『ビジネス, ファイナ ンス と英語 の世界』
(2001年4月10日初版 ・工ル コ刊)
青 山 保
書名が示 しているように,本書はビジネ ス と英語 と,そ して研究 と教育 とのいわば ハ イブ リッ ドである。 ファイナ ンス とも, 商業英語や工業英語 とも縁のなかった私 に
とって,この分野の掲載諸論文 はあれこれ 論 を加 えるには手 に余 るけれ ども,英語の 研究 に関するい くつかの局面 とその教育 に 関するさまざまな主張 は,たいへ ん興味深 く読み,大いに刺激 を受けたことを強調 し たい。
この論叢のいかにもハイブリッ ドらしさ を輝かせている一文は,白井進氏の 「66歳 か らの学習」である。同氏は,20世紀90年 代 の後半 を本学経営学部で 「銀行論」「外 国為替論」 を論 じて きた。 この文章は論文 ではな くて,白井氏が どの ように講義 を準 備 し, どの ような方法で講義 を したか,を 披渡 した随筆である。前職の銀行員時代 に 世界各地 に出張 した際 に集めた民謡 をこよ な く愛 し,詩文 をものす る酒脱 なお人柄 は 教場で存分 に存在感 を示 されたようだ。本 書 の編者 であ る橋本 光憲教授 はは しが き で,「白井氏の ご退任慰労の意味 も込め ら れている。学生の人気の高い名教師であっ た」 と記 しているように,白井氏の随筆 に はなぜ学生にか くも愛 されたかを教 えて く れる挿話の数々が書かれているが,教壇 に 立つ方々にはまず この白井随筆か ら読み進 めていただ きたい。
白井氏執筆の論文は5編。 日本の銀行の 国際業務の略史 を手始めに, 日本経済 を揺
るが したビッグバ ン,外為法改正問題,超 金利政策など90年代後半の金融界の推移が まとめ られている。単 なる事象の紹介や解 説 にとどまらないで, 日本が直面 している 課題の解決への指針 を述べ ている。 これ ら の論文は本書の中核 になっていると言 って 良いだろう。
本書の ビジネス, ファイナ ンス部門の論 文 と しては もう一編 ,長 島常光氏執 筆 の
「コーポ レー ト ・ガバ ナ ンス」 がある。近 午,バブル経済崩壊後のわが国の企業の腐 敗現象は,企業経営の素人であ り部外者 に ある私 などには実体 を垣間みることもで き なかった。 その問題点である 「企業統治
」
に焦点 を当てた長島論文 は,アメ リカ,イ ギ リスの例 を引 き合いに出 して,わが国の 企業統治の在 り方 に具体的な試案 を提示 し ている。
さて,Englishの世界 について も労作が ひ しめいている。私 はアカデ ミズムとはよ く対比 されるジャーナ リズム (新聞 とテ レ ど) に40年近 く籍 を置いて きた。英語 とは 絶対 に手が切れない国際報道の仕事 にほ と んど一貫 して携 わった。そのなかで忘れ ら れない思い出 となっているのが,ケネデ ィ 大統領の就任演説であった。外 国通信社が テ レックスで ワン ・パ ラグラフごと速報 し て くる演説 を外信部の数人の仲 間 とともに 手分け しなが ら翻訳 してい く。入電 しは じ めた英文 を読 み進めてい くうちに,「この 演説の文体 はただごとでないぞ」 とみんな 書 評 313
が気が付いた。原文 に合 わせて格調高い 日 本語文 にす るのに悠々 と考 えている暇が新 聞製作の現場 にはない。締切が過 ぎやがて 印刷 されて,各新 聞が街頭 に出る。各社 そ れぞれが訳 したケネディ演説は当然,翻訳 コンテス トの ように白日に曝 されるのであ った。新 聞締切時間 との勝負,推敵 などし てい られない綱渡 り的な英語 との関わ り合 いの長い年月の間,誤訳,珍訳で きっと読 者 を惑わせたにちがいないことは枚挙 に暇 ない。
日本語の世界 も難 しい と実感 した経験が ある。内容証明に使 う文書 を書か された と き,弁護士 に英語のandに相当す る 「と」
「及 び
」
「並 びに」の使い方,句読点の打 ち 方などには法曹界 にははっきりした区別が あると教 わった。 これ らなどは 「法律 日本 語」 といったことになるのだろうか。本書の高千穂安長,木村一郎,山本久仁 子3氏 の論文 は,GeneralEnglish(GE)
をめ ぐるものだ。高千穂氏のはご自身の米 留学時の体験か らのGE教授法の実証的考 察である。山本氏の論文 は,いま英語教育 界で 「聞 く,話す英語」 などとか まびす し い入門期の発音指導 に関す るものだ。今後 の英語教科書の編纂の仕方 に,示唆 に富ん だ意見 を提示 している。英語教授 について の論述 を読 んでいて痛感 させ られたのは, 中高校 ・大学のいずれで も教育現場の難 し さであった。木村論文 の まとめの部分で, 商業英語 を商業高校 で教 えるこ とへ の困 難,疑問などが述べ られてあったが, この ことは私の大学での時事英語教授 で もず っ と感 じて きたことであった し, 日本人すべ てに小学生か ら英語 を教 えそうな時代が く る気配が濃厚 な現在,その是非 を考 える試 料 にもなるのではないか。
信達郎,山内清史両氏の論文 は,それぞ れ専 門の学会報あるいは専 門誌へ執筆 ・掲
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載 した ものの転載である。信論文はファイ ナンス英語の習得が困難視 されがちな点 を 取 り上げて,その対策 を懇切 に記述 してい る。それは背景 にある経済のさまざまな対 象 によ く通 じること,つ ま りこれ らの事象 の混血度のプラグマティズムだ と強調 して いる。 また信氏の もう一つの転載論文は英 文である。企業 ファイナ ンスの実情 を突 き なが ら,企業の所有者はいったい誰 なのか, 機関投資家,個人投資家 を問わず,株主の 企業内での力学関係,最近マス コミで も話 題 となる社外重役の存在度 などをテーマ と してい る。 山内氏 の論文 は,2部構成で, 一つは 日本型経営が揺 らいでお り,新 しい 企業理念 ・アイデ ンティティの創 出の必要 性 に迫 られていることを述べ,他 は企業活 動のグローバル化 とともに工業英語 を書 く ことが多 くなっていると指摘 して,工業英 語に光 を当てるための提言 を書いている。
最後 になったが,編者の橋本教授の論集 は,海外旅行 中の見 聞,ビジネス英語関連, 英語辞書,大学生の短期英語研修 など,節
りに触 れて執筆 した文書の集大成である。
橋本教授 は現在,経済関連の英語辞書編纂 の第一人者 と言 ってよく,掲載論集か らそ の片鱗が読み取れるはずである。その学績 を絶 えずサポー トしてこられた教授夫人, 千代子 さんの アメ リカ とイギ リスでの滞 在 ・体験記 も異色である。異文化 との出会 いの楽 しさが伝 わって くる。本書の執筆者 一同は,橋本教授がアカデ ミズムに身を置 く前か ら友誼 と研究の糸で結 んで きた人々 のグループである。驚 くことは,通読 して, この十年間の 日本 とそれを取 り巻 く世界の ファイナ ンスの小史にもなっているのを発 見することである。