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ニジェール共和国~ベナン共和国間の環境地理的変異( 1 )

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(1)

1  はじめに

西アフリカの自然地理学的特徴のひとつは,

同類の気候生態条件が東西方向に帯状に並ぶこ とである(Toupet, 1992ほか)。帯状に区分さ れる気候植生帯は,南から北にむかって熱帯雨 林,サバンナ,ステップ(半沙漠),沙漠へと 移行する(図 1 )。この配列はアフリカ大陸の

中でもひときわ目だつ。この特徴はまた,西ア フリカという広い地理空間で認められ,世界的 にも特筆される。このような西アフリカを南北 方向に縦断すると,気候生態条件およびそれに 伴う土地利用が変異するのを比較的容易に観察 できると予想される。

本調査は,ニアメイ~コトヌー間の気候,植 生景観,土地利用などの地理的変異についての 予備的資料を得ることを主目的にする。2006年

《資料・調査》

ニジェール共和国~ベナン共和国間の環境地理的変異( 1 )

―2006年 2 月の自動車を利用したニアメイからコトヌーへの移動観測―

知 念 民 雄

An observation of the environmental and geographical variation between Niger and Benin, using a motor vehicle along a southward trajectory from Niamey to Cotonou in February 2006

TAMIO CHINEN

キーワード

環境地理的変異(Geographical variation),ベナン共和国(Republic of Benin),ニジェール共和国

(Republic of Niger)

図 1  サハラ以南の中央アフリカ~西アフリカにおける自然地域区分(Toupet, 1992; Mainguet, 1995にもとづく)

(2)

2 月に,筆者はニジェール共和国から南側隣国 のベナン共和国(ギニア湾岸)への移動調査を 実施した。ニジェール共和国の首都ニアメイ

(Niamey)とベナン共和国最大のギニア湾岸都 市コトヌー(Cotonou)とを結ぶ南北方向の幹 線道路を車で走行しながら,沿道での気候・地 生態,火入れにまつわる土地利用などの環境地 理的な観測をおこなった。このような筆者の着 眼や関心の背景には,1996年以来ニジェール共 和国南西部で,土地荒廃や砂漠化と土地利用あ るいは人びとの環境認識との関係などの課題に とりくんできた経緯がある(Chinen, 1999)。

本稿では調査行の前半部,すなわちニアメイ からコトヌーまでの南下ルート(往路)を走行 しながら観察した現象や事象を提示したい。続 報では後半部,コトヌーからニアメイまでの北 上ルート(復路)を辿りながら観察,観測した 結果をまとめたい。

2  調査地域と方法

2 - 1  調査地域

内陸国であるニジェール共和国の首都ニアメイ は北緯13度,東経 2 度に,ベナン共和国の最大 都市コトヌーは北緯 7 度,東経 3 度に位置する

(図 1 )。コトヌーは実質的な首都とみなされ,

大西洋(ギニア湾)に面する港湾都市でもある。

サハラ以南の西アフリカにおいては,中緯度 高気圧帯から吹く風(主に北風~北東風)は乾 いている。一方,ギニア湾沿岸では湿った南風

~南西風が吹く。両者がぶつかる境は熱帯収束 帯(ITCZ, Inter-Tropical Convergence Zone)

とよばれる。西アフリカの熱帯収束帯は年間を 通じて南北方向に変動する。すなわち,ITCZ はニジェールが雨季にあたる 6 ~ 9 月に北上 し,乾季にあたる12月~ 2 月頃に南下する。こ の変動が西アフリカの地生態に大きな影響を与 え,東西方向に帯状に区分できる自然地域が生 まれると考えられる(図 1 )。

ニジェール共和国には主に沙漠~乾燥サバンナ

(疎林)景観がひろがり,ベナン共和国には湿潤

サバンナ(叢林や樹林)景観が優占する。ベナ ン辺り―中央アフリカから西アフリカにかけ て赤道近辺を東西にのびる熱帯雨林帯(図 1 の ギニア帯)が途切れる―はダホメー・ギャッ プとよばれる。ダホメーはベナンの旧称である。

ニジェール南西部では, 1 年のうち, 5 月頃 から 9 月頃まで雨季となり,残りの期間は乾季 である。乾季のなかでも,12月頃から 2 月頃に かけては北のサハラ沙漠方面からハルマッタン

(Harmattan) と よ ば れ る 風 が 吹 く。 そ の た め,現地にはハルマッタンの吹く季節を「寒 季」とよぶ者も多い。ハルマッタンも言うまで もなくITCZと密に関係する。

2 - 2  方法

ニアメイ~コトヌー間の幹線道路沿いにて,

植生景観と土地利用の観察,また望天(空模様,

雲分布の観察)などをおこなった。普通自動車 の車窓からの観察とともに,途中下車して沿道 の林地や畑地,村などを踏査した。道路沿いに 観察される火入れ現場や野火跡も観察した。特 定の現象には目視による計測もおこなった。

ニアメイからドッソ(Dosso)までは国道 1 号 線(RN1)を,ドッソからガヤ(Gaya)までは 国道 7 号線(RN7)を南下した(図 2 )。ベナン の ニ ジ ェ ー ル と の 国 境 の 町 マ ラ ン ヴ ィ ル

(Malanville)からコトヌーまでは,国土のほぼ中 央を南北に走る幹線道路(RNIE2)を走行した

(図 3 )。

行路で停車させて現場を歩くときには,位置 をポータブルGPSで確認した。使用したハン ディ GPSはeTrex Vista(ガーミン社製,製品 表示の測位精度は15m RMS)である。自動車の 走行メーター表示も位置確認の参考にした。

いくつかの地点では気候資料として気温と湿 度の観測を実施した。気温と湿度の計測は,主 に復路(コトヌーからニアメイへの北上ルー ト)沿いでおこなった。

以上の観測および観察記録は,車での移動観 測ゆえに共時的な異地間の比較検討には不適切 であるが,南北約1000kmにわたる広域的な地

(3)

理的変異を論じるに不具合はないと思われる。

移動に利用した車は,ニアメイの宿の前で探 した運転手付き「白タク」である。ニアメイを 2006年 2 月 2 日に発ち南下した。国境の町ガヤ を経由してベナン共和国に入国し,ルート南端 のコトヌーには 2 月 9 日に到着した。途中のガ ヤ周辺では数日間,野外調査をおこなった。ギ ニア湾岸のコトヌーからの復路は往路と同じ ルートである。コトヌーを 2 月10日に発ち, 2 月11日にニアメイに到着した。

3  結果

3 - 1  ニアメイ~ガヤ間の移動観察 地点 1 (Loc.1)ニアメイ

筆者は2006年 1 月20日にニジェール入りし て,調査をおこなっていた。ホテル前にたむろ している,いわゆる「白タク」を借りて調査に 出向くのが常であった。

ベナン入国前に,筆者はニアメイにてベナン への入国ヴィザを取得した。ヴィザは観光ヴィ ザであり,ニジェール,ベナン,トーゴ,ブル キナファソ,コートジボワールの 5 か国に滞在 可能である,との説明を受けた。申請から発行 までわずか15分というスピードで取得できた。

ニアメイにあるベナン大使館では現地情報を収 集した。

2 月 1 日と 2 日のニアメイの天候は霞がかか る晴れ,北からの弱風が吹いていた。

2 月 2 日朝,ベナン行に備えて手配してあっ た白タク(車種はトヨタカローラ)がホテルに やって来た。運転手はニアメイ在住の男性(20 代~ 30代,本稿以下では運転手氏と表記)で ある。もともとはニジェール河の漁労民である が,今は漁労に携わるのは少数派であると語っ た。プール(フルベ)族とザルマ族の間に位置 する民族である―と筆者は何人もの現地人か ら聞いたことがある。運転手氏の日常の言語と してはザルマ語を得意とするようだ。妹がコト ヌー在住であり,これまでに何度かベナンを訪 れたことがあるという。

白タクを借りる交渉時に,約8000km走行し た自動車であるとの話であったが,実際に筆者 の目の前に姿を現した白タクは約10万kmの走 行を表示していた。運転手氏に抗議したくなっ たが,旅立ちの朝でもあり,時間を浪費したく もないので「この国のことだし」と内心つぶや きながら先を見据えた。

ガヤ周辺での調査時に村々を訪問する際の手 土産として何がいいと思うか,と運転手氏に尋 ねると,「塩,コーラの実,なつめやし果実,

石鹸」が挙がった。結局,ニアメイ郊外の道端 およびドッソの町で,なつめやし果実を数袋購 入した。

10時55分,ニアメイを出発した。先ずはベナ ンとの国境に位置するガヤをめざして南下し た。

図 2  ニアメイ~ガヤ間の南下ルートと主な観察地点 道路網のなかでも,調査のために走行した主ルートが示され ている。観測地点(Loc.1 ~ Loc.4)は本文に対応する。

(4)

地点 2 (Loc.2)ゲゼルボディ村(Geselbodi)

付近

ゲゼルボディ村(ニアメイの南東およそ 40km,図 2 )付近は,落葉樹と常緑樹の混交 する乾燥サバンナの植生で特徴づけられる(写 真 1 )。この季節の植生景観は,草本植物のほ とんどは生育不可であり,総観的には乾燥した 地表と混交林が混然とした色調を帯びる。

ザルマ語でサバラとよばれる灌木は,乾季に なると葉が枯れだして,乾季後半には落葉する のが一般的である。しかし,一部のサバラは,

乾季のあいだも緑の葉をつける。乾季の間でも 葉をつけるサバラは家畜にとって貴重な飼葉と なる。実際,サバラの葉を食している牛の群れ を観察できた。運転手氏によると,乾季に飼葉 が乏しくなると,らくだ,馬を除く家畜はサバ ラの葉を食べる。

地点 3 (Loc.3)バラ村(Bara)

15時45分頃,バラ村はずれの台地縁から写真

2 を撮影した(図 2 )。乾燥サバンナの落葉樹 の多い地域でも,常緑樹が混交する。写真 2 に みられるダロルフォガのように,ニジェールの サヘル地帯では,水流がなくなった乾いた谷

(大規模な涸れ川)をダロル(Dallol)とよぶ。

ダロルフォガも現在は干上がっているが,周り に比べると水気は多い。

16時頃,バラ村の緩斜面にあるトウジンビエ畑 を観察した(写真 3 )。樹木を伐採してトウジン ビエ畑を開墾するのが一般的であるが,畑中に 伐採された樹木の株を残すことはひろく観察さ れる。写真 3 の畑中の樹木(サバラ)は,周り の多くの灌木が落葉している中にあって,緑の 葉を茂らせている。このようなサバラは乾季の 家畜の飼料としての利用価値が高いと思われる。

16時10分頃 バラ村中心部に到着した。畑の なかのガオ(ザルマ語)とよばれる樹は,緑の 葉をいっぱい茂らせている(写真 4 )。ニアメ イ近郊に多い枝の伐採されたガオに比べると,

この村のガオは樹冠がパラソルのようにひろ

写真 1  乾燥サバンナの景観,ゲゼルボディ村付近(2006年 2 月 2 日筆者撮影)

写真手前の灌木には落葉樹と常緑樹が混じる。向こうの台地縁の斜面の樹木はほとんどが落葉樹である。乾季の末期には落葉する 樹木の割合がさらに増えると予想される。この地点 2 の位置は図 2 参照。

(5)

写真 2  バラ村はずれの緩斜面の植生景観(2006年 2 月 2 日筆者撮影)

バラ村はずれの台地縁から撮影。写真 1 同様に,乾季の典型的な空模様で,細かい砂が空中に舞い,遠くが霞んでいる。手前の広 い緩斜面の樹木の大半はサバラを中心にした落葉樹である。向こうに望まれるダロルフォガ―Dallol Fogaとよばれる大規模な涸 れ川で,凹地をなす―には背の高い常緑樹が多い。この地点 3 の位置は図 2 参照。

写真 3  バラ村はずれの緩斜面の畑地(2006年 2 月 2 日筆者撮影)

とり残された株から,前年にはトウジンビエが植えつけられ収穫されたと思われる。畑中のサバラの樹が緑の葉を茂らせている。

周りの落葉しかけた樹々と好対照をなす。

(6)

がっている。ガオとともに,ガムサ(ザルマ 語)とよばれる果樹も畑に植栽されている。

地点 3 (Loc.3)~地点 4 (Loc.4)(ガヤ)

17時30分頃,刈り跡放牧の現場に出くわす

(写真 5 )。牧畜民であるフルべ族が家畜(牛が 大半)を,収穫後の畑に連れてきた。主に(乾 季には貴重な飼料となる)トウジンビエやもろ こしの茎や株を食べていた。運転手氏によれ ば,家畜の刈り跡(畑)への入場の解禁日を行 政レベルで設定している。氏はまた,乾季にト ウジンビエなどの穀物の茎や株も無くなると,

家畜はサバラの葉も食べるようになる,と語っ た。写真 3 のサバラは,農民が飼葉としてのサ バラを意識して「育てている」可能性がある。

3 - 2  ガヤ(地点 4 ,Loc.4)

18時45分頃,ニアメイから約300km南のガヤ に到着した(図 2 )。宿はガヤで最上級のホテ ルであると聞いていたが,部屋の水場ではお湯

が出ない,停電中である,トイレットペーパー はない,というアメニティ状況であった。

この宿を拠点にして,ガヤ周辺で 2 月 3 日~

7 日のあいだ野外調査をおこなった。ここで は,ニアメイ~コトヌー間の移動観察に関連す る事象や現象に注目して述べる。

2 月 3 日,ガヤの北西およそ40kmにあるトコ エバングー村(Tokoye Bangou)を訪れた。村は ずれのガリーの岸にシロアリ塚が観察された(写 真 6 )。ニジェール南西部では平均的な規模のシ ロアリ塚である。人の手で削られていて,塚の内 部が露出している。

2 月 4 日,運転手氏は「ハルマッタンが強く吹 く季節は12月頃であり,今は風は弱い。一般に,

昼間の風は強く,夜間の風は弱くなる。」と語っ た。畑(トウジンビエかもろこし,あるいは混 作)での火入れをシア(Chia)付近で目撃した。

2 月 5 日,ガヤの北のある村で,畑の一部に 火入れがなされている現場を目撃した。その後 にトコエバングー村を訪れた際には,村人とと 写真 4  緩斜面の畑の中のガオ,バラ村(2006年 2 月 2 日筆者撮影)

写真中央は畑のなかの葉を茂らせたガオの樹。もろこしの茎が畑地に寝かせてある。この畑は前年,トウジンビエともろこしの混 作がおこなわれたと思われる。畑にはガオの他にガムサ(ザルマ語,果樹)がみられる。乾季には黄砂のような空模様が多いなか,

この日の空は微細な浮遊物が少ない分だけ,青色が増していた。この地点 3 の位置は図 2 参照。

(7)

写真 5  沿道でみられた刈り跡放牧,地点 3 と地点 4 の間(2006年 2 月 2 日筆者撮影)

どこからともなく現れた,フルベ族がつれてきた家畜の群れがゆっくりと移動する。写真右手中景には,牛といっしょに移動する 羊がみられる。灌木はザルマ語でサバラとコソレイとよばれる樹木が主である。

写真 6  ガリー岸で観察されたシロアリ塚,トコエバングー村(2006年 2 月 3 日筆者撮影)

他所でのシロアリ塚の観察例を参考にすれば,この地点で当初,ガリー岸にシロアリ塚が形成されたとは考えにくい。塚の形成後 にガリー侵食がおこったと推測される。

(8)

もに,火入れ跡地を観察した。村人によれば,

火入れは訪問時の約 1 か月前におこなわれた。

畑の中の焦げた地表部分がパッチ状に観察され た。サバラの樹が緑の葉を茂らせているのが,

周りの樹々と好対照をなしていた。

トコエバングー村周辺では,この地域にひろ く分布するカリテの樹(フランス語でkarité)

が観察される(写真 7 )。カリテの樹皮はワニ 肌の模様に似る。村人の話によれば,実を食用 にする。また,実の中の種子を潰して搾油す る。抽出した油はシアバターとして利用され,

シアバターの木としても知られる。

2 月 7 日,ガヤ近郊で,最近に火入れがおこ なわれた畑を道端にみる(写真 8 )。ガヤ付近 での畑への火入れ地は,焦げ跡がパッチ状にみ られることに特徴があると思われる。

ガヤ周辺での調査中,霞がかかる空模様で あった。多少の霞の向こうに,太陽はぼんやり としていた。雲は観察されなかった。

3 - 3  ガヤ~コトヌー間の移動観察 ガヤ(Loc.4)~地点 5 (Loc.5)

2 月 8 日水曜日, 9 時すぎにガヤを車で出発 した。雲のない空ではあるが,一面霞に覆われ ている。

ニジェール側の国境の町ガヤとベナン側の国 境の町マランヴィルのあいだに大河ニジェール が流れる(図 2 )。ニジェール川に架かる近代 的な大橋が二つの町をつなぐ。国境の橋であ り,橋の両端には検問所がある。大河に架かる 大橋を写真に収めたい衝動を,またその圧倒的 存在感を脳裏に焼きつけるためにしばらく滞在 したい衝動を無理に抑えて,表向きは平静さを 装うように国境を後にして,ベナンに入った。

ガリーが国道(RNIE2)を寸断している現場 が観察された。幅10~20m,深さ 3 ~ 6 mのガ リーが国道と直交し,傍らには盛り土した簡便 な迂回路が敷設されていた。しばらく走ると,

道路脇に灌木が燃えている現場が観察された。

その周りには焼け跡が認められた。

写真 7  カリテの樹,トコエバングー村にて(2006年 2 月 5 日樹冠にカメラを向けて筆者撮影)

葉に生気はないものの,数多くの葉をつけたままのカリテの樹。花期を終えたばかりだが,一部に小さなクリーム白色の花が残っ ている。独特の樹皮模様が写真右下(樹幹)にみられる。

(9)

地点 5(Loc.5,GPS計測によれば北緯11度37分,

東経 3 度10分)

10時45分頃に,道路脇に火入れして間もない 火災跡地が現れたので,車を停めて観察した

(地点 5 ,図 3 )。車の走行メーターはガヤから 約60kmを示す。北東の風(ハルマッタン)が 吹いていた。ガヤ出発時にくらべると風速は増 してきた。

焼け跡の林相から,また燃え跡(地面)の様 子からは,地上部の植物の燃え方としては地表 火タイプである,と推測された(写真 9 )。辺 り一面が灰や焦げ色に変わっているので,炎が 地表を万遍なく這っていった,と思われた。一 方,樹幹上部や樹冠がほとんど焼け残っている ことが,乾季の野火であることを考慮すると,

不思議にも思われた。黒焦げになった地表に落 葉が見られる。落葉樹の樹冠部の葉が燃焼する ことはなかったが,火災後に地表に落下したこ とが推測できる(写真10,12)。地表への火の インパクトが強烈であったと思われたが,焼け て間もない跡地には,既に芽吹いている植物も 観察された(写真10)。

離れた車中から眺めると道端の石ころに見え たものが,近づいてみると,シロアリ塚である ことが判明した(写真11)。道端だけではな く,林床にも多数のシロアリ塚が観察された。

塚の外面(形や色調など)がきわめて良く似て いることから,これらの形成は同一種類のシロ アリによると思われた。塚の形は釣鐘型であ る。ほとんどが既に放棄された塚(風雨による 浸食をうけた塚)と思われるので,塚の原初形 態が多少とも変形している可能性が高い。目視 によれば,シロアリ塚の平均的な規模は直径20

~40cm,高さ20~30cmである(写真11,12)。

この地点のシロアリ塚はニジェール南西部に比 べるとかなり小型である(写真 6 参照)。

地点 6 (Loc.6)

11時30分頃,アルファクアラ村(Alfa kouara)

の道路からやや離れた場所から煙が舞いあがっ ているのが観察された。車の走行メーターはガ

図 3  ガヤ~コトヌー間の南下ルートと主な観察地点 道路網のなかでも,調査のために走行した主ルートが示され ている。観測地点(Loc.5 ~ Loc.11)は本文に対応する。

ヤから約70kmを示す。車を停めて,煙のあが る地点を確かめるべく,近くの高木に登る。し かし,炎は肉眼で確認できなかった(写真 13)。周りの状況から,人が火入れしているの はほぼ確かであろう。

(10)

写真 8  火入れ後まもない畑,ガヤ近郊にて(2006年 2 月 7 日筆者撮影)

黒焦げた部分が畑中にパッチ状に観察される。雑草,トウジンビエ,もろこしなどの残滓が周りから掻き集められて燃やされた可 能性がある。乾季の典型的な空模様で,雲はないが,サハラから飛来する細かい砂塵が浮遊している。

写真 9  火入れ直後の灌木林,地点 5 (2006月 2 月 8 日筆者撮影)

地表は黒焦げであるが,樹幹や樹冠部分には枯葉がついたままである。落葉樹が大部分を占める。写真中央の高木は,下部(地表 から約2m高までの樹幹)が燃えたと思われる。地点 5 の位置は図 3 参照。

(11)

写真10 火入れ直後の芽生え,地点 5 (2006月 2 月 8 日筆者撮影)

地面は黒焦げであるが,枯葉(落葉)に覆われている。手前に,直立した植物(名前は不明)の芽生えが観察される。地表の枯葉 は落葉が進行中であることを示している。スケールは写真下のボールペン。

写真11 道路脇の小型のシロアリ塚,地点 5 (2006月 2 月 8 日筆者撮影)

舗装された道路両脇にシロアリ塚がみられる。道端だけではなく,国道から離れた林床にも多数の同型のシロアリ塚が観察され た。道路向こう(北側)を 2 人が歩いている。

(12)

写真12 シロアリ塚,地点 5 (2006月 2 月 8 日筆者撮影)

茶灰色の塚表面に多数の穴がみられる。放棄された塚であると思われる。塚の形は釣鐘型である。

写真13 煙が立ちのぼる叢林,アルファクワラ村,地点 6 (2006月 2 月 8 日筆者撮影)

高木に登っている筆者から煙の地点までは,およそ数10m~100mの距離である。道路脇から炎は観察されなかったが,火入れであ る可能性が高い。手前には黒焦げの地面がひろがる。この地点 6 の位置は図 3 参照。

(13)

地点 6 (Loc.6)~地点 7 (Loc.7)

アルファクアラ村を過ぎて約10分間の走行後 には,同様に,道路からやや離れた地点から野 火の煙があがっているのが観察された。

車窓からみえる民家の屋根の多くはトタン葺 きである。畑の多くは綿花畑に利用されている。

地点 7 (Loc.7)

道路脇が燃えているので車を停めた(写真 14)。ガヤから約95kmの距離を車の走行メー ターは示す。コフォイサ村(Kofoissa)に到着し た。典型的な地表火の燃え方で延焼している。

地表を覆う枯草と灌木の組み合わせ(疎林)は,

この型の燃え方(地表火)の素地をなす可能性 がある。

地点 7 (Loc.7)~地点 8 (Loc.8)

車窓から望まれる畑の多くは綿花畑に利用さ れている。

地点 8 (Loc.8)カンディ

検問所のある,つまり,要所の町であるカン ディ(Kandi)に12時頃に到着した(図 3 )。

塀に囲まれた比較的広い敷地に,綿花が大量に 積まれているのが観察された(写真15)。その 様態はモンブラン(仏語で白い山の意味)と形 容するにふさわしい。道路両脇の雑草にからみ ついている綿花の破片は,綿花の運搬車両から こぼれ落ちたものである,あるいは綿花畑から 空中を舞いながら飛来したものであると推測さ れる。

町はずれの小さな食堂で食事を摂った。食事 中に,日用の小物売り商人(若い男 1 人)が近 寄ってきた。一人の人間が担いで移動できる最 大量を追及し,消費・購入者にアピールする商 品陳列にも配慮したコンパクトな荷造り―筆 者は「一人移動コンビニ」と呼びたくなった

―は,よそ者の目を釘付けにする。筆者は一 瞬「Air freshener Tokyo lemon」の文字入り の品(缶詰)に視線を落としたが,商人に「要 らない」と答えると,彼は立ち去った。

地点 8 (Loc.8)~地点 9 (Loc.9)

12時50分頃にカンディを発つ。10分間ほど走 ると,野火で煙が上がっているのを車窓から観 察した。さらに, 5 分間ほどの走行後にも火入 れの現場を目撃した。

ときどきバオバブの樹も観察される。特異な 姿態のバオバブは遠くからでも識別が容易であ る。乾季の最中であり,バオバブは落葉してい る。実がぶらりと垂れ下がっているのも認めら れた。

運転手氏が「パラクー(Parakou,ベナン中 部の最大都市,図 3 )の人々の主食の食材は 米,ヤムイモ,とうもろこしである」と話した。

珍しい名のついたプティパリ村(Petit Paris)

を通過する。車の走行メーターはガヤから約 175kmを示す。村の民家の屋根にトタンを利用 している例が多い。

13時45分頃,火が放たれている道路脇の現場

(燃えている原野)を目撃した。炎が立ちのぼ る現場(野火)としては,朝のガヤ出発から数 えて 7 回目である。

ある村―ここでもトタン葺き民家が目だ つ,またモスクも認められる―を横切る小さ な涸れ川床では,地下浅いところを流れる水を 得るための手掘りの小型穴(井戸)が,国道近 くに観察された(写真16)。この村はずれで も,小型のシロアリ塚が車窓から観察される。

ただし,シロアリ塚は地点5付近より少なく なってきたとの印象をもった。

14時10分頃,国道から100~数100m離れた場 所で煙が立ちのぼっているのを目撃した。筆者 はサバンナに放たれた火であろうと推測した が,炎は確認していない。車窓から望まれる車 道沿いの灌木や叢林の林床には,依然として,

小型のシロアリ塚が観察される。

地点 9 (Loc.9)ベンベレケ村(Bembereke)

近郊

14時30分頃,緑の葉をつけた樹林に覆われた 丘陵斜面が視界に入る。この斜面の緑樹は,ガ ヤ出発からこの地に至るあいだでは,最も密生

(14)

写真14 火入れの現場,コフォイサ村,地点 6 (2006月 2 月 8 日筆者撮影)

写真中景の広葉の灌木は,その下部が燃焼して黒く焦げている。一方,手前の草むらの炎に勢いがある。写真中景の燃焼していな い地表は,燃える材料である植物残滓が少ないのか,あるいは人が火入れをコントロールしているのか,いずれかの可能性を示唆 する。

写真15 山と積まれた綿花,カンディ(2006月 2 月 8 日車中から筆者撮影)

塀で囲われた広大な敷地内に,綿花が大量に積まれている。綿花の集積場であろう。手前国道の路肩に,綿の破片がころがってい る。雑草にもまとわりつくような綿の破片は,道の両側で連続的に観察された。この地点 8 の位置は図 3 参照。

(15)

写真16 トタン屋根の民家,プティパリ村付近のある村(2006月 2 月 8 日車中から筆者撮影)

屋敷内の緑の高木の多くはインドセンダンである。写真手前,道路下を小さな涸れ川がくぐっている。涸れ川床に水流はない。川 床には水を得るための簡易手掘り井戸がみられた。この地点の位置は地点 8 と 9 の間(図 3 )。

写真17 樹林におおわれた丘陵,ベンベレケ村付近(2006月 2 月 8 日筆者撮影)

ベンベレケ村中心から北に数kmの地点(地点 9 ,図 3 )。標高およそ500mの斜面の樹林は,一般的な乾季のサバンナと様相が異 なる特異な景観をつくりだしている。手前の緩斜面には綿花が積まれている。

(16)

する樹林である(写真17)。斜面下部には白い 綿花が積まれている。ここからどこか工場へ,

あるいは集積場へ出荷されると思われた。

この地点 9 で,車の走行メーターはガヤから 約220kmを表示している。空に雲は全くない。

地図を参照すると,この地点は約500mの海抜 高度にある。

地点 9 (Loc.9)~地点10(Loc.10)サヴェの町 14時45分頃,火入れ現場が道路脇で観察され た。

15時頃,車を停めて,ある村で休憩をとる。

民家の敷地内のマンゴーの樹(うるし科)を観 察した。ニアメイ辺りのマンゴーの実に比べる と大きな実であったが,熟するまでにはまだ時 間を要すると思われた。

15時45分頃,野火が延焼している現場を車窓 から目撃した。

路肩に「ガヤから298km」と表示されている 標柱を認める。ベナン中部の都市パラクーの北 に数10kmの地点であると推定される(図 3 )。

辺りにカシューの樹の農園がみられる。

16時頃,車窓から野火で燃えている現場を目 撃した。

運転手氏は「牧畜民であるプール(フルベ)

族が家畜を連れて南下する場合,パラクー辺り か,あるいはパラクーの北側近郊が移動の南限 であろう」と話した。

午前中には一般的にみられた屋敷に植樹され ているインドセンダンが,いつの間にか,視界 に入ってこないことに,筆者は気づいた。

17時頃,車道が鉄道を横切る。車の走行メー ターはガヤから361kmを示す。持参した地図を 参考にすると,チャチョー村(Tchatchoo)であ ると推測される。道路沿いの灌木林は,常緑樹 に落葉樹が混じる林相を呈する。依然として,

道端の草むらに綿花破片が散らばる。破片では あるが,純白であるので,沿道の風景のなかで も人目をひく。

霞空のもと,南へ走行する車の右手前方に山 が 見 え た。 地 図 を 参 照 す る と, 標 高500 ~

600mの 山 で あ る と 推 測 さ れ る。 国 道RNIE2 は,カンディからサヴェ(Save)まで,標高 300 ~ 350mの丘陵地帯を貫く(図 3 )。

17時55分頃,車の走行メーターはガヤから 437kmを示す。道路から離れた場所( 2 か所)

から煙が立ち上っていた。炎は確認されない が,煙の量を考えると,野火の可能性が高い。

18時15分頃,車の走行メーターはガヤから 464kmを示す。車窓からは沿道にバオバブの樹 がいくつか観察された。

ベナンに入ってから,これまで通り過ぎた村 や町において,キリスト教の教会らしき建物 も,またイスラム教のモスクらしき建物も目撃 した。モスクが圧倒的に目だつニアメイ~ガヤ 間との違いを,筆者は感じていた。

18時40分頃の薄暮,サヴェの町郊外を走る車 の前方に 4 つのドーム状の岩山が出現した(写 真18)。車の走行メーターはガヤから490kmを 示す。南東側の空に,雲の塊が 3 , 4 つ浮かん でいるのを「発見」した。ふり返れば,ガヤか らベナン中北部を縦断してきた日中を通じて,

空には雲が観察されなかった。

地点10(Loc.10) サヴェの町

19時前に,サヴェの町に到着した(図 3 )。

街灯に明かりが灯るなか,沿道にある小さなホ テルに投宿した。 8 日はガヤからサヴェまでの 約500kmを走破したと思われた。

2 月 9 日早朝,空に筋状の薄い雲がひろがっ ている。南東からの微風が吹いている。

ホテル前の,沿道の屋台カフェで朝食(紅茶 と卵焼きとパン)を摂る。375CFA(日本円で 約75円)であった。道端ではかまどを中心にし て,女性達がヤムイモを蒸したり,柔らかく なったヤムイモを臼と杵で突いたり,忙しく動 きまわっている。

サヴェの町の背後に控えるドーム状の岩山の 写真を撮るために,撮影に適する高台を探し た。ある大屋敷の前を通りかかると,屋敷内に カシューの樹と何かが充填されて積まれた麻袋 が垣間見えた。カシューナッツの話が聞けるか

(17)

と直感して,門から屋敷内を覗いた瞬間,中に いる男(30代~ 40代)がにこやかに迎え入れ た。一気に話がはずんだ。

筆者の予想どおり,男性談によれば,男性宅 は収穫したカシューナッツを外国へ出荷する商 売(仲買)をおこなっている。屋敷にカシュー の樹(うるし科)があり,実をつけていた(写 真19)。

男性談によれば,パラクーの町からダッサ

(Dassa,サヴェから約50km南の町,図 3 )の 間にカシューの樹のプランテーションが集中し て い る。 外 国 に 輸 出 す る と き, 1 kgあ た り 500CFA(日本円で約100円)で売れる。筆者 が サ ヴ ェ の 売 店 で 聞 い た 1 kgあ た り200~

400CFAはローカルな値段である,とも話し た。男性はまた,ベナンからは 4 万 5 千トンが インドやパキスタンあたりに輸出されている,

輸出には主にレバノン人が仲介している,と 語った。

地点10(Loc.10)サヴェ~地点11(Loc.10)コ トヌー

9 時55分頃,車窓から丸みを帯びたいくつか の岩山(孤立する山塊)が望まれる。Tankoshi と記された標識が道端にみえた。

10時 5 分頃,ダッサの町で車に給油した。給 油所の近くにも岩山(山塊)がみられる。

キャッサバ(とうだいぐさ科,マニオクとも よばれる)を詰めた縦長の麻袋が,沿道に一列 に並んでいる光景を目にする。道行く人への商 売目的であると思われた。また,ヤムイモ畑が 方々に観察されるようになる。蔓性植物である ヤムイモの広葉が支柱にからみつくように栽培 されている。プランテーションと呼ぶにふさわ しい広大な畑地もみられる。

灌木に混じって,バオバブがところどころに 観察される。車の走行メーターはガヤから 590kmを示す。サヴェの町を発ってから,道路 沿いに野火の跡地が散見されたが,火の粉や煙 が上がっている現場はまだ目撃されていない。

サヴェの西10数kmの国道が鉄道を横切る辺り 写真18  4 つのドーム状岩山,サヴェ(2006月 2 月 8 日車中から筆者撮影)

写真左,霞空のかなたに雲の塊がぼやけて見える(白黒写真ではさらにぼやけて,判別できない)。この辺りでも依然として,道路 両脇に綿花の破片が散らばっている。

(18)

で,燃えて間もない焼け跡が観察された。

道端を歩く子供が,野原で捕まえたと思われ る小動物を手にぶらさげている。獲物を家に持 ち帰る途上であると思われた。

10時55分頃,空に綿雲(小規模な積雲)がい つの間にか浮かぶようになる。辺りに油ヤシの プランテーションが目だつようになる。

11時20分頃,空に綿雲が浮かんでいる(写真 20)。ふり返ると,サヴェやダッサの町あたり を境にして空模様が変わったと思われる。

12時頃,道端の露店に並べて売られている商 品のなかで,とうもろこしが目を引く。アラダ

(Allada,コトヌーから北へ約40km)の町に到 着した。市場を訪れると,バナナ,パイナップ ル売りが目だつ。

12時30分頃,パイナップル畑が窓外に観察さ れる。道端の露店ではパイナップルが台に並べ て売られている。ところどころにマンゴーの樹 がみられる。ニアメイを起点とする南下路をふ り返ると,マンゴーの樹はニアメイからギニア

湾岸まで分布すると思われる。

地点11(Loc.11)コトヌー

コトヌーの海岸にあるホテルに到着した。車 の走行メーターはガヤから764kmを示す。15時 頃,西南西の風が吹いている。

宿近くの街の食堂で食事を摂った(写真 21)。ヤムイモを蒸して柔らかくして,さらに 臼と杵で突くと粘り気がでて餅のようになる

(運転手氏によれば,ザルマ語でソカラとよ ぶ)。ソカラを一口サイズに手でちぎり,スー プ(写真21では羊肉入り)につけて口に運ぶ。

典型的なローカル食であるらしい。翌日10時 頃,運転手氏の妹宅(コトヌーの住宅街の一 画)を訪問した際には,とうもろこし粉末を練 り固めたもの(運転手氏によれば,ザルマ語で ドゥクヌとよぶ)と魚のスープが供された。

夕方に宿に戻る。バンガロー式の宿(部屋)

の壁に開いた配線用穴を通じて,野外と室内間 を大量の小動物(シロアリとアリが大部分)が 写真19 カシューの樹,サヴェ(2006月 2 月 9 日筆者撮影)

小さな花が咲いた後の果実。果肉部分(花柄)の下に種子がつく。写真の果肉部分は緑であるが,熟すると緑色が黄色や赤色へ変 わる。種子の中身(仁)を多少とも味付けして市販されているのがカシューナッツである。英語でカシューアップルとよばれるの は果肉部分であり,食用とされる。

(19)

写真20 空に浮かぶ積雲,コトヌーの北およそ100km地点(2006月 2 月 9 日筆者撮影)

写真向こうは北側。視界が開けてきて青空が広がってきた。植生が密になってきた。右手の林は植林地と思われる。

写真21 市内の食堂での昼食テーブル,コトヌー(2006月 2 月 9 日筆者撮影)

瓶入りコカコーラとスプライトが清涼飲料。運転手氏の解説によれば,テーブル上の大容器の水は,食事中あるいは事後に手を洗 うためのものである。テーブルの脇には,写真に写っていないが,鉄製スタンド(台座)に水の入った容器が,手ぬぐいと石鹸と ともに,置かれている。この水は食事前に手を洗うためのものである。

(20)

出入りしているのに気づいた。職員を呼び出し て,対応してもらった(写真22)。夕暮れ時の 砂浜海岸に人影は少ないが,たむろする人,散 歩する人,水浴する若者などがみられた(写真 23)。

2 月10日 7 時30分頃,宿のバンガローから100 mほど歩き,海岸に着く。風向きは前日同様 に,西南西の風である。厚い雲が垂れこめ,雲 量は前日より多い。大きな積雲下では降雨がパ ラついてもおかしくない雲行きである。持参し た計器で測定すると,気温27℃,湿度91%であ る。 8 時30分にホテルを発つ時,車の走行メー ターはガヤから798kmを示していた。空は黒い 塊の雲に覆われ,雲行きが怪しい(写真24)。

10時40分頃,コトヌーの町はずれでは,局地 的な強雨の跡(流水が道路を横切っている現 場)を確認した。間もなく大粒の雨が大量に落 ちてきた。乾季の邦ニジェールからやって来た 筆者には「ショックの」降雨である。ふり返る と,コトヌーの街から上空に立ちのぼるよう に,積乱雲がかかっていた。

4  おわりに

筆者は2006年 2 月,ニジェール共和国ニアメ イからベナン共和国コトヌーまでの南下ルート

(往路)沿道の総観的な,あるいは地理的な現 象や事象を,気候・地生態的な側面に焦点をあ てて観察した。本稿では,その結果を調査報告 のかたちでまとめた。2006年 2 月調査行の後半 部にあたるコトヌーからニアメイまでの北上 ルート(復路)を辿りながら観察,観測した結 果については,続報にまとめたい。

謝辞

本調査行の道中で,通訳,野外作業の助手,

インフォーマントなどとして協力いただいた運 転手氏に,および訪ねた地域や村々で温かく支 援いただいた住民たちに感謝申しあげる。

写真22 ホテル部屋への侵入動物,コトヌー(2006月 2 月 9 日筆者撮影)

アリ(写真では大型の黒色)やシロアリなどが混在すると思われる。バンガロー式宿であり,壁の向こうは屋外。配線のための壁 穴(写真上部)を通って,これらの動物たちが往来しているのに気づき,ホテル職員に穴を塞いでもらった。殺虫剤を噴霧すると コロリとなり,動きが止まった。

(21)

写真23 コトヌーの砂浜海岸(2006月 2 月 9 日筆者撮影)

護岸コンクリートから波打ち際まで数10mの距離。うす曇り空のギニア湾の沖合を大型貨物船が航行していた。砂浜の手前(護岸 コンクリート側)では,砂の色に赤みが増す。

写真24 積乱雲に覆われたコトヌーの街(2006月 2 月10日筆者撮影)

車両と人の往来でにぎわう幹線道路。いつの間にか黒い雲の塊がどこからともなく襲来した。今にも降りだしそうと思っていた ら,10分後には,筆者の乗る車は土砂降りの中を走っていた。

(22)

参考文献

Chinen, T. (1999): Recent accelerated gully erosion and its effects in dry savanna, southwest of Niger. In Hori, N. (ed.): Human response to drastic change of environments in Africa. Report supported by Grant-in-Aid for International Scientific Research of Japanese Ministry of Education, Science, Sports and Culture, Tokyo Metropolitan University, 67-

102.

IGN Cotonou et IGN Paris (2000): République du Bénin, carte générale à 1 : 600000. IGN (France) et IGN (Bénin).

Mainguet, M. (1995): L’homme et la sécheresse. Masson, Paris, 335pp.

Toupet, C. (1992): Sahel. Nathan, Paris, 192pp.

図 1  サハラ以南の中央アフリカ~西アフリカにおける自然地域区分(Toupet, 1992; Mainguet, 1995にもとづく)

参照

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( 14 )  “ Declaration of ASEAN Concord ” , “ Treaty of Amity and Cooperation in Southeast Asia ” , Indonesia, 24 February 1976

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