おにいちゃんが病気 び ょ う き になったその日から
作,さがわ なつこ
「はじめに」
――病気のお子さんがいらっしゃるご家族ヘ――
家族の誰かが病気になって入院するということは,家族全員にとってとても不安なことで す。特にその本人が子どもたちであれば,周囲で起こっていることが理解しがたいだけにな おさらかもしれません。病気になった本人がつらいことはもちろんですが,その兄弟姉妹た ちもつらいのです。
この冊子は,自らが病気の弟を持った佐川奈津子が自分の体験をもとに書いた童話です。
病気の兄弟姉妹を持つ子どもたちは,さまざまな感情を体験しながらそれらをうまく表現で きずにその気持を心の奥深く押し込めてしまうことがあります。その結果,子供たちが成長 した時,昔表現することが出来なかった様々な思いによって成長を阻まれることも起こり得 ます。アメリカでは,このような兄弟姉妹たちを支えるグループやセラピーのプログラムが ありますが,日本ではまだそのような動きは少なく,病気になったお子さんの兄弟姉妹のこ とに充分な配慮がなされていないのが現状です。
この物語は病気の兄弟姉妹を持つ子ども本人と周囲の人々が,このような経験を少しでも 理解し,受け入れていってくれることを願って書かれたものです。この物語が少しでも多く のかたの目に触れ,何らかのお役に立つことを願っています。
(監修者:渡部律子)
ぼくの家族
か ぞ くは,4人。おとうさんぐまに,おかあさんぐま,いつもいっしょに遊
あ そんでくれる おにいちゃんぐまにそして,このぼく。
みんなからは,「大きいのにとてもやさしくて,すてきな家族
か ぞ くだね!」とよく言
いわれる。
ぼくの自慢
じ ま んの家族
か ぞ くなんだ。エヘン!!
ぼくの家のとなりには,ちょっと小さくて,あわてんぼうのうきぎさん一家
い っ かが住
すんでいる。
毎日
ま い に ちぼくたちは,うさ君とうさちゃんを誘
さ そって,日が暮
くれるまで森の中で遊
あ そんでいるんだ。
そんなある日,ぼくにとって,とても恐
お そろしく長い長い一日がやってきた。
その日はちょうど季節
き せ つはずれの台風
た い ふ うのようで,となりのうさぎさん一家
い っ かは,南
みなみの島
し まに旅行中
りょこうちゅうだった。
外
そ とで遊
あ そべないぼくとおにいちゃんは,仕方なくふたりだけで絵
えを描
かいて遊
あ そんでいた。
「ねえねえ,おにいちゃん。ぼくの絵
え,おにいちゃんのより上手
じ ょ う ずだよ!」って言
いって,競 争
きょうそうしていたんだ。
すると,突然
と つ ぜ んおにいちゃんがクレヨンをポトンと落
おとして, 「おかあさん, 頭
あたまが痛
い たいよ!!」
って叫
さ けび出
だしたんだ。いつもあんなに我慢強
が ま ん づ よいおにいちゃんが,泣
なきながらおかあさんを呼
よん
でいるんだ。ぼくは,なんだかとても怖
こ わくなって,その後
あ とのことはよく覚
お ぼえていない。だけ
ど,ひとつだけちゃんと覚
お ぼえていることがある。それは,その日からぼくの家におかあさん
とおにいちゃんがいなくなっちゃったことだ。ぼくには,いったい何
な にが起
おきたのかわからな
かった。夢
ゆ めを見ているのかと思
お もったけれど,なぜか怖
こ わくて怖
こ わくてからだの震
ふ るえが止
とまらなか
った。だけどぼくは勇気
ゆ う きを出して,おとうさんに聞
きいてみた。 「おにいちゃんとおかあさんば
どこに行ったの?」
いつものおとうさんは,とても大きくて 温
あたたかくて頼
た よりがいがあるのに,その時
と きのおとうさん は少
す こし冷
つ めたくて少
す こし小さくて怒
お こっているようにも見えた。そしてぼくのしつもんには何
な にも答
こ たえてくれなくて,おとうさんまでどこかへ急
い そいで行
いってしまった。ぼくはたったひとりぼっ ち,広
ひ ろい家の中でますます怖
こ わくなり,泣
なきそうになるのをひたすらこらえながら,おにいち ゃんとおかあさんがぼくのところへ帰
か えってきてくれるのを待
まった。
ぼくは暗
く らい部屋
へ やの中で,ひとり震
ふ るえていた。けっして,寒
さ むかったんじゃない。何
な にが起
おこって
いるのか,まったくわからなかったことがぼくにとってすごくすごく怖
こ わかったんだ。
ぼくがおにいちゃんに会
あえたのは,それからしばらくしてからのことだった。
ぼくはおとうさんに連
つれられて,大きな白い建物
た て も のの中へ入
は いっていった。どうやらこの病 院
びょういんに ぼくのおにいちゃんはいるらしい。“とうとうおにいちゃんとおかあさんに会
あえるんだ。”そ う思
お もうと,ぼくはうれしくてドキドキしていた。それなのにおにいちゃんは,いろんなもの をからだにいっぱいつけて,ベットで寝
ねていた。遊
あ そべそうにはなかった。 “どうしたんだろう?
何
な にが起
おこったんだろう?元気
げ ん きいっぱいのおにいちゃんはどこへいっちゃったんだろう?”ぼ
くの 頭
あたまの中は,わけが分
わからないことだらけでグシャグシャしていた。せっかくおにいちゃ
んとおかあさんに会
あえたのに,ぼくは泣
なきたくなった。そしてぼくは今
い ますぐにこの病 院
びょういんをぬ
けだし,家まで走
は しって帰
か えりたくなったんだ。
“ぼくの家族
か ぞ くはどうしちゃったんだろうか?これからどうなるのだろうか?”また 頭
あたまの中で いろいろ 考
かんがえていると,おかあさんが無理
む りにぼくにほほえんで言
いった。「ひとりでさみしい だろうけど,おにいちゃんはもっとがんばっているから,がまんしていい子でいてね。」
ぼくは,泣
なきそうになるのをこらえながら 心
こころの中だけで“そんなのいやだよ!”って叫
さ けんだ。
だって,あまりにもいっぱいがまんしなくちゃいけないことがあるんだもの。でもぼくは,
おかあさんを悲
か なしませたくなかったので,おとなしく「うん」と,うなずいた。そして,こ
う思
お もった。“ぼくさえがまんして,おとなしくしていればおにいちゃんは元気
げ ん きになるんだ”
ぼくは約束
や く そ くどうり,おとなしくいい子でいた。けれど,おにいちゃんもおかあさんもなかな か帰
か えってきてはくれなかった。おとうさんは,このごろますます無口
む く ちになって,むかしのよ うにキャッチボールをして遊
あ そんでくれなくなった。うさぎさん一家
い っ かも遠慮
え ん り ょして遊
あ そびに誘
さ そって くれなくなった。ぼくはいつもひとりぼっちだった。
“おにいちゃんは,ぼくからおかあさんをとったんだ。ひとりじめしているんだ。”って思
お もっ たとき,ぼくはじぶんでじぶんをしかった。 “おにいちゃんは病気
び ょ う きなんだ。ぼくとはちがうん
だ。元気
げ ん きなぼくはがまんしなくちゃいけないんだ。”ぼくは何
な ん度
ども何
な ん度
ども 心
こころの中でそうつぶ
やいた。なのに,ときどきおにいちゃんのことが嫌
き らいなぼくがいた。
ぼくは毎 週
まいしゅうおとうさんと,おにいちゃんの病 院
びょういんに行
いった。そこでぼくはよくおにいちゃんと ふたりきりにさせられた。ぼくの想像
そ う ぞ うだけど,そのあいだおとうさんとおかあさんは,病 院
びょういんの先生
せ ん せ いとおにいちゃんのことについて話
は なし合
あっていたんだと思
お もう。
おにいちゃんは,病気
び ょ う きになってからすこし変
かわったとぼくは思
お もっている。それがいいことな のかどうかは,分
わからないけど。たとえば看護婦
か ん ご ふさんと遊
あ そんでたのしかったとか,おかあさ んがどれほどやさしかったとかを,ぼくに自慢
じ ま んするんだ。そんなとき,ぼくは 涙
なみだをこらえて
“いじわるなおにいちゃんなんか,大嫌
だ い き らいだよ!!”って思
お もった。
びょういん