第1節 本研究の目的と概要
本論の目的は,概念フレームワークを拠り所として,利得及び損失の位置 づけに関する記述的な分析を行うことである。我が国において,国際財務報 告基準(International Financial Reporting Standards,以下「IFRS」とする。)の 本格的な適用が議論されている一方で,我が国との相違が
IFRS
を国内で適 用する際の障害となっているといわれる1)。その相違の1つに「損益計算書 の区分表示」が挙げられる。本論では,段階損益の区分表示,特に,経常利 益の区分表示が我が国に特有の制度であることに着目し,特別損益と密接に 関連する利得及び損失の概念フレームワークにおける位置付けについて,規 範的及び記述的な分析を行う。利得及び損失は,利益をいかに算定し表示す るのかという点に大きく関わっている。近年特に,特別損益が多額及び頻繁 に計上されていることに鑑みると,その影響は極めて大きい。それにも関わ らず,利得及び損失に関する扱いは我が国と国際的な会計基準とでは大きく 異なる。そのため,この根本的な相違がいかなる理由によってもたらされて1) 例えば,「IFRS強制適用への疑問」2009 年9月 11 日 日本経済新聞夕刊,「国際 会計基準,経営を変える ―― 決算書,世界と足並み」2010 月 03 月 19 日経産業新聞 がある。
概念フレームワークにおける構成要素としての 利得及び損失の位置付け
井 上 修
いるのかを明らかにする必要がある。そこで,企業会計の基礎となる前提や 概念を体系化した概念フレームワークに依拠し,改めて利得及び損失の根本 的な位置づけを明らかにしていく。
本論の分析によれば,我が国の概念フレームワークが想定する計算体系は,
純利益を重視しつつも,経常利益ないし営業利益を中心的利益概念として捉 える計算体系が想定されていると考えられる。この場合,理論的には利得及 び損失は独立して定義付けられていなければならないはずであるが,我が国 の概念フレームワークでは,利得及び損失に対して明確な区別を要求してい ないため,理論的な問題を抱えている可能性がある。
本論の貢献は次の通りである。これまでの先行研究では我が国の概念フ レームワークにおける利得及び損失の位置づけについてはあまり触れられて いない。本論において初めて,利得及び損失の位置付けに関する我が国の概 念フレームワークの問題点が明らかとなった。また,概念フレームワークに おける利得及び損失の位置づけに着目することによって,純利益を重視する 我が国の概念フレームワークが想定する計算体系の具体的な姿が明らかと なった。さらに,国際的な会計基準とのコンバージェンス化が促進される中 で,我が国の損益計算書の区分表示の意義が示されることで,国際的な会計 基準に対する我が国の立場がより一層明らかとなった。
第2節 研究の動機
我が国と
IFRS
との重要な相違のうちの一つに,「損益計算書の表示」が挙 げられる。これまでは,純利益と包括利益の比較や,純利益の廃止の是非が 焦点となっていた。米国では従来から純利益を保持しようとする傾向がある ため,最近ではIFRS
でも純利益を重視する動きがある(IASB[2018])。し たがって,純利益を重視する我が国にとっては,好ましい状況であるともい える。しかしながら,我が国における純利益の重視と,国際的な会計基準におけ る純利益の保持とでは,その意味内容が異なる。結論から述べると,我が国 における純利益の重視は,依然として,対応利益や正常利益を意味する「経 常利益」と,対応外の損益や臨時異常損益を意味する「特別損益」の区分が 必然となる計算体系がその基礎にあると考えられる。他方,国際的な会計基 準における純利益の保持は,あくまでも包括利益を中心とする計算体系を基 礎としており,我が国の立場とは異なるものと考えられる。この点,
IFRS
や 米国基準といった国際的な会計基準では,「経常利益」の区分表示は認められ ておらず,我が国のような「特別損益」の区分表示の規定は存在しない。そ こで,特別損益と密接に関連する利得及び損失の概念フレームワークにおけ る位置づけを分析することで,我が国と国際的な会計基準との根本的な相違 を明らかにし,その問題点を提示する。本論の構成は次の通りである。まず,米国における利得及び損失を巡る伝 統的な議論を踏まえ,財務会計基準審議会(「Financial Accounting Standards
Board」以下,「FASB」とする。)が公表している「FASB
討議資料財務会計および財務報告のための概念フレームワークに関する論点の分析:財務諸表の 構成要素とその測定(FASB, Discussion Memorandum,“an analysis of issues
related to Conceptual Framework for Financial Accounting and Reporting: Elements of Financial Statements and Their Measurement”. December 2, 1976)」(以下,
「1976 年討議資料」とする。なお,同討議資料からの引用に際しては,パラ グラフ番号ないしページ番号のみを記している2)。)を中心とし,適宜,その 後に公表された「財務会計諸概念に関するステートメント(Statement of
Financial accounting Concept)」(以下,「FASB
概念フレームワーク」とする。2) 条文の翻訳にあたっては津守[1997]を参考にして記載している。なお,本文中 で引用されている際にページ数が付されている場合は,津守[1997]内におけるペー ジ数を意味している。
なお,同ステートメントからの引用に際しては,パラグラフ番号のみを記し ている3)。)を参考にして,収益費用アプローチと資産負債アプローチにおけ る利得及び損失の規範的な位置づけを明らかにする。
その上で,①米国(FASB),②
IFRS,そして,③我が国の概念フレーム
ワーク上の利得及び損失の位置づけについて検討する。これらを踏まえ,そ れぞれの概念フレームワークが想定している計算体系を示し,利得及び損失 の位置付けに基づいて理論的な批判を加える。これら一連の構成を図示する と図表1のようになる。3) 条文の翻訳にあたっては平松・広瀬[2002]を参考にして記載している。
図表1 本論の構成
各計算系における﹁利得及び損失﹂の規範的な位置づけ
第4節
我が国の概念フレームワークにおける「利得及び損失」の位置づけ FASB 概念フレームワークにおける「利得及び損失」の位置づけ
(収益費用アプローチ+資産負債アプローチ)
FASB 概念フレームワークが想定する計算体系
第6節
(収益費用アプローチ)
我が国の概念フレームワークが想定する計算体系 第5節
(資産負債アプローチ)
IASB 概念フレームワークが想定する計算体系
IASB 概念フレームワークにおける「利得及び損失」の位置づけ
各概念フレームワークにおける計算体系と利得及び損失の位置づけ
計算体系から導かれるあるべき利得及び損失の位置づけとの理論的な整合性
︵収益費用アプローチと資産負債アプローチ︶
1976年討議資料において示されている計算体系
第3節
なお,以下では,国際会計基準審議会(「International Accounting Standards
Board」以下,「IASB」とする。)が公表している「財務諸表の作成及び表示に
関 す る フ レ ー ム ワ ー ク:Framework for the preparation and presentation of
Financial Statements」を「IASB
概念フレームワーク」とし,企業会計基準委員会(「Accounting Standards Board of Japan」以下,「ASBJ」とする。)が公表して いる『討議資料「財務会計の概念フレームワーク」』を「我が国の概念フレー ムワーク」とする。なお,我が国の概念フレームワークは,形式的に「討議 資料」と記されているが,ASBJの正式の議を経た公式見解である(斎藤
[2007]p.3)
第3節 収益費用アプローチと資産負債アプローチにおける利得及び 損失の位置づけ
1.1976 年討議資料における収益費用アプローチと資産負債アプローチ 本節では,1976 年討議資料に示されている収益費用アプローチと資産負債 アプローチの2つの利益観を基礎として,その計算体系の中で利得及び損失 がいかに扱われるのかを分析し,利得及び損失の規範的な位置づけを明らか にする。
1 1976 年討議資料における収益費用アプローチ収益費用アプローチにおいて利益は「1期間の収益と費用との差額」に基 づいて定義される(FASB [1976] par.38)。そして,一期間における企業活動
(すなわち収益稼得活動という行為)の成果を測定することに最も強い関心 を持っており,一義的には利益を当該成果の測定値とみなしている(FASB
[1976] pars.48-49)。また,利益は一期間における収益と費用の適切な対応に
基づく収益・費用の差額として測定される(FASB [1976] par.50)。さらに,収益費用アプローチは,収益と費用の定義に依存し,利益を定義するために 収益と費用を関連付ける,すなわち「対応させる」ことに依存する(津守
[1997]p.4)。
その他,特筆すべき点としては,「収益費用アプローチにおける中心的な 概念は収益と費用であり,企業の収益獲得活動からのアウトプットと当該活 動へのインプットとの財務的表現である(FASB [1976] par.38)」という点で ある。すなわち,「収益・費用は関連する現金の収入・支出が生じた期間にで はなく,アウトプットとインプットが生じた期間に認識される(FASB [1976]
par.42)」というように,発生主義会計に基づく企業の収益獲得能力を測定す
ることが収益費用アプローチの目的であることが示されている。ここでいう「収益獲得能力」とは,利益を生み出すための企業の長期的平均的な能力を 意味し,報告利益を標準化・平均化することで予測可能な利益にすることを 意味する(FASB [1976] pars.42, 62)。その上で,収益費用アプローチの測定プ ロセスは,収益・費用の測定,ならびに1期間における努力(費用)と成果
(収益)とを関連付けるための収益・費用認識の時点決定として,利益測定 を収益と費用との対応プロセスとみなしている(FASB [1976] par.39)。した がって,藤井[1997]が示すように,仮に,利得・損失が収益・費用と区別 されるべき財務諸表要素として定義されるならば,収益費用アプローチにお ける利益測定は,利得・損失の定義と測定の影響を受けることとなる。
2 1976 年討議資料における資産負債アプローチ資産負債アプローチにおいて利益は「一会計期間における営利企業の正味 資源の増分の測定値(FASB [1976] par. 34)」と定義される。ここでは,資産 負債が中心概念となり,資産・負債の属性および当該属性の変動を測定する ことが,財務会計における基本的な測定プロセスとされる(FASB [1976]
par.34)。他方,「その他の財務諸表要素,すなわち,所有主持分または資本,
利益,収益,費用,利得,損失はすべて,資産および負債が有する属性の測 定値の差額または変動額として測定される(FASB [1976] par.34)。」としてい る。このように,資産負債アプローチにおいては,利得及び損失を構成要素 として区分する必要性は示されていない。
2.利益の定式と利得及び損失
1 問題の所在1976 年討議資料では,収益および費用だけではなく,利得および損失も構 成要素として区分されるべきか,という点を問うている。すなわち,利得及 び損失は利益想定における別個の要素として定義されるか,あるいは,収益 及び費用の定義のなかに包摂しなければならないのかという問いである
(FASB [1976] par.241)。
ここではこの 1976 年討議資料における問題提起を基礎として,利得及び 損失が財務諸表の独立した構成要素であるのか,そして,収益および費用の 定義に含まれるものかどうかについて各アプローチの相違に基づいて,利得 及び損失の規範的な位置づけに迫っていく。
2 利益の構成要素の定式化まず,1976 年討議資料に従い,利益とその構成要素を定式化すると次のよ うになる(FASB [1976] par.242)。
図表2 利益とその構成要素の定式化
①利益=収益−費用+利得−損失
②利益=収益−費用
③利益=収益(利得を含む)−費用(損失を含む)
(出所)津守[1997]p.161-162,p.167(par.228, 242)
より引用
① 利益=収益−費用+利得−損失
①利益=収益−費用+利得−損失の利点は,それが異なる種類の利益 源泉の区別を行なう点にある(FASB [1976] par.243)。収益と利得とを,
費用と損失とをそれぞれ利益の4つの別個の要素ないし構成要素として 区分すると柔軟性が増す。たとえば,それによって,結果が生産および 販売活動によるものか付随的活動によるものか,増減が努力と成果によ るものか,偶発利得によるものか,そして問題の項目が総額概念か純額 概念か,ということに基づいた区別や開示が可能となる(FASB [1976]
pars.230-232)。
② 利益=収益−費用
②利益=収益−費用の定式では,収益と利得の間,または費用と損失 の間になんら概念的な区別は必要とされていない(FASB[1976] par.228)。
すなわち,すべての増加とすべての減少を同様に扱っているため,簡単 明瞭である点が大きな利点である(FASB [1976] par.247)。しかし,すべ ての項目を同様に扱うことによる弊害が生じてしまう(FASB [1976]
par.249)。
③ 利益=収益(利得を含む)−費用(損失を含む)
③利益=収益(利得を含む)−費用(損失を含む)の主要な利点は,有 用とみなされるものを柔軟に「開示」できる点にある(FASB [1976]
par.251)。すなわち,付随的活動による利得及び損失と,生産,販売その
他の主要または中心的な活動による利得及び損失を区別して開示するこ とができる(FASB [1976] par.251)。もしくは,一方的移転や偶発事象や 災害による利得及び損失を区別して開示することができる(FASB [1976]par.251)。また,一部の項目を総額で,他の項目を純額で開示すること
もできる。加えて,前述の3種類の利得及び損失のすべてを分離して開 示することができる(FASB [1976] par.248)。
しかし,③はまた,収益及び費用,つまり,利益を定義するにあたっ て問題を生み出す。なぜなら,その収益および費用の定義が本質的に異 なった種類の項目を混在させざるをえないからである(FASB [1976]
par.252)。したがって,③の定式化は,利益を独立した構成要素として
定義しない場合に採用され得るものであると解釈できる。その上で,構 成要素とは別の表示上の柔軟性を確保する上で,②の定式化と差別化を 図ることができるものと考えられる。3.収益費用アプローチによる定式化
前述のように,1976 年討議資料によれば,企業の収益獲得能力を測定する ことが収益費用アプローチの目的であるとされる。ここでいう,「企業の収 益獲得能力」については,経常的業績の測定に適合しない事象の財務的影響 を排除し,企業業績に対して長期的にのみ作用する事象の財務的影響を平均 化すること,すなわち,利益の長期的傾向ないし正常的傾向を示す指標を意 味する(FASB [1976] par.62)。このように,収益費用アプローチにおいて,利 得及び損失を収益および費用に含めてしまうと,不適合な事象やランダムな 事象−すなわち,非経常的に,単発的に,あるいは偶然に発生した事象であ り,したがって,多期間にわたって平準化されるべき事象であるがゆえに,
経常的ないし正常的な企業業績に関連性を持たない事象−を算入することに よって歪曲されてしまう(FASB [1976] par.62)。したがって,収益費用アプ ローチにおいては,利得及び損失は区別されるべき性質であることから,上 記の定式②「利益=収益−費用」は採用され得ない。
これについて,1976 年討議資料は,収益費用アプローチの立場からは,ラ ンダムな事象に起因する利得・損失を含めることは,企業業績および経営成
果を曖昧にするとしている。利益のかかる不適切かつ歪曲的な変動を回避す ることが何よりも必要なこととしている(par.59)。したがって,収益費用ア プローチの場合は,利益を①「収益−費用+利得−損失」を採用することが 必然的に求められる。仮に,③「収益(利得を含む)−費用(損失を含む)」
とした場合には,利益を定義するために利得及び損失の定義が必要となる
(FASB [1976] par.242)。
以上のように,収益費用アプローチでは,利益概念を定義することの必要 性から,利得および損失を個別に定義する必要があり,①「収益−費用+利 得−損失」が採用されなくてはならない。
4.資産負債アプローチにおける定式
資産負債アプローチにおいて利益は純資産の変動により定義されるため,
資産および負債の定義が利益を定義するために必要不可欠となる(FASB
[1976] par.56)。資産負債アプローチにおける利益は,収益及び費用の定義に
よることなく,資産および負債とそれらの変動の定義により厳密に定義され る。したがって,資産負債アプローチにおいては,収益,費用,利得および 損失の定義は利益を定義付けないため,収益,費用,利得および損失の区別 は有用であるかもしれないが,利益を定義するにあたって不可欠のものでは ない(FASB [1976] par.212)。むしろ,収益,費用,利得および損失の定義は,利益の定義の場合と同様に純資産の変動から導かれるものであり,利益の表 示または目的適合的とみなされる情報の開示に継続性(一貫性)を与えるた めの損益計算書上の表示の有用性のために主として必要とされる(FASB
[1976] par.209)。すなわち,資産負債アプローチの場合における収益,費用,
利得および損失の定義は,利益がいかにして得られたかを示すことのみを目 的とするものとして位置づけられる。
以上のように,資産負債アプローチに基づいた場合,利益が資産および負
債の定義によって定められ,その変動として収益および費用が把握される。
その変動の中には,これまで考えられてきた狭義の収益および費用,そして,
伝統的な利得および損失,さらに,公正価値評価によって発生することとなっ た新たな利得および損失のすべてを包括する形で把握される。したがって,
利益を決定するために収益費用および利得損失の定義が必要とされるのでは なく,先に,資産負債の定義によって利益が決定される。そのため,資産負 債アプローチにおいては,収益・費用及び利得・損失の区別は利益を定義す るにあたって不可欠のものではないことから,上記の定式のうち,②「利益
=収益−費用」が理論的な定式であるといえる。
ただし,収益,費用,利得および損失の定義は表示の有用性の観点からは 認められる。したがって,②「利益=収益−費用」については,資産負債ア プローチの観点から理論的には採用され得るとしても,表示の有用性の観点 からは不十分である。そこで,表示の有用性の観点からは資産負債アプロー チであっても収益,費用,利得および損失の定義は重要となる。そのため,
①「利益=収益−費用+利得−損失」や,③「利益=収益(利得を含む)−費 用(損失を含む)」という定式であっても構わないということになる。
図表3 各計算体系と利益の定式 収益費用アプローチ
資産負債アプローチ
①利益=収益−費用+利得−損失
②利益=収益−費用
③利益=収益(利得を含む)−費用(損失を含む)
以上,収益費用アプローチ及び資産負債アプローチのそれぞれについて,
利益がどのように定式化されるべきかを通じて利得及び損失の位置づけを規 範的に示した。次に,米国,IFRS,我が国の各概念フレームワークが想定す る計算体系を明らかにし,利得及び損失が上記の規範に従って扱われている か否かを具体的に検討する。
第4節
FASB
概念フレームワークに基づいた利得および損失の分析1.問題の所在
上述のように,収益費用アプローチであれば,①「収益−費用+利得−損 失」を採用すべきであり,資産負債アプローチであれば,利益の定義上,理 論的には②「収益−費用」となるが,開示の有用性の観点からは,いずれの 定式も採用され得る。なぜなら,資産負債アプローチでは,利得及び損失は 利益の定義に何ら影響を与えないからである。ここで,FASB概念フレーム ワークは,基本的には資産負債アプローチであるものの,収益費用アプロー チに基づく稼得利益も有している計算体系である。そこで,この場合にいか なる定式が採用されるべきか,すなわち,利得及び損失はいかなる位置づけ となるのかが問題となる。
2.稼得利益から見る利得・損失の位置づけ
FASB
概念フレームワーク第5号「営利企業の財務諸表における認識と測 定」では,稼得利益に具体的に適用するための指針が示されている。稼得利 益は純利益にきわめて類似しているが,前期損益修正を含めない点で相違す る。これは,稼得利益は期間の業績尺度であるため,業績に無関係である項 目は排除するためである。そのようなことから,FASB概念フレームワーク では稼得利益(earnings)という用語が用いられている(FASB [1980b] No.5,pars.33-34)。
稼得利益は期間の業績尺度のとして重要であるがゆえに,その構成要素,
すなわち,収益,費用,利得,損失に基本的な認識基準を適用するガイダン スが特に必要となる。また,稼得利益の構成要素の認識には,資産・負債の その他の変化の認識に対するよりも厳格な要件が求められる(FASB [1980b]
No.5, par.79)。稼得利益は,基本的には営業循環過程において実質的な資産
の流入と,それを獲得するための直接的・間接的に関係する資産の流出を超 過する程度によって測定される。そのため,稼得利益の構成要素を認識する 指針は,そのような一連の循環が実質的に完結したかどうかを認識すること と,当該循環にそれぞれの収益,利得,費用,損失を関連付けることが関心 事になる(FASB [1980b] No.5, par.80)。したがって,稼得利益は営業循環過 程との関わりで,収益,利得,費用,損失が別個に規定される。すなわち,
稼得利益は企業の営業循環過程で産出物の対価として取得したものまたは見 込まれるものが「収益」となり,その獲得に犠牲となるものが「費用」とな る。他方,営業循環過程以外の取引(付随的または副次的な取引)による実 質的な資産の流入や流出が「利得及び損失」となる(FASB [1980b] No.5,
par.38)。
3.包括利益から見る利得・損失の位置づけ
[井上 2008]や[市川 2010]によれば,
FASB
概念フレームワークは,資 産負債アプローチを上位の利益概念として各構成要素を定義付けているとい われる。そうであるならば,包括利益と利得・損失の関係も明らかにしなく てはならない。この点,FASB概念フレームワークでは,稼得利益に含めら れる利得および損失とは別に,稼得利益からは除外されるが包括利益に含め られる利得および損失を,「累積的会計修正および出資者以外の者との取引 から生じる持分の変動」という用語を用いてそれぞれを区別している(FASB[1980b] No.5, par.43)。累積的会計修正は前期損益修正項目を意味し,出資者
以外の者との取引から生じる持分の変動は,主として保有利得や保有損失を 意味する(FASB [1980b] No.5, par.42)。他方で,FASB
概念フレームワーク第 6号「財務諸表の構成要素」では,包括利益の要素として収益・費用・利得・損失が与えられている(FASB [1985] No.6, pars.64, 78-89)。そこで,第6号で 示される包括利益の構成要素としての利得・損失と,第5号で示される稼得
利益の構成要素としての利得・損失の位置づけを示すと図表4のようになる。
資産負債アプローチを基礎とする
FASB
概念フレームワークにおいて,そ の期間損益たる包括利益は,種々の源泉から生ずる利益をすべて包含する概 念として定義付けられている(FASB [1985] No.6, par.70)。それゆえに,包括 利益の構成要素についての情報は,利益の源泉,増減の原因および傾向など を知るために,情報利用者にとって有用である(FASB [1985] No.6, par.76)。FASB
概念フレームワークでは包括利益の源泉は,次の図表5のように分類 されている(FASB [1985] No.6, par.74)。図表5 包括利益の源泉① 包括利益
a.所有者以外の実体との取引 b.生産活動
c.価格変動,災害,その他の経済的,法的,社会的,物理的環境の 相互作用による影響
さらに,包括利益の構成要素の分類は,利益の源泉を示して有用性を高め るだけではなく,現実的には,利益を分類することによって利益を限定する 役割を果たす(加藤[1994]p.83)。この点,FASB概念フレームワーク第6 号では包括利益の源泉をさらに次の図表6のように分類している(FASB
図表4 包括利益と稼得利益における利得及び損失 第6号 包括利益
収益・費用 利得・損失
第5号 稼得利益 その他の包括利益
収益・費用
その他の事象・環境(保有利得・保有損失)
利得・損失 累積的会計修正および出資者以外の者との取引から生じる持分の変動 付随的・副次的取引
[1985] No.6, par.74)。
では,上図のうちいかなる部分が稼得利益となるのであろうか。まず
「a.主要な経営活動・事象」に該当する部分は,中心的な営業活動により 生じる損益,すなわち,「収益及び費用」であることから,その全てが稼得利 益に該当する。その上で,FASB概念フレームワーク第5号では,稼得利益 には中心的活動のみならず,付随的または臨時的な取引の成果ならびに環境 から生じるその他の事象および環境要因の影響(利得及び損失)も含められ るとしている(FASB [1980b] No.5, par.38)。したがって,「利得及び損失」に 該当する「b.付随的・臨時的取引」及び「c.その他の事象・環境」にも 稼得利益に該当する部分が存在することになる。
ただし,「利得及び損失」の全てが稼得利益ではないため,図表6下段の部 分のうち「ⅳ.保有資産・負債の価格変動」の一部は稼得利益には該当しな いものと考えられる。具体的には,「固定資産として分類される市場性のあ る持分有価証券への投資の時価変動,市場性のある有価証券につき特殊な会
図表6 包括利益の源泉②
加藤[1994]p.83を参考にして加筆作成 包括利益
a.主要な経営活動・事象(収益・費用)
b.付随的・臨時的取引
c.その他の事象・環境 (利得・損失)
稼得利益
利得及び損失
ⅰ.付随的臨時的取引。例:市場性ある投資有価証券の売却,
使用設備の処分,計上金額以外の金額での負債の決済。
ⅱ.所有者以外の実体との間の代償のない移転。
例:寄付,訴訟の勝敗,盗難。
ⅲ.環境要因によるもの。例:地震や洪水による財産の損壊
ⅳ.保有資産・負債の価格変動。
例:棚卸資産の価格変動,外国為替レートの変動
計実務慣行のある業種に対する投資の時価変動および外貨換算調整勘定のよ うに,当該会計期間に認識される純資産のその他の変動(主として,特定の 保有利得および保有損失)」については,稼得利益から除外される利得及び損 失となり,「その他の包括利益」となる(FASB [1980b] No.5, par.42)。
以上のように,稼得利益には「収益及び費用」の全てが含まれ,「その他の 包括利益に該当する利得及び損失」以外の利得及び損失が含まれる。そして,
「その他の包括利益に該当する利得及び損失」は「累積的会計修正および出 資者以外の者との取引から生じる持分の変動」として区別される(FASB
[1980b] No.5, par.43)。したがって,稼得利益の構成要素は,
「収益−費用+利 得−損失」であるといえる。他方,資産負債アプローチの観点からも,包括利益の発生源泉を明らかに する中で,利得及び損失を区別することが,表示上の有用性を高める。した がって,包括利益の構成要素として,「収益−費用+利得−損失」を採用する ことに何ら矛盾もない。
以上より,収益費用アプローチに基づく稼得利益を有する場合,必然的に 要求される収益及び費用と利得及び損失の区分は,資産負債アプローチの計 算体系であっても表示の有用性の観点から正当化され得ると結論付けること ができる。
4.ま と め
FASB
概念フレームワークでは,資産負債アプローチと収益費用アプロー チのいずれの計算体系が併存し,利益の定式として「①利益=収益−費用+利得−損失」が採用されている。ここで,1976 年討議資料で示される収益費 用アプローチと資産負債アプローチにおける利得及び損失の規範的な位置付 けに照らしてみると,この利益の定式,すなわち,利得及び損失の扱いにつ いて理論的な整合性が確認される。
本来,資産負債アプローチに立った場合,収益及び費用と利得及び損失の 区分は必然ではないが,稼得利益を有する
FASB
概念フレームワークでは,その点が考慮され,「収益−費用+利得−損失」の区分が,稼得利益を特定す るために必要不可欠なものとなっている。すなわち,収益及び費用の定義が 示す具体的な内容は,中心的な営業活動による稼得利益が収益及び費用に よって構成され,それ以外の取引の稼得利益は,利得及び損失となっている。
ただし,FASB概念フレームワークは,資産負債アプローチの観点から各構 成要素を定義付けており,収益費用アプローチの利益概念はあくまでそれに 包含される関係にある。したがって,「収益−費用+利得−損失」の区分は 稼得利益からの要請であり,あくまで資産負債アプローチの側からは「表示 の有用性」の観点から正当化されるものであるという点に注意が必要である。
この結論は,同じ資産負債アプローチであるが稼得利益(純利益)を有さ ない
IASB
概念フレームワークや純利益を重視する我が国の概念フレーム ワークを検討する上で重要となる。次節においてIASB
概念フレームワーク における定式を検討し,次いで我が国の概念フレームワークにおける計算体 系を詳細に検証して利得及び損失の位置付けを明らかにする。第5節
IASB
概念フレームワークに基づいた利得および損失の分析1.問題の所在
IASB
概念フレームワークは,FASB概念フレームワークと同様に資産負 債アプローチに基づいて計算体系が構築されている。しかし,FASB概念フ レームワークとは異なり,純利益(稼得利益)を定義付けていないため,そ のような意味では,資産負債アプローチによってのみ計算体系が構築されて いるものといえる。したがって,利益の定式のうちいずれがIASB
概念フ レームワークの計算体系と整合するのかが問題となる4)。2.IASB概念フレームワークにおける収益及び費用の定義
IASB
概念フレームワークでは,収益は「当該会計期間中の資産の流入も しくは増価または負債の減少の形をとる経済的便益の増加であり,持分参加 者からの拠出に関連するもの以外の持分の増加をもたらすもの(IASB [2010]par. 4.25(a))」と定義され,費用は「当該会計期間中の資産の流出もしくは減
少または負債の発生の形をとる経済的便益の減少であり,持分参加者への分 配に関連するもの以外の持分の減少をもたらすもの(IASB [2010] par. 4.25(b))」と定義されている。これは純資産の変動を基礎として定義付けられて
いるため資産負債アプローチに基づいているといえる。さらに,IASB概念 フレームワークでは広義の収益及び費用を定義している。まず,「広義の収 益には,収益と利得が含まれる(IASB [2010] par.4.29)」としている。これは,通常の過程において生ずる狭義の収益の他に利得が含まれると解釈できる。
利得については「収益の定義を満たすその他の項目を表し,企業の通常の活 動の過程において発生するものと発生しないものとがある。利得は,経済的 便益の増加額を表しており,その点では本質的に狭義の収益と相違ない。し たがって,利得は,この「概念フレームワーク」では別個の要素を構成する ものとしては考えていない(IASB [2010] par. 4.30)」としている。
また,広義の費用として損失についても触れられ,「費用の定義には,企業 の通常の活動において発生する費用だけでなく損失が含まれる(IASB [2010]
par. 4.33)」としている。これは,通常の過程において生ずる狭義の費用の他
に損失が含まれると解釈できる。損失は,「費用の定義を満たすその他の項 目を表し,企業の通常の活動の過程において発生するものと発生しないもの とがある。損失は,経済的便益の減少額を表しており,本質的にその他の費4) IASB概念フレームワークの各項の翻訳については,「『国際財務報告基準(IFRS)』
中央経済社,2014 年IFRS財団(編集),企業会計基準委員会(翻訳),公益財団法人 財務会計基準機構(翻訳)」を参考・抜粋している。
用と相違はない。したがって,損失は,この「概念フレームワーク」では別 個の要素を構成するものとしては考えていない(IASB [2010] par. 4.34)」とし ている。
3.IASB概念フレームワークにおける利益の定式
このように,IASB概念フレームワークでは,収益及び費用を資産負債ア プローチに基づいて定義付けを行う一方で,利得及び損失については収益及 び費用に含めて定義付けをしていることがわかる。これは,資産負債アプ ローチに基づいている以上,収益費用は「純資産の増減」として定義される ため,収益費用と利得損失の区別は理論的には不要であるという考え方と整 合的である。そして,IASB概念フレームワークは,
FASB
とは異なり,純利 益(稼得利益)を定義付けていない。そのため,収益及び費用の定義とは別 個に利得及び損失の定義がなされていない。この点もこれまで検討してきた 定式と計算体系の関係と整合的である。ただし,利得及び損失を区分することに表示の有用性の観点から認められ ている。このような観点から,
IASB
概念フレームワークでは,定式①「利益=収益−費用」ではなく,定式③「利益=収益(利得を含む)−費用(損失を 含む)」を採用していると解釈できる。そのように考えれば,上述のように利 得及び損失が収益及び費用と個別に説明されていることと整合的である。で は,IASB概念フレームワークにおいて,利得及び損失の区分表示の有用性 はどのように説明されているのであろうか。
4.IASB概念フレームワークにおける利得及び損失の表示
資産負債アプローチは,収益費用アプローチと異なり,利益の定義におい て利得及び損失を個別に定義する必然性はないということであった。した がって,資産負債アプローチを採用する
IASB
概念フレームワークでは,利益の定義において利得及び損失を個別に定義されていない。さらに,IASB 概念フレームワークは,純利益(稼得利益)を有していないため,同様に資 産負債アプローチを採用する
FASB
概念フレームワークとも,利益及び損失 が個別に定義されていないという点で異なる。したがって,IASB概念フ レームワークでは収益及び費用は利得及び損失が包含される形で定義付けら れている。その一方で,IASB概念フレームワークは,利得及び損失に関し て個別に説明を与えている。これまでの議論を踏まえると,これは表示の有 用性の観点から求められているものと推定される。そこで,IASB概念フ レームワークにおける利得及び損失の表示に関して次のように説明されてい る。まず,利得及び損失には非流動資産の売却差額や未実現損益など様々な ものがあると説明した上で,「利得が損益計算書に認識される場合,その情報 は経済的意思決定を行うために有用であることから,通常,利得は別個に表 示される(IASB [2010] par.4.31)」と述べている。損失もまた同様に有用性の 観点から別個に表示されると述べられている(IASB [2010] par.4.35)。このよ うに,IASB
概念フレームワークでは,利得及び損失に関して,有用性の観点 から別個に表示することを認めていると結論付けることができる。5.ま と め
これまで検討したように,いずれも資産負債アプローチに基づく計算体系 である
FASB
とIASB
は,利益の定義は純資産の変動を基礎としているとい う点で共通しているが,FASBは包括利益の他に,稼得利益を定義付けてい るため,そのことが利益の定式化に影響を与えていることが解明された。そ れは収益費用アプローチに基づく利益の定式と整合するのであったが,利益 概念を混在させた計算体系とはなっておらず,あくまで資産負債アプローチ を上位概念とした中で収益費用アプローチに基づく稼得利益が認められてい ることを確認した。そしてその扱いは表示の有用性の観点からも正当化できることが明らかとなった。他方,同じ資産負債アプローチである
IASB
では,純利益が定義付けられていないため,その点が利益の定義付けに影響を与え ていることを確認した。すなわち,収益及び費用の中に利得及び損失が包含 される形で定義付けられ,両者を区分して定義付けはなされていない。しか し,利得及び損失を個別に説明しており,この点はやはり表示の有用性の観 点から説明されるのであった。
この点,我が国の概念フレームワークでは,利益の定式は「②利益=収 益−費用」が採用されている(ASBJ[2006]第3章第 25 項)。これは,資産 負債アプローチにおいて採用されるべき利益の定式である。そこで,次節で は,我が国の概念フレームワークが想定する計算体系を明らかにし,採用さ れるべき利益の定式,すなわち,利得及び損失の位置付けを検討していく。
第6節 我が国のフレームワークに基づいた利得および損失の分析
1.我が国の企業会計原則と特別損益の位置付け
平松[2007]によれば,我が国には,従来,
IASB
やFASB
が公表している 類の文書としての概念フレームワークは存在していなかったとされる。しか し,我が国の場合,明治 23 年(1890 年)にドイツ商法を模して制定された商 法における債権者保護を基盤とする会計思考が,会計制度を支える基礎的な 諸概念を提供していた。また,我が国における会計制度を支えてきた概念上 の体系的基礎として,昭和 24 年(1949 年)に経済安定本部(当時)より公表 された「企業会計原則」が挙げられる。「企業会計原則」は,商法(会社法)会計と証券市場会計,税務会計が相互補完的に機能するトライアングル体制 のなかで,一般に公正妥当な企業会計の慣行の中核として位置付けられ,現 在もなお重要な実践規範として機能している。
ここで,我が国の概念フレームワークにおける利得及び損失を検討する前
に,今一度,我が国の会計原則として機能し続けている企業会計原則におけ る計算体系を分析し,利得及び損失の代理ともいえる特別損益の位置付けを 検証していく5)。なぜなら,我が国の概念フレームワークは,既存の基礎的 な前提や概念を要約(前文)するものであり,名目資本維持,対応原則,費 用配分の原則のような討議資料に書かれていない伝統的な基礎概念が存在す ることを明示的に認め,それとの整合性も要求している(大日方[2007]
p.79)
からである。その上で,我が国の基礎的会計思考に基づく計算体系が明らか となれば,現在公表されている我が国の概念フレームワークにおける基本的 な立場もまた明らかになるであろう。
2.企業会計原則の計算体系
企業会計原則は,商法会計,証券取引法会計,税務会計が相互補完的に機 能する「トライアングル体制」の中で,証券取引法会計(金融商品取引法会 計)の基礎となる会計原則の中核として機能してきた(新井・白鳥[1991]
pp.28-33)。証券取引法は,商法の特別法という関係にあるといわれており,
商法と法人税法は,確定決算主義という考え方がとられているため,我が国 の場合,商法がトライアングルの頂点となっているといわれる(上村[1993]
pp301-303,弥永[1993]p.97)。したがって,我が国は伝統的に利害調整目
的の法規の遵守が求められるという特徴を有している。この点,企業会計原 則は,本来,「当期業績主義」を採用しており,その後の商法との調整に伴う 改正を繰り返しているが,その根本的な思考は変わっていないと考えられる。しかしながら,トライアングル体制の位置付けから企業会計原則における会 計思考は,商法が求める利害調整機能の制約を受ける形となっている点には 5) 特別損益と利得及び損失の関係について,田中[1999]によれば特別損益は「本 来の意図とは無関係に発生したもので,反復性に欠け,異常な性質を持っている。
いわゆる,意図しない利得(gain)または損失(loss)をいう(田中[1999]66))」
としている。
留意が必要である。
昭和 49 年の改正に至るまで,企業会計原則と商法計算規則における損益 計算書は形式的には統一したが,これは企業会計原則側が商法との調整に よって統一されたという経緯がある。我が国においては,実現主義・取得原 価主義の採用は分配可能利益の算定を目的とした商法の思考の表れと考える ことができる。そのような商法の制約の中で,企業会計原則が本来的に求め ている当期業績主義に基づく期間利益は,営業利益ないし経常利益によって 開示されている。したがって,現行の企業会計原則の計算体系は,業績表示 利益の算定を志向する本来の企業会計原則の立場(証券取引法に基づく投資 意思決定に有用な情報の提供)と,分配可能利益の算定を志向する商法の制 約が併存したものと解釈することができる。
図表7 企業会計原則の計算体系
取得原価主義会計
商法︵分配可能利益の算定︶
損益計算書
営業利益
経常利益
実現主義(資金的裏付け)
当期業績主義に基づく 正常的・経常的利益
(発生主義・費用収益対応)
特別損益
当期純利益
臨時損益および前期損益修正 包括主義に基づく 分配可能利益の算定 企業会計原則の計算体系(損益計算書)
証券取引法︵投資意思決定に有用な情報︶
制 約
ここで,利得及び損失の代理ともいえる特別損益の企業会計原則における 役割は次の2つである。一つは,商法との調整によって分配可能利益の算定 のために必要であり,もう一つは,当期業績主義に基づく正常的・経常的利 益の開示のために,臨時異常な項目および前期損益修正項目を区分するため に必要である。したがって,我が国の企業会計原則は,商法による制約の範 囲内において収益性を表す利益の開示が達成されている計算体系であるとい え,取得原価主義会計の枠内において,当期業績主義利益の開示が行われて いるものと解される6)。
3.会計ビックバン以降の証券取引法会計の位置付け
従来,商法,税法,証取法の三者が有機的に結びついて「分配可能利益の 算定」を主眼とする制度が構築されてきた。しかし,会計ビックバン以降,
連結会計基準などの国際的な会計基準が導入されたことにより,証券取引法 が伝統的に担ってきた「企業内容開示機能」を一層徹底させる動きへと変化 した。その結果,商法は分配可能利益の算定機能を一層徹底させる一方で,
証券取引法は投資意思決定情報の実態開示機能を一層徹底させていくという 方向性が形成されたとされる。そのような中で,証券取引法会計は,従来の 歴史的な取引事実に立脚した会計情報から,市場の経済的事実に立脚した会 計情報へと重点が移り,実現利益から評価損益なども含む包括利益計算の構 造へ,つまり原価・実現主義会計から時価・発生主義会計への移行が図られ ている(加古[2005]p.146)。したがって,取引事実重視から市場経済重視 へ移行したことに伴い,現在は我が国の会計制度を形作るトライアングル体 6) 同様の考え方は,井上[1993]でも述べられている。すなわち,「現行の「企業会 計原則」の基本的な目的は,分配可能利益を算定し,その過程と結果とを表示する ことであり,副次的な目的は,この基本的目的の枠内で,したがって,それを制約 したり,それに変更を与えたりしない限り,業績表示のための利益を算定し,その 過程と結果とを表示させることになる(井上[1993]p.340)」。
制の関係は従来とは異なるものといわなければならない。すなわち,証券取 引法会計が優先され,会社法・税法は副次的な利用目的として位置づけられ る。ただし,これは以下に述べるように我が国の概念フレームワークでは制 約条件として作用するという点に留意しなければならない(桜井[2005]
p.158)。
4.我が国の概念フレームワークの計算体系
1 我が国の概念フレームワークの計算体系の概要我が国の概念フレームワークでは,資産負債アプローチと収益費用アプ ローチが共存している計算体系が想定されている。まず,我が国の概念フ レームワークは,資産・負債を独立して定義している。これは,資産負債ア プローチの最大の特徴ともいえるが,これらの構成要素を特別に重視してい るわけではなく,定義づけの作業上の便宜さ,すなわち,利益の概念から資 産や負債を定義するのは容易ではないという点と,国際的な動向を考慮して いるに過ぎないとされる(勝尾[2007]pp.165-166,ASBJ[2006]第3章序 文及び第 18 項)。
その一方で,我が国の概念フレームワークでは,純利益は資産負債アプロー チによって導かれる包括利益とは認識及び帰属の観点から異なるため,独立 した定義がなされている(山[2007]
p.92)。すなわち,純利益はリスクか
ら解放された投資の成果であって,かつ,親会社株主に帰属する部分に限定 されている。これは,純利益が意思決定有用性の観点から最も重要な指標と されていることが根拠となっている(ASBJ[2006]第3章第 21 項)。そして,我が国の概念フレームワークでは,純利益が重視されるがゆえに,これを生 み出す投資の正味ストックとしての株主資本が構成要素として定義されてい る(ASBJ[2006]第3章第2,18,19 項)。
このように,我が国の概念フレームワークでは,資産および負債を先に定
義し,そこから他のすべての構成要素の定義が従属的に導かれるとの立場を 採っていない。資産と負債を定義づけることで純資産および包括利益の定義 を導くという流れからはさらに独立的に,収益と費用が純利益に結び付けら れて定義され,純利益との関係で株主資本が位置付けられている。このこと は,資産負債アプローチと収益費用アプローチのいずれか一方によってのみ,
会計制度における計算構造が成り立っているわけではないことを意味してい る(齋藤[2007]p.97)。
ただし,我が国の概念フレームワークでは,収益費用アプローチが中心的 な計算体系であるという点には留意が必要である。すなわち,我が国の概念 フレームワークは,収益費用アプローチと資産負債アプローチが共存するハ イブリットな構造である一方で,「「有用なフロー情報」を保持したまま「有 用なストック情報」で補完する(米山[2007]
p.22)」という関係が構築され
ている。あくまで,我が国の概念フレームワークは,純利益を計算体系の中 心として捉え,その考え方を損なわない限りにおいて資産負債アプローチが 収益費用アプローチを補完する計算体系となっている。このように,我が国の概念フレームワークが基本的には収益費用アプロー チに基づいているものとして,特別損益ないし利得及び損失の位置付けを明 らかにするために,従来の企業会計原則との関係性や整合性に着目すること により,より具体的に我が国の概念フレームワークの計算体系を特定化して いく。
2 我が国の概念フレームワークと企業会計原則の整合性① 純利益の重視
我が国の概念フレームワークでは,将来の不確実なキャッシュ・フローの 予測に資する情報は,投資のポジションと投資の成果をもって提供されると 考えている。投資の成果とは純利益を意味する。これに関して,齋藤[2007]
によれば,「討議資料は,会計の視点から,企業を投資の束と観ている。−中 略−こうした企業の捉え方は,現行の会計制度のなかで会計慣行として培わ れた考え方に通底するものである。すなわち,出資者の立場に立ち,貨幣資 本概念を所与として,投下資本の回収余剰計算の結果として利益を求めてい るのである(齋藤[2007]p.90-91)」としている。この考え方は,分配可能 利益の算定を目的とした計算体系において採られている考え方と整合する。
つまり,この純利益を重視するという姿勢の背後にある考え方は,我が国の 伝統的な計算体系である取得原価主義会計であるということがわかる。
米山[2007]は,純利益重視を重視する点に関して,「基本的には,従来の 伝統的なスタンスを強調し,再確認している(米山[2007]
p.19)」とし,
「包 括利益が純利益を補完するものであるのなら,容認されるべきものと考えて いる。そして,「有用なフロー情報」を保持したまま「有用なストック情報」で補完する(同
p.22)」としている。このように,我が国の概念フレームワー
クは,あくまでも損益計算を中心とした計算体系として捉えていることが伺 える。さらに,純利益の位置付けに関して,我が国の概念フレームワークにおい て次のような記述がある。
「純利益の概念を排除し,包括利益で代替させようとする動きもみられるが,
この概念フレームワークでは,包括利益が純利益に代替し得るものとは考え ていない。現時点までの実証研究の成果によると,包括利益情報は投資家に とって純利益情報を超えるだけの価値を有しているとはいえないからである。
これに対し,純利益の情報は長期にわたって投資家に広く利用されており,
その有用性を支持する経験的な証拠も確認されている。それゆえ,純利益に 従来どおりの独立した地位を与えることとした(ASBJ[2006]第3章第 21 項)」。
ここにおける「純利益に従来どおりの独立した地位」とは,これまで本論 において分析してきた内容を踏まえると,企業会計原則における我が国の伝 統的な取得原価主義会計を意味するものと解される。なお,我が国の概念フ レームワークでは,収益の認識については「リスクからの解放」という考え 方が採用されている。しかし,山[2007]が示すように,リスクからの解 放概念は結局,狭義の実現概念と実現可能概念を統一的に表現した概念であ る(山[2007]p.153)。
このように,純利益を重視するという我が国の概念フレームワークのスタ ンスは,これまで示されてきた我が国の企業会計原則における計算体系と異 なる部分を見つけることが難しい7)。
② 会計情報の副次的な利用
我が国の概念フレームワークの第1章『財務報告の目的』において,「会計 情報の副次的な利用」について述べられている(ASBJ[2006]第1章第 11-12,
21 項)。これはいわゆる「利害調整機能」を意味する。我が国の概念フレー ムワークでは,会計が伝統的に果たしてきた利害調整の役割は,財務報告の 目的それ自体とはせずに,目的たる情報提供が行われた上での情報の1つの 利用局面の問題であると整理されている。すなわち,利害調整の局面での利 用は,投資意思決定という主たる利用以外の利用という意味で,「副次的な利 用」と表現されている。たとえば,川村[2007]が示すように,伝統的に,
会計情報は,配当可能利益などの処分可能利益計算,課税所得計算を中心と する税務申告制度等は,従来から,会計基準を設定する過程において考慮す 7) 一部の評価差額の損益算入について,我が国の概念フレームワークでは「リスク からの解放」によって正当化している。この点は,企業会計原則が想定する取得原 価主義会計に反するように見えるが,例えば,売買目的有価証券等の売却すること に制約のない金融投資目的の資産の評価差額については,実現主義に反していない 限りにおいて取得原価主義会計の枠内にあると考えるのが一般的であろう。