アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重 の危険の原則
著者 佐藤 由梨
雑誌名 同志社法學
巻 69
号 8
ページ 3653‑3697
発行年 2018‑03‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000330
( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二三七三六五三
ア メ リ カ 刑 事 手 続 に お け る 瑕 疵 あ る 無 罪 判 決 と 二 重 の 危 険 の 原 則
佐 藤 由 梨
Ⅰ はじめにⅡ アメリカ合衆国における二重の危険の原則Ⅲ 手続に瑕疵があった場合の再訴追に関する学説と裁判例Ⅳ 若干の考察Ⅴ むすびにかえて
Ⅰ は じ め に
一事不再理の原則とは、一度審判がなされた事件について再び蒸し返すことを禁じる原則をいい、日本では、憲法三( )同志社法学 六九巻八号二三八アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六五四
九条に同原則が定められている。かつては、一事不再理の根拠を、ドイツ流に既判力に求めるのか、あるいは英米と同様に二重の危険の原則に求めるのかという点を中心に議論が展開されてきた。しかし、現在は、一事不再理の根拠を二重の危険の原則に求め、同一犯罪の再訴追が禁止されるのは、被告人に有罪判決を言い渡される可能性のある手続上の負担を二度負わせることは許されないからであるとする二重の危険説が通説であるといえるであろう。
ところが、この二重の危険説の中に、さらなる学説の対立が存在する。裁判効力説は、一事不再理を二重の危険の禁止と理解しながらも、犯人必罰という国家的利益も考慮して、裁判が確定する段階まで進まないと「危険」は発生しないと考えるのに対し、手続効力説は、「危険」は被告人が手続の負担を負ったという事実に基づいて発生すると考える。そのため、いずれの学説に立つかで、一事不再理効の発生時期や発生事由について異なる帰結に到達することになる。裁判効力説は、裁判の形式的確定の時点で危険が発生すると考えるのに対して、手続効力説は、再訴禁止の理由を被告人が手続的な負担を負ったことに求めるので、裁判の形式的な確定をまたなくても危険が発生すると考える。こうした見解の相違は、検察官上訴が二重の危険にあたるか、さらには起訴猶予処分後の訴追が二重の危険を理由に禁止されるかという議論として現れる。また、一事不再理効の発生事由について、手続効力説に立てば、有罪・無罪の実体判決のみならず、公訴提起が無効であるとして手続を打ち切る形式裁判であっても、「相当程度の実体審理」が行われたのであれば、被告人は手続の負担を負ったとして一事不再理効が発生すると考えることが可能となり、刑事手続ではない少年保護手続における不開始決定や不処分決定にも、少年が負った手続上の負担を理由に一事不再理効が発生するということが理論上可能となる。
このような学説の対立が生じる原因の一つとして、一事不再理、すなわち二重の危険の原則の「危険」の内容が具体化されていない点をあげることができよう。「危険」という規範的な概念に一事不再理の根拠を求めたことにより、二
( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二三九三六五五 重の危険に当たるかどうかを判断する際に、「危険」を解釈する必要が生じ、憲法三九条が二重の危険の禁止を定めたものであると理解しても、そこから再訴追が禁止されるのがいかなる場合なのか、必然的に答えが導き出せるわけではないのである。たとえば、少年保護手続における不開始決定や不処分決定に一事不再理を認めないことに対しては、少年事件の捜査や審判、その後に課されるうる保護処分には、一定の自由の拘束が伴うことに鑑み、これに一事不再理を認めるべきであるとの意見が学説上強く主張されている。また、検察官上訴は、上訴審で判決が形式的に確定するまでを「継続した危険」と解することで、二重の危険には当たらないとされているが、このような理解に対しては疑義も示されている。これらの議論を解決に導くために、二重の危険における「危険」の意義を確定する必要性は高いものと思われる。
こうした問題意識に立ち、二重の危険の原則における「危険」の意義を確定する作業の一環として、本稿では、アメリカ合衆国における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則について検討する。アメリカは、合衆国憲法修正五条に二重の危険の禁止を規定し、一度決着がついた事件を再び訴追することを禁止している。後で詳しく述べるが、判例は、このような二重の危険の原則による再訴追の絶対的な禁止が、重大な瑕疵に基づいた無罪判決にも妥当することを明らかにしてきた。ところが、州レベルを中心に、裁判例の中には、被告人が事実認定者を買収して無罪判決を獲得したことが後に判明した場合に、被告人に対する再訴追を許容したものが存在する )(
(。また、学説上でも、裁判手続に何らかの瑕疵があった場合に、判決の見直しや再訴追を許容すべきであるとの主張が有力に展開されている )(
(。はたして、このように無罪判決が重大な瑕疵に基づく場合、二重の危険の原則は、効力を発揮するのであろうか。発揮するのであれば、そこで保護されているのは、誰のどのような利益なのだろうか。こうした問題を考察することで、アメリカにおける二重の危険の原則の「危険」の実態に迫る一助としたい。そこで、まず、アメリカにおける二重の危険の原則を概観する。
( )同志社法学 六九巻八号二四〇アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六五六
次に、手続に瑕疵があった場合に再訴追を許容すべきであるとの主張がなされる理由とその正当化根拠、手続における瑕疵の類型、手続に瑕疵があった場合に再訴追を許容する学説と裁判例を確認する。そのうえで、いかなる理由により裁判例において再訴追が許容され、または、学説において許容されるべきと主張されているのかを分析し、二重の危険の原則における「危険」の理解について、若干の検討を加えたい。
Ⅱ ア メ リ カ 合 衆 国 に お け る 二 重 の 危 険 の 原 則
一 二重の危険条項 アメリカは憲法修正五条に「何人も、同一の犯罪について重ねて生命または身体の危険におかれない(no person shall
……be subject for the same offence to be twice put in jeopardy of life or limb
)」として二重の危険の原則を規定し、無罪判決後の判決の見直しや同一犯罪の再訴追を絶対的に禁止している )((。この二重の危険条項は、イギリスのコモン・ロー上で確立した「何人も同一の犯罪について二度危険におかれない」という普遍的法諺に起源がある )(
(。ブラックストーンは、この法諺を「前の無罪の抗弁」、「前の有罪の抗弁」として概説書に成文化したが、同書を介して、一七世紀にアメリカ大陸のイギリス植民地へ二重の危険の概念が流入した )(
(。そして、二重の危険の概念は、一七九一年に合衆国憲法修正五条に二重の危険条項として規定されることとなった )(
(。
二重の危険条項は、一般的に、①無罪後の同一犯罪に対する再訴追 )(
(、②有罪後の同一犯罪に対する再訴追 )(
(、③同一犯罪に対する多重処罰 )(
(を禁止することで、被告人を二度目の審理の危険から保護している。同一犯罪の判断基準について、合衆国最高裁は、それぞれの犯罪を規定する条文が同一の要素の立証を求めているか否かという「同一要素テスト(
the
( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二四一三六五七
same elements test
)」を適用して判断するとしてきた(この判断基準を示した判例にちなんで、ブロックバーガー・テスト〔Blockburger test
〕とも呼ばれる) )(((。
二重の危険条項は、同一の犯罪について重ねて危険におくことを禁止するので、二重の危険条項の保護を受けるためには、被告人がすでに「危険に置かれた」ことが必要となる。そして、アメリカにおける二重の危険の原則の特徴の一つは、「危険に結びつく(
jeopardy attaches
)」という概念によって、終局判決が言い渡される段階よりも早い時点で危険の発生を認めることである )(((。二重の危険の原則に関する初期のアメリカの判例には、評決がなされるまでは、被告人は危険に置かれたとはいえないとの判断を示したものも存在したが )((
(、現在は、一般的に、終局判決の言い渡しがなされるより前に被告人は危険に結びつくと理解されている )((
(。たとえば、陪審員による裁判の場合であれば、陪審員が選出され、宣誓した時点で危険に結びつくと考えられている。一九六三年ダウナム・ケース合衆国最高裁判決 )((
(では、十分な根拠がなかったものの、陪審員の宣誓後最初の証言の前に審理無効(
mistrial
)が宣告されたことを理由に、再審理が許容されなかった。また、一九七五年サーファス・ケース合衆国最高裁判決 )(((では、裁判官の間で意見は割れたものの、被告人がすでに陪審員裁判を受けることを申し立てていたが、裁判官が棄却決定(
dismissal
)をした事案について、その時点では、陪審員が未選出であった点を理由に、その後の審理は禁止されないとの判断が下された。これに対して、裁判官裁判の場合は、最初の証人が宣誓をしたとき、または裁判官が証言を聞きはじめた時点 )(((で、被告人は危険と結びついたと考えられる。これらの判例から、アメリカは、危険を、危険と結びついた時点から危険が終結する時点までのプロセスとして理解し、終局判決の言い渡しによって危険が終結したことを理由とする「前の無罪の抗弁」、「前の有罪の抗弁」のみならず、危険に結びついたことを理由とする「前の危険の抗弁」の概念も認めていることがわかる )((
(。もっとも、前の危険の抗弁にはいくつかの例外が存在する。たとえば、陪審員が評決前に逃亡した場合や死亡した場合、無
( )同志社法学 六九巻八号二四二アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六五八
資格であることが明らかになった場合、被告人または裁判官の病気その他緊急の必要があって訴訟の進行が阻害された場合は、再訴追は禁止されないとされる )((
(。また、被告人が危険に結びついたというためには、当該被告人と事件について適切な裁判管轄権を有する裁判所において判決が言い渡されることが必要となる )((
(。たとえば、一九七五年サーファス・ケース合衆国最高裁判決 )((
(において、合衆国最高裁は、一九〇四年ケプナー・ケース合衆国最高裁判決を引用して、「被告人が有罪であるか無罪であるかという問題を審理する裁判管轄権を有している )((
(」事実認定者の前で手続が開始されるまでは二重の危険条項は作用しないと述べた )((
(。そのため、合衆国最高裁は、二つの判例において、無罪判決を言い渡した裁判所が裁判管轄権を有していない場合には、検察は同一の犯罪の二度目の訴追を行うことが可能である旨を明言してきた。たとえば、一八九六年バール・ケース合衆国最高裁判決 )((
(において、合衆国最高裁は、「裁判管轄権を有していない裁判所によって言い渡された無罪判決は、当然、絶対的に無効であり、それゆえ、管轄権を有する裁判所での後の訴追や審理は禁止されない )((
(」と判示した。また、一九〇七年グラフトン・ケース合衆国最高裁判決 )((
(では、「被告人が無罪判決を言い渡された裁判所で生命または身体の危険にさらされたというためには、当該犯罪について被告人を審理する裁判管轄権を有していなければならないことに疑いの余地はない )((
(」と判示した。これらの場合には、被告人は危険に結びついていないので、無罪判決が言い渡されていたとしても、そのことを理由に、二重の危険の原則による保護を主張することはできないのである )((
(。
二 瑕疵ある手続で言い渡された無罪判決 合衆国最高裁は、多くの判例の中で、無罪判決に何らかの重大な瑕疵がある場合であっても、一度無罪判決が言い渡された以上、判決の見直しや再訴追はできないとの判断を下してきた。たとえば、二重の危険の原則の具体的な目的が
( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二四三三六五九 はじめて明らかにされた一九五七年グリーン・ケース合衆国最高裁判決 )((
(は、「合衆国憲法の『二重の危険』は、ある個人が、同一の犯罪について事実審理やそこで言い渡される可能性のある有罪判決の危険に重ねてさらされることを防ぐために設けられた。……この根底にある理念は、少なくとも英米法の中に深く根づいた考えであり、あらゆる資源と権限を有する国家が、個人を犯罪で有罪とする試みを繰り返すことによって、その者が困惑や出費、試練にさらされ、不安定で不確かな地位に置き続けられると同時に、無実であるにもかかわらず有罪判決を言い渡される可能性を増大させることは許されてはならない、というものである )((
(」として、二重の危険の原則の基本的な理念を明示したうえで、「われわれの刑法の基本的な原則のひとつは、たとえある無罪判決が誤りであるように思えたとしても、国は上訴という手段によって新しい審理を確保することはできないというものである )((
(」と判示した。また、一九六二年フォン・フー・ケース合衆国最高裁判決 )((
(では、合衆国最高裁は、「申立人らは、当該被告人と当該事件について裁判管轄権を有する連邦裁判所において有効な正式訴追に基づいて審理された。本件の審理は、判決の言い渡し手続に入る前に終結していない。それぞれの申立人について、終局的な無罪判決が言い渡された。控訴裁判所は、特に理由を示すことなく、無罪が非常に誤った根拠に基づくものと判断した。それでもやはり、『無罪評決は終局的であり、……被告人を二度危険におき、それによって憲法を侵害することなしに無罪評決を見直すことはできない )((
(』 )((
(」として、地方裁判所が陪審員に対して無罪評決を下すよう指示する権限を有していなかったにもかかわらず、無罪とするように指示したことに甚だしい誤りがあったとしても、無罪を破棄し、申立人らを同一の犯罪について再び訴追することは、二重の危険条項に反することを明らかにした )((
(。さらに、一九七八年ワシントン・ケース合衆国最高裁判決 )((
(では、一九六二年フォン・フー・ケース合衆国最高裁判決を引用し、刑事判決の終局性に関する公共の利益は非常に有力なものであることから、無罪判決を言い渡された被告人は、たとえ「その無罪判決が非常に誤った根拠に基づくものであったとしても )((
(」、再訴追されることはな
( )同志社法学 六九巻八号二四四アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六六〇
いと判示された )((
(。このように、アメリカ刑事裁判では、無罪判決に特別の重要性が認められており )((
(、その無罪判決が誤った根拠に基づくものであっても、二重の危険の原則によって同一の犯罪に対する二度目の訴追が禁止されると考えられてきたのである。
Ⅲ 手 続 に 瑕 疵 が あ っ た 場 合 の 再 訴 追 に 関 す る 学 説 と 裁 判 例
前章で確認したように、合衆国最高裁は、二重の危険の原則が同一犯罪の二度目の審理を絶対的に禁じること )(((、また、無罪判決が何らかの重大な瑕疵に基づく場合であっても、この原則に例外が生じることはない姿勢 )((
(を鮮明にしてきた。しかしながら、このような判断に対しては、批判も加えられている。本章では、手続に瑕疵があった場合に再訴追を許容すべき理由と、その正当化根拠を確認した上で、手続に瑕疵があった場合の再訴追に関する具体的な学説を概観し、実際に再訴追が許容された裁判例を考察する。
一 瑕疵ある手続において言い渡された無罪判決の再訴追を許容すべき理由と正当化根拠
⑴ 再 訴 追 を 許 容 す べ き 理 由
無罪判決によって再訴追が絶対的に禁止されるとの判断に対する批判として、最初に取り上げておくべきであるのは、一九〇四年ケプナー・ケース合衆国最高裁判決 )(((におけるホームズ裁判官の反対意見である。本件は、第一審で無罪判決を受けた被告人に対する検察側の上訴が、被告人を二度危険に置くことを禁止する合衆国憲法に違反するかが争われた事案である。多数意見は、欠陥のある正式訴追において無罪判決を言い渡された被告人を再び訴追しようとしたことが二重の危険の原則に反するかが争われた一八九六年バール・ケース合衆国最高裁判
( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二四五三六六一 決 )((
(の「無罪評決は終局的なものであり、それが間違いであるか否かにかかわらず、被告人を二度危険に置くことなく、また憲法を侵害することなく見直すことはできない )((
(」との判示を引用し、上訴手続は合衆国憲法に違反するとの判断を下した。これに対して、ホームズ裁判官は、反対意見において、被告人の利益になるような法律上の誤りを理由に被告人が再訴追される場合、被告人は二度目の危険に置かれていないとして、被告人は再訴追される可能性があることを示唆したのである )((
(。
また、学説においても、次の二つの観点から、瑕疵ある手続において言い渡された結論の正当性に疑いのある無罪判決について見直しや再審を許容すべきと主張されている。
第一に、手続に瑕疵があった場合に結論を修正する機会を与えなければ、被告人を有罪にするために刑事訴訟を提起する十分かつ公平な一回の機会を検察官に与えるという公共の利益が侵害され、その結果、刑法を正しく執行するという公共の利益も損なわれることになる点が主張される )((
(。一般的に、検察官に、検察側が利用することができるすべての証拠を提出するための十分で完全な機会を与えるという社会的利益が存在すると考えられているが )((
(、裁判所の誤った判断の結果として、あるいは被告人が事実認定者や証人に違法な干渉を行った結果として、評決前の手続打切りや、検察官の証拠の重要部分の排除により、被告人が無罪になった場合には、検察官に証拠を提出するための公正な機会を与えるという公共の利益が損なわれることになる。こうした被告人を有罪にするための十分で公正な機会を保障するという社会的利益は、二重の危険の原則による保護が及ぶ適切な範囲が裁判所によって判断される際の考慮要素の一つとされてきた )((
(。
第二に、結論を是正する機会が認められなければ、裁判官が自身の誤りや職権濫用についての説明責任を果たすことで満たされる公共の利益が侵害されることも主張されている )((
(。市民は、裁判所の判決が、法を公正に適用した結果とし
( )同志社法学 六九巻八号二四六アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六六二
て言い渡されることを望み、またそれを当然の前提としている。ところが、不正によって得られた無罪判決や結論に誤りがある無罪判決によって再訴追が妨げられれば、当該判決を言い渡した裁判官の法廷での態度や判決の妥当性について、上訴裁判所で考慮する機会がなく、裁判官の違法行為を抑止することができなくなる。
このように、合衆国最高裁の姿勢に異を唱える見解は、手続に瑕疵がある場合に結論の修正を認めることで、検察官に証拠を提出するための公正な機会を与えるという公益、刑法の公正な執行の機会が保障されるという公益、裁判官が自身の判断についての説明責任を果たすという公益が満たされ、刑事司法システムの正当性や公平性が促進されることになるというのである。もちろん、これらの公共の利益を守るために、二重の危険の原則に例外を設け、判決の見直しや再訴追を認めれば、二度目の審理で被告人が負うことになる経済的な出費や精神的負担から被告人を守り、国家の訴追権限の乱用を防止するという、二重の危険の原則によって守られてきた価値が重大な打撃を受けることになる危険もある )((
(。しかしながら、手続に瑕疵があった場合の再訴追の必要性を主張する論者は、このような限られた場合になされる再訴追は、二重の危険の原則の背後にある理論的根拠を侵害するものではないと考えているのである )((
(。
⑵ 再 訴 追 を 許 容 す る 正 当 化 根 拠
二重の危険の原則の理論的根拠として、一般的に、①冤罪の危険を防ぐこと )(((、②被告人が刑事手続に伴う苦痛や不安にさらされ続けることを防ぐこと )((
(、③判決の終局性を保障すること )((
(、④捜査機関の捜査と訴追を促進すること )((
(、⑤国家の権限の濫用を防ぐこと )((
(があげられる。
①については、確かに、検察官に二度目の訴追の機会を与えれば、検察官は最初の審理で明らかになった検察側の証拠の弱点を補強し、なおかつ弁護側の証拠の弱点を攻撃することで、より有利に審理を進める可能性がある。同時に、被告人は、二度目の審理では、経済的・精神的に疲弊していることから十分な防御をすることができず、結果として無実の者であっても有罪となってしまう危険性も否定できない。しかしながら、被告人自身が、無罪を勝ち取るために違
( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二四七三六六三 法な手段に手を染めていたり、あるいは違法な手段が用いられていることを黙認したりしていた場合、被告人は、二度目の審理がなされる状況を自ら招いたと言える。この点をもって、違法な手段で無罪判決を獲得した被告人は、冤罪の危険にさらされることを主張する立場にないと指摘されるのである )((
(。また、最初の審理での無罪判決が、何らかの違法な手段を用いた結果として獲得されたものであることが明らかであれば、そのような違法な手段に手を染めた、あるいは第三者が違法な手段を用いることを黙認していた被告人が、実際に無実であるということは考えにくいことから、冤罪の危険が生じる可能性は低いとも説かれる )((
(。同様に、②、③に対しても、二度目の審理が被告人自身の招いたものであれば、被告人に二度目の苦痛を経験させることは不当であるとは言えず )((
(、被告人は判決の終局性によって保護される利益を失ったと考えることができると主張されている )((
(。また、④に対しては、捜査段階では、将来の審理において無罪判決を獲得するために違法な手段が行使されるか否かを捜査機関は知りようがないので、捜査に対するインセンティブが失われることはないと考えることができると説かれている )((
(。さらに、⑤に対しては、被告人自身が違法な手段を用いた結果として、あるいは第三者が被告人のために違法な手段を用いた結果として、無罪を獲得した被告人を再び訴追しても、それは国家による個人へのハラスメントには当たらず、むしろ、検察官は、「法を犯した者を有罪にするための一回の十分で公正な機会という権利 )((
(」を行使したにすぎないと言うことができると指摘されている )((
(。
二 裁判手続における瑕疵の類型 裁判手続における瑕疵として、以下のような類型があげられる。 第一に、裁判体の瑕疵が存在する類型である。この類型はさらに、①誠意をもって行動している裁判官が重大な過ちを犯す類型と、②裁判官の行動に悪意がある類型とに分類することができる。①の類型には、たとえば、裁判官が起訴
( )同志社法学 六九巻八号二四八アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六六四
状の訂正を求める検察側の申立てを誤って否定し、公訴を棄却したケース )((
(や、裁判官が誤って証拠排除をしたために、検察官が起訴した犯罪の本質的部分を証明することができなくなり、公訴が棄却されたケース )((
(、裁判官が起訴状を狭く解釈してしまった結果、被告人に対する検察側の主要な証拠が排除され、陪審員に無罪評決を指示せざるを得なくなってしまったケース )((
(などが該当するとされる。これに対して、裁判官が、特定の証拠や検察官に対して敵意を露呈し、あえて被告人の利益になる結果を与えるケース )((
(は、②の類型に該当する。
第二に、被告人または第三者によって、無罪を獲得するために裁判手続の中で違法な手段が用いられる類型である。これは、さらに、①証人へ影響を及ぼす類型(供述を変えさせるために証人に金銭を支払う、暴行を加えて脅迫する、裁判管轄地を離れるよう証人を買収する、出廷を妨害する、法廷で証言させないために証人を殺害する)、②陪審員へ影響を及ぼす類型(証拠に関わらず無罪判決に投票するよう、一人または複数の陪審員を買収、脅迫、不当圧力を加える)、③裁判官に影響を及ぼす類型(陪審員に無罪評決を指示するように裁判官を買収する、無罪判決のために裁判官を買収する)、④検察官に影響を及ぼす類型(有罪の証拠を提出しないように脅迫、買収する)に分類される。
( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二四九三六六五
表1 違法な手段が用いられた裁判例
証人(または証人になる可能性のある人)に対して
供述を変えさせるため・証言させないため 威迫 ◆(00(年ハリス・ケース・ワシントン州控訴裁判所判決
(State v. Harris, No. 55561-8, 2006 WL 2246194 (Wash. Cr. App. Aug. 7, 2006))
被告人が、恋人に対し、ドメスティックバイオレンスを受けたことを警察に通報す れば、身体的な危害を加えると黙示的に脅迫したことについて、証人威迫の有罪判 決が言い渡された事案。
買収 ◆(00(年クローネンベルク・ケース・ワシントン州最高裁判決
(In Re Koronenberg, 117 P. 3d 1134 (Wash. 2005))
強姦罪で起訴された被告人の弁護人が、審理期間中に、検察側の主要な証人である 当該犯罪の被害者を出廷させないように、金銭を支払うとともに、ワシントン州を 離れるための航空券を購入して、審理で証言できないようにしようと試みたことに よって、弁護士資格を剥奪された事案。
殺害
◆(00(年タイラー・ケース合衆国控訴裁判所判決
(United States v. Tyler, 281 F. 3d 84 (3rd Cir. 2002))
被告人が、自身の兄の薬物運搬に関する罪の審理で証言する予定であった検察側の 情報提供者を殺害し、連邦の証人買収(witness- tampering)規定を侵害したこと について有罪となった事案。
◆((((年ベル・ケース合衆国控訴裁判所判決(United States v. Bell, 113 F. 3d 1345
(3rd Cir. 1997)
被告人が、恋人の薬物運搬に関する審理で証言する予定であった検察側の情報提供 者の殺害に関連する複数の連邦犯罪について、有罪となった事案。
陪審員に対して
無罪評決を下させるため 買収
◆((((年ホッファ・ケース合衆国最高裁判決
(Hoffa v. United States, 385 U.S. 293 (1966))
労働組合のリーダーとその他(名が、労働組合のリーダーの労働法違反に関する前 の審理において、(名の陪審員を買収しようとしたことについて有罪を言い渡され た事案。◆(00(年マグルタ・ケース合衆国控訴裁判所判決
(United States v. Magluta, 418 F. 3d 1166 (11th Cir. 2005))
被告人は、薬物犯罪の審理で陪審院長を買収していたことについて司法妨害の有罪 判決を言い渡されたが、当該有罪判決が、認めることができない伝聞証拠に基づい ていたとして棄却された事案。
◆((((年ワシントン・ケース・合衆国控訴裁判所判決
(United States v. Washington, 66 F. 3d 1101 (9th Cir. 1995))
被告人が、薬物犯罪の審理において陪審員を買収し、評決不能を獲得した事案。
◆((((年ラドニッヒ・ケース合衆国控訴裁判所判決
(United States v. Radonjich, 1 F. 3d 117 (2nd Cir. 1993))
被告人が、マフィアのリーダーと噂される者の審理に陪審員として従事した際に、
無罪判決に投票し、他の陪審員にも無罪に投票するよう働きかける見返りに金銭を 受け取るという計画に参加していたとして、有罪判決を言い渡された事案。
不当圧力
◆((((年メルキンスキー・ケース・コネチカット州最高裁判決
(State v. Melechinsky, 451 A. 2d 585 (Conn. Super. Ct. 1982))
被告人が、免停中に車を運転した罪の審理で、審理に関係する威圧的な資料を送付 して陪審員に不当に圧力をかけようとしたという(つの訴因について有罪となった 事案。◆((((年ウィリアムズ・ケース合衆国控訴裁判所判決
(United States v. Williams, 935 F. 2d 1531 (8th Cir. 1991))
被告人が、被告人の前の審理において、第三者に(人の陪審員と接触させ、被告人 の利益になるように陪審員に影響を与えようとしたという、陪審員に不当な圧力を 加えたことについて有罪となった事案。
裁判官に対して
無罪判決を下させるため 買収
◆((((年マクゲットリック・ケース・オハイオ州控訴裁判所判決
(State v. McGettrick, 531 N.E. 2d 755 (Ohio. Ct. App. 1988))
被告人である裁判官が、自身が無罪判決を言い渡した陪審員裁判で賄賂を受け取っ ていたことについて正式訴追され、これについて争わなかったという事案。
◆((((年マロニー・ケース合衆国控訴裁判所判決
(United States v. Maloney, 71 F. 3d 645 (7th Cir. 1995))
裁判官裁判において、被告人を無罪にするために賄賂を受け取っていたことに関し て、複数の犯罪について裁判官の有罪を支持した事案。
◆((((年アレマン・ケース・イリノイ州上訴裁判所判決
(State v. Aleman, 281 Ill. App. 3d 991 (1996))
裁判官裁判において、無罪判決を獲得するために裁判官を買収した被告人が、同一 の犯罪について再訴追を受けた事案。
( )同志社法学 六九巻八号二五〇アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六六六
三 手続に瑕疵があった場合の再訴追に関する学説 ブラックストーンは、憲法修正五条の二重の危険条項の起源とされる )((
(「前の無罪の抗弁」について、「ある者が正式訴追やその他の訴追によって公正に(
fairly
)無罪判決を言い渡された場合、その者は無罪判決を同一の犯罪に対する後の告発に対する抗弁として申し立てることができる )(((」と述べた。このブラックストーンの説明からは、欺罔などの違法な手段を用いて不公正に(
unfairly
)獲得された無罪判決は、同一の犯罪の後の訴追を禁止しないとの解釈を導くことが可能であると主張されている )(((。
また、一九世紀のイギリスの法学者であるチッティーは、「ある者が一度、有効な正式訴追において『無罪』を言い渡されれば、同一の犯罪について再び正式訴追されることはないという原則に例外はない )((
(」と断言しながら、他方で、陪審員による評決がなされた後、判決が言い渡される前に新しい審理が認められ得る場合の議論において、不正に獲得された無罪判決の問題について言及し、たとえば検察側の証人や証拠を隠すなどの被告人の欺罔行為によって無罪判決が獲得された場合、新しい審理を認めることができるというのはより優れた見解であると思われる )((
(と述べた。
さらに、一九世紀のアメリカの法学者であるビショップも、「審理中の被告人の欺罔によって無罪判決がもたらされた場合、検察官は新しい審理を提起することができるという意見に対して、イギリスの直接的な先例や、英米の法諺が存在している。さらに、この意見が正しくても正しくなくても、欺罔によって獲得された評決に基づく無罪判決は、同一の犯罪についての二度目の審理を禁止しない )((
(」と述べた。
加えて、アメリカの連邦法および州法の専門事典である『コーパス・ジュリス・セクンドゥム(
Corpus Juris Secundum
)』には、「被告人が欺罔や共謀によって獲得した無罪評決は無効であり、被告人を危険に置かない。したがって、同一の犯罪の二度目の審理は禁じられない」と記されている )(((。
( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二五一三六六七 このように、学説においては、被告人自身の欺罔といった違法な手段によって無罪判決が獲得された場合に、同一の犯罪についての二度目の審理を許容すべきことが古くから主張されてきたが、なぜ、被告人が違法な手段によって無罪判決を獲得した場合には、再訴追が禁止されるべきでないのかについては、明確な理論的説明はなされてこなかった。これに対して、現在では、無罪判決が被告人の違法な手段によって獲得された場合に再訴追が許容される理由として、以下の二つの見解が示されている。
第一に、たとえば、『コーパス・ジュリス・セクンドゥム』に、「被告人が欺罔や共謀によって獲得した無罪評決は無効であり、被告人を危険におかない。したがって、無罪評決は同一の犯罪についての二度目の審理を禁止しない )((
(」と記述されているように、違法な手段によって無罪判決を獲得した被告人は、最初の審理において「危険(
jeopardy or
peril
)」に置かれていないとする見解である。憲法修正五条における「危険」とは、審理や有罪判決を言い渡されること、または、その可能性を意味し )(((、有罪判決を言い渡される危険がなければ、危険に結びつくこともないとされる )((
(。この第一の理論によれば、被告人は違法な手段によって無罪判決を獲得した以上、最初の審理では有罪判決を言い渡される危険に直面しておらず、二度目の審理は被告人を「二重の」危険におくものではないと解されるのである )((
(。
第二に、違法な手段によって無罪判決を獲得した被告人が、二重の危険の原則によって二度目の審理から守られ、有利に扱われることを認めるべきではないことから、違法な手段を用いた被告人は、前の無罪判決が同一の犯罪に関する後の訴追を禁止するという二重の危険条項に基づく保護を主張する権利を失う(
forfeit
)との見解である(「喪失の理論」) )(((。裁判官を買収するなど、裁判手続に不当な圧力を加えた被告人は、判決の終局性を理由に二度目の審理から守られるべきである、あるいは刑事手続の負担や不安から解放されるべきであるといった、二重の危険の原則に基づく主張を行う権利を放棄したとみなされ、裁判所は被告人の違法行為を後の審理に対する同意と扱うべきであることが主張さ
( )同志社法学 六九巻八号二五二アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六六八
れている )((
(。この喪失の理論によれば、同一の犯罪についての二度目の審理によって被告人に与えられる苦痛は不当なものではなく、自らの利益になる判決を得るために最初の審理を違法行為によって汚したことが証明された被告人は、再訴追によって苦痛にさらされることに異議を申し立てる地位に立つことはないのである。
四 手続に瑕疵があった場合の再訴追に関する裁判例 すでに確認したように、二重の危険の原則は、同一犯罪の二度目の審理を絶対的に禁止し、同原則は無罪判決が何らかの重大な瑕疵に基づく場合であっても妥当することを明言した合衆国最高裁判例が存在している。しかしながら、実は、州レベルを中心としたいくつかの裁判例では、無罪判決が瑕疵ある手続において言い渡された場合、あるいは被告人や第三者が違法な手段を用いた結果として言い渡された場合には、再訴追が許容されることが示されてきた。
たとえば、手続に瑕疵があった場合の再訴追に関する学説の紹介で取り上げた、一九世紀のイギリスの法学者であるチッティーと、アメリカの法学者であるビショップが、自身の主張を支えるために引用した裁判例は、いずれも、無罪判決が被告人の違法な手段によって獲得された場合には、新しい審理が認められる可能性があることを示していた )((
(。しかし、そうした言及は、いずれも傍論としてであり、無罪判決が被告人の欺罔行為などの違法な手段によって獲得されたことが直接問題となった事例に関するものではなかった )((
(。
一八四三年ブラウン・ケース・コネチカット州最高裁判決 )((
(は、幹線道路上に店を建設し、撤去の要請を無視したために、道路を狭くして交通の妨げになったという公的ニューサンスで起訴された被告人が、当該行為について無罪となった後に、検察官が新たな審理の申し立てを行ったという事案に関するものであったが、裁判所は、検察官の申し立てを棄却し、傍論において「被告人が無罪となった刑事事件の正式訴追や略式訴追では、その無罪判決が被告人自身の欺罔
( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二五三三六六九 や悪しき行為によって獲得されたのでない限り、検察官の新しい審理の申し立てを認めることによって被告人を再び危険におくことはできない )((
(」と判示した。
また、一八七八年スウェプソン・ケース・ノースカロライナ州最高裁判決 )((
(は、被告人が軽犯罪の無罪判決を言い渡されたことについて、検察官が、当該無罪判決が欺罔によって獲得されたものであるかどうかの判断を求め、欺罔によって獲得されたものであった場合、被告人の再訴追を認めることを求めたというものであった。同州最高裁は、この問題について裁判管轄権を有していないことを理由に検察官の申立てを棄却したが、傍論において、「多くのテキストや判例の傍論で断言されており、またいくつかの判例で立証されているように、軽犯罪についての正式訴追における無罪評決が、被告人のごまかしや欺罔によって獲得された場合、その無罪評決は無効であり、このような手段によって無罪となった者は、その者が無罪を言い渡された犯罪について再び審理され )((
(」、「被告人の欺罔行為によって獲得された無罪判決は、何人も同一の犯罪について重ねて危険におかれないという一般原則の例外を形成する )((
(」と判示した。また、同判決は、「この二重の危険の原則の例外は、死刑事件には適用されず、おそらく一般的な重罪にも適用されない )((
(」ことも明言した。そのため、無罪判決が被告人の違法な手段によって獲得された場合には、再訴追が認められるとの見解の根拠として、当該判例を引用したとしても、説得力はないとの指摘もみられる )((
(。
これに対し、被告人が欺罔などの違法な手段を用いたことが実際に問題となったのが、一八六四年グリーン・マン・ケース・アイオワ州最高裁判決 )((
(である。本件の三人の被告人は、適法に集まった市民集会を妨害した罪について、うち一人は無罪判決、残りの二人は有罪判決を言い渡されたが、その後、この被告人らに対して新しい告訴がなされたことから、被告人らはそれぞれ、前の無罪の抗弁、前の有罪の抗弁を申し立てた。これについて同州最高裁は、「被告人が、裁判管轄権を有する裁判官の面前で何らかの犯罪について審理された以上は、検察は同一の犯罪について新しい訴追を
( )同志社法学 六九巻八号二五四アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六七〇
提起することはできないとの異議が主張されている。一般的に、この主張は正しいが、(本件では)前の審理は被告人自身によって引き起こされたものであり、有罪判決や無罪判決は、被告人の欺罔行為や共謀の結果によるものであることが主張されている。この主張は、真実であることが認定されており、この点に関する陪審員の評決は、被告人の主たる犯罪行為が不正に隠蔽されたことを示す証拠によって裏付けられている。本件では、検察は、上訴するか、あるいは治安判事の行動を茶番(
farce
)とみなして判決を無効にするかの選択権を有する。もし、検察が後者を選択するなら、新しい訴追を提起することができる )(((」と判断した。
また、一九五一年ハウェル・ケース・サウスカロライナ州最高裁判決 )((
(において、同州最高裁は、被告人に謀殺罪の無罪判決を言い渡した事実審理裁判所が、当該問題について裁判管轄権を有していたため、被告人の前の無罪判決は、同一の謀殺に関する後の訴追を禁止する旨判示した )((
(。そのうえで、この決定にとって完全に不必要であったにもかかわらず、『コーパス・ジュリス・セクンドゥム』の「被告人が欺罔や共謀によって獲得した無罪判決は無効であり、被告人を危険に置くものではない。その結果、そのような無罪判決は、同一の犯罪についての二度目の審理を妨げない )((
(」との文言を引用し、被告人の無罪判決が共謀や欺罔の結果得られたとの主張は存在しないので、当該問題を考慮することを求められていないと述べた )((
(。
一九六六年ジョンソン・ケース・サウスカロライナ州最高裁判決 )((
(では、このハウェル・ケース・サウスカロライナ州最高裁判決における『コーパス・ジュリス・セクンドゥム』の引用を「判決」と特徴づけ、検察側が、被告人の無罪判決は欺罔と共謀の結果獲得されたものであると主張した。本件の事案は以下の通りである。被告人は、一九六四年九月一四日に、チャールストン郡の大陪審によって、①強姦、②強姦の意図での暴行(
assault with intent to ravish
)、③加重的な暴行と脅迫(assault and battery of a high and aggravated nature
)、④共謀について正式訴追され、一九六五年( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二五五三六七一 三月の期日に、一人の裁判官と陪審員によって裁判所の通常法廷において審理され、同月五日に無罪評決を言い渡された。ところが、その後、同月八日に、陪審員全員が裁判所に招集され、裁判官と主任法務職員(
solicitor
)によって、それぞれの陪審員に対して、審理の前に、被告人の友人、関係者、知人と会ったり、話したりしなかったかどうかについて調査がなされた。同月一八日、一二人の陪審員は再び裁判所に召喚され、調査の結果、将来陪審員となる可能性のある二一人のうちの数人が、被告人の有利になるように違法に感化されそうになったことについて、彼らを法定侮辱罪に問うことができるとしても、同罪に問うべきではないことについて正当な理由が示された。同月二二日、裁判官の判決言い渡しの前に、検察官は、裁判所に対して、陪審員のうち二人が、法廷には提出されていない証拠を欺罔と通謀によって受け取り、それによって不適切な影響が陪審員の評決に及んだことは、陪審員が法廷に出廷している間には知りえず、評決後に初めて明らかになったことであるから、法的にも事実的にも陪審員を構成していなかったと主張して、審理無効の申立てをした。しかしながら、裁判所は、検察の審理無効の申立てを認めず、これに対して検察官が上訴した。 サウスカロライナ州最高裁は、「当裁判所は、多くの事件において、検察は、刑事事件において言い渡された無罪判決に対する上訴権を有していないと判示してきた。しかしながら、一九五一年ハウェル・ケース・サウスカロライナ州最高裁判決において、当裁判所は、『被告人が欺罔や共謀によって獲得した無罪判決は無効であり、被告人を危険に置くものではない。その結果、そのような無罪判決は、同一の犯罪についての二度目の審理を妨げない』ことを明らかにした。検察は、本件の無罪評決は、欺罔と共謀の結果得られたとの立場をとっており、当裁判所において言い渡されたハウェル・ケース・サウスカロライナ州最高裁判決の観点から、われわれは、本案に基づく(on its merits
)本件上訴を考慮する」と述べた。ジョンソン・ケース・サウスカロライナ州最高裁判決では、最終的に、被告人の利益になるよ( )同志社法学 六九巻八号二五六アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六七二
うに行動した第三者による不当な影響は陪審員に及んでおらず、検察官の新しい審理の申立てを棄却した事実審理裁判所の判断に裁量権の濫用は認められないと判示した )((
(。しかしながら、本判決は、裏を返せば、被告人の欺罔や共謀の影響が無罪判決に及んでいたのであれば、再訴追は禁止されないとの見解を同州最高裁が実際に判示した判決ということになる。
五 一九九六年アレマン・ケース・イリノイ州上訴裁判所判決 これまでに見た判例は、いずれも、無罪判決が何らかの違法な手段によって獲得された場合に、被告人は再訴追される可能性があることが示されたものであった。これに対して、以下で取り上げる一九九六年アレマン・ケース・イリノイ州上訴裁判所判決 )((
(は、被告人が何らかの違法な手段によって無罪判決を獲得した場合に、再訴追が許容される理由を具体的に述べ、裁判官を買収することで無罪判決を獲得した被告人の再訴追が許容されたものである。
⑴ 事 件 概 要 と 裁 判 の 経 過
一九七二年九月二七日、シカゴの西ワシントン通りにおいて、トラック運送者で全米トラック運転手組合の代表でもあったウィリアム・ローガン(W illiam Logan
)が銃殺されるという事件が発生した。一九七六年一二月、イリノイ州検察は、犯罪シンジケートのヒットマンと噂される被告人を、ローガン殺害について正式訴追した。被告人は、裁判官裁判を選択し、一九七七年五月に、フランク・ウィルソン(Frank W ilson
)判事によって無罪判決の言い渡しを受けた。しかしながら、一九七七年のローガン殺害に関する無罪判決から一六年が経過した一九九三年一二月に、被告人は、一九七五年一〇月に発生したアントニー・レイティンガー(Anthony Reitinger
)謀殺事件とローガン謀殺事件について、クック郡巡回裁判所の大陪審によって正式訴追された。検察官は、被告人の一九七七年のローガン殺害についての無罪判決は、犯罪シンジケートと利害関係のある地元の政治家の強い要請を受けた汚職( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二五七三六七三 弁護士が、裁判官を一万ドルで買収した結果獲得されたものであるから無効であり、被告人は二重の危険の原則による二度目の訴追からの保護を受けることはできないと主張した。これに対して、被告人は、当該訴追は被告人を二重の危険におくものであり、アメリカ合衆国修正五条の二重の危険条項の侵害であると主張して、公訴棄却を申し立てた。
一九九四年一〇月一二日、クック郡巡回裁判所は、被告人の最初の審理における裁判官の買収の事実を検察官が証明できることを前提に、被告人の二重の危険の原則を根拠とした公訴棄却の申立てを斥ける中間判決(
interim ruling
)を下し )(((、被告人の一九七七年のローガン殺害についての無罪判決が裁判官の買収によって獲得されたという検察側の主張を証明するための証拠審問(
evidential hearing
)を命令した )(((。一九九五年二月九日に証拠審問がなされ、同年三月、同巡回裁判所は、被告人の最初の審理における裁判官が被告人に無罪判決を言い渡すために買収されていたことが合理的疑いを超えると認定し、最終決定の言い渡しに入った。これにより、被告人の二重の危険の原則に基づく謀殺の正式訴追の棄却申立ての主張は排斥された。これに対して、被告人はイリノイ州上訴裁判所に上訴した。
⑵ 判 決 要 旨
本件では、両当事者が、裁判官を買収して無罪を獲得した被告人の再訴追について二重の危険の原則の適用が問題となった過去の判例を引用しなかったことから、同州上訴裁判所は、この問題を初めて扱うとした。最初に、上訴裁判所は、憲法修正五条の二重の危険条項による保護は、憲法修正一四条の適正手続条項を通じて、州にも適用される )(((
(ことを確認し、「一度無罪となった被告人は、二重の危険条項を侵害することなく審理されることはない )(((
(」との、一九七八年スコット・ケース合衆国最高裁判決の文言を引用した。そして、刑事裁判の終局性という公共の利益が存在しており、たとえその無罪判決が甚だしい間違いに基づいて言い渡されたものであっても、再訴追は禁じられていると明言した )(((
(。また、憲法上、「危険(
jeopardy
)」とは、刑事訴追に結びつく「危険(risk
)」と考えられてきたことも確認した )((((。さらに、「無罪」という言葉は、魔除けのような(
talismanic
)保護を発動するものではなく、裁判( )同志社法学 六九巻八号二五八アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則三六七四
所には二重の危険の原則に基づく保護の実体を検討する義務がある )(((
(と述べて、裁判所が二重の危険条項を解釈する場合、固定的にまたは機械的に同原則を適用してはならないことを指摘した )(((
(。
そのうえで、イリノイ州上訴裁判所は、被告人の一九七七年のローガン殺害に関する無罪判決が、後のあらゆる再訴追に対する絶対的な抗弁になるとの被告人の主張について、確かに、無罪判決は被告人を二度危険に置くことなしに見直すことはできないと判断した判例はいくつも存在するとしながらも、これらの判例はいずれも、被告人の利益になるような何らかの欺罔がなされた事例に関するものではないと述べた。また、両当事者に裁判の公正さや判決の終局性を保障することは、二重の危険の原則の必要不可欠な構成要素であり )(((
(、検察側にも、「証拠を提出するための一回の公正な機会」が提供されなければならないとした )(((
(。そして、憲法修正五条によって与えられた保護は、被告人が主張するような絶対的で決定的なものではないとして、以下の二つの例外が存在することを明言した。
⒜ 第 一 の 例 外 ― 「 見 せ か け の 審 理 」 で あ っ た 場 合
第一の例外は、最初の審理が、検察が証拠を提出しなかったために無罪判決が言い渡されたという「見せかけの審理(sham trial
)」であった場合である )((((。この例外を説明するために、イリノイ州上訴裁判所は、一九八〇年ディームズ・ケース・同州最高裁判決 )(((
(を引用した。本件の事件の概要は以下の通りである。被告人は、当初、同州の一九六一年刑法典の一六―一⒟⑴ )(((
(の故意の盗品譲受けの罪で正式訴追された。ところが、審理当日になって、検察は公訴棄却の申立てをし、イリノイ州法務長官により、被告人を一九六一年刑法典の一六―一⒜ )(((
(の窃盗の罪で正式訴追することが求められた。これに対し、被告人は、盗品譲り受けの罪について即座に審理することを要求した。裁判官は、被告人が裁判にかけられる準備ができているのであれば、裁判を受ける資格があると判断した。検察官は、法務長官は被告人が盗品譲受けについては無罪であることを認めたのであるから、裁判所が盗品譲り受けの公訴棄却を拒絶することは、明らかに無実の者を訴追することを検察に強いることになると主張した。
( )アメリカ刑事手続における瑕疵ある無罪判決と二重の危険の原則同志社法学 六九巻八号二五九三六七五 裁判官は、検察官の要求に関する予断を理由に事件の破棄をするのが望ましいとしたが、一九七五年トーマス・ケース・イリノイ州上訴裁判所判決 )(((
(において、裁判官にそうした権限がない旨が示されていたことから、事件を破棄できなかった。そのため、裁判官は、盗品譲受け事件について審理したうえで、被告人を無罪とすることを決めた。被告人は、陪審員裁判を放棄し、両当事者は冒頭陳述を行わなかった。裁判官が証人を召喚したが、被告人だけが宣誓し、被告人による証言はなされなかった。検察は、呼び出す証人はいないと述べ、被告人に無罪判決が下された。後の窃盗の訴追は、二重の危険の原則に基づいて棄却された。これについて、検察は、盗品譲受けの無罪判決の破棄と窃盗の公訴棄却の判決の破棄を求めて、イリノイ州上訴裁判所に対し上訴した。
争点は、被告人が盗品譲り受けの罪について無罪判決の言い渡しを受けたことによって、被告人は最初の審理において危険に置かれたと言えるのか、すなわち二重の危険の原則によって、後の窃盗罪の訴追が禁止されるのかという点であった。
イリノイ州上訴裁判所は、盗品譲り受けの罪の審理は、無罪判決の言い渡しによって手続が終結したが、当該手続は、「無罪」というラベル以外は、無罪としての特徴を一切有していなかったと述べた。その理由として、検察が、被告人は盗品譲り受けについては無罪であり、公訴棄却すべきであると考えていたことから、当該手続は被告人を有罪にする目的でなされたものではなかったことがあげられた。一般的に、裁判官裁判では、最初の証人が宣誓し、裁判官が証拠調べを開始した時点で、被告人は危険に結びつくとされるが、このルールは、最初の証人が検察側の証人であり、この証人によって被告人の有罪を立証する証言がなされて被告人が危険に置かれることを前提としている。しかしながら、本件では、被告人だけが宣誓をし、結局証言はなされなかったため、被告人は有罪の危険に置かれておらず、危険に結びついていないとの判断が下された )(((
(。