• 検索結果がありません。

MATSUO Ryusuke, Towards Stakeholder Democracy: A Political Theory in the Post-Political Age

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "MATSUO Ryusuke, Towards Stakeholder Democracy: A Political Theory in the Post-Political Age"

Copied!
18
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

MATSUO Ryusuke, Towards Stakeholder Democracy:

A Political Theory in the Post-Political Age

岡﨑, 晴輝

九州大学大学院法学研究院 : 教授

松尾, 隆佑

宮崎大学テニュアトラック推進室 : テニュアトラック講師

https://doi.org/10.15017/2740993

出版情報:政治研究. 67, pp.101-117, 2020-03-31. Institute for Political Science, Kyushu University

バージョン:

権利関係:

(2)

書 評

松尾 隆佑 著﹃ ポス ト政 治の 政治 理論

︱︱ ステ ーク ホ ルダ ー・ デモ クラ シー を編 む︱

︱﹄

︵法 政大 学出 版局

︑二

〇一 九年

︶ 岡 﨑 晴 輝 最初 に

『ポ スト 政治 の政 治理 論︱

︱ス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー を編 む︱

︱﹄ は︑ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーに 関 する 博士 論文 に加 筆修 正し た研 究書 であ る︒ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーと は︑ 一言 でい えば

︑影 響を 受け る者 が 決定 でき るよ うに する ため に︑ デモ スが 法的 市民 とし てだ け でな くス テー クホ ルダ ー︵ 利害 関係 者︶ とし ても 意思 決定 過 程に 参加 でき るよ うに する デモ クラ シー の構 想で ある

︒著 者 は︑ こう した ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ー論 を発 展さ せ るた めに

︑様 々な 学問 分野 の成 果を 貪欲 に吸 収し つつ

︑ス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー のオ リジ ナル なモ デル を提 示し て いる

︒早 川誠 教授 が評 した よう に︑ まさ しく

﹁グ ラン ド・ セ

オリ ーと して の性 格を 有し てい る﹂ とい える であ ろう

︵﹃ 図書 新聞

﹄第 三四 二九 号︑ 二〇 二〇 年一 月一 日︶

︒ ただ し︑ 分量 も多 く密 度も 濃い ため

︑本 書の 論旨 をつ かむ のは 必ず しも 容易 では ない

︒そ こで

︑こ の書 評の 前半 では

︑ 本書 の論 旨を 抽出 する こと を試 みた い︒ ニュ アン スが 失わ れ るの は避 けら れな いが

︑多 くの 読者 が本 書の 成果 を共 有し や すく する ため であ る︒ その 後︑ 書評 の後 半で は︑ ステ ーク ホ ルダ ー・ デモ クラ シー 論を 発展 させ るた めに 二つ の論 点を 提 示し

︑修 正モ デル を提 案し たい

︒ 本書 の概 要 第一 章で は︑ なぜ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーか

︑と いう 根本 問題 を考 察し てい る︒ 著者 によ れば

︑現 在︑ 政治 が 断片 化し

︑反 政治 的局 面と 過政 治的

・脱 政治 的局 面が 出現 し てい る︒ こう した

﹁ポ スト 政治

﹂と いう 状況 では

︑無 政治 的 な﹁ 統治

﹂に 陥る 危険 があ り︑

﹁統 治﹂ を民 主的 に統 御す るこ とが 喫緊 の課 題と なっ てい る︒ こう した なか

︑熟 議デ モク ラ シー が提 唱さ れて いる が︑ 公共 的理 由を 強調 する ため

︑熟 議 の動 機を 提供 しえ ず︑

﹁ポ スト 政治

﹂と いう 状況 に対 応し えな い︒ これ にた いし てス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー は︑ 私

(3)

益を 追求 する 人々 を政 治的 主体 とし て想 定す る︒ そし て︑ 影 響を 受け る者 が集 合的 意思 決定 に参 加す る権 利を 有す ると す る︵ 被影 響利 害原 理︶

︒影 響を 受け る者 が決 定に 参加 でき る よう にな れば

︑政 治的 有効 性感 覚は 高ま るで あろ うし

︑決 定 の民 主的 正統 性も 高ま るで あろ う︒ 著者 は︑ こう した ステ ー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー をモ デル 構築 とい う方 法に よっ て 彫琢 しよ うと する

︒す なわ ち︑

﹁ス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー に関 する

︑数 少な いま とま った 先行 研究

﹂で ある テリ ー・ マク ドナ ルの 議論 では

︑ス テー クホ ルダ ーと は誰 か︑ ステ ー クホ ール ディ ング の条 件と は何 か︑ とい った 点が ほと んど 検 討さ れて いな いと 指摘 し︵ 四五 頁︶

︑よ り体 系的 なモ デル を提 示し よう とす るの であ る︒ こう した 序章 に続 く第 二章 では

︑ス テー クホ ルダ ーと は誰 かを 分析 する 新し い手 法を 提示 して いる

︒著 者に よれ ば︑ 既 存の ステ ーク ホル ダー 分析 では

︑カ テゴ リを 先行 的に 設定 す るた め︑ ステ ーク ホル ダー を適 切に 捉え きれ ない

︒そ の結 果︑ ステ ーク ホル ダー を過 少に 包摂 した り︑ 逆に 過大 に包 摂し た りし やす い︒ 加え て︑ ステ ーク ホル ダー の範 囲が 硬直 化し や すい

︒そ こで 著者 は︑ 新し い手 法と して ステ ーク ホル ダー 分 析の

﹁限 定化 モデ ル﹂ を提 案す る︒ それ によ れば

︑権 力︵ P︶

︑ 利害 関心

︵I

︶︑ 関係 性︵ C︶ を規 準と して

︑ど の範 囲ま で調

査す るか を同 定し

︵一 次同 定︶

︑ど の範 囲ま で包 摂す るか を同 定す る︵ 二次 同定

︶︒ ただ し︑ そう した 作業 によ って 誰が ス テー クホ ルダ ーで ある かが 最終 的に 同定 でき るわ けで はな い︒ そこ で︑ 異議 申し 立て を認 め︑ 範囲 を問 い直 すの であ る

︵三 次同 定︶

︒と ころ で︑ ステ ーク ホル ダー 分析 は政 策実 施過 程で 行わ れる こと が多 いが

︑そ れで は実 効性 に乏 しい ため

︑ 政策 形成 段階 で行 われ るべ きで ある

︒ま た︑ ステ ーク ホル ダー 分析 は非 政治 的な もの では あり えな い︒ 複数 のス テー ク ホル ダー 分析 がそ の妥 当性 をめ ぐっ て競 合す る可 能性 を開 い てお くこ とが 望ま しい

︵分 析政 治の 競合 モデ ル︶

︒ 続く 第三 章で は︑ ステ ーク ホル ダー を政 治的 主体 にす る諸 条件 を分 析し てい る︒ 著者 が理 念と して 掲げ るの は﹁ 自律

︵a ut on om y︶ であ る︒ 自律 とは

﹁自 らに 固有 の利 害関 心に 従っ て行 為す る主 体が

︑他 者に よる 恣意 的な 支配 にさ らさ れる こ とな く︑ 実効 的な 自己 決定 を為 しう る状 態﹂ であ る︵ 一四 九 頁︶

︒著 者に よれ ば︑ その ため に必 要な のが

︑す べて の個 人に 基本 権を 保障 する こと であ る︒ 加え て︑

﹁使 途を 問わ ずに 無 条件 で現 金︵ また は現 物︶ を給 付す る普 遍主 義的 福祉

﹂︵ 一七 一頁

︶も 重要 であ る︒ 社会 的・ 経済 的不 平等 をそ のま まに し てい ては

︑個 人の 自律 は達 成で きな いか らで ある

︒た だし

︑ 普遍 主義 的福 祉を 実現 する ため には

︑ラ イフ ステ ージ に対 応

(4)

した 複合 的な 制度 を導 入す る必 要が ある だろ う︒ たと えば

︑ 若年 期の 所得 保障 のた めに は︑ 所得 に応 じて 税額 控除 や現 金 給付 をお こな う﹁ 負の 所得 税﹂ や︑ 無条 件で 資本 を給 付す る

﹁基 礎資 本﹂ も必 要に なる であ ろう し︑ 老年 期の 所得 保障 のた めに は﹁ 市民 年金

﹂も 必要 にな るで あろ う︒ 活動 やサ ービ ス の保 障に つい ても 同様 であ る︒ こう した 基本 権の 保障 や普 遍 主義 的福 祉に 加え て︑ 親密 圏に おけ る自 律や

︑社 会化

・主 体 化の 教育 機会 の保 障も 重要 であ る︒ 要す るに

︑ス テー クホ ル ディ ング の理 念と 制度 によ って

︑諸 個人 は対 等な ステ ーク ホ ルダ ーに なる こと がで きる とい うの であ る︒ 第四 章で は︑ 多元 的な 統治 主体 を民 主的 に統 御す るた めに

︑ 回路 を多 元化 する こと を提 唱し てい る︒ 著者 によ れば

︑グ ロー バル 化し た世 界に おい て︑ 民主 的正 当性 は低 下し てい る︒ そう した なか

︑マ クド ナル ドの グロ ーバ ル・ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ー︵ GS D︶ 論が 主張 する よう に︑ 政府 を 民主 化し たり

︑市 民社 会が 政府 を民 主化 した りす るだ けで な く︑ 非国 家的 な公 共権 力の 行使 主体

︵企 業や NG O︶ も民 主 的に 制御 する こと が重 要に なる

︒こ うし たマ ルチ ステ ーク ホ ルダ ー・ プロ セス

︵M SP

︶戦 略は

︑グ ロー バル

・レ ベル だ けで なく ナシ ョナ ル・ レベ ルや ロー カル

・レ ベル にも 適用 で きる

︒企 業権 力を 民主 的に 統御 する ため には

︑労 使に とど ま

らな い様 々な ステ ーク ホル ダー が構 成す るス テー クホ ルダ ー 役員 会を 設置 する こと が望 まし い︒ 加え て︑ 国連 のグ ロー バ ル・ コン パク トの よう に︑ 企業 を社 会的 に統 御す るこ とも 重 要で ある し︑ 市民 が﹁ 責任 ある 投資

﹂や

﹁責 任あ る消 費﹂ を 通じ て経 済的 に統 御す るこ とも 重要 であ る︒ 第五 章で は︑ これ まで の議 論を 踏ま えて

︑ス テー クホ ル ダー

・デ モク ラシ ーの 理論 的綜 合を 図っ てい る︒ 著者 は代 表 論を 検討 した 後︑ 次の よう な構 想を 提示 して いる

︒人 々は 機 能的 デモ スと して は︑ 様々 なス テー クホ ルダ ー委 員会 を通 じ て代 表さ れる 一方

︑法 的デ モス とし ては

︑政 党や 議会 を通 じ て代 表さ れる

︒こ うし た多 回路 化に よっ て民 主的 正統 性は 一 層高 まる であ ろう

︒と ころ で︑ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラ ーシ 論に は熟 議を 重視 する もの と集 計を 重視 する もの があ る が︑ 政策 決定 の際 には

︑熟 議の ため の集 計と 集計 のた めの 熟 議を 適切 に組 み合 わせ る必 要が ある だろ う︒ そし て︑ 政策 を 決定 して 終わ りと いう わけ では ない

︒政 策を 決定 した 後も

︑ ステ ーク ホル ダー 共同 体に たい する 代表 の応 答性 を確 保し な けれ ばな らな い︒ 依然 とし てデ モイ 間の 競合 が生 じる だろ う が︑

﹁そ のた びご との 調停

﹂が 重要 にな る︒ また

︑修 復的 司法 や裁 判外 紛争 解決 を活 用し

︑ス テー クホ ルダ ー司 法を 確立 す る必 要も ある だろ う︒

(5)

オリ ジナ リテ ィの 確認 こう した 内容 を持 つ本 書の 最大 の貢 献は

︑ス テー クホ ル ダー

・デ モク ラシ ーの モデ ルを 体系 的に 提示 した こと であ ろ う︵ 三〇 一頁

︶︒ その 際︑ 様々 な学 問分 野の 膨大 な文 献を 渉猟 し︑ 自身 のス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー 論に 組み 込ん で いる こと も特 筆に 値す る︒ だが

︑こ のモ デル のオ リジ ナリ ティ ーを

︑よ り際 立た せて もよ かっ たの では ない だろ うか

︒ 著者 は﹁ 本書 は︑ パッ チワ ーク 的な 研究 であ るこ とを 喜ん で 自認 する

︒し たが って 本書 の読 者に は︑ パッ チワ ーク 的で あ るか 否か では なく

︑良 いパ ッチ ワー クで ある か否 かと いう 尺 度を 用い た評 価を 求め たい

﹂︵ 三一

〇頁

︶と 述べ てい る︒ しか し︑

﹁良 いパ ッチ ワー ク﹂ とい うと き︑

﹁良 い﹂ とは いか なる 意味 なの であ ろう か︒ 研究 書で ある 以上

︑﹁ オリ ジナ リテ ィ のあ る﹂ とい うこ とに なる であ ろう

︒も しそ うで ある とす れ ば︑ 本書 のオ リジ ナリ ティ を検 討す るこ とが 欠か せな い︒ 多く の読 者は

︑本 書の オリ ジナ リテ ィは 三〇 一頁 のス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー のモ デル の提 示に ある と捉 える に 違い ない

︒し かし

︑本 書の オリ ジナ リテ ィを 深く 理解 する た めに は︑ その モデ ルを 本書 の先 行研 究批 判と 関連 づけ ても よ かっ たの では ない だろ うか

︒私 の考 えで は︑ 二つ の先 行研 究

批判 と関 連づ ける こと が可 能で ある

︒一 つは

︑マ クド ナル ド 批判 と関 連づ けて ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーの モデ ル を解 釈す るこ とで ある

︒著 者は マク ドナ ルド に言 及し

︑そ の 限界 につ いて 指摘 して いる

︒主 とし て四 五頁 で示 され てい る が︑ 二二 五頁 など にも 見ら れる

︒も う一 つは

︑熟 議デ モク ラ シー 批判 と関 連づ けて ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーの モ デル を解 釈す るこ とで ある

︒熟 議デ モク ラシ ー批 判は 主と し て二 八︱ 三三 頁で 示さ れて いる が︑ それ 以外 の箇 所で も見 ら れる

︒こ うし た関 連づ けに よっ て︑ 読者 は本 書の オリ ジナ リ ティ を深 く理 解で きる よう にな るは ずで ある

︒ もち ろん

︑そ うし た解 釈を 読者 に委 ねる のも

︑一 つの やり 方で はあ ろう

︒し かし

︑ス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー の モデ ルを マク ドナ ルド 批判 や熟 議民 主主 義批 判と 関連 づけ て 再定 式化 すれ ば︑ 読者 は本 書の オリ ジナ リテ ィを より 明瞭 に 把握 でき るに 違い ない

︒特 に熟 議デ モク ラシ ー論 と関 連づ け れば

︑本 書の 論争 性が 鮮明 にな り︑ 日本 にお ける 政治 理論 の 発展 に寄 与す るに 違い ない

︒ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ー論 の検 討と 修正 次に

︑著 者の ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ー論 それ 自体

(6)

を検 討し てい くこ とに しよ う︒ 著者 は︑ ステ ーク ホル ダー 分 析や ステ ーク ホー ルデ ィン グの 条件 分析 とい う点 でマ クド ナ ルド を発 展さ せよ うと して いる

︒だ とす れば

︑こ れら の論 点 を検 討す るの がス ジか もし れな い︒ しか し︑ 少な くと も日 本 の政 治理 論で は︑ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ー論 は共 有 財産 にな って はい ない

︒こ のこ とに 鑑み れば

︑ま ずは ステ ー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー 論の 基礎 を検 討す る必 要が ある だ ろう

︒こ こで は︑ 規範 的制 度論 の観 点か ら批 判的 に検 討し て いく こと にし たい

︒ 多く の政 治理 論家 は﹁ 被影 響利 害原 理﹂ を支 持す るで あろ うが

︑次 の二 つの 点で 疑問 を抱 くの では ない だろ うか

︒こ の 疑問 に適 切に 答え られ なけ れば

︑ス テー クホ ルダ ー・ デモ ク ラシ ー論 が受 容さ れる のは 難し いで あろ う︒

⑴ ステ ーク ホル ダー 代表 の選 出 第一 に生 じる であ ろう 疑問 は︑ 各ス テー クホ ルダ ー委 員会 の代 表を 誰が

︑ど のよ う に選 出す るの か︑ とい う疑 問で ある

︒ス テー クホ ルダ ーの 代 表を 公平 に選 出で きな けれ ば︑ ステ ーク ホル ダー 委員 会の 決 定は ステ ーク ホル ダー 共同 体の 民意 を反 映で きな いで あろ う

︵非 民主 性︶

︒著 者は

︑代 表者 が﹁ 応答 性﹂ を保 つこ との 重要 性を 論じ てい るが

︵二 九四

︱二 九八 頁︶

︑ス テー クホ ルダ ーの 代表 性を 確保 する ため には

︑そ もそ も代 表を 公平 に選 出す る

こと が必 要で あろ う︒ 加え て︑ ステ ーク ホル ダー 委員 会に は 様々 なス テー クホ ルダ ー代 表が 参加 する 以上

︑利 害対 立が 生 じ︑ 全会 一致 で決 定で きる こと は例 外的 であ るに 違い ない

︵非 決定 性︶

︒そ れで は︑ 多数 決と いう 手続 きで 決定 する ので あ ろう か︒ もし そう であ ると すれ ば︑ 多数 決と いう 手続 きに 正 当性 を付 与す るた めに

︑代 表を 公平 に選 出す るこ とが 必要 で あろ う︒ しか し著 者は

﹁ス テー クホ ルダ ーと は誰 か﹂ を同 定す る方 法は 論じ てい るが

︵第 二章 第二 節︶

︑ス テー クホ ルダ ー委 員会 の代 表を 選出 する 方法 につ いて は︑ まっ たく 論じ てい ない

︵二 四二 頁を 参照

︶︒ しか し︑ この 点を 詰め なけ れば

︑ス テー クホ ルダ ー委 員会 の決 定の 非民 主性

・非 決定 性と いう 難問 に直 面 し︑ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーの 構想 は説 得力 を失 っ てし まう であ ろう

︒ 著者 も認 める よう に︑ 決定 過程 に包 摂さ れた ステ ーク ホル ダー にど のよ うに 発言 力を 配分 する かに つい ては

︑被 影響 性 に応 じて 比例 的に 配分 すべ きで ある とす る解 釈も あり うる し︑ 等し く配 分す べき であ ると する 解釈 もあ りう る︵ 四三 頁︶

︒ 前者 であ れば

︑し かし

︑比 例性 を算 出す るの は難 しい であ ろ う︒ 後者 であ れば

︑そ うし た難 しさ はな いが

︑今 度は 多数 決 で決 定で きな くな るで あろ う︒ そう であ ると すれ ば︑ 別の 選

(7)

出方 法を 考え るし かな い︒ たと えば

︑ス テー クホ ルダ ー間 の委 員の 比率 は︑ 一人 ずつ とい うよ うに 平等 にす る︒ その 代わ りに

︑ス テー クホ ルダ ー 委員 会の なか に︑ 有権 者の なか から 抽選 で選 出さ れた 公益 委 員を 配置 し︑ 彼ら が裁 判官 のよ うに 判断

・決 定す る︒ この よ うに して は︑ どう であ ろう か︒ 著者 は﹁ 市民 パネ ルに よっ て 構成 され る公 論形 成の ため のミ ニ・ パブ リッ クス と︑ ステ ー クホ ルダ ー・ パネ ルに よっ て構 成さ れる よう な意 思決 定の た めの ミニ

・パ ブリ ック スと を区 別し て︑ 両者 を並 立さ せる 可 能性 につ いて 検討 すべ きで ある

﹂と して いる

︵一 三一 頁︶

︒し かし

︑ス テー クホ ルダ ー委 員会 の中 核を 抽選 で選 出し なけ れ ば︑ ステ ーク ホル ダー 委員 会の 非民 主性

・非 決定 性と いう 難 問を 回避 する のは 難し いよ うに 思わ れる

⑵ ステ ーク ホル ダー 間の 調整

第二 に生 じる であ ろう 疑 問は

︑ス テー クホ ルダ ー間 の対 立を どの よう に調 整す るの か︑ とい う疑 問で ある

︒著 者は

︑ス テー クホ ルダ ー委 員会 に決 定 権限 を部 分的 に移 譲す ると して いる

︵一 三一 頁︑ 二七

〇頁

︶︒ そし て︑ デモ イが 競合 した 場合

︑﹁

﹁そ のた びご との 調停

﹂を 可能 とす る政 治的 余地 を残 すこ と﹂ を強 調す る︵ 二九 八︱ 二 九九 頁︶

︒ しか しそ うす ると

︑幾 つか の難 問が 生じ る︒ ステ ーク ホル

ダー に決 定権 限を 部分 的に 移譲 し︑ それ ぞれ のス テー クホ ル ダー 委員 会が 予算 を要 求す れば

︑財 政が 破綻 して しま うこ と はな いの であ ろう か︒ また

︑あ るス テー クホ ルダ ー委 員会 の 決定 が社 会全 体に とっ てマ イナ スに なる こと はな いの であ ろ うか

︒た とえ ば︑ 経済 政策 に関 する ステ ーク ホル ダー 委員 会 の決 定が 地球 環境 の破 壊に つな がる 場合 があ るよ うに

︒こ う した こと は︑ 著者 が主 張す るよ うな

﹁そ のた びご との 調停

﹂ で解 決で きる ので あろ うか

︒私 の考 えで は︑ ステ ーク ホル ダー 間の 調整 を機 能さ せる ため には

︑ス テー クホ ルダ ー委 員 会に たい する 議会 の優 位を 確立 しな けれ ばな らな い︒ しか し著 者の 議会 像は 揺れ てい る︒ 著者 は︑ 議会 の役 割を 次の よう に定 式化 して いる

︒﹁ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラ シー にお ける 議会 の役 割は

︑政 策形 成︵ 立法

︶よ りも 監視 に 求め られ るこ とに なる だろ う﹂

︵二 七七 頁︶

︒こ の場 合︑ 議会 の権 限は 調査 権に 限定 され るこ とに なる だろ う︒ しか し︑ 議 会が 予算 議決 権を 持つ とす る︑ より 強い 議会 像も 存在 する

﹁政 策分 野・ 政策 課題 ごと の重 要性 を判 断し

︑予 算配 分な どを 通じ て優 先順 位づ けを 行な う役 割を 担う 制度 体は

︑依 然と し て議 会以 外に は考 えに くい

﹂︵ 二七 七頁

︶︒ さら には

︑議 会が メタ

・ガ バナ ンス の役 割を 担う とす る︑ さら に強 い議 会像 も 存在 する

︒﹁ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーに おい ても 分

(8)

野・ 争点 ごと の決 定を 相互 に調 整す る必 要は 認め られ るの で あり

︑メ タ・ ガバ ナン スの 役割 を担 いう る領 域的 な議 会や 主 権国 家が 不要 にな るわ けで はな い﹂

︵二 二四 頁︶

︒ 著者 の構 想で は︑ ステ ーク ホル ダー 間調 整に おけ る議 会の 役割 が曖 昧な ので はな いだ ろう か︒ これ に関 連し て︑ ステ ー クホ ルダ ー委 員会 への 権限 の部 分的 移譲 とい う場 合︑

﹁部 分 的﹂ とい うこ とで 何を 移譲 して 何を 移譲 しな いの か︑ 明確 に する こと も求 めら れる であ ろう

⑶ 修正 モデ ル 以上 の二 点を 踏ま えれ ば︑ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーの 構想 を次 のよ うに 修正 した ほう がよ い よう に思 われ る︒ 国政 の場 合で 言え ば︑ 各ス テー クホ ルダ ー 委員 会が 各省 庁に 勧告 し︑ 内閣 が最 終的 に調 整し たう えで 国 会に 法律 案・ 予算 案を 提出 し︑ 国会 が最 終的 に決 定す ると い うモ デル であ る︵ 図︶

︒ この よう に修 正す ると

︑ス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー を骨 抜き にし てい るの では ない か︑ 既存 の代 議制 民主 主義 と 大同 小異 なの では ない か︑ とい う批 判が 生じ るに 違な い︒ 既 存の 代議 制民 主主 義も 議会 だけ でな く︑ 様々 な回 路を 通じ て ステ ーク ホル ダー の声 をす くい あげ てい るか らで ある

︒た と えば

︑労 働政 策に 関し ては

︑労 働者 を代 表す る委 員一

〇人

︑ 使用 者を 代表 する 者一

〇人

︑公 益を 代表 する 者一

〇人 で構 成

図 ステークホルダー・デモクラシーの修正モデル

ؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐᕰᕰ Ằ

᢫㐽 㐽ᣪ

໅࿈

ؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐؐ

6+ ጟဤఌ ; ප─ጟဤ

؜ٌؐؐؐؐؠ 6+ 6+ 6+

6+ ጟဤఌ㹎 6+ ጟဤఌ㹏

㆗ ఌ හ 㛮 ㄢᩒ࣬Ửᏽ

(9)

され た労 働政 策審 議会 が設 置さ れて いる

︵労 働政 策審 議会 令 第二 条︑ 第三 条︶

︒ま た︑ パブ リッ クコ メン トは

︑利 害関 係者 の声 をす くい あげ る回 路に なっ てい る︒ 議会 もス テー クホ ル ダー から 意見 を聴 取す るた めに

︑公 聴会 を開 催し たり 請願

・ 陳情 を受 けつ けた りし てい る︒ この よう に既 存の 代議 制民 主 主義 でも

︑様 々な 回路 を通 じて ステ ーク ホル ダー の意 見を 聴 取し

︑議 会が 最終 的に 決定 して いる

︒ しか し私 の修 正は

︑既 存の 代議 制民 主主 義と は幾 つか の点 で異 なっ てい る︒ 第一 に︑ より 多く のス テー クホ ルダ ー委 員 会の 設置 が想 定さ れて いる こと

︒第 二に

︑抽 選で 選出 され た 公益 委員 にス テー クホ ルダ ー委 員会 の決 定権 を委 ねる こと が 想定 され てい るこ と︒ そし て第 三に

︑ス テー クホ ルダ ー委 員 会が 強い 勧告 権を 有す ると され てい るこ とで ある

︒著 者は

︑ こう した ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーの 修正 を支 持す る ので あろ うか

︒そ れと も︑ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ー を骨 抜き にす るも のと して 退け るの であ ろう か︒ 最後 に 最後 に︑ 蛇足 かも しれ ない が︑ 叙述 に関 して 二つ のコ メン トを して おき たい

︒第 一に

︑ヨ

とを イメ ージ する とよ いか もし れな い︒ 著者 の文 献渉 猟は 圧 巻で ある が︑ しか しそ れゆ えに

︑や やも すれ ば議 論が ヨコ に 拡散 して いる との 印象 を与 えか ねな い︒ そう した 印象 を与 え ない ため には

︑論 旨と 比較 的関 連の 薄い 事柄 は割 愛し

︑論 旨 をめ ぐっ て議 論を 深め るイ メー ジで 叙述 する とよ いの では な いだ ろう か︒ 第二 に︑ 緩 とよ いか もし れ ない

︒著 者の 文体 は︑ たと えて 言え ば剛 速球 であ り︑ 著者 の 卓越 した 力量 を間 違い なく 示し てい る︒ しか し︑ その こと が 読者 を遠 ざけ てし まう かも しれ ない

︒叙 述に 緩急 をつ けれ ば︑ より 読み やす くな るの では ない だろ うか

︒変 化球 があ っ てこ そ剛 速球 も生 きて くる のと 同じ であ る︒ 以上 の二 点は スタ イル に属 する 事柄 であ り︑ あく まで も参 考意 見と して 聞い てい ただ けれ ば幸 いで ある

︒い ずれ にし て も︑ こう した 力作 が公 刊さ れた 以上

︑本 書の 内容 を理 解・ 検 討し 民主 主義 理論 を発 展さ せて いく こと が︑ 政治 理論 共同 体 に課 され た使 命で あろ う︒ また

︑こ の書 評に 応答 する こと を 通じ て︑ 著者 のス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー 論が 発展 す るこ とを 願っ てや まな い︒

* 本稿 は︑ 二〇 一九 年一 二月 二一 日の 九州 大学 政治 研究 会 で報 告し た書 評原 稿に 軽微 な修 正を 施し たも ので ある

(10)

岡﨑 晴輝 氏へ のリ プラ イ

松 尾 隆 佑 拙著

﹃ポ スト 政治 の政 治理 論︱

︱ス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー を編 む︱

︱﹄

︵以 下︑ 本書

︶は

︑現 代政 治の 新た なヴ ィ ジョ ンを 示す べく デモ クラ シー のモ デル 構築 に取 り組 むと い う︑ いさ さか 壮大 に過 ぎる 目的 を掲 げて おり

︑程 よく 限定 さ れた 主題 に専 心し て堅 実な 論証 を重 ねる 標準 的な 政治 理論 研 究の 作法 を逸 脱し てい る︒ この よう な一 種の 奇書 を丁 寧に 吟 味し

︑内 容を 的確 かつ 簡潔 に要 約す ると とも に︑ 今後 の理 論 的発 展に つな がる 論点 を提 示し てく ださ った 岡﨑 晴輝 氏︵ 以 下︑ 評者

︶に

︑ま ずは 心か ら感 謝を 申し 上げ たい

︒ もと より 本書 がさ まざ まな 限界 を抱 えて いる こと は明 らか であ る︒ 評者 が﹁ 参考 意見

﹂と しな がら 最後 に述 べる よう に︑ 本書 は多 様な トピ ック に論 及し てい る反 面で

︑議 論は やや 拡 散す る傾 向に あり

︑個 々の 論点 につ いて は必 ずし も十 分に 掘 り下 げた 検討 をで きて おら ず︑ 論述 に洗 練の 余地 を残 す箇 所 も少 なく ない

︒こ れら は︑ ある べき デモ クラ シー

︵ス テー ク ホル ダー

・デ モク ラシ ー︶ のモ デル を可 能な 限り 体系 的に 描 き出 すこ とを 課題 に選 んだ 本書 の性 格ゆ えに 払わ ざる をえ な

かっ た犠 牲と いう 面も ある が︑ 基本 的に は私 自身 の力 量不 足 から 生じ た欠 点で あり

︑関 連す る今 後の 研究 を通 じて 補完 に 努め てい きた いと 考え てい る︒ 本稿 で試 みる 評者 への リプ ラ イは

︑そ の第 一歩 とな ろう

︒ さて

︑叙 述に 関す るコ メン トを 除け ば︑ 評者 が本 書に 対し て提 起す る問 題点

・疑 問点 は主 に三 つあ る︒ 一つ 目は 構成 上 の事 柄で

︑よ り明 瞭に 先行 研究

︵テ リー

・マ クド ナル ドに よ るグ ロー バル

・ス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー 論お よび 標 準的 な熟 議デ モク ラシ ー論

︶と 関連 づけ れば

︑も っと 本書 の オリ ジナ リテ ィを 強調 でき たの では ない かと いう 趣旨 であ る︒ 二つ 目は

︑ス テー クホ ルダ ーの 代表 者を 公平 に選 出す る 方法 を本 書が 十分 に明 らか にし てお らず

︑そ うで ある 以上 は ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーを 民主 的な 構想 とは 言え な いだ ろう との 批判 であ る︒ 三つ 目は

︑分 野・ 争点 ごと のス テー クホ ルダ ー代 表で 構成 され た各 ステ ーク ホル ダー 委員 会に よ る決 定は 相互 の調 整を 要す ると 考え られ るが

︑本 書で はそ の 調整 方法 が不 明確 なま まで あり

︑調 整を 担い うる 議会 の位 置 づけ も曖 昧に され てい ると の主 張で ある

︒評 者は 二つ 目と 三 つ目 の判 断を 前提 に︑ 最終 的に 抽選 制を 組み 合わ せた ステ ー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー の﹁ 修正 モデ ル﹂ を提 案し

︑そ の 受け 入れ 可能 性を 問う てい る︒ これ に対 する 私の 答え は︑ 抽

(11)

選制 の活 用へ の異 論を 伴う 部分 的肯 定︵ 部分 的否 定︶ とな る︒ その 理由 は︑ 上記 の三 点を 順に とり あげ て応 答す るな かで 明 らか にし てい こう

︒ 先行 研究 とオ リジ ナリ ティ 第一 に︑ 先行 研究 と関 連づ けた オリ ジナ リテ ィの 提示 をよ り明 瞭に でき たの では ない かと の指 摘に つい てで ある

︒確 か に評 者が 言う よう に︑ 結論 部で 改め てマ クド ナル ドの 議論 や 標準 的な 熟議 デモ クラ シー 論︵ 熟議 モデ ル︶ など 既存 の知 見 と比 較対 照し

︑本 書が 描き 出し たス テー クホ ルダ ー・ デモ ク ラシ ーの 特徴 と意 義を 強調 する よう な構 成は あり えた だろ う し︑ そち らの 方が 読者 の理 解を 助け ただ ろう こと も疑 いな い︒ この 点は 端的 に言 って 執筆 上の 不備 であ る︒ ただ し︑ 本書 にお ける 熟議 モデ ルへ の批 判そ のも のは

︑熟 議に よる 反省 機能 を重 視す る田 村哲 樹氏 の議 論を 主た る前 提 とし なが ら明 示的 に行 なわ れて いる

︵二 九︱ 三三 頁︶ ため

︑ 評者 が述 べる ほど 論争 性が 不鮮 明に なっ てい るわ けで はな い だろ う︵ 評者 は特 に熟 議デ モク ラシ ー論 との 関連 を重 視し て いる ため

︑こ こで はマ クド ナル ドの 議論 との 関連 は措 く︶

︒ 本書 では

︑私 的な 利益 を追 求す る諸 個人 によ って 構成 され る

集団 を構 成員 間の 平等 に基 づき 秩序 化す る集 合的 自己 決定 と して デモ クラ シー を理 解し

︑諸 個人 によ る政 治参 加を 各自 の 私益 を保 護・ 拡充 する ため の手 段と して のみ 重視 して いる

︵二

︱三 頁お よび 三一 頁︶

︒こ れは 私益 を超 えた 公共 的理 由を 重 視す る熟 議モ デル とは 対立 する 政治 観で あり

︑公 共的 利益 を 私益 の集 積と 均衡 に還 元す る点 で︑ むし ろ熟 議モ デル が批 判 の対 象と して きた 集計 モデ ル︵ 利益 集団 自由 主義

︶と 共通 す る︒ ここ から 本書 は︑ 人び とは 何よ りも まず 私的 理由 に基 づ き政 治に かか わる ので ある から

︑私 益追 求を 批判 する ばか り では 熟議 に参 加す る動 機づ けを 供給 でき ない とし て熟 議モ デ ルを 批判 して いる

︒そ の一 方で

︑よ り的 確な 自己 利益 の実 現 を導 くた めに も他 者と のコ ミュ ニケ ーシ ョン を通 じた 情報 取 得や 学習

︑反 省は 有用 であ ると の考 えか ら︑ 規範 的性 格が 希 薄化 され た﹁ 道具 的熟 議﹂ の意 義を 積極 的に 認め

︑集 計的 で ない 利益 政治 の可 能性 を見 出す

︒熟 議モ デル は︑ なぜ 私た ち は反 省す べき なの かを 十分 に説 明し ない

︒そ れに 対し て︑ 熟 議を 通じ た反 省は 私益 追求 に資 する から こそ 重要 であ り︑ そ のよ うな 熟議 であ れば 人び とが 参加 する 動機 づけ も確 保し や すい はず だと いう のが 本書 の主 張で ある

︒さ らに

︑熟 議モ デ ルは 一般 市民 から の無 作為 抽出 で構 成さ れた ミニ

・パ ブリ ッ クス にお ける 熟議 が公 論形 成に 果た しう る役 割を 重視 する

(12)

が︑ 本書 はそ の意 義を 肯定 しつ つ︑ 分野

・争 点ご との ステ ー クホ ルダ ーに よっ て構 成さ れた ミニ

・パ ブリ ック ス︵ ステ ー クホ ルダ ー委 員会

︶が 意思 決定 を担 うべ きこ とや

︑ス テー ク ホル ダー によ る道 具的 熟議 もま た公 論形 成に 一定 の効 果を 及 ぼせ るこ とを 提起 して いる

︵一 二九

︱一 三二 頁︶

︒ス テー ク ホル ダー 間の コミ ュニ ケー ショ ンは 熟議 と異 質な

﹁交 渉﹂ と 見な され やす く︑ 規範 的観 点か ら低 く評 価さ れが ちで あっ た ため

︑本 書は 通説 的理 解に 修正 を迫 って いる と言 える

︒ この よう に本 書が 熟議 モデ ルに 関し て述 べて いる 内容 は︑ 評者 が示 唆す る通 り極 めて 論争 的で あり

︑あ まり 誰も 指摘 し てい ない

︵そ れゆ えオ リジ ナリ ティ があ ると 思わ れる

︶︒ 私 とし ては

︑自 身の 見解 が単 なる

﹁独 自説

﹂と して 黙殺 され る こと なく

︑熟 議モ デル を擁 護す る立 場か らの 活発 な応 答が 為 され るこ とを

︵評 者と とも に︶ 望ん でい る︒ 幸い

︑二

〇二

〇 年一 月一 一日 に早 稲田 大学 で開 かれ た本 書の 合評 会で は︑ 熟 議デ モク ラシ ー論 を専 門と する 内田 智氏 から

︑ス テー クホ ル ダー 間の 熟議 であ れば 動機 づけ の問 題を 解決 でき るの か︵ 人 びと が異 なる ステ ーク ホル ダー との 合意 形成 へと 動機 づけ ら れる か︶ は疑 問で ある し︑ 一般 市民 の無 作為 抽出 に基 づく ミ ニ・ パブ リッ クス に対 する 本書 の評 価は 不当 に低 いの では な いか とい った 反論 が寄 せら れた

︒今 後︵ 他の 論者 も交 えつ つ︶

さら なる 議論 を継 続し てい くこ とで 研究 発展 に寄 与で きれ ば︑ 何よ りの 喜び であ る︒ ステ ーク ホル ダー 代表 の選 出 評者 は本 書の ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ー論 を批 判的 に検 討す る︵ 第二 と第 三の 指摘 を為 す︶ 際の 前提 とし て︑ 多 くの 政治 理論 家は ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーが 依拠 す る被 影響 利害 原理 を支 持す るだ ろう とし てい る︒ だが

︑私 自 身の 印象 は異 なる

︒少 なく とも 現時 点で より 多数 の政 治理 論 家が 支持 を与 えて いる のは

︑政 治的 決定 から 重大 な影 響を 受 ける 者は 誰で も決 定過 程に 包摂 され るべ きだ とす る被 影響 利 害原 理よ りも

︑法 的拘 束力 を持 つ決 定へ の服 従を 決定 過程 に 包摂 され るべ き根 拠と 考え る﹁ 被支 配原 理﹂ の方 だか らで あ る︵ 二一 九︱ 二二

〇頁

︶︒ 被影 響利 害原 理へ の支 持を 拡大 す るた めに は︑ 引き 続き 議論 を重 ねて いく 必要 があ る︒ もっ と も︑ 被支 配原 理や ライ ナー

・バ オベ ック が主 張す る﹁ ステ ー クホ ルダ ー・ シテ ィズ ンシ ップ

﹂の 原理 など は︑ 考慮 すべ き

﹁影 響﹂ に関 する 異な った 解釈 から 生み 出さ れる 被影 響利 害 原理 のバ リエ ーシ ョン とし て位 置づ け可 能な ため

︵拙 稿﹁ 原 発事 故避 難者 と二 重の 住民 登録

︱︱ ステ ーク ホル ダー

・シ

(13)

ティ ズン シッ プに 基づ く擁 護﹂

﹃政 治思 想研 究﹄ 第一 八号

︑二

〇一 八年 五月

︶︑ 被影 響利 害原 理に 類す る民 主的 規範 が幅 広 い政 治理 論家 に受 け入 れら れつ つあ ると は言 える だろ う︒ 評者 によ る第 二の 指摘

︑す なわ ちス テー クホ ルダ ーの 代表 者を 誰が どの よう に選 出す るの かと いう 疑問 に移 ろう

︒本 書 は分 野・ 争点 ごと の意 思決 定を ステ ーク ホル ダー 委員 会に 担 わせ るべ きと 主張 して いる が︑ 評者 によ れば

︑ス テー クホ ル ダー 委員 会を 構成 する 代表 者を 公平 に選 出で きな い限 り︑ そ の決 定は ステ ーク ホル ダー 共同 体の 民意 を反 映し たも のと は 言え ず︑ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーは 非民 主性 を抱 え るこ とに なる

︒そ れに もか かわ らず 本書 は代 表者 の選 出方 法 を全 く論 じて いな いの で︑ この まま では ステ ーク ホル ダー

・ デモ クラ シー の構 想は 説得 力を 欠く

︒そ こで 評者 は︑ 有権 者 のな かか ら抽 選で 選出 され た公 益委 員を 各ス テー クホ ルダ ー 委員 会に 配置 し︑ 彼ら が裁 判官 のよ うに 判断

・決 定す るこ と にし ては どう かと の提 案を 行な って いる

︒ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーに おけ る代 表性 や民 主的 正統 性へ の疑 念は

︑本 書の なか で触 れた エヴ ァ・ エル マン

︵二 一八

︱二 一九 頁︶ や︑ 福原 正人 氏︵ 福原 正人

﹁民 主主 義の 境 界画 定︱

︱正 当性 と正 統性

﹂﹃ 年報 政治 学﹄ 二〇 一八 年Ⅱ 号︑ 二〇 一八 年一 二月

︶な ど︑ 評者 以外 にも 複数 の論 者が 示し て

いる

︒そ れゆ え︑ この 論点 がス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー の評 価を 左右 する 重要 性を 持つ こと は明 白だ ろう

︒一 様に 問 題と され てい るの は︑ 代表 選出 など 決定 過程 への 参加 機会 を 平等 に保 障す るフ ォー マル な手 続き が︵ マク ドナ ルド の︶ ス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー 論に 欠如 して いる 点で ある

︒ 従来 の代 表制 デモ クラ シー にお いて

︑市 民が 多様 な利 益集 団 への 参加 を通 じて 選挙 によ って は十 分に 代表 され ない 民意 を 決定 過程 に反 映さ せる こと は︑ 代表 性を 補完 する 機能 とし て 基本 的に 肯定 され てき た︒ した がっ て︑ 分野

・争 点ご との ス テー クホ ルダ ー共 同体 を非 選挙 的に 代表 する 立場 で活 動す る NG Oな どの 非国 家主 体を 単純 に非 民主 的と 断ず るこ とは で きな いは ずで ある が︑ 国政 のよ うな 選挙 があ るわ けで ない グ ロー バル 政治 の文 脈で は︑ 非選 挙的 な代 表者

︵と して 振る 舞 うア クタ ー︶ がど のよ うな 意味 で代 表性 ない し民 主的 正統 性 を有 する と言 える のか が焦 点化 され やす い︒ 実は 本書 もこ の点 は意 識し てお り︑ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーに おけ る代 表性 の検 討は

︑マ クド ナル ドの 議論 を 踏ま えつ つ︑ 液状 デモ クラ シー 論お よび 分人 デモ クラ シー 論 を接 合し て補 強す るか たち で展 開し てい る︵ 二七 一︱ 二七 三 頁︑ 二八 一︱ 二八 九頁

︶︒ マク ドナ ルド は︑ 選挙 の代 表メ カニ ズム を権 威付 与と 答責 性に よっ て特 徴づ けた 上で

︑国 際機 関

(14)

など のマ ルチ ステ ーク ホル ダー

・プ ロセ スに 加わ る非 国家 主 体は

﹁評 判﹂ によ って 資源 を左 右さ れる 限り で権 威付 与と 答 責性 に基 づく 代表 たり うる と論 じ︑ 非選 挙的 な代 表者 であ っ ても 選挙 と同 形の 代表 メカ ニズ ムか ら正 統化 され うる とす る︒ むろ ん︑ ここ での 問題 は︑ マク ドナ ルド が提 示す るよ う な評 判を 介し た代 表メ カニ ズム が選 挙と 比べ て不 確か で︑

﹁弱 い﹂ 機能 しか 持た ない こと にあ る︒ そこ で本 書は

︑液 状デ モ クラ シー

/分 人デ モク ラシ ーが 提起 する よう なオ ンラ イン の 投票 シス テム を非 国家 主体 の評 判を 可視 化す るた めに 活用 す れば

︑誰 もが 自ら の属 する ステ ーク ホル ダー 共同 体の 代表 選 出に 携わ る手 段を 得ら れる とと もに

︑選 挙同 様の 明確 な権 威 付与 と答 責性 を伴 った

﹁強 い﹂ 代表 メカ ニズ ムが 成立 しう る こと を論 じた

︒や はり 構成 上の 拙さ ゆえ

︑ス テー クホ ルダ ー 委員 会の 代表 選出 方法 を明 示的 に論 じて いな いこ とが 理解 を 妨げ てい ると 思わ れる が︑ 評者 の指 摘に 対応 すべ きは 上記 の 箇所 であ る︒ これ に対 して

︑評 者が 本書 でス テー クホ ルダ ー 委員 会の 代表 選出 方法 は全 く論 じら れて いな いと して 参照 を 指示 する 箇所

︵二 四二 頁︶ は︑ 企業 内部 に設 置さ れる べき

﹁ス テー クホ ルダ ー役 員会

﹂の 具体 的検 討︵ この 点は 目下 の研 究 課題 の一 つと して 取り 組ん でい る︶ を留 保し た部 分で あり

︑ 地方 政治

・国 政・ グロ ーバ ル政 治な どの 文脈 にお ける ステ ー

クホ ルダ ー委 員会

︵な いし マル チス テー クホ ルダ ー・ プロ セ ス︶ とは 若干 性格 が異 なる 点に 注意 され たい

︒ 改め て整 理す ると

︑本 書の 議論 では

︑迷 惑施 設の 立地 など アド ホッ クな 課題

・争 点を めぐ って 設置 され るス テー クホ ル ダー 委員 会の 場合 は︑ 公共 圏に おけ る熟 議︵ 公論 形成

︶を 前 提に ステ ーク ホル ダー 分析 を通 じて 構成 員︵ 代表 者︶ を選 定 して いく こと にな るだ ろう

︒ス テー クホ ルダ ー分 析は 誰も が 納得 する よう なス テー クホ ルダ ーの 範囲 を一 意に 画せ るよ う なも ので はな いが

︑異 議申 し立 ての 余地 を確 保す るこ とで 委 員会 の代 表性 は高 めら れう る︵ 一一 二︱ 一一 七頁

︑一 二八 頁︶

︒ これ に対 して

︑よ り恒 常的 な分 野・ 争点 に関 して 設置 され る ステ ーク ホル ダー 委員 会の 場合 は︑ 公共 圏と ステ ーク ホル ダー 共同 体そ れぞ れに おけ る熟 議を 前提 に︑ 評判 に基 づく ス テー クホ ルダ ー間 の権 威付 与を 通じ て代 表者 が定 まっ てい く こと にな るが

︑そ の際 にオ ンラ イン 投票 シス テム を介 した 評 判の 可視 化を も想 定す るの が︑ マク ドナ ルド の議 論と 私の 議 論の 重要 な差 異で ある

︒し たが って

︑オ ンラ イン の投 票シ ス テム を用 いて ステ ーク ホル ダー 共同 体の 代表 者を 選出 し︑ ス テー クホ ルダ ー委 員会 の構 成員 とす る︵ ステ ーク ホル ダー 代 表を 選挙 する

︶可 能性 も視 野に 入っ てく る︒ ステ ーク ホル ダー 委員 会を 構成 する 代表 者は 基本 的に 熟議 を通 じて 合意 形

(15)

成を 目指 すが

︑合 意に 至ら なか った 場合 の多 数決 によ る意 思 決定 の可 能性 も排 除さ れて はい ない

︵二 八一 頁︶

︒さ らに 付 け加 える なら

︑本 書の 理解 では

︑こ のよ うな 手続 きを 備え た だけ で十 分に 民主 的と 言え るわ けで もな い︒ 民主 的な 決定 過 程は

︑重 大な 利害 関心 に応 じて ステ ーク ホル ダー とし て参 加 でき る機 会と とも に︑ 自律 しう るた めに 不可 欠な 法的

・経 済 社会 的諸 条件 や︑ 自ら の利 害関 心を 十分 に認 識で きる 環境 な どを 全市 民が 平等 に保 障さ れた とき

︑は じめ て実 現さ れた こ とに なる はず であ る︒ その 実現 を図 るた めに は︑ 本書 の第 三 章で 提示 した よう なス テー クホ ール ディ ング の諸 施策 が必 要 とさ れる

︒ 以上 が代 表性 をめ ぐる 指摘 への 基本 的な 応答 とな るが

︑評 者は 各ス テー クホ ルダ ー委 員会 にお ける 決定 権を 抽選 され た 公益 委員 に委 ねる とい う提 案を 行な って いる ので

︑こ れに 対 する 私の 考え も示 そう

︒ま ず本 書に おい ても

︑議 会の 構成 に あた って 選挙 制と 抽選 制を 組み 合わ せる 可能 性は 認め てい る

︵二 六九 頁︶

︒し かし

︑自 らが 重大 な影 響を 被る 決定 の作 成過 程に 参加 でき るこ とが 集合 的自 己決 定と して のデ モク ラシ ー の意 義だ と理 解す る本 書の 立場 から すれ ば︑ 評者 が提 案す る よう な抽 選に 基づ く公 益委 員に 決定 権を 委ね る制 度が

︑ど の よう な意 味で 民主 的で ある のか は疑 問で ある

︒当 該の 分野

争点 に重 大な 利害 関心

︵や 専門 性︶ を持 たな い公 益委 員が 抽 選さ れた 事実 だけ を理 由に 決定 権を 握る とす れば

︑﹁ 私の 事 柄﹂ が﹁ 私﹂ では ない 者に よっ て決 めら れる 事態 とな り︑ 自 己決 定と して のデ モク ラシ ーに そぐ わな い︵ 四一 頁︶

︒た と えば 放射 性廃 棄物 の処 分場 を建 設す る際 には

︑処 分場 の構 造 や立 地地 域の 選定 方法

︑立 地に あた って の合 意形 成手 続き

︑ 立地 地域 への 補償 枠組 みな ど︑ 総論 の段 階に おけ る一 般的 な 論点 につ いて は︑ 無作 為抽 出の 一般 市民 が議 論し て決 める こ とも あり えよ う︒ だが

︑実 際に 立地 地域 を絞 り込 み︑ 処分 場 の建 設・ 運営 に関 する 具体 的事 項な どを 決定 する よう な各 論 の段 階で は︑ 地域 住民 をは じめ とす る主 要な ステ ーク ホル ダー の合 意が 必要 とさ れる はず であ る︒ それ は私 たち が決 定 から 重大 な影 響を 被る 人び との 意思 を尊 重す べき だと 考え て いる から であ り︑ 自己 決定 の価 値を 重視 して いる から であ る︒ した がっ て︑ 一般 市民 から 抽選 され た代 表者 が行 使で きる 影 響力 は︑ 直接 の意 思決 定よ りも 公論 形成 の次 元に とど める べ きだ と考 えら れる

︵二 六九

︱二 七〇 頁︶

︒ この よう にデ モク ラシ ーの 価値 を諸 個人 の自 己決 定に 求め る私 の立 場か らは

︑あ らゆ る市 民に 決定 過程 にお ける 意思 表 明と 影響 力行 使の 平等 な機 会を 恒常 的に 確保 させ る点 で︑ 選 挙制 は抽 選制 より も一 般に 高い 民主 的正 統性 をも たら しう る

(16)

と見 なせ る︵ 二六 八︱ 二六 九頁

︶︒ もっ とも

︑よ り積 極的 に抽 選制 を評 価す る立 場は

︑本 書の よう に選 挙を 有権 者に とっ て

﹁さ さや かな がら 確か な機 会﹂

︵二 六八 頁︶ と評 価す るこ との 妥当 性を 疑う だろ う︒ 政治 学で は常 識に 属す る知 見だ が︑ 選 挙に 基づ く標 準的 な代 表制 デモ クラ シー にお ける 決定 にあ たっ て各 市民 に保 障さ れる 影響 力は 極め て微 弱な もの でし か なく

︑個 々の 有権 者が 選挙 結果 に決 定的 な影 響力 を及 ぼせ る 可能 性は ほと んど 存在 しな い︒ そう であ る以 上︑ 選挙 にお け る投 票は 自己 決定 の名 に値 しな いと の判 断に も無 理は なか ろ う︵ 福家 佑亮

﹁デ モク ラシ ーを 支え るも の﹂

﹃実 践哲 学研 究﹄ 第四 二号

︑二

〇一 九年 一一 月︶

︒し かし なが ら︑ 自己 決定 とし ての 質が 低い から とい って

︑そ の機 会が 要ら なく なる わけ で はな い︒ 仮に

︑事 実上 の隷 属状 態に 置か れて いる ため に自 ら 選択 した 内容 がほ とん ど生 活上 の決 定に 反映 され ず︑ 他者 に よっ て決 めら れる こと ばか りの 境遇 にあ ると すれ ば︑ 希求 す べき は選 択の 機会 を手 放す こと では なく

︑選 択の 影響 力を 高 める こと であ ろう

︒決 定過 程を 分野

・争 点ご とに 分割 する ス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー の構 想も また

︑重 大な 利害 関 心を 持つ 部分 に限 定し て市 民の 参加 可能 性と 影響 力の 向上 を 図る こと で︑ 政治 参加 を従 来よ りも 自己 決定 とし ての 実質 が 伴う もの へと 近づ ける べく 主張 され てい るの であ る︒

ステ ーク ホル ダー 間の 調整 第三 の指 摘は

︑ス テー クホ ルダ ー間 の調 整に 関す るも ので ある

︒評 者は

︑ス テー クホ ルダ ー委 員会 に決 定権 限を 部分 的 に移 譲す ると

︑各 委員 会に よる 予算 要求 の結 果と して 財政 破 綻が もた らさ れた り︑ 特定 のス テー クホ ルダ ー委 員会 の決 定 が社 会全 体に とっ て悪 影響 をも たら した りす る可 能性 があ る と指 摘す る︒ そし て︑ ステ ーク ホル ダー 間の 調整 を機 能さ せ るた めに はス テー クホ ルダ ー委 員会 に対 する 議会 の優 位を 確 立し なけ れば なら ない はず だが

︑本 書に おけ る議 会の 位置 づ けは 曖昧 であ り︑ これ に関 連し て決 定権 限の

﹁部 分的

﹂移 譲 が意 味す ると ころ も不 明確 にな って いる とす る︒ ここ から 評 者は

︑ス テー クホ ルダ ー委 員会 に抽 選制 の公 益委 員を 配置 す る前 述の 提案 をも とに

︑﹁ 各ス テー クホ ルダ ー委 員会 が各 省 庁に 勧告 し︑ 内閣 が最 終的 に調 整し たう えで 国会 に法 律案

・ 予算 案を 提出 し︑ 国会 が最 終的 に決 定す る﹂ とい った 国政 レ ベル にお ける ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーの 修正 モデ ル を提 案し てい る︒ 評者 によ れば

︑既 存の 代議 制に おい ても

︑ 審議 会︑ パブ リッ ク・ コメ ント

︑公 聴会

︑請 願・ 陳情 など

︑ さま ざま な回 路を 通じ てス テー クホ ルダ ーの 声は すく い上 げ られ てい るが

︑こ うし た﹁ 既存 の代 議制 民主 主義

﹂と 修正 モ

(17)

デル は三 つの 点で 異な る︒ 第一 によ り多 くの ステ ーク ホル ダー 委員 会が 設置 され るこ とで あり

︑第 二に 抽選 で選 出さ れ た公 益委 員に ステ ーク ホル ダー 委員 会の 決定 権が 委ね られ る こと であ り︑ 第三 にス テー クホ ルダ ー委 員会 が助 言を 超え た 強い 勧告 権を 持つ こと であ る︒ もと より 本書 では

︑個 別分 野に おけ る実 質的 な政 策形 成は ステ ーク ホル ダー 委員 会に 担わ せ︑ 分野 間で の調 整や 最終 的 な予 算議 決︑ 付随 する 調査

・監 督を 議会 が担 うこ とを 指し て 決定 権限 の﹁ 部分 的﹂ 移譲 と表 現し てい た︒ した がっ て私 と して は︑ 評者 が述 べる ほど 本書 の議 会像 に揺 れが 存在 する と は考 えて いな い︒ 議会 によ る各 ステ ーク ホル ダー 委員 会の 調 整に つい ての 評者 の指 摘は

︑概 ね本 書の 想定 と一 致す るだ ろ う︒ また 評者 の提 案に 対し て︑ 私自 身は 第二 点の 抽選 制に 関 する 異論

︵前 述︶ を除 けば

︑そ れほ ど違 和感 を持 って いな い︒ 本書 が描 き出 した のは あく まで ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラ シー のモ デル であ り︑ その 解釈 はあ る程 度ま で開 かれ てい る し︑ モデ ルを 現実 政治 のな かに 具体 化し た姿 は︑ さま ざま で あり うる

︒評 者に よる 修正 モデ ルの うち 第一 点と 第三 点の 特 徴は

︑ス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー の解 釈と して 成り 立 ちう るだ ろう

︒ 評者 は既 存の 代議 制と

︵修 正版 の︶ ステ ーク ホル ダー

・デ

モク ラシ ーと の異 同を 強調 して いる が︑ 私自 身は

︑あ りう る ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーの 具体 化が 既存 の諸 制度 と 大差 なく 見え たと して も︑ その こと 自体 は問 題で ない と考 え てい る︒ なぜ なら

︑本 書の 中核 的主 張は 多様 なス テー クホ ル ダー の参 加を 制度 化し てそ の影 響力 を強 化す るこ と︑ つま り 利益 媒介 メカ ニズ ムの 適切 な再 構築 であ り︑ 従来 の代 表制 デ モク ラシ ーや リベ ラル

・デ モク ラシ ー︵ ここ では 両者 を互 換 的に 扱う

︶を 超え る全 く新 しい モデ ルを 打ち 出す こと には な いか らで ある

︒そ もそ も二

〇世 紀に 広く 受け 入れ られ たと さ れ︑ 現在 やか まし く﹁ 危機

﹂が 叫ば れて いる リベ ラル

・デ モ クラ シー 自体 が︑ 歴史 的に はど こで も実 現し たこ とが ない 一 つの モデ ルで しか なく

︵網 谷龍 介ほ か編

﹃戦 後民 主主 義の 青 写真

︱︱ ヨー ロッ パに おけ る統 合と デモ クラ シー

﹄ナ カニ シ ヤ出 版︑ 二〇 一九 年︶

︑現 実の 民主 政治 はリ ベラ ル・ デモ クラ シー の理 念に 照ら して 克服 され るべ き不 全を 絶え ず抱 えつ づ けて きた

︵前 田健 太郎

﹃女 性の いな い民 主主 義﹄ 岩波 書店

︑ 二〇 一九 年︶ とい う意 味で

︑こ の世 界は まだ リベ ラル

・デ モ クラ シー に到 達し たこ とが ない

︒そ して 少な くと も私 のス テー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー 論は

︑こ れか ら私 たち が近 づ くべ きモ デル を描 くに あた り︑ リベ ラル

・デ モク ラシ ーが 本 来と るべ き形 態を 再解 釈す るよ うに

︑従 来の 代表 制を 修正

(18)

補完 した もの であ るに すぎ ない

︒ した がっ て︑ 既存 の代 議制 を土 台に した 評者 の修 正モ デル を私 が﹁ ステ ーク ホル ダー

・デ モク ラシ ーを 骨抜 きに する も の﹂ とし て退 ける べき 理由 はな い︒ 私が 抽選 制に 基づ く公 益 委員 の配 置の みを 退け るの は︑ それ が︵ 私の 考え る︶ ステ ー クホ ルダ ー・ デモ クラ シー から は導 けな いも の︑ ステ ーク ホ ルダ ー・ デモ クラ シー の具 体化 とは 解釈 しに くい 部分 だか ら であ る︒ 抽選 制の より 積極 的な 活用 は︑ ステ ーク ホル ダー

・ デモ クラ シー とは 別の モデ ルと して 構想 され るべ きで あり

︵熟 議モ デル など も含 めた

︶複 数の モデ ルの 望ま しさ を互 い に検 討し 合う こと がデ モク ラシ ー理 論の 発展 をも たら すだ ろ う︒ 小著 がそ の礎 石の 一つ にな れば 嬉し い︒

* 本稿 は︑ 二〇 一九 年一 二月 二一 日の 九州 大学 政治 研究 会 にお ける 岡﨑 報告 への リプ ライ を基 礎に 執筆 した もの であ る︒ 当日 ご参 加を 頂い た方 々に 記し て感 謝申 し上 げる

参照

関連したドキュメント

The ‘gender budget’, which is analyzed here from the macroeconomic perspective, is a gender mainstreaming device and a notable chal- lenge to orthodox budgets in terms

*  A lecturer at Kanto Gakuin University and Kokushikan University, and researchr belongs to project of BDKE(Bibliographical Database of Keio Economists) at The Keio

In the field of bioethics, heart transplants, drug experiments raised some of the first moral issues, followed by brain death arguments,

円 板 塾 機 械 炉 披 器 383

 120 彦根論叢 第2!7号

[r]

問三     Ⅰ  にあてはまる体の一部を表す漢字を一字で書きなさい。 問四      Ⅱ 

55−58 第 38 回表面分析研究会 Depth Profiling WG 討議 議事録 −55− 掲示板 第 38 回表面分析研究会 Depth Profiling WG 討議 議事録 日時: 2012 年 2 月 10