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第1章 企業家活動と社会ネットワークに関する先行研究のレビュー
1.なぜ企業家活動において社会ネットワークが重要なのか
企業家活動のプロセスや経営活動と事業の成否、成果に関する研究は多数あるが、最近、企業 家の人脈や社外の人との協働、経営チームの人選等に注目が集まっている。なぜ、企業家活動に おいて、このような人と人とのつながり、つまり社会ネットワークが重要だと認識されているの だろうか。
企業家活動と社会ネットワークの関係を考える前に、創業期の企業家活動における企業家個人 の役割について考えたい。Shaneが指摘するように、企業家活動における起業機会の発見、起業 機会の利用、経営資源の組み合わせ、組織デザイン、戦略策定の各プロセスは、産業や制度的な 要因とともに企業家の個人的要因に影響を受ける(Shane 2003,p.10)。企業家活動は初めから組 織的に行われるのではなく、事業アイデアが形になって事業が軌道に乗るまでは、企業家個人の 役割が大きい。
創業期の企業家活動において、企業家個人の役割が大きいことは自明であるが、やはりすべて の経営資源や情報を企業家個人が内部に保有することは難しい。経営資源の外部調達において問 題になるのが、情報の非対称性と不確実性である(Shane 2003,pp.164-167)。経営資源を市場か ら調達する場合、企業家の興す新たな企業は、新しい技術やビジネスモデルによって事業を行う ため、その実現可能性やリスクなどについて、資源の出し手との間に情報量の大きな隔たりがで きる。同様に、新たな事業ほど成功モデルがないため、不確実性も高くなる。そのため、企業家 は市場から資金や設備や人材を調達することが難しくなる。
取引関係の構築についても同様の課題が存在する。たとえば原材料を仕入れる場合、その場で 現金決済すれば問題ないが、多くの場合は製品納入後に代金を仕入先の銀行口座に振り込むなど して決済する。しかし新たに取引を開始する場合、特にその企業が創業間もない企業で、これま での他社との取引実績が皆無であるときなど、仕入先企業は容易に取引を開始してくれない。製 品を引き渡しても、その企業が代金を振り込んでくれるかどうか信用できないからである。逆に 創業間もない企業が製品の販売先を探す場合、販売先企業は創業企業が問題のない製品を期日ま でに納入してくれるのかどうか、信用できない。
山岸(1998)によれば、これまでのいわゆる「日本的経営」のもとでは、特定の相手との間に 安定した取引関係を確立することが重視されてきた。その方が「取引コスト」の節約になるから である。しかし新たな相手との取引の方が利益を得られるような状況になると、閉鎖的な集団の 枠を超えた他者一般に対する信頼を持つことが必要になる(山岸 1998,pp.6-7)。新しい技術やア イデア、ビジネスモデルに基づく新たな事業が数多く創出され、新規参入企業が増加して社会的 不確実性(相手の意図についての情報が不足している状態)が増大すれば、それだけ信頼が重要 になるということである(山岸2003,pp14-15)。
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企業家が経営資源の出し手や取引先から新しい関係の相手として選んでもらうためには、「信頼 に値するようにふるまう特性を身につけることが役に立つ」(山岸 2003,p.190)。経営資源の出し 手や取引先から企業家が「信頼に値する」と評価してもらうためには、取引関係構築以前に実際 に接触し、言動に触れてもらう必要がある。人と人とのネットワーク、つまり社会ネットワーク の構築が必要なのである。企業家活動における企業家の社会ネットワークの重要性はここにある。
企業家が社会ネットワークから得るものは、経営資源や取引関係だけではないかもしれない。
不確実性の高い新しいビジネスを成功させるためには、先の見えない不安や失敗して財産を失う 恐れ、長期的に続く緊張に対する精神的支えを得ているかもしれない。金井(1994)によれば、
ボストン近郊の企業家ネットワークに関する詳細な研究において、フォーラム型のネットワーキ ング組織から得られる便益は「企業者活動に必要な情報、資源、支援へのアクセスと思いがけな い意外な発想やアイデアを広く得ること」であり、ダイアローグ型は「企業者としての共通の懸 念について同輩と深く対話すること」であると分析している(金井 1994,p.421)。企業家は社会 ネットワークから精神的支えを得ており、これは事業の成功にとって不可欠であろう。
2.企業家活動と社会ネットワーク活用に関する性差の視点
一般的に女性はコミュニケーション能力の高さや共感力の高さから、社会ネットワークの形成 が得意であるといわれている。また創業前の勤務経験においては、女性経営者は結婚や育児、介 護などによってキャリアの中断を経験する者が男性より多くなっており、その中断期間中に「新 たな人脈を広げた」とする女性経営者も多い(国民生活金融公庫総合研究所2003)。
一方、実際の女性経営者からは、「男性中心のネットワークや経営者団体に、女性経営者はなか なか入れてもらえない」という声も聞く。(財)21 世紀職業財団が設立・創業5年以内の男女経 営者・事業主に行った「起業に関する現状および意識に関するアンケート調査(平成18年11月 実施)」によれば、起業にあたっての準備として「販路や取引先につながる人脈づくり」を行った 者は、男性が49.2%であったのに対し、女性は31.8%と17 ポイントも下回っていた。また起業 時に必要とする支援策として、「企業家同士が情報交換をしたり刺激を受けたりできる交流の場の 提供」を挙げた者は、男性が22.0%に対して、女性は4ポイント多い26.0%であった(厚生労働 省雇用均等・児童家庭局編 2007)。創業時においては、女性は男性より社会ネットワークづくり に積極的に取り組み、活用できているとは言えない状況がみられる。
企業家活動における性差の視点は、もともと女性は組織のリーダーや経営者に向いていないと いった考え方に基づく研究はほとんど見られないものの、経営する企業の事業分野、規模、成長 スピード、成長意欲などが経営者の性別によって異なるという事実の把握や、その要因を分析す るという方向性が主流である。だが、企業家活動における性差の全体像と性差が生じる要因につ いて、明確な答えは出されていない。
女性が一般的に社会ネットワークづくりや活用を行っているとしても、企業家活動においては 異なる状況がみられると予想される。社会ネットワークの活用や構築・参加における男女の違い
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とその要因を明らかにすることによって、企業家活動における性差の研究が少しでも前進するこ とに寄与できれば幸いである。
3.用語の定義
(1)企業家および企業家活動
企業家とは、イノベーションを創出し、活用して新たな事業や問題解決のための新たな方法に 取り組み、成功に導く者である。Shumpeter(1926)は、イノベーションを「既存のものの新たな 組み合わせ=新結合」と呼び、企業家を「新結合の遂行を自らの機能とし、その遂行にあたって能 動的要素となるような経済主体」であると定義した。Drucker は、経済・社会における変化がイ ノベーション創出の引き金になると指摘し、「企業家は変化を当然かつ健全なものとする。彼ら自 身は、それらの変化を引き起こさないかもしれない。しかし、変化を探し、変化に対応し、変化 を機会として利用する」としている(Drucker 1985)。また清成忠男は、リスクを引き受けるこ とを企業家の特徴として挙げ、企業家を「創造的であって、創造の所産を企業化することに達成 の意欲を有している人間。創造的な事業活動によって変化を引き起こし、積極的にリスクを引き 受ける」と定義している(清成1993)。
このように、企業家の概念には、イノベーションとその事業化を行う者という 2 つの側面が含 まれることがわかる。単に会社を興す、新規開業する者ではない。Entrepreneurの日本語訳には、
「起業家」と「企業家」の 2 通りの表記があるが、本論文では広くイノベーションの事業化を行 う者と定義し、「企業家」の表記を用いる。たとえば後継者が従来の事業からの脱皮を図り、イノ ベーションを創出して新たな事業への転換を図る場合なども、企業家として含める。
企業家が行うイノベーションの事業化に係る一連の活動が、企業家活動である。具体的には、
Shane(2003)が示すような、起業機会の発見、起業機会の利用、経営資源の組み合わせ、組織デ ザイン、戦略策定および事業化の実行を指す。
(2)「人脈」と社会ネットワークの違い
これまで筆者は多数の中小企業経営者や自ら創業した企業家に話を聞く機会があったが、多く の者が「人脈は重要である」と話していた。「人脈」とは何だろうか。一般的には「人と人とのつ ながり」を指す言葉であるが、時にはマイナスイメージを感じることもある。たとえば「人脈を 使って事件をもみ消した」というような場合である。「人とのつながり」によって、通常のルール を曲げて無理を通してもらったという意味合いが含まれる。
すべての参加者が同じルールの下で競争を行う資本主義社会においては、ルールを破るような 行為を行うと市場からの退場を余儀なくされる。「人脈」によって特別な計らいを許された者は、
罰を受けるはずである。にもかかわらず、なぜ経営者は「人脈は重要」と考えるのか。
一方、市場における主要なプレーヤーである既存企業(多くの場合大企業)は、企業自体が競 争を行う主体となっており、生身の人間としての経営者や経営者の「人脈」はあまり取り沙汰さ
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れない。トップセールスとして社長が客先に赴くことはあるが、これはあくまで役割としての「社 長」が行っている行為であり、社長個人の「人脈」で仕事をすることは稀である。
「人脈」と企業経営、あるいは企業家活動との関係に着目し先行研究の渉猟を始めたが、書名 や論文タイトルに「人脈」と「経営」が含まれるものは極めて少ない。ほとんどが、著者の個人 的体験に基づく「人脈」づくりのノウハウを記したものである。
前述のように「人脈」は経営にとって重要という認識があり、実際に経営に役立っている側面 がある一方、オープンなルールの裏をかくような、個人的な人間関係に基づく特別な計らいによ って経営上の利益がもたらされている場合があるため、「人脈」を白日の下に晒し、一般化して経 営に役立つ理論とすることには、研究者は興味をひかれなかったのかもしれない。経営学におい ては、むしろ系列や産業集積におけるネットワーク、戦略的提携のような企業間のネットワーク について研究の蓄積が厚い。
他方、海外の研究成果に目を転じると、Human NetworkあるいはSocial Networkといったキ ーワードとともに Entrepreneurship(企業家活動)、あるいは Small Business、Strategy、
Marketingといった語を含む論文や著書を多数見つけることができる。
Social Networkはもともと社会学の術語である。社会学の研究では、犯罪や貧困、健康問題な
どの課題を抱える地域コミュニティにおいては人と人とのつながりが希薄になっており、Social
Networkの構築によって信頼関係や相互扶助、住民の課題解決へのコミットメントの増大などが
もたらされ、課題解決につながっているということに注目が集まっている。Putnam は、物質的 資本や人的資本が個人の生産性を向上させる道具および訓練であるのと同様に、Social Network およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範を社会関係資本(Social Capital)と呼び、コミュニ ティに所属する各個人が美徳にあふれていても、Social Networkの無い、孤立した社会が豊かで あるとは言えないと述べている(Putnam 2006、p.14)。
Social Networkは、日本語の文献においては「社会ネットワーク」と記述されている。金光(2003、
p.i)によれば、社会ネットワークとは「行為者(アクター)としての社会単位が、その意図的・
非意図的な相互行為の中で取り結ぶ社会的諸関係の集合である」。「アクターにはあらゆる種類の 社会的活動の単位が含まれる。個人、家族、結社、企業、諸レベルの団体、国家などである。諸 関係とは常に変化する強度をもってアクターを接合する行為のフィードバック・ループ発展の結 果である」と定義される。
社会ネットワークは、個人や集団が、互いにやりとりを重ねる中で築いていく関係である。偶 然の出会いから情報交換を行い、またそれがきっかけとなって電子メールや電話のやりとりを重 ね、何かの折にさらに別の友人を紹介し・・・といった具合に、非意図的な接触が発端となって いても、相互行為が繰り返され、フィードバックされ、さらにネットワークが広がっていく。
では、「人脈」と社会ネットワークは何が異なるのであろうか。「人脈」という言葉には、「人脈 をたどる」という用法があるように、知人からその知人の紹介、そのまた知人の紹介といった一 本のラインでつながっているというイメージがある。それに対してネットワークは、そのような リーンなラインのつながりを含め、複数の人と同時に関係を結び、さらにそれぞれの知人が相互 に、また複数の関係をもっているといったような、面的な広がりをもった関係というイメージが
8 ある(図1−1)。
たとえば、企業家同士が集うあるネットワークに所属していると、所属している人同士であれ ば、直接面識がなくてもある程度の信頼は形成される。あるいはネットワークの主催者や共通の 知人を介して、「あの人のお墨付きがある人なら信頼できる」という感覚が形成される。ネットワ ークには、このような人脈にはない、直接面識のない他のメンバーとの関係の構築という特徴が ある。
「経営において人脈は重要である」という経営者の言葉を紹介したが、市場ルールにのっとり、
公正な競争を経て生き残り、発展していくという経営のあり方を考えると、個別の特別な関係を 思わせる「人脈」よりも、より広範で非意図的な相互関係をも含む社会ネットワークの経営への 影響・効果を明らかにするほうが、多くの経営者に資すると考える。
本研究においては、社会ネットワークと企業経営の関係を明らかにすることを目指す。
図1−1 人脈と社会ネットワークのイメージ
注:筆者作成。
(3)社会関係資本
企業経営における社会ネットワークの影響を明らかにするために、社会ネットワークから何を 得ているのかを考える必要がある。Putnam は、社会ネットワークおよび互酬性と信頼性を社会 関係資本(Social Capital)と呼んでいる(Putnam 2004、p.14)。社会ネットワークそのものに 価値があると評価しているのであるが、実際にはネットワークを構築することによって得られる ものが重要なのである。
Baker は、「『ソーシャル・キャピタル』とは、個人的なネットワークやビジネスのネットワー
<人脈のイメージ>
<社会ネットワークのイメージ>
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クから得られる資源を指している。情報、アイデア、指示方向、ビジネス・チャンス、富、権力 や影響力、精神的なサポート、さらには善意、信頼、協力などがここで言う資源として挙げられ る」と述べている(Baker 2000、p.3)。
金光(2003)も社会関係資本の「資本」という語に着目し、社会学的に見た社会関係資本の定 義として、「個人が他の人々との関係から、情報やアイデアや支援などのリソース(=capital)を 調達すること。社会ネットワークに対する投資行為から得られるリターン」であると述べている。
社会ネットワークから得られる情報やアイデアは、一方通行ではない。「ギブ アンド テイク」
というが、まさに自分から何らかの有益な情報をgiveすれば、自分にとって必要な情報をネット ワークのメンバーからtakeすることができる。その意味で互酬性がある。
社会関係資本のもう一つの本質は、信頼である。宮川・大守(2004)は、「広く、人々がつく る社会的ネットワーク、そしてそのようなネットワークで生まれる共有された規範、価値、理解 と信頼を含むものであり、そのネットワークに属する人々の間の協力を推進し、共通の目的と相 互の利益を実現するために貢献するもの」であると定義している。信頼は、ネットワークに所属 するメンバー間の協力を促進し、他のメンバーへの貢献を引き出す。
社会ネットワークが信頼を生みだすと同時に、信頼関係そのものがネットワークを機能させる ものであると指摘する研究者もいる。中国の温州出身華僑者の血縁・地縁ネットワークとトヨタ のサプライチェーン・ネットワークを比較分析した西口(2007)は、「『信頼関係』そのものが取 引者の間にもたらす紐帯効果、そして彼らの経済ネットワークを機能させる潤滑油としての役割 は、その機能面においてほぼ同一であったと想定できる」と述べ、信頼関係がネットワークのつ ながりを促す効果を持っているとしている。
社会関係資本は、社会ネットワークから得られる重要な資産であり、信頼関係の構築を基礎と して、互酬的な活動によるメンバー間の協力や情報提供、アイデア提供、精神的サポートなどの やりとりが行われている。社会ネットワークの企業家活動および企業経営への影響を考える上で、
メンバー間の信頼関係構築と互酬的な資源のやりとりといった社会関係資本は、具体的にどのよ うな内容であり、どのような効果をもたらすのかを明らかにしたい。
4.社会ネットワークと社会関係資本
(1)社会ネットワークと社会関係資本に関する研究の黎明期
社会ネットワークに関する研究の目的は、人と人、あるいは組織と人、組織と組織といった社 会単位のつながり方、すなわちネットワークの構造と、ネットワークによってもたらされる利得
(社会関係資本)を明らかにすることである。
社会ネットワークや社会関係資本は、人間同士のつながりや人間の集団としての組織を広く扱 う研究分野であるので、当初は教育や経済、社会学といったさまざまな分野で取り上げられた。
Patnumによれば、「社会関係資本という用語それ自体は、20世紀の間、少なくとも6回は独立
して発明されており、そのときごとにわれわれの生活が社会的つながりによっていかに生産的に
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なるかに注意を向けてきた」といえる(Patnum 2006,p.14)。その「6 回」とは、農村学校の指 導主事であったハニファンが指摘した「成功した学校にとってのコミュニティ関与の重要性にお ける社会関係資本の役割」(1916年)という視点、1950年代にカナダの社会学者が研究した「新 興郊外地区でのクラブ所属の特徴づけ」に関する研究、1960年代の都市計画家ジェイコブズによ る「近代大都市の近隣関係」に関する研究、1970年代の経済学者ラウリーによる「奴隷制度の社 会的遺産」に関する分析、1980年代のフランスの社会理論家ブルデューとドイツの経済学者シュ リヒトによる「社会的ネットワークの中に組み込まれた社会的・経済的資源」に関する研究、そ して 1980 年代末に社会学者コールマンが「社会関係資本」という用語を、教育のもつ社会的文 脈を強調するために、学問上の論点としてはっきりと確定的に使用したことである(Patnum 2006,p.15)。
社会学者の関心は、地域住民のコミュニティそのものがもたらす他の組織、主体への影響に関 するものである。すなわち、コミュニティのメンバーがどのような働きかけでネットワークを構 築し、メンバーを取り込んで勢力を拡大するかといったことや、メンバー同士の力関係、情報伝 達、意思決定等にメンバー同士の接触の頻度や情報の流通量、どのような情報のやりとりをして いるか等と、学校運営の成功や犯罪の減少や住民同士の助け合いといった現象の出現にいかに関 係しているかという点にあった。
(2)政治学的アプローチへの展開
コミュニティの生み出す社会関係資本は、国単位の問題解決にも影響を及ぼす。たとえば発展 途上国支援において、劣悪な衛生環境や病気の蔓延、子どもたちへの教育の未実施や食糧不足と いった地域や国家全体の課題を解決するために、単に支援物資を輸送して配布したり、建物、設 備を整備するだけでは、課題解決は実現しないことがわかっている。支援物資や建物は解決のツ ールの一つにすぎず、結局、住民自身が課題を認識し、共有し、解決のために何をすべきか、と いう考え方を持つことが重要である。
発展途上国や戦争地域、災害被災地、貧困地域、犯罪多発地域など、問題を抱えた地域におい ては、住民の参加なくしては課題解決が実現しないことが知られている。そのため、世界銀行な どでは、こうした地域コミュニティにおける住民同士の相互関係を明らかにし、コミュニティ内 の協力度や健全性を把握することによって、支援物資の提供や建物・設備の供給、教育の実施と ともに、社会ネットワークの構築を行うようになっている1。社会ネットワークの構造分析や構築 は、集団と個人の関係およびそこから得られる個人的利得だけではなく、ネットワークが存在す るコミュニティ全体に対しても利得をもたらすのである。
このような視点に立って社会ネットワークや社会関係資本を分析することは、単に集団と個人 の関係を考えるだけではなく、地域の安定的運営や地域の発展といった政治的課題へのアプロー チも可能にする。
社会ネットワークや社会関係資本のとらえ方は、金光(2003)の整理によれば、社会学的なア プローチと政治学的なアプローチに分類することできる。社会学的アプローチは、
¾ 個人が他の人々との関係から、情報やアイデアや支援などのリソース(=capital)を調達す
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ること。社会ネットワークに対する投資行為からえられるリターン。
¾ ツールや技術などの物理的なcapitalや、教育やスキルなどの人間的capital とは区別され、
社会(=social)からのみ調達できる。
¾ Social capitalが与えられるネットワークの構造は、誰と、どのくらいの頻度で、どのような
関係の上で・・・といったことから、流れがわかる。
政治学的アプローチは、
¾ 個人が、さまざまなインフォーマル、あるいはフォーマルな市民組織にどのように関わって いるかに焦点をあてているもの。
¾ 隣人とのおしゃべり、リクリエーション活動への参加、地域の集まりへの参加、政党への参 加などから、コミュニティに所属するメンバーの相互関係を明らかにする。
¾ これらのことから、コミュニティ内の協力関係が特徴づけられ、市民の健全度が示される。
¾ Social capitalの状況とコミュニティの課題−犯罪、健康、貧困、失業などと結びつけて理解
し、地域の政策決定に生かすことができる。
と整理している。
この分類に従えば、特に政治学的アプローチでは、Patnum をはじめ、多くの研究者が現代の 先進国に共通の問題である地域コミュニティの崩壊について、「ボーリングクラブ」などの地域の インフォーマル組織に参加せず、コミュニティ内のメンバー間の交流が希薄なコミュニティでは、
犯罪や健康問題が発生していることを指摘している。
しかし、コミュニティのメンバー間の結束が強ければ強いほどよいコミュニティであるとは言 えない。山岸俊男は、結束の強い集団主義的な社会では安心を生みだすが、信頼を破壊するとし ている(山岸 1998)。山岸は、日米の学生に対する質問紙調査および数多くの実験研究を通じて、
一般的に他者への信頼が高いと思われている日本人の方が、実際にはアメリカ人より他者一般へ の信頼が低い傾向にあるということがわかった。たとえばやくざ社会のように規範への服従や組 織への忠誠を強く求める高コミットメント社会では、コミュニティのメンバーに安心を与える代 わりにコミュニティ外の者との新たな関係構築は排除される。
社会的不確実性が高い社会では、このような高コミットメントがメンバーの安心を生みだすが、
社会の変化が激しく、コミュニティ外の者との交流が新たな機会を生み出すような「機会コスト」
が高い社会では、知らない人への一般的信頼の高さと、特定の相手に対する信頼性を判断する能 力が必要になるということである(山岸 1998)。後述するが、まさに市場に新規参入する企業家 は「よそ者」であり、「よそ者」が取引先や資金供給者を獲得していくには、信頼関係を構築して いくことが不可欠なのである。
山岸(1998)は今後の日本の状況を考察した上で、ビジネス上の取引関係における信頼関係の 必要性にも言及しており、「日本社会はこれまで、(中略)取引コストを節約するのに有効なコミ ットメント関係を維持しつつ、そのことによって生み出される機会コストを、コミットメント関 係のネットワークを拡大することによってなるべく低く抑えてきたといえるだろう。(中略)しか し、現在の日本社会は、コミットメント関係のネットワーク拡大で対処できるレベルを越えた機 会コストの増大に直面している。そのため、オープン市場型の関係を追及する方が、拡大コミッ
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トメント・ネットワーク型の関係を維持するよりも有利となる可能性が大きくなりつつある。」と 述べている(山岸 1998,pp.201-202)。
「信頼」は社会ネットワークから得られる社会関係資本の重要な要素の一つである。企業家、
あるいは企業が新たな取引関係を求めて社会ネットワークを構築するとき、信頼を得るための関 係作りが必要になる。残念ながら山岸は社会学研究の泰斗であり、経営学や企業家活動には造詣 が深くない。山岸の提示した「信頼」に関する新しい視点を生かし、経営学分野での社会ネット ワークの構築と社会関係資本の創出についての研究が必要である。
一般的に、社会ネットワーク、特に政治学的なアプローチは、地域コミュニティの問題解決に おいて、実践的な研究成果が見られる。一方、社会学的アプローチは、対象となる社会ネットワ ークの種類、メンバー、タイプなどがさまざまであり、個別の事例研究といった研究方法をとる 場合が多く、包括的、総合的な研究はほとんどない。
5.企業経営と社会ネットワークに関する先行研究
経営学もある部分、人や人の行動を対象とした研究分野である。本研究では企業家の社会ネッ トワークの分析に焦点を当てているが、組織マネジメントにおける組織内ネットワークや、経営 戦略における企業間ネットワークもまた、人と人、人と組織、組織と組織のつながり方に関する 研究領域である。金光によれば、マネジメント・サイエンスは社会ネットワーク分析の主要な潮 流を担う最も生産的な分野であり、社会ネットワーク分析にとってマネジメントにおける研究は 膨大である(金光 2003,p.281)。ここでは、組織行動論、経営戦略論、マーケティング論におけ る社会ネットワークのとらえ方および研究成果についてレビューする。
(1) 組織行動論と経営戦略論における社会ネットワーク
組織内ネットワークに関する研究は、たとえばMayoやRoethlisbergerらが行った有名な「ホ ーソン実験」がある。この実験結果は、インフォーマル組織が労働者の行動や作業能率に多大な 影響を及ぼすことを示唆している。インフォーマル組織も一種の社会ネットワークであり、メン バー相互の関係やそこから得られるメリットも認められる。
当然のことであるが、組織行動論においては組織内の社会ネットワークに焦点が当てられ、経 営戦略論においては企業間ネットワークや企業間の経営幹部のネットワークなどについて研究が 進められてきた。たとえば組織行動論の研究成果を挙げると、組織内での影響力や力関係と社会 ネットワークの関係を論じたもの(Kramer and Neale 1998)や、豊かな社会ネットワークと社 会関係資本を持つ者のほうが、より高い報酬を得る機会や早いペースで若くして昇進する機会を 得ているという研究成果がある(Baker 2001)。またナレッジ・マネジメントにおいても、企業 内のコミュニティにおけるインフォーマルな社会ネットワークや社会関係資本が重要であること が論じられている(Davenport and Prusak 1998)。
企業間ネットワークについては、企業間の資本関係やガバナンス構造を社会ネットワーク分析
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の手法で国際比較したもの(Scott 1986)などがある。日本の企業間関係については、若林直樹 が「日本的な継続的企業間関係における組織間ネットワークの構造特性の現状について、その構 造特性、情報化、制度的媒介におけるマネジメント、国際化、提携関係への移行、という5つの 面から」実証的な研究を行っている(若林 2006)。自動車メーカー等の「系列」に代表される比 較的閉じていて強結合で凝集的な人的ネットワークは、大手企業とグループ企業や外注企業との 間に高い互酬性を作り出し、深い互恵的信頼関係を作ってきた。しかしバブル崩壊後、脱系列化 や系列の選択と集中が進み、企業間関係、それを支えるネットワークや信頼関係の特質も大きく 変化していると思われる。若林(2006)は、この変化の実情と今後の方向性を明らかにすべく、
電機メーカーの外注企業協力会の組織間コミュニケーション・ネットワークの計量分析や、海外 との比較研究、海外企業との提携における異文化間ネットワークのケーススタディ、スポット的 なアウトソーシング提携における信頼性の構造分析など、日本の企業間関係における組織間ネッ トワークについて、多角的な分析と検討を行っている。
この研究成果は、日本における企業間の社会ネットワークを分析した数少ない実証的研究の一 つであり、示唆を受けるところが多い。しかし、組織対組織の関係における人的ネットワークに おいて、組織を離れた個人としてのネットワークが峻別されておらず、また電子メールのやりと りをもって「人的ネットワーク」を代替しているところに疑問を呈する2。特に外注企業協力会の 横のネットワークが良い影響を与えていると論じているが、外注企業の多くを占める中小企業で は、横のネットワークは経営者の個人的ネットワークも含まれることが予測できる。組織間ネッ トワークにおける信頼性と、個人間ネットワークの信頼性は、異なる構造、特質を持つと思われ る。この部分の解明が必要である。
組織行動論や経営戦略論の分野においては、社会ネットワークは組織内の個人間の関係や、組 織の公式的な活動としての他社との関係構築について論じている。しかし、時には組織を離れた 私的なネットワーク(居住地の近隣関係や学校の同窓会など)も組織行動や経営戦略に影響を及 ぼすことが考えられる。こうした視点での研究も必要であろう。
(2) マーケティングにおける社会ネットワーク
近年、マーケティング論の分野では、顧客との良好な関係を創出し維持することが、継続的な 売上の実現と増加に結びつくという理論(リレーションシップ・マーケティング)が隆盛である。
また、従来のマス・メディアを活用した広告宣伝の手法に加え、インターネットのユーザーサイ トやブログを使った広告手法のように、顧客同士の情報交換を活用した広告宣伝の手法が用いら れるようになっている。
Baker(2000)は、「ソーシャル・ネットワークがさまざまな製品・サービスの普及、拡大におい
て顕著な役割を果たしていることがわかっている」と述べており、社会ネットワークを活用した 口コミマーケティングは、多くの企業によって戦略的に実施されていることを強調している
(Baker 2000,p.22)。
金光(2003)によれば、日本においてはリレーションシップ・マーケティング研究において社 会ネットワーク分析的視点を欠いていると評されているが、いくつかの文献も登場している(陶
14 山・宮崎・藤本 2002)。
6.企業家活動と社会ネットワークに関する先行研究
(1) 企業家活動研究の潮流
企業家活動(Entrepreneurship)は、ビジネス分野に限らず、広く「イノベーション」によっ て新たな価値を市場や社会に創出する活動である。社会企業家活動(Social Entrepreneurship)も あれば、行政における企業家活動(Governmental Entrepreneurship)もある。経済における企 業家活動の意義は、Shumpeter(1926)が明確に示したといえる。Shumpeter は、企業家が引 き起こす5つの新結合(=イノベーション)によって、経済は自発的に非連続的な変化を生み出 し、発展するとしている(Shumpeter 1926)。
Shumpeter以降、企業家活動は経済全体における位置づけから、企業経営における位置づけへ
と応用範囲が拡大していった。Penrose は個々の企業において「会社の利益のために新しい理念 を導入し、受け入れること」を企業家活動と定義している(Penrose1959)。また Drucker は、
企業家活動の源泉を経済や社会の変化としてとらえ、企業家は「変化を探し、変化に対応し、変 化を機会として利用」することで、新しい事業を創出していると分析している(Drucker 1985)。
企業家活動は常に「新しいこと」、「イノベーション」を含む活動であり、そのような先例も成 功モデルもないことにチャレンジする「企業家」は、一般の人たちとは異なる特性をもった人で あると考えられた。そのため、1980 年代から 1990 年代初頭は、「誰が企業家か?」という視点 で、企業家の心理学的特徴を分析し、非企業家との差異を明確にするという研究が盛んであった。
Burchは、企業家の特徴として、「強い達成意識を持つ」、「ハードワーカーである」、「事業を創出
する」、「責任感が強い」、「認められたい、尊敬されたいという気持ちが強い」、「楽観主義」、「上 昇志向」、「組織作りがうまい、統率力がある」、「お金への執着が強い」という9つの要素を挙げ ている(Burch1986 p.29)。
MacMillanと McGrathは、25の設問を使って企業家と非企業家の相違点を分析した結果、
企業家の方が非企業家に比べて、「高い階級意識」、「強い個人主義」、「低い不確実性回避」、「強い 男性性」を示しているとしている。また、この差異は9カ国(オーストラリア、カナダ、フィン ランド、イタリア、ポルトガル、中国、スウェーデン、アメリカ、プエルトリコ)における調査 においても同様の結果を示し、文化による企業家特性の差異はないと結論づけている(McGrath and MacMillan 1992)。
Brockhaus は、その多くの研究成果を総括して、企業家に特有の心理的特徴は、「強い達成意
欲(high need for achievement)、「内的統制(internal locus-of-control)」、「リスクテイカーの傾 向(risk-taking propensity)」であるとしている(Brockhaus 1982,1986 et.al.)。
特に内的統制(物事の結果の帰属を自分にあると考える傾向)は、イノベーションの実施と関 連が強いとされている。誰も実現したことのない新しい技術やアイデアを実行に移す際には、自 分以外の者から褒められたり、評価されたりすることは少ない。協力してくれる者も限られるで
15
あろう。自分自身で目標設定し、達成に向けて努力するイノベーションの過程は、内的統制が不 可欠となる。
このような企業家の心理学的特性の分析は、1960年代から1990年代半ばまで盛んにおこなわ れてきた。しかし、実際には企業家(新しい事業を始めた人)と非企業家(新しい事業を始めて いない人)の差異はほとんどないという認識が、最近の学者の間で一般化しているようである。
すでに1988年には、Gartnerが「Who is an entrepreneur? Is the wrong question」という題の 論文を『The Entrepreneurship Theory and Practice』に発表しており、その後研究関心が企業 家の行動(activity)に移っている。
確かに、すでに企業家である人は、不確実性への耐性やチャレンジ精神、洞察力、楽観主義な ど、いくつかの共通する特性が見つかっている。筆者も修士学位論文において、企業家とサラリ ーマン双方にアンケート調査を行い、同様の特性を用いた指標で70%以上企業家と非企業家を判 別できるということを発見した。しかし、実際に事業を興した企業家の中にも企業家的でない特 性をもった者がおり、逆にサラリーマンの中にも企業家的な特性をもった者が存在するのである。
つまり、心理学的特性だけではなく、創業という行為を決定する要素がほかにも存在するという ことを示唆している。
2000年ごろからは、「誰が企業家か?」ではなく、「どうして企業家になったのか?」という行 為の決定要因を探る研究が中心となった。たとえば企業家の内的要因として、心理的特徴のほか 教育、成育歴、仕事上の経験、資金調達のめどなどが挙げられるし、外的要因としては、経済・
社会の変化、産業構造の変化、市場の変化などが挙げられる。
特に最近は、企業家を創出する環境要因や、ビジネスチャンスの発見メカニズム、外部からの 経営資源調達、社会ネットワークと社会関係資本などのトピックスを取り上げた論文を見ること が多い。中小企業や新規創業企業の経営資源調達や経営戦略策定において、社会ネットワークに 対する関心が高まっている。
(2) 企業家活動における社会ネットワークの位置づけ
① 創業期の企業家活動と社会ネットワーク
先に経営学の諸分野における社会ネットワーク研究のレビューを行ったが、そこでは意識的に 企業家活動分野の研究を取り上げることを避けた。ここでは、企業家活動研究において社会ネッ トワークがどのように位置付けられているかを考察する。
企業家活動をビジネスの分野に絞って考察すると、前述のとおりイノベーションによって新し い事業を創出し、新たに市場を築くか、既存市場に新規参入することになる。また事業化に際し ては、創業間もない企業は自社内の経営資源が不足しているため、人材、設備、資金などを外部 から調達する必要がある。しかし、すべての経営資源を市場から調達することは難しい。創業間 もない企業はどのように行動するのか不確実性が高く、信頼されないからである。見ず知らずの 相手といきなりスポット取引する企業、あるいは知らない会社に条件のみで就職する労働者は少 ない。そこで「信頼」が必要となる。山岸(1998)が指摘するように、不確実性が高く、機会コ スト(ここではよく知らない相手からの経営資源調達)が高い場合には、信頼されるような関係
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を築くことが重要である。社会ネットワークは、創業において「外部の経営資源との結合可能性 が高くなる関係」(Aldrich & Zimmer 1986)として必要不可欠な存在である。
比較的初期に社会ネットワークと企業家活動を結び付けて論じたのは、Burtである。Burtは、
競争戦略に有利な社会構造を分析し、「関係のない複数のネットワーク・クラスター間の構造的空 隙を structural hole と呼び、この間をつなぐ橋(bridge)を流れる情報に重複(redundancy)がな いほど、得られる情報は多様であり、つないでいる複数のクラスターから流れる情報を使って利 益を独占できるため、競争上優位である」としている(Burt 1992)。この構造的空隙はGranovetter の弱い紐帯に似ているが、Burtはつながりの弱さではなく、情報の重複がないことを重視した。
図1−2 Structural Hole と Bridging の概念図
注:Burt(1992) より筆者作成。
企業家は構造的空隙を発見し、ブリッジングして新たな事業を優位に始める機会を見出す人であ ると、Burtは述べている。
社会ネットワークに流れる情報の多様性は企業家活動において重要である。西口敏宏は、接触 頻度の高い緊密なネットワーク(=ご近所づきあい)の中でネットワーキングを図っても発展性 がなく、つながりの薄い「遠く」の世界(=遠距離交際)に架橋して、いかに冗長性のない情報 と機会を得るかが大切であるとしている(西口2007)。
この理論は、Watts の「スモールワールド・ネットワーク」理論を実証的に応用したものであ る。Watts は「ほかとは結合していない局所的なクラスターが存在しながらも、どの点にでも平 均してほんの数ステップで到達できるように結合しているネットワークの領域」を「スモールワ ールド・ネットワーク」と呼んだ(Watts 2004, p.93)。 局所的なクラスター内では、メンバー
食品業界
サービス 業界
電子機器 電機業界 業界 テキスタ イル業界
Bridge を架ける
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同士の結合は強いが、遠くの誰かとつながる機会はほとんどない。しかし、クラスター間にラン ダムなネットワークがつながると一気に「世間は狭く」なり、どの人へも到達可能となる。つま り、弱い紐帯の存在が、今までにない情報の接続や経営資源の組み合わせを促進することになり、
イノベーションや事業機会の創出に優位になることを示唆している。
このような「弱い紐帯」、「構造的空隙」、「遠距離交際」あるいは「スモールワールド・ネット ワーク」は、企業家にビジネスチャンスをもたらすだけでなく、資金調達にも有利に働く。Baker は、ベンチャー・ビジネスが、資金調達の希望者と投資家が構成している社会ネットワーク(=
ビジネス・エンジェルのネットワーク)を通じて投資家を探し、資金を確保しているという、あ る団体の調査結果を例示している(Baker 2000,p.12)。資金調達が弱いつながりのネットワーク からなされているという指摘は、Aldrichによってもなされている(Aldrich 1999,p.70)。
Aldrichはまた、多数の研究成果によって企業家活動における社会ネットワークの重要性や実態
を明らかにしている(Aldrich1999; Aldrich, Brickman Elam, & Reese 1997; Aldrich & Zimmer 1986; Reese & Aldrich1995 et al.)。Aldrichによれば、「創業期企業家の個人的ネットワーク−
直接つながっている人々の集合−は、彼らが社会的、感情的および物質的支援にアクセスする際 に影響を及ぼす。すべての創業期企業家は、彼らが持つ既存の社会ネットワークを利用し、組織 のために知識や資源を獲得する過程で新しいネットワークを構築していく。」(Aldrich 1999, p.68)。また、特に創業期に重要となる社会ネットワークの構造については、「創業期企業家にと って創業初期段階における資源の動員のためには、知らない人(stranger)との接触よりも強い紐帯 および弱い紐帯のほうがより必要となるかもしれない。その後、組織がある程度の安定性を達成 したときには、知らない人との距離を隔てた(スポット的な)取引関係や接触がより重要となる。」 としている(Aldrich 1999, p.69)。
事業をスタートする企業家にとって、見知らぬ人と取引関係を構築することはリスクが伴う。
同様に、創業期の企業家と取引を開始する既存企業にとっても、企業家の行動は予測不可能であ り、信頼できない。そこで、社会ネットワークを活用または構築し、強い紐帯を作ることで信頼 関係を築き、また取引先の意見やクレームなど、取引に有益な情報を得ることで、企業家は成長 発展していくことが可能である。強い紐帯はまた、創業チームの獲得にも役立っている(Aldrich 1999,p.71)。
Aldrich(1999)は、弱い紐帯や知らない人との取引についてはあまり重視していないが、紐帯の 多様性については、その必要性を評価している。
企業家活動と社会ネットワークに関する議論は、紐帯の強さやそこに流れる情報の冗長性(重 複性)だけではなく、企業家はネットワークを起業目的達成のための道具(instrument)として活 用しているのか、それとも企業家が所属する社会の文脈に埋め込まれている(embedded)のかとい う議論もある(Granovetter 1985,1992)。ネットワークを道具として活用するのであれば、関係は 短期的で実利的なものとなり、社会的文脈に沿ったものであれば、経営者は個人的ネットワーク を通じて、経済活動を行う。経済的取引は個人とは関係ないやり方で始まるかもしれないが、し ばしば経済とは離れた内容に変わっていく(Granovetter 1992)。個人的な信頼関係に基づく長期 的で強い紐帯のネットワークが築かれるのである。
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ネットワークの相手に着目し、社会関係資本の所在を組織の外部関係に置くか、内部的関係の 構造に置くかという議論もある。企業家活動は多くの場合、企業家一人で行われるのではなく、
経営チームによって実施される。もちろん、内部・外部どちらか一方の関係だけで企業家活動が 成り立っているわけではないが、内部の社会ネットワークにおける社会関係資本については比較 的研究成果が少ない。山田(2005)は企業家活動の初期における社内パートナーの存在と特徴、
外部ネットワーク構築や起業成果への影響を実証的に分析しており、貴重な成果を提供している。
企業家活動における社会ネットワークは、起業機会や競争優位そのものであるという位置づけ や、人材や資金の調達、取引先の確保、精神的支えなどをもたらすものという、重要な存在であ ることが先行研究からわかった。企業家活動における社会ネットワーク分析の視点は、誰(人、
組織)とどのような(ネットワークサイズ、関係の強さ、関係の長さ)関係を築き、そこから何 を(信頼関係、事業機会、事業アイデア、経営資源、心理的支援等)得ているかという構造分析、
あるいはネットワーク構築・維持活動の多寡と、経営成果との関連を明らかにするということで ある。またその理論的背景として、企業家は社会ネットワークを道具として活用しているのか、
あるいはそもそも個人的ネットワークを通じて経済活動を行っているのかという議論がある。
すでに多くの研究成果があるが、大枠の理論構築か、ネットワークの構造やネットワーキング 活動の中で分析対象を絞り込んだ研究がほとんどである。人と人とのネットワークは複雑であり、
外部からの観察が可能な部分と不可能な部分がある。特定の企業家に24時間、365日密着して観 察調査することはできないし、近年のインターネットの普及から、相互のやりとりは電子メール で行われることも多く、外部からは容易にはやりとりがわからない。企業家活動における社会ネ ットワークの実態を把握し、共通の構造や活用している社会関係資本を抽出しようと思うと、調 査項目を絞るか、回答者が答えやすいように質問を具体化して数値としてカウントしやすい設問 を設定することが必要である。
企業家は創業期にどのようなネットワークを活用し、それぞれのネットワークからどのような 経営資源や支援を得ているのか。企業家の社会ネットワークの実像に迫る研究が必要である。
② 地域、民族による企業家活動と社会ネットワークの差異
さらに企業家の構築する社会ネットワークの構造や特徴の差異が、ネットワーク間の競争優位 を決めるという観点もある。特定の地域や民族に存在する企業家の社会ネットワークが、他の地 域や民族のそれと比較して、企業家活動に有利に働く場合があるという研究成果である。
地域間比較については、ボストン近郊とシリコンバレーの企業家ネットワークの特徴を比較し たSaxenianの『Regional Advantage』(1994)が著名である。Saxenianは、外部からの新規 参入者を受け入れるオープンな文化が存在するシリコンバレーの方が、やや閉鎖的なボストン近 郊の「ルート128」周辺の企業コミュニティよりも、イノベーションの創出やベンチャー企業 の成長発展に有利であると述べている(Saxenian 1994)。彼女はさらに、シリコンバレーに集ま るイスラエル、台湾、中国、そしてインド出身の企業家のネットワークを分析し、それぞれの故 国の産業集積地域との企業家・投資家ネットワークを築くことにより、急速に変化する市場と技 術に対応した地域産業集積を構築することができたとしている。シリコンバレーは、諸外国出身
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の企業家の世界的なネットワークに組み込まれることとなった(Saxenian 2006, p.325)。
シリコンバレーは、変化が早い情報通信技術を中心とした産業集積であるが、集積における産 業分野が異なると、ネットワークの様相もまた変わってくる。企業家活動ではなく既存産業の集 積であるが、額田春華(2000)は大田区の金属機械産業の集積と、イタリア・ボローニャの自動 包装機等の集積を比較し、集積内企業間に流れる濃密な「場の情報」のやりとりと、柔軟な連結 関係が、他の産業集積にない柔軟な需要対応能力と難しい要望に応える高い技術力を生み、さら に集積内企業の心理的エネルギーを高めることにも貢献していると分析している(額田2000)。
大田区とボローニャの相違点は、外部需要を地域に搬入する役割を持つ企業にある。大田区で は需要搬入企業は自社も製造加工を行う小企業であるが、ボローニャでは集積周辺の専門企業が 行う。いずれの集積も、集積外部の主に大企業からの試作製造や難加工を請け負うことが多いが、
1社単独で受注するのではなく、発注内容に応じて必要な技術を持った複数の集積内企業と共同 で製造にあたる。このようなコーディネーションが可能となるのは、日ごろから互いの事業所を 行き来し、他社の加工方法などから相互学習する経験を有しているからである。大田区やボロー ニャの産業集積に立地する企業間には、「強い紐帯」の社会ネットワークが構築されている。「強 い紐帯」は情報の冗長性を生みやすく、閉じたネットワークになりがちである。そこに新しい情 報をもたらすのが、需要搬入企業であり、外部の発注元企業である。両産業集積の企業は特定の 企業の専業下請ではないため、こうした関係は「弱い紐帯」ということができよう。しかし、こ の「弱い紐帯」にアクセスしているのは、少数の需要搬入企業だけである。ここが、Saxenianの いう、シリコンバレーのようなオープン・ネットワークと異なる点であろう。
大田区やボローニャの産業集積内企業の行動は、狭い意味での企業家活動とは言えないが、企 業間の社会ネットワークの構造が地域産業集積の競争優位に与える影響を考察する際には、産業 分野を考慮する必要があることがわかる。
(3) 企業家活動と社会ネットワークに関する先行研究
企業家活動における社会ネットワークの重要性、有用性は、多くの研究者が指摘しているとこ ろである。特に創業期の企業家にとっては、強い紐帯、弱い紐帯など多様なつながり方の社会ネ ットワークを構築することが、経営資源の調達や取引関係の創成に不可欠であることがわかって いる。
それでは、実際に企業家が構築し、活用している社会ネットワークは、どのような構造、特徴 を備えているのだろうか。残念ながら、日本の企業家の社会ネットワークの実態を明らかにした 先行研究はほとんど見当たらなかった。そこでまず、外国の先行研究から、企業家の社会ネット ワークの特徴を検討する。
先に紹介した Aldrich は、企業家の社会ネットワークに関する実態調査や実証研究も多数行っ ている(Aldrich 1995,1997; Aldrich, Reese & Dubini1989; Aldrich, Brickman Elam & Reese 1997 et al.)。その中で興味深いのは、企業家が構築しているネットワークの数と、ネットワーク の経営への効果である。Aldrichが行った調査によれば、ほとんどの企業オーナーは3〜10の強 い紐帯のネットワークを持っており(Aldrich, Reese & Dubini 1989,Renhzulli, Aldrich & Moody
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2000)、他の研究者が行った調査でも、おおむね20以下の強い紐帯を持っていることがわかって
いる(Fischer 1982)。
また強い紐帯のネットワークのメンバーは、多くの場合、家族が1〜2割で友人が3割程度、残 りがビジネス関係の知人(同業者、取引先、顧客、弁護士、会計士、コンサルタント等)となっ ている(Aldrich 1995; Staber & Aldrich 1995 et al.)。
Aldrichらは、アメリカのノースカロライナ州リサーチ・トライアングル近辺に立地する企業オ
ーナーへの2回のパネル調査(1回目1990-91年実施、2回目1992年実施)によって、ネットワ ーク活動(ネットワークの構築と維持に費やした時間)と企業の存続および経営成果の関係を分 析している(Reese & Aldrich 1995)。その結果、電話による企業オーナーへのインタビューでは、
「ネットワーク活動は経営に良い効果をもたらす」という回答を得たものの、統計的分析の結果 からは、企業の存続および経営成果への有意な影響は見いだせなかった。この結果から、社会ネ ットワークが企業経営に対して全く影響を及ぼさないとは言えないが、ネットワークを構築した り維持するために時間を使うことそのものが、経営にプラスになる行動だとは言えない。調査方 法や調査項目に工夫が必要かもしれない。
より創業期の企業家活動に焦点を当てて、社会ネットワークの実態とそこから得られる経営資 源について分析した研究成果もある。Greve & Salaff(2003)は、企業家活動を、「動機付け」、「事 業計画」、「起業」の3つのフェーズに分け、「既存企業の買収・承継」を行った企業家と対比し、
それぞれにおけるネットワークの大きさ、ネットワークの構築に費やした時間、ネットワークの 維持に費やした時間を比較している。結果として、直接やりとりできるパートナーのネットワー クの平均サイズは、フェーズ1(動機付け段階)が8人、フェーズ2(事業計画段階)が14.7人、
フェーズ3a(起業段階)が12人、フェーズ3b(企業買収・承継)が12.3人であった。全体 の中位値は11.6人である。また、ネットワークメンバーに家族・親族が多いグループは、少ない グループに比べてネットワークサイズが小さい傾向があった。
ネットワーク構築に費やした週当たりの時間は、全体で6.15時間である。フェーズ2が最も長 く、フェーズ1が最も短かった。ネットワークの維持に費やした時間は、全体で6.13時間であり、
フェーズ2とフェーズ3でほぼ同じ時間であった。
結論として、企業家は起業プロセスにおいて、経営資源の調達のためにそれぞれの段階で社会 ネットワークを活用しているが、特に事業計画段階でネットワークのサイズやネットワークの構 築・維持に費やす時間が最大となり、起業後や事業買収・承継後は、ネットワークを重要で役に 立つメンバーのみに減員し、ネットワーク活動に費やす時間も減らしている(Greve & Salaff 2003)。
ネットワークの形態やメンバー、ネットワーク構築・維持活動ではなく、企業家個人がどのよ うにネットワークに参加し、他のメンバーとどのように交流し、そこから何を得ているのかとい ったネットワーク構造の実像を分析した研究成果もある。金井壽宏(1994)は、ボストンのマサ チューセッツ工科大学(MIT)と近郊の企業家コミュニティについて、定量分析よりも定性分 析を中心に、エスノグラフィックな研究手法でネットワーキングの実態に迫っている。
研究対象となったのは、MITエンタープライズフォーラムと、ニューイングランド地域小企
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業協会(The Smaller Business Association of New England=SBANE)のエグゼクティブ・ダイ アローグ会である。金井は前者を「フォーラム型」、後者を「ダイアローグ型」と分類した。フォ ーラム型は企業家にとって企業家活動に必要な情報、資源、支援へのアクセスや思いがけない意 外な発想やアイデアを広く得られるという便益を提供し、ダイアローグ型は企業家としての共通 の懸念について、同輩と深く対話することが便益となるとしている。企業家にとっては、いずれ も必要なネットワークの類型である。
しかし、企業家が構築する社会ネットワークをこれらの2種類にきっちり分類することは、実 際には難しい3。また、企業家が事業に必要な情報や資源を得たり、心理的な支援を受けたりする のは、企業家同士のネットワークからだけではない。同窓会などでも、仕事に有益な情報を友人 から教えてもらうこともあるし、親しい人には悩みも聞いてもらうだろう。ネットワークの類型 化も重要であるが、企業家を中心に据えて、企業家活動に有益なさまざまなネットワークの実態 を分析する研究が望まれる。とはいえ、社会ネットワークの分析方法として、内部に入り込んで 観察するエスノグラフィックな研究方法は、大変参考になる。
このように、国外の企業家活動における社会ネットワークの実態や活用に関する実証的な研究 は数多く行われているが、日本の企業家や企業オーナーを対象とした研究は極めて少ない。
Aldrichが企業家と社会ネットワークに関する国際比較研究を行っており、その中に日本の調査デ
ータも含まれている(Aldrich 1995; Aldrich & Sakano 1998)。Aldrichは日本の企業家や経営者 のネットワーク活動やネットワークから得ている支援は、特に諸外国と比べて大きく異なる点は ないとしている。しかし、日本の企業家ネットワークの実態が十分把握されているとは言い難い。
日本の企業家の社会ネットワークに着目し、比較的初期に実証分析を行っている数少ない研究 成果は、Hirata & Okumura(1995)である。この研究は、日本の企業家(創業者および事業承継者)18 人と企業勤務の経営管理者32人に対してアンケート調査を行ったものである。この調査によって、
日本の企業家は平均で 3.44のグループとネットワークを構築し、経営管理者の0.94と比較して 有意に多いことがわかった。また2つ以上のネットワークに参加している企業家は、「創造性」に おいて高いスコアを示した。企業家活動においてイノベーションの源泉となる創造性が、ネット ワーク活動と関連があることがわかっている(Hirata & Okumura 1995)。
直接的に日本の企業家とその社会ネットワークについて実態を把握した研究は、他にはほとん どない。少し対象を拡大すると、山田仁一郎が経営パートナーの有無と社外のネットワーク活動 の経営への影響を分析した論文がある(山田 2005)。山田は、1995年から1999年に開業した日 本の企業経営者に対するアンケート調査から、開業準備期から調査時点まで、組織の内外にパー トナーシップを持っているほうが、一定の優位性や活発なネットワークを生み出しているという 分析結果を得た。たとえば、社内外にパートナーのいる開業者は、社外活動時間が増加し、持続 的にネットワークを拡張させている傾向があった(山田 2005)。
Burtが指摘するように、企業家活動はクラスター間に Bridgingして構造的空隙を埋めること であり、山田(2005)の分析結果は社内に有力な人的資源を抱える企業家は、同時に社外での活 発なネットワーキング(=企業家活動)をも行っているということができる。このことは、社内 の分業体制がしっかりしており、社内の経営管理に係る業務を経営パートナーに任せることがで
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きるため、社外活動を行う時間が増加しているという見方もできる。企業家がどのようなネット ワークを持ち、そこからどのような経営資源や利得を得ているのかを、具体的に把握することが 必要である。
日本の経営者が構築する社会ネットワークの構造について、より客観的なデータを収集してい るのが、若林直樹(2006)である。社会ネットワークの構造と信頼関係について、電機メーカー A社と外注企業42社における外注品質管理に関するコミュニケーションの頻度と、外注企業から A社への評価の関係を調べている。その結果、両者のネットワークには強連結で凝集的な構造特 性があり、それが外注企業から発注企業に対して長期的・個別的・無限定的な互恵的関係を作り 上げる意図についての信頼性についての認識を強化していた。具体的には、外注企業と発注企業 の間の強い紐帯が見られるだけではなく、外注企業同士でヨコのつながりを持つグループの存在 が見られ、こうした外注企業グループは、発注企業とのネットワークしか持たない外注企業より も、発注企業の互恵的協力の意図についての信頼性を高くしていた(若林2006)。
この研究は、創業期の企業家の社会ネットワークを分析したものではないが、外注企業(その 多くは中小企業)の企業間ネットワークについて、電子メールや伝統的コミュニケーション(対 面接触、手紙、電話、ファックス)による連絡の頻度を分析し、これを紐帯としてとらえるとい う分析手法に新規性がある。この手法によって、発注企業との関係だけでなく、外注企業間にも 紐帯が存在することが明確になった。ただし、このコミュニケーションの頻度は外注品質管理に 関する内容のものに限定されていることから、組織対組織全体の関係をとらえたものとは言えな い。また発注企業と外注企業との関係であるから、強連結で凝集的になることは必然である。他 のネットワーク(たとえば、インターネット上のバーチャル市場に参加しているメンバー間のネ ットワークなど)との比較において、強連結、凝集的かどうかを判断すべきではないか。さらに 信頼性構築との関係も、長期的取引によって培われたものかもしれない。
企業家活動と社会ネットワークに関する先行研究から、①企業家はおおむね20以下の社会ネッ トワークを有していること、②ネットワークのメンバーは仕事関係の知人、友人、家族・親戚が 大半を占めること、③ネットワークの構成メンバー数や構造(紐帯の強さ)などは多様である、
④企業家の社会ネットワークは企業家活動の段階によってサイズや構造が異なる、⑤企業家がネ ットワークの構築や維持に費やす時間は企業家活動の段階によって異なるが、短期的な経営成果 への影響は不明である、ということがわかった。これらは質問紙調査や電話インタビューによる 調査がほとんどであり、それぞれの研究における調査項目もかなりターゲットを絞っている。そ のため、個々のネットワークの構造と、そこから得られる経営資源や各種の支援の内容など、具 体的に企業家活動に役立っている内容については、全体像が見えてこない。
残念なことに、このような実証的な研究において、日本の企業家を対象として行った研究は極 めて少ない。多国間比較で日本のサンプルも分析されている研究が多少あるが、調査項目は非常 にシンプルであり、前述のような個別のネットワーク構造とそこから得られるものが不明である。
本研究では、日本の企業家を対象として、創業期において活用されているネットワークの種類、
構造、そしてそこから得られた経営資源、支援等を明らかにしていくことには意義がある。