要 旨
米国で進められている金融規制体系の再構築は,2010年7月21日の大統領署名 によって成立した,いわゆるドッド・フランク法を根拠とする。2008年に深刻化 した金融危機が,米国規制体系の転換を促したことに異論はない。今回のシステ ム転換は,Glass-Steagall Act を代表例とする30年代の規制改革とも比較され る。
しかしながら米国では,金融危機が深刻化する以前から包括的な金融規制改革 の必要性が認識されていた。Bush 政権時代である2008年3月には,米国金融規 制体系を根本から見直す青写真も提示されている。現 Obama 政権下で進む改革 は,金融危機の再発防止を主たる目的としており,前政権時に指摘されてきた米 国が抱える国際的な競争力低下や複雑かつ非効率な国内規制の問題への対処では ない。米国の金融規制体系の理解にとって,Bush 政権の議論まで遡って理解す ることが必要である。また,ドッド・フランク法の成立過程を整理することは,
新たな規制体系の構造的特徴を理解する援助となろう。
本稿では,金融危機の発生の前後に検討されていた,Bush 政権(危機前)と Obama 政権(危機後)における規制議論を比較し,ドッド・フランク法が成立 するまでの過程とその構成について概観する。また包括的な金融規制改革法であ るドッド・フランク法の成立過程を観察し,米国金融規制体系の構造的特徴の理 解へと繋げる。
若 園 智 明
米国における規制改革議論と包括的 金融改革法の成立
※
※本稿は,公益財団法人石井記念証券研究振興財団からの研究助成金を活用して行いました。ここに記して,深謝申し上げます。
Ⅰ.はじめに
米国で進められている金融規制体系の再構築 は,2010年7月21日の大統領署名によって成立 し た,い わ ゆ る ド ッ ド・フ ラ ン ク 法(the Dodd-Frank Wall Street Reform and Consum- er Protection Act of 2010)を 根 拠 と す る。
2008年夏頃より深刻化した金融危機が,このよ うな金融規制体系の転換を促したことに異論は ない。また今回の体系転換は,世界恐慌後に実 施 さ れ た,Banking Act of 1933(い わ ゆ る Glass-Steagall Act)を代表例とする30年代の 規制改革の流れとも比較される。
しかしながら米国では,金融危機が深刻化す る以前から包括的な金融規制改革の必要性が認 識されていた。George W. Bush 政権時代であ る2008年3月には,金融規制体系を根本から見 直す青写真も提示されている。2009年1月20日 に第44代大統領に就任した Barack Obama の 下で進められている改革は,金融危機の再発防 止を主たる目的とした改革であり,前政権時に 指摘されてきた米国が抱える問題への回答では ない。危機以前の改革議論にある問題意識は米 国金融産業の国際的な競争力が低下しているこ とへの対応であり,それに伴う国内規制の効率
化であるが,これらが現在の改革で手当されて いるわけではない。米国金融規制体系を理解 し,その評価を行なうためには,少なくとも Bush 政権の議論までさかのぼって把握する必 要がある。さらに,包括的な金融規制改革法で あるドッド・フランク法の成立過程を詳細に観 察することは,米国金融規制体系の構造的特徴 を理解するために不可欠である。
本稿では,金融危機の発生の前後に検討され ていた,Bush 政権(危機前)と Obama 政権
(危機後)における規制議論を比較し,ドッ ド・フランク法が成立するまでの過程とその構 成について概観する。
Ⅱ.米国における金融規制改革議 論の変遷
1.George W. Bush
政権の改革案(1) 国際競争力の強化を意図した改革 Bush 政 権(2001 年 1 月 か ら 2009 年 1 月)
は,2006年ごろより包括的な国内金融規制改革 の検討を進めていた。金融危機の深刻化により 立消えとなったが,同政権下で改革が求められ た背景には金融の国際競争力強化の必要性が あった1)。金融危機の収束後,米国は他地域と
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.米国における金融規制改革議論の変遷 1.George W. Bush 政権の改革案
2.金融危機の深刻化と Obama 政権による新た な改革案
Ⅲ.ドッド・フランク法の成立と包括的な金融規制 改革
1.公的機関による金融危機の要因分析 2.Obama 政権より提示された包括的金融規制
改革の原案
3.ドッド・フランク法の成立 4.ドッド・フランク法の構成
Ⅳ.おわりに
目 次
比較して早期から経済の底入れが見られたもの の,金融の国際競争力の低下傾向が転換したか は不明である。Obama 政権による改革が進む 2013年現在でも,共和党を中心に国際競争力強 化に関する根強い主張が見られる。
第二期 Reagan 政権(1985年1月から1989年 1月)以降に顕著となった金融自由化の流れを 引き継いでいるが,当時の国際競争力に関する 議論を活発化させた背景には,英国(ロンド ン)や香港などの追い上げがあった。米国内で は,これらの地域の急速な追い上げによる競争 力の低下が危機感を持って受け止められ,特に 90年代に入ってからは競争力強化の施策を求め る声が強まっていた。その基本は国内資本市場 の効率化であり,市場の効率化によって資本コ ストを引き下げ,経済成長と雇用の促進をもた らし,国民の生活水準を向上させるとの考えに 基づく。ここで最も問題とされたのは,金融規 制であった。
図表1で,この問題に関連する当時の代表的 な報告書を挙げている。Michael Bloomberg
(当 時 の ニ ュ ー ヨ ー ク 市 長)と Charles Schumer(ニューヨーク州選出の上院議員,
民主党)の連名で開示された報告書や,活発な ロビイストとしても知られている米国商工会議 所 の 報 告 書 の 他,Hal Scott(ハ ー バ ー ド 大 ロースクール)や Glenn Hubbard(コロンビ
ア大ビジネススクール)などの学識経験者が参 加する「資本市場規制に関する委員会」(Com- mittee on Capital Markets Regulation)の報告 書は,資本市場の機能や金融サービス業者の活 動における国際的な競争力を分析している2)。
これらの報告書が共通して問題視しているの は,米金融規制の複雑さである。つまりは,連 邦政府と州政府による管轄の重複の他,連邦政 府機関においても同業種に対して複数の監督機 関が存在するなど(図表2),世界に類を見な い米国の複雑な規制およびその組織体系は資本 市場の効率化にとって足枷となっている。ま た,英国や日本などと比較しても,米国の各監 督機関が策定する規制(Regulation)や規則
(Rule)は詳細である。この詳細な規制等への 対応は高いコストを必要とし,また,資本市場 参加者が負担するコストは増大する傾向にも あった3)。市場の効率化とコスト低減をもたら すため,資本市場に関連する監督機関の機能と 組織体系の見直しが求められていたのである。
(2) 金融危機の発芽と連邦監督機関の対応 しかしながら米国内では2007年夏頃より不動 産価格の下落が顕著となり,サブプライム層向 けの住宅ローン債権を組み込んだ証券化商品を 中心に,信用失墜が問題視され始めていた。当 時の財務長官であった Henry Paulson Jr. が議 図表1 金融分野の国際競争力強化を提言した主な報告書
1.Sustainning New Yorkʼs and the USʼ Global Financial Services Leadership Bloomberg・Schumer 報告書(2007年1月公表)
2.The Commission on the Regulation of U.S. Capital Markets in the 21st Century 国商工会議所報告書(2007年3月公表)
3.The Competitive Position of the U.S. Public Equity Market 資本市場規制に関する委員会報告書(2007年12月公表)
(中間報告書は2006年11月公表)
長を務める「金融市場に関する大統領ワーキン グ・グ ル ー プ」(Presidentʼs Working Group on Financial Markets)は4),混乱した市場の 分析と求められる改革を「金融市場の発展に関 する政策声明」(Policy Statement on Financial Market Developments)と し て ま と め,2008
年3月に Bush 大統領へ提出した。この案は6 つの改革ポイントから構成されているが(図表 3),これらは特定の分野における対症療法的 な改革のリコメンドである。その要点は,次の 包括的改革案の短期的提言に含まれた5)。
Bush 政権下で検討されていた金融規制改革
◎ OCC ○ FDIC
銀行持株会社 ◎ FRB 州当局
(一部の州のみ) −
国法銀行
−
−
◎ FRB
図表2 米国の金融監督機関の主要構造(2007年末時点)
金融持株会社
州政府 その他
連邦政府
◎ OTS ○ FDIC
−
−
州法銀行
(FRS,FDIC 共に非加盟) 州当局 −
州法銀行
(FRS 非加盟,FDIC 加盟) ◎ FDIC 州当局 −
州法銀行
(FRS 加盟,FDIC 加盟) ◎ FRB ○ FDIC 州当局 −
連邦免許貯蓄金融機関
◎ CFTC
NAIC 州当局
− 保険会社・保険代理人
− -
州免許貯蓄金融機関
(FDIC 非加盟) − 州当局 −
州免許貯蓄金融機関
(FDIC 加盟) ◎ OTS ○ FDIC 州当局 −
先物取引業者
SEC:証券取引委員会 CFTC:商品先物取引委員会
FINRA:金融取引業規制機構(自主規制機関)
NFA:全米先物協会(自主規制機関)
NAIC:全米保険監督官協会(NPO) 州監督官に対して規制等の立案を支援 FRB:連邦準備制度理事会
FRS:連邦準備制度 OCC:通貨監督庁 FDIC:連邦預金保険公社 OTS:貯蓄金融機関監督庁
ドッド・フランク法により解体
◎規制・監督が優先する,○検査権限を有する
注1) 国法銀行および連邦免許貯蓄金融機関の第一義的監督権限を持つ連邦機関は免許付与の権限 も与えられている。
注2) 州当局はいずれも免許付与の権限(証券は登録制)および第一義的監督権限を持つ。
注3) 金融持株会社の場合、貯蓄金融機関を参加に置く場合は OTS が監督する。また、持株会社 の傘下である銀行・ブローカーディーラー・保険会社に対しては州政府レベルでも規制当局が 存在する。
州当局
◎ SEC ブローカー・ディーラー
FINRA 州当局
◎ SEC アセット・マネジメント
NFA -
FINRA
には,米国の国際的な競争力強化策を目的とし た改革を本流とするが,金融市場で発生した混 乱が深刻化するに従い,危機へ対応すべくミク ロ的施策が付加されていったと言える。Bush 政権における改革の全体像は,次の「米財務省 ブループリント」で体現された。
(3) 米財務省ブループリントが示す包括的 な金融規制改革
2007年3月より米国金融の改革について検討 を進めていた米財務省は,2008年3月31日に
「現代的な金融規制構造に向けてのブループリ ン ト」(Blueprint for a Modernized Financial Regulatory Structure)(図 表 4)を 公 開 し,
Bush 政権における包括的な金融規制改革の指
針を示した。この米財務省ブループリントは,
改革の工程を時間軸でわけた点が特徴となって いる。いわゆるサブプライム問題への対応を,
上記の大統領ワーキング・グループ報告書を踏 襲しつつ短期的提言としてまとめ,中・長期的 提言では本流とも言える規制の効率化を盛り込 んだ構成となっている。
米財務省ブループリントで最も注目されるの は,最終目標として掲げる長期的提言である。
その中心には,目的(Objectives)ベースによ る連邦監督機関の再編がある。連邦機関の規 制・監督機能を,①金融市場や金融システムの 安定を担当する機関(FRB を機能強化,マク ロ・プルーデンス政策を担当),②金融機関の 財務内容や経営体制を監督する機関(ミクロ・
「金融市場の発展に関する政策声明」の主なリコメンド 図表3 金融市場に関する大統領ワーキング・グループ
1.モーゲージ組成プロセスに関する改革 2.市場規律をもたらすための投資家改革
3.証券化商品等に対する格付のプロセスや手法の改革 4.国際的な金融機関が用いるリスクマネジメント手法の強化 5.プルーデンス規制政策の推進
6.店頭デリバティブ市場におけるインフラの整備
図表4 米財務省ブループリント 2008年3月
1.金融市場の安定化を担当する監督機関
(FRB の機能強化)
2.政府保証が付与された金融機関のプルーデ ンスに責任を有する監督機関
(Prudential Financial Regulatory Agency の創設)
3.金融業者のビジネス行為に対する監督機関
(Conduct of Business Regulatory Agency の創設)
4.連邦保険保証公社の創設
(FDIC の組織および機能の再構築)
5.証券市場に関連する問題に対処する監督機 関(SEC の機能・役割を継承)
短期的提言 中期的提言
規制の効率性向上 1.貯蓄金融機関制度の連邦免許を
廃止,国法銀行への一本化
(OCC と OTS を統合)
2.州立銀行に対する連邦の監督規 制を合理化
3.FRB による決済システムの監督 4.保険業に対して連邦レベルで規
制(連邦レベルでの保険免許の導 入)
5.SEC の改革と CFTC との統合
長期的提言(最終目標)
目的ベース・アプローチによる規制構造改革 1.大統領ワーキング・グループの
メンバー拡大と機能強化
2.モーゲージオリジネーション委 員会の設置
(州ベースでのライセンス基準策定 等)(モーゲージ市場の監督強化)
3.FRB に対して非預金取扱金融機 関 へ の デ ィ ス カ ウ ン ト・ウ ィ ン ドー適用を要請
(流動性供給に関する FRB の権限 強化)
プルーデンス政策を担当),③金融サービス業 者の市場における行為を監督する機関(中期的 提言で証券取引委員会(SEC)と商品先物取引 委員会(CFTC)を統合した機関を再組織化し て行為規制に従事)の大きく3つの当局に集約 する。これは,規制の効率化を通じて米国金融 の国際競争力の回復のための処方箋に他ならな い。金融危機の深刻化によって,次の Obama 政権下で実行されている改革は金融危機の再発 防止が主目的であり,Bush 政権下で提示され た米財務省ブループリントは,それまでの金融 を中心とした産業構造を目指す,いわば金融重 商主義(Financial Mercantilism)とも呼べる
時代の最後の政策案となった6)。
しかしながら,国内での危機対応が終息化に 向かうと,金融の国際競争力強化と規制・監督 体系の再編を求める声が再び強まりつつある。
米財務省ブループリントの論点は米国内で生き 続けていると言えよう。
2.金融危機の深刻化と Obama
政権に よる新たな改革案2007年夏頃より露わとなった市場の混乱は,
当初はサブプライム層向けの住宅ローンに限定 される問題と捉えられていた。しかしながら,
米国を中心とした不動産バブルの崩壊と複雑な 8月9日
FRB がベア・スターンズに緊急融資 注)
3月14日 2008年
J.P.モルガン・チェースがベア・スターンズを救済買収 3月16日
ファニー・メイとフレディ・マックが政府管理下に 9月7日
図表5 米国市場の混乱
6月22日 ベアスターンズが傘下のヘッジファンドへ資金支援を表明 2007年
米緊急経済安定化法が下院で否決 ダウ平均株価が過去最大の777ドル下落 9月29日
J.P.モルガン・チェースがワシントン・ミューチュアルを救済買収 FRB が AIG に緊急融資,政府管理下に 注)
9月16日
BNP パリバ傘下のヘッジファンドが新規募集と解約を凍結
9月15日 リーマン・ブラザーズが連邦破産法の適用を申請 バンク・オブ・アメリカがメリルリンチを買収
9月21日 FRB がゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーの銀行持株会社への業態 転換を承認
9月25日
10月7日
ウェルズ・ファーゴがワコビアを救済買収 10月12日
G20ワシントン緊急金融サミット開催 11月14・15日
米政府がシティ・グループに対する支援策を発表 11月23日
FRB が最大8,000億ドルの市場対策を発表 11月25日
FRB が CP 買取制度の導入を発表
(注) 連邦準備法(Federal Reserve Act)の Sec.13⑶の定めにより,FRB は NY 連銀に対して有限責任会社(Limited Liability Company)を設立し,資金供給を行うことを認可した。ベア・スターンズに対しては Maiden Lane 1号,AIG に対しては 同2号と3号を経由した資金供給が行われている。
米緊急経済安定化法が成立 10月3日
証券化スキームを通じたリスクの世界的な伝播 は,欧米の大手金融機関の多くを経営困難とす るばかりでなく,世界恐慌の再来と言われる経 済パニックの様相を呈した(図表5)。
このような事態に対応すべく,急遽開催され た G20金融サミット(2008年11月,ワシントン D.C.)のコミュニケにおいて,先進国の政策立 案者や規制・監督機関が金融技術の革新速度に ついていけず,市場のリスクを適切に評価・対 処することが出来なかったことへの反省ととも に,5つの柱から構成される改革の工程表に 沿った国際的な金融規制改革の着手が宣言され た。この改革の工程内容は2009年4月のロンド ン・サミットで一層の充実がはかられている。
G20金融サミット以降,米国を含めた先進諸国 における金融規制改革は,金融危機の再発防止 と危機によって露呈した問題への対応へと舵を きった。
2009年1月に新大統領へ就任した Barack Obama は,大統領選挙中から米国の金融規制 改革を公約として掲げ,連邦準備制度理事会
(Board of Governors of the Federal Reserve System, FRB)の機能強化やシステミック・リ スク監督機関の創設を訴えていた7)。大統領就 任直後から,経済や金融市場の安定化に努める 一方で,G20金融サミットでの取り決めを受け 継ぎ,包括的な金融規制改革法案の検討を議会 に依頼した。Obama 政権が求める改革の概要 は,新 財 務 長 官 と な っ た Timothy Geithner
(ニューヨーク連銀総裁から転身)が,3月26 日の下院金融サービス委員会で行った証言で明 らかにされている8)。第111回連邦議会(2009 年1月3日より2011年1月3日まで)は,後述 する米財務省の原案を受けて,本格的な金融規 制改革法案作りに着手した。
Ⅲ.ドッド・フランク法の成立と 包括的な金融規制改革
1.公的機関による金融危機の要因分析
第111回連邦議会で金融規制改革法案を中心 となって審議したのは,上院銀行・住宅・都市 問 題 委 員 会(Senate Committee on Banking, Housing and Urban Affairs)と下院金融サー ビ ス 委 員 会(House Committee on Financial Services)であり,ドッド・フランク法には両 委員会の当時の委員長の名前が冠されている。
これら委員会での審議と平行して,「上院常設 調査小委員会」(United States Senate Perma- nent Subcommittee on Investigations)ととも に9),「金融危機調査委員会」(Financial Crisis Inquiry Commission)が10),連 邦 議 会 に よ る 公的な専門調査機関として金融危機の要因分析 を担った。
上院常設調査小委員会は,2年間にわたる調 査を元に,4つの分野に関する19のリコメンド
(図表6)を含んだ報告書を,2011年4月に議 会へ提出している。上院常設調査小委員会によ る調査は,主にヒアリングにより,特定の格付 機 関 と 金 融 会 社 の 業 務 お よ び,Washington Mutual, Inc.に 対 す る 貯 蓄 金 融 機 関 監 督 庁
(Office of Thrift Supervision, OTS)と連邦預 金保険公社(Federal Deposit Insurance Cor- poration, FDIC)の監督手法の検証を中心に行 われており,その調査対象は限定されていた。
対して,金融危機調査委員会の調査は,クレ ジットの膨張やサブプライム・ローン問題から Bear Sterns Companies, Inc.と Lehman Broth- ers Holding, Inc. の 破 綻,American Interna-
tional Group, Inc.(AIG)の救済など一連の事 象 分 析 の 他,「影 の 銀 行 シ ス テ ム」(Shadow Banking System)や「大 き す ぎ て 潰 せ な い
(Too Big to Fail)金融会社」問題,証券化商 品 や 店 頭(Over the Counter, OTC)デ リ バ ティブの問題まで,米国の金融システム全体を 対象としている。また,金融会社から監督機関 や学識経験者にまでヒアリングを行い,その水 準は上院常設調査小委員会の調査を凌駕してい る。しかしながら,2011年1月27日に公表され た「金 融 危 機 調 査 報 告 書」(The Financial Crisis Inquiry Report)に署名したのは民主党 系の委員6人のみであり,署名を拒否した共和 党系の4人の委員からは別途2つの反論書が提
出されるなど,統一した調査結果の提示には至 らなかった11)。図表7で比較しているが,主要 な論点で意見は相反しており,連邦議会傘下の 調査機関として,金融危機の要因分析において 公的な分析結果を提示出来たとは言い難い。世 界 恐 慌 後 に 連 邦 証 券 諸 法 の 制 定 や Glass- Steagall Act の制定につながった,いわゆる Pecora Commission(上院銀行・通貨委員会の 小委員会)のような存在とはならなかった。
2つの公的な調査機関の報告書は,いずれも ドッド・フランク法が成立した後に公開されて いる点に注意願いたい。つまりは,十分に危機 原因の分析を行なわず,ドッド・フランク法が 制定された可能性がある。また,金融危機調査
(注) Negative Amortization Loan とは,返済額が金利分に満たない場合,不足分が元本に 加算されていく貸付。
投資銀行の不公正行為(Abuse)に関するリコメンド
・ストラクチャード・ファイナンス取引の見直し
・自己勘定取引から除外される取引の絞り込み
・強力な利益相反防止策の立案
・銀行のストラクチャード・ファイナンス利用についての調査 誇張された信用格付に関するリコメンド
・公認格付機関(NRSRO)のランク付け
・格付機関の説明責任を維持するための投資家援助
・格付機関の内部統制の強化
・格付機関の情報開示の強化
・格付依存度の軽減
図表6 上院常設調査小委員会のリコメンド
規制の失敗に関するリコメンド
・貯蓄金融機関監督庁(OTS)の完全解体
・法執行の強化
・預金金融機関検査評定(CAMELS)格付の強化
・高リスク貸付のインパクト調査 高リスク貸付に関するリコメンド
・適格モーゲージが低リスクであることの保証
・実効性のあるリスク保持の要求
・高リスク商品に対するセーフガード
・Negative Amortization Loan 発行銀行に対してより大きな準備を要求
・銀行の投資ポートフォリオのセーフガード
委員会の報告書が示すように,金融規制改革の 内容に関して,民主党系と共和党系の間には相 当な意見の相違が見られ,依然としてその溝は 埋まっていない。これらは,ドッド・フランク 法に基づき各規制・監督機関が行う新たな規則 制定において,混乱を招く原因の1つとなって いると言えよう。
2.Obama
政権より提示された包括的金 融規制改革の原案Obama 大統領が,包括的な金融規制改革の 必要性を公式に議会へ訴えたのは,2009年2月 25日に開催された銀行や金融サービス部門の議 会指導者との会合である。会合後にホワイト・
ハウスで行ったスピーチでは,FRB を中心に した政府によるシステミック・リスクの監視強 化や,米国規制構造の見直し,市場の透明性や 説明責任の徹底,国際的な改革の必要性など,
7つの原則を訴えている。Obama 大統領はこ の会合を経て,連邦議会へ提出する金融規制改 革の原案作りと議会との協働の開始を自らの経
済チームに命じた。
Obama 政権が構想する包括的な規制改革の 概要は,3月26日に Geithner 財務長官が下院 で行った講演で明らかとなった。下院金融サー ビス委員会の「包括的な規制改革の必要性につ いての講演」(Addressing the Need for Com- prehensive Regulatory Reform)に お い て,
「金 融 規 制 改 革 の 構 造」(Treasury Outlines Framework for Financial Regulatory Reform)
と題し,Obama 政権が求める包括的な金融規 制改革の概要を議会に説明した。この概要は Obama 大統領が大統領選挙期間中から抱いて いた構想を元に,①システミック・リスクへの 取組み,②消費者ならびに投資家の保護,③規 制構造に存在する隙間の除去,④国際的協調の 推進,の4つの柱から構成されている。特にシ ステミック・リスクに関する問題として,単一 の独立規制機関の設置や,経営破綻が生じた複 雑な金融機関の清算権限の強化などから構成さ れている。
さらに米財務省は,金融市場に関する大統領
(注) GSE:政府支援法人(Government Sponsored Entity)
共和党系 Wallison 反論書 民主党のアプローチは先入観の裏付けが中心
・金融機関の強欲や規制緩和原因説は先入観 GSE の活用を含めた政府の住宅政策の失敗
・地域再投資法が信用度の低い貸付を促進さ せた
・政府の住宅政策に起因する大量のデフォル トが危機を引き起こした
低金利や海外からの資金流入ではバブル崩壊の 影響を説明しきれない
デリバティブは危機の原因ではない
・CDS が問題となったのは AIG のみ 図表7 金融危機調査委員会各報告書の要点
GSE の危機拡大への寄与度は大きい 厳格な規制の対象であった金融会社 も破綻
・影の銀行制度は多様,一律に問 題があるとは言えず
金融機関の問題
・リスク管理手法の不備
・レバレッジと流動性リスク クレジットバブルの背景
・海外からの資金流入
・投資家のリスク見通しの失敗 デリバティブ
・CDS 以外のデリバティブは危機 の要因ではない
格付の失敗
共和党系反論書 民主党系報告書
規制・監督の失敗
・行き過ぎた規制の緩和
・不透明性取引の拡大 金融機関の問題
・コーポレート・ガバナンスの欠 如
・倫理観の欠如
・リスク管理手法の不備
・過剰な短期借入,リスク投資,
透明性の欠如
・短期的利益に連動した報酬体系 店頭デリバティブは危機の重要な要 因
格付の失敗
・格付リソースの不足
・格付会社に対する監督の不備
ワーキング・グループや連邦議会メンバー,市 場参加者や学者等との協議を経て,ホワイト・
ペーパー「金融規制改革,新たな基盤:金融監 督および規制の再構築」(Financial Regulatory Reform a New Foundation: Rebuilding Finan- cial Supervision and Regulation)をとりまと め(図表8),6月17日に公開した。
米財務省ホワイト・ペーパーには,金融持株 会社や銀行持株会社以外にファンドや保険会社 等も含めて,金融システムに影響を与える機関 を新たなカテゴリー(Tier1金融持株会社)に 指定して FRB にこのカテゴリーの監督権限を 与える案や,財務長官や FRB 議長などがメン バーとなる金融サービス監視評議会(ドッド・
図表8 Financial Regulatory Reform: New Foundation の概要
5.国際的な規制水準の引き上げと国際的協調の改善
①バーゼル銀行監督委員会
・バーゼルⅡの改善
・流動性リスクマネジメントの改善
② G20
・クレジット・デリバティブや OTC デリバティ ブの標準化と監督の推進
・金融安定化理事会(Financial Stability Board)
・ヘッジファンドおよびマネージャーの登録,適 切な情報の開示等
・報酬
・格付け機関
4.金融危機への対処に必要なツールを政府に供与
①破綻処理制度の整備
・FDIC の預金取扱機関向け措置を Tire1FHC を 含めた銀行持株会社に適用
・FRB の緊急時融資権限の改正
3.金融アビュースからの消費者や投資家の保護
①消費者金融保護庁(Consumer Financial Protec- tion Agency)の創設
②投資家保護の強化
・投資助言を行うブローカー・ディーラーに受託 者責任を要求
・投資アドバイザーとブローカー・ディーラーと の規制を調和
・金 融 消 費 者 連 携 会 議(Financial Consumer Coordinating Council)を設置
・ 退 職 後 に 向 け た 防 衛 手 段(Retirement Security)の促進
2.金融市場の包括的な規制
①証券化市場の監督および規制の強化
・オリジネーターやスポンサーに対して,証券化 エクスポージャーのクレジットリスクの5%を 保有することを要求
・SEC に ABS 発行者へ報告書を要求する権限を 付与
・報酬
・格付け
② CDS を含む全ての OTC デリバティブに対する包 括的な規制の導入
③先物規制と証券規制の調和
・CFTC と SEC による調和の推進
④支払い・精算・決済
・重要な機関・活動に関して FRB が監督権限等 を保有
1.金融会社(Financial Firm)の監督と規制
① 金 融 サ ー ビ ス 監 視 評 議 会(Financial Services Oversight Council)の創設
・財務省,FRB 等8つの連邦機関から構成
・FRB へのアドバイスや情報収集機能
②新たな規制カテゴリーの創設
・Tire 1金融持株会社(Tier1 FHCs)
・FRB が監督および規制担当
③全ての銀行および銀行持株会社の資本・プルーデ ンシャル基準の強化
④ヘッジ・ファンド等へのアドバイザーを SEC に 登録
⑤財務省内に国法銀行と保険業の監督部門を新設
・OCC と OTS を 統 合 し て National Banking Supervisor(NBS)を設置
・Office of National Insurance を設置
⑥その他
・MMF
・GSE
フランク法の金融安定監督協議会に該当),消 費者金融保護庁(ドッド・フランク法では別の 名称で FRB の局として設立)の新設など,
ドッド・フランク法の中核となった原案が含ま れている12)。
Obama 政 権 は,米 財 務 省 ホ ワ イ ト・ペ ー パーにそって複数の改革法案の草稿を連邦議会 に提出しており,2009年7月22日にこれら草稿 を統合した Combined Draft を提示している。
連邦議会は,米財務省ホワイト・ペーパーおよ び,Obama 政権から提示された草稿を受け,
委員会での法案作成を本格化させた13)。
3.ドッド・フランク法の成立
金融規制改革に関する審議は,上院の銀行・
住宅・都市問題委員会と下院金融サービス委員
会を中心に,上下院の複数の委員会において多 数のヒアリングが行われるとともに14),同一分 野においても幾多の議員から複数の個別法案が 連邦議会に提出された15)。包括的な金融規制改 革法として,最終的にドッド・フランク法が成 立するまでの主な過程は図表9を参照された い。ドッド・フランク法は大きく3つの過程を 経て成立した。
第1の過程は下院における審議である。消費 者保護の強化や店頭デリバティブ改革などを目 的とする法案などを統合する形で,金融サービ ス委員会の Barnett Frank 委員長(当時)に よって提出された法案 H.R. 4173は,大きく24 の分野での修正を受け,2009年12月11日に下院 を通過した。しかしながら,共和党議員175人 全員が反対した他,民主党議員からも27人が反
(注) H.R. 3996は提出されたのみで,より包括的な改革法案である H.R. 4173に差し替えられた。
H.R. 3996の内容は,ドッド・フランク法の Titile Ⅰ・Ⅲ・Ⅵ・Ⅷに該当する。
2010年 4月15日 5月20日 6月10日 6月29日
6月30日 7月15日 7月21日 2009年
6月17日 7月22日 10月27日 11月3日 11月10日 12月2日 12月11日
図表9 ドッド・フランク法成立までの主な過程
Dodd 委員長によって上記草稿が法案(S.3217)として上院に提出 Restoring Financial Stability Act が賛成59対反対39で上院を通過 最終修正により法案番号は S.3217から H.R.4173へ変更
両院協議会開始
両院協議会により法案 H.R.4173が一本化され,名称をドッド・フランク法に変更
(Dodd-Frank Wall Street Refrom and Consumer Protection Act of 2010)両院協議会 よりカンファレンスレポート(House Report 111-517)が公表
下院,ドッド・フランク法案に合意(賛成237対反対192)
上院,審議を打ち切り,ドッド・フランク法案に合意(賛成60対反対39)
Obama 大統領の署名により成立(Public Law 111-203)
財務省がホワイト・ペーパーを公表 Obama 政権によって統合された草稿が提出
Frank 委員長と財務省により議論用草稿が公表(Financial Stability Improvement Act of 2009)
Frank 委員長によって上記草稿が法案(H.R.3996)として下院に提出
Dodd 委員長により議論用草稿が公表(Restoring Financial Stability Act of 2009)
Frank 委 員 長 に よ っ て 法 案(H.R.4173)が 下 院 に 提 出(Wall Street Reform and Consumer Protection Act of 2009)
H.R.4173が賛成223対反対202で下院を通過
モーゲージ改革および反略奪的貸付法
・Mortgage Reform and Anti-Predatory Lending Act
・Expand and Preserve Home Ownership Through Counseling Act ペイ・イット・バック法
・Pay It Back Act
消費者金融保護局(Bureau of Consumer Financial Protection)
・Consumer Financial Protection Act of 2010
連邦準備制度規定(Federal Reserve System Provisions)
・Federal Reserve Act の修正
メイン・ストリーム金融機関へのアクセスの改善
・Improving Access to Mainstream Financial Institutions Act of 2010
支払い,決済および精算の監督(Payment, Clearing and Settlement Supervision)
・Payment, Clearing, and Settlement Supervision Act of 2010 投資家保護および証券規制の改善
(Investor Protections and Improvements to the Regulation of Securities)
・Investor Protection and Securities Reform Act of 2010
銀行持株会社,貯蓄組合持株会社および預金取扱金融機関の規制の改善
(Improvements to Regulation of Bank and Savings Association Holding Companies and Deposito- ry Institutions)
・Bank and Savings Association Holding Company and Depository Institution-Regulatory Improvements Act of 2010
ウォール街の透明性および説明責任
・Wall Street Transparency and Accountability Act of 2010 ヘッジファンドおよびその他に対するアドバイザーの規制
・Private Fund Investment Advisers Registration Act of 2010 保険(Insurance)
・Federal Insurance Office Act of 2010
・Nonadmitted and Reinsurance Reform Act of 2010 秩序だった精算の権限(Orderly Liquidation Authority)
通貨監督庁,連邦預金保険公社,連邦準備制度理事会への権限委譲
(Transfer of Powers to the Comptroller of the Currency, the Corporation, and the Board of Governors)
・Enhancing Financial Institution Safety and Soundness Act of 2010 金融の安定(Financial Stability)
・Financial Stability Act of 2010
Title ⅩⅢ Title ⅩⅠ Title Ⅹ Title Ⅸ Title Ⅷ Title Ⅶ Title Ⅵ Title Ⅴ Title Ⅳ Title Ⅲ Title Ⅱ Title Ⅰ
図表10 ドッド・フランク法の構成と各タイトルに含まれる法律
その他の規定(Miscellaneous Provisions)
・The Bretton Woods Agreements Act の修正 セクション1256契約(Section 1256 Contracts)
・Internal Revenue Code of 1986の修正 Title ⅩⅡ
Title ⅩⅥ Title ⅩⅣ
Title ⅩⅤ
対票を投じており,民主党と共和党の間で金融 規制改革に関する溝の大きさを知らしめた。
第2の過程である上院における審議は,銀 行・住 宅・都 市 問 題 委 員 会 の Christopher Dodd 委員長(当時)が提出した S. 3217(上院 での最終修正により,下院と同じ法案番号 H.
R. 4173へと変更)を中心に行われた。Dodd 委 員長等による草稿の公表から5ヶ月が経過して から法案提出に至っているが,2010年1月21日 に Obama 大統領によって,いわゆる「ボル カー・ルール」(Volcker Rule)が唐突に発表 された影響が大きい。また下院案が委員会での 合意後,わずか3日間で本会議の審議を終えて 下院を通過したのに対し,上院では1ヶ月以上 の審議期間を要している。これは,ボルカー・
ルールの他,上院で Blanche Lincoln により新 たに提出された修正条項法案(銀行からスワッ プ部門を分離)や Susan Collins による修正条 項法案(新たな最小自己資本を銀行に要求)な どの審議が難航したためである16)。2010年5月 20日に上院での法案は,審議打ち切りの動議採 決を経て,賛成59(共和党より3人が賛成)対 反対39(民主党より1人が反対)によって通過 した。
第3の過程は,上・下院を通過した法案を一 本化すべく,6月10日より開始された両院協議 会である。両院協議会において両案の摺り合わ せが行われた結果,6月25日に法案の一本化に 合 意 し,ま た,名 称 を ド ッ ド・フ ラ ン ク 法
(the Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act of 2010: H.R. 4173)
へと変更した。続く29日に最後の修正が行われ た後,両院協議会による最終案の合意に至って いる。
両院協議会のカンファレンス・レポートを受
け,下院では6月30日の合意(237対192),上 院では7月15日の合意(60対39)を経て,2010 年7月21日に Obama 大統領の署名をもって,
歴史的な金融規制改革法であるドッド・フラン ク法(Pub.L. 111-203)が成立した。
4.ドッド・フランク法の構成
ドッド・フランク法はその序文で,①金融シ ステムの説明責任と透明性を改善することによ り米国の金融安定化を促進する,② Too Big To Fail の 終 焉,③ 財 政 を 用 い た 救 済
(Bailout)を終わらせることにより米国納税者 を保護する,④不公正な金融サービスから消費 者を保護する,等の目的を持った法律であるこ とを明記している。
ドッド・フランク法は16の Title から構成さ れる膨大な連邦法であり,14本の新たな連邦法 を含有しながら(図表10),銀行や証券に関連 する51本の既存の連邦法の修正も行ってい る17)。また法文において,約240の新たな規則 の作成を監督機関に命じるとともに,各連邦機 関に対して約70の調査報告書の議会提出を求め ている18)。すでに述べたように,ドッド・フラ ンク法は上院・下院の各委員会委員長が提出し た法案を基礎としているが,その構成は個別の 問題に対応した法律の集合体とも言える。
ドッド・フランク法の内容は,連邦機関の組 織変更(新設・廃止)と既存の監督機関の権限 強化の大きく2つに分類することができる(図 表11)。主な連邦機関の組織に関連する事項は,
①金融システムのマクロ的な監視体として,金 融安定監督協議会(FSOC)を創設,②米財務 省 内 に 金 融 調 査 局(OFR)と 連 邦 保 険 局
(FIO)を新設,③ FRB 内に消費者金融保護局
(CFPB)を独立部門として新設,などが挙げ
られる。OTS を組織解体し,その機能を通貨 監督庁(OCC)や FRB に移行させてはいる が,2007年の米財務省ブループリントが目指し た方向性とは異なり,連邦機関はさらに増える こととなった。
既存の監督機関の権限強化が求められた背景 には,金融危機が深刻化した原因の1つに,各 監督機関の法的権限が不十分であったとの考え がある。既存の監督機関では特に FRB の権限 強化が注目されよう。金融安定の下,FSOC の
中核的な実行部隊として,FSOC が指定する
「システム上重要な金融機関」(SIFIs)に対す る監督権限が加えられた。また,大規模なノ ン・バンクが経営破綻を起こした場合,FRB は秩序だった清算を実行するための役割が与え られている他,ボルカー・ルールに関する監督 機関でもある。FRB 以外でも,OTS の権限の 多くを引き継いだ OCC や,秩序だった清算の 中核となる FDIC,店頭デリバティブやプライ ベート・ファンドアドバイザーを監督する
・モーゲージ改革および反略奪的貸付法 返済法
・FRB 内に独立部署として消費者金融保護局(CFPB)を新設
・連邦準備制度の強化,透明性の向上,利益相反の排除
・主流金融機関へのアクセス改善
・店頭デリバティブ規制
・財務省内に連邦保険局(FIO)を新設
・州ベースの保険改革
・OTS の解体と機能の移管
・預金保険改革
・秩序だった清算を行うための権限整備
・プライベート・ファンド・アドバイザーの登録と規制
・ボルカー・ルールの導入
・大規模金融機関の集中制限
・支払い,精算と決済の監督強化
・金融市場ユーティリティ(FMU)の指定と規制
・投資家保護の強化
・SEC の組織改革
・信用格付会社に対する監督の見直し
・証券化プロセスの改善
・役員報酬とガバナンス改革
・PCAOB の機能強化
および Title ⅩⅥ 省略
・金融安定監督協議会(FSOC)の創設
・財務省内に金融調査局(OFR)を新設
・銀行持株会社や特定のノンバンクに対する FRB の権限を追加
Title ⅩⅢ Title ⅩⅠ Title Ⅹ Title Ⅸ Title Ⅷ Title Ⅶ Title Ⅵ Title Ⅴ Title Ⅳ Title Ⅲ Title Ⅱ Title Ⅰ
図表11 各タイトルの主な内容
Title ⅩⅡ
Title ⅩⅤ Title ⅩⅣ
SEC と CFTC の権限も拡大・強化された。
ドッド・フランク法の各項目や,同法を根拠に 各監督機関が作成する規則等に関する解説は本 誌掲載の別稿を参照願いたい。
もう1つ注目すべき点は,金融規制における 米財務省の役割である。FSOC の議長を財務長 官が務める他,米財務省内に上記2つの部局が 設置された。当初は CFPB も米財務省内に設 置されることが検討されていた。ドッド・フラ ンク法の成立により,米財務省の金融規制への 関与が強まっている。
ドッド・フランク法を,包括的な金融規制改 革法としてその構成を見ると,画竜点睛を欠く と言わざるを得ない。その代表例は,Fannie Mae や Freddie Mac な ど の 政 府 支 援 法 人
(GSE)への対策の欠如である。GSE が抱える 問題は,金融危機調査委員会において共和党系 の委員が重大な要因と指摘していた。ドッド・
フランク法では GSE に関して,Title Ⅹの Sec.
1074において米財務省に調査を命じているのみ に留まっている。GSE は SIFIs に指定される 可能性があるものの,GSE に対する何らかの 対策が法文に含まれなかったことは疑問であ る19)。
Ⅳ.おわりに
本稿でみたように,米国の金融規制における 目的と方向性は,金融危機発生前の Bush 政権 における競争力強化と効率性向上から,金融危 機を経て,Obama 政権による連邦機関の組織 的増強と監督機関の法的権限の強化へと大きく 変化した。ドッド・フランク法の中心は危機対 策であり,米国が抱える金融の国際的競争力の 強化・維持の課題は,依然として変わりが無
い。金融危機が去り,危機後の経済成長を描く 段になって,米国が抱える課題と,ドッド・フ ランク法および同法が命じる新たな規則群との 整合性維持には,相当の困難があることが露呈 するであろう。
注
1) 金融産業の国際的な競争力の低下は80年代より危惧さ れており,90年代に入ると米財務省などから1933年銀行 法(Glass-Steagall Act)の見直しなどが提案されてい た。Bush 政権下での考えは,Paulson 財務長官(当時)
が the Economic Club of New York で 行 っ た 講 演
(2006年11月20日)の内容が象徴的であろう。この講演 内容によれば,①米国では金融に関する規則が多く,複 雑な規則間の整合性をとることが困難となっている,② 規制当局の重複などによって,規則に関するコストが増 加している,③規則ではエンロン事件(2001年)などの 企業不祥事を防止出来なかった,などの問題点を指摘 し,包括的な改革によって規制の効率化と資本市場の低 コスト化を訴えている。http://www.treasury.gov/pres s-center/press-releases/Pages/hp174.aspx
2) この他に,金融サービス業関係者の集まりである Financial Service Roundtable から,米国金融規制の効 率化などを求める「米国の金融競争力のためのブループ リント」(2008年1月)が公表されている。
3) 例えば,2002年に成立したサーベンス・オックスリー 法(Sarbanes-Oxley Act)によって公開企業が負担す る人的・金銭的負担は著しく増加したと言われている。
4)「金融市場に関する大統領ワーキング・グループ」は,
1987年10月19日に発生したブラック・マンデーにより露 呈した市場の問題に対応すべく,Ronald Reagan 大統 領が発した大統領令(Executive Order 12631)によっ て1988年3月に設立された。グループの議長を務める財 務長官の他,連邦準備制度理事会(FRB)議長,証券 取 引 委 員 会(SEC)委 員 長,商 品 先 物 取 引 委 員 会
(CFTC)委員長から構成される。
5) 金融市場のさらなる混乱を受け,2008年10月に改訂版
(Progress Update)を公表しているが,その内容も3 月案で示した改革ポイントの補足と進捗に留まってい る。
6) この Financial Mercantilism という言葉は,第74代英 国首相であった Gordon Brown(2007年6月から2010年 5月)が好んで使った用語である。
7) Abraham Lincoln が大統領選挙期間中(1860年2月 27日)に行ったスピーチにならい,Barack Obama が 2008年3月27日にニューヨーク市のクーパー・ユニオン で行ったスピーチでは,これまでの金融規制の緩和を批 判し,政府が主導する形で規制改革を行う旨を明言し,
大きくて複雑な金融機関に対する規制対応や銀行への資 本要求,システミック・リスクを監視する金融市場監視 委 員 会(Financial Market Oversight Commission)の 創設などを含む6つの原則を表明している。
8) 第111回連邦議会の米下院金融サービス委員会で開催 さ れ た「包 括 的 な 規 制 改 革 の 必 要 性 の 表 明」(Ad- dressing the Need for Comprehensive Regulatory Re- form, 111-22)における証言。http://www.house.gov/a pps/list/hearing/financialsvcs_dem/geithner032609.pdf 9) 上院常設調査小委員会は11名の上院議員から構成され る,上 院 国 土 安 全 保 障・政 府 問 題 委 員 会(Senate Committee on Homeland Security and Governmental Affairs)の小委員会である。主に政府機関の運営に関 連した,効率性や経済性などの問題に関する調査をおこ なっている。2008年の金融危機に関して調査した結果を
「ウ ォ ー ル 街 と 金 融 危 機:金 融 崩 壊 の 分 析」(Wall Street and the Financial Crisis: Anatomy of a Financial Collapse)にまとめた。
10) 金融危機調査委員会は2009年の詐欺への法執行および 回復法(Fraud Enforcement and Recovery Act)によ り連邦議会内に設置された機関であり,10名の民間有識 者(うち6名が民主党系,4名が共和党系)で構成され ている。
11) 4人の共和党系委員からは,Peter Wallison が単独で 提出した反論書と,他の3人が署名した反論書の他に,
4人全員が署名した “Financial Crisis Primer Questions and Answers on the Causes of the Financial Crisis” も 公開されている。
12) 連邦議会の審議において,例えば,著名な15名の経済 学者から構成される「金融規制に関するスクアム湖ワー キング・グループ」(Squam Lake Working Group on Financial Regulation)や,前述の「資本市場規制に関 する委員会」の複数のメンバーに対してヒアリングが行 われている。ドッド・フランク法を考えるうえで,これ ら民間の研究成果は無視できない。金融規制に関するス クアム湖ワーキング・グループは2009年2月より計9本 の提言書を開示し,その成果は「スクアム湖レポート」
(2010年5月)としてとりまとめられた。資本市場規制 に関する委員会は,2009年5月に「世界金融危機:規制 改革のプラン」(the Global Financial Crisis: a Plan for Regulatory Reform)を公開している。
13) 例えば,2009年8月11日に米財務省は,店頭デリバ ティブ改革法の原案を連邦議会に提案している。その内 容には,標準化された店頭デリバティブの他,取引所取 引や中央決済機関(CCP)を通じた決済の要求が含まれ ている。
14) 例えば,下院における店頭デリバティブに関連する法 案は,エネルギーおよび商業委員会と農業委員会で審議 されていた。
15) 例えばヘッジ・ファンド規制に関連する法案だけで も,ドッド・フランク法に含まれた法案を含めて両院で 6本の法案が提出されている。
16) ボルカー・ルールに関して,Dodd 委員長が提出した S.3217法案の Sec.619は,3月3日に米財務省が提出し た草案と比較して,その内容は銀行事業体の自己勘定取 引禁止部分がマイルドな内容となっていた。上院におけ る 審 議 で は,ド ッ ド 案 の Sec.619 を よ り 厳 格 と す る Merkley-Levin Amendment への支持が強かったもの の,5月20日に上院を通過した法案には含まれなかった。
両院協議会における見直しによって,Merkley-Levin Amendment の内容がドッド・フランク法の Title Ⅵに 盛り込まれている。これらの経緯については Davis [2011]が詳しい。
17) Bretton Woods Agreement Act(Title ⅩⅤ)と In- ternal Revenue Code of 1986(Title ⅩⅥ)を含めれば,
53本の連邦法が修正の対象となっている。銀行や証券に 関連する連邦のうちで最も多く修正されたのが証券取引 所法(Securities Exchange Act of 1934)(158カ所),
2番目に多く修正されたのが商品取引所法(Commodi- ty Exchange Act)(85 カ 所),3 番 目 が 真 実 貸 付 法
(Truth in Lending Act)(43カ所)である。
18) Davis Polk & Wardwell LLP 調べ。うち約80%の新 規則は,SEC,CFTC,FRB,CFPB によって作成され る。
19) 2011年2月11日に,Obama 政権は「米国住宅金融市 場 の 改 革」(Reforming Americaʼs Housing Finance Market)と題する報告書を連邦議会に提出した。この 中で,Fannie Mae および Freddie Mac の失敗を認め,
GSE 改革を提案している。本来であれば,ドッド・フ ランク法に含まれる分野であろう。
参 考 文 献
松尾直彦[2010]『アメリカ金融改革法』,金融財政 事情研究会
若園智明[2009]「米国における金融規制改革の方 向性と問題点」『証券経済研究』第68号,日本 証券経済研究所,12月,19-39頁
若園智明[2011]「米国におけるヘッジ・ファンド 関連規制:ドッド・フランク法がもたらす変 化」『証券経済研究』第74号,日本証券経済研 究所,6月,23-44頁
若園智明[2012]「米国における店頭デリバティブ 規制アプローチの変遷」『証券経済研究』第79 号,日本証券経済研究所,9月,17-35頁 若園智明[2013]「米国におけるマクロ・プルーデ
ンス体制の構築」『証券経済研究』第83号,日 本証券経済研究所,9月,19-36頁
Acharya, V. et al. [2009]“Restoring Financial Sta- bility,”John Wiley & Sons, Inc.
Acharya, V. et al. [2011]“Regulating Wall Street,”
John Wiley & Sons, Inc.
Axilrod, S. [2013]“The Federal Reserve,”Oxford