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シュンベーターの経済・社会思想における創造性の位置

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Academic year: 2021

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博 士 ( 経 済 学 )    楠 木    敦

学 位 論 文 題 名

シュンベーターの経済・社会思想における創造性の位置

学位論文内容の要旨

  

本論 文は、シ ュンペ ーターの 経済・ 社会思想 を、特 に学説研 究の観点 から考 察し、そ れが 現代の経 済学の 諸問題の 研究に 対して持 つ先駆的 に重要 な意義を 確かめ ようとし て 書か れた。本 論文は 、シュン ペーターの経済発展論を中心としつっも、哲学との関係(第

1

章)、社会学との関係(第2 章)、倫理学との関係(第3 章)、理論との関係(第4 章)、実践 との関係(第5 章)を論じたものとなっている。

  

第1 章 で は、 シ ュ ンペ ー ターの 経済発 展の概念 、特に 「創造性 」の概 念がべル クソン の創 造的進化 におけ る創造性 の概念 と類似し たもので あるこ とを論じ た。シ ュンベー タ ー の 経済 発 展 論は 、 次 の5 点に わたっ て創造的 進化論 との連関 を有して いると いうこと が で きる 。 す なわ ち 、 第1 に 、 創造 的 な 変化 、 第

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に、 内 生 的な 変 化 、第

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に 、非 連続 的 で 質的 な 変 化、 第

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に、 不 可 逆的 な 変 化、 第

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に 、変 化の予見 不可能 性、であ る。こ うし て、シュ ンペー ターの経 済発展 論とべル クソンの 創造的 進化論と の類縁 関係は、 こ れま で一般に 考えら れていた よりも はるかに 緊密なこ とが明 らかとな った。 シュンペ ー ター の経済発 展論に みられる 経済進 化の概念 は、ケル ムやホ ジソンの 主張と は異なり 、 創造 的な変化 の原理 としての べルク ソンの創 造的進化 論によ り親和性 を持っ ていると い うこ とができ る。ま さに、シ ュンベーターの経済発展論の基礎には、「創造的な変化」と して の「経済 発展」 を説明す るため に、創造 性を核と するべ ルクソン の創造 的進化論 と 同じ 説明原理 があっ たのであ る。シ ュンペー ターにと って発 展は、創 造性を 前提とす る ので なければ 真に意 味あるも のでは ない。か くして、 シュン ベ一夕ー の経済 発展論の 根 底にある洞察は、創造性にあるということができる。

  

第2 章 で は、 こ れ まで 論 じられ ること がなかっ た彼の 社会学に おける 方法論が どのよ

うな ものであ るのか をデュル ケーム と関連さ せること で明ら かにした 。シュ ンペータ ー

の社 会学的方 法論は 、個人を 究極の 実在とし て議論を 始め、 社会とい う集合 体に固有 の

性質 を演繹し ようと する方法 論的個 人主義で はなく、 集合体 の実在性 に優先 権を与え 、

集合 体が示す 性質は 個人に帰 属する 性質から 演繹でき ないと する方法 論的集 合主義を 採

用し ていた。 シュン ペーター の「物 の論理」 という概 念は、 社会の中 で個人 の意識に 対

して 外在性と 拘束性 を持つも のを社、会的事実であると規定し、その客観的な実在性ゆえ

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準を定式化したデュルケームの社会学的方法と類似したものであった。シュンベーター の採用した方法は、デュルケームの社会学における方法と同じものであり、彼の社会学 的分析に通底していたということができる。

  

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章では、創造性を「かなめ」とするシュンペ一夕ーの功利主義に対する認識、す なわちこれまで論じられることのなかった彼の功利主義批判の考察にあてられている。

企業者が惹き起こす革新は、事前には、まったく予見できないものであった。シュンベ ーターは、企業者の革新のように、快苦原則を核とする「功利の原理」の外部に存在す るとでもいうべき行為が存在すると考えていただけでなく、事前には、誰によってもそ の価値を数値的に考量することができず、かつ外形的・数値的な証拠では基礎づけられ ない創造的な行為こそが経済の発展にとって最も重要な役割、を果たしていると考えてい た。シュンベーターの考える「創造」とは、既存の「ものさし」が意味をなさない現象 を創りだすのであり、彼が功利主義を嫌悪していた理由も、その点に存在するといえよ う。既存の「ものさレ」で測れないということ、すなわち惹き起こされる現象がまった く予見できないということは、帰結を予見することができないということであり、当然 にも、帰結主義の原理が機能しないことを意味する。したがって、企業者の革新は、い わば帰結主義の枠組みの外部に存在するといえるのである。創造性を最重要視するシュ ンペーターにとって、快楽という「ものさし」だけを使用し、帰結によって正否の判断 を行なうというべンサムの功利主義は、一面的であるがゆえに、浅はかなものとして映 り、軽蔑することになった。

  

4

章では、シュンペーターの経済発展論における認識の視座構造の構成内容を問題 とし、彼が「創造性」を最も基礎的で包括的なヴィジョンとしていたがゆえに、経済発 展論における彼の「ヴィジョン」と「理論構成」との間には、本質的な悖理が聞入レて いることを明らかにした。シュンベ一夕ーが設定した経済発展論における動態の純粋モ デルーー第1 次接近ー―の理論的枠組み内では、原理的に銀行家は革新を事前に審査で きないということが明らかとなった。この陥穽は、発生論的な説明方法を採用したシュ ンベーターにとって、論理の要請からして、その構造そのもののうちに必然的に抱え込 まざるをえなかったものであり、遠くは、彼の「ヴィジョン」と「理論構成」の相剋に 淵源する。もちろん、シュンベーターの論理展開における矛盾が、彼の理論の価値を減 じるものであると主張するものではない。というのも、この矛盾を通じてしか立つこと ができない視座があり、事前.に予見できない革新への融資にまっわる問題を考える際に は、この視座がわれわれに重要な分析を提供することになると思われるからである。過 去の経済活動の結果としての貨幣資産や貯蓄を利用する機会が十分に確立していない現 代の開発途上国などの企業者に対する銀行家の役割を再考するに際しては、われわれに 重要な足場を提供するものになると思われる。また、銀行家に限らず貸し手の審査能力

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およ びモラ ルの あり 方を 再考 する に際しても、われわれに重要な示唆を与える。

  

第5 章では、前章の内容を踏まえた上で、シュンベーターの経済発展論からグラミン 銀行を見ることによって、シュンペーターの経済発展論における融資のメカニズムとグ ラミン銀行の融資のメカニズムとを比較検討して論じることを試み、ひとつの現代的可 能性として、従来の諸研究にはない解釈をくわえてみた。シュンペーターが構築した経 済発展論の構図とグラミン銀行のマイク口クレジットのシステムとの問にはある種の類 似性が存在していることが明らかとなった。この類似性は、シュンベーターの採用した オーストリア学派特有のユニークな説明方法、すなわち発生論的な説明方法に起因した ものであるということができるであろう。発展のメカニズムについてのシュンペーター のヴィジョンは、発展という現象を説明するにあたって、最初に必要なのは、革新では なく、金融であるという点で開発途上国の発展問題の核心を突いていたということがで きるのではないだろうか。本章では、このような観点からシュンベーターの経済・社会 思想のひとつの現代的可能性について論じた。

  

かくして、本論文のように、ベルクソンを中心としたフランスの思想からシュンペー

ターを解釈する分析は、他の研究には見られないものであり、この視点にー番の独自性

および意義がある。そして、このような視座に立つことによって初めて、シュンベータ

ー の 経 済 ・ 社 会 思 想 に お け る 「 創 造 性 」 の 意 味 と 位 置 が 見 え て く る 。

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学位論文審査の要旨 主査   教授   佐々木憲介 副 査    教 授    岡 部 洋 實 副 査    教 授    橋 本    努

学 位 論 文 題 名

シュンベーターの経済・社会思想における創造性の位置

  当該論文は,20世紀を代表する経済学者の一人であるヨーゼフ・アロイス・シュンペーター (Joseph Alois Schumpeter,1883‑1950)の経済・社会思想を考察し,その思想の根底に「創造 性」という洞察があったことを明らかにしようとするものである。論文は,シュンペーターの経済 発展論を中心に置いて,哲学との関係(第1章),社会学との関係(第2章),倫理学との関係(第 3章 ) , 理論 と の 関 係( 第4章) , 実践との 関係( 第5章 )を論じ たもの となって いる。

  第1章では,シュンペーターの経済発展の概念,特に「創造性」の概念がベルクソンの創造的進 化における創造性の概念と類似したものであることが論じられる。シュンペーターの経済発展論 は,次の5点にわたって創造的進化論との連関を有している。すなわち,第1に,創造的な変化,

第2に,内生的な変化,第3に,非連続的で質的な変化,第4に,不可逆的な変化,第5に,変化 の予見不可能性である。楠木氏によれば,これらの点は,シュンペーターの経済発展論とベルクソ ンの創造的進化論との類縁関係が,これまで一般に考えられていたよりもはるかに緊密なことを示 している。シュンペーターの経済発展論にみられる経済進化の概念は,ダーウィン主義的なもので あるとするケルムや,生物学的アナロジーをまったく拒絶するホジソンの主張とは異なり,創造的 な変化の原理としてのベルクソンの創造的進化論に親和性を持っているとする。シュンペーターの 経済発展論の基礎には,「創造的な変化」としての「経済発展」を説明するために,創造性を核と するベルクソンの創造的進化論と同じ説明原理があったとし,シュンペーターの経済発展論の根底 に創造性という洞察があった,という結論が導かれる。

  第2章では,これまで論じられることが少なかったシュンペーターの社会学における方法論を,

デュルケームと関連させて論じている。シュンペーターにとって,社会学はその知的生涯の始めか ら,経済学と並ぶ探究領域であった。シュンペーターは,社会学に関わる議論では,個人を出発点 として社会という集合体に固有の性質を導こうとする方法論的個人主義ではなく,集合体に優先権 を与え,集合体が示す性質は個人に帰属する性質からは導出できないとする方法論的集合主義を採 用した。楠木氏によれぱ,シュンペーターの「物の論理」という概念は,社会の中で個人の意識に 対して外在性と拘束性を持っものを社会的事実であると規定し,その社会的事実を「物のように考 察する」という規準を定式化したデュルケームの社会学的方法と類似したものであった。シュンペ ーターの採用した方法は,デュルケームの社会学における方法と同じものであり,彼の社会学的分 析に通底していたとする。

  第3章では,創造性を「かなめ」とするシュンペーターの功利主義に対する認識が考察される。

シュンペーターの場合,企業者が惹き起こす革新は,事前にはまったく予見できないものであっ た。企業者の革新は,快苦原則を核とする「功利の原理」の外部に存在する行為であるとともに,

事前には誰によってもその価値を数値的に考量することができず,かつ外形的・数値的な証拠では 基礎づけられない創造的な行為であり,これこそが経済の発展にとって最も重要な役割を果たして いるとされていた。シュンペーターの考える「創造」とは,既存の「ものさし」が意味をなさない

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現 象 を 創 り だ す の で あ り , 彼 が 功利 主 義 を 嫌 悪し て い た 理 由は そ の 点 に 存在 す る , と 楠 木氏 は 解 釈 す る 。既 存 の 「 も のさ し 」 で 測 れな い と い う こと , す な わ ち 惹き 起 こ さ れ る現 象が まった く予 見でき ない と いう こ と は , 帰結 を 予 見 す るこ と が で き ない と い う こ と であ り , 当 然 にも ,功 利主義 が前 提とす る帰 結 主義 の 原 理 が 機能 し な い こ とを 意 味 す る 。し た が っ て , 企業 者 の 革 新 は, いわ ば帰結 主義 の枠組 みの 外 部に 存 在 す る とい え る の で あり , 創 造 性 を最 重 要 視 す る シュ ン ペ ー タ ーに とっ て,快 楽と いう「 もの さ し」 を 使 用 し ,帰 結 に よ っ て正 否 の 判 断 を行 な う と い う ベン サ ム の 功 利主 義は ,一面 的で 浅はか なも の とし て 映 り , 軽蔑 す る こ と にな っ た , と 結論 す る 。

  第4章 で は, シ ュ ン ペ ータ ー の 経 済 発 展論 に お け る 「ヴ ィ ジ ョ ン 」と 「 理 論 構 成」 と の 間 に は ,本 質 的 な悖 理 が あ る こと を 論 じ て いる 。 シ ュ ン ペー タ ー が 設 定 した 経 済 発 展 論に おけ る動態 の純 粋モデ ルー ー 第1次 接 近 ― ―の 理 論 的 枠 組み 内 で は , 原理 的 に 銀 行 家は 革 新 を 事 前 に審 査 で き な い。 こ の 陥 穽 は,

発 生論 的 な 説 明 方法 を 採 用 し たシ ュ ン ペ ー ター に と っ て , 論理 の 要 請 か らし て, その構 造そ のもの のう ち に必 然 的 に 抱 え込 ま ざ る を えな か っ た も ので あ り , 遠 く は, 彼 の 「 ヴ ィジ ョン 」と「 理論 構成」 の相 剋 に淵 源 す る 。 しか し , シ ュ ンペ ー タ ー の 論理 展 開 に お け る矛 盾 が , 彼 の理 論の 価値を 減じ るとは いえ な い。 と い う の も, 事 前 に 予 見で き な い 革 新へ の 融 資 を め ぐる 問 題 を 考 える 際に は,こ の矛 盾を伴 う視 座 がわ れ わ れ に 重要 な 分 析 を 提供 す る こ と にな る か ら で あ る。 過 去 の 経 済活 動の 結果と して の貨幣 資産 や 貯蓄 を 利 用 す る機 会 が 十 分 に確 立 し て い なぃ 現 代 の 開 発 途上 国 な ど の 企業 者に 対する 銀行 家の役 割を 再 考す る に 際 し ては , わ れ わ れに 重 要 な 足 場を 提 供 す る も のに な る 。 ま た, 銀行 家に限 らず 貸し手 の審 査 能 カ お よ び モ ラ ル の あ り 方 を 再 考 す る に 際 し て も , わ れ わ れ に 重 要 な 示 唆 を 与 え る と す る 。   第5章 で は, 前 章 の 内 容を 踏 ま え た 上 で, シ ュ ン ペ ータ ー の 経 済 発展 論 に お け る融 資 の メ カ ニ ズム と グ ラミ ン 銀 行 の 融資 の メ カ ニ ズム と を 比 較 検討 し , ひ と っ の現 代 的 可 能 性と して ,従来 の諸 研究に はな い 解釈 を く わ え てい る 。 シ ュ ンペ ー タ ー が 構築 し た 経 済 発 展論 の 構 図 と グラ ミン 銀行の マイ クロク レジ ッ トの シ ス テ ム との 間 に は あ る種 の 類 似 性 が存 在 し て い る こと , こ の 類 似性 は, シュン ペー ターの 採用 し た オ ー ス 卜 リ ア 学 派 特 有 の ユ ニー ク な 説 明 方法 , す な わ ち発 生 論 的 な 説明 方 法 に 起 因 した も の で あ る 。発 展 の メ カ ニズ ム に つ い ての シ ュ ン ペ ータ ー の ヴ ィ ジ ョン は , 発 展 とい う現 象を説 明す るにあ たっ て ,最 初 に 必 要 なの は , 革 新 では な く , 金 融で あ る と い う 点で 開 発 途 上 国の 発展 問題の 核心 を突い てい た 。本 章 で は , この よ う な 観 点か ら シ ュ ン ペー タ ー の 経 済 ・社 会 思 想 の ひと つの 現代的 可能 性を論 じて い る。

  か く し て ,本 論 文 の よ う に, ベ ル ク ソ ンお よ び デ ュ ルケ ー ム と い った フ ラ ンスの 思想 からシ ュンペ ー タ ーを 解 釈 す る 試み は , 他 の 研究 に は 見 ら れな い も の で あ り, こ の 点 に 独自 性お よぴ意 義が ある。 そし て ,こ の よ う な 視座 に 立 っ こ とに よ っ て , シュ ン ペ ー タ ー の経 済 ・ 社 会 思想 にお ける「 創造 性」の 意味 と 位置 が 明 ら か にさ れ て い る 。

  以 上 , 本 論文 で な さ れ た 広い 範 囲 に わ たる 読 解 , 独 創的 な 貢 献 を 高く 評 価 し,本 審査 委員会 は全員 一 致 し て , 楠 木 敦 氏 か ら 提 出 さ れ た学 位 請 求 論 文が 博 士 ( 経 済学 ) の 学 位 授与 に 値 す る と の結 論 に 達 し た 。

参照

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