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日本における人身損害の賠償

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〈研究ノート〉

日本における人身損害の賠償

1)

幡 野 弘 樹

Ⅰ 被害者負傷の場合 A 一般原則

B 一般原則に対する修正

Ⅱ 被害者死亡の場合 A 一般原則

B 一般原則に対する修正

交通事故で 19 歳の娘を失ったある父親は,加害者に対する損害賠償請求が 問題になった際に,保険会社の社員と保険会社側の弁護士に対して,強い憤り を感じた。その憤りは,彼らが,自分の娘を一人の人間として扱っていないと いう点に起因していた。日本では,保険会社には,19 歳の女性が死亡した際 に認められる賠償額の算定基準があり,弁護士会にも,同様の算定基準があ る。彼らは,それらの基準に基づいて,機械的に賠償額を割り出し,父親に対 して賠償額を提示したのである。実は,その父親は,二木雄策教授という経済 学専攻の大学教授であった。彼は,法律の世界で実務家が用いている算定基準

ઃ) この研究ノートは,2013 年 9 月 10 日にパリ第 2 大学において開催されたアンリ・カピタン協 会主催の日仏 2 国間シンポジウム「損害 伝統と現代の狭間で Le préjudice̶entre tradition et modernité」の講演原稿を日本語に直し,必要な修正を加えたものである。目次立てやテーマ の設定などはフランス人に示すための配慮がいろいろとなされている。たとえば,フランスでは 定期金賠償も実務上認められる場合があるので,日本法の状況を示すなどしている。新たな指摘 には乏しいかもしれないが,参考になる部分があれば幸いである。

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を調べ上げ,それがいかに非論理的であり,説得力のないものであるかを暴き 出す一冊の書物を著した2)。彼の娘が亡くなったのは 1993 年 12 月のことであ り,当時の実務と現在の実務では,取り扱いが相違している部分はある。しか し,交通事故訴訟において算定基準があり,それに基づいているという点に変 わりはない。

損害賠償の算定基準は,自動車が普及し,交通事故の増加に伴って,大量の 事件を効率的に処理するために生み出されたものである。その起源は,1970 年頃に,東京・大阪・名古屋の各地裁交通部が作成した算定基準にさかのぼ る3)。その後は,長らく裁判所ではなく弁護士会が算定基準を公表してきた。

代表的なものとして,東京の 3 弁護士会が作成する算定基準4)と,日弁連が作 成する算定基準5)が存する。前者は,赤い表紙が用いられているので「赤い 本」と呼ばれており,後者は,青い表紙が用いられているので「青本」と呼ば れている。最近では,再び大阪地裁の裁判官らが算定基準を作成し,公表して いる6)。以下では,必要に応じて,代表的な算定基準の 1 つである「赤い本」

の算定基準を紹介しようと思う。

この算定基準は,いったい何なのか?大阪地裁が公表した算定基準7)による と,あくまでも,これらの基準は裁判所を拘束するものではない。しかし,同 じような事案であるにもかかわらず,どの裁判官が事件を担当するかにより,

賠償額が大きく変わるのは,被害者間相互で著しい不平等を招く。そこで,あ らかじめ基準額を定めることにより,被害者間の公平を確保している。なお,

弁護士会作成の算定基準は,これまでの裁判例を集めたものであり,裁判例の

઄) 二木雄策『交通死 命はあがなえるか』(岩波新書,1997 年)。

અ) 倉田卓次「民事交通訴訟における損害定額化の実際」交通法研究創刊号(1971 年)25 頁,原島 克己「東京地裁における各種損害算定基準」判タ 268 号(1971 年)209 頁等。

આ) 最近のものとして,『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 2014 年』(公益財団法人日弁連 交通事故相談センター東京支部,2014 年。上巻(基準編)および下巻(講演録編)に分かれて いる)。以下,同書上巻を引用する際は,「赤い本」と引用する。なお,本書および注 5)所掲の 文献の入手にあたり,青木耕一弁護士(青木耕一弁護士事務所)のお世話になった。この場を借 りてお礼申し上げたい。

ઇ) 最近のものとして,『交通事故損害額算定基準 実務運用と解説 24 訂版』(財団法人日弁 連交通事故相談センター,2014 年)。同書の初版は 1970 年である。

ઈ) 最近のものとして,大阪地裁民事交通訴訟研究会編著『大阪地裁における交通損害賠償の算定 基準[第 3 版]』(判例タイムズ社,2013 年)。同書の初版は 2007 年である。

ઉ) 大阪地裁民事交通訴訟研究会・前掲注 6)xiii 頁。

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蓄積を根拠に,基準となる額を示している。また,入院雑費,交通費などは,

特段の立証なく,損害として認定しており,審理の迅速化に役立つこともあ る。また,当事者は裁判の結果をある程度予測することができるため,訴訟前 に和解による解決を図ることも可能になる8)。このような機能を持つ算定基準 は,個別の事案の特性に鑑みて,その基準からの逸脱も許すものであるため,

あくまでも裁判官を拘束するものではない。しかし,基準を作成する以上は,

事実上の拘束力は当然にある。したがって,交通事故の逸失利益算定には,個 別性と一貫性の追求といった,アンヴビヴァレントな要請があり,その要請に こたえる一つの方法が,算定基準の作成であるということができる。

このように,1970 年代以降,交通事故損害賠償の算定基準が作成されてい るが,日本において,画一性があるとともに一貫性のある解決を導こうという 動機は,さらに昔にさかのぼることができるように思われる。なぜなら,日本 では,1926 年以来,被害者が死亡した場合,被害者が負傷した場合との賠償 額の一貫性を考慮して,被害者に発生した損害賠償債権の相続性を認めてきた からである。

ところで,現在の実務の状況を見ると,算定方法について,2 つの方向から 部分的修正がなされている。第 1 に,判例は,ある事案において,別の事案で は重視しないある要素について重視するということがなされている。たとえ ば,裁判官は,被害者が不法就労の外国人である場合,逸失利益の算定に際 し,彼がおかれた状況を具体的に考慮するのに対し,日本人の失業者が被害者 である場合,あたかも彼が以前と同様に働いていたかのように逸失利益を認め る場合がある。失業者のケースでは,不法就労の外国人のケースと異なり,裁

ઊ) 大島眞一「交通事故における損害賠償の算定基準をめぐる問題 算定基準の意義と限界」ジ ュリスト 1403 号(2010 年)10-11 頁。なお,民事交通事件専門部である東京地裁民事第 27 部に おける和解率は 70%である(河邉義典「東京地裁民事交通部における事件処理の現状」法律の ひろば 2001.12 号(2001 年)5 頁)。裁判外の行動としては,若干古いデータであるが,以下の ものがある(六本佳平「被害者側当事者の法行動」川島武宜・平野龍一編『自動車事故をめぐる 紛争処理と法』(岩波書店,1978 年)33 頁以下)。1969 年に生じた交通事故の人身損害の被害者 に対して行ったアンケートによると,死亡事故の被害者 23 人のうち,示談をしたのが 16 人,最 終的に訴訟となったのは 2 人であった。後遺障害を負った被害者 31 人のうち,示談をしたのは 19 人,訴訟を提起したのは 1 人であった。より新しいデータとしては,交通事故紛争処理セン ターが公表しているものがある(http://www.jcstad.or.jp/disclosure/databank.htm)。2012 年 4 月から 2013 年 3 月の間の新規相談件数は 8,483 件である。そのうち和解のあっせんの相談が 7,095 件である。なお,同時期に,和解が 6,982 件成立している。

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判官は,被害者が失業者であるという具体的な状況をあまり重視していない。

そこで,これらの差異を正当化できるのかという問題が生ずることになる。

第 2 に,さらなる一般化・抽象化を求める動向もある。現在は,年少者が死 亡した場合,被害者が男であるか,女であるかにより,算定方法は異なってい る。二木教授は,娘の死に対する賠償に際し,保険会社との示談には応じず,

訴訟において年少女子の算定基準に対する不当性を主張しており9),学説上 も,性別に関係なく,同一の賠償額が認められるべきだという主張が繰り返さ れている。

以下では,日本では,フランスと異なり,被害者が死亡した場合に被害者の 損害賠償債権が相続する点にかんがみて10),被害者が負傷した場合と被害者 が死亡した場合とに分け,交通事故の損害賠償訴訟で,どのような形で賠償額 が算定されているかを概観しようと思う。

Ⅰ 被害者負傷の場合

はじめに,ある被害者が負傷した場合について,どのような形で損害賠償が 算定されるのか,一般原則を示した上で,一般原則に対する修正がなされる場 合について紹介しよう。

A 一 般 原 則

まず,判例は,一般論として,損害を負傷という事実とは考えず,不法行為 がなければ被害者がおかれていたであろう財産状態と不法行為があったために 被害者がおかれている財産状態の差であると捉えている。すなわち,損害を金 銭として把握している。そのため,最高裁は,後遺障害が残っても現実所得に 減収がない場合,原則として財産的損害はないという立場をとっている11)。 ただし,例外的に,被害者の特別の努力で労働能力の低下をカバーして所得の 減収がないなどの特段の事情があれば,損害を認めうる。

このような損害概念を前提として,実務では,積極的損害・逸失利益・慰謝

ઋ) 二木・前掲注 2)173 頁以下。

10) フランスでは,被害者死亡のケースの逸失利益は,死亡した者の逸失利益を相続させるのでは なく,近親者自身の扶養利益の喪失の賠償を求める形で認められる。

11) 最判昭和 56・12・22 民集 35 巻 9 号 1350 頁。

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料という 3 つの項目に分け,それぞれの項目ごとに損害を積み上げるという形 で,損害額が算定されている。赤い本においては,実際に問題となる損害項目 それぞれについて,基準を提示している。人身損害については,逸失利益の賠 償が重要な意味を持つが,逸失利益については休業損害,後遺症による逸失利 益,死亡による逸失利益という 3 つの項目が立てられ,それぞれについて算定 法が示されている。ここでは,後遺症による逸失利益の算定法についてみてみ よう。

そもそも後遺症の逸失利益について,定期金賠償によるか,一時金賠償によ るかという選択肢がありうるが,日本では,これまで定期金賠償はまれにしか 用いられてこなかった12)。一時金賠償を認める際には,中間利息の控除が必 要となる。中間利息とは,たとえば 2013 年に被害者が 2016 年に発生する逸失 利益の賠償を与える場合,3 年分の利息を控除しなければならない。これが中 間利息の控除というものである。

逸失利益は,基礎収入に労働能力喪失率を乗じ,その額に労働能力喪失期間 を乗じることにより,算定される13)。基礎収入は,原則として事故前の現実 収入を基礎とする。労働能力喪失率は,労働省労働基準局長通牒(昭和 32・7・

2 基発第 551 号)別表労働能力喪失率表を参考として定められる。労働能力喪 失率表によると,後遺障害は,症状に応じて 14 の等級に分けられ,それぞれ につき労働能力喪失率が定められている。たとえば,両眼が失明した場合,第 1 級となり,労働能力喪失率は 100%となる。これに対し,片手の人差し指,

中指または薬指を失った場合,第 11 級となり,労働能力喪失率は 20%とな る。労働能力喪失期間の始期は,症状固定日,終期は原則として 67 歳である。

労働能力喪失期間の中間利息の控除については,以前は地方裁判所によりライ

12) 佐野誠教授によれば,1998 年までに公表された裁判例のうち,定期金賠償を認めたものは,10 件に過ぎない。たとえば,1985 年から 1997 年までの間に 4 件認められている。しかし,1998 年 から 2007 年 4 月までに定期金賠償を認めた判決が 10 件あり,近時はわずかながら増加傾向にあ る(佐野誠「定期金賠償の動向と課題」(財)日弁連交通事故相談センター編『交通賠償論の新次 元』(判例タイムズ社,2007 年)155 頁)。最近では,重度の後遺障害の事案では,定期金賠償を 積極的に活用するよう主張する論稿も現れている(大島眞一「重度後遺障害事案における将来の 介護費用」判例タイムズ 1169 号(2005 年)73 頁以下)。大島判事は,一時金賠償を採用する際 には,将来の介護費用の認定や,余命の認定などに困難が生じているが,定期金賠償を採用する ことにより,その困難性を克服できると主張する。

13) 赤い本・79 頁以下。

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プニッツ式が用いられる場合とホフマン式が用いられる場合があった。しか し,1999 年に,交通事故による損害賠償訴訟を専門的に扱う部が存在する東 京地裁,大阪地裁および名古屋地裁が,「交通事故による逸失利益の算定方式 についての共同提言」を提示し,ライプニッツ式を用いることを明言してい る。

具体的計算例を示しておこう。症状固定時の年齢が 50 歳で年収 500 万円の サラリーマンが傷害を負い,後遺症により労働能力が 35%低下した場合,500 万円に 35%を乗じ,さらに 50 歳から 67 歳までの就労可能期間 17 年間のライ プニッツ係数である 11.2741 を乗じ,19,729,675 円が賠償額となる。

B 一般原則に対する修正

ここまで述べてきたように,原則として,基礎収入は,事故前の現実収入を 基礎とする。しかし,被害者が実際には収入がないケースでも,逸失利益を認 める場合がある。

第 1 に,赤い本によれば,失業者の逸失利益は,「労働能力及び労働意欲が あり,就労の蓋然性があるものは認められる。再就職によって得られるであろ う収入を基礎とすべきで,その場合特段の事情のない限り,失業前の収入を参 考とする」14)。このように,事故前の現実収入を基礎とするという原則に対す る例外が認められている。

第 2 に,専業主婦も,全女性労働者の全年齢平均の賃金額を基礎収入額とし て,賠償額が算定される。被害者死亡のケースであるが,最高裁は,「結婚し て家事に専念する妻は,その従事する家事労働によって現実に金銭収入を得る ことはないが,家事労働に属する多くの労働は,労働社会において金銭的に評 価されうるものであり,これを他人に依頼すれば当然相当の対価を支払わなけ ればならないのであるから,妻は,自ら家事労働に従事することにより,財産 上の利益を挙げている」と述べ,逸失利益の賠償を認めている15)

第 3 に,高齢者についても,就労の蓋然性があれば逸失利益が認められると し,実際にも,症状固定時 85 歳の女性が後遺障害(1 級 3 号)を残して 2 年後 に死亡した事案で,徘徊傾向を伴う老年性痴呆の既存障害を 9 級 10 号とした

14) 赤い本・91 頁。

15) 最判昭和 49・7・19 民集 28 巻 5 号 872 頁。

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うえで,労働能力喪失率を 1 級と 9 級の差 65%とし,賃金センサス女性学歴 計 65 歳以上の 80%である 235 万 800 円を基礎収入額として賠償額を算定して いる16)

これに対し,たとえ被害者が事故前に現実収入を有していたとしても,一般 原則により計算される額よりも,賠償額が減らされる場合がある。それが,不 法就労の外国人など,日本に一時的に滞在している外国人に対する逸失利益を 算定する場合である。

日本に一時的に滞在している外国人の逸失利益の算定が問題になった事件と して,最判平成 9・1・28民集 51 巻 1 号 78 頁がある。原告は,観光目的の在 留資格で来日したパキスタン人であり,在留期間経過後も日本に残留し,製本 の仕事に従事していたところ,指を切断する事故にあった。そこで,原告は,

使用者である会社とその代表者に損害賠償を求めた。最高裁は,まず,損害の 填補という損害賠償の目的からすると,逸失利益の算定は,被害者個々人の具 体的事情を考慮して行うのが相当であると一般論を述べている。その上で,3 年間は日本での実収入額(年収 213 万 7,600 円)を基礎に,それ以降は来日前 にパキスタンで得ていた収入(年収 36 万円)を基礎に,逸失利益を算定した原 審を是認している。

なお,外国人観光客が日本で交通事故に遭った場合,すなわち,合法的に日 本にいた場合において,赤い本では,本国での現実収入を基礎収入とする旨提 案されている17)

最後の外国人観光客のケースを除いて,以上紹介してきたいずれのケース も,損害賠償制度の目的,すなわち損害の填補という目的にしたがう形で賠償 額を認めるための,一般原則の修正であると評価することができる。たとえ ば,不法就労の外国人に,彼が日本で得ていた事故前の現実収入を基礎収入と して,労働能力喪失期間を 67 歳までとして賠償を認めると,その後実際に彼 がこうむるであろう損害よりも多くの賠償を認めてしまうおそれがある。だか らこそ,最高裁は,3 年間だけ日本での現実収入を基礎として逸失利益を計算 したのである。

しかしながら,最初の 3 つのケース,すなわち,失業者,専業主婦,高齢者

16) 京都地判平成 14・6・6 自保ジ 1457 号 16 頁。

17) 赤い本・335 頁。

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のケースでは,損害の填補という損害賠償の目的を考慮して,被害者が事故前 に現実収入を有していなかったとしても,逸失利益を認めている。これらの修 正は,一定額の賠償を保障するという機能を有する。これに対し,外国人観光 客や外国人の不法就労者は,本国における現実収入が日本における賃金相場に 比べてわずかなものであれば,日本人の被害者よりもはるかに少ない賠償しか 得ることができないこととなる。そこで,この場合においても,一定額の賠償 を保障するという機能を,損害の填補という目的に対して優位させるべきでは ないかを問うことが必要であるように思われる。

外国人に関しては,慰謝料についても議論の対象になっている。この点につ いては,被害者死亡のケースにおける算定方法を明らかにしてから論じること とする。

Ⅱ 被害者死亡の場合

次に,被害者が死亡した場合の,損害賠償算定法についてみてゆこう。被害 者が負傷した場合と同様に,一般原則を確認した後に,一般原則に修正をもた らしている場合について見て行こう。

A 一 般 原 則

まず,日本法とフランス法の最大の違いは,被害者が死亡した場合,被害者 の財産的損害や精神的損害を観念し,その損害に対する賠償を被害者の相続人 に認めるという点にある。もちろん,死亡した者には権利能力がないという自 明の理に照らせば,死亡した者に死亡したことに基づく損害賠償請求権を認め ることができないということは明らかである。それでも,日本では,財産的損 害については 1926 年以来損害賠償の相続性を認める立場が確立している。精 神的損害については,711 条が,死亡した被害者の父母・配偶者・子の慰謝料 請求を認めており,判例も,民法典制定(1898 年)直後は,慰謝料請求権の一 身専属性を根拠に,相続性を否定する立場が取られていた18)。しかし,1927 年には死者の慰謝料請求を認める判決が現れており19),第 2 次大戦後,最高

18) 大判明治 43・10・3 民録 16 輯 621 頁。

19) 大判昭和 2・5・30 新聞 2702 号 5 頁。

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裁大法廷が慰謝料請求権の相続性を肯定する立場を確立するに至っている20)。 それでは,なぜ論理的に見て問題のある立場を判例が採用したのであろうか。

この点,判例が意識していたかどうかは別にして,相続説は,死亡事故の場合 の損害賠償額を増大させる役割を有していたと指摘する学説が存在する21)。 たとえば,30 歳の男性が死亡し,妻と 3 歳の子が残されたという場合,仮に 損害賠償請求権の相続性を認めないのであれば,3 歳の子の扶養利益は,その 子が 20 歳に達するまでの賠償しか認められないこととなろう22)。これに対 し,死亡した者自身の損害賠償請求権が相続するのであれば,3 歳の子は,父 親が得るはずであった 30 歳から 67 歳までの逸失利益の半額を取得できること になる。もちろん,子の数や被害者の年齢により,得られる賠償額は異なって くるが,一般論として死者の損害賠償請求権に相続性を認めることに,賠償額 を増額させる機能があるということはいえそうである。さらに,筆者の推測を 付け加えるのであれば,被害者負傷のケースと被害者死亡のケースで一貫した 処理をすることに対する希求もあったように思われる。たとえば,慰謝料の額 について,赤い本では,一家の支柱が死亡した場合,2,800 万円の賠償額を基 準として提示している23)が,この額は,第 1 級の後遺障害を負った場合と同 額である24)。つまり,算定の方法だけでなく,基準額についても,負傷のケ ースと死亡のケースにある種の一貫性がもたらされているのである。

このように,日本においては,被害者が死亡した場合の損害賠償の算定法 は,被害者の積極損害・逸失利益・慰謝料を算定するという意味では,被害者 が負傷したケースと何ら変わりはないことになる。赤い本によれば,基礎収入 額に,就労可能年数に対応するライプニッツ係数を乗じ,その額から生活費を 一定割合控除することにより算定する。基礎収入の算定法と,就労可能年数に 対応するライプニッツ係数を乗じる点は,被害者負傷のケースと変わりはな い。生活費は,被害者負傷の場合には原則として控除しないが,被害者が死亡 した場合には控除を行う。なぜなら,被害者が負傷した場合には,生活費は賠

20) 最大判昭和 42・11・1 民集 21 巻 9 号 2249 頁。

21) 吉村良一『人身損害賠償の研究』(日本評論社,1990 年)31 頁。

22) 子どもが成年に達するまでの扶養利益の賠償を認めたものとして,大判大正 5・9・16 民録 22 輯 1796 頁。

23) 赤い本・147 頁。

24) 赤い本・158 頁。

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償を得た後,現実に費消することになるが,被害者が死亡した場合には,生活 費を使用することはありえず,その分を事前に差し引かなければならないから である。

た と え ば,30 歳 の 主 婦 が 死 亡 し た 場 合,全 女 性 の 平 均 賃 金 額 で あ る 3,547,200 円を基礎収入とし,その額に 67 歳までのライプニッツ係数である 16.7113 を乗じ,さらに生活費を 30%控除して,41,994,826 円の逸失利益が 認められる25)

B 一般原則に対する修正

以上が,一般原則に基づく,死亡による損害賠償の算定方法であるが,原則 どおりに算定がなされないケースもある。

まず,判例は,遺族固有の損害に対する賠償を排除しているわけではない。

たとえば,最判平成 12・9・7 判時 1728 号 29 頁は,死亡した被害者に莫大な 借金があり,被害者の配偶者と子が相続放棄した事案において,配偶者と子の 固有の利益である扶養請求権の侵害に対する賠償を認めている。

次に,年少者の逸失利益の賠償が,大きな議論を呼んでいる。かつては,死 亡した 3 歳 2ヶ月の男児の逸失利益を適確に推認することはできないとして,

逸失利益を一切認めない原審の判断を是認した最高裁判決もあった26)が,そ の後,年少者の逸失利益を肯定する立場が確定している27)。ただし,同判決 は,「裁判所は(中略)できうるかぎり蓋然性のある額を算出するよう努め,

ことに右蓋然性に疑がもたれるときは,被害者側にとつて控え目な算定方法

(中略)を採用する」こととすると述べている。この判決以後,年少者の逸失 利益が認められることとなったが,その後年少男子と年少女子との間で逸失利 益に差が出るという問題が現れるに至っている。最判昭和 49・7・19 民集 28 巻 5 号 872 頁は,女児の逸失利益について,平均的労働不能年齢に達するま で,女子雇用労働者の平均賃金に相当する財産的利益を上げるものと推定する と判示した。これは,男児と女児で逸失利益の額が異なることを意味する。た とえば,平成 20 年版の賃金センサスによると28),18 歳男子の逸失利益は

25) 赤い本・127 頁。

26) 最判昭和 37・5・4 民集 16 巻 5 号 1044 頁。

27) 最判昭和 39・6・24 民集 18 巻 5 号 874 頁。

28) 岡本友子「損害賠償額の男女間格差について」交通法研究 39 号(2011 年)73 頁。

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4,999 万 9,353 円,18 歳女子の逸失利益は 3,179 万 4,316 円となる。もっと も,近時,年少男子の逸失利益の逸失利益の算定法は変えることなく,年少女 子の逸失利益については,女性労働者の平均賃金ではなく,全労働者の平均賃 金で算定するのが一般的になっている。さらに,男子と女子で生活費の控除率 を変えることにより,男女間の格差を是正することもなされている。具体的に は,年少男子の生活費控除率は 50%,年少女子の生活費控除率は全労働者の 平均賃金を基礎収入とする場合には 45%とするのが,現在の実務の取り扱い である29)

年少男子と年少女子の間の差異が,もっとも大きな議論を呼び起こしてきた が,その他にも,障害者の逸失利益の算定方法も問題となっている。横浜地判 平成 4・3・5 判時 1451 号 147 頁は,16 歳の自閉症の男子高校生の死亡につ き,神奈川県内の地域作業所における障害者一人当たりの年間平均工賃を基準 に逸失利益を算定し,逸失利益を約 120 万円とした。この事件は控訴され,東 京高判平成 6・11・29 判時 1516 号 78 頁は,就職年度の一般労働者の最低賃金 の 10 パーセントの減額収入を基礎として算出し,1,800 万円の逸失利益を認 めている。ここでも,不法就労の外国人のケースと同様,現実の収入額をでき る限り具体的に算定しようという意図がうかがわれるが,なぜそのような態度 を専業主婦や高齢者のケースでは取らないのか,その差異は正当化できるもの なのかが問われなければならない。

最後に,外国人が死亡した場合について,慰謝料をどのようにするかも問題 となっている。被害者は,日本で苦痛を受けている。しかし,賠償額を受け取 るのは,より平均賃金の低い外国の場合もある。たとえば,不法滞在のフィリ ピン人女性が死亡したケースで,慰謝料額を 1,000 万円と算定している30)。 赤い本の基準によると,2,000-2,200 万円認められるケースである31)。日本で は,被害者が死亡した場合,死亡した被害者につき慰謝料請求権が発生し,そ

29) 赤い本・141 頁では 40-45%となっているが,40%にすると女子の方が逸失利益が多くなるとい うことを考慮して,現在では,45%で固まっているようである(大島眞一・前掲注 8)17 頁)。

ちなみに,平成 23 年の男子の全学歴全年齢平均の賃金に,生活費 50%を控除すると 2,633,800 円,男女の全学歴・全年齢平均の賃金に,生活費 40%を控除すると,2,825,580 円,生活費 45%控除すると,2,590,115 円となる。

30) 名古屋地判平成 10・3・28 交民 31 巻 2 号 339 頁。

31) 赤い本・147 頁。

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れが相続する。つまり,日本で事故が発生したにもかかわらず,なぜ慰謝料請 求権を低く算定しなければならないのか。この点,賠償額を受け取るのは,母 国の相続人であり,相続人らに日本の貨幣価値をもとに賠償額を与えるのは望 ましくないという考慮があると思われるが,被害者に慰謝料請求権が発生する という構成と矛盾していることは否めないのではないか。

* * *

結局,日本法の特徴としては,できる限り共通の基準に基づいて解決をしよ うとする傾向が強いということができる。さらに,類似の事案において,賠償 額の差が出ないようにという配慮があるだけでなく,被害者が負傷した場合と 被害者が死亡した場合との間にも,一定の一貫性を見出そうとしている。ただ し,算定基準は形式的なルールではなく,個別的事情に基づく修正を当然に予 定している。また,算定基準内部に,一般原則と例外則が存在する。専業主婦 や失業者の逸失利益は,例外に属する。この例外則は,被害者の現実の収入を 基礎にすると賠償額が低くなるために,一定額の賠償を認めようという配慮に よる。しかし,それが,なぜ外国人や障害者の逸失利益の場合には,例外が認 められないのかという新たな問いを生み出している。

二木教授は,娘の死亡に対する損害賠償訴訟において,弁護士を雇うことな く,裁判所ごとに算定基準が異なることを批判したが,神戸地裁は,同裁判所 で用いている算定基準を変えることはしなかった32)。しかし,現在では,当 時に比べて年少男子と年少女子との間の逸失利益の額の差は軽減され,裁判所 間で算定基準の統一化が図られている。彼は,算定基準のさらなる改善に向け 提言を続けている33)。我々法律家の側も,より良い基準づくりに向けて,不 断の努力が求められている。

32) 二木・前掲注 2)203 − 208 頁。

33) 最近の著作として,二木雄策『逸失利益の研究』(知泉書店,2010 年)。

参照

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