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「日本における「貞観の治」受容と文章経国思想」報告 : グローバリゼーションと日本文化研究会(2016年度 聖学院大学総合研究所 グローバリゼーションと日本文化研究会 主催) 利用統計を見る

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49  去る2017年 3 月 1 日、本学4402教室において標

記の研究会が開催された。参加者は、清水正之学 長以下、日本文化学科、欧米文化学科の教員、職員、

13名である。

 発表内容は、 9 世紀、平安時代前中期の日本文 学史において漢詩文の隆盛と関連すると見なされ てきた「文章経国」の思想を再検討するものである。

 「文章経国」とは中国・魏の文帝(曹丕)の「文 章は経国の大業なり、不朽の盛事なり」(書き下し

/『文選』巻52「典論論文」)による、漢詩文の制 作が国家経営に直結するという考え方である。当 時、日本は大帝国の唐を中心とする文化圏の東端 にあり、公文書の言語は漢文、国家体制も唐の模 倣からスタートした。そのため、きちんとした漢 詩文を制作できることこそが、自国の政治体制や 文化・学問・思想における優位性、国際標準であ ることの証左となった。

 定説によれば、 9 世紀前期の嵯峨朝においては、

天皇みずからが「文章経国」の思想に則り、詩宴 をさかんに開くことで漢詩文を多く生み出し、漢 詩文隆盛期を導く。中頃の仁明朝や清和朝に入る

と、「文章経国」の思想は無効化して前代のような 天皇を主軸とする文事は廃れ、「詩人無用」論が唱 えられはじめる。末期の宇多朝には、天皇と菅原 道真によって漢詩文は再興するものの「文章経国」

は唱えられず、また「詩人無用」論も根強く、漢 詩文の公の文学としての地位は和歌和文に取って かわられた、という見取り図が描かれてきた。

 しかし、資料を再検討すると、それぞれの時期 には「文章経国」のみでなく、中国・初唐、太宗 皇帝の「貞観の治」における文治政策、すなわち 政策面にまで及ぶ影響を見出せることが分かった。

特に、漢詩文が廃れたとされる 9 世紀中頃には、

太宗に倣った「貞観」という年号を用いたことに 端的であるように、当時台頭していた摂関家の藤 原良房が幼帝の清和天皇を権威化するために文治 政策を推進したものの、政治批判の場ともなりう る詩宴の開催は禁止して言論弾圧を行うという、

複雑な様相を読み取ることができた。

 討議においては、「文章経国」は思想と見なせる のか、詩人の倫理とは、儒教思想や徳川幕府の「貞 観の治」志向との関連は、中国の伝統的な文学観 によるならば詩と文を分けて考えるべきでは等々、

大変有益な質問・意見をいただいた。今後さらに 考察を深めたい。

付記:本研究は、科学研究費補助金若手(B)

16K16766の助成による。

(文責:木下綾子[きのした・あやこ]聖学院大学 人文学部日本文化学科准教授)

2016 年度 聖学院大学総合研究所 グローバリゼーションと日本文化研究会 主催

グローバリゼーションと日本文化研究会

「日本における「貞観の治」受容と文章経国思想」報告

報 告

発題者:木下綾子先生(中央)

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