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(1)

厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)

総括研究報告書

労働者の健康状態及び産業保健活動が  労働生産性に及ぼす影響に関する研究 

 

研究代表者  森  晃爾  産業医科大学産業生態科学研究所産業保健経営学・教授  研究要旨:   

  労働人口の高齢化が進むわが国では、労働者の健康への投資は、企業や社会が活力を維 持するために重要な取組みと考えられるが、厳しい競争環境にある日本企業の状況を考える と、法令を超えた積極的な産業保健活動の展開を促すためには、労働者の生産性の向上へ の貢献など、経営上の視点での効果が示されることが不可欠である。しかし、これまで欧米に 比べてその取組みは遅れており、我が国の経営環境や雇用形態等の諸条件における知見 は、ほとんど得られていない。今後、我が国における労働者の健康状態や事業場等における 産業保健活動が労働生産性に及ぼす影響について検証することが必要であり、その第一歩 として、生産性をアウトカムとした産業保健研究の方法や課題等について、3年間の研究を行 った。

  その3年目として平成27年度は、以下の検討を行った。

 開発中の日本版 presenteeism 尺度を用いて業務の特徴による影響を考慮した評価方 法を検討した。

 健康問題による生産性低下の評価指標として一般的に用いられる absenteeism と

presenteeismについて、産業保健活動にかかる費用との関係を多施設共同研究のデー

タを用いて検討した。 

 製造業1社および小売業1社において、経営上および産業保健上懸念される健康課題に ついて、クラスターランダム化比較試験のデザインによる介入プログラムを実施し、その評 価を行った。

 研究過程で得られた成果をもとに、産業保健活動の生産性への貢献を意識したプランニ ングの在り方を検討し、ガイドを作成した。

 生産性への貢献を目指す効果的な産業保健のあり方について、企業の統括産業医で構 成する研究協力グループを活用して、企業経営に対する産業保健の貢献のアウトカムを 企業の視点と労働者の視点で明確にし、それらを向上させるための方策を検討した。

 

研究分担者 

荒木田美香子  国際医療保健福祉大学・小田原保健医療学部・教授  林田賢史    産業医科大学病院・医療情報部長 

柴田喜幸    産業医科大学・産業医実務研修センター・特任准教授  梶木繁之    産業医科大学・産業生態科学研究所・講師 

永田智久    産業医科大学・産業生態科学研究所・助教  永田昌子    産業医科大学・産業医実務研修センター・助教 

(2)

A.  研究の背景と目的

我が国の産業構造が第二次産業から第 三次産業に徐々に重点が移行するととも に、厳しい経営環境の中で少人数での事 業運営が行われる。そのため、昨今労働 者に増加しているメンタルヘルス不調の 影響は直接的に業務能力の低下をもたら し、長期化によって企業の生産性に大き な影響を与える。メンタルヘルス不調以 外にも、病気欠勤や能率低下によって生 産性の低下をもたらす様々な疾患が存在 する。 

一方、少子高齢化、定年延長などによ る労働人口の高齢化は、疾患を持って働 く労働者を増加させることに繋がること が予想される。今後の厳しい競争環境に ある日本企業の状況を考えると、法令を 超えた積極的な産業保健活動の展開を促 すためには、労働者の生産性の向上への 貢献など、経営上の視点での効果が示さ れることが必要である。

これまで欧米では、米国を中心に、労 働生産性への貢献は産業保健活動の重要 な目的となっており、効果を検証する各 種の文献が出されている。しかし、我が 国の経営環境や雇用形態等の諸条件にお ける知見は、ほとんど得られていない。

今後、我が国における労働者の健康状態 や事業場等における産業保健活動が労働 生産性に及ぼす影響について検証するこ とが重要であるが、その第一歩として、

効果的な産業保健活動のあり方や生産性 を含む産業保健活動の評価方法のあり方 について検討を行うこととした。

3年計画のうち、平成25年度および平 成26年度の2年間で、以下の検討を行っ た。

 経済学や経営学で用いられる生産 性(特に労働生産性)の概念の中で、

産 業 保 健 分 野 で 測 定 さ れ る absenteeism および presenteeism がどのように位置づけられるかの 概念整理を行った上で、労働者の健 康に伴う生産性測定の限界等につ いて考察した(H25)。

 労働者の健康問題による損失は、

absentieesm および presenteeism と、医療費によって一般的に評価さ れるが、このような損失は、様々な 要因によって、損失の負担者分担が 異なるため、疾病シナリオを作成し、

負 担 構 造 に つ い て 分 析 を 行 っ た

(H25)。次に、実際の負担分担を定

量的に把握するため、私傷病欠勤・

休職制度と企業規模との間の関連 性について、文献上に記載されたデ ータを用いて分析した(H26)。

 日本企業における、疾病による労働 生産性の損失の発生状況を把握す るために、製造業の事業所(1事業 所)において、疾病・症状毎の労働 生産性の低下を明らかにすること を目的として、absenteeismと既存 の尺度を用いたpresenteeismの評 価を行った(H26)。

 我が国の労働環境に合っており、か つ製造業およびサービス業で活用 できるpresenteeism尺度が存在し ないため、その開発に向けて、尺度 の項目を洗い出し、その妥当性を検 討した(H25-26)。

 実際の産業保健活動と企業に存在 するニーズとの関係を明らかにす るために、8団体(企業および健康

(3)

保険組合)が参加した多施設共同研 究のデータを用いて、産業保健活動 にかかる費用と、presenteeism に よる損失額との関係を検討したと ころ、presenteeism による損失額 が大きい症状のうち、対策が行われ ていたものはメンタルヘルス対策 のみであり、その費用を損失額が大 幅に上回るとの結果を得た(H26)。

 労働生産性を向上させる健康介入 プログラムを評価するための方法 について検討するとともに、直接的 に生産性に効果を与える疾患とし て腰痛、うつ病、花粉症等を挙げ、

これらの疾患を対象とし、生産性を アウトカムとした研究を実施する 際の課題や限界等の留意点につい て整理した(H25)。その上で、製造 業1社および小売業1社において、

経営上および産業保健上懸念され る健康課題を聴取した上で、それぞ れの課題を解決するための介入プ ログラムを策定し、有効性を検討す るためにクラスターランダム化比 較試験(RCT)のデザインによる 介入を開始し、その過程を記述した (H26)。 

 生産性への貢献を目指す効果的な 産業保健のあり方について、企業の 統括産業医で構成する研究協力グ ループによるフォーカスグループ ディスカッションを実施して、その 結果を分析した結果、6つのテーマ が抽出された(H26)。

 

B.方法

  平成 27 年度の研究として、以下を行った。 

 平成26年度までに信頼性と妥当性が

観察された日本版 presenteeism尺度 を 用 い て 、 労 働 者 の 訴 え る presenteeism について、業務の得著 うによる影響を考慮した評価方法の 検討を行った。(結果1)

 健康問題による生産性低下の評価指 標 と し て 一 般 的 に 用 い ら れ る absenteeismとpresenteeismと産業 保健活動にかかるコストの関係につ いて、多施設共同研究のデータを用い て、検討した。(結果2) 

 製造業1社および小売業1社におい て、経営上および産業保健上懸念され る 健 康 課 題 に つ い て 、 ク ラ ス タ ー RCT のデザインによる介入プログラ ムを実施し、その評価を行った。(結 果3および4)

 研究過程で得られた成果をもとに、産 業保健活動の生産性への貢献を意識 したプランニングの在り方を検討し、

ガイドを作成した。(結果5および6)

 生産性への貢献を目指す効果的な産 業保健のあり方について、企業の統括 産業医で構成する研究協力グループ を活用して、企業経営に対する産業保 健の貢献のアウトカムを企業の視点 と労働者の視点で明確にし、それらを 向上させるための方策を検討した。

(結果7)

C. 結果

1.  疾病による生産性への影響の測定−

日本版 presenteeism尺度の開発-業

務の特徴による影響を考慮した評価 方法の提案

労働者個人のpresenteeismの算出方法 及び、個人の presenteeismの職場への影 響の算出方法を提案することを目的とし、1

(4)

人以上の部下を持つ労働者(以下管理者)

500人に、  職場の労働者にpresenteeism が生じた際の、業務上の影響を聞いた。業 務を定型性/非定型性、他の労働者への代 替え可能性の 2項目から、業務を 6つに分 けたところ、非定型代替え可能、非定型代 替え中間(型)の2群がpresenteeismの職 場への影響が大きく、定型熟練が最も小さ いことがわかった。

平成26年度に労働者800人を対象に実 施した労働者個人の presenteeismの分析 から、8 項目のpresenteeism 項目には60 歳代以上のほうが presenteeism が低い傾 向があったが、男女差はないことが明らかに なった。

これらの結果から、個人の presenteeism およびpresenteeismの職場への影響につ いて算出に試みた。算出の手順は以下のと おりである。

<個人のpresenteeismの算出手順>

*個人のpresenteeismは100-0までの 範囲で示し、値が大きいほどpresenteeism が大きいと考える。

① presenteeismの8項目を「よくある

(4)」「時々ある(3)」「あまりない(2)」「まった くない(1)」の 4 段階で質問し、各項目の合 計点(32-8)を算出する。

②合計点からマイナス 4 し、それに 3.57 を乗法する。

<presenteeism の職場のインパクトの算 出方法>

①個人の presenteeism8 項目の回答の 内、「よくある」と回答した場合にそれぞれ 1 ポイントを換算する。

②各 presenteeismの1 ポイント、あるい は 0 ポイントに職業の特徴に応じたポイント

(表15)を乗法する。

③60 歳代以上の場合は、そのポイントを

(表17-1)の値で除法する。

④年齢による補正値を計算した得点を合 計し、1.25倍する。

⑤合計点から10ポイントを減法する。

この方法でなお、平成 26 年度の労働者 800人を対象として労働者のpresenteeism を測定した結果をもとに、業務特性が異なる 場合のpresenteeism の職場に与える影響 ポイント(最大100〜最小0)を計算した例を 示した。同じpresenteeism項目を選択して いても、業務により職場への影響が 2 倍以 上の開きがあることがわかった。

この計算方法は、presenteeism の回答 の「よくある」のみに1ポイントを与え、それ以 外は 0 としているため、presenteeism を過 少に評価する傾向にあることを考慮する必 要がある。また、対象職業は、事務従事者、

サービス職業従事者、生産工程従事者の 3 職 種 で あっ た 。 その他 の 職 業に 、 今回 の presenteeism の職場への影響が当てはま るかどうかは、今後の実証が必用である。

 

2. 産業保健活動の費用と労働生産性に 影響を及ぼす疾患群との関係 

産業保健活動の内容および費用と、疾病 群毎の presenteeism との関係について明 らかにすることを目的に、「健康管理コスト集 計表」を用いて算出した費用と QQmethod を改良した調査票を用いた presenteeism の評価を5社のデータで分析した。

産業保健活動のなかで、法令に基づく活 動(健康診断、メンタルヘルス対策)に多く の費用を投資していることがわかった。このう ち 、 メ ン タ ル ヘ ル ス 対 策 で は 、 presenteeism による損失額の多かったここ ろ(抑うつ、不安等)、睡眠等の健康問題へ の対応が行われていると考えられた。一方、

痛み(頭、首)に関しては、それに特化した

(5)

活動は、本調査では把握できなかった。痛 み(頭、首)の presenteeism による損失額 が大きいことを考えると、痛み(頭、首)に特 化した健康管理施策を進めることは優先順 位の高い活動となる可能性があると考えられ た。

3. 生産性の改善を意識した介入プログラ ムの実施と評価①-職場環境改善を通 じた人間工学的介入プログラム 

参加型の職場環境改善手法を用いた人 間工学的な介入プログラム(介入プログラム)

が、生産性に与える影響を評価することを目 的とした。某工場の生産部門(重筋作業に 従事する労働者が属する集団)においてクラ スターランダム化比較試験を行った。ランダ ム化は同一作業負荷と考えられる班(組織の 最小構成単位)を2群に分類した。介入プロ グラムは 3 回の研修で構成され、介入群の 班長および各班の安全衛生担当者が研修 を受講後、自らの職場に戻り研修内で作成 した人間工学アクションチェックリスト並びに 改善事例写真集等を利用して、自主的な改 善活動を行うものとした。介入後 3・6 ヶ月の 時点で、腰痛の程度、Wfun、WAI の指標 により介入プログラムの効果を検証した。介 入群は511名、対照群は508名が分析対象 であった。

分析の結果、介入群と対照群の間に差は 認めず、今回の介入プログラムは、腰痛の程 度、Wfun、WAI といった生産性に関連する 指標には短期(介入から 6ヶ月以内)では影 響しないことが示唆された。

今回は組織を構成している最小構成単位

(班)の長に対する間接的な介入プログラム であったことや人間工学的介入(特に教育 的介入)は継続的な支援が必要であること、

介入から評価までの期間が短かったこと等

が介入群と対照群に差が見られなかった理 由と推測された。

4. 生産性の改善を意識した介入プログラ ムの実施と評価②-「部下の成功体験 を引き出す教育」の生産性への影響の 評価 

某書店チェーンにおけるニーズ分析の 結果を用いて企画した、上司が部下を「褒 める」教育等を基軸にしたプログラム立 案と実践を通じて、心身の健康と同時に 労働生産性の向上にもつながる産業保健 的介入の手順・方法を検討した。

店長を介入群、対象群に無作為に割り 付け、介入の効果を店員で評価するクラ スターランダム化比較試験による介入研 究のデザインを作成した。介入プログラ ムは介入群の店長に対するおよそ2か月 おき計3回の、「部下の成功体験を引き出 す=褒める研修」および事後活動で構成 された。各回受講後は自らの店舗に戻り 研修内で学んだ視点・技術、並びに研修 時に配布した「店長実践ハンドブック」

を利用して、自主的な「部下を褒める活 動」を行うものとした。

介入プログラムの効果は、介入直前お よび介入後3・6・12ヶ月の時点で職業性 ストレス(JCQ)、パフォーマンス評価等、

17(初回は 14)の質問により検証した。

介入効果評価の対象は店長・アルバイト を含む両群の全従業員であり、介入群は 277名・対照群は327名、計604名であ った(いずれも開始時点)。分析の結果、

初回研修直後の調査で介入群の店長にお いて「褒める」頻度が有意に向上したが、

部下の「褒められている頻度」をはじめ、

他の項目に影響は見られなかった。また、

事業データも介入群と対照群で有意な差

(6)

は見られなかった。

本研究の範囲では、心身の健康および 労働生産性に関連する指標には影響しな いことが示唆された。これは、介入群の 店長自身は「褒める」行動変容を主観的 に認めたが、部下が「褒められることへ の変化」を感じていない中で、その従属 効果ともいえる各値に変化が見られなか ったのは当然といえる。その点では「部 下を褒める」効用自体が否定されたされ たわけではなく、それを効果効率に実施 するための施策に改善の余地があると考 えられた。 

5. 産業保健活動の生産性への貢献を意 識したプランニング(最終版) 

労働者の健康状態並びに労働生産性に 寄与する産業保健活動を企業内で展開す るには、当該事業場が抱える産業保健ニ ーズの把握や経営層、労働者の合意と協 力、実行性のあるプログラムの開発が不 可欠である。 

製造業1社および小売業1社の事業場 において、経営上および産業保健上懸念 される健康課題を聴取し、それぞれの課 題を解決するための介入プログラムを策 定のうえ、クラスターランダム化比較試 験のデザインによる介入を行いその結果 を検証した。いずれの介入プログラムも 労働生産性には差(効果)は見られなか ったが、その過程を通じて、新たな介入 プログラムの企画および研究デザインの 検討、運用の過程を通じ、生産性に貢献 する産業保健活動の介入研究を行うには、

ニーズの把握、先行研究の調査、介入プ ログラムの効果を高める工夫、専門家の 関与と協力、企業側担当者との連携、対 照群への配慮、予算の確保等が重要であ

ることが考察された。また介入プログラ ムを実施し得られた結果は研究の評価基 準に照らして適切に検証するとともに、

取り組みの過程で得られた予想外の成果 を含めて包括的に評価し、次の産業保健 活動に活かすことが重要と考えられた。 

6. 産業保健活動の生産性への貢献を意 識したプランニングのためのガイドの開 発 

本研究の成果物として、「生産性への貢 献を意識した産業保健活動のプランニン グガイド」を作成した。 

ガイドの作成にあたっては、盛り込む べき要素は、2 か年間の研究で得られた知 見をもとに、研究分担者で協議し、抽出 した。 

介入研究を行うために必要な要素とし て、経営層(意思決定者)ニーズの把握、

先行研究の調査、介入プログラムの効果 を高める工夫、専門家の関与と協力、企 業側担当者との連携、対照群への配慮、

予算の確保の項目が挙げられた。

生産性への貢献を意識した産業保健活 動のプランニングガイドの作成にあたり、

ガイドの使用者を産業保健スタッフ(産 業医、産業看護職)とした。また、産業 保健スタッフが、生産性への貢献の観点 で、産業保健活動を見直したうえで、生 産性の貢献の評価を盛り込んだ産業保健 プログラムの企画・実践・評価をし、産 業保健活動全体の見直しにつなげるプロ セスを記述した。

7. 生産性への貢献を目指す効果的な産 業保健のあり方

労働者の健康状態及び産業保健活動が 労働生産性に及ぼす影響に関する本研究

(7)

の成果は、結果的に生産性の向上に貢献 する産業保健活動の推進に繋がることに なる。生産性の向上を労働者の健康投資 のリターンとして位置付けた産業保健活 動を行う場合、従来の産業保健と比較し て、様々な課題が発生する可能性がある。

そこで、生産性への貢献を目指す産業保 健活動の課題や効果的な活動の推進につ いて検討を行った。前年度に実施した企 業の統括産業医で構成する研究協力グル ープによるフォーカスグループディスカ ッションの結果をもとに検討した結果、

企業経営に対する産業保健の貢献のアウ トカムを企業の視点と労働者の視点で明 確にし、それらを向上させるための方策 を「企業経営に対する産業保健の貢献の あり方」として位置づけ、6項目にわた る提言項目を作成した。 

D.  考察およびまとめ

  企業が労働者の健康に投資することは、

労働者の健康の保持増進のみならず、活 力ある企業組織や社会の実現にも効果が 期待できる。しかし、様々な経営上の課 題が存在し、多くの利害関係者が存在す る中で投資判断がなされるためには、投 資が企業活動にとってどのような価値を 生み出すのか、説明できることが必要で ある。平成25年度および26年度に引き 続き、生産性の向上に貢献する効果的な 産業保健活動のあり方や生産性を含む産 業保健活動の評価方法のあり方について 検討した。

まず、産業保健活動が労働生産性に効 果を及ぼすことを明らかにするためには、

その評価指標が必要となる。しかし、経 済学や経営学で用いられる生産性(特に 労働生産性)を産業保健活動の効果とし

て利用することは困難であり、産業保健 分野においては、疾病や症状によって業 務遂行に支障を来すことによる損失指標 であるabsenteeismおよびpresenteeism が一般的に用いられている。これらの指 標を評価に用いる際には、その限界や利 用上の注意点や限界を理解する必要があ る。

このうち、absenteeism については、

日本では疾病による欠勤や休職に関して は法令上の制度がないため、企業によっ て大きな差異があり、また短期の病欠で は有給休暇を使うことが多く、効果評価 や企業間比較には注意が必要である。ま た、企業規模が小さくなるほど休職や補 償制度が劣っており労働者個人の負担が 大きい傾向があることや、疾病の種類に よって病欠等の取得方法が異なるために、

損失の企業、健保、個人間の負担の分担 に違いができることが示唆された。

一方のpresenteeismについては、様々 な測定法があり、相対的な労働遂行能力 の低下を評価する方法と損失を金銭化す る方法がある。前者に当たる評価尺度を 日本企業の状況に合わせて作成したが、

その過程で業種や職種による影響を考慮 する必要があるなど、また後者の評価尺 度を日本企業における疾病の労働損失の 実態調査や介入プログラムに用いたが、

その損失額の妥当性について十分に注意 が必要であると考えられた。さらに、業 務 の 特 徴 に よ っ て 労 働 者 が 自 覚 す る presenteeismの業務に与える影響が大き く異なる可能性が示唆された。

以上のような限界や注意点があるもの の、日本企業においてもabsenteeism以 上に大きな損失が presenteeism によっ て生じていることは明らかである。また、

(8)

absenteeism は主に「新生物」、「精神お よび行動の障害」、「循環器系の疾患」で 生じていたが、presenteeismは「腰痛ま たは首の不調や肩こり」、「アレルギー症 状」、「頭痛」等の症状で生じており、メ ンタルヘルス不調は双方に影響があるも のの異なる病態や問題で発生しているこ とが考えられた。

もし産業保健活動が労働生産性の向上 を目指したプログラムを提供するとすれ ば、損失額を評価したうえで、損失が大 きな症状や疾病対策を行うといった考え 方も成り立ちうる。実際に産業保健活動 に使われている費用と損失を比較したと ころ、健康診断およびメンタルヘルス対 策に多くの費用が用いられていること、

presenteeismを引き起こす主な症状のう ち、抑うつや不安、睡眠に対しては重点 が置かれているものの、首や肩の痛みや こりについては特化したプログラムがほ とんど行われていない。今後、産業保健 活動の優先順位を検討する上で考慮すべ き点と考えられる。

産業保健活動の展開には、活動全般の 計画・実施・評価・改善と特定の介入プ ログラムの企画・実施・評価・改善の二 つの視点がある。生産性の向上に貢献す る産業保健活動を考えた場合、後者の介 入プログラムについても効果評価を健康 面の指標だけでなく、生産性の指標を用 いることが必要になる。また、企業にど のような労働生産性に影響する健康課題 があるか、またはどのような産業保健プ ログラムが労働生産性の向上に貢献でき るかといった視点でニーズ分析および介 入プログラムの企画が必要となる。そこ で、労働生産性を向上させる産業保健介 入プログラムの在り方を検討するために、

介入プログラムの生産性や経済面での効 果を評価する方法とその限界および課題 を整理したうえで、2つのクラスターラ ンダム化比較試験を企画・実施した。い ずれも介入も、評価期間が短いこともあ り労働生産性への有意な効果が見いだせ なかったが、ニーズ分析から評価までの 過程を詳細に記述し、その内容とその他 の知見をもとに、「産業保健活動の生産性 への貢献を意識したプランニングのため のガイド」を作成した。

そして、「生産性への貢献を目指す効果 的な産業保健のあり方」に関する提言項 目を取りまとめるために企業の統括産業 医で構成する研究協力グループを構成し、

研究結果を適宜説明したうえで、3年間 にわたって定期的に議論を行った。その 結果、労働者の健康と関連して測定でき る生産性は、健康状態によって損失した 機会損失に限られることになり、貢献の 範囲を狭小化することが指摘され、併せ て労働者の長期の生産性の維持を持続可 能性(Sustainability)として、労働者およ び企業全体の生産性と持続可能性に貢献 できる産業保健を目指した活動を企業経 営に対する産業保健の貢献として位置付 け、そのあり方を検討して「企業経営に 貢献できる産業保健に向けた提言」とし て取りまとめた。

E.  研究発表 1.学会発表

 Mori, K. Policy of Japanese Government to Promote Investment in Health of Working Population American Occupational Health Conference, Baltimore, May,

(9)

2015

 伊藤森, 永田智久, 永田昌子, 梶木繁 之, 楠本朗, 村松圭司, 大谷誠, 林田 賢史, 中田光紀, 松田晋哉, 森晃爾.

事業者と健康保険組合が保有する健 康情報の解析をもとにした両者の連 携の推進に関する研究(コラボヘルス 研究・第1報) 第88回日本産業衛生 学会 2015.5 大阪

 森彩香, 松岡朱理, 楠本朗, 梶木繁之, 森晃爾. 私傷病欠勤・休職制度と企業 規模との間の関連性について 第 88 回日本産業衛生学会 2015.5 大阪

 森晃爾. 健康投資の社会的ムーブメ ント  そのうねりを産業保健分野に 取り込む 健康投資の概念は、産業保 健にどのようなインパクトを与える か? 第 88 回 日 本 産 業 衛 生 学 会 2015.5 大阪

 Shigeyuki Kajiki, Koji Mori, Yuichi Kobayashi, Masamichi Uehara, Shigemoto Nakanishi. Constructing a global occupational health system based on an overseas business framework. International Conference on Occupational Health, Soul, June, 2015

 荒木田 美香子, 根岸 茂登美, 森 晃 爾, 大谷 喜美江, 松田 有子, 青柳 美 樹 , 古 畑 恵 美 子 . 日 本 版 presenteeism 尺度の開発  β版の信 頼性・妥当性の検討.日本公衆衛生学

会総会抄録集.74回 Page561.2015 2. 論文発表

 森晃爾.「健康経営銘柄」で企業の保 健活動はどう評価される?産業保健 と看護 8(2):10-13

 Nagata T, Mori K, Aratake Y, Ide H, Nobori J, Kojima R, Odagami K, Kato A, Hiraoka M, Shiota N, Kobayashi Y, Ito M, Tsutsumi A, Matsuda S. Establishment of reference cost in occupational health services and implementation of cost management in Japanese manufacturing companies. J Occup Health. (in print)

 

G.知的財産権の出願・登録の状況  1.特許取得

なし

2.  実用新案登録 なし

3.その他 なし

       

(10)

     

           

分担研究報告書 

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