「 子どもを中心と した教育」 の実現に対する提案
一 美術 教 育にお ける学びの構 造の理論 的追 求 ‑
平 成1 6年度 東 京学 芸 大学 附属 研究 会プロ ジ ェ ク ト研究V
1 . は じ めに
1 . 1 研 究の概要 1 . 2 問題の所在 1 . 3 研 究の目 的
1 . 4 研 究の方法
自 閉症の子ど もの図工の指 導 ‑ 授 業の導 入に視点を当て て ‑
東 京 学芸 大 学 附属 養護 学 校 小学 部 富 岡康 一
1 . 自 閉症の障害 特 性 ( 診 断基 準)
2 . 図工の授 業において自 閉症の子ど も が抱える困難 3 . ま と め 図工の授 業の導 入において必要な配 慮 4 . 今 後の課 題
「子ど も を中心にし た教 育」 の実 現に対 する提 案
一 道 形 意欲の源 泉と なる児童 ・ 生徒の内 的 素養を視軸と し た造 形活 動の展 開 ‑ 東京 学 芸大 学 附 属竹 早地 区小 ・ 中学 校 1 . 造形 活 動と内的 素養
2 . 内 的素 養を視 軸と し た学びの構 造 3 . 竹早 小 学校に於ける実 践
4 . 竹早 中学校に於け る教 育 学 習生の実 践
5 . 時 間を おっ て のそう 増 的 進化 ‑ 大泉 地 区の実 践 例 ‑ 6 . 「子供を中心 と し た教 育」 の実 現に向か う学 習構 造とモデ ル
東 京 学 芸 大 学 附 属 学 校 研究 紀 要 第32集
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「子 ども を 中 心と し た教育」 の実現 に対する提案
一 美 術 教 育における学びの構 造の理論 的追 及 ‑
平 成1 6年度 東 京学 芸 大 学附属 研 究 会プロ ジェ ク ト研 究Ⅴ
1 . は じ めに 1.1 研究の概 要
本研 究は、 美 術 教 育における学びの構造と現 代 的課 題を分 析し、 「 子どもか ら は じ ま る教 育」 という理念の具 現 化に際して求め ら れ る要 件を備 えた学 習モデルを提 言 するもの である。 平 成1 3年度、 1 4年 度 東 京 学 芸大 学附属 学 校プロジ ェ クト研 究 「 子どもを中 心にし た教 育」 の実 現に対 する提 案Ⅰ、 及びⅠⅠにおいて, 「 子どもの活 動に立 ち 会う 教 師の構 え」 を整理 し, カリ キュ ラム 編成の基 軸と なる視 点を提 言し た。 その、 幼 稚 園か ら大 学に至 る縦 断 的な事例 考 察の過 程で、 「 子どもを中 心と し た教 育」 の実 現に向かう 素 因を概 括 するもの、 つま り 「 子どもか ら は じ まる」 という・学びの構 造が浮揚し た。 こ こ では、 その学びの構 造を より具 体 的 ・ 重 点的に検 証 するた め、 学 習 過程の導入部分に注 視して考 察 する。 その成 果を具体 的な学 習モ デルと して再 構 築 する ことで、 教 科の根 源 的な 役 割を果たす 学 習の認 識と手だてを造 形 教 育 現場、 もしくは実 習にか か わ る学生にも 寄与できると考えた。
1.2 問題の所在
1 .2 .1 現 代 的 課題と学びの構 造
いま転 換期にある美 術 教 育の展 望を述べ る場に、 対 座 する 二つの論 旨が ある。
一 つ は、 「 美術 教 育の内 容は、 子 どもた ちの内 面か ら現 象 化 する興 味 ・ 関 心に寄 り 添い、 人格 的な育ち を保 障 する。」 という 「 美 術による教 育」 。
一 つ は、 「 美術の方法 論 体 系を獲 得 ・ 継 承 するた めの学 習と して、 美 術の内 容 ・ 形 式 ・ 形 成 過 程という3側 面で機 能さ せる1)。」 という 「 美術の教 育」 である。 こ の 二つの論 旨は、 かつて ア メリカ美 術 教 育において類 似し た論 議 があっ た事 実とも 重なり2)、 あ た かも二者 択 一 を迫る唱導のように聞こえやすい。 し か し過 去の プロジ ェ ク ト研 究では、 「 子どもの有 能性を信 頼 する情 感 的 態 度3)」 という 子ども観をもち、 子どもと教 科の両 特 性をす り 合わ せ な が ら自 己 変 革 する「 教 師の構 え」 に注視 する ことで、 「 美術か子どもか」 という二分 法 的な課 題 意 識を 回避して
い る。 そ れ はパ ラダ イム の軽 信や恵 沢に依らず、 美術の学 習概 念を再 確 認し よ とする認識と態 度であっ た。
では な ぜ 「 す り 合わ せ」 なのか。 これ は、 美術 教 育の学 習という 概 念を 「 子どもと教 師の関係の捉 え 直し」 と
いう 視 点で再 確 認し たこと が大きい。 そこ では まず 学 習の場にある両 者の関 係を 「 表 現は子どもという 別の主体 か ら は じ まるべきだ という 眼 差し を持つ大人 が介 在 するときに生成さ れ る教 育の関 係である4)。」 と確 認して い る。 そ して、 教 育の主体である教 師が, 「 切 実で尊い5)」 思いか ら表 現を は じ める子どもの特 性と教 科の構造にあ
る特 性をす り 合わ せ、 自らの人格や方 略を介して いかに子どもと関係していくか という 営み、 ■その過程に学びの 構 造を見いだ そうと してきた。 つまり、 「 す り 合わ せ」 と は、 子どもという 「 相」 を学 習の中 心に置 きな が らも、
そこ に美 術の教 科構 造を協 応させ る積 極 的な働 きか けである。 「 子どもか ら は じまる」 という 学びの構造は、 現 代 的な課 窺に持ち かけら れ たこうし た学 習 概 念の捉 え 直し か ら浮 揚し た と言 える。
1 .2 .2 . 学習 構 造のモ デル化に向かう 仮 説 的 考 察
これ まで の研 究で考 察さ れ た 「 子どもか ら は じ まる教 育」 の要件を挙 げてみる。 そ れ は「 子どもが発 見し たこ と を意 識 化し、 自 己評 価の中に位 置づけていくこと ができる こと」、 「 子どもの問いや求め か ら活 動が始まり、 相 互の問いかけ 合いか ら応 えを 出 し合 っ ていくか か わりがある こと」 、 ま た「 知 識 技 能を個々 の必 要か ら密なる関係 をもっ て獲 得していくこと」 な どである。 いずれの学び像にも 共 通 する の は、 「 発 見、 聞い、 求め、 必 要 感」 とい
っ た子ど ものきわ めて能 動 的な自 己 強化に注目 してい る点である。 そ れ は、 子どもが自らの可能性や自 分なりの 答 えに対 する期 待をもち、 外にある対 象にか か わり 出そうとする姿でも ある。 こ の時 点で子どもは、 何か し らの 目的や自分なりの成 果を活 動の行 く 先に見 据 えてい る。 とすれ ば、 そこまで に、 ま た は その時 点で、 教 師はとの ように想 像 活 動に介在し、 子どもと具 体 的な関係を持ち得ている のだろうか。 本研 究で は、 こ の学 習過程 初 期の 場 面にある子どもと教 師の関係を リア ルタイム で探 り、 より 鮮 明な具体 像を見いだすこと を試み たい。 な ぜ な ら、
こ の学 習 過程の冒 頭か ら 中期に至る場面に、 こ こ で考 える学びの構 造を保 障 する基礎 建てが行わ れると考 えるか らである。・ ある人格をもっ た教 師が題 材と願いを 抱いて子どもた ちの前に立 ち現れる出 会い は、 そのま ま「 関係」
の探 り 合いであり、 子どもが 「 教 師のか か わりの表 明」 を受け 入 れ る か どうかの瀬戸際である。 多くの場 合その 緊 張 場 面が子どもにとっ て恐 怖でないの は、 培わ れ た信 頼 関係はもちろ ん、 そ れ を楽し みや喜びに変 えてし まう 教 師の仕 掛 けがあるか らである。 そ して こうし た学 習 冒頭の契 約の有 り様が、 その先にある子どもと教 師が か か える教科の特 性のす り 合わ せ を如何とする鍵になっ ている と考 えら れる。 だ か らこそこ の場 面で教 師は放任と は ほど遠い何か を してい る。 た だ し そ れ は、 子どもの自主的な思 考や自 由な選 択によっ て挑 戦 的に未 知に向かう 行 動を決定 する こと、 ド ・ シヤ ー ヰ(de C ha r m s、 1 9 6 8)の いう 「 指し手 感情6 )」 を学 習の終 始にわ たっ て損な わ ない 教 師の働き かけでな け れ ば な ら ない。 例えば、 寓 意 的な画 家の作 品によ る暗 示、 材 料や技 法にある新 奇さ、 ある いはアト キン ソ ン(Atokin s o n , 1 9 6 0)が誰 もが好む という 「 中 程 度の困 難さ7)」 かもし れ ない。 いずれにせよ、 こ こ で の教師の働 きか け は、 子どもの 「 自己原 因性8)」 を保っ て立 ち合っ て いくこと が見 込めるもの であろうと考 える。 結 果、 子どもは自発 的な学 習に自己の責任を感じるが ため に自己省 察し、
一 連の自分に よ る仕 業の価 値を 自 己評 価に位 置づけ ること ができる。 評価の問題につ いても、 子どもの自 己評 価を中 心にし た構 造を学 習モ デ ル は備 えている こと が望ま しい。
し か し、 日ご ろの授 業 場 面で は、 題材の導入時に教 師が 一 定の条 件を提 示 する こと が ある。 これ は題 材の特 質 を強 調し たり、 子どもの実 態や発 達 特 性に即し たり する た め という 名 目で行わ れる こと が多い。 アイス ナ ‑
(E.W .E is n e r、 1 9 6 8) によ れ ば、 授 業における教 師の示 す 条 件 設 定と 生徒の自 由な選 択の機 会は量 的に反比例し て存 在 する。 が、 その量 的なバラ ン スは 生徒の能 力や目標によ っ て変化 すべ きだ という9)。 こ の主張は、 子ども と厳科の特 性のすり合わ せにつ いて示唆に富む。 な ぜ な ら、 「 教 師 自ら が育っ て いこうとする 人格や教 科の特 性」
と 「 子どもが表 現に向 けて進む特 性」 の関係を あるモ デ ル場面で見るとき、 その両 者の バ ラン スが時々の目標を 追っ て変 化 すると考 えら れるか らである。 ま たロジャ ー ス (C .R .R oge r s、 1 9 5 9) がいうように、 「 他 者との適 切 な相互作用や反応によっ て自己実 現は促 進さ れ たり、 妨 げら れ たり する10)。」 な ら、 両 者の特 性バ ラ ンスは、 量 的 な配 分以 上に、 質 的な価 値に必 然 性が求め ら れ る。 し た がっ て、 「 す り 合わ せ」 という 教 師の働 きか け は、 子ども と教 師 ・ 教 科の特 性が妥 協し合っ て 「 均 衡を保つ こと」 では なく、 協 応 的に働 き 合っ て 「 総 体以 上の学 習価 値を 生 むこと を期 待 する こと」 と考 えら れる。
1 .2 .3. 全 人と して の子どもの特 質と教 師の役 割
一 方で、 認 識してお か なけれ ば な ら ない課 題がある。 そ れ は、 教 師が学習のある場面につ いて、 子ど もの 一 連
の反 応や 出方を教 師が 企てた刺 激だけによ っ て起こ る姿と看 取る のは危 険である ということである。「こう,し た か らこうなっ た」 という 教 師による関係の過大 評 価は避けるべきで、 こ こ に教 師が自 己変 革していか なけれ ばをら
ない理由が ある。 な ぜ な ら前回の研 究では、 子どもを 「 教 科による領 域にと どま ら ない全人の存 在を もつ 一 人の 人間」 という 視 点をもっ た。 であるな ら、 子どもが美 術 学 習の場にあ る時、 すで に各人0)経 験 化さ れ た知 識以 上 に内 的で強い欲 求をもっ てい る ことになる。 確かに提 示さ れ た課題にか か わる初 期の段 階では、 子どもの活動は 情 動に素 直な欲 求による こと が多い。 例 えば造 形 遊び という 学 習概 念 も、 子どもが基 本 的 自 己を高め な が ら楽し く 外 界と か か わろうとする意 欲、 つまり 「 機 能 的 快 楽を求める」 とこ ろを基 盤にして成 り立つか らであ る。