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2019 年度春季人権週間プログラム講演会
日時:2019年7月13日(土) 14:00~16:00 会場:立教大学 池袋キャンパス 14号館 201教室
『ここからセクハラ!
アウトがわからない男、もう我慢できない女 』
講師 牟田 和恵 氏 (大阪大学大学院教授)
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【セクハラ常識の普及と誤解】
○牟田: “セクハラ”という言葉は、もう当たり前のこ ととして皆さんご存じですね。今、会場にいる学生方 の中には 21 世紀生まれの方もいらっしゃるので、ピ ンと来ないかもしれませんが、実はセクハラというの は、突然に登場してきた言葉でした。
1989 年 8 月に初めて、セクシュアル・ハラスメント は不当である、不法な行為である、人権侵害であると いうことを訴えた裁判が、福岡で起こされました。今 日の講演会は、セクハラの歴史がテーマではないので 簡単に説明しますと、セクハラそのものは昔からいく らでもあるのですが、労働現場で起こる職場の力関係
を利用して、性的な嫌がらせや性的な脅かしを行うことに対し、 「これは不当なことだ」 「不 法な人権侵害だ」と言って裁判したというのが初めてのことでした。これまではセクハラが あっても、 「そんなことを振り切って、乗り越えてやっていけるぐらいでないと女性は働く 資格がない」 「なぜはっきり断れないのか」と言われたり、もう仕方がないとあきらめて、
受け入れて泣き寝入りする、それが当たり前でした。あくまでも、 「運が悪かったよ」 「たま たまろくでもないスケベなおじさんがいたのが気の毒だった」そういう扱いでした。しかし、
そういう個人的なことを、たまたま起こり得ることではなく、社会の中、あるいは労働の関 係の中に埋め込まれている権力関係の中で起こってくる女性差別であり、問題だというこ とで裁判を起こしたのです。 それが福岡で 1989 年 8 月、日本で初めてのことだったのです。
このとき私は、九州北部、福岡県の隣の佐賀県の国立佐賀大学に、初めて大学教員として 赴任していました。福岡と佐賀は、関西で言えば大阪と京都、東京で言えば東京と横浜より も近いぐらいでしたので、この裁判に深くかかわることになりました。ちょうどその少し前 にアメリカでは、このような問題を社会問題として取り上げるということが新しく起こっ ていて、 “セクシュアル・ハラスメント”という概念ができていました。 “セクシュアル”も、
“ハラスメント”も、その言葉自体は別に新しい言葉ではありませんが、それを合わせて“セ
クシュアル・ハラスメント”として、性にかかわる職場の性差別として概念化されていきま
した。そして、これがまさに“セクシュアル・ハラスメント”だということで裁判をしたの
ですが、日本ではまだ、この言葉が通用しないと思い、この裁判では「性的嫌がらせと戦う
裁判」と呼んでいました。ところが、いい意味で意に反して、その裁判は、これまで見過ご
されていた女性の労働問題、人権問題ということで、非常に真面目に前向きに報道されたた
め、“セクシュアル・ハラスメント”という言葉も広がりました。さらに、日本語は“リス
トラ”など4文字の略語が得意なこともあって、あっという間に“セクハラ”という言葉が
生まれました。それがまじめな報道だけではなく、テレビのバラエティ、深夜のワイドショ
ー番組でも色物扱いで、おふざけで、 “セクハラごっこ”と取り上げられ、あまりうれしく
ない扱い方も含めて広がり、その年の流行語大賞をとるまでになりました。たった5カ月前
には、“セクシュアル・ハラスメント”という言葉が日本で通用するわけないと言っていた
のが、社会学者にもかかわらず、全く予測できないことでした。
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それから 10 年経ち、男女雇用機会均等法の第1回の改正でセクシュアル・ハラスメント が、事業主の防止配慮義務として入り、その後の法改正で防止義務ということになりました。
この男女雇用機会均等法というのは、一般の企業を対象としていますが、当時の文部省が 全国の国立大学に対して、 「大学でセクシュアル・ハラスメント防止をしなさい」 「きちんと 対策をとりましょう」と文部省訓令という形で発令しました(平成 11 年 3 月 30 日文部省 訓令第4号) 。こうして大学においても企業と同様にセクハラを防止するのは常識というこ とになりました。
89 年に“セクハラ”という言葉が生まれ、さらに 10 年後には法律にもなり、30 年経った 今、 「セクハラというのはいけないよね」 「これはだめですよ」ということを皆さんはもう常 識としてわかっています。しかし、そんな発言をするのはおかしいと普及はしたのですが、
なかなか無くならずに、いつまでもどこでも起こるという事態なのです。
私は福岡のセクハラ裁判に、研究者、活動家として関わり、それ以来、いろいろな立場で セクハラ問題に関わってきた中で、つくづくセクハラというのは、みんなわかっているよう で、実はわかっていないのだと気がつきました。 「セクハラって一体何なのか」 「セクハラの 何が問題なのか」ということに対して大いなる誤解、言ってみれば間違いだらけのセクハラ 常識があるということを痛感し、 『部長、そ
の恋愛はセクハラです!』という本を書い たりしました。いわゆるよくあるセクハラ 防止のマニュアル本と違って、私たちの中 に蔓延している間違いだらけのセクハラ常 識を引き剥がして、セクハラについてのリ アリティある理解をもとに解説しましょう ということで、こういう本を書いたりして います。
<男女雇用機会均等法>
第 11 条 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者
の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動
により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に
応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講
じなければならない。
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【間違いだらけのセクハラ常識】
(1) 嫌がっているのに強要するのがセクハラ?
間違いだらけのセクハラ常識には、どういうものがあるのでしょうか。
まず1つは、セクハラというのは、相手が嫌がっている性的なことをすることです。こう 聞いてみなさんは「それは常識どころか、セクハラのど真ん中でしょ?」と思われると思い ます。これは法のガイドラインで、日本でのセクハラに関する法律は、均等法の事業主の防 止義務ですが、これにも「相手が望まない性的な言動で職業環境を悪化させる」と書いてあ ります。だからこれが間違いと言ったら言いすぎなのですが、相手が嫌がっているのをわか っていて性的なことをしているということはなく、受けている方も最初から、 「こんなの嫌」
「やめてほしい」と、不快がっていることはほとんどないのです。もちろんそういう場合も ありますが、みなさんがイメージするセクハラは、相手が嫌がった、それなのに性的なこと を仕掛けてくる、そのように思っているので、セクハラ男というのは、もう悪者、好色な悪 漢というイメージです。だから、「自分のような常識人がセクハラなんかするわけがない」
あるいは「あの人がそんな悪人のはずがない」 「あの人はセクハラがどうだとか言われてい るけれども、あの人いい人だよ」などの受けとめ方が出てくるのですが、そうではないので す。
(2) セクハラ男は好色な悪漢?
ネットの画像検索で「セクハラ」
と入れると、こういったイラスト のようなものが出てきます。いか にもいやらしそうな男が、まわり の女性がどう思っているかにもか かわらず、フンフン鼻息立てなが らこういうことをしていて、女性 はそれを見て、 「えーっ!」と憤慨 したり、怒ったり、ゾーッとしたり しています。これがみなさんのセ クハラのイメージです。しかし、実 際はこんな漫画みたいなセクハラ
はないのです。セクハラはこのように起こっているのではなく、むしろ男性の方も親切そう に、 「ああ、ちょっと肩凝っているのかな」とか、平気な顔をしてやっていて、いかにも、
下心ありますという顔をして近づいてこないのです。女性の方も、このように反射的に、ゾ ーッとした顔はしないし、 「何この人!」と憤慨した顔なんてできないのです。実際のセク ハラはもっと微妙で、複雑なあらわれ方をするのです。みなさんの常識として、セクハラと いうのは相手が嫌がっているのに性的なことをするわけですから、そんなことをする人は、
すごく失礼なろくでもない人だと思っていると、セクハラが本当に起こっていても見えな
いのです。今ご紹介したのはネット画像ですが、いろいろなセクハラの防止パンフレットに
はこの手の挿絵が山ほどあります。そういう何か固定的な、漫画的なイメージのほかに、報
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道の影響もあります。セクハラ事件が職場や大学で起こると、大学の場合、『指導をたてに 性関係を強要。わいせつ行為を繰り返す』などと報道されます。この見出しを見たら、「指 導をたてに性関係強要?それはいかんよ、それはセクハラだよ」とみなさん思いますよね。
『わいせつ行為を繰り返す』これも、 「そんなの今どき?」 「そんなことする人がいるなんて 信じられない」と思うのですが、こういう見出しはあくまでダイジェスト版かつ結果論です。
セクハラというのはしばしば、かなり長期間にわたって続き、数カ月から数年にわたって続 くものもあります。その中で、徐々に行為が進展し、深刻になっていき、そして最後には、
この先生との関係を断ったら、もう論文が書けなくなってしまう、というところまで追い詰 められ、それでも耐えられなくなって、問題として相談したり告発したりするのです。そし て調査で事実がわかり、処分された時に、このような見出しになるのですが、あくまでもそ れは長い期間の中で起こったことを、 「15 字以内にまとめよ」とするとこうなるというだけ で、この先生が実際にどこかの場面で、 「きみ、僕との関係を続けなければ、きみにはもう 指導できないよ」「きみ、断ったら、指導なんかしないからね」といったことを言ったのか というと、実際はそんな言葉はセリフとして言っていないということが多いのです。
セクハラにはそういったイメージの上での錯覚や誤解があるので、セクハラをしたと言 われた方も、 「自分はそんな非常識なことなんてしていなかった。相手は嫌がっていなかっ た。むしろ自分に好意があったのだから自分がしたことがセクハラであるはずがない、冤罪 だ」と思っています。私自身、さきほど紹介した『部長、その恋愛はセクハラです!』も含 めて、いろいろなケースを実際に見聞きし、体験、調査したことに基づいて書いているので すが、特にその中でも、大学や組織、会社からセクハラをしたということで処分され、その 処分に納得できずに、 「大学や会社が行った処分は不当である」 「被害として申し立てた女性 が言っているのはでたらめで、自分に対する名誉毀損だ、誣告
ぶ こ く罪だ」と裁判を仕返す側の裁 判の調査もしました。そういう中で、彼らがことごとく、起こったこと自体を全否定してい るわけではなく、その事実は認めた上で、 「相手の女性が自分を誘った」 「自分は強要なんか していない」 「むしろ女性の方が誘ってきた」 「合意の関係だった」というパターンが非常に 多いことがわかりました。大学なり会社なり、しっかりと調査して処分をしているのですが、
あたかも口のまわりにクリームをいっぱいにしながら「僕は食べていない」と言っているよ うなわけではなくて、本当に心底、自分は誘われただけだ、恋愛だった、と信じているので す。彼らがなぜそのように考え、そのように受けとめているのかということを理解する必要 があると思い、私は本を書いています。このように、漫画みたいに相手が嫌だとわかってい るのに無理やり性的なことをするような、そんな漫画のようなセクハラはほとんどないの です。
≪なぜ女は男にわかるようにノーと言えないのか≫
女性側も、さきほどの漫画の中では、頭から湯気を出していたり、いかにもイーッみたい
な感じで反応したりしていましたが、実際はそのようなことはしません。そういう性的な接
触があったとき、まず大半の女性はびっくりします。「は?」 「えっ?」 「まさか」という感
じです。ノーと言ったら後から仕事上の仕返しが来るとか、後からかえって悪いことが起こ
るという、いわゆる報復の恐れがあるからノーと言えないという説明がよくあります。それ
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自体は間違いではないですが、 「今ここで断ったら、今度のプロジェクトで外されるかもし れない」と頭の中でパチパチパチっと計算して、「ここはノーと言わないほうがいい」とい うような反応ではないのです。多くは、「えっ、何これ?何でしょうか?」というように、
はじめは意味がわからないのです。まして相手の男性は、自分の父親より年上で、自分のお じいさんぐらいの年齢で、 「これ、さ、触ってきているのでしょうか?」という感じなので、
ノーと言うも何も、フリーズして反応のしようがないのです。相手の意図がわからず、「ま さか、この人が、えっ?」のような感じなので、 「触らないでください」と言ったら、相手 の面子をつぶすことになるかもしれないし、自意識過剰だと思われてしまうかもしれない、
何か変だけれどもうまく事を収めたい、対立的な態度を取りたくないのです。これは、特に 教授に対する学生の立場としては、ただでさえ目上で、尊敬すべき立場なので、そういう人 が自分の意に反するようなことをしてきても、やはり儒教的と言いますか、高齢者は尊敬し 大事にしないといけないと思い、「おじいちゃん先生は、かわいいよね」とか、学生もそう いう配慮をしてあげているのです。学生としての立場からも、相手がはっきりわかるような 否定的な態度はとれないのです。むしろ平常通りにっこり愛想のいい、礼儀正しい態度をし ているので、男性はまさか相手の女性が、「何これ、イミフ(意味不明)」「フリーズしてい る」と思えない、わからないのです。 「ああ、これオーケーなんだ、じゃあ、次も」となっ ていくのです。女性たちの礼儀正しい良識ある態度が裏目に出るのです。
≪男はなぜ気づかないか:ビルトインされた鈍感さ≫
男性の方はなぜ気がつかないのかと思いますよね。私は、これはビルトインされているの だと思います。特に中高年男性には鈍感さがビルトインされていると力説しております。
これは少し古い記事ですが、兵庫県で交番やミニパトカーの中で 20 代の女性巡査のおし りや太ももに触る、手を握るなどを繰り返していた男性巡査部長 52 歳を、停職3カ月の懲 戒処分にしたという事例です。職場の女性に対して、8月から翌年1月、半年にもわたって 行為を繰り返し、いよいよ停職3カ月になったのですが、 「太ももの触り心地がよく、何も 言われなかったので続けてしまった」とこの巡査部長は話しています。被害者の 22 歳女性 巡査は、最初本当にびっくりして、 「何これ、手が乗っているけど、これって触っているの でしょうか」と、何も言えずにフリーズして目的地に着くのをとにかく待つだけだったと思 います。それをこの男性巡査長は、 「ああ、よかったんだ、別に嫌じゃないんだな」と思っ たのでしょう。同乗の機会があ
るたびに続け、だんだんとエス
カレートしていき、最初は女性
巡査もきっと、「ちょっとこれ
は当たっているだけじゃない
かなあ」と、もう無いこととし
て自分の中で理解しようとし
たのが、 「いや、これは絶対触っ
てきている」と、だんだんわか
ってくるのですが、ずっと続い
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ているし、何かまた今さらもう言えないような気もしてしまったと思います。でも、だんだ ん本当にエスカレートしていって、もういよいよ、これはもう辛抱できない、もうたまりま せんということで、半年ほど経って相談窓口に行ったというようなケースだと思います。
「気持ちがよかったので、何も言わなかったのだと思っていた」という巡査部長ですが、こ ういう正直な気持ちを、処分された後も、平気で言ってしまえるという、この感覚もすごい と思います。相手が一体どう思っているのかということに関心を持たなくていい。52 歳の 巡査部長に対して、新人の女性巡査が内心はどう思っているのか、本当は何かちょっと嫌が っているのかなとか、それを一切気にすることもないのです。これは、別にこの 52 歳の巡 査部長が、特にド厚かましいというわけではなく、ある程度の立場のある中高年の男性には とてもありがちなことだと思います。今は男性でもリストラなどの非常に厳しいキャリア 人生があったりもしますが、大体は、中高年になってくれば、それなりに地位も上がってき て、いろいろな仕事に重い責任もついてきて、頭の中は仕事上の重い責任、今月の何億の予 算を何とかしないといけないとか、納期はこれだけで工場をどう動かしていくかとかでも う頭がいっぱいです。そういう重い責任を持っているからこそ、自分のまわりの目下の人た ち、特に将来自分と同等に仕事を担っていくとは思わないような女性に対しては、非常に軽 視していて、相手が実はどう思っているかということを、気がつかなくていいという鈍感さ を、デフォルトのものにしているのです。私はそれを「ビルトインされた鈍感さ」と言って いるのですが、それだけ恒常的にあるのだということを、私たち、特に当事者の年代の方々 は知っておいたほうがいいと思います。
(3)セクハラ=わいせつな行為?
間違いだらけのセクハラ常識の3つ目ですが、ここで私が言いたいのは、セクハラはわい せつな行為だと思っている方がかなりいるということです。もちろん、セクハラというのは わいせつな行為あるいは性的な侵害行為が含まれることはありますが、行為そのものが問 題である以上に、重要なのは指導の関係や職場の上下関係といった人間関係なのです。その 中で起こるために、学業、研究や仕事の環境が阻害されてしまって続けられなくなるのが一 番の被害なのです。人生設計あるいは生計に関わるのです。セクハラの行為自体は、性的な 意味では軽微なものであっても、深刻なセクハラになり得るのです。
≪ある大学のセクハラ裁判≫
少し前ですが、ある大学で裁判が起こりました。教育学部の学生が、ゼミの指導教員と一 緒にゼミコンパをした時のことです。3次会等でカラオケボックスに行き、盛り上がって先 生がパンツ一丁になって踊り出した際に、ある女子学生に馬乗りになり、いわゆる性行為を 模したような悪ふざけをしたのです。もちろんパンツは履いていて、まわりでみんなが騒い でいるわけですから、別に性行為をしようとしたとかそういうことでは全くないのですが、
そのまねをしてウケを取ろうとしたのです。しかし、馬乗りされた女子学生からするともう 恐怖と驚きで、 「何これ!」と逃げ帰りました。一緒にいた女子学生たちは彼女に同情して、
次の日大学で、「昨日A子ちゃんはすごくびっくりして泣いていましたよ。何であんなこと
をしたんですか。本当にもう謝ってください。 」と先生に苦情を言いに行ったのですが、こ
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の先生は、それだけ酔っ払っていたのだから二日酔いだったのでしょうが、 「すまん、俺が 悪かった」くらい言っておけばいいのに、「何を生意気なことを言っているんだ!あんなに みんな盛り上がっていたじゃないか。何が悪いんだ!」 「おまえ、あの単位取っていないだ ろ、今年も取れなくていいのか」と逆ギレしたので、女子学生たちは驚いて逃げ帰ってしま いました。その後もその先生は、当該の女子学生や抗議に行った周囲の女子学生たちに、謝 罪どころか冷たい態度をとり続けました。その結果、被害を受けた女子学生は、美術の先生 を目指し、資格が取れるコースを選んでいたのですが、その先生のゼミ、授業にはもう出ら れず、コースも変えざるを得なくなり、美術教師の資格はもう取れなくなったのです。
この女子学生は、その後もいろいろトラブルがあったのですが、卒業後に裁判を起こして 勝訴し、150 万円ぐらいの慰謝料の判決が出ました。しかし、本人からすると、美術の先生 になりたくてその大学に進学したのに、そのことのおかげでコースを変えざるを得ず、自分 の希望していた進路を断念せざるを得なくなってしまったのです。そんなはした金で済む ような話ではないのです。酔っ払ってパンツ一丁の先生から馬乗りになられること自体本 当に不愉快ですが、後から先生が、 「いや、悪かった。本当に俺、酒癖が悪くて。悪かった。 」 と普通に謝ってくれれば、その不愉快なこともそれほど尾を引かないはずだったのですが、
進路変更を余儀なくされるという人生設計にかかわる被害になってしまったのです。
≪財務省セクハラ事件≫
次は皆さんもよくご存じの財務省セクハラ事件です。まさにこのセクハラは、セクハラと はわいせつな行為をすることだと思っていて、加害した本人は「なぜこんなことが?」と思 っていて、それが問題なのだという事例です。
この事件は財務省事務次官がテレビの政治記者の女性に対して、取材だと言ってバーに 呼びつけては、「おっぱい触っていい?」などの性的なニュアンスのある言葉を繰り返し、
それを女性記者がいよいよ我慢できないということで、録音して週刊誌に告発したという いきさつでした。これに対して、財務省事務次官ご本人は、 「いや、セクハラじゃない。単 なる言葉遊びだ」といい、事務次官の上司たる財務大臣も、 「セクハラではない。次官はは められた可能性もある。被害者は堂々と名乗り出ろ」というようなことを言って、余計に世 論のひんしゅくを買っていました。
彼らのこれらのセリフは、本気の本気なのだと思います。セクハラだなんて全く思ってい ないのです。その事務次官は女性記者に「触っていい?と言っただけで、おっぱい触ったわ けじゃないだろう」 「おっぱい触って、おっぱいガシッとかしたなら、それは何かわいせつ 行為かもしれんが、ただ口で、触っていいかと言っただけ。それのどこが悪いんだ」 「そん な大したことじゃないのに、それでキャリアに傷がつくなんて、これは陰謀ではないか」と、
本気で思っていたと思います。彼らにとって、セクハラというのはわいせつ罪のことだとい うような認識しかないので、 「ただの言葉遊びだけであって、セクハラでも何でもない」と いうことなのです。
セクハラの被害というのは、このように、性的な被害プラス職業上、学業上、研究上の被
害、これが混じり合ったところにリアリティがあるのです。性的な被害の程度イコール被害
の深刻さというわけではなく、生計にかかわる被害になり得るということなのです。今回の
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事件でも、政治記者の女性は恐らく、政治記者としてのキャリア、将来にかなり暗雲が差し たと言わざるを得ず、今もテレビ局の記者を続けているかどうかもわからないのですが、彼 女の人生設計にかかわる被害になっていると思います。
この女性記者の場合も、断れない、我慢せざるを得ない立場であったのですが、内心はす ごく嫌でも、我慢してニコニコと普通の顔をして会話をしているということが、上の立場の 者は全く想像もできないのです。それは女性の仕事、大学であれば女性の研究等を軽視して いるということなのです。この時、財務大臣が、「それならば、番記者は全部男にすればい い」「女性はセクハラに遭いたくないなら、番記者をやめたらいいのではないか」と発言し ていますが、この発言自体がセクハラだということがわかっておらず、女性の記者という仕 事を非常に軽視しているのです。例えば、今の安倍首相の父、安倍晋太郎氏が毎日新聞の記 者であったように、ジャーナリストの方が政治家に気に入られて秘書になり、政界に入る、
政治家になるということは決して珍しくないのですが、若い女性記者に対しては、彼女の仕 事の部分を非常に軽視しているからこそ、こういう言動が起こってきたのだろうと思いま す。
(4)セクハラは白黒がつくはず?
“セクハラというのは、白黒をつけるべきだ。白なのか黒なのか。それがはっきりしない と、正当な対応ができない。 ”これももう一つの大うそのセクハラ常識です。たいていのセ クハラは、一方はセクハラではないと言い、一方はセクハラだと言います。100%と言った ら言い過ぎですが、99%そうです。こっちは白と言い、こっちは黒と言います。だから、白 黒結論出ない、どうしようもないと言っていると、それはセクハラを放置することになりま す。たいていのセクハラは、一方は白、一方は黒といういわゆるグレーで、双方の見方が大 きく違うのは当たり前なのです。もし真っ黒だったら、それこそもう犯罪で 110 番です。セ クハラというのは、一方の意図がどうあれ、どんな状態が生じているかが問題で、これにつ いてはまた後ほど大学の対応ということを絡めてお話します。
≪合意に見える強要:メディア業界の実例≫
このように、一方はセクハラではない、自分は相手に性的なことを強要した覚えもないと 言っていることのリアリティを、もう少し見ていきましょう。
これは 2014 年に発覚した事例です。当時非常に流行った中高年向けの雑誌の編集長をし ていたメディア業界の大物の男性は、その雑誌の象徴である「ちょいワル」という言葉を流 行らせた人物です。その後もいろいろと活躍されていますが、ある 20 代のモデル女性に性 関係を強要したということで、写真週刊誌にすっぱ抜かれました。その写真週刊誌によると、
モデルの女性は、プロダクションからこの男性と食事をするようにセッティングされ、男性 をもてなすようにと指示されていました。そしてこの男性から、食事の間に、 「聞いている よね。このまま帰るとファッションショーには出さないよ」と脅されて、従うしかなかった、
性関係を持つしかなかったということで、後で雑誌に告発したのです。男性は、このことに
関して否定していますが、このモデルの女性と関係があったということを否定しているの
ではなく、「確かにそういう関係はあったけれども、脅してなんかいないですよ。彼女とい
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い関係で、そういう関係になっただけ」とセクハラを否定していました。
「脅したことなんかないですよ」という、この男性のセリフと認識は、私はうそではない と思います。この男性は全然脅してもいないし、「このまま帰るとショーには出さないよ」
なんていうセリフは言っていないと思います。では、これはセクハラではなかったのかとい うと、そうではないのです。想像するのは全然難しいことではないのですが、この二人は、
かなりの高級レストランで食事をしていたのでしょう。モデルの女性は 20 代、この男性は 80 歳近いので話題がないのです。それで、その食事の間、この男性は恐らく、自分がこの 業界でいかに大物であるか、いかにそのショーの元締めなのか、いろいろな有名人の名前を 挙げたりして、女性はいわゆる、さ・し・す・せ・そ、 「へえ、そうですか、さすがですね」
というような相づちを打つような会話だったのではないでしょうか。そして食事が終わり、
ここで男性は野暮なことを言う必要はないのです。肩でもたたいて、「さあ、行こうか」こ れだけです。 「部屋取ってあるから」これでオーケーなのです。もちろん彼女は、関係者か らもてなすようにと指示されているので、その意味するところを、 「それって・・・」と薄々思 っていたでしょう。話している間も、自分がいかにそのショーにどれだけ支配権を持ってい るかということを延々と言われて、「やっぱりこの人に逆らうとショーには出られないのか」
とわかってしまい、それで、 「さあ、行こうか。部屋取ってあるよ」と言われたら、もうそ れが彼女にとっては、このま
ま帰るとショーには出られな いということなのです。この 男性自身の主観としては「自 分はそんな脅しなんかかけて いない」と思っているようで すが、それは言われる方から すると、脅しにほかならない のです。セクハラの特徴とい うのは、あからさまに力を振 るう必要がないということな のです。それなりの力の差が あり、言うことを聞かないと いけない状況があるために、
自分から言うことを聞いてく れるということなのです。
このように、セクハラの特徴は、信頼関係や大事な人間関係の中で起こるということです。
また、上位者は人に言うことを聞かせることのできる力を持っているために、下位の者は自
ら迎合するし、上位の者はそれに気がつかないだけでなく、下位の者の自発的な合意に見え
るのです。下位の者からすると、強要にほかならないことが、上位の者からすると、自発的
な合意に見えてしまう、つまりそれは無理やり拉致して連れて行ったわけではないという
意味ではボランタリーだが、相手にとっては全く望んでいない合意であり、そういう余儀な
くなされた合意というのは、女性の弱い立場からすると強要なのです。ところが、それは男
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性側、力がある側からは、「向こうも積極的だった」というように見えているのです。きっ と、この男性は、 「俺ってじじいだけどモテるからな。やっぱり俺に尻尾振ってくる女は多 くてさ」と思っておられることでしょう。
【セクハラが理解できない:ある大学の実例】
このようにセクハラが理解できないというのは、大学の先生でもよくいらっしゃいます。
かつて大学というのは学問と研究の象牙の塔、セクハラなんていうものはない、あるわけが ないと思われていた時代もありましたが、その幻想はあっという間に消えて、今ではセクハ ラは大学にもどんなところにもあります。さらに、大学の先生というのはそれなりに知的だ から、セクハラのことは理解ができるのではないかと思いきや、これも実は幻想であるとい う事例をお話したいと思います。
東京大学を定年退官された科学史、科学哲学の専門の方で、非常に著名な先生のお話です。
この先生は 2014 年に『東京大学学問論』という本を出されていますが、その約 10 年前(2005 年)にセクハラで処分されています。その処分に対し、在任中には不当だと対抗訴訟を起こ したりはしていないのですが、退官後に出版したこの本の中で、自分が受けた処分がいかに 間違っていたかということを延々と書かれています。その処分も、この大学がいかに腐って いるかということを示すいい例だというような形で書いているのです。
≪処分の概要:大学の発表≫
この先生は、どういうことで処分されたのでしょうか。2004 年の新聞記事で、大学によ る記者会見がそのまま報道されています。大学によると、この先生は 2003 年頃から指導す る女子学生に対し、海外旅行に同行するようにしつこく誘い、さらに学生が指導教員を替え た後も、 「自分の指導下に戻らなければ学位が取れない」などと電子メールを繰り返し送り、
学生は不眠に追い込まれたということで、この総合文化研究科の当時 50 代の男性教授を2 カ月の停職処分にしたと発表しました。その後定年を迎え、本を出版し、いかにこの処分が 間違っていたかということを延々と書いているのです。
≪先生の主張≫
先生は本の中で、学生の訴え自体が嘘であり、大学はきちんとした調査もせずに訴えをそ のまま受け取ったこと、さらに学外政治の動きと連動し、自分に重過ぎる処分を次々と重ね たこと、そしてこれこそ学問の劣化であると言っています。これは本当に典型的なハラスメ ント加害者の言い分です。「そもそもの訴えがうそである」 「調査がでたらめ」 「派閥争いに 巻き込まれた」という典型的な三
さん題
だいばなし噺 ですが、この先生は 300 ページある本の中で 100 ペ ージほどにわたり、延々とそのことについて詳しく書いているので、自分がいかにハラスメ ントをわかっていないか、その処分を受けたことが理解できていないということが、本当に あからさまなのです。
大学の処分内容は、留学生である女子大学院生に対し、海外旅行に同行するように強要し
たということですが、先生は、そのような強要はしておらず、この女子学生が自らの意思で
行くと決めていたヨーロッパ旅行の旅程の変更要求に、容易には同意しなかったことが自
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分の「犯罪」的事項の全てだと、本の中で書いています。 「犯罪」的事項、このようにかぎ 括弧付きで書いているのは、たかがこんなことでという気持ちの表れだと思います。先生に よると、 「もともとそのヨーロッパの学会には、この女子学生本人が行くと言っていたのだ から、自分が強要したなんてことはそもそも間違っている」と主張しています。学会がヨー ロッパであると知った学生が、自分も行きたいと言うのはありがちなことで、それは不思議 なことではないのに、先生は一緒に行くつもりで、学会に来る旧知のパリ大学の先生やケル ン大学の先生に、学生の Ph.D.(博士号)後の受け入れ先としても紹介してやろうなど計画 していたところ、その学生が途中から、 「やっぱり私は行きません」と言いだしたため、 「行 くって言っていたのに、今さら行かないというのは信義違反だろう」といかにも教育的指導 をしたように、ご自身で本の中で繰り返し書いているのです。これを冷静に普通に読んでい ると、 「これって強要じゃない?」と思いますし、 「おまえがそもそも行くって言い出したん だろう」と、学生が人間として間違っているように書いているのです。どちらが行きたいと 言い出したかどうかはともかく、ヨーロッパの学会で、しかも先生がパリやドイツの有名な 先生を紹介してやると言ってくれるのだから、学生は行きたいでしょう。それがなぜ途中で 行かないと言い出したのか、その理由は本には書いてありません。
まず考えられるのは、お金の問題です。女子学生は自分の分も出してもらえると思ってい たというのはありがちですよね。学会に大学院生が同行し、一緒に研究報告をして、科研費 などで同行する院生の分も支払うというのは、別に珍しいことでもないので、そういうもの だと思っていたら、実はお金は出ないということがわかり、 「やっぱり私、ちょっと行けま せん」と言いだしたのかもしれません。あるいは、学会の後は、このあたりに旅行でも行く かなという感じでルンルンし始めた先生を見て、 「嫌だな、何かちょっと…」 「ホテルの部屋 がひょっとして一緒だったらどうしよう」など、何らかの理由で、 「やっぱり私はちょっと 今回はやめておきます」と言ったのかもしれません。先生は、なぜそこまで一緒に行きたか ったのでしょうか。ルンルン気分で、一緒に旅行するはずが、何かもうあてが外れてプンプ ンという感じになったのか、又は性的な意味ではなくて、ドイツやフランスの先生に対して 自分の面子が立たないという意味でへそを曲げたのかもしれません。先生はその辺りは書 いていないので、性的な意味があったかなかったかもわかりませんが、海外学会への同行を 執拗に求めたという事実は、本に書いてある通り堂々と認めているわけです。そして、 「お まえはこんなことで博士論文なんか書けると思っているのか」 「学位なんか取れると思って いるのか」と言われた大学院生は、結果としてその先生の研究室に出入りするのが非常に難 しくなってしまいました。本の中では、学生はもともと非常に学力が低く、学位を取れる自 信がないために、自分をハラスメントだと告発したのだと書いているのですが、学生が Ph.D.
を取ったら、パリやドイツの先生に紹介するとご自身で言っていたのに、全く矛盾した話で す。この先生は、海外学会への同行を執拗に求めた事実、そして、 「学位なんかおまえには 出さない」といった指導の放棄も堂々と認めながら、「自分はセクハラなんかしていない、
大学の処分はでたらめだ」と言っているのです。実はこの先生の処分のとき、もう1つ、別
の研究科で不適切な性的関係を結んだという、性的行為を強要したことへの処分があった
のですが、そのような何か性的なことをすることがセクハラだと先生は思っているのでは
ないかと思うのです。このように海外学会への同行を執拗に求め、そのことで研究ができな
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い状態に追い込むということ自体は全然何も悪いとは思っておらず、処分を受けた 10 年後 ですら理解も何もしていないという、この先生の驚くべき知性の劣化には本当にびっくり します。信義違反だと何回も繰り返し責め立てているのですが、これを強要と思っていない のです。このハラッサーは、 「強要されたなんていうのは虚偽だ」と主張されているわけで す。
この先生がセクハラについて無理解であるということは、この本の中でも明らかです。
「本物の各種ハラスメントには当然、猛反対だ」と言う一方で、 「破廉恥極まるという印象 のセクハラという罪名」が、自分のような権威に当てはめられてしまっているとか、 「ハラ スメントというのは、極度の個人的・心理的なものだ」「客観的認定はきわめて困難だ」と 主張し、さらに「もともと行きたいと言ったのは大学院生の方だ」というのが彼の非常に強 い主張の重要な論点ですので、 「自分は誘った事実はない」と証言し、 「これで私の処分内容 の根拠は崩れ去った」と、常識のうそ満載です。これは、どういう論理でしょうか。科学史、
科学哲学の先生ですが、大丈夫かなという感じです。私は「これこそ知性の劣化だ。私の本 を読め!」と言いたかったのですが、実はすでに読んでいたようです。この本の中で「現代 日本のセクハラ問題に関する原文的著作と形容すべき牟田和恵『部長、その恋愛はセクハラ です!』は、かなりの良心作であるが、女性側の虚言、不公正などに甘すぎると私は思う」
というのが彼の論ですが、私の本は、ハラッサーの視点からはこう見えると書きましたので、
そういうところを気に入っていただいたのかなと思います。そういう鈍感は免責にならな いとも私は書いているのですが、そのあたりは読んでいただけなかったか、お目に届かなか ったようです。
≪先生の「セクハラ」無理解≫
この先生の本は、ハラッサーというのはこのように考えるのだな、このようにセクハラが 理解できないのだなと、非常によくわかる資料として重要な本で、私たち大学人として、い かにセクハラ問題に対応していくべきかということを学ぶことができます。先生は性的な 動機があったにしろないにしろ、非常に面子にとらわれているようです。学生の「やっぱり やめておきます」に、 「それって信義違反だろう」と一度は言ってもいいですが、行かない と言ったときに、あっさり引いていれば、こんなセクハラ処分をされることもなかったので す。アジア圏からの留学生である大学院生がうつ病になり、その後、ほかの研究室に移って 学位を取ることが果たしてできたのかどうか、その結論はわからないですが、非常に私は懸 念します。わざわざ日本に留学に来て、学位が取れずに帰らないといけないことになってし まっていたら、本当にお気の毒としか言いようがないのです。本の中で先生は、もともと能 力が低いとか、アジアのその地域のことを指してあそこはうそつきが多いとか、こういうこ とまで書いていながら、それでもハラスメントとなぜ思わないのかと本当に思います。
こういう開き直り、逆ギレが、いじめにつながり、本当にハラスメントに変化していくと
いうこと、また学位、卒論であれ、修論であれ、博論であれ、非常に絶大な権力を持ってい
る側のこういった行為が問題になって、深刻なハラスメントになっていくということが本
当によくわかります。彼女をもっと早く救済できていれば、何とかなったのではないかとい
う可能性もありますし、大学側がもう少し何かできなかったかなとも思います。先生はこの
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本の中では、彼女のことをあしざまに非常に侮辱して書いているだけではなく、この件の調 査委員会の委員長になられた女性教授の実名を挙げて、非常に論文の程度の悪い、能力のな い馬鹿であるということを延々と書いていて、これも本当に驚きです。処分があって 10 年 の間ずっと沈黙していたのではなく 10 年の間、ずっとあちこちにこういうことを吹聴して 回っていたのでしょう。なぜそれを防止できなかったのか。処分のたった2カ月の停職が終 われば、全部終わったかのような、そんな話ではないのです。自分が受けたセクハラ処分に 対して、「大学の調査、調査委員会がでたらめで、学生の訴えは虚偽だった」そんなことを べらべらと広報していたら、それは被害者にとっても被害がますます続いていき、大学の調 査の信頼性も全くなくなっていく、非常に大きな影響があることなのです。そのあたりで、
何とかできなかったものかなと、本当に調査委員長の先生も非常にお気の毒だと思います。
【大学でのハラスメント対応のポイント】
こういうことを考えますと、大学の先生方にセクハラ対策ということを学んでいただく ことが必要だと思います。立教大学でも、もちろんセクハラやハラスメント対策をして、こ のようなホームページの中で、大学の
ハラスメント対応の規定や原則など、
丁寧に説明して、ハラスメント相談の 体制をしっかりとっています。
各大学を見ていますと、いつそこに 行ったら相談できるかという、決まっ た時間があるところはやりやすいと 思います。わざわざ連絡してアポイン トメントを取ってというよりも、この キャンパスでは何曜日の何時から何
時まで窓口が開いていて、そのときは相談員が待機しているので、いつでも来られますよ、
という体制をとっているほうが、やはり相談にも行きやすいと思います。
大学でのハラスメント対応のポイントとして、私がぜひ大学の先生方、職員の方に共有し
ていただきたいのは、救済がまず大事だと考えていただきたいということです。大学や組織
はもちろん、その組織の責任として、本当にその先生に問題があり、そこに処分相当のこと
があるのならば、しっかりと調査し、処分しないといけないという考えになります。これは
当然のことです。問題をうやむやにしない、公正な調査をして、問題を明らかにして、明ら
かになった事実を元に相当の処分を行うことが本当に大事なところです。ですが、処分や調
査には時間がかかります。特に大学ではとても時間がかかります。一般の会社だったら、該
当の職員、該当の社員をサッと呼び出して、1日缶詰にして、あるいは関係しているほかの
社員も呼び出して調査するということができますが、残念ながら大学ではそれができない
のです。まず、調査委員が決まっても、調査委員会自体を設定するのに、まず皆さん手帳を
取り出して、 「ちょっとその時間は授業があって…」 「このときはちょっと出張で…」 「ちょ
っとこの時間は…」と、なかなか都合が合わないのです。会社の場合は、それが業務よりも
優先し、自分が直接やっている業務は同僚やそこのチームに任せて、調査に協力というのが
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まず第一の業務になるのですが、大学では、 「授業や研究を休んで調査に協力しろ」 「出張に 行くな」とは言えないので、日程調整から時間がかかり、調査の第1回を決めるのに3カ月 先になったりするのです。1年かけて調査委員会は4回しかできませんでしたということ が、冗談ではなく普通にあるのです。大学の調査、処分に時間がかかるのは、大学がトロい というよりも、仕組み的になかなか進まないのです。大学の先生というのが、大きな声では 言えませんが、わりと個性的な方が多くて、なかなか大学に協力しないというところも、組 織や会社とは大違いです。普通の会社に勤めている方で、会社から呼び出されているのに来 ないなんていうことはありませんが、大学の先生は、「いやいや、僕は行かない」なんて平 気で言いますし、会社組織へのアイデンティティよりも、自分は研究者であるというアイデ ンティティのほうが強いので、別に大学で同僚の先生たちから無視されても平気という感 じなのです。むしろ、大学のいろいろな業務をあてがわれない、外されてもラッキーと思っ ていたりします。そういう大学というところの性質もあり、なかなか調査がサッとできると ころではありません。このように正式な手続きには時間がかかるため、真偽がはっきりしな いと対処ができないと言っているうちに、セクハラ、アカハラなどの典型的な性格として、
被害が悪化していくのです。その先生との関係のおかげで、研究室にも行けなくなり、セク ハラ、アカハラがあったと大学に相談しても、それから相談が受け付けられ、調査が始まっ ていくのでは、問題が一定進行しても、その間はずっと大学に行けない、研究できないとい う状態が続き、そのこと自体がもっともっと大きな被害になっていくのです。特に大学とい うところは、学部でも2カ月ゼミに出られないと、もうそれだけで必修単位は取れず、留年 は確実となってしまい、そのおかげで授業料が半年分1年分またかかるということで、本当 にもともとのハラスメント被害から派生してくる二次被害がどんどん悪化していき、それ が被害として大きくなったりもしてしまうのです。セクハラや、ほかのハラスメントも含め て、ハラスメントと認定できなくても、あるいは認定する前に、学習、研究、就労環境を保 全する措置というのがどうしても必要なのです。そうした対応が遅れると、もともとの件は ハラスメントというほどではなかったとしても、全然学校に行けない、研究が続けられない 状態はずっと続いてしまうことが現実の被害として起こってしまうのです。ハラスメント 被害を受けていると言っている学生さんが、安心して安全に今まで通り学習、大学生活が続 けられるような環境を保全する措置として、ゼミを替えたり、単位の互換など柔軟で迅速な 救済が必要なのです。
まだハラスメントと決まったわけでもないのに、そのような措置をとると、 「ハラスメン
トがあった」 「あの先生はハラッサーだ」と言っていることになってしまうから、そんな措
置はとれませんと言う方々も多いのですが、それは 100%間違っています。そんなことをし
ていたら、被害自体が派生して大きくなっていくのです。もし、大学のキャンパス内で、朝
みんなが通る道に、ドーンと大きな穴が開いていたらどうでしょう。それは宇宙から隕石が
降ってきたのかもしれないし、あるいは学生が何かいたずらでやったのかもしれない。本当
に学生のいたずらだったとしたら、その学生を捕まえて、ちゃんと元に戻させることをしな
いといけない。しかし、犯人を捜しているうちに、そこを通る人たちがどんどん落ちていっ
てけがをしたら、それ自体、大学が引き起こした被害になってしまうので、とりあえずその
穴をふさがないといけないのです。犯人捜しをするまでは、そんな穴の修復なんてやってい
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られない、なんて言えないはずです。とにかくまずは保全をしないといけないのです。学生 は良好な環境で教育を受ける権利があるし、教職員は良好な環境で働く権利があるのです。
迅速な救済措置をとることに、特に教務関係の職員さんも含めていろいろ知恵を出してい ただいて、柔軟な対処を考えるということが必要であると思います。
【迅速な調整・環境保全:関西の大学での例】
これは関西の大学での1つの例です。博士論文の指導教員に対し、学生へのセクシュア ル・ハラスメントの疑いがありました。この場合、特に小さい大学で大学院生が難しいのは、
先生の専門に近いことを勉強しているために、ほかの先生に博士論文の主査、メインの指導 を替わってもらうというのはなかなかできないということです。学内にその専門の先生は 他にいないのです。しかし、もしそれを放置していたら、学生の博士論文自体が頓挫してし まい、そのこと自体がハラスメントになってしまいます。
そこでこの大学はこういう策を取りました。よく博士論文では、学外の人を副査として、
外部審査員に入ってもらうということがあります。いよいよ博士論文の審査ということに なったら、それぞれのテーマで外部の専門の方に入っていただくのですが、この件では、そ れを前倒しして直接博士論文の指導をしてもらうように手配をして、実質的には、よその大 学の先生のもとで論文を書くようにしたというやり方をとった例がありました。いろいろ なやり方があるとは思いますが、このように、迅速で柔軟な対処によって就学や就労環境の 保全をするということが大事なのです。言ってみれば、ボヤ、あるいは煙であるものを失火 にしないということです。それは第一に、困っている学生がそれ以上に困らないように、安 定した就学環境を回復してもらうということであり、それはハラッサーとされた先生にと っても、より大きな問題になら
ないで済むような措置であり、
かつ、大学組織にとっても、大 学としての問題を抱えずに、責 任ある態度をとるということ なのです。もちろんその対応と 並行して、正式な調査は粛々と 進め、それに従って処分をすれ ばいいのです。結果として、ハ ラスメントとまで言えず、処分 も必要なかったという結果に なったとしても、その事前の救 済措置をとらなくてよかった
かというと、全くそうではないのです。もし救済措置をとらなかったら、そのこと自体が問
題となって、学生の就学環境に大きな被害が及んでいたはずです。その結論が正当、妥当な
ものだったとしても、一方でその学生の就学環境はずっと破壊されていたという事実があ
れば、その学生にとって、その調査結果はそれほどの問題ではなく、本当にもう腹が立つと
いうか、非常に不当だということになるのです。そのためには、柔軟でかつ公正な判断が必
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要です。公正というのは、一方はハラスメントがあった、一方はハラスメントなんかないと 言っているから中立を保つ、中立が公正だなんて思っている人がいるのですが、それは全く の嘘で、困っている人の立場に立って、これまで通りの当然の権利として教育を受ける権利、
研究をする権利、働く権利、それが守られるようにすることが公正なのです。公正な措置を とるためには、防止委員会や人権委員会、いろいろなものがあると思いますが、実効的で柔 軟な措置ができること、教務はじめ職員の方々も協力すること、そして教職員全体として、
保全措置をとるというのはハラスメントがあったと決めつけていることでは全くないとい う認識を持つことです。大学は、学生の良好な教育環境を守ることを第一にいろいろな対応 をする、そのための措置に過ぎないことを、みんなの共通見解にするということが大事だと 思います。それをぜひお願いしたいと思います。
【周囲でハラスメントを見た時のお願い】
今日来ている学生のみなさんも含めてお願いしたいところを最後に申し上げておきます。
ご自分の周囲でセクハラなり、アカハラなり、 「えーっ」と思うことを見たり、そういう場 面に遭遇したときにお願いしたいことです。ぜひ、そこで被害を受けている方をサポートし てください。 「あれってセクハラなんじゃないかな」 「あんなこと言ったら傷つくのではない かな」そう思うような出来事が、ゼミやサークルの活動など、いろいろなところで見たりす ることがあると思います。自分はそれをされている当事者ではないから内心、 「ちょっとか わいそうだな」 「気の毒だな」 「ちょっと今どきあれはないんじゃないかな」と思いながらも、
まわりの雰囲気を壊さないために、みんな何となく黙っているから自分も黙ってやり過ご すということがあるかもしれません。しかし、そのとき沈黙するということは、ハラスメン トに加担するということなのです。どういうレベルであれ、みなさんが、「何かあれってち ょっとセクハラみたいな感じだよな」 「これってちょっとパワハラみたいだよな」と思うこ とは、それを言われた人は絶対そう思っています。平気な顔をしていても、内心そう思って います。それに沈黙するということは、言われた人からすると、 「まわりに自分の友達がい るけれど、誰も自分のつらさには関心がないのだな」 「私は今すごく傷ついているのだけど、
みんな気にしていないのかな」 「こんなふうに嫌だなと思うのは自分だけなのかな」と思う のです。同時に、ハラッサーである言葉を投げつけたり、行為をしたりする人も、周りが何 も言わないと、自分の言動は何も問題がないのだということに確信を持っていくのです。も ともと自分は何も悪いとも思わず、怒鳴ったり、あるいはセクハラ的な言葉を言ったりして いるのですが、それでまわりが何も言わないと、これはオーケーだということが確信になっ て、どんどん続いていくのです。つまり、それを見ている第三者が傍観しているというのは、
このハラスメントに加担しているということなのです。言ってみれば、それにお墨付きを与 えているということでもあるのです。ですからそうならないように、そこで何かしらの介入 やサポートをしてみてください。何も大仰に、サッと立ち上がって、 「先生、今のはセクハ ラですよ」「そんなことは許されません」とか、そこまで大げさにしなくていいのです。軽 い言い方でもいいから、「あっ、先生、今どきそういうのはないですよね」でいいのです。
あるいは、最悪その場では言えなくても、後で言われた人のそばに行って、 「ちょっと今の
はなかったよね。もし今度そういうことがあったら、僕たち何か言うよ」 「僕たち、あれは
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全然いいと思っていないよ」ということを伝えてあげてください。それをぜひお願いします。
何度も繰り返しますが、沈黙はハラスメントに加担することです。これをぜひ自覚の上、周 囲でもしハラスメントを見聞きすることがあれば、自分のできる形でサポートをしてあげ てほしいと思います。
【まとめ】
最後にまとめですが、相談がしやすい、情報へのアクセスがしやすい対策を大学はこれか らも心がけていただきたいと思います。防止、救済に力を入れていただくことで、事案解決 のスキルアップにつながります。ハラスメント防止や、ハラスメント対応というのは、ネガ ティブ対応であり、大変なことがあるだけで、あまりポジティブな面がないような、そうい う疲労する、疲弊する感じは確かにあります。しかし、そうではなく、ハラスメント防止か らエンパワーメントへ、当事者、それから大学の構成員全部のエンパワーメントへつながっ ていくような、より公正で快適な教育環境をつくっていただきたいと思います。そして、信 頼される大学をつくるということを、ぜひお願いしたいと思います。
【質疑応答】
○質問者1:貴重なご講演をありがとうございました。私は女性教諭で、スポーツの授業で 実技が伴ってくるのですが、そのときに学生の能力を上げるためには、体を触ってあげたほ うが上達する種目もあります。そのときに学生さんに一応、「体、ここを触るよ、いい?」
とは聞くのですが、そこにはどうしても権力関係があって、学生さんは嫌でも嫌と言えない だろうなという思いがありまして、常にそれを気にしながら授業をしています。また同時に、
男子の学生を見ることもあるのですが、今日のご講演では全部男性側がハラッサーという ことでしたが、女性の方がハラッサーになって、男子学生がその被害者になるという場面も あり、スポーツの特殊な環境がそれらを引き起こしていると思うのですが、そのことについ てのご援助の言葉とご意見を賜れればありがたく存じます。よろしくお願いいたします。
○牟田 :どうもご質問ありがとうございます。スポーツの現場というのはいろいろ身体接触 が当然あるし、指導者が男性であるか女性であるかに関わらず、ハラスメントにつながらな いかというご懸念、よく理解できます。まず今おっしゃっていただいたとおり、必要があっ てここに触るのだということをちゃんと言っていただくことはすごく大事なことだと思い ますし、体の部分を触るのは、こういう方法が大事だという説明や、具体的な必要性を話し ながら接触するのであれば、私は何の問題もないと思います。触るというときに、よくスポ ーツマッサージを隠れみのにして、女子選手の体を触っていた、といったセクハラ被害とい うのがよくあります。常識的な人は、本当におわかりにならないかもしれないですが、本当 に性的な意味で、性的に触っているような触り方と、そうではない、まさに筋肉をほぐすた めの触り方とでは違うということは、受けている方はわかるのです。先生は専門家として当 然おわかりだと思いますが、それを錯覚されるのではないかとか、それをあまり心配する必 要はないと思います。言葉でも説明しながら、今ここの筋肉、この体はこういう状態だから、
こうなんだよと説明しながら行えば、特にそれがセクハラと見なされるというようなこと
にはならないと思います。その指導のたび、あるいは時折、指導の仕方についての意見を聞
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