決別されようとしているのか、このことを解明する学問的営為の一助と なることが筆者の直接的な問題関心の1つであるが、本論に入る前に、視代イギリス警察の性格 づけに関する2つの異なる見解を紹介して、イギリスの現代的諸現象の一端を例示することによ って、その解明の困難さを示唆しておくことにしたい。

⑤現代のイギリス警察観

戒能通厚教授は、ストリート(H.Street)やノ、‑トレー(T.C.Hartley)に依拠しつつ、刑法

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改正委員会の1972年の第11報告書を素材として、次のように主張されている。 「イギリスでは最 近、刑法改正委員会の第11次報告書をめぐって大きな論争がなされた。この第11次報告書が、刑 事被告人の黙秘権を実質的に否定する刑事証拠法の改正提案を含むものであったからであるが

・・‑‑、いうまでもなく、こうした証拠法修正は、被告人と警察当局との"対等怪"を維持するた めの枢要な支柱を奪うことを意味し、さらに刑事訴追の当事者主義的性格の改悪につながるもの である。一一今日イギリスの警察は、既発の犯罪の捜査およびその訴追機関でもあるというその 法的性格がこれまで維持されてきた、その根底をみずから掘り崩しつつあるようにさえ思えるの である。その根底とは、再び裁判所への従属のことであるが、とりわけ裁判官準則(Judges Rules)による警察活動‑の制約が、警察当局からしっこくとされているのは、こうした現象の すぐれた例証と思われる。」(17)

他方、庭山教授は、本稿の直接の素材である「刑事手続に関する王立委員会」に対して、内務 省が提出した研究文書を素材として、戒能教授のイギリス警察中央集権化論について次のように 主張されている。 「たしかに一面においてそう言われてもやむをえないような寛象はある。しか し他面において、 ‑‑・警察は必ずしも中央集権的訴追担当ソリシター制度を要望してはおらず、

また警告処分や停止捜索権の創設もかなりの部分地方自治体の自主性にゆだねられている。かつ て戒能通孝氏が指摘したイギリス警察の特質は依然として色濃く残されていると見るべきであり

『中央集権化』したと断定することには疑問がある。」(18)

両教授の主張は必ずしもかみあっていないところもあるように思われるが、ここではどちらの 認識が正当かを問うことが課題なのではない。この短い引用の中から、現代イギリスの刑事手続

きの評価のむずかしさを理解していただければここでは十分なのである。そして、その難しさの 一因は、実は、イギリスで刑事手続きにかかわる人々の間での見解の分裂によるものであること

も理解されるであろう。こうした前提的現実を卒直に認めながら、本論の分析に向うことにした い。

本論に入るに先立って、最後に若干の限定を行うことを許していただきたい。第1に、本稿で 紹介する「刑事手続に関する王立委員会報告書」 (Report of the Royal Commission on Crimi‑

nal Procedure, 1981, Cmnd 8092)は、犯罪の捜査にかかる部分と犯罪者の訴追にかかる部分と に大別されている。本来、この2つは一体のものであり、そのように論じなくてはならないと思 われるが、本稿においては、前者のみを扱うに止まっていることである。第2に、報告書におけ る分析と勧告の内容を明らかにし、これに対するこの間の諸批判も参考にしながら、これを批判 的に検討することを中心とすることにする。わが国における刑事手続、とくに捜査をめぐる諸問 題との対比は行うように努めるが、必ずしも体系的には行いえないことをお断りしておきたい。

以上の限定を付した上で、以下、本論に進むことにする。

〔II〕香え会の目的と任務(19)

① 委員会設置の背景と任務(20) 1.設置の背景

1977年6月23日、庶民院において、政府は刑事手続に関する王立委員会(以下委員会と略す) を設置することを明らかにした。その理由は、近年若干の個別的改革は行われているものの、捜 査の開始から公判の時点までの全刑事過程を見直すことは、今世紀になってからなされたことが

(7)

なく、今や機が熟しているということであった。

この決定の背後には、近年の世論の変化があった。犯罪が増大しつつあることは、先進諸国の 悩みの種であるが、イギリスも例外ではない。この犯罪増への危快が国民の間で高まりつつある 一方で、警察活動の拡大‑の危供もあって、このままで良いのかという世論が高まりつつあった のである。また、警察の捜査権に対する批判だけでなく、警察が訴追の決定を任されていること にも批判が加えられるようになっていた。こうして、捜査のレベルと訴追のレベルの両方で、全 面的再検討を求める声が高まりつつあったのである。

さらに、イングランドにあっては、1972年の刑法改正委員会第11報告書および1977年のコンフ ェイ(Confait)事件をめぐって、この問題は激しく論議されていたのである。こうして、刑事手 続きの全面的見直しの機が熟していたといわなければならない。かくして、1978年2月3日任命 された、サー・シリル・へンリ‑・フィリップス(SirCyrilHenryPhilips)を長とするこの委 員会は、海外‑の調査を含む調査活動と多くの証言を得たのち、1981年1月、委員会報告書を提 出したのであった(21)

2.委員会への付託条件

委員会への付託条件は次の通りである

「1978年2月3日、勅許状により任命された、下記署名した委員である我等は、犯罪者を処罰 する社会の利益と犯罪の嫌疑をかけられた者又は犯罪の告発を受けた者の権利・自由との両方を 顧慮しながら、かつ、資源の効果的・経済的利用の必要にも考慮しつつ、以下の事項についてイ ングランドとウェールズで変更が必要か否かを検討し、勧告を行うものとする。

(i)刑事犯罪の捜査に関する警察の権限と義務および被疑者と被告発人の権利と義務について。

但し、これが確保される手段を含む。

(ii)刑事犯罪の訴追の手続きと責任について。および

(iii)上記の事に関して、その他に刑事手続と証拠について特に気づく点について。」

以上に加えて、前提としていわれているのは、第1に、当事者主義的・弾劾主義的公判制度を 前提とすべきこと、第2に、現行刑法の範囲を前提とすること等であった。(22)

この付託条件の中で、委員会にとって最も重視すべき原則は、犯罪者を処罰する社会の利益と 被疑者・被告発人の権利を尊重することとの問に「基本的均衡(fundamentalbalance)」をはか ることであった。

3.基本的均衡概念の史的展開

弾劾主義的な刑事裁判が確立されたのは、いうまでもなく、17世紀の激しい闘争の中からであ った。星室裁判所(StarChamber)の廃止がピューリタン革命の旗印の1つであることを想起す ることはむずかしいことではなかろう。しかし、18世紀、19位紀の激烈な社会変化は、犯罪にも 新たな次元をもたらさないではおかなかった。政府は最初は刑罰を強化することによってこれに 応えようとしたが、やがて新しい警察制度の創設によってこれに応えようとした(1829年の首都 警察theMetropolitanPolice)cこの新制度が普及するにつれて、刑罰は軽くなっていくのであ る。イギリスにおける権利擁護の輝かしい歴史、法の支配の原理等に支えられ、また、基本的に は安定した社会に支えられていたとはいえ、警察に関する立法は個別的、断片的でありつづけた。

だが、20世紀になって、社会が益々複雑になり、国家が益々強大になるにつれて、個人は一方で

国家に依存し、他方で国家権力の濫用を恐れるというはかなくなってきたのである。そこで、個

人の権利と国家の権力とを均衡させることは緊急必要事となったのである1912年に「裁判官準

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別が、捜査のあり方等について原則を提示したのは、こうした事態への対応の1つとみなくては ならないであろう。とはいえ、警察権と市民の権利との問の「均衡」を求める試みは、今世紀の 警察に関するいくつかの委員会の設置にも拘わらず、本格的に行われずに今日に至っているとい えるのである。

4.「黙秘権」論争と基本的均衡

この矛盾を、国会での白熱の議論という形で、浮びあがらせたのが、刑法改正委員会(the CriminalLawRevisionCommittee)第11報告書であったC233

。同委員会は、黙秘権について、次 のように提案した。

警察の尋問に際して、被疑者が有する、いわゆる「黙秘権」を大幅に制限すべきである。ここ でいう「黙秘権」とは、尋問されたときに自分を無罪にする事実を述べないでおいて、公判の時 までこれをとっておくことがあったとしても、裁判所又は陪審はこの争点に関するこの者の証言 は真実ではないと推諭してはいけないというルールである。国民は、尋問を受けたとき、質問に 答えなかったり、自己の立場を語らなかったりしても罪にはならないという意味では、依然とし て「黙秘権」をもっている。しかし、彼がこの権利をあえて行使するときは、公判において彼に とって不利益な反対推論をされてもやむをえない。

以上の提案に対しては、いうまでもなく、当事者主義の立場から、自由な社会における個人と 政府との関係は自由を土台とすべきであるという、厳しい批判があびせられた。また、テープレ コーダーの使用を義務づける制定法の規定があるという条件をつけて、委員会の見解を認める修 正意見も主張された。

5.委員会の対応

刑法改正委員会‑功利主義派対リベラル派の対立、そのジレンマからどうやってのかれれば良 いのか。両者の対立をただ妥協させるだけでは駄目なのであって、感情的要素をとりさって、客 観的資料に立脚して、現行の公判前手続きが機能し得ない状態にまで達しているかどうかを、1 つ1つ確かめるという方法で前進するはかに方法はないのではないだろうか。このようにして、

基本構造を維持しつつ、1つ1つ具体的に変更を提言してゆくことにしたい。とはいえ、そのた めには、最低限必要な原則枠組みを設定しなくてはならない。

②小括

以上が、王立委員会報告書第1章「チャレンジ」の概要である。ここでは、2つの点について 指摘しておきたい。第1に、「基本的均衡」論についてである。社会の利益と個人の権利の間に 均衡をもたらす方法は、近代イギリスにおいては、諸個人の自律を前提とした社会的自治を、国 家が、行政的にではなく、司法的に担保するという形で行われていた。犯罪における私人訴追の 原則、自治体警察の制度、治安判事を基底とする司法的国制、これらはそのあらわれにはかなら ないといえよう。個人の権利を実現することが社会の利益につながるという形で、「均衡」は実 現されていたのである。王立委員会は、新たな「均衡」を確立すべきことを提起するが、それが

「折衷」でない限り、否、「折衷」だとしても、個人の伝統的自由(わが国的にいえば、人身の 自由)への圧力となる恐れが感じられるのである。国家の干渉は、実は人間の自由のための手段 なのであって、自由に反する介入は、本来許さるべきではないという、自由と介入についての重 層的理解(24)に立たない限り、矛盾は一層大きくなるように思われるのである。

第2に、委員会が,功利主義派対リベラル派の対立として描いたものは、実体的真実主義と消

極的実体的真実主義、職権主義対当事者主義の対立であることである。実は、第1の自由と介入

(9)

の哲学のイギ')ス刑事手続き論の現代的寛象が、この対立に他ならないのである.委員会の対応 は、基本構造を維持しつつ、個別具体的に変更を提言するというのであるから、果して、視実の 要求に良く「対応」し得るか、難しい問題が予想されるが、それを判断するには、更に筆を進め ねばならない。

(参 王立委員会の全般的アプローチ 1.全般的アプローチ概観̀25)

王立委員会報告の第2章は、 「全般的アプローチ」である。まず第1に、現状が簡潔に要約さ れる。即ち、犯罪は増加し、多様化しており、しかも自動車犯罪に見られるように、かつてと異 なり、特定の人間だけでなくすべての人間が刑法の下に置かれるようになっているのが今日の特 質である。これに対応して、警察官の人数も1945年の6万名から1980年の12万名に増大し、また 警察隊の整備も進んでいる。̀26)にもかかわらず、法はこうした社会変化についていけないでいる。

このことは、停止と捜索、逮捕と質問、そして勾留という3つのキイ債域に目を向ければ一目瞭 然であるとされる。こうして、 「寛実に遅れた法」という観点が第1のアプローチとなる。

第2のアプローチは、犯罪捜査の第一次的責任は警察にあるとの考え方を保持することである。

第3のアプローチとして挙げられるのが、捜査活動全般について通用されるべき3つの基準

‑公正(fair)、公開(open)、実働性(workable)‑であって、これらは警察と国民との信頼 を維持するために必要だとされるのである。このうち、実働性については、次のように説明され ている。市民の1人としての警察官という観念には真理があるとはいえ、環実的ではない。社会 は警察が犯罪を発見、捜査するものだと思っているというのが現実なのである。そうだとしたら、

警察が現実に実働できるようにルールは作られねばならないし、凶悪犯や多様な犯罪に対処でき るようでなくてはならない。即ち、 「実働」的でなくてはならないのである。

最後のアプローチとして、改革提案にあたっての財政等の負担について十分考慮すべきことが 述べられている。

2.小 括

以上が「全般的アプローチ」の概要であるが、ここでは、公正・公開・実働性という3つの原 則に対する批判を紹介して、とりあえず小括とすることにしたい。パーナード・スマイズ(Ber‑

nard Smythe)はこの3原則を最終的には承認しつつも、それらは生れたての国でならばともか く、 80年代のイギリスでは、刑事手続きの基礎として十分であろうかと疑問を投げかけている。

例えば、公開についても、秘密よりは良いとしても、それ単独では大したことはできないのであ って、明確に定義された、受け入れられ得るルールがあってはじめて役に立つ原則なのである。

こうしたルールなしに公開ということがいわれれば、それは根拠のない批判を免責するのに役立 つだけで、今日の国民と警察にある緊張をかえって悪化させることにしかならないであろうと言 うのである。̀27)以上のスマイズの見解は首肯しうるとはいえ、捜査を中心とする公判前の警察の 活動に対して、公正、公開の原則を前提とすることは、やはり評価されるべきである。もっとも、

実働性の原則が他の2原則と具体的な場面でいかにかかわるか、展開の仕方によっては矛盾要素 たり得ると思われるのである。

〔Ⅲ〕捜査権と市民の権利 (1)委員会の報告と勧告の概観

(10)

① 序 説̀28)

1.強制的権限と安全装置についての一般原則

警察の捜査権行使が、警察と国民の間の遭偶を必然ならしめることはいうまでもない。それゆ え、ここでの論点は、警察が用いることのできる「捜査権の性質と範囲」と市民の権利と自由を 守るのに欠くことのできない「捜査権行使に対する安全装置(safeguards)」である。

警察は、多くの場合は、その目的を同意を得て達するべきであるが、相当な実力‑強制的権限 (coercive powers)を最終的に用いなくてはならないこともある。ところで、この強制的権限の 利用が認められるのは、 「犯罪が犯された確実性又は嫌疑が、相当な根拠にもとづいて存する」

場合でなくてはならない。さらにそれだけではなく、特定の事件で、特定の強制的権限の行使が、

どんな状況でも正当化されねばならないのである。この強制的権限行使に対する安全装置は、即 時の不服申立(the challenge)とその後での審査(review)の2つである。

2.特別の強制的捜査権を要する犯罪

犯罪の種類によっては、通常の強制的捜査権以上の権限を用いねばならないことが起り得るo 例えば、留置を延長したり、法的助言(legal advice)を認めないまま留置したりすることが必要 になることがある。こうした特別の権限行使が許されるか否かの基準は、結局は、犯罪の重大性

(seriousness)にかかっているのであるが、重大性とは何かは明らかにされていない0

そこで、重大性を有する犯罪(以下、重大犯罪‑grave offences‑という)を列挙することに しよう。それらは、人身に対する重大な犯罪又は重大な性的犯罪(故殺、謀殺、重傷害、凶器を 用いた強盗、児童誘拐、強姦)、財産を損う重大な犯罪(放火、爆発)、信義に反する重大な犯罪

(通貨偽造、漕職、夜盗、窃盗、詐欺、但し金額の大きい場合)、その他(規制薬品の供給・輸出 入、恐喝など)である。

重大性(seriousness)基準をこのように用いる場合、以下の3点に留意しなければならない。

第1に、このカテゴリーは国会が正確に決めるべきこと、第2に、時代の流れに沿うように配慮 すべきこと、第3に、信義に反する罪の重大性の定義は難しいが、概括的に行うことが望ましい こと、である。

② 逮捕前における人・車の停止と捜索̀29) 1.親行の権限と主要な争点

現行の制定法上の停止・捜索権は、一般に、停止(そして恐らくは、捜索)させられた者が制 定法で所持を禁止されている物を所持しているかどうかを警察が確認することを認めている。と ころが、現在のところ、この権限行使の具体的あり方は、個別制定法毎に多様であり、この権限 の共通の存在根拠もなく、おまけに地方法律にも規定がある状況である。文言は様々とはいえ、

これらの制定法は、所持禁止品を所持しているとの何らかの形での相当な嫌疑のあることを権限 行使の要件としているが、この相当な嫌疑という基準は、 1967年の刑事法律法(the Criminal Law Act) 2条が逮捕権行使について求めている基準よりも、厳格ではないかもしれない。

こうした翼状に対して、警察の方では、権限の明確化と一定の拡大とを求めている。他方では、

濫用を恐れる声がある。そこで委員会としては、以下の4点を前提として、次に若干の提言をす ることにする。第1に、委員会は、現在の権限の維持と合理化、安全装置の強化、そして明確性 の強化に賛成する.第2に、イングランド、ウェールズ全体で単一の統一的な停止・捜索権があ るべきことに賛成する。第3に、停止・捜索を行う理由は、相当な嫌疑に確実に立脚すべきであ るとの主張に賛成する。第4に、相当な嫌疑にもとづく逮捕権と、停止・捜索権との密接なかか

(11)

わりは承認するが、前者に後者を吸収させてしまうことには同意できない。停止・捜索と逮捕と は捜査の別個の段階だからであり、また、これが行われれば、逮捕がふえる恐れがあるからであ る。

2.委員会の提案(その1.人の停止・所持品検査について)

第1に、成文の単一法典化をはかるべきである。また、盗品捜査のためにもこの権限が利用で きるようにすべきである。こうすることによって、国会は新犯罪創設の度毎にこの権限について 煩わされる必要がなくなるし、現在の諸制定法間のギャップを埋められるし、また、地理的ギャ

ップも埋めることができるのである。

第2に、薬物や火器などの所持禁止品に加えて、広範な「攻撃的武器」の所持に対してもこの 権限が行使されるので、これを行うのは原則として制服警官に限るべきである。̀30)

第3に、犯罪発見のための停止・所持品検査と公けの秩序への潜在的脅威を統制するための停 止権を区分することが望ましい(但し、これを具体的に検討することは付託条件外であるので、

指摘するだけにとどめることにする)0

第4に、この権限に対する安全装置であるが、 「相当な嫌疑(reasonable suspicion)」概念の 基準作成は、現実が余りに具体的で多様であるので、行うことができない。そこで、別の安全装 置を提案することにする。それは、 (a)停止させられた者に所持品検査理由を告知すること、 (ら)響 察官は所持品検査の記録を作成すること、 (C)上級官がこの記録を監視すること、である。これが 権限濫用を防止する最良の方法と考えられるのである。

3.委員会の提案(その2.自動車の停止・検査)

第1に、道路交通法(theRoad Traffic Act)は同法の目的のための無差別の停止を認めてい るが、本委員会としては、この無差別停止権は一般化されるべきではなく、同法の目的に限って 認められるべきだと考えるものである。

第2に、制服警官が停止に際してその理由を述べるべきことを提案する。

第3に、道路検問は、特定の期間、特定の状況で行われることとし、それを文書で警察次長以 上の者の授権を得て行うことにすべきである。

第4に、検問と自動車の検査とは区別されねばならず、車内に犯罪の証拠があるとの相当の嫌 疑がなくては、検問しても検査してはならない。

第5に、安全装置として、事後に部外でのチェックが行われなくてはならない。

第6に、以上のことを行うのに治安判事の令状を要すようにすべきだとの見解があるので検討 しておく。この理由は、警察内部での授権は好ましくないということにある。しかし、治安判事 は市民の権利より、むしろ警察を守る傾向すらあると思われるので、この見解は採らないことに する。

③ 家宅の立入と捜索(逮捕後のそれを除く)および物品の差押̀31) 1.現状と問題点

警察には、家宅に立入り、これを捜索し、証拠を押収する権限が、制定法とコモン・ローによ って与えられている。しかし、第1に、現在の権限は制限されすぎているといわれている。例え ば、故殺や誘拐の現場に立入り、捜索する権限は、令状なしではもちろんのこと、令状にもとづ く権限すらないのである。他方、第2に、ある目的で発付された令状で、これを口実に何でも

「あさり回る(ransacking)」との批判もある。第3に、治安判事が令状を安易に発付しすぎると の批判、第4に、令状の結果がどうなったかのチェックがないため、 1度以上用いることも可能

(12)

な状態だとの批判も加えられている。

2.委員会の提案(その1.改革案)

第1に、同意又は令状にもとづかないコモン・ロー上の立入権は、 (a)逮捕令状の主体がその敷 地内にいるとわかっている場合、この令状による逮捕を行うため、 (b)治安妨害に対処又は防止す

るため、 (C)生命・身体を救助し、財産に対する重大な損害を防止するため、 (d)合法的逮捕の後、

逃走した者を追跡するため、に存するが、これは法典化された上で、保持されるべきである。

第2に、令状にもとづく、所持禁止品の立入・捜索権は現状通り維持されるべきであるが、令 状が発付されるのは捜索の対象が特定の家宅内にあるとの相当な根拠にもとづく嫌疑がある場合 に限られるべきである。

第3に、逮捕された被疑者以外の人々の家に、証拠を求めて立入り、捜索することは、証拠と なる物が無関係の人々の物であるだけに、その影響は大きいといえる。それでも多くの場合は、

警察は同意を得ているのである。だが,この物が機密の物である場合などは、同意は得られない ことになりかねないのである。こうした事態に対処すべき法がないからに他ならない。そこで、

証拠のための強制的捜索権を用いることができねばならないと考えるべきであろう。但し、これ はあくまでも最後の手段として、例外的場合に、かつ、重大犯罪に関してのみ付与されるべきこ とを提案する。この目的の令状は刑事法院巡回裁判官によって発付されなければならず、令状に は捜索される物が特定されなくてはならない。この令状に対しては、裁判所‑の上訴が認められ るべきである。また、令状発付当局は、発付に際して次の4条件が満たされていることを確信し なくてはならない。 (a)既に他の捜査手段が用いられ、失敗し、かつ、事の性質上失敗するはかな いこと、 (b)捜されている物の性状がある程度正確に特定されていること、 (C)物が家宅内に発見さ れると信ずべき相当な根拠が示されていること、 (d)証拠が実質的価値があること、即、犯人の確 認や犯罪のてんまつが明らかになると信ずべき相当な理由が示されていること、である。

3.委員会の提案(その2.安全装置)

第1に、証拠提出を求める一切の令状、命令の発付に、一般的に適用される制定法が新たに必 要である。それは、以下の条件を満たしていなくてはならないであろう。 (a)令状発付は、発付当 局の司法的行為(judicial act)として行われること、 (b)令状請求は、治安判事又は裁判官に対し て、請求者の宣誓証書の形で行われること、 (C)決定は文書で記録され、被捜索家宅の占有者はこ れを閲覧できること、 (d)令状はできる限り正確に捜索対象を特定すること、 (e)令状の有効期限を 原則7日、最大28日として、執行されなかった場合は裁判所に返却されること、 (i)捜索にあたっ ては、第3着たる独立の立会人がいることが望ましいこと(既に慣行化して行われている)、 (g) 押収した物には受偽証を出すこと(これもすでに行われている)、である。

第2に、一方で「あさり回り」は許されないが、他方、押収できる物が令状に特定されている 物に限るとすることにも問題がある。そこで、押収できる物は、令状に特定されている物および 合法的捜索中に発見された所持禁止品又は重大犯罪の証拠に限定して認めるべきであり、これに も受領証を交付すべきである。これ以外の方法で押収された物は証拠とすべきではない。但し、

こういったからといって、手続き上のルールに反して得られた物は一切証拠にできないというの ではなく、如上の手続き上のルールに反して得られた物は証拠にできないと解すべきである。

(り 逮捕̀32)

1.寛在の逮捕権とその存在根拠

寛在の逮捕権は、コモン・ローによるもの、治安判事の令状によるもの、特定の制定法の規定

(13)

によるもので令状を要しないものに大別されるO コモン・ローの逮捕権は治安妨害に対して用い られる。治安判事が令状を発付できるのは、正式起訴にもとづいて審理しうる罪、あるいは、自 由刑にあたる罪を犯している被疑者を逮捕し、法廷に引致する目的のためであり、また、召喚状 を送ろうにも、被疑者の住所が不明である場合にも発付することができる。しかし、最も多用さ れているのは、 1967年の刑事法律法2条にもとづく逮捕である。本条は、重罪を理由とする令状 なしの逮捕という、古くからあるコモン・ローを制定法にしたものである。本条による逮捕が合 法であるためには、その犯罪が5年の拘禁をもって処罰できるものでなければならない。この罪 は、 「令状なしで逮捕しうる罪(arrestable offence)」と呼ばれる。また、本条による逮捕をする ためには、被逮捕者が犯罪を行ったとの相当な根拠にもとづく嫌疑がなくてはならない。その他 の制定法にもとづく逮捕権は種々雑多であるが、現行犯逮捕、氏名不詳・逃亡の恐れによる逮捕、

犯罪の相当な嫌疑がある場合の逮捕、不法に逮捕されないでいる者(例、脱獄囚)の逮捕の4つ のカテゴリーに分類することができる。

逮捕の究極目的は裁判にある。しかし、それだけではなくて、逮捕権は、逮捕後の留置期間を 一定の目的に用いるためにも、行使されることもあるO被疑者が証拠を淫滅したり、証人を妨害 したり、末逮捕の共犯を脅迫したりするのを防止するためにも用いられる。犯罪、とくに暴力犯 罪がくり返し行れると疑うべき正当な理由がある場合にも、これを防止するために用いられるこ ともある。しかし、こうした目的のために逮捕を行うのに十分な、相当な根拠があるからといっ て、それがそのまま問責(charge)を正当とするのに十分な根拠になるわけではないことに注意 しなくてはならない。例えば、伝聞証拠は、逮捕に必要な相当な嫌疑としては十分根拠たり得る が、人を問責するには十分ではないのである。いうまでもなく、伝聞証拠は裁判では証拠として 認められないからである。したがって、留置期間は被疑者に質問することによって、あるいは、

彼の助力を得て一層の実質的証拠を摸すことで、この相当な嫌疑を否定又は肯定するために用い られることもあるのである。

2.委員会の提案(その1.令状なしの逮捕・留置に対する制約原理としての「必要性原則(the

necessity principle)」)

(a)令状なしの逮捕についての委員会の提案C(b)以下参照のこと)には、 2つの目的がある。第 1には、逮捕が真に犯罪の防止や捜査のために行われたのかどうかを決めるためであり、第2に は、逮捕権の明確化・合理化・単純化のためである。逮捕と警察署への運行とが被疑者の日常生 活を混乱させることは疑いがないので、これを行い得るのは次の場合に限られねばならない。即 ち、氏名・住所の不詳、再犯の防止、人命・財産の保護、証拠の保全、嫌疑の否定又はその逆に 一応証拠のある事件にすること、被告発人の法廷‑の出廷を確保すること、のためである。

(b)令状なくして逮捕しうる罪を理由とする逮捕後の留置は、以下の5つの基準(the necessity principle)のいずれかが継続していなくてはならない。これによって、逮捕を減らし、逮捕権行 使を統一化することが可能になろう(i)召喚状を送付しようにも身元を明らかにしようとしない 者のため、 :ii)犯罪の持続又は再発を防止するため、 (iii)被逮捕者自身又はその他の者の人身の保 護および財産の保護のため、 :iv証拠の保全又は被疑者に質問することにより、その者から証拠

を得るため、 (V)裁判所に出頭しない恐れがあるため、以上であるO

(C)以上の5基準(必要性原理)に反することは違法になるが、これを適用すべき時点が問題と なる。警ら中の警察官(the police in the street)に対してもこれを通用すべLとの考え方もあ るが、これは視実的には無理であろうO したがって、警察署まで運行されてきたときに、路上で

(14)

行れた逮捕の是非、および留置の是非を5基準に照らして判断すべきものと考える。その結果と しての決定および理由は記録されねばならない。別の犯罪を明らかにするためにのみ、逮捕後の 留置を続けることは、この5つの基準に照らして許されないといえよう。

3.委員会の提案(その2.令状なしで逮捕しうる罪について)

令状を要する一般的逮捕権について、現在引かれている線は、自由刑にあるた罪又は正式起訴 できる罪であり、他方、令状を要しない一般的逮捕権について、現在引かれている線は、 5年の 拘禁で罰しうる罪である。しかし、 「5年」という基準には合理性があるわけではなく、事実い

くつかの重大犯罪はこの基準から脱落してしまう。 5年をもっと短くすると、令状なしで逮捕し うる罪を多くしすぎてしまう。それゆえ、委員会の過半数の委員は、令状なしで逮捕しうる罪と は、自由刑をもって処罰しうる罪とすること、但し、この逮捕権の行使は「必要性原則」に服す ることとすべきであると考えるものである。

なお、逮捕令状を要する犯罪の場合は、警察は令状を請求するか、召喚状を用いるかしなくて はならないのだが、被疑者が氏名住所を明らかにしない場合、警察は召喚状を送れないことにな る。この者はこの限りで法の執行を妨げていることになるので、多数意見は、これを理由とする 犯罪を新設し、安全装置を備えたうえで、警察に逮捕権を新たに与えるべきことを提案するもの である。

4.委員会の提案(その3.その他)

a) 1824年の浮浪者取締法(the Vagrancy Act) 4条にもとずく犯罪、いわゆる「不審者(sus)」

の逮捕についてかなり論議が行われた。青年、とくに人種的少数派出身の青年と警察との問に摩 擦があることは承知しているが、本委員会の付託条件外なのである。なお、 1980年11月20日、政 府は不審者罪(the suspected person offence)の廃止の意図を明らかにしたが、委員会はこれを 歓迎するものである。

(b)証人が証言を拒絶したことを理由に、これを逮捕する権限を認めることは反対である。

(C)重大事故(事件)等の例外的状況(例えば、列車内での殺人事件)で、嫌疑のない人々も一 時的に抑留する権限を警察に付与すべきことを、過半数の委員は提案する。但し、国民の自発的 協力を求めるのが筋であり、この種の権限を与えると、最後にはこの権限があるのだという威圧 的態度になる恐れがあり賛成できないという2名の委員の反対がある0

⑤ 逮捕後の留置̀33)

現状は、被疑者の75パーセントは6時間以下で処理され、 95パーセントは24時間以内に処理さ れており、問責なくしてこれ以上長く抑留されることは、本当に稀な場合でしかない。そこで以 下の点を提案することにする。

第1に、任意出頭した者に対しては、逮捕の条件が具備されたときは、 「今、逮捕した」と述 べるべきことを勧告したい。

第2に、重大な(Serious)犯罪で抑留されている者は、 「可及的速やかに」治安判事のところ へ引致すること、また、その他の全ての犯罪について、保釈等がなされない場合は、 24時間以内 に引致することが、法により定められている。そこで、時間が問題になる。抑留はいっ始まり、

いつ終わるのか。正確にいえば、逮捕に始まり、保釈(又は裁判所への身柄移管)で終わるとい うべきであろう。だが、逮捕は戸外で行われることも多く、正確に始期を確定しにくいことが少 くない。また、移動の時間も抑留時間に加えられるべきであろうか。そこで、委員会は、被疑者 が最初の警察署に着いた時点を始期とし、旅行や移動の時間は加えないことを提案する。留置記

(15)

録書(thecustodysheet)には、逮捕時間、到着・出発時間等と記入するよう提案する。

第3に、留置の期間と安全装置について提案する。警察到着後、6時間たって、いまだ問責さ れていない場合は、捜査担当官以外の者が、なお留置の理由があるか否かを調べ、文書で記録し、

被疑者にもこれを通知する。例外的にこれを超える者も、24時間以内には、無条件に釈放、保釈、

問責等されなければならないと考える。しかし、重大犯罪の場合には、この24時間の時間制限を 超えることもありうるであろう。これに対処するには、必ず制定法に依ることが必要である。そ の原則的内容は、次の通りである。(a)私室での治安判事のとこち‑必ず引致すること、(b)被疑者 に法的代理が認められるべきこと、(C)治安判事が承認できるのは、更に24時間以内での延長だけ であり、これをも再度超えるときは、再度治安判事のところへ引致するべきであり、この時点以 降、被疑者には上訴の権利が与えられるべきである。以上である。更に、この制限時間が週末や 夜と重なった場合は、被疑者がソリシターと接触することが認められるべきである。但し、ソリ シターは、ここでは法的助言は行えず、被疑者の心身の状況‑の配慮を行うことに限られるべき である。

⑥逮捕にともなう家宅捜索(34)

逮捕にともなう何らかの家宅捜索権の存在の必要を委員会は認める。こうした捜索は犯罪の捜 査と発見に役立つからである。警察がこの捜索を行う必要がある場合、適当な安全装置の条件に 服して、これを行う権限を、制定法によって与えられるべきである。この逮捕にともなう捜索の ための基準は、その他の合法的捜索のための基準と同様、被逮捕者の占有又は統制にある家宅 (又は自動車)に、その者の逮捕された犯罪にとって重要なものがあるとの相当な根拠にもとづ く嫌疑に立脚していなくてはならないのである。その他の家宅の捜索は、この段階では、令状に もとづくべきであろう。なお、安全装置は、逮捕前の捜索についてのものと同様である(本稿③

‑3を参照のこと‑‑筆者)。

(2)批判的検討

以上で、王立委員会報告第3章「捜査権と市民の権利」の概観を終えることにする。主要な部 分は逸していないっもりであるが、指紋採取や写真撮影など興味深い箇所を若干残していること をお断りしておきたい。そこで、ここでは、以上の報告書に対する諸見解を整理しつつ、これを 検討してゆくことにしたい。

①逮捕前の人・車の停止と捜索について

内務省は、「王立委員会‑の意見書」をすでに提出していたが、その内容は、第1に、現行法 では火器以外の武器所持を理由に停止、捜索する権限がないので、凶悪犯罪増加にかんがみ、こ れを「攻撃的武器」に拡大すべきこと、第2に、盗品所持の嫌疑がある時の停止,捜索権を全国 的立法で承認すべきこと、第3に、薬物所持の嫌疑がある時の権限行使について、その行きすぎ を理由に廃止を唱える団体もあるはどなので、王立委員会で検討を望むこと、以上であった。こ れに対して、ジャスティスは、麻薬の捜索権は、制服警官が、具体的疑惑をいだいた場合に限定 すべきである等の提言を行っていた(35)

。王立委員会の提案は、基本的には、この方向に沿ったも のといえるように思われる。

この内容に対しては、第1に、停止・捜索権は現在より拡大されることになるが、この権限行

使の基準となる「相当な嫌疑(reasonablsuspicion)」の内容を規定する客観的指針を委員会は示

(16)

していないことに批判が向けられている。(36)第2に、安全装置として、記録とその内部的監視が 挙げられているが、そもそも記録そのものが公平,客観的にされる保障があるといえるであろう か。これは、上級官のモニターについてもあてはまるであろう。それでは、真の安全装置は何か といえば、ある者は、「違法な捜査によって得られた証拠の排除」以外にないと主張するoしか し、第3に、委員会は必ずしもこれを必要だとは考えていないのである(37J

次に道路検問についてであるが、これについては治安判事ラバースタンプ(RubberStamp)請 に立って、内部許可論を委員会は展開している。これに対して、そうだとすれば、他の場合にも そういうことにはならないであろうかという批判がある。「この見解は、その他の状況における 治安判事の権限授与の独立性に疑念を抱かせるに相違ないのである。」(38)

③家宅捜索について

第1に、ここでも内務省からの現行の捜索権不備の訴えを基本的に受けとめている。既に例示 されているように、殺人事件でも捜索令状を出せない環実は、内務省の意見書と全く同様といえ る。このこと自体には、大きな批判を見出すことは出来ないといえよう。しかし、捜索令状の執 行に伴って、その他の所持禁止品、その他の重大犯罪の証拠を押収できるとまで提案したことC39) に対しては、大きな批判が加えられている。この「付随的権限」行使に対する唯一の制限は、「捜 索されている特定の物に適切な仕方で行われる捜索の間にその物が発見されねばならないこと」

だけであり、これでは、「あさり回り(ransacking)」の危険があるという訳である(40)

第3に、権限の濫用に対して、民事訴訟と不服申し立て以外の救済手段は提案されておらず、C41) 不十分である。総じて、捜索権拡大に見合った安全装置の充実という点での「均衡(balance)」

を欠いているとの批判が加えられている(42)

③逮捕について

第1に、「どんな些細なものであれ、主張されている犯罪を犯したために、住所氏名を明らか にすることを拒否したことを理由とする包括的逮捕権が提案されているが、これは潜在的に爆発 する危険性をもっている。これは、警察と国民との問に悪感情の大潮をつくりだす恐れがある」

との厳しい批判が行われている。(43)

第2に、「必要性原則」が警ら中の警官に適用されない点で、「短時間であれ、逮捕を用いるこ とがふえないであろうか」との危倶が寄せられている。(44)

第3に、逮捕を巡るトラブルは、青年とくに人種的マイノリテ一に多いのだが、いわゆる"sus"

の廃止をもっと強力に主張すべきであるという批判がある(45)

第4に、逮捕権の拡大については、とくに多くの批判が加えられている。即ち、委員会は、令状 なしで逮捕しうる罪を「自由刑をもって処罰しうる一切の罪」に拡大し、その上で「必要性原則」

を用意するというが、これは不心得な警察官の権限濫用を防止する保障たり得ないのではないだ ろうか。また、委員会は、逮捕は被疑者の生活に多大の混乱を生み出すことを承知しなから、逮 捕権の拡大のみを提案し、召喚状の利用についてはほとんど触れるところさえないままである。

「同意による警察活動」をいうのであれば、もっと召喚状の活用を考えるべきであろう(46)

第4に、総じて、「警察が法の精神と文言に対して凡帳面な敬意を払う理想の世界では、提案 は必ずや改善となるであろう。委員会の失敗は、安全装置‑の配慮を欠いたところにある」と批 判されているのである。(47)

④逮捕後の留置について

この部分については、2つの点が問題とされる。第1には、警察署への任意出頭から留置への

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