東京外国ぎ浄大学 『日本研 究教 育年報 16』 (2012.3)
(特集 「授 業で 「日本」 を教 える」)
「日本語文法入 門
」を担当 して
幸 松 美 恵
私が担 当 したのは、用 木語 学入 門‑ 文法‑ 」 とい う学 部 1年 生対象の授業である。2010 年度、2011年度 の2年 間、1年 EHま工藤 浩先生 と、2年 目は早津恵美子先生 と組 にな り、
両年度 ともBクラス を任せ て頂 いた。
こ の 授 業 は 、 (退 官 され た) 工藤先生 と早津先生が長 きにわた って改訂 を重ね て こ られた オ リジナル テ キス トを月往 、る とい うこ とで、学期 が始 ま る数 ヶ月前 にはテ キ ス トを入 手 し て予習 を始 めたので あ るが、いかんせ ん独 特 なテ キ ス トで あ るた め、 当初 は戸惑 い も大 き か ったo 自身 が体験 した文法 学入 門の授 業 は、い わ ゆ る単語 の定義 か ら始 ま り、品詞 分類 法 を学 び、各 品詞の概説 を経 て、文 の組 み 立て‑ と進 む ‑ とい った、 ご 十 一般 的 な (市販 の教材 な どの並び と同様 で あ る とい う意 味 で) 内容 で あ った。 学期 末 のテ ス トとい えば、
"(いわゆ る)文法家 ご との品詞分類法 の特徴 を答 え よ" とい った内容 だ った と記憶 してい るO今 とな ってみれ ば、 これ ほ ど難渋 な問題 もないが、そ こは学部 生対象 の試 験 で あ るか ら、結 局 は用語や分類 法の暗 記、 とい う側 面が強 か った よ うに思 う。 一方 、外語 大 の授 業 は、 こ うした入 門授 業 とは一線 を画 してい る。 オ リジナル テ キス トには、 単語 の定義や 文 の定義 はない。 品詞分類 もない。名 詞の性 質 と機 能 、形容 詞の性 質 と機 能 ‑ とい った品詞 概 説 もない。 冒頭 か ら 「名詞 の格 と動詞 の結 びつ き」す なわ ち 「連語 」 とい う概念 の導入 か ら始 ま り、代表 的な連語 タイ プ (モ ノの ヲ格 の連 語、場所 のこ格 とデ格 の連語)を学 び、 ヴォイス (動詞 の 自他 、受身 、使役 、や りも らい) を学び 、テ ンス ・アスペ ク トを学ん で 1 年 を終 える。 昌一ってみれ ば 「動詞 論 を軸 と した 日本 語 文法入 門」 とも言 える授 業 で あ り、
格 、 ヴォイ ス、テ ンス、ア スペ ク トとい う文法 カテ ゴ リー に焦 点 を絞 って、そ の 中核 的 な 概念 を教 える とい う構成 にな ってい る。
文法学 と して学ぶべ き重厚 な内容 を、 レベル 的 には学部 1年生 が理解 で きる内容 に軽 く し、時間的 には 1年間で学び切れ る内容 に薄 く して作 るのが通 常の入 門テ キス トで はない か と思うが、外語大の場合 、"質 を落 とさず '"1年 間で教 え られ る範 囲で 'とい うこ とで、
…上霊己以外の部分 は見事 なまで にバ ッサ リと切 り落 と してい るo 文法入 門 と して必要 な知識 杏 "網羅 的 に" しか しあ る一面 か ら見れ ば "広 く浅 く"教 え る とい う方法 を避 け、学部 1 年 生対象 と しては相 当に深 い問題 につ いて じっ く り考 え させ る。 た とえば ヴォイ ス につ い て扱 う回で は、 「受身 文 とは何 か
」
「使役 文 とは何 か」 を定義 し、典型 的 な文例 を見せ つつ 用法分類 を提示す る、 とい った あ りきた りな方法 は取 っていない。 「受身」 とい う概 念 の 中 心 に位置 しそ うな文か ら、そ の隣 り合 わせ にあ りそ うな文 まで、様 々な文 を提示す る。 具 体的 に例 を挙 げ る と (異 な る レベルでの説 明が混在 して恐縮 だが)、他者 か らの働 きか けを 受 けた こ とを表す ラ レル 文 (「私 は母 か ら写真 を見せ られ た」 の よ うな文)、 あ る出来事 を‑ 95‑
の よ うな文)、や りもらいの文 汗私はおばあちゃんにかわいがって もらった」の よ うな文) な ど十数文 を見せ る。 その 上で、 どこか らどこまでが受身表現であ ると言 えるのか を考 え させ る。各文の共通性、相違性 について答 え させ る中で、 「果た して "受身" とは何か」 を 学生達 自身 に考 え させ よ うとい うわけであるO さらに使役 について 言えば、受身 の場合 と 同様 の作業や 、その他 い くつかの練習問題 を通 して、サセルの文 と他動詞文が、"使役""他 動" とい う意味的 な概念 とは ‑対山の対応 をな していない、 とい うこ とまで気づかせ よ う
としてい るO
このテキス トを受 け取 った当初は、対象が学部 1年生であ り、受講生の 3分 の 2は留学 生であることを考 え、なん と無茶 な授業ではないか、と思 った。 下手 をす る と、学生 に 「自 分 は この1年 間、いったい何 を学んだのだろ う?」と首を傾 げ させ る結果にな りかねない。
定義 とわか りやす い用法解説 、典型的な使用例 な どによる解説型 の教科書 を用 いた入 門授 業 であれ ば、多少 、教師の教 え方 に問題 があった と して も、教科書 さえ再読すれ ば、それ な りの フォ ロー が 可能 であるo Lか し、例題 と練習問題か らなる外語大オ リジナル テ キス トは、その例題 を足がか りに、教師が文法 カテ ゴ リ‑の全体像 を描 いてみせ た後、様 々な 議論 を喚起す る練習問題 を学生に考 え させ る過程 を通 して、それ ら言語現象 の裏 に潜 む法 則性 についての気づ きを促す ことを 目論んだ ものであ り、良い教材 にす るも、わか りに く い教材 にす るも、教師の資質 にかか る部分が大 きい。授業内に何 らかの答 えを見 出 して帰 宅 しなけれ ば、問題 で埋 め られ てい る、解説 のないプ リン トな ど、学生が 自宅でい くら凝 視 した ところで、授業の再現 な どは不可能 であ る。 しか し同時に、上手 く教 えるこ とさえ で きれ ば、 これ ほ ど幸せ な文法学 との出会 い もないのではないか、 とい う気 が した。 先 に 述べた よ うに、私 の記憶 にあ る文法学入 門の授 業 は、用語や分類法 の暗記 とい う側 面が強 か ったが、外語大ではその よ うな ことを 目的 と してはいない よ うであった。解説 のないテ キス トを用 い るのは、 こ うした享受業 目的 に基づ くのだ ろ う。 た とえば 「連語」 につ いて教 える と言って も、ある動詞が 「もよ うがえ動詞 (変化動詞)」なのか、 「とりつ け動詞 (秤 着動詞)」なのか・t・といった ことを暗記 させ るこ とを 目的 としてい るわけではない (覚 えよ うとした学生 もい るか も しれないが)o動詞 の意味 (特 に多義的な動詞 におけるそれ ぞれ の 意 味) な どとい うものは、所詮 、"名詞 の格 との結合"っま り 「連語」 によって決 まってい る とい う事実 を理解 させ ることを 目的 としてい る。 それ を実感 させ るために 「"タオル を巻 く" には2つ の意味が考 え られ ませんか」 とい う問いかけだけが、プ リン トに刷 られ てい るのである。 したがって、 この授業 をま じめに受 け、内容 を理解 した学生達 に対 して、 「彼 らは文法 に関わ る入 門的知識 について、整理 され た情報 を幅広 く持つ に至 った」 と評価す ることはできないだろ う。しか し、外語大のオ リジナルテキス トを終 えた学生達 につ いて、
「どこかの瞬間で "文法 って思 っていた よ うな内容 とは違 っていた""意外 と面 白か った"
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「日本 語 文 法入 門」 を担 当 して
と感 じたのではないか」 と期待す ることはで きるか も しれ ない。修 士課程 を外語 大で修 了 した筆者 の個人的 な感想 として、外語大 の大学院生は、 自身 の専門に対 しては非常 に深 く 掘 り下げるタイプのスペ シャ リス トが多い とい う印象 があるが、その背景 として、学部 1 年生か らすでに、この よ うな授業 を受 けてい る効果 もあるのだ ろ うか、と思 って しまった。
いま振 り返 って も、1年生か らこのよ うな内容 を学べ る学生は幸せ である と思 う。工藤先 生、 早津先生 とい う、ま さに こ うした分野‑ 連語 、 ヴォイ ス、テ ンス 。アスペ ク ト (そ してモ ダ リテ ィ)‑ に対 しで 情熱 を傾 けて研 究 され て きた先生方 が、その研 究の粋 を集 めて作 ったテキス トで あ り、学生達は、そ の研 究者\本人か ら学べていたわけで ある。私 が 担 当す る前 まではO これ は大変な授業 を担 当す るこ とになって しまった、 とい う気持 ちで 焦 りを覚 えつつ、開講 目指 して懸命 になって教案 を練 ったのであるが、幸い、Aクラスを担 当 されていた工藤先生 に、毎回の授業が終 わ るたび に ミ‑テ ィングを持 って頂 き、ア ドバ イス を頂 けたお陰で、新米 としては、 これ以 上のない賓沢 な環境 でス ター トす るこ とがで きた と感謝 してい るo
初 回の授業 の冒頭 では、学生 について知 りたい と思 う質 問事項 を盛 り込 んだ受講票 を配 布 し、その場 で記入 して もらった。学部 1年生対象 とい うことで、 日本語学や言語学に関 す る既習歴 を聞 くこ とはできないため、 日本語教育‑ の関心について質問す ることで、 「こ とば」その ものを学問す ること (さらに、それ を職 業 につ なげ よ うとす るこ と) に対 して の関心度 をある程度測れ るか と思い、 日本語教育‑の興味 ・関心の有無 につ いて聞いた。2 年 とも同様 の質問を したのだが、 「興味あ り」 と答 えた学生が決 して多数派でなかったのは 意外 であった。考 えてみれ ば、外語大 に も語学以外 の分野が様 々用意 され てい るので あっ て、文学、歴史学、文化学、国際関係学 ‑ とい った方 面を 目指 して入学 して きた学生がい て 当然 であ る。恐 らく、外 国語科 ではな く 日本 語学科である とい う特殊性や 、留学生 が多 い といった点か ら、筆者 が先入観 を持 って しまっていたのだ ろ うO 意外 な結果 ではあった が、学生 のモチベー シ ョンが様 々であるこ とを知 った こ とが、ます ます気持 ちを引 き締 め る上で効果的であった よ うに思 う。 「ことば」その ものの学問を 目的 として入学 したわけで はない学生に とって、文法学の授業が ど うい った存在 か‑ と考 えた とき∴ 工夫 に工夫 を委 ねなけれ ば、 とい う緊張感 を改めて覚 えた。
実際の授業 に際 して、心がけていた こ とは何点かあるO ひ とつ には、現在 自分た ちが習 ってい ることが、文法学全体 の どの部分 に 当た るのかを意識 させ ることであったo これ は 等者 自身 、いま学 んでい るこ とが全体 に対 して どの よ うな位置 にあるのか、その意義 は何 か‑が見出せ ない と、途端 にモチベー シ ョンを失 うとい う (や っかいな)性 格 であるこ と に も起因 してい るのだが、 この授業が、毎回、その回で こなす だけのプ リン トを配 る とい う方式 を取 ってお り、全体が見渡せ るテ キス トが手元 にはない以上、や は り学生 に対す る ナ ビゲー シ ョンは必要 ではないか と思われ た。 具体的 には、格 、 ヴォイ ス、アスペ ク ト、
テ ンス とい う文法範噂 がわか りやすい形 で見て取れ る文 を挙 げ、文の組 み立て について整 理 しつつ 、新 しい項 目に入 る時 には必ず 「この回で勉強 しよ うとしてい るのは、 ここの部
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じめて文 と して成 立す る とい う話 もざっ く りとした 。 この、いわゆる 「モ ダ リテ ィ」 とい う文法範噂 については、当授業が 1年間 とい う こ と 尊)あ り、全 く触れ ることができないの で あるが、これは筆者 が個人的に残念 に思 う 点 で も あ るo
二点 目としては、ほ とん どの授 業で小テス ト を 課 していた こ とであ るO確 かに外語大の 授業 は、覚 えることを 目的 とした授業ではなかっ た 。 したが って、例 えば連語 について 「も よ うが え (変化)」か 「とりつけ (付着)」か 「とと‖まず し (除去)」か 「うつ しかえ (移動)」
か‑ といった分類法 を覚 えることを求 めてはいないo Lか し、名詞のタ イ プ 、 動 詞のタイ プ、そ して格パ タ‑ ンの組 み合わせか らな るモデル については正 し く理 解 す る 必 要 があ る0 この よ うに、最低 限お さえてお く必要が ある内容 な どを、毎回の授 業の終 わ りに 宿 題 と し て課 し、翌週の授業 冒頭 に小テス トを したO採点 を してみ る と、思っ て も な い 解 答 が飛 び 出 して くるもので興味深 か ったO個人的 な誤 りであれ ば よいが、ある一定 量 現 れ る と、誤 解 を招 く教 え方 を した こ とを疑わなけれ ばな らないO これ はほんの ‑‑‑例 であ る が、連語 で い えば、モ ノの ヲ格の 6パ ター ンを学んだ際にはよく理解 していた学生が、場所 の ヲ格 に 話 が移 り、移動動詞 との組み合わせが導入 され ると、 「移動」 とい う概念 に混乱 を覚 えるこ とが ある。結果 、モ ノの ヲ格 の連 語 タイプを答 えるべ き文脈 で、移動動詞 を出 して きた り す る。和語による名づ けを、"大学生 らしく (とい うよ りも、大学生が戸惑わない よ うに ?)"
漢語 に置 き換 えて導入 したのは、全般的 には成功 してい る と思 うが、仮 に 「うつ しかえ」
と言 われていれ ば、 「運ぶ」のよ うな 「移 しかえる」 タイプの動詞 と 「歩 く」の よ うな 「移 動す る」 タイプの動詞 を間違 えな くて済んでいたか も しれ ない ところ、同 じ r移動」 とい う用語 で導入 され た結果の誤用である と言えるOテ キス トの側 、 も しくは教師の側 に ミス リーデ ィングな面があった と言えるか も しれ ない。 この よ うなケ‑ス も含 め、学生か らの ア ウ トプ ッ トを集 める と、学生の誤解 しやす いポイ ン トな どが よ く見 えて きたO こ うした 誤 用 を集 めて、テス ト前 にプ リン トを作成 し、 リマイ ン ドを促 した りも した。学生 に とっ ては面倒 だったか もしれ ないが、小テス トは 学生の理解度 を測 る、そ して 自身 の教 え方 を 振 り返 る良い手段 であった と思 うO
三点 目としては、外語大の 日本語学科全ての授業 に共通す るモ ッ ト‑である と思われ る が、 日本語 を母 語 とす る学生 (Jlの学生) と、日本 語学習者 である留学生 (J2の学生)が 机 を並べて学ぶ とい う日本 語学科 の特性 を生か した授 業 を心がける、 とい うことである。
この授業のテキス トも、対照言語学的な知 見が背後 に見 える作 りになってい る部分がい く つ か見 られ る。筆者 はそれ ほ ど外国語 を得意 とは していないが、な るべ く (留学生の母語
として最 も多い)韓国語 と中国語 、そ して時には英語 にお け るシステ ム と日本語 を比較す る、 といった こ とを授 業 中で も しば しば行 い、留学生 に母 語で作文 して もらった り、それ を板書 して もらった りも した。文法学入 門の授業で他言語 の事情 に深 く立ち入 るよ うな余
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「日本語 文法入 門」 を担 当 して
裕 は勿論 ないけれ ども、多分 には気持 ちの問題 として、留学生が気後れす るこ とがない よ うに、 とい う思い もあったO また、Jlの学生に とって も、 これ まで当た り前 に用いてきた 言語シ ス テ ム が 他 言 語 で は全 く別 の様相 を見せ るこ とを知 るこ とには意味があ る。 ところ で、工藤先生か らは、教室内で Jlの学生 と J2の学生が しっか り分 かれ て座 ってい るよ う であれ ば、わ ざと混ぜ て座 らせ るよ うに、 とい う指示 まで頂 いていたが、幸い、その よ う な ことを心配す る機会 はなかった。授 業 中、練習問題 を周 囲の学生 ど うし、相談 し合 って 考 えさせ ていたが
、 Jl
の学生 とJ2
の学生が極端 に分かれ る とい う現象 は見 られ なかった よ うに思 うOまた、留学生 と言えば、前期 の学期末試験 の結果 を見 る限 りでは、JlとJ2
で平 均点の差 が相 当に見 られ たが、後期 に入 り、俄 然、伸びて くる留学生 も多 く、最高得点が
留学生であった、 とい うことも見 られた。 当然 の こ とではあ るが、 日本語その ものの運用 能力 を測 っているわけではないので、Jl、J2
を問わず 、授業 を よく聞 き、深 く思考 し、理 解 した学生が良い結果 を出 していた。全体的 に見て、外語大の学生 は、Jl , J2
を問わず、真 面 目で認 知力の高い学生が多かった。 そ うでなけれ ば、教師の教 え方 をい くら磨いた とこ ろで、 このテ キス トに付いて来 るのは大変 なこ とである と思 うOテキス トについて付 け加 える と、テ キス ト作成者以外 の教師が
担
当す る とい うこ とで、改訂 した方 が良い と思 うところがあれ ば忌憧 な く指摘す るよ うに と言って頂 いていた。 し か し正直 に言 って、一年 目は作成者 の意図 を読み取 り、それ に沿 って教 えるだ けで精‑柿 で、改訂 な ど思い もよ らなか ったO二年 目に入 り、 よ うや くテ キス ト‑ の欲 が出て きたO 先生方 と相談 して変更 した部分 はい くつ かあった と思 うが、最 も記憶 に残 ってい るのは、
早津先生、そ して早津ゼ ミに在籍す る院生の協力 を得て ヴォイ ス表現 に関わ る練習 問題 を 取 り入れ てみた こ とであるo もともとのテ キス トには、動詞 の自他 、受身、使役 、や りも らいを教 えた後 に 『ヴォイ スの寮の最後 に』 とい う節 があ り、例年 であれ ば、 ここで ヴォ イ スに関わ る諸 問題 を、最後 に まとめて扱 うこ とになっていた。 具体的 には、他動詞受身 と自動詞 との関係 、使役 と他動詞 との関係 、動詞 の 自他 と受身 ・使役 の関係 、そ して最後 に 可能や シテモ ライ まで含 めて、 ヴォイスに関す る表現 の相互 関係 につ いて考 え させ るこ と を 目的 と した ものである。 しか し、 この内容 は、それ こそ入 門 レベル をはるかに超 えてい るよ うに感 じられ たので "受身表現 ・使役表現 の必要性" に焦点 を絞 り、そ もそ もこ うし た表現 は何 故必要 とされ るのかを実感 させ るためのア クテ ィ ビテ ィを考 えた。す なわ ち、
一つ以上の事態 (複合的な事態)を描いた絵 を見せ て‑‑‑つ の文にま とめて作文 を させ た り、
一連 のス ト‑ リ‑ になってい る絵 を見せ て、物語 を作成 させ た りしたo 日本語 では同一の 主語 (主題 ) の も とに複文や達文 を生産 しよ うとす る傾 向があ るた め、受身や使役 とい っ た文法手段 を とることが しば しばである とい うことを実感 して も らお うとい うわけで ある。
留学生の場合 は、日本語 の他 に 自身の母語で も物語 を書かせ て、両者 を比較 した りも した。
フイ‑ ドバ ックが どれだけ成功 してい るか等 、まだ考 えなけれ ばな らない点が多いが、学 生 自身 を動 かす ア クテ ィビテ ィ型 のテ キス トの可能性 につ いて考 えた とい う意 味で、非常 に良い機会で あった。
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工藤先生にとってはこの年 (2009年度)が退官前最後の年であったのだが、前年に御病気 を され、体調 を気遣われなが らの御 出講であったO授業後お疲れの ところ、新米教師が毎 回研 究室に押 しかけて、 ミーテ ィングをお願 い していたわけである。授業後す ぐはお話に なるのが辛い とい うことで、5分ほ ど、息を しずめる時間を とり (その間に血圧 もお測 りに なって)、その後、些細な問題か ら深い問題 までお付 き合い下 さったQ御負担 もあったろ う と思 う。しか し筆者に とっては、これ以上ない爵重な時間であったo学生 としてではな く、
先生 と同 じ授業を担 当す る教師 として、先生の教え方 (その裏にある文法に関す る考え方) の山鳩に触れ ることができたのは、最大の幸せであったo
教 えていて、力不足 を痛感す ることが しば しばある。工藤先生 と筆者 とではカの差があ りす ぎるので、工藤先生御担 当のAクラスの学生に比べ、Bクラスの学生には申し訳な く、
憧:幌たる思いにか られ ることが しば しばであった。 しか し、そ うした ことを口にす ると、
先生は 「若い人にはね、パ トスがあるか ら」と仰 った。新米は教え方に拙い点があって も、
ベテ ランにはないパ トスがある、 と励 ま して下 さるのだが、工藤先生 を見ていると、若い 人間の剥き出 しの一生懸命 さとは違 った、円熟 した、確かな情熱 をお持 ちだったo とりわ け御退官を控 えたこの年度は、教 えることに‑‑‑層の楽 しみを見出 してお られ るよ うで、「最 近、教 えることが楽 しいんだ よね」 と仰 ってお られたのが印象的だった。先生のよ うに、
研究にも教育にも情熱 を失 うことな く、その両輪がガ ッチ リと噛み合 った授業ができた ら 良い と思 う。また、外語大の 日本語学科で、この 「日本語文法入門」を教 えられたことで、
日本語文法に対す る深い洞察に裏打 ちされた授業、あ りきた りではない授業ができる教師 にな りたい と、心か ら思わ された。簡単なことではない と思 うが、今後 目標 とすべ き授業 の、具体的なイメージを掴む ことができただけでも、幸せなことであった と思 うO