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吉本裕子
よしもと ゆうこ
横浜市立大学客員研究員、慶応義塾大学非常勤講師
元子さんが私のために作ってくれ たサラニプ。薪ストーブのそばで、
手仕事をする元子さんとたくさん おしゃべりしたことを思い出す。
山から持ち帰ったシナ の内皮に木灰を入れ て煮ている様子。最 近は木灰が手に入ら ないので苛性ソーダ を使うことも多い。煮 る以外に沼や温泉に 内皮を浸してやわらか くする方法もある。
イテセニ(編み機)。一本の糸に対して 二つのピッ(錘おもり石)が吊り下げられて いる。一つ一つのピッを前後に振りか えて内皮をからませながら編んでゆく。
博物館で展示され ている底が萎んだ ヨロプイ(尻の穴)
のあるサラニプ。
たりするために昔から使われていた。
博物館では伝統的モノ資料として展示 されることが多いので、既に使われな くなったものだと思い込んでいたが、
川奈野家に長期滞在するようになり、
元子さんの母ハル子さんが35年前に 作ったサラニプを一信さんが今も普段 使いのバッグとして使っていることを 知った。中には、ペットボトルや財布、
アイヌ語教室の教材などが入れられて いて昔と用途は異なるが、長く使い込 んだシナ皮は滑らかさが増していい味 が出ている。数年前、東京の街中で一 信さんがサラニプを肩にかけて歩いて いると、「おじさん、そのバッグかっこ いいね!」と若者が声を掛けてきたそ
うだ。そんな話を聞いて私はますます アイヌの手仕事に魅了されていった。
樹皮からサラニプを作るには、まず 山に行ってシナの木の生皮をはぎ、そ の場で外皮をはがして内皮だけを持ち 帰る。そして大きな釜に内皮と木灰を 入れてやわらかくなるまで煮込み、水 にさらして1週間ほど乾燥させる。そ の後、乾燥させた内皮を再び水につけ ると幾層にも重なっている皮が1枚ず つはがれてくる。さらにそれを縦に細 く裂いて糸を作り、イテセニと呼ばれ る編み機を使って編み上げてゆく。一 度煮て乾燥させた内皮は何年でも保存 できるので、この乾燥内皮さえあれば 丸二日ほどで編み上げることができる。
ある日、聞き取り調査を終えて川奈 野家に帰ってみると、元子さんがイテ セニを出して急いでサラニプを編み始 めていた。一晩かけてようやく出来上 がったのだが、それはなんと調査を終 えて横浜に戻る私への贈り物だった。
いま私はパソコンを持ち運ぶのに使っ ている。ヨロプイ=底の萎しぼみ(アイヌ語 では尻の穴の意)のない二つ折りの形 なので、パソコンを入れるのにピッタ リなのだ。ハル子さんはかつて観光地 で働いた経験があり、観光みやげ用に ヨロプイのない小型のポンサラニプを 作って販売していたという。私のサ ラニプはこの観光みやげの形状が基に なっているのだが、当時のものよりも 一回り大きいサイズに仕上げられてい る。さらに素材にはハル子さんが手元 に残していた30年以上も前のシナ皮 が使われたオリジナルな一品なのだ。
アイヌ文化の衰退が著しかった昭和期 に、幸いにも母から娘へと継承された 生活技術。彼女らの想いが詰まったサ ラニプを私はこれからも大切に使い続 け、アイヌ文化に資する研究ができれ ばと切に思う。
アイヌの人たちが多く住む北海道平びら 取とり
町ちょう
で、2006年から調査を行ってき た。現代のアイヌの人たちの生活様式 は他の多くの日本人とほぼ変わらない が、私が常々お世話になっている川かわ奈な 野の一信・元子ご夫妻の日常にはたくさ んのアイヌ文化が根付いている。なか でも元子さんが家事の合間におこなっ ている機織りや刺繍はとても魅力的で ある。ここで紹介するシナの樹皮から 作られるサラニプは何気ない編み袋だ が、私にとってはアイヌ文化への関心 を高めるきっかけをくれた大事なもの なのである。
サラニプはかつて山や川へ出かける 時、道具類を入れたり山菜を持ち帰っ
煮た内皮を水洗いした後、
竿にかけて乾燥させている 川奈野夫妻。木灰で煮たも のは茶色(右)、苛性ソーダ で煮たものは白っぽい(左)。
平取町
札幌 北 海 道
支笏湖
沙流川 石狩川
2018 07 no. 20 [発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610
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