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経済学の知識
論のためのノート
ー合理論と経験論による基礎づけについて一
(1) 黒 白イ 啓 思 1 は じ め に これから数回にわたるノートに書き留めておこうとするテーマは,一言で言 えば,経済学の認識論的なあるいは知識論的な基礎づけといった問題である が,それにはあらかじめいくつかの点を断っておく必要があろう。第一に,筆 者の意図はあらゆる意味で方法論を展開しようとするものではない。いうまで もなく方法は学を一般的な形で基礎づけようとするものであり,その限りでの 方法論議は経済学の内部においても数挙に暇がないほどであろう。しかし実際 の経緯に照らせば,方法論議は精密になればなるほどつまらなくなるのであ り,確かにこれは理由なき無責任な印象ではないようだ。というのは,近代経 済学に関する限り,厳密な方法論はともかく,経済学のおおよその定義と領域 およびその思考の様式といったレヴェルではまず不和分裂の生じ得ない一大共 同体がすでに出来上っているからであり,理論や計測はすでに,方法論議がど うあれ,この共同体の共有地盤の上に様々な樹木を繁らせているからである。 しかも奇妙なことに方法論そのものまでも,経済学共同体を支えるというより その中にすでに領地を分与され遠慮がちに収っている。にもかかわらず方法論 が不可欠とされるところを見ると,これを唯一の窓口として他の諸分野とりわ け自然科学の形勢を伺い,科学一般の動向に己れを繋ぎ止めておこうとする意 図が働いているのであろう。従って,このような学的共同体の構図にあっては 経済学を基礎つげているものはもはや方法とは言えない。方法ではなく,ただ 方法の観念が,経済学に対する超越的な反省を追い返し,基礎づけに関する問104 彦根論叢 第217号 いかけを握り潰しているのである。だから基礎づけの作業にとって真の問題 は,方法について論じることではなく,方法の観念も含めた経済学共同体を成 り立たせている暗黙の観念,潜在的な思考様式を明らかにすることである。こ れは経済学的思考の認識の基盤(エピステーメ)に関わる作業であり,また言 い換えれば,認識の様式という観点から認識されたものを見る,つまり知識と して経済学を眺めるという一一Ptのエピステモロジーを展開することであろう。 第二に,個別学問の認識論的な基礎へ下向すればするほど,必然的に議論は 個別領野の具体性から遠ざかり,他の諸領野との抽象的一般性の中へと侵透す ることは避けられない。とりわけ哲学の多くの思弁が一般性のこの次元にスラ イドしてくるのである。しかも哲学の中心テーマが常に認識や存在ということ 一般の周辺を適平してきたのであれば,現代の個別科学といえども,これらの 一般的な論議の息の長い連鎖から自由であるとは言えまい。過去の哲学や思想 さえも,ただ表層に現われた思索家たちの言表を通してだけでなく,それらの 言表を導いた様々な思索的精神の深層はおいても,諸科学の上に何らかの刻印 を残し目に見えない思惟の習俗を張りめぐらしていったとすれぽ,社会科学と いえどもその認識論的深部へと潜水する限り哲学史や思想史と絶縁でき『ないの は当然であろう。しかし,それでは個別科学の認識論が哲学史や思想史の上に 設定された応用問題にすぎないのかというと,決っしてそうではない。諸科学 の基礎づけが関わるのは,あくまで「思考の型」としてのいくつかの哲学上の 議論であり,それが当該個別学に影響した仕方においてであろう。従って,こ のノートでも筆者は,全く哲学上のあるいは思想史上の議論を企てるつもりは ない。ここで関戯する哲学史上のいくつかの議論は,哲学史のものとして読め ば,不充分であるより以前に,たわいもなく陳腐であろうと思う。筆老の意図 は,勿論,哲学史や思想戦でもなく,また科学論でもなく,:方法論でもなくい わぽそれらの中間地帯へ軟着陸する落下傘を用意するとでも言えばよいであろ うか。多少とも論議の無上に乗せられるのは,あくまで社会科学の基礎づけと いう観点から眺めた上での思索家の「思考型」なのである。
経済学の知識論のためのノート (1) 105 先ほど経済学が,方法論をも一分野として含む共同体をすでに形成している と言ったが,勿論これはその中に様々な学派があり,理論認識や政策観の対立 が存在することを排除するものではない。ケインジアソとマネタリズム,均衡 理論と不均衡理論,ヴァージニア学派等の諸学派を包み込んで新古典派的思考 の大道を形成する少くとも一つの共通の傾向は,経済現象と呼ばれるものを見 る場合の自然科学的な視座である。とりわけその水先案内となる物理学を範と した力学的世界観を意図的に持ち込み定着させたのはいわゆる限界革命の人々 であり,その追従者たちであった。これは一方では厳密な推論の方法すなわち 数学の使用と,他方では要素論とそれに基く均衡論という近代経済学の基本的 思考枠を産み出したのである。ジェヴォソズは,経済学が数理科学であること を強調したが,その理由は,経済学が物理学と同様,量を扱うからというので ある。またワルラスは純粋経済学,応用経済学,社会経済学の区別をたてたが その場合この三者の区別は自然科学,政治(政策)科学,道徳科学に対応づけ られている。メンガーの要素論的方法は力学的見方による歴史的有機体論への 批判を意図していたことは言うまでもない。 いずれにしても,彼らが社会現象を自然現象(力学的現象)のごとく理解し 得るとした背後には,認識論的に見て次のような揺ぎない信念が存在したはず である。つまり社会現象という具体的でまぎれもない「事実」が存在し,理論 はあくまでその観察の上に成り立つ。理論はあらゆる意味で事実の後続であ り,事実の優位に服する。勿論,理論は正確には事実の模写あるいは目録では なく,変形された形式ですらある。しかしそれでも理論はあくまで事実の地表 に留まらねばならない。J. S.ミルの「具象的演繹法」あるいはジェヴォソズ が「完全方法」と呼んだ仮設一演繹一検証という周知の方法理念は,理論を事 実に止め置く蝶番に他ならない。だからこの方法はデカルトが布石を敷いたの にもかかわらず,出発点と終点を入れ換えた帰納法にすぎず,本質的に経験論 の精神に属する。 しかし問題は,この方法の疑い得ない根本前提である「事実」とは何か,と いうことである。「純粋経済学に関して書かれたすべての価値あるものはただ
106 彦根論叢第217号 1) 事実の記述に外なら」ない,とシュムペ一国ーをして言わしめる,「事実」の 不可侵方城とは何か,ということなのである。このノートに書き留められる諸 断片が相互に関連づけられる主題はまさにこのような問いに他ならない。経済 学の認識論的な問題とはせんじつめればこのような問題に行きつくことは明ら かであろう。経済的事実とは何かと問うことは経済学自身の基礎づけのタイプ を問うことなのである。 ところで,観察可能な事実の独立性という考え方は次のような精神的姿勢を 意味している。すなわち,事実を観察し得る独立した主体の存立であり,事実 を写映する主体の精神の透明性である。いっさいの形而上学的予断や中世的, 密教的学問の権威からの解放という科学主義,実証主i義がこの根本姿勢であ る。だから経験論も実は隠された理性(精神)の存在を仮定しているのであり さもないとそもそも事実を観念のうちに配置するような主体それ自体が霧消し てしまうのである。このような精神において近代の合理論と経験論は共通の方 向をめざしていたのであった。コントが呼んだような意味での「実証的精神」 の中枢に位置する想念,つまり神話的偏見の盲信と形而上学的観想の独善から , 解放された精神という考え方は,言い換えると充分に啓蒙された理性的主体と この主体から独立した事象群の厳たる存在という構図を表わしている。主体一 客体のこのような構図を共有し,まさにこの構図を基礎づけようとした点で, 合理論と経験論は経済学にとってもおそらく最も根底的なレヴェルに位置する 認識論的想定なのである。くり返して言えば,この想定が経済科学の端初たる 栄誉に浴したのは,主体一客体構図が,人間の認識の場における様々な先入見 や潜在的知覚を排除し得るという含意を保持していたからである。
III方法の観念
西欧思想史の十八世紀を,通常「理性の時代」あるいはカントに従って「啓 蒙の時代」と呼ぶのに対し,十七世紀は何と呼ばれるのか。これをヴォルテー 1)エシュムペータ∼「理論経済学の本質と主要内容」(木村健康,安井琢磨訳,日本 評論社,昭11年),P.35。経済学の知識論のためのノート (1) 107麗 ルは「偉大な才能の世紀」と呼び,後にホワイトヘッドは「天才の世紀」と呼 んだが,これはある意味ではふさわしく,ある意味では不適切である。確か に,科学的発見や科学的思想はルネサンス,フマニスム時代の胎動を経て,こ の世紀に巨大な変転を印したことは疑い得ない。しかし,流れの常態を傾ける 巨大な変転というだけなら「天才の世紀」と呼ぶ必要はない。むしろ,重要な のは,変転を推進するに預った隠れた作用,精神の様式に目を向けることだと 思われる。確かにこの世紀は,ケプラーのr新天文学』に始まり,ガリレイの r対話』を経て,ニュートンのrプリンキピア』で終わる天文学,力学のまご けたなき革新を胚胎し,これに,ハーヴィの血液循環論,ホイヘンスの波動 説,ボイルの法則と付け加えてみれば,まさしくバターフィールドのいう「科 学革命」にふさわしい諸発見の陳列館という様相を示している。ホワイトヘッ ドが天才の世紀と呼んだのも決っして誇張ではないのである。しかし彼がまた 言うように,「その時代に属する種々様々な:学説の遵奉者たちが無意識に想定 の している根本前提がいくらかある」とすれば,このような一時代の諸発見その ものを導いた精神の誘引力が,諸学の根底に想定されうるのである。 この新しい精神は,個別の分野での発見の偶然に始まり,事跡の集積がたま たま新しい世界像を点描したといった風な真白な画紙なのではなく,発見の総 体を導くに足る一般原理を自覚的に探求する方途なのであった。たとえ暗黙裡 のうちにであれ,ひとつの精神をとらえて離さない世界観というものが,常に 時代の基層に横たわっていることは確実だと思われる。従って,ガリレイの実 験主義や,ニュートンの有名な「我,仮設を作らず」に示される帰納主義は, まさにそのような考え方自体を可能なものとする認識論的な布地=世界観を前 提にしているはずである。帰納的に自らのうちに侵透する事物の本性を受け入 れる人間精神は,啓示的直観やまた教会の権威に服したものであってはならな い。しかし,何らの権威の保証も得られずに,一体どのようにして認識は真 理であると言えるのだろうか。まさにこの時代の新しい精神の出発点となった 2)A.N.ホワイトヘッド「科学と近代世界」(上田泰治,村上至孝訳,松籟社,昭56 年),p.64。
108 彦根論叢 第217号 問いかけはこのようなものであった。従って,二つの事項がこの精神の本質に 関わっている。一つは,個別の分野を越えて,人々を真なる認識へと導く「方 法」という局面であり,他は,このような「方法」の観念が効力を得るために 排除しなければならない諸々の先入見や予断に対する「懐疑」である。従っ て,懐疑は,既成観念の破壊の手段ではなく,むしろ,方法を導く精神の起点 なのである。ところが,懐疑のもう一つの本質は,いわばその自己繁殖力にあ る。既成観念のみならず,いっさいの事項が色あせ,見失なわれ,永遠の闇の 中に置き去りにされてゆく。従って,この無限の懐疑に耐え得るには人並みは ずれた精神の強靱がなければならないし,ましてこの蟻地獄の中に一毫の確実 な墨塁を見い出すためには「天才」の思索が必要とされるであろう。 理性と信仰に支えられたスコラ的な:啓示は,究極的な真理の基準を神の「恩 寵の光」に委ねることが出来た。理性は事物の現象的契機の背後にある本質や あるいは根本原因を探ろうとする。事物の原因は必然的に神の所為たる第一原 因まで至る他ないのであるが,勿論これは理性には不可能な認識作業である。 そこで理性の限界を越えつつ理性的認識に通路を開くのが信仰(恩寵)なので ある。だから神の存在それ自体は非合理なのだが,その非合理性のゆえに始め て理性的認識が意味を持つ。ところが神を究極的規定者とする,このような理 性主義の基礎づけがいったん拒否されたとすれば,諸学の認識論的基礎づけは 一体どのようになるのであろうか。 中世的な,いわば自己超越的な理性の力に対する「懐疑」から出発した場 合,頼りになるのは,信心と知力といった個人的資質や観想的生活のあり方で はなく,万人に認められる一般的な「方法」である。人は個人的啓示ではなく 「方法」に従うことによって真理に到達するのである。従って厳密に言うなら ば,真理とは,事物の本質たる形相ではなく,またその第一原因を直観するこ とではなく,一定の手続きに従うこととされるのである。アリストテレス以来 の伝統の中では,自然学(physica)は普遍者への関心につなぎ止められていた ために,それは形而上学(meta−physica)に支えられていた。認識の真理は形 而上学的な問いかけから切り離すことは出来なかった。しかし,方法の観念
経済学の知識論のためのノート (1) 10g は,一般的に言って,真理が検討される場を形而上学から,従うべき手続きの 上に移し換えたと言えよう。合理論と経験論はそれぞれ異った方法を明示する 指針であるが,まさにこのように真理を方法の観念に従属させる点で共通して いたのである。合理論では,最も基本的な事実は自我(精神)の存在であり, それゆえ自我にとって明証なるものから演繹されたあらゆる事項は真であっ た。一方,経験論では,事物が感覚を通して人間精神の扇をたたくのであるか ら,「事物の光」を傷つけないように注意深く扇を開けば正しい知講が得られ る。いずれにしろ,この両者にあっては,知識は形而上学や信仰,啓示とは独 立に,人間精神が自ずと見い出すものであるという考え方が横たわっていた。 しかし,人間精神は,いっさいの先入見を排除した「白紙」だとされているた めに,何の先導もなく無から有を生じることは出来ない。そこでまさに「方 法」がこの先導を務めるのである。 ところで「方法」の観念の自立は明らかに一つの根本前腎こ服している。す なわち,認識の「方法」はその「対象」から分離している。言い換えると,対 象の世界は人間精神がそれを受け止める仕方とは別にそれ自体の物理的実在性 を有しているということである。この根本前提は何も近代の合理主義や経験論 が改まって持ち出したものではない。真理を発見するものが理性であれ,感覚 であれ,啓示であれ,教会権威であれ,その背後に現象の実在世界すなわち自 然的世界が存在するという確信はギリシャ以来の伝来なのである。従って,方 法の優位という基準は,決っしてアリストテレス的な真理の基準,すなわち存 在と名辞の一致という基準を原則的には否定するものではない。外部的自然世 界の実在という観念を認識論の枠内に調整しようとすれば,理性主義を採るに しろ,感覚主義を採るにしろ,上のような真理基準からのがれることは出来な い。しかし,これは重要な点なのである。というのは,方法の優位という境位 に立つ限り,もしも対象の実在性が,採用される方法に対して相対的関係に立 つなら,一体認識の真理とは何を意下するのか,という当然の疑問が生じるか らである。ところが,方法の概念を少し広くとって,諸学の理解に際し採用さ れている基本的な諸カテゴリーや諸概念 例えばデカルトの「普遍者」一
!10 彦根論叢ce]・217号 もこれらのカテゴリーに依存していることは充分考えうるのである。従って, 方法観念の自立とは,別の言い方をすれば,外部的自然世界の自律といっても よい。すなわち,自然はもはや神意の表現である必要はなく,人間と自然が直 接対面させられることにな:る。中世後期の理神論はすでにこの一歩手前まで来 ていた。神の作用を自然と同一視し得るとすれば,一方では確かに,自然の認 識は神の御意の理解へつながると同時に,他:方では神の観念をもはや不用のも のとするのである。かくして,神の所作たる世界の内にあった人間は,自己を 抱摂する土台を取り外されることになった。人間は神を中心とした世界の遠心 力で回転する物体ではなく,まさに人間が世界を回転させうるという入間中心 主義の観念がこうして徐々に成立してくる。従って,諸学の基礎づけとしての :方法の優位の観念と,人間中心主義的世界観,機械論的自然観は同じことの異 った表現と見なすことが出来よう。さらに言えば,ここから,近代の技術主 義,工学主義的な価値理念まではほとんど障害なく接近出来る。機械論的自然 観に操作主義の理念が付加され,自然科学的認識が社会の分野にまで展延され ることによって,今日の社会科学の足場が築営されたと言うことが出来る。 合理論や経験論が現代の諸学,とりわけ社会科学にまで結びつくひとつの論 点がこのような方法の優位ということなのである。すなわち諸学の基礎づけ が,いったん諸学の扱う対象そのものの持つ意味基準から切り離されたところ で,普遍的な方法の確立によって保証される考え方がこれである。いったん方 法の概念が確立されれぽ,探求の途上で個別学の特殊な意味内容を常に呼び戻 す必要はない。方法は思考の定型化された技法を与えることによって,対象に 即した解釈を不用のものとする。従ってこの背後にある理性には確かに二重の 意味づけが与えられるのである。すなわち,一方では諸学を統一的に眺望する 普遍的理性がそれであり,他方では方法に従属し服従した自由を持たない理性 である。前者はとりわけデカルトが強調したように,自ら以外の何ものにも真 理の基準を雇い出さない超越的な精神であるのに対し,後者は例えばベーコン が強調したように,自らの直観や思考に何の確信をも見い出されぬまま事物の 発する光を定型に納めてゆく精神である。この二つの相反する理性の観念を一
経済学の知識論のためのノート(1) 111 つに結び合わせたところに方法観念の意味があったと言えよう。つまり,現代 の諸学が自らの基礎づけを方法の観念の上に委託する限り,それは理性の相反 する二つの意味を引き受けざるを得ない。もっと簡単に言ってしまえば,科学 的認識を独我論と機械論の色相いに染め上げざるを得ないのである。経済学に おいてはとりわけこの傾向は顕著である,というより,両者の無秩序な混合の 卑俗な集積が近代経済学の外輪を表現している。種々様々な「自明な」仮定か らのモデル構築と,計量的技法の機械的適用による検証と予測がそれである。 ここでは理性の役割は,針の穴に糸を通すかのように,神経質に一点に局限さ れ凝集される。すなわち,モデルの数学的論証と計量的技法の無限の精緻化へ とQ だから,新古典派経済学を特徴づけているこれらの外面は,決っして副次的 な便宜ではなのいである。弁論における修辞が一時的な便法ではなくむしろ弁 論そのものの本質に属するように,新古典派経済学における数学的フォーマリ ズムや計量的技術主義は単なる表現の便法ではなく,むしろ「方法の優位」が 産み落とした近代科学の本質に属するものである。従って,二十世紀にはいっ てからも,例えばヴェブレン,ケインズ,ハイエクといった経済学者たちが, 数理的方法を拒否して散文的表現に依拠したことと,彼らが一様に近代科学や 科学主義に対し距離をとろうと努めたこととの間には偶然ならざる関連を読み 取れよう。 ところで方法の観念にはもうひとつ別の側面があり,それが,合理論や経験 論を現代の諸学に結びつける他方の回路を形作っている。それは「方法」の自 覚が,前述のように,もともと個々人の理性能力や啓示への不信から発してい ることを考え合わせれば明らかになる。すなわち「方法」(method)は,その 本来の字義通り,後を通るための(meta)道(hodos)と解されるように,知識 を特定の選良者や教会の独占や特権から解き放ち,普遍の世界へ引き渡すこと を意味しているからである。個人の理性能力に対する疑義から出発したがゆえ に,デカルトはr方法序説』を個人的な理性不信の体験から始め,ベーコγは 『ノヴム・オルガヌム』において知識が万人に理解され検討されるべきことを
1ユ2 彦根論叢第217号 主張したのであった。方法の理念の確立は,個人的資質に影響されない知識の 平等,認識の普遍を意味していたのである。ホワイトヘッドの「天才の世紀」 に留保をつけ’る必要があるのは,まさにこの意味においてなのである。方法の 理念そのものは天才の産物であるにしても,彼らの主張は天才たちへ引導をわ たすことである。知識は哲学者の沈潜した恩索,錬金術師の秘伝,宗教者の神 秘的体験といった個人的質に属するものではなく,また同時に教会の教義,学 会の討議といった特定集団の選良のうちに宿るものでもない。つまり知識は 「公共的」なものだというのである。 だが,知識の「公共性」を強調することは,逆に,認識の深まりが本来,非 常に個人的な経緯を辿りつつ事物の観想に達するという別の面を,あまりに無 思慮に等閑に付すことになる。ある種の個人的な先入見や体験や資質に導かれ ることなくして,そもそも人は何かを認識しようとするのだろうか。むしろ何 らかの先入見や予断から出発するからこそ,認識を認識として意識できるので あり,認識の真や偽についての観念を持ちうるのではないか。真理という観念 の古典的な意味が,事物の現象の背後に隠された本質を明らかにするという多 少なりともプラトンに端を発する思想の脈絡に所を得るとすれば,現象に欺か れた種々の先入見,ベーコンの「イドラ」から認識が出発することは何ら不思 愚なことではない。むしろ,このような知識のあり方こそが,独髭面世界を越 え出て,普遍的な世界,プラトン的に言えば「イデア」の認識に至るとするこ とも出来るはずであろう。 近代科学の礎石となる知識の平等性,知識の公共性という考えは,従って, むしろ知識を「公共的」世界へ閉じ込めることになる。「公共性」の世界の背 後にある,いわば,認識の「共同性」の世界へ開く道をそれはむしろ閉ざすの である。事物の本質といおうと,形相といおうと,イデアといおうと,実体と いおうと,そこには,諸個人の認識を最終的に収敏させる事物の確かな姿が存 在するという確信が流れている。スコラ学派の「自然の光」という表現は,い かに人間理性が,この認識の最終的局面で個人的恣意や意図を越え出てゆくか を示している。真理の観念が,少くとも,このような局面での共同の認識へ至
経済学の知識論のためのノート (1) 113 る努力という考えから距たったところに打ち立てることが出来ないとすれぽ, 方法の観念は,この限りでの真理の観念に対立するのである。方法の観念が導 いた知識の公共性という考え方は,真理は永遠に検証され得ない,あるいは端 的に言えば存在しないという理解に基いている。しかし,この想定によって方 法の観念は無限の泥沼の中にはまり込んでしまう。というのは,真理の観念を 否定してしまえば,知識に根拠を与えるものは公共的認定だけである。ところ が,公共的認定は,たとえそれが可能であるにしろ,まさにそれが「公共的」 であるがゆえに個人的直観や個人的体験と決っして一致することはあり得な い。かくして,常に現行の知識を欺満だと拐う精神が立ち現われてくることに なるからであるQ デカルトもやはりこの徴妙な二重性の谷間に嵌っている。彼は一方で,懐疑 の出発点に立ち返って,知識の平等,方法に従う精神の普遍的正当性を主張し ながら,他方では,彼の方法を,彼自身のためだけのものであり,彼の関心が 彼自身に確証を与えることに限定してしまうからである。従ってデカルトの出 発点となる明証は,この明証性の根拠を問うならば,知識の公共性という出発 点を修正せざるを得ないのである。 従って,知識の公共性という考えは,独我論を回避するためには,諸個人の 先入見や予断,存在に拘束された意識などを排除し得ると仮定せざるを得ず, まさにこの意味で啓蒙の意識に結びついている。この意識は,ベーコンやロッ クが述べたように,感覚を通じて精神に刻印される刺激が多ければ多いほど入 知は豊かになるという,知識の進歩主義を内に含んでいるのだが,この考え方 が十八世紀の啓蒙主義者によって展開された時には,知識とは,およそプラト ン的観想やスコラ的啓示とは正反対の,社会的に流通する社会進歩の手段と解 されるようになるのである。ダランベールは,ロックに習い,あらゆる知識を 感覚受容器によって精神に振り込まれるものの集積と理解することによって, 経験論的に進歩主義を基礎づけるのだが,精神が本来, 「白紙」である限り, 知識の進歩は知識の公共性の増大と等しい。知識の公共性とは,前述のように 古典的に限定された意味での「真理」観念とは何の関係も持たない。公共性の
114 彦根論叢第217号 名で呼ばれるものは,社会自らの手による知識の正統化の手続きに他ならな い。このような正統化を,社会自身の進歩の観念と結びつけることによって果 す上では何らの神秘的な理由づけも必要とされないであろう。実際,例えばコ ントによってこの結びつきが高らかに宣せられるまでにデカルト以来二世紀を 要したとは言え,この結合に実証主義の名を冠せられた後は,知識の進歩と社 会の進歩は近代科学の自明の存在理由と見なされてきたのである。従って,実 証主義においては,コントが明示しているように,知識は有用性において評価 される。有用性による評価は,知識の公共的な使用を含んでいるがゆえに,知 識は,万人によって接近しうる技術と結合する。コントが産業社会を実証主義 の母胎とした少くとも一つの意味はここにあった。 近代経済学も,他の現代の諸学と同様,知識と技術の結合の典型的な一例を 示す。これは本当は奇妙な現象なのである。実証主義を標榜する学にあって, 何故,知識と技術が,認識と実践が結合するのか。しかしこれは実証主義の意 味内容に関わっているのであって.実証主義が最初から事物の背後に隠された 真理へ至る方法という資格を放棄し,知識が公共的世界で遊泳するための通行 証の独占的発行機関に甘んじることを承認するや否や自明の現象となるのであ る。かくて,実証的経済学が同時に政策科学たり得,理論経済学が同時に経済 政策を唱案ずる。この奇妙な結合を疑う余地のない近代科学の特権と考える者 にとっては,実証主義の背後にひかえている知識の公共性,啓蒙の意識が自明 のものとして受け入れられているはずである。しかしこの特権が依って来たる ところのものを知ろうとする者にとっては,知識の公共性を認識の共同性から 切り離す「方法の優位」と,それが伴う人間中心的世界観の成立を自明の出発 点と見なすわけにはいかないのである。 盃 合理論的基礎づけ 方法の観念が近代の学知が向かう方向を決定したとしても,方法の観念を産 み出した懐疑の精神はいかにして確実なものを詠い出したのだろうか。言い換 えれば,諸学の認識論的な基礎づけをどのような確実性の上に据えたのか,言
経済学の知識論のためのノート (1) 1!5 うまでもなくひとつの解答はデカルトによって与えられた合理論的な基礎づけ であった。デカルト自身は普遍学の構想を意識していたとは言え,実際上は, 自然学,医学,生理・心理学だけが科学なのであり,社会の学が構想されてい たわけではない。にもかかわらず,精神史の経違が示す通り,デカルトの認識 論的な構図は社会科学の根底に厳然と横たわっている。経済学の場合,学の外 観からしてこのことは明らかである。ひとつは仮設一演繹一検証という方法理 念であり,他方はその数学的論理の使用である。いやしくも科学的な認識が可 能だということは,数学的な確実性を持ってそれを表現し得るとする合理的思 考がそれであり,これを対象の側から言えば「機械論的世界観」と呼ばれるも のである。 しかし,より一層重要なのは次の点であろう。本来,デカルトにあっては自 然学に適用された機械論的世界観が社会にまで展延可能であったのは,対象の 側の何らかの存在論的な理由によるのではなく,主体の側の認識論的な理由に よる。つまり,主体(精神)は,対峙するものが自然であれ社会であれ何であ れ,対象より以前に確実に屹立している。従ってこの精神が対象を知る普遍的 な方法が唯一存在するだけであり,これは自然学と社会学の区別とは無関係な のである。こうして客観的実在から独立した精神の優位が抽象的次元で述べら れるため,ここにいわめる主体一客体図式が成立する。まさにこの主体一客体 という一般的な構図こそが近代科学が合理論に支払い続ける債務であり,諸学 が最終的に結び合わされる唯一の点なのである。 では合理論による社会科学の基礎づけは果たして可能なのか。デカルトの普 遍学の構想はどのような足場の上に意図されていたのか。主体一客体図式を形 作る有名なコギトの成立事清はおおよそ次のようになっている。デカルトの 「懐疑」はr方法序説』では幾分,個人体験的ニュアンスを伴って提起される のだが,『省察』『哲学原理』と進むにつれ普遍的懐疑に高められる。そこで は感覚的知覚だけでなく,単純な算術さえも神の妊計ではないかと疑われる。 しかし,ここで彼の懐疑を導いているのは,いっさいの知識を疑うピュロニズ ムや破滅的な不安におそわれるニヒリズムでは決っしてない。むしろ彼の真意
116 彦根論叢 第217号 は逆であり,いっさいのものの基礎づけなのである。だから懐疑は「方法的懐 疑」であり,例の有名な転換が行なわれることによって,あらゆる懐疑はあら ゆる確実性へと色を変える。 「一切を虚偽であると考えようと欲するかぎり,そのように考えている「私」 お は必然的に何ものかでなければならぬ」懐疑はこの逆説の論理を完壁なものに するためのアリバイなのである。 ところで,こうして確立した自己とは「思惟」に他ならないのだから,自己 の存在は完全な自己意識でもなけれぽならない。というのは,全き懐疑から脱 して自己を不動のアルキメデスの点とするには,思惟そのものの明確な自己意 識に支えられていなければならないからである。 「思惟とは,我々が意識しつつ我々のうちに生ずる一切のもので,その意識 のが我々のうちにある限りのものを意味する。」 かくして精神とは物質に先行するだけでなく,自らをも対象化しつつ超えて ゆく超越的な意識と見なすことが出来る。従って,彼の「哲学の第一原理」つ まりコギトは,「思惟するものが存在しないことはあり得ない」という形式論 理の帰結にすぎないのではなく,意識が対象に向かっている時にも常に自己へ 向けられる反省的作用が伴うという思惟による自己確証を表明しているのであ る。だから主体一客体の主体は,後のカルテジアソたちの想定のように,ただ 現に存在している主体ではない。この意味はあくまで認識の構図を成り立たせ るための原点なのであって,自己自身を絶えず越え出てゆく契機において対象 を同時に措定するような主体なのである。つまり,主体一客体の関係があらか じめ想定されているのではなく,この関係そのものを産み出し,この関係を確 信し得る確かな出発点,それがデカルトの精神つまり主体なのである。 このような主体の観念こそが合理論的な基礎づけの核になるものであり,そ れはただ認識論の論理的基礎というだけでなく,例えば後にデューイが批判的 に述べたように理性に絶対主義精神をさえも結びつける遠因なのである。確か 3) デカル1・「方法序説」 (落合太郎訳,岩波文庫,昭42年),p.45。 4) デカルト「哲学原理」 (桂寿一訳,岩波文庫,昭39年),p.40。
経済学の知識論のためのノート (1) 117 にこの出発点が確実であればあるほどデカルトはひとつの困難に出会うことに なる。とりあえず精神は,自己の外にある確かなものを求めて事物へと向かう のであるが,もはや厳密な意味で事物そのものへ至ることは出来ない。依然懐 疑に満ちた外部世界で精神が論い出し得るのはせいぜいその像つまり観念だけ だからである。こうしてデカルトは一種の表象的知覚の理論の一歩手前まで歩 み寄らざるを得ないのである。ところが,明らかに表象的知覚そのものを認識 の原理とするわけにはいかない。表象的知覚の普遍性を認めてしまえば,自己 意識の明証という出発点さえも脅かされるからである。ではここで認識の対象 とは何であろうか。例えば夢の中での身体作動と現実の作動はどのように区別 され得るのか。この困難を乗り切るためにデカルトは次のように述べる。たと え夢の中であれ,身体運動は必ず,物体の延長,形態,量といった要因によっ て構成されているはずだから,事物を形作る形相的要因だけは両者に共通す る。それゆえ,とりあずえ自然学を疑っても,これら純粋形相からなる幾何学 は疑い得ないだろう。かくて数学こそが確固たる諸学の基礎となる。同時に事 物とは「延長的実体」と解されるのである。 「延長者,即ち長さと幅と深さを有ち,延長的事物に属すると我々が認める の一切の性質を有するものは存在する」 勿論デカルトは,彼の哲学が,後のバークリー流の観念論に陥るのを避ける ために,『省察』において事物の客観的実在性(彼のいう「形相的実在性」)の 存在を主張する。さもないと神の観念を処理し得ないからであり,事実そこで 扱われるのは形而上学つまり神の客観的存在の問題に他ならない。しかし,事 物の延長実体という議論においては,もはや客観的実在性そのものが重要な論 点ではなくなってしまう。精神が明確に確信できる観念すなわち,延長,位 置,運動といった観念は,事物の実在性云々と関わりなく真理性を主張出来る からである。 こうして合理主義学説は精神の確かさのみを頼ることによって,一種の理性 の摂政へ陥る危険と同居することとなる。カントのカテゴリー論が,カントの 4) デカルト「哲学原理」同訳書Jp.96。
118 彦根論叢第217号 意図はどうあれ事物へ至る道を閉ざすことになり,科学を理性に固められた独 断のドグマへ手渡す口実を与えたのである。だから主体一客体観念は,主体の 経験する領域という含意を含む限り容易に独断論から逃れることは出来ない。 これは,たとえ主体を理性と置き換え経験を思惟と置き換えてもやはりそうな のである。後に数学者は,理性の独断から逃れるために公理主義という考え方 を発明した。しかし,その時には数学がデカルト的意味での普遍学の基礎とな る資格を放棄することをも意味しているはずである。だからデカルト的な方法 で,主体一客体図式を諸学の基礎づけとして理解できるか否かが再び問われな ければならないのである。 そこでまず次のことが注意されなければならない。デカル]・の「自我」は, r方法序説』において個人体験的懐疑から説き起されているにもかかわらず, それは具体的個人ではない。そのような固有人格は懐疑によって否定されてい るのである。それゆえ,自我を思惟に還元し去る時には,単なる議論の抽象化 以上のものが含まれていることになる。この抽象化によって自我だけでなく外 界そのものも抽象化されるのであり,外界はもはや豊かな:現実そのものではな く,純粋な思惟にとって明証な幾何学様の点と線から成る。だからデカルトが 精神を,また外的対象を「実体」と呼ぶ時,その意味は極めて不明瞭となるの である。抽象化された精神としての実体,つまり「思惟実体」とは何なのか。 また抽象化された客体としての「延長実体」とは何なのか。しかし,認識の唯 一確実な根拠を「自我」に置く限り,明証なもののみを知識として一歩づっ世 界を定立するというデカルトの方法一明証なものから始める分析と総合の方 法一に従う限り,この奇妙な実体概念は論理の必然でしかない。こうして, 外的対象つまり自然は,具体的な自然ではなく「方法」のスペクトラムに修正 配置された自然にすぎない。この自然を実体と判定するのはあくまで精神の仕 事である。ところが,精神は無の中で自己意識を持つはずはなく,逆に自然に 向かうことによって反省的に実体と判断される。だから,精神と自然,主体と 客体があらかじめ対立して存在するのではなく,この関係そのものが抽象的に 表象されたものと考えざるを得ないのである。
経済学の知識論のためのノート (1) 119 従って,近代科学が暗黙のうちに想定している基本図式,すなわち没反省的 な主観とその眼前に広がる客観的実在としての自然(社会も含めて)という前 提それ自体が,実はひとつの抽象に他ならないことになる。この構図自身が抽 象であるというのは,まさにそれが出発点だからではなくそれ自身が,明証で 確実な自我の意識に従属しているからなのである。ところがそもそも自己意識 というのは自己対象化であり,自己自身の分裂に負っているのであるから,こ のような主体が同時に具体的な実体ではあり得ない。つまり自己意識の明証性 という出発点そのものが一種の自己矛盾を含んでいると思われるのである。 確かにデカルトは精神一身体の二元論をたてることによって,精神一自然, 主体一客体という近代的学寮の基礎工事を遂行したことにまちがいはない。し かしこの二元論そのものが出発点であれば,主体から客体へ至る通路は閉ざさ れたままであり,諸学の認識論を立てることは不可能となる。そこでデカルト が行なった工夫は,自己意識の明証を外部世界へと延長することに他ならなか った。自己は自己自身を対象化することによって無限に,主体一客体関係の彼 方へ導出しうるのである。従って,明証性とは,主体一客体関係の不断の反省 的意識化の作業と見なしてよかろう。ところがこの反省的意識化によってデカ ルトは,主体一客体図式に対する制約を保待する権利を得たはずである。つま り主体一客体という図式はあらゆる学童に無条件に適用されるものではない。 デカルトが数学を学知のヒエラルヒーの基底に置いたのは,その適用の巾の三 皇性によるのではなく,精神にとっての明証性のゆえによる。だから社会科学 が数学の道具的使用以上の本質的な結びつきを持ちうるか否かは大いに疑わし いのである。数学的な概念のもつ明証な理解が,精神にとって,社会を対象と する地平まで保持されるとは容易には考えられないからである。同様に,デカ ルトの自我と自然の対立という図式が,資本主義的マニュファクチュア技術の もたらした「機械論的オプティミズム」だとするボルケナウ的理解も,一面で は真理であるにしろ,他方におけるデカルトの留保を無視していると思われ る。合理論的な構図が科学と技術の結合に適切な場を提供したことは事実だと しても,合理論のデカルト的基礎づけは,あくまで認識論的な立場に限定され
120 彦根論叢 第2!7号 ており,技術主義に対する一定の制約を留保しているからである。 科学と技術の結合は,主知主義的な社会の進歩主義を理念としている。そし てこれは啓蒙の意識の中心を形作る理念でもある。勿論 この意識が,人間の うちに無意識に宿る先入見を理性によって放棄し得るという前提に立っている ことは言うまでもない。ところで,合理論の基礎にある明証性,すなわち「反 省的意識化」とは一体,何であろうか。これが,いっさいの先入見から解放さ れた確実な自律した自我というコギトの出発点を与えることは言うまでもな い。では自己意識とは啓蒙された意識に他ならないのだろうか。しかし,まさ にこの啓蒙された意識という点でデカルトは一種のディレンマに陥る,という のは,啓蒙された精神によって外的世界が明証なものの上に措定されたなら, 何故,認識の誤りが生じるかを説明できないからである。そこでデカルトは, やむを得ず,思惟を二つに区別する。「知性的認識」と「意思の働き」にであ る。ところで前者は誤らないのであるから,判断の誤りは後者に帰せられる。 しかし,この点で明らかにデカルト主義は啓蒙主義と一線を画さざるを得な い。というのも,カントが述べるように,啓蒙主義とは意思の自由を前提とす るからである。しかるにデカルトによると,意思の自由はむしろ誤りの可能性 を増大するにすぎない。 「我々が誤りに陥るのは,たしかに我々の行為,即ち 自由の使用における欠陥」なのである。ここから次のような結論を引き出すの は容易である。意思つまり,明瞭確実なものを越えて知ろうと欲し,判断をく だす意欲が誤りの原因なのであるから,明晰判明な知にのみ判断を限定すべき であると。だから,ここでデカルトが啓蒙的な意思の自由に制限を加えるのは 自由意思が情念に引きずられた時ドクサと区別し得なくなる可能性に対してな のである。 確かに啓蒙の理念,自律した自由意思の人格が先入見からの解放を結果する という理念は,それ自身がひとつの思い込みであり,理性の潜称である。しか し自由意思とドクサを区別し得ない,あるいは思惟における「知性の作用」と 「意思の働き」を区別し得ないのは,決っして理性の弱点なのではなく,われ われの認識の性格,つまり,認識とは常に広い意味で表象的認識だという性格
経済学の知識論のためのノート(1) 121 によるのではないか。言語的あるいは表象的認識は,常に明晰なものを越えて 不確定な世界に表象的観念をうちたてる。というより,明噺と不確定の間に引 かれた区分線を無頓着に踏み購ってしまうのである。それゆえ,デカルトは, ベーコンの「市場のイドラ」と同様,言葉を誤りの原因だと主張したのではな かったか。 ところでデカルトは確かに,観念論に依拠することによって表象的認識と実 質的に踵を接しているのだが,勿論それを認めることは出来ない。いったん表 象的認識を認めてしまえば,精神にとっての明科とは何を意味するかわからな くなるからであり,そればかりでなく,明晰な自己意識というコギトそのもの が疑わしくなるからである。しかし,鏡に像を写すように,たとえ不可視であ れ,何らかの媒体をもたない自己意識が成立し得ようか。自己意識のみが外的 物質の認識に対し特権的立場に立つことは出来ないはずである。それらは共に 表象的認識の普遍性に服するのではないか。 もし表象的認識という考え方に一理あるとすれば,諸学の合理主義的基礎づ けは極めて疑わしいものとならざるを得ない。とりわけ社会科学のように,対 象そのものの客観性をとても自明とは想定し得ない領野においては一層,合理 論は疑わしい。合理論を成り立たせる主体の判明な理性的直観を「第一原理」 と認めるわけにはいかず,客体とは表象に写し取られた客体だとすれぽ,この 表象そのものがすでに社会の柑禍の中にたゆとうているからである。従って合 理主義的な主体一客体,精神一自然の構図そのものが,表象的に受け止められ た図柄に他ならないのである。 IV 経験論的基礎づけ 近代科学が十七世紀に負う債務のもう一方の項目は古典経験論であるが,し かしこの債務内容は現代ではそれほど明確なものではない。とりわけ社会科学 の場合,古典経験論の独断場である感覚知覚という概念が密に関わる物質性の 観念そのものが主題とはなり得ないために,古典経験論的な認識論がそのまま 社会科学の基礎作業に持ち越されて来ているとは考えがたいからであるQにも
122 彦根論叢 第217号 かかおらず,社会科学に対する効果が間接的であるとは言え,経験論は明らか に現代科学の背景を照らし出している。まず第一にそれは,主観や意識以前 の,経験される外部世界(自然)の存在を確信し,認識とはその世界の多様性 を,それを律する法則(構造)のもとに解読することだという知識の基本形態 に関する議論においてであり,そして次に,何よりも,科学的思考や科学の精 神そのものを植えつけたという意味においてである。だが,この両者は,実は 科学の精神とは,先入見や権威,俗説と高踏的思弁から解放されつつ,経験世 界をあるがままに理解することと解される限りでは同じことを主張している。 従って,先述のように,科学とは,「高級な考察」をあおり吹き消す「俗見の 風」をひとまとめに懐疑のつぼへ投げ込み,諸学の刷新を計る新たな方法の建 設でもあるのだ。従って,ベーコンが方法の意識的確立を計るのに,既存の全 学問体系の「大革新」を要したのは理由なきことではない。ここには,学的知 識とは方法に従属した経験の解読だという思惟が確立していたのである。 しかし経験論の「方法」は,デカルト的直観とは全く異ったものだった。ベ ーコンの適切な表現を拝借すれぽ「経験派は蟻の流儀でただ集めて使用する。 合理派は蜘蛛のやり方で,自らのうちから出して網を作る。」 しかるにベーコ ン自身のやり方は,蜜蜂のように「庭や野の花から材料を吸い集めるが,それ ら を自分の力で変形し消化する」とされるのだが,にもかかわらず,ベーコンの 諸学が,経験を「方法」の管轄下に置くという留保の上でやはり経験派への 傾きを持っていたことは事実であろう。確かにベーコンは,理論を持たない偶 然の発見や実験を拒否し,経験が一定の理論的配備のもとに素材と事物の流れ の中からすくい上げた知識を真の早知とする。従って,あらゆる知識は彼の学 門分類のいずれかの項目に適切に送り込まれ,しかもそれが単なる事物の無秩 序な博覧会ではなく,人知に写映された「自然の光」であるためには,それら の諸学が究極には,「哲学あるいは学問のある特殊な部門の範囲に属せずに, もっと一般的でいっそう高い段階に属する,すべての有益な所見や一般命題を 5)Eベーコン「ノヴム・オルガヌム」(桂寿一訳,岩波文庫,昭53年),p.154。
経済学の知識論のためのノート (1) 123 の入れる容器」たる「第一哲学」(普遍学)の翼下に収められているからである。 十七世紀の科学革命が個別的発見の羅列ではなく,分野を越えた連鎖の輪で連 動していた理由をこのような普遍学の溝想の中に読み取ることも出来よう。従 って,ベーコンの学問的分類は,その平板な図面とは裏はらに,発見的な見 方に従えばヒエラルヒカルな秩序に組み言うる骨子を隠していたとも言える。 学問の進歩が本来,およそ特定分野の脱けがけによるのではなく,諸分野の大 同による認識一般の次元の進化を意味しているとすれば,このような進歩の 引ぎ金になるのは確かに諸学の学際的な関連かも知れないが,その動力となる のは超学的で統括的な普遍学による知識の誌面に他ならないであろうからで ある。 ところが,このような普遍学や一般公理を遠景に配し,また,錬金術師や魔 術師のいきあたりばったりの実験を排しつつ,しかしやはりベーコンの確たる 視座は,現に存在する事物の真正なる光を受け止めることにあり,そのための 方法一帰納法あるいは観察と実験の方法一を確立することであった。種々 のイドラからの解放は,この自然の光線を受けとめる鏡面をみがくことに他な らなかった。ここではアリストテレスからスコラ学派へ至る流れの中で理性が 得た最大の恩恵とされた,シロギズムを中心とする論理的推論の能力は全き否 定の憂き目にあう。 r論理は真理の探究よりも,むしろ誤謬を不動にし固定す の ることに効果がある。」とまで断じられる。理性能力の漏壷と反比例して過大 評価されるのは感覚系に訴える「実験」である。しかもこの実験は, 「神は創 造の第一日にはただ光だけを造り,この仕事にまる一日をかけて,その日に きう は,何か物質的な作業に係わるものを造らなかった。」という類推から,ベー コンによって「投光的実験」と呼ばれたのである。つまりいっさいの理論的成 果を期待される以前の,いわぽ「高貴な公理群」の種子たるべき実験の寄せ集 めなのである。ベーコンのこの「投光的実験」という考え方こそ経験論の性格 6)ベーコン「学聞の進歩」(服部英次郎,多田英次訳,岩波交庫,昭49年),p.154。 7)ベーコン「ノヴム・オルガヌム」同訳書,p.72。 8)べ一コソ「ノヴム・オルガヌム」同訳書,p.115。
/24 彦根論叢 第2!7号 をよく表わしている。様々な技法の集積と技法の鑑定書付きの事実の集積,こ れこそが知識の進歩の源泉と見なされたのである。後に啓蒙主義が受け入れ, ポッパーによって「バケツの理論」と呼ばれた,知識の進歩と事実の情報との 関係がここに発芽する。われわれの社会科学がベーコンの着想から得た最大の 過誤はまさにこのファクチュアリズムの正当化ということではないだろうか。 自然科学の分野に対してベーコンは確かに実験物理学や臨床医学の糸口を贈呈 したのであるが,社会科学や人文学の分野における経験主義は,事実の意味を 吟味する前にそれを集積することだと教えたのである。事実の集積が知的進歩 の前提条件と見なされたために,現代の実証主義者は事実の就縛から逃れる道 を塞がれた。しかしこの前提条件は明らかに,ひとつの事実の意識的な忘却の 上に成立しているのである。すなわち「事物の光線」を歪みなく反射するには の 「我々自身については何も言わない」ことが要請されるのである。 主体の忘却あるいは自己意識の禁止,これはデカルトと正反対の出発点であ る。主体の意識作用は,独我的な理性の過信による「洞窟のイドラ」や,事物 の光線を自分の性質の方に歪めた鏡で受け止めるという「種族のイドラ」に陥 しいれ,また想像力の作用によって「劇場のイドラ」に引きずり込むのが関の 山であろう。しかし,主体の観念つまり理性的統括や想像力の概念の否定が, 経験論の文脈にとってどれだけの負担となったかは後の歴史が示すところであ る。もし主体に帰せられる何らかの作用が存在しなければ,いかにして事物の 集積は体系的知識へと転化するのか。自然の中に法則を読みとる「自然の解 明」はいかにして可能なのか。さらに言えば,デカルト的な確かな核心(思惟 実体)のような主体を否定した上で,どのようにして知識の根拠づけがなされ るのか。 ベーコンがこうした問題に正面から直面したとは考えられない。むしろ彼 は,あらかじめ次のように言うことによって,問題を回避しているのである。 すなわち,知識の真の目的は「人生の福祉と有用のため」と宣言されているか らである。同じ根本思想はr学問の発達』を:貫ぬいており,従って,膨大な民族 9) ベーコン「ノヴム・オルガヌム」同訳書,p.32。
経済学の知識論のためのノート (!) 125 誌,自然誌,地誌の上に立てられた諸学は,決っして自然のミメシスではなく 自然を支配する力として使用されるのである。 「人間の知識と力とはひとつに合一する。原因を知らなくては結果を生ぜし めないから。というのは自然とは,これに従うことによらなくては征服されな ユの いからである。」これはまさに,近代的科学思想の根底に関わる発言であり, またプラグマティズムの知識論の先取りでもある。しかし,知識を有用性と社 会進歩に委託することによって,知識の根拠づけという問題は回避されたので あった。旧知の正当性を,真理とか本質とか実体といった観念の場へ跳躍する ことなく,つまり,それら形而上学的議論の出番をなくすることによって正当 化するというのが経験論のたてた問題だったわけである。経験論と啓蒙主義 は,結局,社会的実践に場面を譲り渡すことによって,認識の問題を回避した。 これは同時に,知識が言表の世界にではなく,政治や経済あるいは技術や治療 といった現実社会に投ぜられ,そこでの論理や文脈に服従することを意味して いたのである。 しかし,知識の正当化を社会福祉,進歩,有用性という局面で行うのとは異 った方向がもう一つある。実際後の実証主義が依拠する有用性の観念は,確か に知識が使用される根拠を明らかにするが,知識が成立する事情については何 も言わない。しかし,経験論的な知識の基礎づけは,本来,知識の最終的局面 でその実践的価値の判定者として経験を要求したわけではなく,むしろ,知識 の出発点において経験を呼び起こしたのであった。従って認識の出発点に立ち 返って知識の認識論的正当化を試みる議論が残されていたわけである。 この:方向で,経験論の立場を極限までおし進めたのは,ヒュームに他ならな かった。しかもそれは,彼がロッ久バークリーと続くイギリス経験論の正統 な後継者であるというだけでなく,彼において経験論は実質的に堀り崩される 一歩手前までその論理構造を顕わにされるという意味においてなのである。と いうのも,デカルト的な理性の明証を否定した後に,流れゆく経験的素材を知 /0) べ一コソ「ノヴム・オルガヌム」同訳書,p.72。
!26 彦根論叢第217号 識に繋ぎとめ管理するものは一体何か,ということが経験論の答えるべき課題 だったからである。ヒュームが,理性ではなく,印象に基く感覚的知覚こそが 認識の根底だとした時,彼はまだロックの支配下にいた。しかし彼が一方で, 外的実在さえもただ印象から作られる観念に他ならないとし,また他方で,そ れゆえ,人間とは「知覚の束」に過ぎないとした時,ヒュームは合理論と異っ た地平で思考を開始しただけではなく,ロックをもほとんど飛び越してしまっ た。人間が「知覚の束」にすぎないなら,様々な印象や観念は何によって組み 合わされ論理や学的知識にまで高められるのか。すなわち,ここで問われてい るのは,合理論的な自我を否定した上で,なおかつどのように主体の働きを論 じ得るのかという問題である。周知のようにヒュームの解答は極めて興味深い ものであった。様々な観念を結び合わせたり分離したりし,対象をある程度論 理的な形つまり「哲学的関係」に仕立て上げ,また事物の因果的関係をつける のは,理性ではなく「想縁」であり,想像に基く「連合」だと言うのである。 経験論からすれば,理性が「原因結果の窮極的結合を発見し損うばかりでな い。この経験を,これまでに観察された個々の事例を超えて未観察なところま ヱわ で及ぼす理由」は説明不可能である。理性は所与の世界の上でのみ対象に作用 する。ところが経験論からすれば,与えられたものとは印象に他ならないが, 印象は理性の作用を惹起しない。それゆえ,様々な印象や観念の結合は想像に 基く観念連合によってなされることになり,この想像能力こそが主体を構成す ることになる。推論を構成する事物の因果関係とは連合原理の表現に他なら ず,それゆえそれは主体の想像作用の所産である。 すると問題はこのように述べてよかろう。もしヒュームの言う通りだとすれ ぽ,経験論とは,想像力を通した主体の恣意性,絶対的自由を主張する哲学な のか。もしそうなら,諸学は主体の気まぐれな想像力の産物にすぎないのか。 これに対するヒュームの解答はまさしく経験論の真骨頂と言ってよかろう。 すなわち,想像の気まぐれを常に一定の選択へ固定するのは「信念」に他なら ない。例えば「太陽は月より大きい」とも「小さい」とも想像可能だが,われ 1!)D.ヒューム「人性論」 (大槻春彦訳,岩波文庫,昭23年)第1分冊,p.153。
経済学の知識論のためのノート (1) 127 われに前者を選択させるものは理性的推論ではなく「信念」である。ところで 「信念」を形作るものは経験的な「慣習」に他ならないとヒュームは言うので ある。実際,このような科学的知識の場合もやはりそうなのである。それゆえ にこそ科学的な実験が知識の基礎となりうる。確かに一つの実験は習慣とは言 えないのだが,この実験による観念の結合は,「同じような対象が同じような 状況におかれると常に同一の結果を生じる」という別の習慣的原理に組み込ま れるからである。 このような一連の議論,要約的に言うなら,主体とは諸印象の総合,連合化 をなすものだがこの作用は想像力によってなされる,しかし晶晶を確実な知識 に高めるものは信念であり,この信念のよりどころは経験的慣習である,こう した議論は,学知の基礎づけとしての経験論を理解する上で決定的な点と言え よう。確かに,想像作用を慣習という社会的基体に従属させることによって, ヒュームは想縁の独我論つまり想像が妄想と化すことに一定の枠を与えた。様 々な知識が観念連合の反復によって根拠づけられる。例えば主体を形作る人格 同一性の観念,実在の観念,また原子論を準備する極小単位といった観念,そ れらは社会の思考習慣のうちに形成された概念の差異と統辞に基く社会的,心 的産物である。かくしてまさに,人知のこの原理こそが諸学の基礎となる。 「数学,自然学,自然宗教すら減る程度までr人間』学に依存する。」従っ て,「人間の諸原理を解明しようとする時,とどのつまりは,ほとんど全く新 しい根底の上に,しかも諸学が安固たり得るためには絶対に欠くべからざる唯 ユヨ 一の根底の上に,築かれた諸学の完全無欠な体系をもくろんでいるのである。」 これがまさしく経験論の正当な権利要求であることにまちがいはない。しか し,観念連合の社会的反復に過大な認定権を譲ることは,実際には,知識の社 会学への譲歩ではないか。根底にくるのは,認識の様々なカテゴリーや個物の 種差が社会的に形成され表現されるその仕方ではないか。しかしたとえこれが 正当な主張であっても経験論はこれを認めるわけにはいかない。なぜなら,印 12) ヒューム「人性論」同訳書,第一分冊,p.21, p 22。
!28 彦根論叢 第217号 象的知覚の背後にある知識の社会形態,存在形態を,心的回路を経ずに直接経 験に即して捉えることは出来ないからである。だからもし知識の社会学を考え るとしても,それ自体さらに「人間性の原理」によって基礎づけられねぽなら なくなるからである。そこでヒュームに残された道が,結局次のような方向を たどったとしても不二言ではない。すなわち,想像が習慣に服するとは,「習 慣によって身につけた心の規定」に従うことであり,これは人間的自然に属す ることであるというのだ。つまり習慣が人の心に分け入ってうちたてる信念は 「自然」的であり,人間の本質に属する。だから理性に対する懐疑とはまさし く「自然」の必然性の優位に他ならないのである。ヒュームがもらした次の感 慨はこのことをよく物語っている。 「私は感覚や知性に服従して,よって以って自然の流れに身を任せてよいの である。そして,この盲目的服従のうちに私は,自己の懐疑的性向と懐疑的原 エヨラ 理とを最も完全に明示するのである。」 これからわかるように,主体とは決っして想像力の自由な翼に精神を解放し てゆく超越的意識ではなく,むしろ人間的自然がその中で活動する舞台にすぎ ない。想嫁の作用つまり観念連合さえも,人間の創造ではなく自然の表明にす ぎないのである。ドゥルーズの適切な表現を借りれば,「自然は精神のうちで 14) 観念を連合するのである。」従って経験論の文脈では,デカルトのように主体 と客体が対峙するのではない。主体一客体を包み囲む自然の観念が周到に配備 されており,認識や知識はこの自然の導きに従うことなのである。想像の作用 は言い換えれば,自然の「一般規則」を学習し追試することである。だからわ れわれが理性とか判断とか呼んでいるものは,「一般規則」に従った想像の自 然への昇化と見なすことさえ出来るだろう。 しかも,精神の作用が理性や意思であるより,想像力を媒介する人間的自然 の実現だというヒュームの論点は,想像とは「観念の活気」だという時,一層 13) ヒューム「人性論」同訳書,第2分冊,p.125。 14)G.ドゥルーズ「ヒュームあるいは人間的自然」(木田元,財津理訳,朝N出版社, 昭55年),P.18。
経済学の知識論のためのノート (1) ユ29 説得力を増す。想像を主体の実践にまで高める信念は情念(情緒)と結びつく。 「私は結局,信念とは観念を現在印象との関係のために,より活気に富みつか ユの 強烈に想うことである,と結論する。」 こうして,信念を構成するのは,習慣を反省的に救い上げ,固定化する情念 (情緒)の作用である。それゆえあらゆる知覚は理性の帰結ではなく,「動物 的活気(animal spirit)」の強さシこ依存するとさえ述べられるのだ。かくして, 情念の理性に対する優位は決定的である。「理知は情緒の奴隷であり,かった エの だ奴隷であるべきである」という悪名言い命題は,しかし,情念(情緒)が気 まぐれなメフィストフェレスではなく,人間的自然を実現する想像の触媒であ るという理解に立って読まれるべきであろう。同様に,「私の指一本を掻くこ ユマ とより企世界の破壊を選んだとしても,理知に反対ではない」という印象的な 立言も,情念が人間的自然の規則に従っている限り,理性はそれを判定する権 限を持たないという意味である。 以上の素描からも見て取れるように,知識の基礎づけとして見た場合,経験 論は主体一客体図式の背後に「自然」あるいは「人間的自然」の観念を用意せ ざるを得ない,ここにデカルトが,その図式の統管者として持ち出した超越的 な自己意識との対立を読み取ることは容易である。自然の優位と理性の明証の 間には埋めがたい深淵がある。しかしヒュームは経験論を自己崩壊の一歩手前 まで押し進めてしまうのである。懐疑は理性を越えてあらゆるものの形を溶か してしまう。このピュロニズムを避けるためには入知の彼方に疑い得ない原点 を仮想せざるを得ないのである。ちょうど,デカルトが,物体を延長実体と言 ってしまったためにその運動を説明できず,運動原因を神に帰せざるを得ない ように,ヒュームは現実に経験されたものの知識の正当性を論証する動力とし て自然の観念を持ち出した。自然の観念は心理主義的傾向に染め上げられ,人 間的自然すなわち人性の観念を形成する。だからこの行き着いた先は案外デヵ 15) ヒューム「人性論」同訳書,第1分冊,p.169−70。 16) ヒューム「人性論」同訳書,第3分冊.p.205。 17) ヒューム「人性論」同訳書,第3分冊,p.206。