龍谷大学論集 一 一 六
﹁
行
文
類
﹂
称名破満釈の解釈について
内
藤
知
康
親鷺の主著﹃顕浄土真実教行証文類﹄(以下、﹃教行信証﹄と略称)の寸行文類 L に、以下の一文があり、称名破満 釈といわれている。 爾者、称名、能破衆生一切無明、能満衆生一切志願。称名則是最勝真妙正業。正業則是念仏ロ念仏則是南無阿弥 陀仏。南無阿弥陀仏即是正念也、可知。(吋浄真聖﹄二、一九) しかれば、名を称するに、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。称名はすなは ちこれ最勝真妙の正業なり。正業はすなはちこれ念仏なり。念仏はすなはちこれ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥 陀仏はすなはちこれ正念なりと、知るべしと。 破満とは、﹁能破衆生一切無明、能満衆生一切志願(よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満て たまふ)﹂の意である。すなわち、破られるのは衆生の無明であり、満たされるのは衆生の志顕である。この中、﹁爾 者﹂から﹁志願﹂までが、まさしく称名破満を示す文であり、﹁称名﹂以下では、破満する称名が正業←念仏←南無 阿弥陀仏←正念と転釈されている。さて、この称名破満釈の﹁称名(名を称するに ) L は、他力信心の上での称名、すなわち他力の称名であると解釈 されるのが定説となっている。以下、その論拠について述べよう。 まず、称名破満釈は曇鴛の﹃往生論註﹄下巻の以下の文に基づいているといわれる。 彼無磁光如来名号、能破衆生一切無明、能満衆生一切志願。(﹃浄真全﹄二、六九) かの無擬光如来の名号は、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。 すなわち、﹃往生論註﹄の﹁彼無擬光如来名号﹂を﹁称名 L に換えると、﹁行文類﹂の称名破満釈にな&。 ところで、﹃往生論註 L においては、先の文は以下のように続けられる。 然有称名憶念而、無明由存市不満所願者。何者、自不如実修行、与名義不相応故也。云何為不如実修行、与名義 不相応、謂、不知如来是実相身、是為物身。又有三種不相応、一者信心不淳、若存若亡故。二者信心不一、無決 定故。三者信心不相続、余念間故。此三句展転相成。以信心不淳故無決定。無決定故念不相続。亦可念不相続故 不得決定信、不得決定信故心不淳 D 与此相違名知実修行相応。是故論主建言我一心。(同前) しかるに称名憶念することあれども、無明なほ存して所願を満てざるはいかんとならば、実のごとく修行せざ ると、名義と相応せざるによるがゆゑなり。いかんが不如実修行と名義と相応せざるとする。いはく、如来は これ実相の身なり、これ物のための身なりと知らざるなり。また三種の不相応あり。一つには信心淳からず、 存せるがごとし、亡ぜるがごときのゆゑに。二つには信心一ならず、決定なきがゆゑに。三つには信心相続せ ず、余念間つるがゆゑに。この三句展転してあひ成ず。信心淳からざるをもってのゆゑに決定なし、決定なき がゆゑに念相続せず。また念相続せざるがゆゑに決定の信を得ず、決定の信を得ざるがゆゑに心淳からざるべ し。これと相違せるを如実修行相応と名づく。このゆゑに論主、建めに我一心とのたまへ加。 すなわち、破満のはたらきを持つ名号を称名憶念しても破満しないのはどうしてか、との問いを出し、称名憶念し ﹁行文類﹂称名破満釈の解釈について(内藤) 二 七
龍谷大学論集 二 八 ても破満しないのは不如実修行であり与名義不相応であるゆえであると答える。その不如実修行・与名義不相応とは 二不知三不信である。二不知とは、知来が実相身であることを知らず、為物身であることを知らないということであ り、三不信とは、不淳心・不一心・不相続心である。そして、親鷺は﹃高僧和讃・曇鷲讃﹄において、 不知実修行といへること鷺師釈してのたまはく 一 者 信 心 あ つ か ら ず 若 存 若 亡 す る ゆ ゑ に 二 者 信 心 一 な ら ず 決 定 な き ゅ ゑ な れ ば 三 者 信 心 相 続 せ ず 余 念 間 故 と の べ た ま ふ 三 信 展 転 相 成 す 行 者 こ こ ろ を と ど む べ し 信心あつからざるゆゑに決定の信なかりけり 決 定 の 信 な き ゅ ゑ に 念 相 続 せ ざ る な り 念 相 続 せ ざ る ゆ ゑ 決 定 の 信 を え ざ る な り 決定の信をえざるゆゑ信心不淳とのべたまふ 如 実 修 行 相 応 は 信 心 ひ と つ に さ だ め た り ( ﹃ 浄 真 全 ﹄ 二 、 四 二 七 ) と説示する。すなわち、知実修行相応とは信心一つのことであるというのである。称名憶念しても破満しないのは不 如実修行のゆえであるということは、如実修行においては破満するということになる。そして、その如実修行とは信 心のことであるから、先の称名破満釈の称名とは信具の称名であるということになる。 如実修行とは信心のことであるということは、﹃高僧和讃﹄のみならず、﹃教行信証﹄﹁信文類﹂においても見るこ とができる。寸信文類﹂引用の論註引文では、二不知三不信でないのが知実修行相応であると示し、﹁是故論主建言我 一心(このゆゑに論主、建めに我一心とのたまへりごと結ぶ。そして、﹁信文類﹂=二問答字訓釈において、
今案三心字訓、真実心而虚仮無雑、正直心而邪偽無雑。真知、疑蓋無間雑故、是名信楽。信楽即是一心、 是真実信心。是故論主建言一心也、応知。(﹃浄真全﹄二、八
O
)
いま三心の字訓を案ずるに、真実の心にして虚仮雑はることなし、正直の心にして邪偽維はることなし。まこ とに知んぬ、疑蓋間雑なきがゆゑに、これを信楽と名づく。信楽すなはちこれ一心なり、一心すなはちこれ真 実信心なり。このゆゑに論主、建めに一心といへるなりと、知るべし。 と述べられ、至心・信楽・欲生の三心が信楽一心におさまることを三心の字訓から示し、その信楽一心こそが真実信 心であると示した後、﹁是故論主建言一心也(このゆゑに論主、建めに一心といへるなりごと結ぶのである。﹃往生 論註﹄において﹁如実修行相応 L が天親のいう﹁一心﹂であると結ぼれるのと同じ文型で、三心即一の信楽一心すな わち真実信心が天親のいうJ
心﹂であると結ぼれるのは、如実修行相応によって破満する、その如実修行相応とは 信楽一心に他ならないことを示しているといえよう。 以上の論拠からして、称名破満釈の称名が他力信心の上での称名、すなわち他力の称名であるとの定説に疑問を差 し挟む余地はないように思える。しかし、近時この定説に対して異論が提示されている。すなわち、龍谷大学名脊教 授故岡亮二博士の解釈である。以下、岡博士の解釈について検討を加えてみたい。 一 心 即 岡博士は、称名破満釈について、 この文章の意は、﹁真実信心をもった称名﹂ということでなければならないと、一般的には解釈されるのです。 しかし、親矯聖人はここで、信心をもって称名すれば無明を破ることができるが、信心のない者の称名は、無明 が破れないとは書かれていないのです。書いていないことをわざわざ詮索して、余計な言葉を加える必要はない ﹁ 行 文 類 L 称名破満釈の解釈について(内藤) 二 九龍谷大学論集 O と私は思うのです。(﹃教行信証口述別講﹄︿以下口述と略称﹀第一巻 と述べている D ここには、岡博士の従来の定説に追随するのではなく、自らの視点で司教行信証﹄を読もうとする姿 勢があらわれている白言うまでもなく、学問とは定説に甘んじることなく、新たな知見を求めてゆくところにこそ、 進歩があるのであり、その意味で、岡博士の姿勢は、後進の学ぶべき姿勢であるということができよう。定説が必ず しも正しいとは限らず、定説と異なる説であるからといって、間違いと決めつけるのではなく、虚心に岡博士の所論 に耳を傾け、正当な指摘であれば受け入れ、首肯しがたい疑問点は疑問点として明確にしたい。 さて、称名破満釈においては、阿博士が指摘するように、称名に何らの限定も加えられていない。しかしながら、 定説においては、﹁信文類﹂引用の﹃往生論註﹄の文との関係において、称名破満釈の称名が信具の称名と解釈され ているのであり、その意味で、岡博士が﹁信文類﹂引用の﹃往生論註﹄の文をどのように解釈されているのかに着目 教・行の巻 一 三 八 頁 ) 〆 , .3D ' L + ・ れ B V 岡博士は、﹁信文類﹂引用の﹃往生論註﹄の訓点に注目する。すなわち、﹃往生論註﹄の 然有称名憶念雨、無明白在而不満所願者。何者、 について、﹃浄土宗全書﹄の訓点によれば、 しかるに称名憶念することあれども、無明なほ存して所願を満てざる者あるはいかん、 となり、岡博士はこれを普通の漢文の読み方とする。ところが、親鴛の訓点によれば、 しかるに称名憶念することあれども、無明なほ存して所願を満てざるはいかんとならば、 となるのであり、ここに意味の相違が生まれてくると論じる。普通の漢文の読み方では、称名憶念する者の中で、無 明が破られる行者と無明が破られない行者とのこ種の行者の存在が想定されるのであるが、親鷺はそのように読んで いないのであるから、全ての衆生において無明が破られず、志願が満たされないことを示すのが親矯の意図であると
論じるのである。そして、無明が破られず、志願が満たされないということについて、岡博士は、 いかに念仏しても、所願は満たされないし、無明も破れたとは自覚できません。 ( 守 口 述 ﹄ 第 二 巻 凡夫自身の実際面からいえば、 信の巻 九八頁) と、自覚の場面で論じる。 ところで、﹁行文類﹂称名破満釈にもどって、岡博士の所論を見てみよう。岡博士は、 南無阿弥陀仏を称える、その時に私たちの無明の一切は破られているのです。なぜそういうことが言えるのでし ょうか。それは称えている私のすべてを包んで阿弥陀仏の大悲が、すでにそこに働いているからです D 私の無明 は、阿弥陀仏の廻向行によって、もうすべて破られているのです。無明は破られ、志願はすべて満たされている のです。(﹃口述﹄第一巻教・行の巻一三八頁) と述べる。すなわち、﹁行文類﹂称名破満釈においては、念仏(自力・他力は論じられない)の衆生の無明はすでに 破られ、志願はすでに満たされていることが示され、﹁信文類﹂の﹃往生論註﹄引文においては、我々愚悪の凡夫に とっては、無明が破れ志願が満たされたとは自覚できないことが示されているというのが岡博士の解釈であるといえ よう。そして、無明が破れ志願が満たされたとは自覚できない状況について、 親鷺が今、寸無明を破り志願を満たす﹂といっているのは、仏道という意味においてであるということです。そ れに対して私たちが今、疑問を発しているのは、世俗の欲望を中心とした願いからなのですね。念仏を称えれば、 気分が爽快になって憂いがなくなる、そう思って称名したが一向に気分がはれない。念仏すれば一切の願いがか なうと聞いて、懸命に念仏しているが、願い事は全然実現しない。苦悩は離れないし、願い事もかなえられないロ 私たちはこのような次元の疑問しか持ちえないのですが、これが世俗の欲望なのです。こういう世俗的な場で、 仏果に至る道を問題にしている称名思想を読んでも、少しもわからないのは当然のことなのです。 ﹁行文類﹂称名破満釈の解釈について(内藤)
龍谷大学論集 ( 同 前 一 三 九 頁 ) と述べるのである。 岡博士の所論で注目するべきは、﹃教行信証﹄を解釈する方法論である。たとえば、 ﹃教行信証﹄は、その全体が非常に体系的にできあがっています。したがいまして、 一つの言葉が必ず前の文章 を受けているのです。(同前 一 三 七 頁 ) と述べ、そのような観点から、称名破満釈の称名について、 この文章の意は、﹁真実信心をもった称名﹂ということでなければならないと、一般的には解釈されるのです。 しかし、親鷲聖人はここで、信心をもって称名すれば無明を破ることができるが、信心のない者の称名は、無明 が破れないとは書かれていないのです。脅いていないことをわざわざ詮索して、余計な言葉を加える必要はない と私は思うのです。ここに一般的に取り上げられている、この﹃浄土論註﹄の文章は、信巻のところに引用され ているのです。しかし、行巻では何もそういうことは言っていないのです。そこで私は、この称名に信があると いままでの文章の流れに注意すべきだと思うのです。はたして親鷺聖人はこれまでに引 用されてきた文章に、信心をもって称名せよ、ということが脅かれていたでしょうか。そのようなことは一言も 出てきません。(一部、既出) かないとかを問う前に、 ここには、﹃教行信証﹄の構造を、一つの文章は必ずそれ以前の内容を受けているとみていることを示している。 言い換えれば、ある文章を解釈するにあたって、(たとい、それ以後の内容としてはあっても)その文章以前に述べ られていないことに基づいて、その文章を解釈してはならない、との方法論が示されているロすなわち、称名破満釈
を解釈するにあたって、﹁信文類 L 引用の﹃往生論註﹄二不知三不信の文は、称名破満釈以後のものであるから考慮 する必要はないと述べられているのである。 一部の書物を読むにあたって、大きく二つの読み方があるであろう。一つは、岡博士の提唱するように、 その書物の論理が整然と積み重ねられているとして、叙述の先後を重視し、叙述の順序として、後に叙述されている 内容に基づいて先の叙述を解釈するべきではないとする読み方である。今一つは、論理展開は体系的ではあるが、一 つの事態(﹃教行信証﹄についていえば、阿弥陀仏の救済活動)が多面的に明かされているとして、叙述の前後は必 ずしも論理の前後を意味せず、先の叙述をふまえて後の叙述を解釈するのは当然として、後の叙述に基づいて先の叙 述を明確にすることも許されるという読み方である。また、論理的な叙述としては。﹁
OO
である。ゆえに××であ る﹂との叙述もあるが、﹁××である。なぜならばOO
であるから﹂との叙述もありうる。﹃教行信証﹄の叙述がどち らの形式であるのか、岡博士のように、前者の形式であると決めつけるのはいかがであろうか。 さて、先に述べたように、岡博士は、称名破満釈の称名について、 この文章の意は、﹁真実信心をもった称名﹂ということでなければならないと、一般的には解釈されるのです。 しかし、親鷺聖人はここで、信心をもって称名すれば無明を破ることができるが、信心のない者の称名は、無明 が破れないとは書かれていないのです。書いていないことをわざわざ詮索して、余計な言葉を加える必要はない と私は思うのです。ここに一般的に取り上げられている、この守浄土論註 L の文章は、信巻のところに引用され ているのです。しかし、行巻では何もそういうことは言っていないのです。そこで私は、この称名に信があると かないとかを問う前に、 お よ そ 、 用されてきた文章に、信心をもって称名せよ、 いままでの文章の流れに注意すべきだと思うのです。はたして親鰐聖人はこれまでに引 ということが苦かれていたでしょうか。そのようなことは一言も 出てきません。(再掲) ﹁行文類﹂称名破満釈の解釈について(内藤)能谷大学論集 四 と述べる。しかし、たとえば﹁教文類 L 官 頭 の 文 、 謹案浄土真宗、有二種回向。一者往相二者還相。就往相回向有真実教行信証。(﹃浄真全﹄二、九) つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相二つには還相なり。往相の回向について真実 の教行信証あり。 の文の回向について、 この文章の意は、寸阿弥陀仏の回向すなわち他力の回向﹂ということでなければならないと、一般的には解釈さ れるのです。しかし、親鷺聖人はここで、浄土真宗の回向は阿弥陀仏の回向すなわち他力の回向であり、行者の 回向すなわち自力の回向ではないとは脅かれていないのです。書いていないことをわざわざ詮索して、余計な言 葉を加える必要はないと私は思うのです。自力の回向ではなく他力の回向であるということは、行巻でいわれて いるのでれ。しかし、教巻では何もそういうことは言っていないのです。そこで私は、この回向が他力か自力か を問う前に、いままでの文章の流れに注意すべきだと思うのです。はたして親鷺聖人はこれまでに引用されてき た文章に、回向は阿弥陀仏の回向すなわち他力の回向だ、ということが書かれていたでしょうか。そのようなこ とは一言も出てきません。 と述べることが妥当であろうか。見比べて頂ければ一目瞭然であるが、岡博士の称名破満釈についての文章と、今の ﹁教巻﹂官頭の釈についての文章とは、論理的形式が全く同じである。言い換えれば、前者で示される方法論と、後 者で示される方法論とは同一であるということである。すなわち、もし後者の文章の内容が妥当でないのならば、前 者の文章に用いられている方法論も妥当ではないということになる。また、岡博士は、 人聞が不実であるからこそ、如来の方から真実の大行が廻向されると行巻で説かれていたのですね D そ れ が も し 、 人間の側に真実心でもって名号を称え、無明を破るという可能性を認めるならば、行巻で示されているような、
如来が大行を廻向したもう必要性は、いらなくなるのではないかと思われるのです。親鴛聖人は、繰り返し繰り 返し如来廻向ということをお示しになっていますが、これはどこまでも、人間の側には、真実心といえる心は、 一片すらもないという聖人の立場から出ているものです。自分自身には真実心がない。これが親鷺聖人の立場で す。ないからこそ、如来によって大悲心が廻向されるのです。したがって、 て、真実心をもって称名せよ、無明は破られる、 いまだ真実心を得ていない者に対し というの教えは、親鷺聖人の思想の上にはありえないのです。 ( ﹃ 口 述 ﹄ 第 二 巻 と述べるが、そもそも先述の岡博士の方法論からすれば、﹁行文類﹂を読みすすむにあたって、衆生に真実なく真実 は阿弥陀仏のみとの前提によることが妥当であろう制。もちろん、親矯の著作を読むにあたって、衆生に真実なく真 実は阿弥陀仏のみとの前提によるのは、正しい読み方であろう。しかしながら、ここでは、岡博士の方法論に照らし て、それが妥当であるか否かを問題にしているのである。あるいは、﹁衆生に真実なく真実は阿弥陀仏のみ﹂とは、 親鷺教義の根幹であり、それを前提として読むのは当然であるとの論もありうる。しかし、親鷺教義の根幹を理解す るためには、まず、親鷺の著作全体(あるいは﹃教行信証﹄全体の内容)を踏まえる必要があるのではないだろうか。 称名破満釈の解釈、すなわち﹃教行信証﹄の読み方に関していえば、想定されている読者(後に検討する)において、 寸衆生に真実なく真実は阿弥陀仏のみ L との前提で読みすすむことが可能であろうか。その前提は、読みすすんでい く過程で理解されていくことであり、読みはじめてからしばらくは疑問であったことが、だんだんと氷解していくの 信の巻 九
O
頁 ) ではないであろうか。四
ところで、﹃教行信証﹄の読者として想定される人々は、 まず仏教用語についての基礎知識がある人々であること ﹁行文類﹂称名破満釈の解釈について(内藤) 五龍谷大学論集 -Lo / 、 は当然であろう。仏教用語についての基礎知識がなければ、﹃教行信証﹄を読解することは不可能であろう。そして、 その仏教用語についての基礎知識がある人々の中でも、すでに真宗教義について一定の理解がある人々が想定でき仇 D この場合、すでに親鷺教義について一定の理解のある人々に対して、親鷲教義の全体像を体系的に述べた書物として ﹃教行信証﹄を位置づけることができる。また、仏教用語についての基礎知識がある人々の中でも、真宗教義につい て必ずしも一定の理解がない人々も想定できるであろ%。 ところで、当時親鷲は、人々にどのように位置づけられていたのであろうか。親鷺が越後から関東に移住したとき、 関東には法然によって提唱された専修念仏の教えが、すでにある程度受容されていて、念仏者集団もいくつか成立し ていたと考えられる。その念仏者集団にはすでにリーダーが存在してい
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が、親鷺は、専修念仏の元祖である法然の 直弟子であると位置づけられていたであろう。すなわち、法然はすでに没していて、法然の教えを聞くに際して、最 も信頼の置けるのは法然の直弟子からである。それは、釈尊入滅の後、釈尊の教えを伝承するものとして、最も信頼 の置けるのが仏弟子たちであるということと同様に位置づけられる。もちろん、釈尊の教えは未だ文字化されず、法 然の教えは主著﹃選択集﹄をはじめとして、﹃三部経釈﹄等の講義録、あるいは法語類など文字化されたものが残さ れているという相違はあるが、諮義録や法語類は親鷺による﹃西方指南紗﹄の編集を待たなければならず、﹃選択集﹄ も一部の直弟子に筆写が許されていたのみであり、建暦元年こ二二一)に刊行はされたが、安貞元年(一二二七) には延暦寺衆徒によって版木が焼かれ、簡単に入手することができなかった状況からすれば、教えの伝承における法 然面授の直弟子の重みは、想像するに難くはないであろう。親鷺が法然の教えの伝承者であるとの位置づけは、先に 司教行信証﹄の読者として想定した念仏者、また法然の専修念仏に批判的な人々、両者に共通する位置づけとして見 ることができる。 さて、法然の教えが、﹃選択集﹄の標宗の文、﹁往生之業 念仏為本﹂に帰結することは、大方の賛同をえるであろう。言い換えるならば、称名念仏による浄土往生こそが法然の教えなのである。そして、その称名念仏は、往生して ゆく者の称名念仏である。すなわち、私が念仏して私が往生する、あなたが念仏してあなたが往生するという教えが 法然の教えなのである。その念仏は、いうまでもなく第十八願の称名念仏すなわち寸乃至十念﹂である。であるなら ば、法然の教えの伝承者として位置づけられた親鷺の教えが関顕された書物として﹃教行信証﹄を読むにあたって、 私が念仏して私が往生する教え、あなたが念仏してあなたが往生する教えが説かれている書物として読むのが最も素 直な読み方であろう。衆生に真実なく真実は阿弥陀仏のみという、親鴛の教えについてよく理解した前提で読むべき とするよりも、私が念仏して私が往生する教えであるとの前提で読むべきとする方が妥当ではないであろうか。その ような前提で読むと、寸行文類 L 冒頭の﹁大行者則称無碍光如来名。(大行とはすなはち無擬光如来の名を称するな り)﹂(守浄真全﹄二、一五)の﹁称無磁光如来名 L は、第十八願の寸乃至十念 L であり、それは当然﹁至心信楽欲生 我国﹂の上での称名念仏である。この大行は、すでに往相回向の大行と示され、また、 斯行即是摂諸善法、具諸徳本。極速円満、真如一実功徳宝海。故名大行。(同前) この行はすなはちこれもろもろの普法を摂し、もろもろの徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海な り。ゆゑに大行と名づく。 と、量徳・用徳・性徳といわれるものを具えた行であるから大行と名づけると述べられるので、衆生の行為の上で大 行が語られるのではなく、阿弥陀仏の救済活動態としての称名において大行が語られているのである。岡博士は、先 述の方法論に基づいて全ての称名を阿弥陀仏の救済活動態として読むのであるが、法然の念仏往生の説明が寸行文 類 L であると読むならば、この称名は他力の信の上での称名ということになり、称名破満釈の称名も当然他力の信の 上での称名ということになる。 ﹁行文類﹂の称名が他力信心の上での称名であるということは、﹁化身土文類﹂の 寸 行 文 類 L 称名破満釈の解釈について(内藤) 七
龍谷大学論集 J¥ 横超者、憶念本願離自力之心、是名横超他力也。斯即専中之専、頓中之頓、真中之真、乗中之一乗。斯乃真宗也。 己顕真実行之中畢。(﹃浄真全﹄二、一九七) 横超とは、本願を憶念して自力の心を離る、これを横超他力と名づくるなり。これすなはち専のなかの専、頓 のなかの頓、真のなかの真、乗のなかの一乗なり。これすなはち真宗なり。すでに真実行のなかに顕しをはん ぬ 。 の文に示されているということもできよう。﹁憶念本願離自力之心(本願を憶念して自力の心を離るごとは、他力の 信心を獲得するという事態を意味している。それが、﹁己顕真実行之中畢(すでに真実行のなかに顕しをはんぬ)﹂と いわれる。﹁真実行﹂とは﹁行文類 L である。親鴛は、他力信心獲得という事態がすでに﹁行文類﹂に顕されている と述べているのであるから、﹁行文類﹂は単に法のはたらきを述べたものであって、法の領受が述べられる寸信文類﹂ と重ねてはならないとの論に対しては、疑問を持たざるをえない。
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また、岡博士は、﹁信文類﹂引用の﹃往生論註﹄の文に関して、無明が破れ志願が満たされたとは自覚できない状 況 に つ い て 、 親鷺が今、寸無明を破り志願を満たすしといっているのは、仏道という意味においてであるということです。そ れに対して私たちが今、疑問を発しているのは、世俗の欲望を中心とした願いからなのですね。念仏を称えれば、 気分が爽快になって憂いがなくなる、そう思って称名したが一向に気分がはれない。念仏すれば一切の願いがか なうと聞いて、懸命に念仏しているが、願い事は全然実現しない。苦悩は離れないし、願い事もかなえられない。 私たちはこのような次元の疑問しか持ちえないのですが、これが世俗の欲望なのです。こういう世俗的な場で、仏果に至る道を問題にしている称名思想を読んでも、少しもわからないのは当然のことなのです。(既出) と述べているが、先に述べたように、﹃教行信証﹄の読者として想定されているのは、仏教用語についての基礎知識 がある人々である。すなわち、仏道とは出離解脱を求める道であるということは当然理解されているはずである。そ のような人々が、﹁念仏を称えれば、気分が爽快になって憂いがなくなる、そう思って称名したが一向に気分がはれ ない。念仏すれば一切の願いがかなうと聞いて、懸命に念仏しているが、願い事は全然実現しない。苦悩は離れない し、願い事もかなえられない﹂と思うであろうか。凡夫という存在が、世俗の欲望にまみれているのは当然なのであ るが、たとい凡夫であっても、仏とは世俗の欲望をかなえる存在ではないということは理解されているはずではない であろうか。仏を世俗の欲望をかなえる存在であると位置づける人々、すなわち仏教についての基礎知識が欠けてい る人々にとっては、﹃教行信証﹄は冒頭から理解不可能な書物であり、無明が破られ、志願が満たされていないのは 何故かという疑問にすら至らないであろう。 岡博士は、﹃往生論註﹄の引用について、凡夫には、淳心・一心・相続心の三信を発起するのは不可能であり、そ れゆえ全ての衆生において無明が破られず、志願が満たされないことを示すのが親矯の意図であると論じるが、この 所論についても疑問が生じる。 まず、第一点は、漢文においては、訓点の相違が常に意味の相違につながるとは限らないということである。例え ば、﹁為人所制 L を、﹁人の制する所と為る﹂と訓読しても、﹁人の為に制せらる﹂と訓読しても、意味の相異は生じ ない。当該箇所について親鷺の訓点による訓読は、﹁称名憶念しても破満しないのはどうしてか﹂との問いを提出す るのみであり、全ての衆生において破満しないとは一言も言われていない。 次に第二点は、この﹃往生論註﹄に示される信心不淳・信心不一・信心不相続について、戸商僧和讃﹄ではまさし く母鷺讃において述べられているのであるが、﹃教行信証﹄の寸正信念仏偏﹂や﹃浄土文類衆紗﹄の﹁念仏正信偽﹂、 ﹁行文類﹂称名破満釈の解釈について(内藤) 九
龍谷大学論集 四 O また﹃入出ニ門偶﹄においては、道縛章に述べられていることである。﹁正信念仏侮﹂及び﹁念仏正信備﹂には﹁三 不三信務態勤(三不三信の諦慰惣にして ) L ( ﹃ 浄 真 全 ﹄ 二 、 六 一 ニ ) と あ り 、 ﹃ 入 出 二 門 偶 ﹄ に は 縦令一生造悪業三信相応是一心一心淳心名如実若不生者無是処(﹃浄真全﹄二、三二
O
)
たとひ一生悪業を造れども、三信相応すればこれ一心なり。一心は淳心なれば如実と名づく。もし生ぜずは、 こ の 処 な げ ん 。 と あ る 。 まず、﹁正信念仏偏﹂及び﹁念仏正信偽 L の﹁三不三信語感勤(三不三信の務態惣にして)﹂についていえば、三不 信ではなく三不三信であることに注意をはらう必要がある。すなわち、﹃往生論註﹄には信心不淳・信心不一・信心 不相続が示されているのみであるが、道縛の﹃安楽集﹄には、 又問日、若人但称念弥陀名号、能除十方衆生無明黒閲得往生者、然有衆生称名憶念而、無明猶在不満所願者何意。 答日、由不如実修行、与名義不相応故也。所以者何。調、不知如来是実相身、是為物身。復有三種不相応。一者 信心不淳、若存若亡故。二者信心不一、調、無決定故。三者信心不相続、調、余念問故。迭相収摂ロ若能相続、 則是一心。但能一心、即是淳心。具此三心若不生者、無有是処。(﹃真聖全﹄て四O
五 ) また問ひていはく、もし人ただ弥陀の名号を称念すれば、よく十方の衆生の無明の黒閣を除きて往生を得とい はば、しかるに衆生ありて名を称し憶念すれども、無明なほありて所願を満てざるはなんの意ぞ。答へていは く、如実修行せず、名義と相応せざるによるがゆゑなり。所以はいかん。いはく、如来はこれ実相身、これ為 物身なりと知らず。また三種の不相応あり。一には信心淳からず、存ぜるがごとく亡ぜるがごとくなるがゆゑ なり。こには信心一ならず、いはく、決定なきがゆゑなり。三には信心相続せず、いはく、余念問つるがゆゑ なり。たがひにあひ収摂す。もしよく相続すれば、すなはちこれ一心なり。ただよく一心なれば、すなはちこれ淳心なり。この三心を具してもし生ぜずといはば、この処あることなからん。 と述べられ、﹁一者信心不淳、若存若亡故。二者信心不て謂無決定故。三者信心不相続、謂余念間故(一には信心 淳からず、存ぜるがごとく亡ぜるがごとくなるがゆゑなり。二には信心一ならず、いはく、決定なきがゆゑなり。三 には信心相続せず、いはく、余念間つるがゆゑなり)﹂の三不信とともに、﹁若能相続、則是一心。但能一心、即是淳 心(もしよく相続すれば、すなはちこれ一心なり。ただよく一心なれば、すなはちこれ淳心なり)﹂の三信が示され て い る 。 ﹃入出二門偶﹄には、三信が示されているのみであり、三不信は示されていない。そして、﹁縦令一生造悪業 信相応是一心(たとひ一生悪業を造れども、三信相応すればこれ一心なり ) L は 、 J 止信念仏偶﹂の二生造悪値弘替 (一生悪を造れども、弘容に値ひぬれば)﹂、﹁念仏正信偽﹂の﹁一生造悪遇弘普ご生悪を造れども、弘普に過へ ば ) L に対応するのであり、本願に出遇うことがそのまま三信であることを意味している。すなわち、寸正信念仏偏﹂ の道締章における寸三不三信務感動(三不三信の諦態般にして)﹂の二句について、三不信を誠め三信を勧めるとの 意図を読み取るべきではないであろうか。 他力の信の有無にかかわらず、 第三点は、同じく﹁正信念仏偽﹂の 摂取心光常照護己能錐破無明関(﹃浄真全﹄二、六一) 摂取の心光、つねに照護したまふ。すでによく無明の閣を破すといへども、 についてである。親鴛は、この二句について﹃尊号真像銘文﹄(広本)に、 ﹁摂取心光常照護 L といふは、信、むをえたる人をば、無擬光仏の心光つねに照らし護りたまふゆゑに、無明の閣 はれ、生死のながき夜すでに暁になりぬとしるべしとなり。寸己能雄破無明閤﹂といふはこのこころなりロ信心 一切衆生が三不信であるとの岡博士の所論には、疑問をいだかざるをえない。 寸行文類﹂称名破満釈の解釈について(内藤) 問
龍谷大学論集 四 をうれば暁になるがごとしとしるべし。(﹃浄真全﹄二、六五二) と釈している。すなわち、他力の信心を獲得した者の無明が破られると明確に述べているのである。 他力の信の有無にかかわらず、一切衆生の無明は破られていないとの岡博士の所論には、やはり疑問をいだかざる を え な い 。 特に注意するべきは、﹁正信念仏侮 L は﹁行文類﹂の末尾に置かれ、﹁信文類﹂に入る以前に、信の上での破無明が 明かされ、また信とは淳心・一心・相続心の三信であると述べられていることは、岡博士の方法論からして、先の所 論と阻簡をきたすのではないであろうか。
結
従来の定説を踏まえて、﹁行文類﹂について解釈してみると、まず、寸行文類﹂の所顕は、衆生を信ぜしめ、念仏せ しめ、往生成仏せしめる本願力であるところの名号法である。官頭の寸大行者則称無碍光知来名(大行とはすなはち 無礎光知来の名を称するなり)﹂は、まさしく法然の念仏往生の念仏を意味している。その念仏とは衆生が念仏せし められているすがたであり、そのすがたにおいて活動態であるところの名号法が示されているのである。名号法の活 動とは、衆生を信ぜしめ、念仏せしめ、往生成仏せしめるのであるから、念仏せしめられるのは、信ぜしめられた後 であるゆえ、この称名は他力信心の上での称名ということになる。そして、称名破満釈の称名は、他力信心の上での 称名であり、それは名号法の活動態であるゆえ、よく無明を破川志願を満たすのである。そのような構造が、﹁正信 念仏偽﹂に﹁能発一念喜愛心﹂を承けて﹁己能雌破無明閲﹂と述べられている。﹁行文類﹂には、衆生が念仏せしめ られているすがた、信ぜしめられているすがた、そのことによって往生成仏せしめられているすがたが顕されている のであり、衆生が信じ、念仏し、往生成仏してゆくすがたを除いて、名号法の活動を語ることはできない。そして、信ぜしめられているすがた、すなわち信心を顕したのが次の寸信文類﹂であり、その﹁信文類﹂において、三不信に おいては破満しないということをもって、他力の信心が三信であることを反顕するのが﹃往生論註﹄引文であると見 ることができるのである。岡博士の所論に対しては様々な疑問が存在するが、このように解釈すれば、それらの疑問 は全て存在しなくなる。筆者にとっては、岡博士の所論よりはるかに説得力のある解釈のように思える。 上来、岡博士の所論に関する疑問を綾々述べてきたが、あるいは誤読からの疑問もあり、あるいは見当はずれの疑 問もあるかも知れない。筆者としては、的をえた疑問を提示したと考えてはいるが、必ずしも確言はできない。また、 岡博士の著述に、これらの疑問のいくつかにすでに解答が示されているのを読み落としている可能性も絶無ではない。 残念ながら岡博士はすでに故人となられ、誤読や読み落とし等の指摘や、疑問に対する解答を直接頂くことはできな いが、岡博士の薫陶を受けた有能な学徒は何人か数えることができ、筆者の疑問に答え、岡博士の真意を関顕して頂 くことが可能ではないだろうか。期して待ちたいと思う。 あるいは、本論文を岡博士に対して礼を失したものと受け取られる人々もおられるかも知れない。しかし、私は、 後学のものは先学の所論について疑問があれば、その疑問を提示することが先学の所論に対して真撃に向かい合うこ とであり、それこそが先学の業績に敬意を表することになるのであると考えている。本論文執筆の思いとして、最後 に付しておきたい。 (1)註 ﹃ 浄 土 真 宗 聖 典 全 書 ﹄ 二 巻 一 九 頁 の 意 。 以 下 同 様 に 表 記 す る 。 な お 、 ﹃ 浄 土 真 宗 聖 典 全 市 町 L は寸宗祖部上﹂のみが刊行されているので、三経及び七祖聖教等は、﹁真宗聖教全部﹄の巻 数 と 頁 数 と を 示 す 。 ﹁行文類﹂称名破満釈の解釈について(内藤) 四
龍谷大学論集 四 四
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これは、白文としての対応であり、訓読においては必ずしも寸彼無擬光如来名号﹂と﹁称名 L との語句の相違のみには と ど ま ら な い 。ω
親鷲は、﹁信文類﹂にこの文を引用するが、後に論じるように、親鷺の訓点に大きな意味を見る論もある。そこで、こ こでは親鷺の訓点にしたがった訓読を付しておく。ω
﹃往生論註﹄の﹁我一心﹂が、三一問答では﹁一心﹂となっている。すなわち、﹃往生論註﹄においては、﹃浄土論﹄冒 頭に寸世尊我一心﹂と表白される天親自身の﹁一心﹂を意味しているが、三一問答では、天親の二心﹂に限定されるの ではなく、汎く一切衆生に領受された弥陀回向の二心﹂であると示す意図が看取される。ω
﹁全ての衆生﹂といっても、岡博士は、龍樹・天親等の菩薩と我々愚悪の凡夫とを区別し、我々愚悪の凡夫は、菩躍の 教えを信じるのみであると論じている。しかし、阿弥陀仏の救済において、初地の菩薩と位置づけられる龍樹・天親と 我々愚悪の凡夫とが区別されるのであろうか。﹁正信偶﹂の﹁凡聖逆誘斉回入知衆水入海一味(凡聖・逆誘斉しく回入 すれば、衆水海に入りて一味なるがごとしごや﹃正像末和讃﹄の寸像法のときの智人も自力の諸教をさしおきて時 機相応の法なれば念仏門にぞいりたまふ L などによれば、親鷺は、阿弥陀仏の救済の場において、凡夫と聖者との区別 はないと見ているのではないであろうか。疑問点として提示しておきたい。 山間﹁自分は称名しているのに、なぜ志願は満たされないのか﹂(﹃口述﹄第一巻教・行の巻一三九頁)という疑問。m w
岡博士は寸一つの言葉﹂と述べているが、内容的には二つの言葉﹂に限定されるのではなく、二つの文章﹂という ことでもよいであろう。ω
仏教論理学である因明の修辞法は、宗(論定しようとする命題)・因(命題を成立させる理由)・喰(例証を挙げて宗と 因との関係を明らかにする)という形式、すなわち﹁××である。なぜならOO
であるから﹂であり、親鷺はこの形式の 修辞法に親しいのではないであろうか。ω
寸行文類﹂の大行釈を結ぶ箇所に、 明知、是非凡型自力之行故名不回向之行也。(﹃浄真全﹄二、四八) あきらかに知んぬ、これ凡聖自力の行にあらず。ゆゑに不回向の行と名づくるなり。 と、自力の回向ではないことが不回向の語で表現されている。 側﹁行文類 L に引用される﹁往生論註﹄には、真実功徳相者、有二種功徳。一者従有漏心生不順法性。所調凡夫、人天諸善、人天果報、若困、若果、皆是顛倒、皆 是虚偽。是故名不実功徳。二者従菩薩智慧清浄業起荘厳仏事。依法性入清浄相。是法不顕倒、不虚偽、名真実功徳。 云何不顛倒。依法性順二諦故。云何不虚偽。摂衆生入畢覚浄故。(﹃浄真全﹄二、二八) 真実功徳相とは、二種の功徳あり。一つには有漏の心より生じて法性に順ぜず。いはゆる凡夫、人天の諸善、人天 の果報、もしは因、もしは果、みなこれ顛倒す、みなこれ虚偽なり。このゆゑに不実の功徳と名づく。二つには菩 薩の智慧清浄の業より起りて仏事を荘厳す。法性によりて清浄の相に入れり。この法顛倒せず、虚偽ならず、真実 の功徳と名づく。いかんが顛倒せざる。法性により二諦に順ずるがゆゑに。いかんが虚偽ならざる。衆生を摂して 畢寛浄に入るるがゆゑなり。 との文があり、岡博士はこの文について、 私たちが求めている功徳は、簡単にいえば、世俗の欲望を満たすもので、ああなりたい、こうなりたいという願いば かりではないでしょうか。したがってそれらすべては﹁有漏の心より生じ﹂たものにほかならないのです。真実の法 に背いているのですね。私たちがこれこそ幸福の源だと思って、しっかりつかんでいるもの、そういうものの一切が、 実は全部まちがいであって、それらは不実の功徳のなかにある。このように凡夫の心と行為というものは、一切が不 実功徳なのです。だからしてここで関われていることは、かかる不実功徳を転じて、真実功徳になれというのではな く、凡夫の行為の一切は、不実功徳でしかないということを、はっきりと見つめよ、ということになります。 (吋口述﹄第一巻教・行の巻二二八頁) と述べる。しかしながら、衆生には世俗の欲望にまみれた凡夫と﹁一切のことを如実に見る智恕を持ち、迷っている衆生 を救う慈悲の実践のできる菩陸﹂(岡博士の所説︿同前、二二九頁﹀取意)との二種の純鴎しか存在しないのであろうか。 凡夫についての詳細な検討は省略するが、中村元博士の吋仏教語大辞典﹄には、﹁見道(小乗では預流果、大乗では初地) 己前の人の総称﹂(凡夫・見道の項の取意)と記述があり、初地直前の衆生を、世俗の欲望にまみれた凡夫と見なすこと は妥当であろうか。また、有漏の普は仏道に資することはないとの見解は自力型道法の全容定である。親鷺が、自力型道 法を全否定したか否かについては、先輩の聞にも見解の相異があり、今はそれには触れないが、何よりも岡博士の方法論 からすれば、﹁行文類﹂の吋往生論註﹄引文以前の叙述から型道法の全否定を読み取らなくてはならないが、筆者には不 可能のように思える。 寸 行 文 類 ﹂ 称 名 破 満 釈 の 解 釈 に つ い て ( 内 藤 ) 四 五
龍谷大学論集 四 /、
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なお、岡博士は、﹁人間の側に一片の真実心すらもない﹂ということの証左として、善導引文を挙げるが、﹃往生論註﹄ 引文を解釈するにあたって、﹃往生論註﹄引文の後に引用される善導引文を用いるのも博士の方法論からすれば疑問があ るのではないであろうか。 また、﹁信文類﹂冒頭に、往相回向の大信と示され、また﹁過獲浄信者是心不顛倒是心不虚偽(たまたま浄信を獲ば、 この心願倒せず、この心虚偽ならずごと、すでに述べられているのであるから、﹁いまだ真実心を得ていない者に対して、 真実心をもって称名せよ、無明は破られる、という教えは、親鷲聖人の思想の上にはありえないのです﹂とはいえず、い まだ他力の信心(リ真実心)を得ていない者に対して親鷺が、﹁他力信心 ( U真実心)をもって称名せよ、無明は破られ る﹂と教えることは充分首肯されるべきことではないであろうか。ω
﹃教行信証﹄が、尊蓮に書写が許され、また横曽根の性信に授与されたことからすれば、親鷺の門弟の中でも、親鷲の 教えについての理解が、それなりのレベルに達した人々が読者として想定されていたといいうるであろう。ω
﹁信巻﹂菩提心釈が、明恵高弁の﹃擢邪輪﹄におげる﹁援無菩提心失﹂との﹃選択集﹄への批判に対する反論であり、 真仏弟子釈が解脱貞慶の﹁興福寺奏状﹂における専修念仏への寸軽釈尊失﹂に対する反論であると見なすことができるこ とから、このように想定できるであろう。 なお、これらの人々は、法然の念仏往生の教えについては、たとい批判的であったとしても一定の理解を持っていると 想 定 で き る 。ω
﹃ 西 方 指 南 紗 ﹄ に は 、 上野の国住人おほごの太郎と申もの、京へまかりのぽりたるついでに、法然聖人にあひたてまつりで、ー中略 l 件 の 太郎は、このすすめによりて、め・おとこ、ともに往生してけり(﹃真聖全﹄四、一八六) つのとの三郎といふは武蔵国の住人也。おほご・しのや・つのと、この三人は聖人根本のでしなり﹂(﹁津戸三郎に答 ふ る 書 ﹂ 、 ﹃ 真 聖 全 ﹄ 四 、 二 六O
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とあり、関東在住の法然の直弟子が存在していたことを示している。ω
たとえば、高田の真仏、横曽根の性信等m w
な お 、 ﹁ 破 無 明 L の具体相については、﹃尊号真像銘文﹄の﹁貧愛・膜憎の雲・霧に信心は覆はるれども、往生にさはり あるべからずとしるべしとなり L の記述に基づき、村上速水氏は、信心獲得の後には、無明煩悩の存在が往生の障擬にならないということを意味していると論じているが、筆者もこの解釈にしたがう。 キ ー ワ ー ド 鎌 倉 教行信証 称名破満 ﹁ 行 文 類 ﹂ 称 名 破 満 釈 の 解 釈 に つ い て ( 内 藤 ) 四 七