米生産における戸別所得補償制度に関する考察
〈要旨〉 戸別所得補償制度は,農業が食料の安定供給や多面的機能の発揮など,国民の生活に重要な役 割を果たしていることから,意欲あるすべての農業者が将来にわたって農業を継続し,経営発展 に取り組むことができる環境を整備する必要があるとして導入されたものである.本稿では,戸 別所得補償制度が米の生産性に対して与える影響について,本制度が生産調整への加入を条件付 けていることに着目し,戸別所得補償が行われることにより生産調整への加入が促進されること で生産性に与える影響について実証分析を行った.実証分析の結果,戸別所得補償により機会費 用を上げることは,生産調整の加入を促進することになるが,そのことは米生産の平均生産性に は負の影響を与えることが明らかになった.これらの分析結果は,戸別所得補償制度における現 行の生産調整を条件付けたやり方が米の生産性を向上する観点から望ましくないことを示して いる. 2012 年 2 月 政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU11017 永井 利幸目 次 1. はじめに……….…………3 2. 制度の概要……….5 2.1. 戸別所得補償制度とは………..5 2.2. 生産調整とは………..6 3. 戸別所得補償が米生産に与える影響に関する分析……….7 3.1. 検証する仮説等………7 3.2. 生産調整の達成率が米の生産性に与える影響に関する実証分析 ………… ……….…..10 3.2.1. 推定モデル………...10 3.2.2. データ……….10 3.2.3. 推計結果……….11 3.3. 機会費用が生産調整の達成率に与える影響に関する実証分析………....12 3.3.1. 推定モデル……….12 3.3.2. データ……….12 3.3.3. 推計結果……….13 4. 考察……….14 5. まとめ……….15 謝辞………..16 参考文献………..17
1. はじめに
戸別所得補償制度は,モデル対策事業として 2010 年度に水田農業の経営安定化を図るために 恒常的に赤字に陥っている米生産に対して実施され,2011 年度には,麦・大豆等の畑作物にも 対象を広げて本格的に実施されている. また,この制度導入の趣旨は,食料・農業・農村基本計画1の言葉を引用すれば,「農業は,食 料の安定供給や多面的機能の発揮など,国民の生活に重要な役割を果たしている.こうした役割 は,農業が産業として持続性を維持してこそ果たし得るものであり,その確保を図るためには, 意欲あるすべての農業者が将来にわたって農業を継続し,経営発展に取り組むことができる環境 を整備する必要がある」とされている. 具体的な制度の内容は,販売価格が生産費を恒常的に下回っている米などを対象に,標準的な 生産費と標準的な販売価格の差額分に相当する交付金を交付するものであり,米生産に係る戸別 所得補償については,生産規模の大小に関わらず生産調整に参加している販売農家を対象とし, 耕作面積に応じた額が支給されるものである. しかし,米生産に対する戸別所得補償制度は,生産調整への加入を条件付けられた制度設計が なされているため,生産調整への加入を促すこととなる.また,数量規制である生産調整への加 入が促進されれば,より生産性の高い稲作農家においても作付けを減らすことや規模の縮小が行 われることが考えられる. また,生産調整による稲作農家への生産数量目標の配分は,必ずしも生産性の高い稲作農家か ら配分がなされているわけではないため,米の生産性を引き下げる側面がある.ただし,必ずし も全ての稲作農家が生産調整に従っていたわけではないことから,割り当ての非効率から生じる 生産性の低下の効果は,生産調整の非参加者により幾分やわらげられていた可能性がある.いず れにしても生産調整への加入促進が稲作農家全体の生産性を下げることが懸念される. そこで,本稿では,戸別所得補償制度が米生産に与える影響について検証するため,農業に従 事することに伴う機会費用が生産調整における生産数量目標の達成率2に与える影響と生産調整 の達成率の上昇が県内の稲作の平均生産性に与える影響について都道府県パネルデータを用い て定量的に評価する.分析の結果,生産調整の達成率に対し,機会費用の係数の符号は 1%の水 準で統計的に有意に正であり,達成率と機会費用については正の相関があった.また,稲作の平 均生産性に対し,生産調整の達成率の係数の符号は 5%の水準で統計的に有意に負であり,平均 生産性と達成率については負の相関があった.以上のこのことから,生産調整を条件付けした戸 別所得補償を行うことにより,生産調整の達成率を押し上げるが,県全体の平均生産性を引き下 げることが考えられる. 1 食料・農業・農村基本法に基づき策定される計画 2 達成率は,「生産調整における生産数量目標を面積換算したもの」を「実作付面積」で割ることによって 算出した数値を%換算したもので,生産調整の達成具合を計る数値として用いている.戸別所得補償制度に関する研究としては,服部(2010)は,制度の検討や課題について考察し, 補償基準の問題点を指摘している.また,釣(2011)は,米と小麦(食料自給率の低い作物)などの 間の代替の弾力性を分析し,食料自給率向上の観点から戸別所得補償制度の考察を行っているも のなどがあるが,制度が始まって間もないことより,戸別所得補償制度を実証的な観点から考察 した先行研究は見当たらない. また,日本の米の生産性に関連する分析としては,以下のものが挙げられる. 草刈(1989)は,昭和 36 年から 61 年の「米生産費調査」の農区分(東北・北陸)・作付規模別(0.5ha 以上の 5 階層)データ,ならびに「農村物価賃金統計」の価格指数データを用いて,短期利潤関数 の枠組みにより,稲作における減反政策がもたらす経済的帰結を検討している.推計結果から東 北・北陸を通じて減反の機会費用(ここでの機会費用は追加的な減反によって稲作農家が喪失し た 10a 当たりの稲作所得である.)には階層間格差が観測され,追加的な減反による単位面積あ たり稲作所得の喪失額は,大規模層ほど大きいことを確認している. 坂本・草刈(2009)は,2003 年までの農林水産省『米及び麦類生産費』と農林水産省『農村物価 統計』を用いて,フロンティア生産関数の枠組みにより,稲作農家の利潤効率性といった観点か ら生産調整の経済的な評価を行っている.推定結果から,近年,生産調整による作付面積の減尐 と米価の下落に対して稲作農家の生産点の調整が遅れており,結果とし生じる用役の過剰投入が 配分効率性を悪化させていることを明らかにしている. また,加藤(2007)は,1996 年度から 2003 年度までの沖縄県を除く 46 都道府県のデータを用い て,生産調整行動の誘因についてパネル分析を行っている.推定結果から,生産調整の目標達成 率に対して,生産調整補助金受取額は正の誘因として働く一方で,稲作の期待所得,配分転作率, 系統出荷率,主業農家率はいずれも負の誘因として働いていることを観察しており,生産調整の 目標達成率に着目しているが,生産調整行動の誘因としてみたものである. 以下,次のような構成となっている.第 2 章で,戸別所得補償制度と生産調整の制度の概要に ついて述べる.第 3 章では,戸別所得補償制度が米生産与える影響についての仮説等を検証する ための二つの実証分析を行う.第 4 章において,実証の結果を踏まえての考察を行う.第 5 章に おいては,本研究のまとめを行う.
2. 制度の概要
2.1. 戸別所得補償制度とは
戸別所得補償制度3は,モデル対策事業として 2010 年度に水田農業の経営安定化を図るために 恒常的に赤字に陥っている米生産に対して実施され,2011 年度には,麦・大豆等の畑作物にも 対象を広げて本格的に実施されている. 制度の目的は,販売価格が生産費を恒常的に下回っている作物を対象に,その差額を交付する ことにより,農業経営の安定と国内生産力の確保を図り,食料自給率の向上と農業の多面的機能 4を維持することである. また,米生産における戸別所得補償の対象は,生産数量目標に従って販売目的で生産(耕作)す る「販売農家」(法人を含む.)と「集落営農」であり,規模の大小に関わらず,生産調整に加入 している全ての販売農家を対象としている. 戸別所得補償により交付される金額は 15,000 円/10a で,具体的な積算方法は図 1 のとおりで ある. さらに,戸別所得補償を受けた稲作農家には,当年産の米の販売価格が標準的な販売価格を下 回った場合には,その差額を基に算定された 10a 当たりの交付単価が交付されることとなってい る.具体的には,当年産の出回りからその翌年 3 月までの間の全銘柄平均の相対取引価格から, 直近の流通経費等を除いたものが支払われことになる. その他に戸別所得補償とは別であるが,戦略作物助成として,主食用米を作付けしない水田に 表 1 の作物を作付けする場合には,作付面積に応じて交付金が交付される. 3 制度については,「農業者戸別所得補償制度実施要項(平成 23 年 4 月 1 日付け 22 経営第 7135 号農林水 産事務次官依命通知)」,及び「農業者戸別所得補償制度の概要(農林水産省発行)」を参考に整理した. 4 国土の保全,水源の涵養(かんよう),自然環境の保全,良好な景観の形成など,農村で農業生産活動が 行われることにより生ずる,食料その他の農産物の供給の機能以外の多面にわたる機能 (注1 (注2 10アールあたりに換算 注1)標準的な生産費は,米の生産費統計(全国平均)における経営費の全額と家族労働費の8割の過去7年中庸5年により算定さ れている. 注2)各産地品種銘柄ごとの当該年産の価格を加重平均した価格の過去3年の平均から,流通経費等を除いたものである. ※なお,交付の対象となる面積は、農業者の主食用米の作付面積から自家消費等分10aを控除したものである.③ 1,725円/60kg
(1,725×530kg/10a÷60kg)
15,238円/10a≒15,000円(交付単価)
②標準的な販売価格
①標準的な生産費
③(①-②)差引
13,703円/60kg
11,978円/60kg
図1 積算方法
表1 戦略作物助成の単価表
2.2. 生産調整とは
米の生産調整においては,米の生産過剰が顕在化してきた 1969 年にパイロット事業として始 まり,米生産を抑制することで生産量を抑制し,米の需給や価格の安定を図るため,「稲作転換 対策」,「水田利用再編対策」,「水田農業確立対策」など様々な対策が行われてきた. 制度的には,国が設定する生産数量目標を稲作農家に配分し,稲作農家はそれに基づいた生産 を行うことで,支援措置として転作に対する補助金の給付を受けてきた.しかし,2010 年度か ら戸別所得補償モデル対策の実施に伴い,生産調整に参加しない稲作農家も水田で麦,大豆など の作物を生産すれば交付金が受けられることとなった. また,生産調整における生産数量目標が達成できないことでのペナルティー措置(目標の未達 成分を翌年の数量目標から控除することや生産数量目標に即して生産した地域に対する米関連 補助事業の採択・予算配分に関する優先採択措置)についても 2011 年度からは実施されないこと となっている.よって,戸別所得補償制度が始まってからは,生産調整に参加した者に戸別所得 補償を交付する優遇措置を行うことで、生産調整の参加を誘導する施策へ転換されている. さらに,各稲作農家への生産数量目標の設定については,国が全国の需要実績を用い,回帰式 により算定した需要見通しを基に全国の生産数量目標を設定し,都道府県別の需要実績に基づい て按分したものを各都道府県に対し情報提供が行われる.それに基づき県,市町村,地域農業再 生協議会,JA 等を通じ各稲作農家の生産数量目標が決められることとなるが,各稲作農家の生 産数量目標については一律的に配分されることが多いため,生産性の高い稲作農家からの配分が なされず,米の生産性を引き下げる非効率な配分がなされていることが考えられる. なお,生産調整の加入状況は表 2 のとおりであり,生産調整非実施者の割合は人数でみれば小規 模な稲作農家の割合がかなり高いものの,面積でみた場合,中・大規模農家の農地が約半数を占 めている.また,全体の水稲作付面積の約 1/4 は生産調整非実施である. 作物 交付単価 麦(小麦,二条大麦,六条大麦,はだか麦),大豆,飼料作物 35,000円/10a 米粉用米,飼料用米,WCS用稲 80,000円/10a そば,なたね(油糧用),加工用米 20,000円/10a ○水稲作付農業者2,300千人(1,592千ha) 小規模農業者 中規模農業者 大規模農業者1ha未満 1ha以上3ha未満 3ha以上
生産調整実施者 人数 1,295千人 193千人 61千人
(%) 83.6% 12.5% 4.0%
面積 433千ha 304千ha 481千ha
(%) 35.6% 25.0% 39.5%
生産調整非実施者 人数 669千人 73千人 10千人
(%) 89.0% 9.7% 1.3%
面積 202千ha 115千ha 59千ha
(%) 53.7% 30.6% 15.7%
(出所:農林水産省「食料・農業・農村政策審議会食料部会・参考資料(2010年11月29日)」より筆者作成)
平成21年産における生産調整実施者・非実施者別、規模別の人数・作付面積(全国・推計値) 表 2:平成 21 年産生産調整実施者・非実施者別,規模別の人数・作付面積(全国・推計値)
3. 戸別所得補償が米生産に与える影響に関する分析
本稿では,2005 年から 2010 年までの都道府県別のパネルデータを用いて,戸別所得補償が米 生産へ及ぼす影響について検証を行う.まず,第一節では,本章の実証分析を通じて検証する仮 説等を明らかにする.続いて第二節では,第一の検証について実証分析を行う.第三節では第二 の仮説について実証分析を行うものとする.3.1. 検証する仮説等
米生産に対する戸別所得補償を受けるためには,生産調整(生産数量目標に従って生産する稲 作農家である)に加入することが条件付けされている.また,各稲作農家において生産数量目標 を守るか,守らないかを選択することは可能であり,表 3 のとおり都道府県別で見た場合におい ても生産数量目標は完全には守られていない現状である. 稲作農家が生産調整に加入しないのは,生産調整に加入することによって得られる便益よりも 生産調整に加入せずに生産を続けることの便益が大きいためであると考えられる.生産調整に加 入することによって得られる便益は機会費用,即ち米の作付面積を減らすことにより得られる戸 別所得補償であると言える.一方,生産を続けることによって得られる便益は,通常生産性の高 い稲作農家の方が大きいため,米の生産性の高い稲作農家は生産調整に加入しない可能性が高い. したがって,戸別所得補償は生産調整に加入することによって得られる便益を高める政策である ので,より米の生産性の高い稲作農家の生産調整への加入を促進する政策であると考えられる. また,この時に県レベルの米の平均生産性に与える影響は,生産調整に加入する稲作農家の生 産性のレベルなどにより異なり,場合によりプラスの影響であったり、マイナスの影響であった りすることが考えられる.そこで,生産調整がより守られることによる米の生産性への影響と戸 別所得補償による機会費用が増加することによる生産調整の加入への影響について検証を行う こととする. 第一の検証は,生産調整の達成率と米の生産性との関係である. これについては 2 つのケースが考えられるため,実証分析することで,どちらのケースに当て はまるのかを実証するものである. 生産調整の達成率を上げることは,今までは生産調整に加入していない生産性の高い稲作農家 も生産調整に加入することになり,作付面積を減らすことで平均的な生産性に影響を与えるが, より生産性の高い稲作農家が生産調整に加入した場合においても,平均生産性については上がる か下がるかは場合によって異なる. 生産性を低下させる場合については,図 2 中(1)である.生産性の低位と高位の 2 種の者で考 えた場合,今まで生産調整への参加が低位の者であったものが,戸別所得補償によって高位の者 が新たに生産調整に加入し作付面積を減らすことになれば,生産性を低下させてしまう. また,生産性を向上させる場合については,図 2 中(2)である.生産性の低位・中位・高位の 3 種の者で考えた場合,今まで生産調整への参加が低位の者であったものが,戸別所得補償によっ表3 生産数量目標に対する過剰作付及び超過達成の推移 て中位の者のみが新たに生産調整に加入し作付面積を減らすことで,生産性を上げてしまうケー スもある.しかし,この場合にいても退出面でみてみると,今まで生産性の低い稲作農家の退出 を促進していたものが,生産調整を強化することで中位の稲作農家へも退出を促進させることに なるため,稲作農家全体で見ると相対的に生産性の高い農業者(中位)も退出することとなり,一 概に稲作農家全体の生産性が高くなったからと言って望ましいとは言えず,効率性の観点から言 えば生産性の低い農業者からの退出が望ましいものと言える.以上,二つのケースが考えられる ため,どちらの場合に当てはまるのか実証を行い検証することとする. 第二は,機会費用と生産調整の達成率に関する仮説である.稲作農家が戸別所得補償を受ける ためには生産調整に加入する必要がある.そのことは稲の作付面積を減らすことであり,戸別所 得補償は稲作農家の機会費用を押し上げる政策であると言える.よって,機会費用を上げること は生産調整に参加することのインセンティブとなり,生産調整の達成率を上げることとなる.こ の仮説について,実証分析により検証することとする. 注1:生産数量目標は、県間調整後の数値である。 注2:過剰作付及び超過達成上位5県は、戸別所得補償モデル対策実施前年である平成21年産米の生産数量目標と過剰作付面積の割合 を基準に整理。 注3:平成16年産米の前年産との増減率は、面積(ネガ)配分から数量(ポジ)配分に変更された年度であるため比較していない。 注4:平成 23 年産米の過剰作付面積は、9 月 15 日現在の作柄概況に基づく暫定値。 (出所:農林水産省「戸別所得補償制度に関する資料(平成 23 年 11 月)」) 16年度 17年度 18年度 19年度 生産数量 過剰作付 生産数量 過剰作付 生産数量 過剰作付 生産数量 前年産との 過剰作付 目標 面積換算値 面積 目標 面積換算値 面積 目標 面積換算値 面積 目標 増減率 面積 (数量ベース) トン ha ha トン ha ha トン ha ha トン % ha 全国 8,574,356 1,633,211 25,169 8,510,362 1,614,869 37,400 8,330,983 1,574,855 68,047 8,284,755 ▲ 0.6 70,748 過剰作付上位5県 1 福島県 398,330 74,734 6,023 390,320 72,821 7,696 373,982 69,643 12,111 369,002 ▲ 1.3 13,376 2 千葉県 283,040 54,222 8,145 279,380 52,913 9,229 254,257 47,883 14,375 266,030 4.6 12,573 3 茨城県 375,661 73,515 3,892 371,400 72,117 4,187 357,162 68,685 8,287 360,860 1.0 7,604 4 新潟県 587,489 108,996 4,126 592,963 110,012 3,953 589,344 109,340 4,526 597,010 1.3 4,791 5 秋田県 500,304 87,313 4,015 502,704 87,732 3,805 497,324 86,793 3,975 499,280 0.4 4,737 超過達成上位5県 1 滋賀県 181,020 35,150 ▲ 615 181,090 35,027 ▲ 711 177,824 34,329 ▲ 376 172,560 ▲ 3.0 ▲ 64 2 北海道 622,320 117,864 ▲ 104 611,910 115,892 ▲ 307 594,713 112,210 ▲ 248 605,900 1.9 ▲ 1,481 3 熊本県 212,010 41,408 ▲ 1,349 210,530 40,880 ▲ 526 210,340 40,843 136 206,460 ▲ 1.8 324 4 宮崎県 108,990 22,472 ▲ 1,371 108,130 22,158 ▲ 1,164 106,400 21,670 ▲ 430 103,400 ▲ 2.8 ▲ 115 5 鹿児島県 128,390 26,973 ▲ 1,413 126,970 26,563 ▲ 1,439 125,240 26,146 ▲ 768 122,010 ▲ 2.6 ▲ 198 20年度 21年度 22年度 23年度 生産数量 過剰作付 生産数量 過剰作付 生産数量 過剰作付 生産数量 前年産との 過剰作付 目標 面積換算値 面積 目標 面積換算値 面積 目標 面積換算値 面積 目標 増減率 面積 (数量ベース) トン ha ha トン ha ha トン ha ha トン % ha 全国 8,149,720 1,542,121 54,200 8,150,020 1,542,849 49,100 8,129,990 1,538,697 41,400 7,949,990 ▲ 2.2 21,700 過剰作付上位5県 1 福島県 367,410 68,397 12,443 365,000 68,134 12,060 365,020 68,025 11,337 340,113 ▲ 6.8 779 2 千葉県 263,010 49,786 12,005 262,030 49,730 11,880 262,150 49,180 11,620 259,512 ▲ 1.0 11,070 3 茨城県 356,250 68,479 7,902 355,040 68,280 7,498 355,390 68,340 7,071 356,480 0.3 6,007 4 新潟県 575,000 106,903 4,583 575,040 106,948 4,219 560,485 104,243 4,403 562,368 0.3 3,711 5 秋田県 474,810 82,917 3,899 467,160 81,615 3,957 461,870 80,703 1,577 449,558 ▲ 2.7 858 超過達成上位5県 1 滋賀県 174,810 33,626 ▲ 928 174,810 33,750 ▲ 1,061 174,460 33,680 ▲ 1,192 169,410 ▲ 2.9 ▲ 637 2 北海道 598,930 112,286 ▲ 1,355 605,720 113,430 ▲ 898 604,510 112,990 ▲ 594 585,680 ▲ 3.1 ▲ 381 3 熊本県 206,460 40,088 ▲ 769 206,460 40,090 ▲ 846 207,080 40,210 ▲ 1,127 202,020 ▲ 2.4 ▲ 1,889 4 宮崎県 103,150 20,955 ▲ 636 103,150 20,921 ▲ 739 102,940 20,880 ▲ 889 100,130 ▲ 2.7 ▲ 1,417 5 鹿児島県 120,600 25,180 ▲ 284 120,600 25,180 ▲ 603 120,360 25,130 ▲ 717 117,020 ▲ 2.8 ▲ 928 注1:生産数量目標は、県間調整後の数値である。 注2:過剰作付及び超過達成上位5県は、戸別所得補償モデル対策実施前年である平成21年産米の生産数量目標と過剰作付面積の割合を基準に整理。 注3:平成16年産米の前年産との増減率は、面積(ネガ)配分から数量(ポジ)配分に変更された年度であるため比較していない。 注4:平成23年産米の過剰作付面積は、9月15日現在の作柄概況に基づく暫定値。 都道府県名 都道府県名
図 2 生産性に関する説明図 戸別所得補償制度の導入により、新たに生産性の高い農業者が生産調整へ加入した場合 (1)平均生産性の下がるケース 制度導入(前) 制度導入(後) A:生産性(低位) B:生産性(高位) A:生産性(低位) B:生産性(高位) 生産量100 生産量150 生産量100 生産量150 + + 生産量100 生産量150 生産量100 生産量150 生産性=(100+150×2)/3≒133 生産性=(100+150)/2≒125 ※ は生産調整による作付けの減尐部分である。 生産量の数値は、1単位面積あたりの収穫量である。 (2)平均生産性の上がるケース 制度導入(前) 制度導入(後)
A:生産性(低位) B:生産性(中位) C:低位(高位) A:生産性(低位) B:生産性(中位) A:低位(高位) 生産量100 生産量125 生産量150 生産量100 生産量125 生産量150 + + + + 生産量100 生産量125 生産量150 生産量100 生産量125 生産量150 生産性=(100+125×2+150×2)/5≒130 生産性=(100+125+150×2)/4≒131 【参考】生産性の低い農業者が退出した場合 A:生産性(低位) B:生産性(中位) C:低位(高位) 生産量100 生産量125 生産量150 + + 生産量100 生産量125 生産量150 生産性=(125×2+150×2)/4≒137 ※ は生産調整による作付けの減尐部分である。 生産量の数値は、1単位面積あたりの収穫量である。
3.2. 生産調整の達成率が米の生産性に与える影響に関する実証分析
生産調整が米生産に与える影響を分析する.まず,米の生産関数を仮定し,稲作の生産性を生 産調整の達成率との関係において定義する.ここから導き出される推計式を実証することによっ て,生産調整の達成率が米の生産性に与える影響について分析する.3.2.1. 推定モデル
生産調整の達成率が生産性に与える影響を明らかにするため,生産性の定義を行った上でモデ ルの推計を行う. まず,各都道府県 i の時間 t における生産関数を(1)式のコブ・ダグラス型生産関数であるとす る.Yit = f(Ait, Areait, Cropit) =AitAreaitβ3Cropitβ2 (1)
ここで,Y は米の生産量,A は稲作の生産性,Area は土地(実作付面積),Crop は作況指数であ る.さらに,生産性を以下の(2)式で定義する.
Ait= exp(α + β1Achiit+ eit) (2)
ここで,Achi は生産調整の達成率である.また,(1)式に(2)式を代入し,両辺に対数を取ると以 下の推計式が得られる.
lnYit= α + β1Achiit+ β2lnCropit+ β3lnAreait+ eit
なお,α は定数項,β1~β3は推計されるパラメータで,e は誤差項である. 推計は最小二乗法(OLS)に加えて,都道府県固有の要素がパラメータの推定値にバイアスを生 じさせる可能性があるので,固定効果モデル(FE)により推計する.
3.2.2. データ
都道府県ごとの平均生産性を被説明変数として,米の作況指数,生産調整の達成率を説明変数 として用いている.サンプル期間は 2005 年から 2010 年までの 6 年分のデータを収集した. 被説明変数の生産量は,都道府県ごとの米の実生産量5である.データは農林水産省『都道府 県別の需給調整の取組状況』を利用した. 達成率は,「生産調整における生産数量目標を面積換算したもの」を「実作付面積」で割ることに よって算出した数値を%換算したもので,生産調整の達成具合を計る数値として用いた.数値的 な意味合は,実作付面積が生産面積目標(生産数量目標を面積換算したもの)を下回るほど数値が 大きくなり,1 以上であれば,生産調整における生産数量目標が完全に守られていることを示す ことになる.データは農林水産省『都道府県別の需給調整の取組状況』の数値を利用した.また, 係数の予想については,達成率を上げることは,今までは生産調整に加入していない生産性の高 い稲作農家も生産調整に加入することになり,作付面積を減らすことなどから平均的な生産性に 5 農林水産省統計部公表値水稲作付面積から加工用米・新規需要米認定数量を除した値影響を与えるが,より生産性の高い稲作農家が生産調整に加入した場合においても,平均生産性 については上がるか下がるかは場合によって異なるため,予想される符号は正・負のどちらの場 合も考えられる. 作況指数は,「10a当たり収量」を「10a当たり平年収量」で割ることによって算出した数値 を%換算したもので,平年作を基準(100)として,その年の米の作柄を示す指数である.データ は農林水産省『都道府県別の需給調整の取組状況』の数値を利用した. 実作付面積は,稲が実際に作付けられた面積である.データは農林水産省『都道府県別の需給 調整の取組状況』の数値を使用した. また,これらの変数の基本統計量は表 4 のとおりである. 表 4 基本統計量
3.2.3. 推計結果
推計結果は,表 5 とおりである.ハウスマン検定の結果,都道府県ごとの観測不可能な要因が 説明変数と相関していると考えられるため,固定効果モデル(FE)の結果を採用する. 次に,このモデルの推計結果について説明する.達成率の係数の符号は 5%の水準で統計的に 有意であり,符号は負であった.このことは,生産調整の達成率と生産性については負の相関が あると言える.また,達成率については最小二乗法(OLS)においては,有意な結果は出ていない が,都道府県ごとの観測不可能か固有要素が原因であることが考えられる.作況指数の係数は有 意に正であり,これは作況指数が 1%上昇すると生産量が 0.98%上昇することを意味している. また,実作付面積の係数は有意に正であり,これは実作付面積が 1%上昇すると生産量が 0.92% 上昇することを意味している.Variable
Obs
Mean
Std. Dev.
Min
Max
生産量
282
181107.6
151621.1
709
671464
達成率
282
98.21139
6.655853
76.9106
128.4916
作況指数
282
98.53901
5.374273
49
109
実作付面積
282
34408.17
27209.36
179
115585
表 5 推計結果(FE)
3.3. 機会費用が生産調整の達成率に与える影響に関する実証分析
3.1.で示した仮説「機会費用を上げることは生産調整に参加することのインセンティブとなり, 生産調整の達成率を上げる」を実証するため,機会費用が生産調整の達成率に与える影響につい て分析する.3.3.1. 推定モデル
ここで,推計するモデルは次のとおりである. Achi𝑖𝑡= γ0+ γ1Opit+ γ2Shareit+ vitなお,Achi は生産調整の達成率,𝛾0は定数項,𝛾1および𝛾2はパラメータ,Op は機会費用,Share は配分率,i は都道府県,t は時間,v は誤差項である. 推計は最小二乗法(OLS)に加えて,都道府県固有の要素がパラメータの推定値にバイアスを生 じさせる可能性があるので,固定効果モデル(FE)により推計する.
3.3.2. データ
都道府県ごとの生産調整の達成率を被説明変数として,機会費用と配分率を説明変数として用 いている.前節と同様,サンプル期間は 2005 年から 2010 年までの 6 年分のデータを収集した. 被説明変数の達成率は,3.2.2 同様の変数である. 機会費用は,都道府県毎の現金給与総額(調査産業計・事業規模 5 人以上)の数値で,農業者が 稲作を行うことの機会費用を表す変数とし用いた.データは厚生労働省『毎月勤労統計調査[地 方調査]』の数値を利用した.また,係数の予想については,機会費用が上昇すれば,稲作農家 は,稲作から退出するインセンティブが高まると考えられることから,予想される符号は正であ る. 配分率は,生産調整の生産数量目標の達成しやすさを表す変数として,「生産調整における生 被説明変数 ln(生産量) OLS FE 係数 標準偏差 係数 標準偏差 達成率 0.000166 0.00076 -0.0010814 ** 0.00048 ln(作況指数) 1.105519 *** 0.07285 0.9837187 *** 0.00829 ln(実作付面積) 1.062112 *** 0.00432 0.9201461 *** 0.04188 定数項 -4.092863 *** 0.35676 -1.980834 *** 0.45733 決定係数 0.9966 0.9883 サンプル数 282 282 (注)***, **はそれぞれ1%, 5%の水準で統計的に有意であることを示す。産数量目標を面積換算したもの」を「田(全体)の面積」で割った数値を用いた.データは「生産調整 における生産数量目標を面積換算したもの」については農林水産省『都道府県別の需給調整の取 組状況』の数値を利用し,「田(全体)の面積」は農林水産省『耕地及び作付面積統計』の数値を利 用した.係数の予想については,配分率が高いと生産調整で米の作付けを減らす面積が県全体と して尐なくてすむため,生産調整の数量目標を達成し易くなると考えられることから,予想する 符号は正である. また,これらの変数の基本統計量は表 6 のとおりである. 表 6 基本統計量
3.3.3. 推計結果
推計結果は,表 7 とおりである.ハウスマン検定の結果,都道府県ごとの観測不可能な要因が 説明変数と相関していると考えられるため,固定効果モデル(FE)の結果を採用する. 次に,モデルの推計結果について説明する.機会費用の係数の符号は 1%の水準で統計的に有 意であり,符号は正であった.このことは,達成率と機会費用については正の相関があると言え る.また,仮説との関係においては,機会費用を上げることは生産調整に参加することのインセ ンティブになることが考えられる.また,配分率の係数は有意に正であり,これは配分率が 1% 上昇すると達成率が 0.17%上昇することを意味している. 表 7 推計結果Variable
Obs
Mean
Std. Dev.
Min
Max
達成率
282
98.21139
6.655853
76.9106
128.4916
機会費用
282
30.03683
3.179139
23.8346
43.5111
配分率
282
0.6793222
0.1084394
0.5238562
1.354015
被説明変数
達成率OLS
FE
係数
標準偏差
係数
標準偏差
機会費用0.448579 ***
0.12162
0.4784244 ***
0.1153
配分率18.0668 ***
3.43081
17.67405 **
7.58109
定数項
73.01613 ***
4.55383
72.36331 ***
6.53998
決定係数
0.1242
0.4208
サンプル数
282
282
(注)***, **はそれぞれ1%, 5%の水準で統計的に有意であることを示す。
4. 考察
前章までの分析から,達成率と生産性の相関は負であり,その理由としては,達成率が上がれ ば今までは生産調整に加入していない生産性の高い稲作農家が生産調整に加入することで,県全 体の平均生産性を引き下げているものと考えられる.また,規模縮小などから非効率な生産がお こなわれることも,平均生産性を下げている要因となっているだろう. また,達成率と機会費用との相関が正であったことから,生産調整に条件けされた戸別所得補 償を行うことは,生産調整に加入することによって得られる便益,すなわち米生産を行うことで の機会費用を押し上げることであり,生産調整の達成率を上げる要因であることが考えられる. 前述のことから,生産調整を条件付けした戸別所得補償を行うことにより,生産調整の達成率 を押し上げるが,県全体の平均生産性を引き下げることが考えられる. そこで,推計結果から導き出された数値を用いて,平均的な販売農家6に戸別所得補償を行う ことにより,どの程度,平均生産性に影響を与えるのかシミュレーションを行った.結果は表 8 のとおりである. 表 8 戸別所得補償を交付された場合の生産性への影響 推計の前提条件:販売農家の稲作付面積の平均は 1.0ha である. 上記の稲作農家が得られる戸別所得補償の金額は,月額 1.125 万円となる (1.5 万円/10a×(100a-10a))/12 ヶ月 シミュレーションの結果から,平均的な販売農家に対して戸別所得補償を行うことでの生産性 へのマイナスの影響は数値的には小さいように見える.しかし,生産性への影響がマイナスであ るという状況を個々の稲作農家にあてはめて考えた場合,生産性の低い稲作農家が生産を減らす ことで平均生産性にはプラスの影響を与えるが,それ以上により生産性の高い稲作農家が生産を 減尐させていることが考えられる.そのことが稲作農家全体の中で行われていることを考えれば, 平均生産性がマイナスであるということの影響は小さいとは言えないのではないか. さらに,今回の検証において,生産性と実作付面積との関係において実作付面積の係数が 0.92 であり有意に 1 以上になっていない.すなわち個別農家の生産性においては先行研究7で規模の 6 販売農家とは,経営耕地面積 30a 以上又は農産物販売金額 50 万円以上の農家をいう. 7 加古(1978)C
1.125
0.47842
0.53822
-0.00108
-0.00058
機会費用の係数
達成率の係数
(1%達成率を上げた場
合の生産性の変化率)
生産性への影響
(%)
戸別所得補償
の受け取り額
(万円/月)
機会費用の達成率
への影響
𝛾
1C 𝛾
1= ΔAchi
1Achi β
1経済があることが示されているが,県全体の面積でみるとそうではない.このことは,個別農家 の生産関数と県全体の生産関数とは異なるためと考えられるが,そういったことを鑑みると,達 成率が上昇する,すなわち個別農家の生産量を抑えてやるという政策は,規模の経済を阻害する こととなり,生産性が低下するものと考える. 以上のことから,現行の戸別所得補償制度は,生産調整を条件付けしている政策なので,米の 生産性の向上を阻害する施策となっている. また,戸別所得補償制度の導入趣旨として,農業者が将来にわたって農業を継続し,経営発展 に取り組むことができる環境を整備する必要性が挙げられているが,生産性が低下すれば農業の 継続性も損なわれることにならないか 戸別所得補償制度は,食料自給率の向上や農業の多面的機能の維持と言った問題で必要性は認 められるかもしれないが,現行の生産調整を条件付けたやり方は生産性を向上する観点から望ま しくないと考える. 最後に,考察を踏まえて,次のことを政策提案する. 戸別所得補償制度における現行の生産調整を条件付けたやり方は米の生産性を向上する観点 から望ましいものではない.今後より効率的な生産が行われることで,稲作農家の経営の安定を 図ることとなり,将来にわたっての農業の継続性が確保できるものと考えるため,現状の生産調 整の条件付けは見直す必要がある.