合同研究班参加学会
日本循環器学会 日本心臓病学会 日本心電学会 日本不整脈学会
班長 青沼 和隆
筑波大学医学医療系 循環器内科
班員 新 博次
日本医科大学 多摩永山病院内科
奥村 謙
循環器呼吸器・腎臓内科弘前大学
鎌倉 史郎
国立循環器病研究センター 心臓血管内科
櫻田 春水
東京都立広尾病院 循環器科
杉 薫
東邦大学医療センター 大橋病院循環器内科
萩原 誠久
東京女子医科大学 循環器内科
堀江 稔
滋賀医科大学 呼吸循環器内科
吉永 正夫
鹿児島医療センター小児科
協力員 池田 隆徳
東邦大学医療センター 大森病院循環器内科
草野 研吾
岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科循環器内科
志賀 剛
東京女子医科大学 循環器内科
清水 渉
国立循環器病研究センター 心臓血管内科
住友 直方
日本大学医学部 小児科学系小児科学分野
髙木 雅彦
大阪市立大学大学院医学研究科 循環器病態内科学
夛田 浩
筑波大学医学医療系 循環器内科
池主 雅臣
新潟大学医学部 保健医学科
永瀬 聡
岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科
循環器内科
西崎 光弘
横浜南共済病院 循環器内科
野上 昭彦
横浜労災病院不整脈科
藤木 明
静岡赤十字病院 循環器内科
堀米 仁志
筑波大学医学医療系 小児内科
蒔田 直昌
長崎大学大学院 医歯学総合研究科
分子生理学
外部評価委員 相澤 義房
新潟大学大学院 医歯学総合研究科器官制御医学
大江 透
心臓病センター榊原病院
小川 聡
国際医療福祉大学 三田病院
児玉 逸雄
名古屋大学
平岡 昌和
労働保険審査会
山科 章
東京医科大学病院 第二内科
(五十音順,構成員の所属は2012年3月現在)
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)
【ダイジェスト版】
QT 延長症候群(先天性・二次性)とBrugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
Guidelines for Diagnosis and Management of Patients with Long QT Syndrome and Brugada Syndrome (JCS 2012)
目次
I. 序文(改訂にあたって) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2 II. 総論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3
1. QT延長症候群の概論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3
2. QT延長症候群の発生機序 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5
3. Brugada症候群の概論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6
4. Brugada症候群の発生機序 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 7
III. 先天性QT延長症候群の診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8
1. 概論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8
2. 小児の診断について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥9
3. 心電図診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥9
4. 負荷試験 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥10
5. Holter心電図,T wave alternans, ループレコーダ ‥11
6. 臨床心臓電気生理学的検査 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥11
7. 遺伝子診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥12
IV. 先天性QT延長症候群の治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥13
1. 薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥13
2. 非薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥14
V. 二次性QT延長症候群の診断と治療 ‥‥‥‥‥‥‥15
1. 薬剤性QT延長症候群 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥15
2. 徐脈依存性QT延長症候群 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥15
3. 薬剤性,徐脈性以外の二次性QT延長症候群 ‥‥16
VI. Brugada症候群の診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥16
1. 総括 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥16
2. 心電図判断の基準 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥16
3. わが国における心電図自動診断の基準 ‥‥‥‥‥17
4. その他の非侵襲的検査 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥17
5. 負荷試験 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥18
6. 臨床心臓電気生理学的検査 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥18
7. 臨床心臓電気生理学的検査の適応 ‥‥‥‥‥‥‥19
8. 遺伝子診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥19
VII. Brugada症候群の治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21
1. 薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21
2. 非薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21
(無断転載を禁ずる)
I. 序(改訂にあたって)
本ガイドラインは,近年とくに注目されるBrugada症 候群ならびに先天性QT延長症候群に対して,疫学,診断,
治療に至るまでのガイドラインとして2005〜2006年に 制定され,2007年に公表された.しかし,初版ではエビデ ンスが十分でなかったため,その治療法については十分に 検討がなされなかった感があった.とくにBrugada症候 群は,アジア人種のなかでもわが国で報告が多く,以前 ぽっくり病 と呼ばれていた夜間突然死症候群の多くが 含まれている可能性もあるが,Brugada症候群患者の20
%と先天性QT延長症候群の70 %にイオンチャネル蛋白 の責任遺伝子異常を認め,イオンチャネル病に分類されて いる.しかし,徐々にではあるが,遺伝子異常が予後と直
接には結びつかないことや,遺伝子異常を認めない孤立性 の症例も多いことが判明してきた.
現在まで発表されている不整脈に関する欧米のガイド ラインは,特定の観点から作成されたものが主であり,本 ガイドラインが作成された2007年当時はわが国でもエビ デンスが不十分であったが,とくにBrugada症候群では この数年で多くのエビデンスが報告され,わが国でもある 程度のデータ蓄積がなされるに至った.
突然死の二次予防として確実な治療は,現在でも最終的 には植込み型除細動器(ICD)であるが,一次予防として のICD治療に関しては,現在でも各国で異なっており,今 回の改訂版では,初版を踏まえて,この5年間にわが国で
I. 序(改訂にあたって)
明らかになったエビデンスをもとに変更の必要がある部 分に限って改変した.
本ガイドライン作成にあたっては,合同研究班として多 くの専門家に参加を求めた.とくに小児循環器病医学の専 門家にも多くの参加を得て,合同研究班の総意として改訂 にあたった.総論では,診断と治療に必要な基本的な知識 としての臨床的特徴,予後,および発生機序を解説し,各 論では従来どおり,①先天性QT 延長症候群の診断,②先 天性QT延長症候群の治療,③二次性QT延長症候群の診 断と治療,④Brugada症候群の診断,⑤Brugada症候群の 治療,の5項目に分けて検討し,最新知見を盛り込むこと を心がけた.診断に関しては,とくに心電図などの非観血 的検査,臨床心臓電気生理学的検査などの観血的検査,お よび遺伝子診断の臨床的意義について検討した.治療に関 しては従来と同様に薬物治療と非薬物治療に分けて,おの おのの有用性を検討した.とくに無症候性の場合は,診断 と治療が有症候性の場合と異なるため,両者を分けて検討 した.
本ガイドラインの勧告策定の手順としては,AHA/ACC およびESCのガイドライン,わが国での報告(疫学調査,
研究報告など),海外での報告(疫学調査,研究報告など),
班員の臨床経験,をもとにして作成し,具体的には最新 データを加えたうえで,各診断法と治療法の適応に関する 勧告の程度をクラスI,クラスII,クラスIIIに分類し,そ のエビデンスのレベルとして,レベルA,レベルB,レベ ルCをできる限り付記した.なお,クラス分類,エビデン
ス分類は以下に示すとおりである.
クラス分類
クラスI:検査,治療が有効,有用であるというエビデンス があるか,あるいは見解が広く一致している.
クラスII: 検査,治療の有効性,有用性に関するエビデンス あるいは見解が一致していない.
クラスIIa:エビデンス,見解から有効,有用である可能性が 高い.
クラスIIb: エビデンス,見解から有効性,有用性がそれほど 確立されていない.
クラスIII: 検査,治療が有効,有用でなく,ときに有害であ るとのエビデンスがあるか,あるいは見解が広く 一致している.
エビデンスレベル
レベルA:複数の無作為介入臨床試験またはメタ解析で実証 されたもの.
レベルB:単一の無作為介入臨床試験または大規模な無作為 介入でない臨床試験で実証されたもの.
レベルC:専門家,または小規模臨床試験(後向き試験およ び登録を含む)で意見が一致したもの.
また,このガイドラインの変更にあたり,現在までに報 告された日本循環器学会合同研究班のガイドラインと整 合性があるように考慮したが,一致しない場合はその違い を記述した.
II. 総論
1.
QT 延長症候群の概論
QT延長症候群(long QT syndrome:LQTS)は,心電 図にQT延長を認め,torsade de pointes(TdP)と呼ばれ る特殊な心室頻拍(ventricular tachycardia:VT),あるい
は心室細動(ventricular fibrillation:VF)などの重症心 室性不整脈を生じて,めまい,失神などの脳虚血症状や突 然死をきたす症候群である.QT延長症候群は大きく先天 性と二次性に分けられる.これらのうち,先天性QT延長 症候群には明らかな遺伝性を認める例(Romano-Ward症 候群とJervell and Lange-Nielsen症候群)のほかに,遺伝 関係が明瞭でないかあるいは遺伝関係の調査が困難な例
(特発性QT延長症候群)も含まれる(表1).一方,薬物,
II. 総論
1.
QT 延長症候群の概論
電解質異常,その他の原因などで生じたものが二次性QT 延長症候群である(表1).
1.1
先天性 QT 延長症候群
Romano-Ward症候群は常染色体優性遺伝形式をとり,
患者の子どもには原則として50 %に本症候群の遺伝子が 伝えられ,また患者の両親のいずれかに本症候群の遺伝子 を認めると考えられる.
先天性QT延長症候群は,心筋細胞のイオンチャネル機 能や細胞膜構成蛋白の調節に関係する遺伝子の異常が原 因とされており,現在では60〜70 %の家系で遺伝子異常 が見つかっている.Romano-Ward症候群は,現在までに 13個の遺伝子型が報告されており,それが確認された順 番にLQT1〜LQT13と呼ばれている.
これまでに報告された多数例の調査では, 90 %以上の 症例がLQT1〜LQT3のいずれかであるとされている.
また,先天性QT延長症候群の死亡率は0. 9〜2. 6 %/年 とされているが,初回発作が突然死である症例もある.近 年の遺伝子型による層別化の試みでは,QTc 500 msec以 上のLQT1,LQT2,男性のLQT3は危険度が高いとされ ている.LQT1患者における心事故の初発年齢はLQT2, LQT3患者に比較して若く,20歳以降における心事故の 初発は少ないとされている.また,心事故の初発年齢は男
性が女性に比較して若く,LQT1の男性患者の調査では全 例が15歳以下で心事故が発生したという報告がある.β 遮断薬の投与はLQT1,LQT 2患者の心事故を減少させる が,投与前の心停止を既往歴に持つ例では,β遮断薬投与 開始後の5年間に14 %が致死的な心事故を起こすと報告 されている.
1.2
二次性 QT 延長症候群
先天性QT延長症候群以外に,薬剤や徐脈などが原因で 二次的にQT延長が起こり,TdPが発生することがある.
これらは二次性QT延長症候群あるいは後天性QT延長症 候群と呼ばれる.二次性QT延長症候群の分類とそれをき たす薬剤や要因は表1に示した.このうち抗不整脈薬につ いては古くからキニジン失神として知られている.抗不整 脈薬によるTdPの頻度は,2. 0〜8. 8 %とされる.抗不整 脈薬以外の非循環器系薬剤である向精神薬,抗生物質,抗 真菌薬,抗アレルギー薬,消化器疾患薬などもQT延長を きたす.しかし同じ薬剤を用いても,一様にQT延長をき たすとは限らない.これは薬剤への個体差や感受性の差異 があることを示しており,さらにこの個体差の背景には,
心筋のイオンチャネルのレベルでの遺伝子異常や一塩基 多型(SNP)が想定されている.実際,二次性QT延長症 候群のなかには,KCNQ1やKCNH2(HERG),SCN5A
表1 QT延長症候群の分類
先天性QT延長症候群 遺伝性QT延長症候群 Romano-Ward 症候群(常染色体優性遺伝)
Jervell and Lange-Nielsen 症候群(常染色体劣性遺伝):先天性聾を伴う 特発性QT延長症候群
二次性QT延長症候群
薬物誘発性 抗不整脈薬:I群薬(キニジン,プロカインアミド,ジソピラミドなど)
III群薬(アミオダロン,ソタロール,ニフェカラントなど)
向精神薬:フェノチアジン系(クロルプロマジンなど),三環系抗うつ薬など 抗生物質,抗ウイルス薬:エリスロマイシン,アマンタジンなど
抗潰瘍薬:H2受容体拮抗薬(シメチジンなど)
消化管運動促進薬:シサプリドなど 抗アレルギー薬:テルフェナジンなど 脂質異常症治療薬:プロブコールなど 有機リン中毒
電解質異常 低K血症,低Mg血症,低Ca血症 徐脈性不整脈 房室ブロック,洞不全症候群
各種心疾患 心筋梗塞,急性心筋炎,重症心不全,心筋症 中枢神経疾患 クモ膜下出血,頭部外傷,脳血栓症,脳外科手術 代謝異常 甲状腺機能低下症,糖尿病,神経性食欲不振症
の遺伝子に変異を認める症例が報告されており,これらの 症例は潜在型の先天性QT延長症候群の亜型である可能 性が示唆されている.
QT間隔は心拍数が上昇すると短縮し,低下すると延長 する.しかし,ときに徐脈や心室期外収縮などによって RR間隔が延長すると,著明なQT延長をきたしTdPが発 生する症例がある.このような徐脈によって正常範囲を超 えてQTが延長するものを,徐脈依存性QT延長症候群と 呼び,TdPの原因となる.したがって,洞不全症候群や房 室ブロックなどの徐脈では,徐脈自体に加えQT延長によ るTdPも死因となる.
2.
QT 延長症候群の発生機序
先天性QT延長症候群のRomano-Ward症候群では,現在 までに8つの染色体上に13個の遺伝子型が報告されている.
いずれの遺伝子型でも,外向きK+電流が減少(LQT1,2,5, 6,7,11,13),内向きNa+電流が増加(LQT3,9,10,12),
または内向きCa2+電流が増加(LQT4,8)することにより 活動電位持続時間(action potential duration:APD)が延 長し,共通の表現型である心電図上のQT延長を呈する.
単相性活動電位(monophasic action potential:MAP) 記録を用いた臨床研究により,QT時間の延長はMAP持 続時間(MAPD)の延長によることが証明された.また,
イソプロテレノールやエピネフリンなどのカテコラミン 点滴静注により早期後脱分極(early afterdepolarization: EAD)様のhumpが記録され,TdP第1拍目の心室期外 収縮の機序として,EADからの撃発活動の関与すること
が直接的に証明されている.
一方,カテコラミン投与により心室筋各部位のMAPD の不均一性(spacial dispersion of repolarization:SDR) も増大し,TdPの維持にはSDRの増大によるリエントリー も重要と考えられる.その後,動脈灌流左室心筋切片を用 いた薬理学的QT延長症候群モデルにより,先天性QT延 長症候群患者におけるTdPの細胞学的成因がさらに明ら かとなった.LQT1,LQT2,LQT3の各モデルでは,しば しば心室期外収縮(単発または連発)の2段脈に引き続 いてTdPが誘発される.自然発生のTdPを認めない場合 でも, APDが最短の心外膜(Epi)細胞からの単発期外刺 激により容易にTdPが誘発される.一方,TdPの引き金と なる心室期外収縮は,比較的QRS幅が狭く,心内膜側心 筋細胞側からのペーシング波形と同じ極性を示すことか ら,mid-myocardial(M)細胞または心内膜(Endo)側 のPurkinje細胞を起源とするEADからの撃発活動が機 序と考えられる場合もある.いずれのQT延長症候群モデ ルでも,M細胞のAPDの相対的な延長によりtransmural dispersion of repolarization(TDR)が増大しており,TdP の2発目以降の機序には,心室筋各部位のSDRの増大に 加えて,貫壁性のTDRの増大を基質とするリエントリー も重要であると考えられる.図1に臨床的および実験的検 討から考えられる先天性QT延長症候群のQT延長および TdPの発生機序を示す.
2.
QT 延長症候群の発生機序
貫壁性(Epi-M-Endo細胞)再分極時間の不均一性(内因性)
遺伝子異常(
QT延長
貫壁性再分極時間
(不応期)の不均一性↑
QT延長
貫壁性再分極時間
(不応期)の不均一性 再分極電流↓
各細胞群APD
の均一な延長 M細胞APDの
選択的延長 EADからの異常自動能
(期外収縮)
β受容体刺激
torsade de pointes(リエントリー)
LQT1-13 LQT2,3,(6),(9,10,12,13)
LQT1,(5, 11)
(IKs↓,IKr↓,IKl↓,IKACh↓, late INa↑,ICa↑)
KCNJ2,CACNA1C,CAV3,SCN4B, AKAP-9, SNTA1, KCNJ5 KCNQ1,KCNH2,SCN5A,ANKB, KCNE1,KCNE2,
)
図1 先天性QT延長症候群のQT延長とTdP発生機序
3.
Brugada 症候群の概論
3.1
Brugada 症候群の疫学
Miyasakaらは,守口市の40歳以上の健診で,右脚ブロッ クで0. 1 mV以上のST上昇を呈する人は全体で0.70 %,
男性では2. 14 %に達すると報告している.Atarashiらは 右脚ブロックと,0. 1 mV以上のcoved(入り江)型ST 上昇を呈した人の比率は0. 16 %であり,その全員が男性 であったと報告している.一方,小児,または学童におけ る本症候群の頻度は,成人に比べて著明に少ない.戸兵ら は小中学生で0. 1 mV以上のcoved型ST上昇が0. 01 % にみられたとし,Yamakawaらは右脚ブロックを伴う0. 1 mV以上のcoved型またはsaddleback(馬の鞍)型のST 上昇が,6〜15歳の0. 054 %に認められ,その91 %が男 児であったと報告している.
3.2
Brugada 症候群の臨床的特徴
欧米の報告では全症例の72〜76 %を男性が占める.45
歳未満での突然死の家族歴は全体の22〜55 %の症例に,
とくに無症候性では50〜70 %に認められると報告されて いる.しかし,これら家族歴や性比率は登録の手法によっ て大きく異なる.無症候性の多くを有症候性の家系から抽 出した欧米の研究でこれらの比率が高いが,主として孤発 例が集積されたわが国の登録調査(循環器病委託研究)
では男性の比率が94 %と多く,突然死の家族歴を有する 例も16 %にとどまっていた.表2に日本と欧米の Brugada症候群の特徴の違いを示す.
心室細動は安静時または夜間睡眠中に生じやすい.委託 研究では夜間(20時〜8時)発症例が66 %を占め,その 51 %で急性期に心室期外収縮が認められた.また心室細 動のほかに心房細動(atrial fibrillation:AF)も合併しや すく,有症候性で29 %,無症候性で12 %に心房細動が認 められ,そのほとんどが発作性心房細動であった.さらに 冠攣縮性狭心症や神経調節性失神も合併しやすいことが 知られており,循環器病委託研究では,冠攣縮性狭心症が アセチルコリンまたはエルゴメトリンで20 %前後の症例 に誘発されていた.
本症候群ではピルジカイニド,フレカイニド,アジマリ ンなどのNaチャネル遮断薬投与後に60〜90 %の例で STが上昇し,一部の例では心室性不整脈やT波交互脈
(T wave alternans)が出現することが知られている.一方,
運動負荷中やイソプロテレノール投与中にはST上昇が改 3.
Brugada 症候群の概論
表2 日本と欧米のBrugada症候群の特徴の違い
循環器病委託研究 Brugada*1 Priori*2
有症候 無症候 有症候 無症候 有症候 無症候
総数(例) 144 268 144 190 48 152
男女比 139/5 251/17 120/24 135/55 152/48
平均年齢(歳) 51.2 53.4 41
突然死(家族歴) 19% 15% 34% 72% 29%
初発年齢(歳) 33 46 33
夜間発症率 66%
心室期外収縮出現率 51%
心房細動出現率 29% 12%
薬剤負荷陽性率 53%(50/96) 63%(97/154) 41.50%
VF 誘発率(EPS) 71%(87/123) 52%(65/125) 73% 33%
VF/VT 誘発率(EPS) 81% 62% 65% 68%
SAECG陽性率 70%(66/95) 63%(89/141)
VSA誘発率 22%(15/67) 18%(7/38)
VF:心室細動,VT:多形性心室頻拍,EPS:心臓電気生理学的検査,SAECG:加算平均心電図,VSA:冠攣縮.
*1:Brugada J, et al. Circulation 2003; 108: 3092-3096より改変.
*2:Priori S, et al. Circulation 2002; 105: 1342-1347より改変.
善(正常化)するが,負荷後や投与後には再上昇する.ま た60〜80 %の症例で加算平均心電図が陽性となる.心臓 電気生理学的検査では2連発または3連発の心室早期期 外刺激で50〜80 %の症例に多形性心室頻拍・心室細動が 誘発され,その誘発率は無症候性よりも有症候性で有意に 高いとされている.循環器病委託研究でも,心室細動誘発 率は有症候性が無症候性に比べて有意に高かった
(71 % vs 52 %).
3.3
Brugada 症候群の予後
これまでの欧米の登録研究では,有症候性の予後は悪 く,心室細動からの心蘇生群では17. 4 %/年,失神群では 6. 2 %/年の頻度で,重篤な心事故を発症する.わが国の報 告でも心室細動からの心蘇生群の再発率は同様に高い.一 方,無症候性の発症率に関しては,欧米の報告でも0.6〜3.
7 %/年の頻度と施設により違いがある.わが国では,無症 候性では0. 5 %前後と報告されている.
無症候性患者の発症予測の指標の検討では,安静時にタ イプ1心電図が記録される例,男性,心臓電気生理学的検 査での心室細動誘発例,突然死家族歴などが心事故の有意 な予測因子として知られている.とくにBrugadaらは,心 臓電気生理学的検査で心室細動/持続性心室頻拍が誘発さ れる無症候性の心事故発生率は5 %/年と高く,自然のST 上昇があれば7 %/年,さらに失神を伴えば14 %になると 報告している.一方,Prioriらは多形性心室頻拍・心室細 動誘発は必ずしも有用な予後指標ではないとし,臨床症状 と不整脈誘発性は無関係と報告している.また自然のタイ プ1 ST上昇がなく,薬剤で初めてタイプ1に移行する例 の予後は良好であり,SCN5A遺伝子の変異があっても薬 剤負荷でタイプ1に移行しない例は予後が良好と報告さ れている(Brugada症候群の心電図タイプについては後 述〈16㌻〉を参照).
4.
Brugada 症候群の発生機序
4.1
Brugada 症候群の遺伝子異常
Brugada症候群のなかには家族性の発症も少なくない.
1998年に,ヒト心筋Na+チャネル αサブユニットをコー ドするSCN5Aの変異が報告された.しかし,SCN5Aの変 異が同定されるのはBrugada症候群患者の18〜30 %であ
る.同定されたSCN5Aの変異遺伝子を用いた発現実験・
機能解析によれば,Na+チャネル機能異常には,Na+チャネ ルの機能欠損,Na+チャネルゲート機構の異常,細胞内蛋白 移送の異常(trafficking defect)などが報告されているが,
共通する機能異常はNa+電流の減少(loss of function)である.
Na+電流のloss of functionとBrugada症候群の特徴的 な心電図波形や心室細動発生との関連については,現時点 ではAntzelevitchらのイヌの動脈灌流右室心筋切片を用 いた実験的Brugada症候群による右室心筋細胞の貫壁性 電位勾配での説明が最も有力視されている.
4.2
特徴的心電図を呈する機序
心外膜側心筋細胞と心内膜側心筋細胞の活動電位波形 を比較すると,脱分極は心内膜側細胞で早期に生じ,再分 極は心外膜側で早期に終了する.したがって, APDは心内 膜側細胞で延長している.さらに活動電位第1相のノッチ 形成に違いがある.心外膜側心筋細胞では第1相にノッチ を認めるのに対して,心内膜側心筋細胞ではノッチを認め ない.ヒトを含めた多くの動物で,このノッチ形成には一 過性外向きK+電流(Ito)が直接的に関係する.Itoは同じ 心外膜側心筋細胞でも,左室に比べて右室,とくに右室流 出路で豊富である.また,ノッチ形成には,第0相脱分極 に関与するNa+電流やノッチに引き続くドームの形成に 関与するL型Ca2+電流も間接的に影響する.Itoや他の外 向きK+電流である遅延整流K+電流(Ik),ATP感受性K+ 電流などの増加,あるいは内向き電流(Na+,Ca2+)が減 少した場合には,心外膜側心筋細胞のノッチがさらに深く なり,引き続くドーム形成に影響を及ぼす.心内膜側の細 胞ではこのような変化は起こらない.
したがって,正常状態の右側胸部誘導ではST部分はほ ぼ基線に記録される(図2a)が,心臓の活動電位の立ち 上がり(脱分極)に大きく関与するNa+電流の抑制(loss of function)があると,Itoと拮抗することができないため 心外膜側心筋細胞のノッチが深くなる.その結果,心外膜 側心筋細胞でいわゆるスパイクアンドドームの形状が顕 著となる.この際,電位勾配によりSTの上昇(J波)が認 められるが,心外膜側心筋細胞のAPD延長が軽度で,心 内膜側細胞のAPDより短いままであれば,saddleback型 ST上昇となる(図2b).さらに,内向き電流が減少する とノッチは大きく深くなり,これに続くドーム部分が遅れ て心外膜側細胞で活動電位の再分極が心内膜側より遅れ る.この結果,上に凸のST上昇に続いてT波の終末部は 陰性化する(図2c).この形状がBrugada症候群に特徴と されるcoved型ST上昇である.ノッチがさらに深くなり,
4.
Brugada 症候群の発生機序
Ca2+電流の流入が不活化されるとドームが消失する(loss of dome).これらのドームの遅延や消失は,再分極時間の
大きな不均一性から(図2d), phase 2 reentryが生じる(図 2e).
III. 先天性 QT 延長症候群の診断
1.
概論
先天性QT延長症候群は,心電図所見,非侵襲的あるい は侵襲的検査,家族歴,臨床症状(病歴),あるいは遺伝子
型によって臨床的に診断される.その診断法として,
Schwartzらの診断基準(表3)が用いられることが多い.
この診断基準は患者の心電図所見(QTc,torsade de pointes〈TdP〉,T wave alternans,notched T波,徐脈),
臨床症状(失神,先天性聾),先天性QT延長症候群や突然 死の家族歴により点数(重み)をつけ,その合計点数で,
先天性QT延長症候群である可能性が高い(3.5点以上)か,
III. 先天性 QT 延長症候群の診断
1.
概論
a. 正常 b. saddleback c. coved
d. heterogeneous loss of AP dome e. phase 2 reentry 活動電位
V2 誘導
V2 誘導 活動電位
M細胞 心外膜
心内・外膜 電位差内・外膜 電位差心内膜
心外膜 心内膜
心外膜 心内膜
J 波
心内・外膜 電位差内
心内膜 心外膜
心内膜心外膜 心外膜
心内・外膜再分極差 隣接心外膜再分極差
0 mV
−100
図2 Brugada症候群において推定される心電図変化の機序
(Antzelevitch C. J Cardiovasc Electrophysiol 2001; 12: 268-272より改変)
中等度(1.5〜3点),低い(1点以下)を判断する.合計 点数が3.5点以上の場合は,確定診断となる.
近年,遺伝子診断の進歩とともに遺伝子型と表現型,予 後との関連が検討され,遺伝子型に特異的な臨床像が明ら かになった型もあり,遺伝子型別の生活指導や治療も行わ れるようになってきた.Schwartzらの診断基準は,先天性 QT延長症候群発現(顕性)例に対しての診断精度は高い が,詳細なタイプやキャリア例の診断精度は低い.先天性 QT延長症候群の各タイプやキャリア例,ハイリスク例の 鑑別については,今後遺伝子型や遺伝子変異部位による診 断が必要になってくるであろう.
2.
小児の診断について
小児期には成人のQT延長症候群とは異質の問題が存在 する.胎児期からQT延長症候群の心電図所見,症状(徐脈)
が出現する.とくに新生児期,乳児期に症状が出現する QT延長症候群は房室ブロックやTdPを伴い,重症である ことが多い.近年,QT延長症候群が乳幼児突然死症候群 の原因の一つであることがわかってきており,責任遺伝子 も報告されてきている.
日本では学校心臓検診が小学校,中学校,高等学校のそ れぞれ1年生全員に行われている.一般的に症状の出現し たQT延長症候群の頻度は5000人から10000人に1人程 度と考えられていたが,学校心臓検診で確定的なQT延長 症候群(Schwartzのポイントで4点以上〈旧診断基準〉)
と診断される頻度は中学1年生で1200人に1人程度であ る.現在,日本小児循環器学会で症状出現に関するQT延 長症候群患児の前向き研究が行われている.
3.
心電図診断
QT延長症候群の診断は,心電図所見,家族歴,既往歴,
現症の組み合わせによってなされ,Schwartzらによって 作成された診断基準(表3)が用いられることが多い.表 のポイントからわかるように,心電図診断としてQTc値,
TdP,T wave alternans,3誘導以上でのnotched T 波が診 断上重要になる.TdPは失神と同一の意味を持ち,T wave alternansはTdPや失神を伴うときに出現しやすい,また,
notched T 波の存在も重要な診断基準であり,とくに
LQT2(HERG遺伝子変異)でみられる傾向がある.ほか
に再分極過程の不均一性(heterogeneity)の指標もQT延 長症候群の診断的補助になる.また,安静時心電図以外に,
QT間隔の増大,QT dispersionの増大,T波の変化を誘発 する目的で,運動負荷,顔面浸水負荷,24時間心電図,薬 物負荷などが施行される.とくに薬物負荷はQT延長症候 群患者の分類と健常者との区別ができる有用な方法と考 えられるが,健常女性でも変化することがあるので注意が 必要である.
3.1
補正 QT 間隔(QTc 値)
一般的に,QT間隔を先行するRR間隔の二乗根で割る Bazettの補正[(QT間隔)/(RR間隔)1/2]が用いられる.
しかし,QT時間をBazettの補正方法で補正すると心拍数 が高い場合は過剰に補正してしまう.心拍数に影響されな い方法として,Fridericiaの補正[(QT間隔)/(RR間隔)
1/3]が妥当と考えられ,心拍数の速い小児のQTc値には 本法が勧められる.
2.
小児の診断について
3.
心電図診断
表3 QT延長症候群の診断
基準項目 点数
心電図所見
QT時間の延長*1
(QTc)
≧480msec 3
460〜479msec 2 450〜459msec
(男性)
1
運動負荷後4分のQTc ≧480msec 1
torsade de pointes*2 2
T wave alternans 1
notched T波(3誘導以上) 1
徐脈 0.5
臨床症状 失神*2
ストレスに伴う 失神発作
2
ストレスに伴わ ない失神発作
1
先天性聾 0.5
家族歴 確実な家族歴 1
30歳未満での突然死の家族歴 0.5 点数の合計が,≧3.5:診断確実,1.5〜3点:疑診,≦1点:
可能性が低い,となる.
*1:治療前あるいはQT延長を起こす因子がない状態での記録.
*2:両方ある場合は2点.
(Schwartz PJ, et al. Circ Arrhythm Electrophysiol 2012; 5:
868-877より改変)
3.2
torsade de pointes(TdP)
QRSの極性と振幅が心拍ごとに変化して,等電位線を 軸にしてねじれるような特徴的な波形を呈する心室頻拍 をいう.QT時間が延長しているときに出現する.失神は 一時的な,自然に回復したTdPによるものと考えられて いる.しかし,TdPから心室細動に増悪すると心臓突然死 につながる.
3.3
T wave alternans(T 波交互脈)
体表面心電図で,T波が1心拍ごとに変化するものをい う. T wave alternansが存在するときは心室頻拍を起こし やすく,予後が悪い.T wave alternansはQT延長症候群 だけでなく,虚血性心疾患などでも出現する.
3.4
notched T wave in 3 leads
bifid T 波ともいう.陽性T波のピーク部の直前(上行脚)
あるいは直後(下行脚)に切れ込みがあるT波をいう.反 対に,陽性T波のピーク部の直前(上行脚)あるいは直後
(下行脚)に突然の隆起部があるT波という定義をしてい る論文もある.通常,3誘導以上に認めた場合に陽性とす る.notched T 波がある場合,予後が悪い.
3.5
年齢不相応の徐脈(low heart rate for age)
この項目は小児だけの診断基準になる.Romano-Ward 症候群患児と健常児とのあいだで心拍数に有意差がある のは新生児期から3歳までとなっている.胎児期,乳児期 では持続性洞性徐脈,2:1〜高度房室ブロックが重要な QT延長症候群の表現型である.
3.6
T 波形態の変化
QT延長症候群ではT波形態が変化することが知られて いる.Mossらは,LQT1〜3はそれぞれ特徴的なT波形 態を示す傾向があることを初めて示した.しかし,これら の定性的な解析は判読者の経験に依存するところが多く,
明確に分類できない症例も少なくない.Schwartzのポイ ントの項目に含まれるnotched T 波(bifid T 波)はLQT2
(HERG遺伝子変異)にみられやすい波形である.
3.7
再分極過程の不均一性
心筋再分極過程の不均一性(heterogeneity)を定量的 に評価する方法としてQT dispersion(QTd)がある.一方,
T波の頂点から終点までの時間(T peak-T end〈Tp-Te〉)
は心室全体の再分極過程のtransmural dispersionを反映す ると考えられている.
4.
負荷試験
4.1
運動負荷
立位負荷では健常群でQT時間は短縮するが,QT延長 症候群では延長する.LQT1ではQTc,T波の頂上から終 末までの時間(Tp-Te)が延長するが,LQT2では両者と も延長しない.運動負荷中止後4分のQTcが≧445 msec であるとLQT1もしくはLQT2である可能性が高い.
LQT1では,運動負荷中止直後のQTc<460 msecであり,
これがLQT2との鑑別に有用である.表4に運動負荷試 験の適応のクラス別を示す.
4.2
カテコラミン負荷試験(エピネフリン)
カテコラミン負荷試験も診断に有用であり,運動負荷が 困難な症例でも負荷を行える利点がある.現在ではエピネ フリン負荷が一般的である.また,LQT1とLQT2の鑑別 にも有用である.表5にカテコラミン負荷試験の適応のク ラス別を示す.
4.3
アデノシン負荷試験
アデノシン投与による突然の徐脈とその後の頻脈によ るQT変化がQT延長症候群の診断に有用との報告がある.
最大徐脈時のQT>410 msec,QTc>490 msecがQT延 長症候群を鑑別するのに有用である.
4.4
顔面浸水試験
運動負荷,カテコラミン負荷と反対に,徐脈でのQT延 長を評価するのに有用な検査である.洗面器に入れた水温 0〜10 ℃の冷水中に,最大吸気の状態で顔面浸水を行い,
4.
負荷試験
息こらえの続く限り負荷を持続する.とくに水泳中の失神 の既往があり,先天性QT延長症候群が疑われる症例に有 用である.
4.5
経口糖負荷試験
75 g経口糖負荷試験を行い,投与前,30分後,60分後,
120分後,180分後に心電図を記録する.先天性QT延長 症候群ではQTの最大値,QT dispersionともに,健常群よ り延長する.食後の失神を認め,先天性QT延長症候群が 疑われる症例に有用である.
5.
Holter 心電図,T wave alternans,ループレコーダ
5.1
Holter 心電図
先天性QT延長症候群では,QT時間が延長(≧440〜 460 msec)していることがその診断の根拠になる.しかし,
12誘導心電図でその延長が明らかでない患者では,その 診断に苦慮するときがある.このような場合は,Holter心 電図を用いてQT時間あるいはT波の変化を解析して診 断率が向上することが示されている.Holter心電図で計測 された再分極の空間的異常を反映するQT dispersionある
いは貫壁性異常を反映するTp-TeもQT延長症候群の診 断に有用である.先天性QT延長症候群でのTdPの発現 には,運動,精神的興奮,ストレスなどの関与が知られて おり,とくにLQT1とLQT2では交感神経活動の亢進が 強く関与する.Holter心電図上のRR間隔の変動,すなわ ち心拍変動を解析し,交感神経活動の亢進とTdP発現と に関連性があることを評価した報告もある.
5.2
T wave alternans
先天性QT延長症候群では、心電図上で肉眼的に識別可 能なT波交互脈(T wave alternans)のみられることが知 られており,診断基準の一つに入れられている.近年,心 臓突然死で有用とされるマイクロボルトT wave alternans との関連性を評価した報告があり,先天性QT延長症候群 患者のマイクロボルトT wave alternansは比較的低い心拍 数で生じやすいことが示されている.しかし,リスク層別 化ではマイクロボルトT wave alternansの有用性を疑問視 する意見もある.
5.3
ループレコーダ
原因不明の失神をきたした患者では,植込み型ループレ コーダ(心電用データレコーダ)が有用であることが数 多くの臨床研究で示されている.先天性QT延長症候群も TdPにより失神をきたす恐れのある疾患であるため,植込 み型ループレコーダは当然ながら診断に有用である.
6.
臨床心臓電気生理学的検査
6.1
TdP の発生機序
臨床例でも,カテーテル電極押し付け法による単相性活 動電位(MAP)により,先天性,二次性ともにQT 時間の 延長に一致してMAPの延長や早期後脱分極(EAD)が 記録されることから,撃発活動による発生機序が考えられ ている.発症時にshort-long-shortの先行周期によって生 じやすいこともEAD の関与を示唆する所見である.
6.2
心臓電気生理学的特徴
先天性QT 延長症候群では洞性徐脈を示し,洞房伝導時 5.
Holter 心電図,T wave alternans,ループレコーダ
6.
臨床心臓電気生理学的検査
表4 先天性QT延長症候群における運動負荷試験の適応
クラスI ・ QT延長症候群が疑われるが,安静時心電図が QTc≦440 msecでQT延長症候群かどうかの診 断が困難な症例.
・ 安静時心電図でQT延長を認め,運動に対する反 応により治療方針を決定する必要のある症例.
・ 運動中の原因不明の失神を認める症例.
クラスIIa ・ 原因不明の失神を認めるが,運動との因果関係が 不明な症例.
・ LQT1かLQT2かの鑑別を要する症例.
クラスIIb 明らかなQT延長症候群の診断がついている症例.
表5 先天性QT 延長症候群におけるカテコラミン負荷試
験の適応
クラスIIb ・QT延長症候群が疑われるが,安静時心電図が QTc≦440 msecでQT延長症候群かどうかの診 断が困難でかつ運動負荷が困難な症例.
・安静時心電図でQT延長を認め,カテコラミンに 対する反応により治療方針を決定する必要のある 症例.
間も延長している例が少なくない.房室伝導は正常である が,心室筋の不応期の延長により,2:1房室ブロックがみ られる例がある.実験と異なり心室プログラム刺激試験に よるTdPの誘発がみられることはまれである.これは,
APD の比較的長い心内膜側からの刺激であるためと考え られている.誘発がみられた例では,心室頻回刺激後の RR間隔延長に伴い,あるいはshort-long-shortの心室プ ログラム刺激試験によって誘発されている.したがって,
現時点では先天性QT 延長症候群に対する心室プログラム 刺激試験の有用性は少ないと考えられている.
MAP 記録では,カテコラミン負荷後にQT 延長やT波 終末部の増高に伴い,EAD がしばしば記録され,EAD に 及ぼす薬剤の有効性が検討されている.表6に臨床心臓電 気生理学的検査の適応のクラス別を示す.
7.
遺伝子診断
常染色体優性遺伝形式をとるRomano-Ward症候群では,
現在までに8つの染色体上に13個の遺伝子型が報告され ている(LQT1〜LQT13).また,常染色体劣性遺伝形式 をとり,両側性感音性難聴を伴うJervell and Lange- Nielsen症候群では2つの遺伝子型が報告されている(JLN1 とJLN2).先天性QT延長症候群では,臨床診断される患 者の50〜70 %でいずれかの原因遺伝子上に変異が同定さ れる.遺伝子診断結果に基づく生活指導やテーラーメード 治療が実践されているため,先天性QT延長症候群の遺伝 子診断検査は,平成20(2008)年4月1日付で保険診療(現 在,診断 4000点,遺伝子カウンセリング 500点)が承認 されている.各遺伝子型の頻度は,LQT1が40 %,LQT2 が40 %,LQT3が10 %で,この3つで90 %以上を占め るため,通常の遺伝子スクリーニングではこれらの3つの 原因遺伝子,すなわちKCNQ1,KCNH2,SCN5Aのスクリー ニングを行う.
2011年に,先天性QT延長症候群の遺伝子診断に関す る米国心調律学会(Heart Rhythm Society: HRS)とヨーロッ パ 心 調 律 学 会(European Heart Rhythm Association:
EHRA)合同のExpert Consensus Statementが発表された.
これによれば,①病歴,家族歴,心電図所見(安静時12誘 導心電図,運動負荷試験,カテコラミン負荷試験)により 先天性QT延長症候群が強く疑われる患者,②QT延長を きたす二次的な原因(電解質異常など)がなく,安静時 12誘導心電図で補正QT(QTc)間隔>480 msec(思春
期前),または>500msec(成人)の無症候患者では,遺 伝子診断はクラスIの適応である.また,③QT延長症候 群遺伝子に変異が同定された発端者の家族構成員におけ る変異部位のスクリーニングもクラスIの適応としてい る.さらに,安静時12誘導心電図でQTc>460 msec(思 春期前),または>480 msec(成人)の無症候患者では,
クラスIIbの適応としている.
いずれの遺伝子型でも,心室筋活動電位プラトー相の外 向き電流が減少(loss of function)するか,または内向き 電流が増加(gain of function)することにより活動電位持 続時間(APD)が延長するためである.LQT1とLQT5 の原因遺伝子であるKCNQ1(αサブユニット)と KCNE1(βサブユニット),およびLQT2とLQT6の原 因遺伝子であるKCNH2(αサブユニット)とKCNE2(β サブユニット)は,それぞれ複合体を形成して遅延整流 K+電流(IK)の遅い活性化の成分(IKs)および速い活性 化成分(IKr)の機能を示し,これらの遺伝子変異により IKsまたはIKrの減少をきたす.LQT3の原因遺伝子であ るSCN5Aは心筋タイプNa+チャネル遺伝子であり,その 変異により活動電位プラトー相で流れるlate Na+電流(INa) が増強する.
先天性QT延長症候群で頻度の高いLQT1(40 %),
LQT2(40 %),LQT3(10 %)患者では,遺伝子型と表 現型(臨床的特徴)の関連が詳細に検討されている.これ により,遺伝子型特異的な心電図異常(T波形態),Td P(心 事故)の誘因,自然経過,予後,重症度の違いなどが明ら かとなり,遺伝子型に基づいた患者の生活指導がすでに可 能となっている.また,遺伝子型特異的な抗不整脈薬によ る薬物治療,ペースメーカや植込み型除細動器(ICD)な どの非薬物治療も実践されている.
7.
遺伝子診断
表6 先天性QT延長症候群における臨床心臓電気生理学 的検査の適応
クラスI なし.
クラスIIa ・原因不明の失神があり,QT延長を伴う患者.
クラスIIb ・心停止蘇生例,または心室細動が臨床的に確認さ れている例(レベルC).
・ torsade de pointes(TdP)が確認されている例(レ ベルB).
・突然死やTdPによる失神の家族歴があり,心電図 上QT延長が確認されている例(レベルC).
クラスIII ・QT 延長の原因,誘因が明らかであり,それらの 除去,是正後にQT時間が正常化する,家族歴の ない例(レベルC).
IV. 先天性 QT 延長症候群の治療
先天性QT延長症候群の治療は,QT延長に伴って生じ る多形性心室頻拍のtorsade de Pointes(TdP)発症時の治 療(急性期治療)と,TdPおよびこれによる心停止,突然 死予防のための治療(予防治療)に分けられる.
TdPは自然停止する場合と,持続して心室細動に移行す る場合がある.心室細動に移行すれば,ただちに電気的除 細動が必要となる.TdPの停止と急性再発予防には硫酸マ グネシウムの静注が有効である.徐脈がTdP発症を助長 すれば一時的ペーシングで心拍数を増加させる.再発予防 の基本は β遮断薬であるが,徐脈の増悪が予測されれば 一時的ペーシングを併用する.薬剤誘発性QT延長症候群 に伴うTdPの抑制にはイソプロテレノールによる心拍数 の増加が有効であるが,先天性QT延長症候群ではTdP 発生を助長するため避けるべきである.症例によっては抗 不整脈薬(リドカインおよびメキシレチン)がTdP停止 に有効なこともある.なお低K血症はTdP発症を助長す るので是正する.
1.
薬物治療
1.1
β 遮断薬
QT延長症候群は,運動やストレスが原因で失神が誘発 されるものが大部分である.このような場合の第一選択薬 が β遮断薬である.ただし,LQT3など β遮断薬が効果 の薄い例もあることに注意が必要である.表7に β遮断 薬投与の適応のクラス別を示す.
1.2
ベラパミル
Ca拮抗薬の使用例は多くない.しかしLQT8(Timothy 症候群)や,EADが心室性不整脈に関与していることが 疑われる例で,使用されることが考えられる.
1.3
カリウム
QT延長症候群の多くがIKs,IKrなどのK+チャネルの 異常で発症する.このため低K血症はQT延長を悪化さ せる.
1.4
ニコランジル
カリウムと同様,有効な症例の報告があるが,エビデン スは少ない.
1.5
Na チャネル遮断薬(メキシレチン)
SCN5Aの機能亢進で発症するLQT3では有効である.
適応と考えられているのは,①LQT3と診断のついた失 神歴のあるQT延長症候群,② β遮断薬単独で効果のな いQT延長症候群,である.
1.6
硫酸マグネシウム
TdPの急性期治療として有効である.
IV. 先天性 QT 延長症候群の治療
1.
薬物治療
表7 先天性QT延長症候群における β 遮断薬の適応
クラスI ・失神の既往があるQT延長症候群,とくにLQT1,
LQT2*.
クラスIIa ・症状はないが,QT延長を認め,①先天性聾,②新 生児,もしくは乳児期,③兄弟姉妹の突然死の既往,
④家族もしくは本人の不安,もしくは治療に対する 強い希望がある場合.
クラスIIb ・症状がなく,①先天性聾,②兄弟姉妹の突然死の既 往などを認めないもの.
*:とくにLTQ1では0〜14歳の男子,LTQ2では15〜40歳 の女性のリスクが高く,β 遮断薬の有効性が示されている.
2.
非薬物治療
QT延長症候群に対する非薬物治療にはICD治療,ペー スメーカ治療,左心臓交感神経節切除術がある.これらの 治療法は,発作誘因となる運動制限やQT延長をもたらす 薬物使用の制限など日常生活の注意点を守り,さらに薬物 治療を十分に行ったうえでも致死的発作がコントロール できない可能性が高い場合に選択される.
2.1
植込み型除細動器(ICD)
表8にICD植え込みの適応のクラス別を示す.
2.2
ペースメーカ植え込み
β遮断薬の投与によりTdPは抑制されたが徐脈となり,
徐脈による症状が出現した場合は,ペースメーカ植え込み の適応となる.一方,徐脈が増悪因子となりTdPによる失 神を認める症例も以前はペースメーカが植え込まれたが,
最近ではペースメーカの代わりにICDを植え込むように なった.
2.3
左心臓交感神経節切除術
わが国ではほとんど行われていない手術であるが,欧州 からは薬剤抵抗性の患者に施行してよい結果が報告され ている.表9に適応のクラス別を示す.
2.
非薬物治療
表8 先天性QT 延長症候群におけるICD植え込みの適応 クラスI ・心室細動または心停止の既往を有する患者(レベルA)
クラスII*1 ・ ①torsade de pointes(TdP)または失神の有無,②家族の突然死の有無,③ β 遮断薬に対する治療抵抗性,
の3つから以下のようにIIa,IIb に分類する.
TdP,失神の既往 + + − + + −
突然死の家族歴 + − + + − +
β 遮断薬*2 無効 無効 無効 有効 有効 有効
IIa IIa IIa IIa IIb IIb
*1 : クラスIIは,TdP,失神の既往の有無,突然死の家族歴の有無,β 遮断薬の有効性の有無の3つを同等の重みとして,
2つ以上の場合をIIa,1つの場合はII bに分類した.
*2: β 遮断薬の有効性は症状と負荷によるQT延長の程度で判断する.LQT3と診断された場合は,β 遮断薬は無効と する.
注:小児ではLQT2,LQT3でß遮断薬が有効でない症例に対し,ICD植え込みが有効であったとの報告がある.
表9 先天性QT延長症候群における左心臓交感神経節切 除術の適応
クラスI なし.
クラスIIb ・ICD装着後に β 遮断薬治療に関わらず頻回作動 を認める.
・β 遮 断 薬 に よ る 治 療 に 関 わ ら ずtorsade de pointes による失神を認める(レベルB).