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2017年度首都大学東京大学院人文科学研究科提出博士論文要旨
題目:西シベリア・ハンティのトナカイ飼育と生態適応:漁撈牧畜複合の民族誌 名前:大石侑香
<目的・方法>
本稿の目標は、ハンティを対象に、漁撈と牧畜の密接な相互関係を民族誌として表し、既存 研究では十分に論じられてこなかった漁撈を前提として成り立つ牧畜の文化生態学的適応 性を明らかにすることである。
西シベリアの森林地帯は低地であり、多いところでは湖沼が 40 パーセントを占めている。
この地域に暮らすハンティ等北方少数民族は豊かな淡水産資源を利用した漁撈、トナカイ 牧畜、狩猟、採集の生業複合を営んできた。しかし、アフリカを対象とした生態人類学的牧 畜研究では、漁撈牧畜複合および人間と家畜の相互交渉は、20 世紀半ばくらいから議論さ れてきた[例えば文献 1]一方で、ロシア(ソ連)民族学では、生産様式論にとらわれた結果、
内陸淡水漁撈を視野に入れないトナカイ牧畜論が形成され、現在でもそれらが個別に論じ られる傾向がある。また、齋藤[文献 2]は人文地理学的視点から「狩猟・漁撈とトナカイ牧 畜の有機的関係」を指摘し、[文献 3,4]もトナカイ牧畜民の漁獲依存について論じているが、
現地調査資料に基づいた人間と家畜の相互交渉の分析までには至っていない。また、他の地 域の生態人類学的研究においても、漁獲が直接放牧活動の技術に影響を与えるような、より 密接に漁撈と牧畜が相互に関係する生業複合は、既存の牧畜論では議論されてこなかった。
漁獲を家畜へ与えて放牧活動に利用している例は管見の限りハンティ等の一部のみである ため、魚を介した人間とトナカイの関係を明らかにし、牧畜論の中で改めて論ずる必要があ る。そこで、以下のふたつの問いをたて、ヌムト湖(ハンティ・マンシ自治管区、魚給餌有、
静止型短距離移動)とスィニャ川(ヤマル・ネネツ自治管区、魚給餌無・高低差のある長距 離季節移動)で人類学的フィールドワークを実施し、季節移動、技術、環境利用、食、社会 関係、物質文化の面から検証した。
(問い1)沼沢地が広がる西シベリアの自然環境において、ハンティはどのようにトナカ イと魚に向き合い、魚を使ってどのような人間とトナカイの関係を作り出し ているのか。
(問い 2)同じハンティでも、ヌムト湖ではトナカイへの魚の給餌が行われているが、ス ィニャ川では行われていない。それぞれどのような自然環境や社会・歴史的経緯 があり違いが現れているのか。
<結果>
ひとつめの問いの答えとして、トナカイへの魚給餌は、比較的狭い範囲内でもトナカイ放 牧を行いやすくし、その非効率性を解消するという単なる餌付けの意味を越えたハンティ の重要な技術のひとつであることが明らかになった。
ハンティ等は牧夫が群れに付いて監視せず自由に採食行動させる解放放牧を行う。世帯 ごとに自立的生業を行うヌムトでは、一世帯が季節移動先ごとに漁場を占有している。生業 活動のためにゆるやかに排他的に使用する空間的範囲がここでの居住・生業テリトリーと なる。この居住・生業テリトリーよりもトナカイの成育に必要な牧草地の範囲の方が広い。
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そのため、トナカイは一世帯の居住・生業テリトリーを越えて採食行動する。すなわち、ト ナカイは、居住・生業テリトリーの外に広がる非排他的土地(共有地)および隣家の居住・
生業テリトリーに入っていくのである。そこで、隣家との群れの混入や、群れの分散・喪失 が起こる。
このような世帯の居住・生業テリトリーよりもあいまいで広大な非排他的土地で群れを 管理するために、ハンティは家畜個体とのあいだにさまざまな親密/疎遠の関係をつくり だしている。魚を優先的に与えて良く人に馴れさせた去勢オスをつくりだし、その去勢オス に群れを自律的に先導させて、群れがあまり遠くに行かないようにさせる。トナカイと人の 親密度の度合いは、先導去勢オス、調教メス、種オス、肉畜になる去勢オスの順で親密から 疎遠な関係性がある。このようなヌムトの牧畜は、完全に家畜化する乾燥地帯のヒツジやヤ ギ牧畜と異なり、群れ内を均一に馴化させず、むしろ家畜の野性性をある程度利用し自由に 採食行動させているともいえる。こうした群れの管理方法はエヴェンと似ている[文献5]。
そぁそ、エヴェンでは群れ内で明確に調教済みの役畜や肉畜、出産メス等の役割別グルーピ ングするが、ヌムト・ハンティは群れが比較的小規模なため多くの個体に調教を施し、役畜 と肉畜が重なることがある点、また特別に馴化した数頭のトナカイに群れを自ら先導させ るという点で異なる。
二つ目の問いの答えとして、スィニャではトナカイ牧畜と漁撈を分業していること、ヌム トよりも規模の大きい群れ内で役畜・肉畜等をグルーピングすることで群れを管理してい ることが魚給餌のない要因であると明らかになった。スィニャ川が流れる低地とウラル山 脈という二つの大きく異なるホームレンジがあり、トナカイはそれらを毎年行き来する。牧 夫はトナカイの移動とともに季節移動し、スィニャ川集落の人々は定住し漁撈を主に営む。
このように漁撈とトナカイ牧畜を分業したうえで、彼らのあいだには肉・毛皮と魚の交換関 係が成り立っている。交換によって、牧夫は放牧活動に重要な牧畜犬に魚を給餌できるから こそトナカイ牧畜がなりたっているということが明らかになった。
参照文献:
1) エヴァンズ=プリチャード 1978(1940)『ヌアー族』(向井元子訳)、岩波書店。
2) 斎藤晨二1966「シベリアの狩猟・漁撈民とトナカイ飼育」『史林』49(5): 139-163。
3) Krupnik, I. 1993 Arctic Adaptations: Native Whalers and Reindeer Herders of Northern Eurasia. Hanover and London: UPNE.
4)Zen’ko-Nemchinova, M. A. 2006 Sibirskoe Lesnye Nentsy: istoriko-Etnograficheskie ocherki. Ekaterinburg: Basko.
5) Takakura, H. 2004 “Gathering and Releasing Animals: Reindeer Herd Control Activities of the Indigenous Peoples of the Verkhoyansky Region, Siberia.” Bulletin of National Museum of Ethnology 29-1: 43-70.