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iv
は じ め に
私たちの身の回りは,原子や分子からなる化学物質で満ちあふれている.私 たち生き物自体も,大小様々な分子からなっている.それら化学物質は,安定 なものから,瞬時に他の分子と反応する化学的に不安定なものまで,固有の性 質をもっている.窒素や酸素などの大気の成分は,300 万年ほどの人類の歴史 の長さでは大きな変化はなく,生物は定常的に安定に存在する空気や水の環境 に適応するように進化することができた.
地表の物質の恩恵に加えて,私たちは地中から物質を採掘し,産業や日常生 活に利用している.たとえば,鎖長や形状が異なる炭化水素の混合物を主成分 とする原油を,沸点の違いを利用して分留すれば,天然ガス,ナフサ (ガソリ ン),灯油,軽油,重油,アスファルトなどがとり出せる.さらに現代では,様々 な物質が目的に応じて化学合成されている.たとえば,プラスチックなどの高 分子は,ナフサから得られるエチレンやプロピレンを重合させてつくる.この ような化学物質で囲まれた現代社会では,「化学の知恵」 が活躍する場がますま す広がっている.環境に大きな負荷をかけない物質の合成,食品・医薬品の安 全性評価,など枚挙にいとまがない.実際,化学の基本的な知識と理解を応用 していくことは,化学の専門的な分野だけではなく,物理や生物学などの自然 科学や,製品をつくり出す工学の分野でも必要とされている.
一方,19 世紀初頭の原子説や分子説に基づいて近代化した化学自体も,19 世 紀なかばから後半にかけて完成した熱力学など他の分野の展開とともに発展し てきた.とくに,20 世紀の量子力学の誕生によって,原子・分子のエネルギー が離散的であることが明らかとなり,化学の領域にも質的に大きな飛躍がもた らされた.現在では,化学にも分野横断的な視点が不可欠になっている.熱力 学ならびに,分子を量子力学で扱う量子化学は,いまや化学の原理的な礎とな っており,これらの習得が物理化学を学ぶ主要な目的である.しかしながら,
熱力学や量子化学を理解するには,その背景となる物理や数学の基礎知識が不 可欠であり,その知識が不足していると,学習の途中で興味をなくしてしまう ことが多いのも事実である.そのため,物理や数学の基礎知識を適宜習得しな
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がら,現代物理化学の高みに到達できればと願っている初学者も多いはずであ る.本書は,このような要望に応えることを目的とし,熱力学と量子化学の入門 コースを終えた大学学部生が,他書を参照することなしに内容が理解できるよ うに構成した.
まず,物理や数学の基礎知識を精選し,第 1 章から第 10 章に微分,積分,行 列・行列式,ベクトルなどの数学的基盤と,物理学の柱であるニュートン力学 を配置した.また,ベクトルの場合と同様に関数の世界 (関数空間) に内積を 定義すれば,任意の関数を別の関数の線形結合でユニークに表せることを,周 期関数を利用したフーリエ級数・フーリエ変換を例に解説した.第 11 章から 第 14 章は,本書の核であり,第 10 章までで学んだ数学と物理を足場に,量子 化学と熱力学を理解できるようにした.第 11 章と第 12 章では,関数空間の考 え方に基づいて量子力学の枠組みを説明した.第 14 章においては,状態量や 非状態量 (状態変化の経路に依存する量) と微分との関係など,熱力学の数学 的な基盤をできるだけ明確にするように努めた.
本文の見通しをよくするため,式や導出が長くなる箇所は付録として巻末に まとめた.また,本文の内容を具体的に理解していくための問題を該当箇所に 挿入し,解答は巻末にまとめた.なお,紙数の都合もあり本書には収録できな かった解説や少し専門的な事項については,「補足」 として裳華房の Web ペー ジ (https://www.shokabo.co.jp/mybooks/978-4-7853-3421-5) に掲載した.
本書では,必要な情報ができるだけ完備するように配慮して,効率よく理解 を深めることができるように工夫している.本書が,物理化学を深く学ぼうと する読者の一助になれば幸いである.
本書の出版に際して,原田義也先生,大野公一先生には,数々の有意義なご 助言をいただきました.ここに,改めて御礼申し上げます.また,本書の企画 から校正までご尽力いただいた裳華房の小島敏照氏,内山亮子氏に御礼申し上 げます.
2019 年 10 月
著 者