奈良教育大学学術リポジトリNEAR
目標準拠評価の到達点と課題−教員養成教育で使用 されるテキストに着目して−
著者 北川 剛司
雑誌名 奈良教育大学教職大学院研究紀要「学校教育実践研
究」
巻 8
ページ 11‑17
発行年 2016‑03‑31
その他のタイトル A Study on the Latest Arguing Points and
Issues in the Future of Criterion‑Referenced Assessment ‑ Focusing on Textbooks for
Teacher Training and Education ‑ URL http://hdl.handle.net/10105/10410
−教員養成教育で使用されるテキストに着目して−
北川剛司
奈良教育大学大学院教育学研究科教職開発講座
A Study on the Latest Arguing Points and Issues in the Future of “Criterion-Referenced Assessment”
- Focusing on Textbooks for Teacher Training and Education -
Takeshi Kitagawa
School of Professional Development in Education, Nara University of Education
<あらまし> 現在のわが国の学校教育現場における学習評価の議論では、目標準拠評価が 中心となっている。この目標準拠評価の考え方はわが国においては
1970
年代半ばに隆盛し、その後広まってきたとされる。登場当初から現在まで約
40
年が経つ中、目標準拠評価には かなりの研究的蓄積がある。そこで、これまでの目標準拠評価を取り巻く議論を現時点にお ける一つの到達点の形として示すことを試みる。その際、教員養成教育で主に使用されてい るテキストに分析の対象を絞り、さらにその中から5つのテキストに対象を絞った。研究をとおして、目標準拠評価は登場当初においては、評価規準となる目標を「明確な外 的行動」によって叙述するとされていたが、近年においては必ずしもそうではなく、内面の 様態も含むより一般的な目標叙述も許容されていることなどが到達点として明らかとなっ た。
<キーワード> 目標準拠評価 教育評価 学習評価 絶対評価
1. はじめに―研究の目的、対象、方法―
現在のわが国の学校教育現場における学習評価の 議論においては、目標準拠評価がその中心となって いる
1 )
。そして、この目標準拠評価のわが国におけ る起源は、1970
年代半ばにみることができる2 )
。す なわち、目標準拠評価が登場したのは今からおよそ40
年前のことであり、現在の目標準拠評価は約40
年間を経て今日の形に至っている。目標準拠評価 を取り巻くこの40
年間における議論において、そ れがどのように変遷しているのかを整理すること で、目標準拠評価における現在の到達点としての最 近の動向を明らかにすることが本研究の第一の目的 である。同時に、最近の目標準拠評価の議論におい てもなお、解消されていないと判断される論点を課 題として示すことが本研究の第二の目的である。なお、本研究は、約
40
年における目標準拠評価を取り 巻く議論の展開に主に着目することで今日の目標準 拠評価の一つの到達点の形を示すもので、現在の目 標準拠評価に関する議論について網羅的に整理する というものではない。本研究では分析の対象を絞る。本研究における主 な分析の対象は、教員養成教育における使用を想定 して執筆された教育評価に関するテキストである
3 )
。 さらにその中から、次のテキストに絞った。①梶田叡一(
2002
)『教育評価 第2版補訂版』有 斐閣双書。②橋本重治原著、応用教育研究所改訂版編(
2003
)『
2003
年改訂版教育評価法概説』図書文化。③田中耕治編(
2005
)『よくわかる教育評価』ミネ ルヴァ書房。④田中耕治(
2007
)『教育評価』岩波書店。⑤西岡加名恵・石井英真・田中耕治編(
2015
)『新 しい教育評価―人を育てる評価のために―』有斐 閣コンパクト。なお、③・④・⑤のテキストは、京都大学の教育 方法学研究者のグループが中心となって執筆したも のであるが、④は田中耕治氏の教育評価論を読み解 くテキストとして、⑤は西岡加名恵氏と石井英真氏 の執筆部分を中心に彼らの教育評価論を読み解くテ キストとして、③は田中氏、西岡氏、石井氏以外も 含めて彼らのグループの教育評価論を広く読み解く テキストとして参照した。
本研究では、第一に、現在のわが国の学習評価の 議論が目標準拠評価を中心として展開されていると いう事実を確認するために、文部科学省によって刊 行されている報告書を主として、そこに記載されて いることを整理する。第二に、目標準拠評価の到達 点を明らかにするために、上述したテキストにおい て、目標準拠評価がどのようなものとして記載され ているかを読み解く。第三に、目標準拠評価の課題 を示すにあたって、まずは目標準拠評価に対して向 けられてきたこれまでの批判を足がかりとして、そ れら批判に対していかなる議論がなされているかに ついて簡単に示し、そのうえでなお対応できていな いと考えられる点を課題として示す。
2. わが国における学習評価の捉え方―中教審教 育課程部会報告における記述にもとづいて―
本章では、中央教育審議会教育課程部会「児童生 徒の学習評価の在り方について」の報告書(平成
22
年3月24
日)における記述にもとづいて、わが国に おける学習評価の捉え方について明らかにする。報告書においては、「3.学習評価の今後の方向性 について」と題される部分において、「きめの細かい 学習指導の充実と児童生徒一人一人の学習内容の確 実な定着を図るため、各教科における児童生徒の学 習状況を分析的にとらえる観点別学習状況の評価と 総括的にとらえる評定とについては、目標に準拠し た評価として実施していくことが適当である」と述 べられている。このことから、文部科学省が学習状 況の評価と総括的な評定の双方において目標準拠評 価の実施を求めていることがうかがえる。
一方、同報告書には、目標準拠評価以外につい ても次のように言及されている。「このような目標 に準拠した評価のほか、学級・学年など集団の中で の相対的な位置付けに関する集団に準拠した評価や、
観点別学習状況の評価や評定には示しきれない子ど もたち一人一人のよい点や可能性、進歩の状況につ いて評価する個人内評価がある」。すなわち、同報告 書に示される学習評価としては、1.目標準拠評価、
2.集団準拠評価、3.個人内評価の3つがあると される。しかしながら、2の集団準拠評価について は、そうした評価があるという存在にこそ言及され ているものの、同報告書において、集団準拠評価が 推奨されたり使用が想定される場面に関する言及は 一切ない。さらにいえば、同報告書では「評定につ いても目標に準拠した評価として実施することが適 当である」とした平成
12
年12
月4日教育課程審議 会答申「評定についても目標に準拠した評価に改め る理由」を紹介しつつ、むしろその使用については 否定的に取り扱われている。また、個人内評価については同報告書では次のよ うに述べられている。「なお、児童生徒の学習状況を 評価するに当たっては、観点別学習状況の評価や評 定には十分示しきれない、児童生徒一人一人のよい 点や可能性、進歩の状況等についても評価し、この ような個人内評価を積極的に児童生徒に伝えること が重要である」。また、「各教科が対象としている学 習内容に関心をもち、自ら課題に取り組もうとする 意欲や態度をはぐくむことは、他の観点に係る資質 や能力の定着に密接に関係するものである。教師の 指導により、学習意欲の向上はみられたものの、そ の他の観点について目標の実現に至っていない場合 は、学習指導の一層の充実を図ることが重要である。
その際、個人内評価を積極的に活用し児童生徒の学 習を励ますことも有効である」。こうした個人内評 価に関する記述から、目標準拠評価では十分に示し きれない児童生徒の良さや可能性を彼らに伝えたり、
学習意欲の向上のために彼らの学習を励ましたりと いった役割が、個人内評価には期待されていること がうかがえる。同時に、こうした個人内評価の役割 はあくまで目標準拠評価を補うものであるというこ とが強調されていることから、目標準拠評価が主た る学習評価で、個人内評価はそれを補助する学習評 価であるという位置づけがなされていることが分か る。
以上のことから、わが国における学習評価の捉え 方については次のように整理できる。
①学習評価では、目標準拠評価と個人内評価の併用 が想定されている。
②学習評価の方法としては、観点別学習状況の評価 においても評定においても目標準拠評価が主た るものという位置づけがなされている。
③目標準拠評価を補う学習評価として個人内評価が あり、その役割は、目標準拠評価では示し得ない 部分を評価すること、および、個人内評価によっ て学習者を励ますことであるとされている。
北川 剛司
3. 目標準拠評価の到達点 3. 1. 到達度評価と目標準拠評価
わが国における目標準拠評価の立場は、
1970
年 代半ばに東京・京都を中心として隆盛した到達度評 価運動の中で次第に確立されていったということは すでに述べたとおりである。目標準拠評価の立場が 登場してから現在までの約40
年の中で、目標準拠 評価を取り巻く議論はどのように展開されていった のか。ここで、その前段階として、基本的な用語の 整理のために、「目標準拠評価」と「到達度評価」の 違いについて若林身歌の説明を引用しておく。「『到 達度評価』は到達目標(行動目標)を狭く設定して 実践を進めるため、目標としてとらえられる範囲が 限定されるという問題を抱えていました。『目標に 準拠した評価』は、まさにこの『到達度評価』の抱 えていた問題点を克服することを課題に登場した評 価の立場です。つまり『目標に準拠した評価』とは、『到達度評価』にその精神と方法論を学びつつ、なお かつその反省の上に、基礎学力とともに発展的な学 力の育成に向けても目標を規準にした評価を実践し ていこうとする教育評価の立場です」
4 )
。すなわち、今日の目標準拠評価と言われる評価の立場は、議論 の発展にともなって、登場初期においては「到達度 評価」、近年では「目標準拠評価」と用いられる呼称 が変わってきたことが分かる。ただし、本研究では 両者を区別せず「目標準拠評価」という名称に統一 して用いている。
3. 2. 目標準拠評価における2つの立場
1970
年代半ばに登場したものを到達度評価の方 法について、テキスト③では次のように説明され る5 )
。「『到達度評価』では、すべての子どもに基礎 学力を保障するために、まず学校教育を通じてどの 子にも等しく身につけてほしい学力内容を『到達目 標』に表します。到達目標とは、たとえば『分数の割 り算ができる』『植物は光合成をして自分で栄養を 作って生きていることがわかる』というように、そ の授業を通じて子どもたちに何が獲得されなくては ならないのかを実態として示す目標です」6 )
。すな わち、1970
年代半ばにおける到達度評価において は、何ができるようになったかが実態として把握で きるように具体的な行動によって到達目標を示すこ とが重視されていた。一方、目標準拠評価の方法について、若林は「新 指導要録の実施にともなって、現在さかんにすすめ られている『目標に準拠した評価』は、このドメイ ン準拠評価とスタンダード準拠評価の二つの方法論 を含みもつものです」
7 )
と述べている。ここでいう ドメイン準拠評価およびスタンダード準拠評価につ いては次のように説明されている。まずドメイン準拠評価とは、
1960
年代初頭に登 場したとされる目標準拠評価の立場である。それは「わが国でいえば初期の『到達度評価』の実践に該 当するもの」
8 )
で、「子どもたちのなかに学力が獲得 されているか否かをとらえるためには、その獲得状 況が明確に判断できるような評価規準を設定しなく てはならない」9 )
という考え方を基本とする。この ドメイン準拠評価の意義は、「教育目標そのものを 規準とするという評価のあり方、つまり『目標に準 拠した評価』の発想と方法論を明確に提起した点に ありました」10 )
とされる。一方、ドメイン準拠評価 が普及するにしたがって、それに対しては問題点も 提起されるようになった。その問題点とは「学校の カリキュラムの抱える教育の目標・内容のうち、行 動目標として明確な内容規定や行動規準を示すこと ができるものは限られている」11 )
というものであ る。すなわち、ドメイン準拠評価が基本的な方法論 として採用した「明確に判断できるような評価規準(『○○ができる』『○○がわかる』という形式)」が 規定できる範囲の限定性が主に問題とされた
12 )
。こうした問題点に対応する新たな方法として登 場したのがスタンダード準拠評価と呼ばれる目標準 拠評価の立場である。それが登場したのは
1980
年 代後半であった。スタンダード準拠評価の方法論 は「できた・できないの二分法で評価をしようとし たドメイン準拠評価に対し、一つの教育目標につい てのさまざまな到達レベルを設定し、これを評価の 指標として子どもたちの学力獲得の実態、その中味 や質を具体的にとらえようとするものです」13 )
と ある。すなわち、目標への到達を段階的にとらえる ことで、できたかどうかが明確に判断できる叙述に よって目標を必ずしも描かなくてよくなった。その ことによって、学校のカリキュラムが扱うより広い 範囲の学力を対象として目標準拠評価のアプローチ がとれるようになったのが、このスタンダード準拠 評価の立場が登場した意義であるととらえられてい る。目標準拠評価における立場性の異なりについて は、石井によっては次のように2つの行動目標論と して説明される。1つがプログラム学習法の行動目 標論と呼ばれる立場で、もう1つがタイラー・ブ ルームの行動目標論と呼ばれる立場である。
前者の立場を代表するのがメイジャーやポファム で、彼らの立場は次のように要約される。「彼らは、
教育目標を個別・具体的な下位目標へと限りなく分 解します。そして、目標を達成できたかどうかが一 目で判断できるくらいにまで、それぞれの目標を具 体的に叙述しようとします。そのために、彼らは、客 観的に観察可能な行動を示す動詞によって目標を叙 述することを提唱します」
14 )
。この立場は、わが国において
1970
年代半ばの到達度評価の用いた方法 に通じている。後者のタイラー・ブルームの行動目標論と呼ばれ る立場は次のように要約される。「タイラー、ブルー ムにおいては、『行動』概念は、客観的に観察可能な 外的行動のみならず、思考や感情といった内面の様 態も含む概念として用いられています。そして、『か け算の意味を理解している』など、内面の様態を示 すより一般的な目標叙述も許容されます。・・・(中 略)・・・彼らは、その目標の意味内容の相互理解が 図れるように、それでいてかつ、その目標の本質的 特徴を損なわない程度に目標を明確化することを主 張するのです―引用の中略は筆者による」
15 )
。この 後者の立場の特徴は、到達目標を必ずしも外的な行 動のみによって記述しようとせず、一般的な目標叙 述が許容されるとしていることである。ただし、外的な行動によって到達目標を示さない ということは、一見、到達したかどうかの判断をあ いまいにしようとするもののようにも思われるが決 してそうではない。つまり、タイラー・ブルームの 行動目標論の立場が客観性を軽視しているわけでは ない。事実、彼らは「目標を明確化する」ことを主 張している。これに関わっては、わが国にブルーム の教育評価論を紹介し普及させた梶田も同じく「わ れわれは、行動目標という形で記述するということ 自体を自己目的化するのではなく、『その目標の真 に意味するところを損なわない限りにおいて最大限 の明確化をめざす』という立場を取りたい」
16 )
と述 べている。梶田は複合的で応用的な能力を評価しよ うとする際に用いる評価方法の信頼性・客観性にお ける脆弱さを認めながらも、それを宿命的で克服不 可能なものだと諦めてはいない。梶田は「工夫の仕 方によっては、かなりの程度にまでそれぞれの短所 を是正することもまた可能なのである」17 )
とし、複 数の収集方法を組み合わせることによってそうした 短所の是正が可能となると説いている。3. 3. 目標準拠評価とルーブリック
発展的・応用的な学力を対象とした目標準拠評価 においてはルーブリック(評価指針)づくりが欠か せないとされる。ここではルーブリックについてそ の動向を整理する。
まず、ルーブリックにおいてはどのような叙述 がなされることとされているのかについてみていく。
ルーブリックでは、一般的な目標叙述がどの程度許 容されるのであろうか。その程度を示す例として、
宮本浩子による実践記録
18 )
に掲載される「読書会 を進める力のルーブリック」の「5すばらしい」基 準で採用される文言を引用しておく19 )
(表1)。表1において、冒頭で使用されている「生き生き と」および「積極的に」といった表現は内面の様態 を示すより一般的な目標叙述の例である。そうした 表現は評価者による判断の余地を含みこむものであ るが、それがそのままルーブリックにおける基準に 採用される。「生き生きと」といった様態を、一目で 判断できる外的行動として分解しようとはせず、そ のまま採用するのが特徴である。ここに、複合的で 応用的な能力を評価対象とした場合のルーブリック の基準に関する叙述の明確化の程度を見て取ること ができると考える。
次に、ルーブリック作成の手順について。西岡に よれば、ルーブリックの手順は次のようになるとい う
20 )
。①パフォーマンスの課題を実施し、子どもの パフォーマンスの事例(完成作品や実演)を集める、②パッと見た印象で、『5 すばらしい』『4良い』
『3合格』『2もう一歩』『1かなりの改善が必要』
という5つのレベルで採点する
21 )
、③それぞれのレ ベルに対応する作品群について、どのような特徴が みられるかを読み取り、記述語を作成する。この手順から次のような特徴を見て取ることがで きる。まず、ルーブリックを作成してからそれにも とづいて採点するのではなく、採点した後にルーブ リックを作るということである。これは、複雑な能 力をみようとする場合、その到達の様子を事前に予 測してルーブリック化することは不可能だという考 えにもとづくためであると考えられる。ゆえに、教 師が複数人で先に採点を行い、その結果として得点 の合意が得られたパフォーマンスの特徴からルーブ リックに採用する叙述を紡ぎ出そうという手順に なっている。
4. 目標準拠評価の課題
目標準拠評価の課題について、田中は「アメリカ において、『目標に準拠した評価』への批判を代表す るものとして、スクリヴァン(
Scriven, M.
)とアイ スナー(Eisner, E. W.
)の所論が有名である」22 )
とし て、それぞれの批判を次のように紹介している。ま ず、スクリヴァンの展開した批判について。田中は、◯生き生きと話し合いに参加し、積極的に意見を述 べている。互いの意見を関連づけて意見を述べた り、疑問に思ったことを投げ返したりしながら、話 し合いを深めようとしている。話し合いのメンバー にも配慮することができ、発言をうながしたり、声 をかけたりするなど、司会者的な役割を果たしてい る。話し合いの中で、自分の考えが深まっていく楽 しさを自覚している。・・・(以下省略―筆者)
表1:「読書会を進める力のルーブリック」に おける「5 すばらしい」基準の文言
北川 剛司
スクリヴァンの問題意識について、「『目標にもとづ く評価』とは・・・(中略)・・・あくまでも『目標』
との関係から、『目標』の実現をめざして、その活用 を評価し、改善していこうとしている。しかし、『目 標に基づく評価』は、そのために『目標』からはみ 出すような活動つまり『思わぬ結果(
side effects
)』 を見過ごすことになりやすい。つまり、自分が設定 した『目標』=立場にとらわれて、事態を全面的に 把握できなくなる危険がある」23 )
というように整理 する。そのうえで、「評価者には、そのプログラムの ゴールや意図は知らされてはいない。あくまでもそ のプログラムに利害を持つ人々のニーズに基づいて、プログラムの効果が吟味される―引用の中略は筆者 による」
24 )
というゴール・フリー評価という着想に スクリヴァンが至ったと整理している。次に、アイスナーの展開した批判について。田中 は、アイスナーの問題意識について、「アイスナー は、たとえば絵を描く教育活動を想定して、事前に すべて正確で測定可能な用語で教育目標を記述する ことは不可能であって、その活動の過程においては 予想外の行動や成果が生起するし、むしろ新規で創 造的な反応こそが望まれているといえる」
25 )
という ように整理する。そのうえで、「行動目標」に還元で きない教育目標のあり方としてアイスナーが提案し たことを次のように整理する。「アイスナーによれ ば、『行動目標』の場合には、教師は事前に決められ た目標と同形の行動を子どもたちから引き出そうと するが、『問題解決目標』の場合には、問題の解決策 の発見自体が教師と子どもたちにとって知的な探検 に基づく驚きの過程であって、その過程を通じて子 どもたちの中に高次の能力が形成されると考えるの である」26 )
。これらスクリヴァンとアイスナーの批判を、目 標準拠評価への提起だととらえるのが田中である。
「スクリヴァンが、『ゴール・フリー』の立場から
『目標に準拠した評価』の弱点を指摘したのに対し て、アイスナーは『質』を記述する『批評』活動か ら、『目標に準拠した評価』の相対化を試みようとし た。そこには、『目標の規準性』に直ちに回収でき ない教育実践の創造性への着目と、その創造性に浸 透する『質』を評価対象として措定すべきであると いう提起があった。翻って、『目標に準拠した評価』
においては『質』をいかに把握するのかが問われた のである」
27 )
。その結果として、ルーブリックの活用およびルー ブリックで採用する叙述やルーブリックづくりの手 順を工夫する形で目標準拠評価は今日のような形に 発展させられてきた。しかしながら、スクリヴァン とアイスナーの指摘は、目標準拠評価の範疇では汲 み取ることができない提起をも含んでいると筆者は
見ている。スクリヴァンやアイスナーが述べた批判 の本質的な部分については今なお目標準拠評価の課 題であるといえよう。
そして、田中がもう一つ紹介しているのがアップ ル(
Apple, M. W.
)による目標準拠評価へのイデオ ロギー批判である。田中は、アップルの問題意識に ついて、「アップルによれば、学校はカリキュラムを 編成する過程において文化・知識の選択・構成に積 極的に関与し、いわば『優先的知識』または『公的 な知識』を抽出する。したがって、この過程ならび に結果はけっして『中立』的な性格を持つものでは ない」28 )
というように整理する。そのうえで、目標 準拠評価に対してアップルが提案したことを次のよ うに整理する。「現代のカリキュラムにおける『優先 的知識』または『公的な知識』とは、秩序と合意を ルールとする『技術的知識』(そこでは、科学の発 展の契機である『対立』の歴史は排除される)であ り、その編成原理はシステム管理に範を取る『行動 目標』論であると批判する」29 )
。こうした目標準拠評価が持つイデオロギー(≒特 定の目標を疑いようのない「是」としてその目標へ の到達を迫ること)への批判も、それを目標準拠評 価において自覚することで目標準拠評価のさらなる 発展の契機とすべきといった見方も可能であるもの の、これについても目標準拠評価の範疇では汲み取 ることができない提起をも含んでいると筆者は見て いる。よって、この点も今日の目標準拠評価の課題 といえよう。
最後に、目標準拠評価のみの課題というよりは、
目標準拠評価も含めたすべての教育評価にとっての 課題として次のことを取り上げておきたい。プログ ラム評価等の評価研究の文脈では、従来の信頼性な どに加えて「評価情報の有用性」や「利害関係者の 参加度合い」が「よい評価の基準」とされている
30 )
。 前者については「組織の意思決定に活用される評価 を行うためには、評価結果がわかりやすく、使いや すく、役に立つものである必要がある」31 )
とある。つまり、いかに豊富で良質な評価の情報であっても、
それが使用者にとってわかりにくいものや使いにく いものであってはならず、評価はあくまで改善のた めに役に立たなければ意味がないということが指摘 されている。
後者については、「評価結果については、利害関 係者の間で必ずしも同意されるとは限らない。・・・
(中略)・・・評価結果をどのように解釈するかは、
利害関係者の価値観など社会的、経済的、政治的要 素に負うところも少なくない。・・・(中略)・・・評 価の実施に際しては、評価者が誰であり、どのよう な立場にたち、どのような利害関係者の評価への参 加を図り、どのように評価を実施するかなど、評価
の枠組みを適切に構築することが重要になる―引用 の中略は筆者による」
32 )
とある。つまり、評価結果 は利害関係者が解釈するものであるという前提のも と、利害関係者が適切な解釈を行えるように、適切 な枠組みを構築するという評価のあり方が提起され ている。このように、目標準拠評価においても、有 用性を高める工夫、および、利害関係者の参加を促 す工夫が求められることが今後の課題といえよう。5. おわりに
本研究では、今日において教育評価の中心となっ ている目標準拠評価について、その到達点と課題を 明らかにした。
以上のことから、目標準拠評価の到達点を次のよ うにまとめることができる。第一に、目標準拠評価 は主として2つの立場を併せ持っているということ である。「ドメイン準拠評価とスタンダード準拠評 価」および「プログラム学習法の行動目標論とタイ ラー・ブルームの行動目標論」という目標準拠評価 の2つの立場は、その字のとおり「立場」であって、
二律背反的にどちらかの立場が否定されるようなも のではない。評価対象に応じて立場を切り替えて対 応するというのが現在における目標準拠評価の議論 となっていることが分かる。
第二に目標準拠評価における2つの立場の切り 替えは次のようになされるということである。まず、
基礎的・基本的な目標を評価の対象とする場合には、
一目で判断できる外的行動目標を用いて評価するこ とが客観性の担保という意味で有効である。ゆえに、
基礎的・基本的な目標についての評価はドメイン準 拠評価およびプログラム学習法の行動目標論のよう な立場にもとづいて行われる。一方、発展的・応用 的な目標を対象とした場合には、目標への到達を数 段階でとらえ、それぞれの段階への到達を示す叙述 においても外的行動のみならず内面の様態も含めて 評価者の判断の余地を含めた叙述を採用するという 方法論(ルーブリックにもとづく評価)が妥当性の 面で有効である。
第三に発展的・応用的な目標を対象として評価 する場合のルーブリックは、それをみるためのパ フォーマンスが収集されてから、まずそれらを複数 の評価者が個別に採点し、採点の合意が得られたも のから、ルーブリックの各基準に採用する叙述をつ むぎだすという手順をとるとされる。
ただし、信頼性・客観性の観点から、目標準拠評 価では発展的・応用的な能力を対象として評価する ことはそもそも不可能であるとする立場もある。例 えば、橋本が述べる目標準拠評価の到達点や今後の 発展の方向性は、先のルーブリックを用いるものと は異なる。橋本は次のように述べる。「(目標準拠評
価は)信頼性・客観性の確保がこれからの大きな課 題となる。目標準拠評価は基礎的・基本的な教育目 標の評価には適しているとしても、長期的な総括的 評価でみたいところの発展的・応用的な目標を含む 総合的な学力の評価にはかならずしも適していな い―引用の括弧内は筆者による補足」
33 )
。すなわち、目標準拠評価は、その対象とする教育目標が発展的 で応用的なものであればあるほど、評価者ごとの評 価結果のバラつきが生じやすくなり、信頼性・客観 性が確保できないことが橋本によって指摘されてい る。こうした課題をふまえて、橋本が提唱したのが、
学習評価における絶対評価と相対評価の併用である。
「それら(発展的・応用的な目標)は、間接的にでは あっても、集団準拠評価によって個人差としてとら えるほうが用意で信頼に足る評価ができる―引用の 括弧内は筆者による補足」
34 )
というように、橋本は 目標準拠評価と集団準拠評価を併用することを、こ の課題を乗り越えるための方策として示唆している。課題については、これまでから目標準拠評価に対 する批判として認知されてきたスクリヴァンやアイ スナーに加えて、アップルの批判などが近年の検討 課題となっている。また、プログラム評価の文脈に まで広げたとき、そこで議論される有用性やステー クホルダーの参加といったことも今後の課題となっ てくることを述べた。
註
1)詳しくは2章にて後述するが、中教審教育課程 部会「児童生徒の学習評価の在り方について(報 告)(平成
22
年3月24
日)」において、観点別学 習状況の評価と評定とにおいて、目標に準拠した 評価による実施が適当と述べられており、目標準 拠評価が現在の学習評価の中心と考えられている ことが分かる。2)
1960
年代に、保護者たちを中心して、相対評 価に対する疑義が盛んに唱えられたことを背景と して、1970
年代になって、東京・京都を中心と して到達度評価運動が展開された。また、同時期 に、梶田叡一らによってブルームの著書が翻訳さ れてマスタリーラーニングの考え方が紹介され た。こうしたことが契機となり、わが国において、目標準拠評価の考え方が普及していくこととなっ た。
3)教員養成教育において使用されるテキストにお ける記述にもとづくことで、目標準拠評価の実践 に直結した到達点が明らかにできると思われる。
4)若林身歌(
2005
)「目標に準拠した評価」田中 耕治編『よくわかる教育評価』ミネルヴァ書房、24
頁。5)「到達度評価」と「目標準拠評価」は、どちら
北川 剛司
も子どもの学習到達を絶対評価によって評価する もので、両者はともにいわゆる絶対評価である。
本研究では「目標準拠評価」という用語を「到達 度評価」をも含めたものとして用いている。
6)若林身歌(
2005
)「到達度評価」田中耕治編『よ くわかる教育評価』ミネルヴァ書房、22
頁。7)若林身歌(
2005
)「目標に準拠した評価」田中 耕治編『よくわかる教育評価』ミネルヴァ書房、24
頁。8)同上書、
25
頁。9)同上書、
24
頁。10
)同上。11
)同上。12
)明確な外的行動目標のみに限定することにつ いては梶田もその問題点を次のように述べてい る。「行動目標の形で表現しやすいもののみに到 達目標を限るならば、教育のあり方自体に重大な 歪みが生じざるをえない。たとえば、行動目標の 形で表現されるのは、特定の具体的な知識、理 解、技能などであるが、それらだけを到達目標と して考えるならば、論理的思考力や創造性などと いった高次の認知的目標、さらに関心や意欲、態 度や価値観といった情意的な目標の追求が、教育 活動の中で見過ごされてしまうことになるであろ う。」(梶田叡一(2002
)『教育評価 第2版補訂 版』有斐閣双書、125
頁)13
)同上。14
)石井英真(2005
)「教育目標と行動目標」田 中耕治編『よくわかる教育評価』ミネルヴァ書房、37
頁。15
)同上。16
)梶田叡一(2002
)『教育評価 第2版補訂版』有斐閣双書、
80
頁。17
)同上書、167
頁。18
)宮本浩子(2004
)「第3章 6年生の国語科単元『生きる姿を見つめて〜読書会をしよう〜』
−『学習の手引き』とルーブリックの活用」宮本 浩子、西岡加名恵、世羅博昭『総合と確かな学力 を育むポートフォリオ評価法−「対話」を通して 思考力を鍛える!−』日本標準。
19
)引用元の文献においては、「1 努力が必要」、「2 あと一歩」、「3 普通」、「4 よい」、「5 すばらしい」という5段階でルーブリックが作成 されている。
20
)西岡加名恵(2015
)「第5章 教育実践の改善」西岡加名恵・石井英真・田中耕治編『新しい教育 評価−人を育てる評価のために−』有斐閣コンパ クト、
150
頁。21
)共同執筆者の石井によると、ルーブリック は少なくとも3人が読むとしている(石井英真(
2005
)「ルーブリック」田中耕治編『よくわか る教育評価』ミネルヴァ書房、49
頁。)22
)田中耕治(2007
)『教育評価』岩波書店、55
頁。23
)同上書、58
頁。24
)同上。25
)同上書、60
頁。26
)同上。27
)同上書、62
頁。28
)同上書、63
頁。29
)同上。30
)三好皓一(2008
)「第1章 評価とは何か」三好皓一編『評価論を学ぶ人のために』世界思想 社、
16-19
頁参照。31
)同上書、16
頁。32
)同上書、18-19
頁。33
)橋本重治原著、応用教育研究所改訂版編(2003
)『