イギリス会社法制における 取締役会議長の役割
謝 芸 甜
はじめに
取締役及び取締役会は、コーポレート・ガバナンスの中心的な存在であ る。各国の企業統治改革の中で、取締役会改革にかかわる側面が最も重要な 位置を占めてきたのもそのためである。
はじめに
一 イギリスの取締役会 二 取締役会の監督機能の強化 1 キャドベリー報告書
2 グリーンベリー報告書 報酬の決定についての監督 三 取締役会の戦略策定機能の強調
1 ハンペル報告書 2 1998年統合規範 四 取締役会機能向上の再検討 1 ヒッグス報告書 2 2003年の統合規範
五 取締役会の果たすべき役割と議長の役割 1 経営の監督
2 戦略策定機能 終わりに
コーポレート・ガバナンスにおいて、イギリスは指導的役割を果たしてき た。イギリスの The Combined Code(以下、「統合規範」と訳す)やコーポ レートガバナンス・コード(以下、UKCGC)については、日本でもすでに 詳細な研究がなされてきたのは、その先駆性ゆえであろう。日本の企業統治 改革においてもイギリスの制度は大いに参考にされてきた。しかし、イギリ スの取締役会議長 Chairman(以下、「議長( 1 )」と訳す)の役割などについて は、いまだ十分な研究がなされてこなかったように思われる。イギリスでは 取締役会の機能と実効性の向上において、取締役会の責任者としての議長に 期待される役割が大きいとされている。しかし、その役割は取締役会の改革 と共に変化しており、その変遷を辿り取締役会議長がどのような役割を担う ものとされてきたかを知ることは、これからの日本の企業統治改革の議論に 資することになると思われる。
イギリスの近時の企業統治改革の嚆矢として著名なキャドベリー報告書を 始めとして、イギリスでは、議長職と CEO の分離理論、いわゆる取締役会 の運営と執行権限の分離理論に対する勧告がなされてきた。業務の執行権限 は CEO が有するが、取締役会の運営権限は議長が有するという分離理論で ある。そして、その議論の前提として、取締役会の役割が絶えず問われてき た。取締役会の責任者としての議長の現在の役割は、一連の報告書において 取締役会の役割が明確化されてきたことの成果でもある。
上述のキャドベリー報告書において、議長に期待される役割が初めて明示 的に勧告された。その後、取締役会および non-executive director(以下、
非業務執行取締役と訳す)の役割を強化するためのヒッグス報告書に至り、
非業務執行取締役を機能させることについて重要な役割を有するものとして 議長の役割が明確にされた。そのことは、今日まで踏襲されている。議長は 文字通り取締役会の代表者であり、取締役会の役割を実践する役職である。
取締役会の実効性が会社発展のための推進力であり、取締役会の議長の機能 を高めることこそがその実効性向上のために必要であるとされている点で
は、変わりがない( 2 )。本稿は、イギリス会社法制における取締役会議長の役割 の変遷を整理し、取締役会の果たすべき、主に監督と経営戦略策定とのかか わりにおいて、議長の役割を明らかにしようとするものである。
一 イギリスの取締役会
イギリスのコーポレート・ガバナンスの特徴は、その柔軟性と絶え間な い改善のプロセスにある。それは、会社法をはじめとするハードローと、
UKCGC などのソフトローの組み合わせに基づいている。ソフトローは、ハ ードローの規制が及ばない事項を補完する形で機能し、コーポレート・ガバ ナンスの柔軟性にとって不可欠の仕組みとなっている。
イギリスの株式会社の経営組織について、制定法である会社法は、全て の株式会社に株主総会と取締役の設置を義務付けている。しかし、会社の 業務執行・運営組織に関する規定や株主総会と業務執行組織との間の権限 分配に関する規定は会社法にはほとんど設けられていない。その欠落部分 は、UKCGC が規定し補完している。要するに、機関設計の在り方と権限の 分配はほとんどがソフトローによって定められているのであって、それも comply or explain(以下、「遵守又は説明」と訳す)原則の適用のもと、機 関設計が柔軟に行えるようになっているのである。
UKCGC においては、上場会社について、取締役会の設置と非業務執行取 締役の選任が要求されている。イギリスでは、株主総会があらゆる権限を有 しており、取締役会は法定機関として要求されておらず、定款(article of association( 3 ))に基づいて設置される任意機関と位置付けられている。上述 したように、取締役会の構成、株主総会と取締役会との間の権限分配につい ては、株主の私的自治を尊重するとの理解から( 4 )、会社法には詳しい規定が設 けられていない。この伝統を改めるという議論はあまりないようである。
取締役は企業の経営を委任されている者である。会社法上、「取締役」の 概念は実質的に判断され、名称の如何を問わず取締役の地位を占める者を含
む、と定められている(2006年会社法250条)。他方、取締役会は法定機関で はなく定款上の機関である。取締役会を設けたときは、取締役会の権限につ いては定款に定められることになっているが、 モデル定款を示す Companies
(Model Articles) Regulations 2008(以下、「2008年企業(モデル定款)規 則」と訳す)の附則 3 、公開会社向けモデル定款 3 条では、「定款に従い、
取締役は会社の事業の管理に責任を負い、その目的のために取締役は会社の すべての権限を行使することができる。」と定められている。後に詳述する ように、この条項は複数形の取締役(directors)による会社経営を想定し た規定であり、厳密には、取締役会という会議体に広範な業務執行の権限が 帰属するわけではない。しかし、「取締役集団」は会議体形態で権限行使す ることが常態(原則)となっており、実際の業務執行を取締役会(取締役集 団) の構成員の中から選ばれる取締役 (業務執行取締役 (executive director))
に集中させることができる(取締役会から見れば権限の委譲。UKCGC は取 締役会を想定した規定を設けているのは前述した(2008年企業(モデル定 款)規則の附則 3 、 5 条))。そして、「取締役(会)」の権限の一部は、さら に取締役で構成される委員会に委譲することができる(2008年企業(モデ ル定款)規則の附則 3 、 5 条)。業務執行取締役に業務執行権限を委譲した
(集中させた)取締役会は、その後は、主に業務執行を監督する監督機関と して機能する( 5 )。このような権限分配が定められる定款規定を設ける株式会社 が、イギリスでは一般的であると考えられている。
取締役会の内部は、取締役は経営権を委譲された業務執行取締役と主とし て監督機能を担う非業務執行取締役に区別されている。取締役会に業務執行 機能と監督機能の異なる取締役が併存する取締役会制度は一層制取締役会制 度と呼ばれるが、この取締役会という制度は既に述べたように、会社法(ま たはその他の法律)が要求するものではなく、会社実務の産物にすぎない。
一層制取締役会は、業務執行機能と監督機能を併有しているため、自己監 査の構造を持つ。それゆえ、業務執行者に対する監督機能が弱まる危険性が
ある。そこで、イギリスでは一層制取締役会の欠点を是正するために、1990 年代に入り、多くの報告書が公表され、取締役会の監督機能が強調されて( 6 )、 取締役会の実効性の向上が進められてきた。
このように、取締役会の機能からみれば、現行のイギリスにおける取締役 会は業務執行機能と監督機能が混在しているが、取締役会の内部で業務執行 と業務執行の監督を担当する取締役が分かれることで、その執行と監督の分 離がある程度実現しているといえる。
二 取締役会の監督機能の強化
1 キャドベリー報告書
1980年代後半から1990年代初頭にかけ、イギリスでは、企業の不祥事が相 次いだ。それらは株式公開会社において起こった不祥事であり、企業が公表 する財務情報の正確性に対する国民及び市場の信頼は大きく損なわれた。ま た当時、国際的な資本移動の進展が世界各国の企業活動に影響を及ぼし、資 金提供者に対するアカウンタビリティーの重視が企業への規律として作用す るようになっていた( 7 )。
そのような背景のもと、イギリスでは、1991年 5 月、証券取引所、企業、
投資家の代表者からなる「コーポレート・ガバナンスの財務的側面に関する 委員会(通称『キャドべリー委員会』)」が設置され、報告書が取りまとめら れた。その報告書において、前述の企業不祥事は、創造的会計に代表される イギリス会計基準の柔軟性を抜け道とした会計手法の濫用的使用や、特定人 物の独断専行による経営の破綻が原因であると指摘された( 8 )。当初、同委員会 は、創造的会計等により一般大衆の信頼が得られていない状況にあった財務 報告及びアカウンタビリティーの改善に焦点を当てたものであったが、委員 会活動中に、BCCI やマックスウェル事件が発生したため、計算書類に対す る取締役会及び会計監査人の役割についても委員会の検討課題として付け加 えられることとなった。
キャドベリー報告書は、イギリスにおける取締役会に対する主要な批判は 取締役会が会社を統制していないからであるとし、それにより世界市場にお けるイギリス企業の占有率は低下し、また、会社の不正や大企業の倒産にお いて、取締役会が事態の深刻さを軽視し、業績の低迷を止めることができな かった、と述べている( 9 )。企業不祥事を背景にしたイギリス企業の自助努力に 限界を感じたのか、キャドベリー委員会は、自らの勧告を実践するために、
好ましい会社の行動基準について定めた「最善慣行」を作成し公表した。
( 1 )アカウンタビリティー
キャドベリー報告書は、取締役会の株主に対するアカウンタビリティーを 強調する。
株主と取締役会との間の関係は、株主が取締役を選任し、取締役が株主に 対して受託責任に関する報告をし、株主が取締役の作成した財務諸表に関し て外部的なチェックを行うために監査人を任命する、という形が想定され る。企業の所有者たる株主が自らに代わって事業を営む取締役を選任し、取 締役に事業の進展についてのアカウンタビリティーを負わせる関係があるわ けである(10)。キャドベリー委員会は、コーポレート・ガバナンスの問題は株主 に対する取締役会のアカウンタビリティーをいかに強化するかということで あると捉えている。
キャドベリー委員会は、株主に対する取締役会のアカウンタビリティーの 実現について検討し、いくつかの提案を行った。最終的には、株主も取締役 会も共に、いかにすれば株主総会の有効性を高めることができるか、およ び、その結果として、株主全員に対する取締役会のアカウンタビリティーを 強化することができるかを考えなければならないというのが結論であった。
考えられる方策として、「株主総会で質問をする機会を与えることに加え て、株主総会に先立って、文書による質問を株主が送付することができるよ うに年次報告書の様式を定めること、および、株主総会終了後、株主全員に 対して年次株主総会において提起された論点の簡潔な要約書を配布すること
がある。また、年次報告書および半期報告書以外に取締役会が株主と接触を 保つ方法も考慮されよう(11)」と勧告されている。キャドベリー委員会は、開示 を強調している。取締役会が上記の考えに沿って株主との関係を改善する方 法を試みること、および、株主が同じ目的に向かって取締役会に対して提案 を行うことも推奨した。ここにおいて、取締役会の責任者としての議長が注 目された。すなわち、議長は当然に株主に対する取締役会のアカウンタビリ ティーを実現できる上述の方法を推進しなければならないものとされたので ある。加えて、「取締役会は、株主に対してアカウンタビリティーを負うと ともに、両者はかかるアカウンタビリティーを有効なものとする際に、それ ぞれの役割を果たさなければならない。取締役会は、株主に対して提供する 情報の質を高めることにより、また、株主は、所有者としての責任を積極的 に履行することにより、それぞれ自己の役割を果たさなければならない(12)」と 勧告されており、議長は取締役会による株主への情報提供などにおいても重 要な役割を果たすことが期待されたのである。
( 2 )議長に期待される役割
キャドベリー報告書において、健全なコーポレート・ガバナンスを達成す るに際して、取締役会議長の役割は重要なものであると位置づけられてい る。議長は、取締役会の運営、取締役会と株主の承認の下に取締役会の構成 員の均衡を保つこと、関連する問題がすべて議題として取締役会に取り上げ られるようにすること、および、すべての取締役が、業務執行取締役も非業 務執行取締役も同様に、取締役会の活動においてその役割を十分に果たすこ とができ、また果たせるようにすること、これらに対して、第一義的責任を 負っているとされる(13)。また、議長は、非業務執行取締役が、取締役会で生じ ている問題に関して概要を適切に把握し、取締役会構成員として実務上、有 効な役割を果たすことができるように、彼らの要求に見合う適切な情報が適 時に受領されているかどうかを確かめなければならないとされる。同様に、
業務執行取締役が、業務に関係する職務範囲を越えて目を配り、ガバナンス
の責任を最大限に分担するようにすることも、議長の任務であるとされる(14)。 したがって、議長は取締役会の運営において全般の責任を負うのである。
議長は取締役会の責任者として、議長の意思表示は取締役会の意思表示であ り、取締役会の役割は議長により実現されなければならないとされる。もっ とも、キャドベリー報告書は、取締役会の監督機能の向上を中心としたた め、取締役会の戦略策定機能については、若干は触れるものの、議長のその 点での役割は明確化されなかった。この点が後に触れるヒッグス報告書など との違いとなっている。
( 3 )監督機能
コーポレート・ガバナンスの第一義的な責任は、株主から委託を受ける取 締役(会)が負う。
①議長と CEO の役割の分離
キャドベリー報告書は、「いかなる個人も決定を左右する力を持つことの ないように、権力と権限の均衡を図る企業幹部の責任の分担が明確な形で周 知徹底されるべきである。取締役会議長が CEO を兼任する場合には、適格 な上級の独立した非業務執行取締役を置き、取締役会に強力かつ独立的な要 素を持たせることが重要である(15)。」と勧告した。このように、議長の役割の 重要性と特定の性質を考慮した上で、原則として議長と CEO とは分離すべ きであるという勧告が出されたのである。この議長と CEO の役割分担が同 報告書を特徴づけるものの 1 つであると考えられる。
業務執行に対する有効な監督を実現するうえで、監督者が監督される対象 としての経営陣と同じ程度の力を有していなければならないとすることに異 論はない。議長と CEO を分離させ、議長に非業務執行取締役を統率させ、
CEO が率いる経営陣を監督させるには、議長に CEO と対当できる能力が 備わっていなければならないのである。特に、取締役会の監督機能の発揮に とって非業務執行取締役の存在が重要であることからすれば、議長は、その 非業務執行取締役の監督権限の行使を円滑に行えるようにする役割があると
考えられる。しかし、実務上、そのような人材が得られるかどうかは、難し い問題であり、CEO と議長が兼任するケースが少なくなかったように思わ れる。上に引用したように、少なからず、「取締役会議長が CEO を兼任す る場合」が想定され、その場合に、監督機能の充実を期して「上級の独立し た非業務執行取締役」 の設置を要求せざるを得なかったともいえるのである。
②取締役会の構成員の均衡を保つこと
公開会社は、事業活動を指揮かつ統制しうる有効な取締役会により方向づ けられるべきである。イギリスの一層制取締役会の下では、取締役会は議長 の下で、事業に精通した業務執行取締役と、企業の活動に幅広い見識を提供 することのできる社外の非業務執行取締役の組み合わせにより構成される(16)。 株主は、取締役会の構成員を選任する権限と責任を負っており、自己の企業 の取締役会が適切に構成され、いかなる個人にも支配されていないことを確 かめることは彼らの関心事である(17)。取締役会の構成員のバランスが保たれて いて想定通りに有効に機能するならば、キャドベリー報告書が構想したコー ポレート・ガバナンスの充実策は成功したといえるであろう。したがって、
取締役会の構成員の均衡を保つことが重要となり、CEO を兼任しない議長 または非業務執行取締役が一定の取締役会の構成員の指名権限をもつべきで ある、ともされるのである。キャドベリー報告書は「指名委員会は、非業務 執行取締役が委員の過半数を占めるものでなければならず、取締役会議長ま たは非業務執行取締役のいずれかを委員長とすべきである(18)」 と勧告している。
③取締役の職務遂行状況の評価
取締役会および業務執行取締役の職務遂行状況に対する検討・評価は、非 業務執行取締役による監督機能の観点からは、重要な作業である。そして、
議長は、そのような非業務執行取締役の職務執行状況を監督する。しかし、
議長は、同時に、非業務執行取締役からの意見等を集約すべき役割を担うと される点に注意しなければならない(19)。非業務執行取締役らの意見の代弁者と しての機能にも期待されているのである。
2 グリーンベリー報告書 報酬の決定についての監督
1980年代後半から、経営者市場において有能な経営者の獲得には高額な報 酬の提示がしばしば必要とされ、他方で、取締役の報酬の大幅な上昇と過剰 報酬に対しては社会的批判が高まった。1995年 1 月には、水道・エネルギー など民営化企業経営陣の高額報酬問題が顕在化したことから、経営者団体 の英国産業連盟(Confederation of British Industry:CBI)の委託を受け る形で、「経営者報酬に係るスタディグループ(通称『グリーンベリー委員 会』)」が設置され、1995年 7 月に報告書が公表された。同報告書は、取締役 報酬の決定方法の見直し、報酬に係る情報開示の改善を提言した。
グリーンベリー報告書は、イギリスのコーポレート・ガバナンス構造に重 大な展開をもたらした。特にガバナンス過程における独立した非業務執行取 締役の重要性を再確認した点と、全企業は報酬委員会を持つべきであると勧 告した点である。後者の勧告によって、業務執行取締役から報酬問題の支配 権を奪うことを目指したのであるが(20)、取締役会議長は、報酬委員会の構成員 として重要な役割を担うこととなった。もとより、その中立性を確保するた めに、当人が平素の企業経営に関与しているかまたは当人自身の報酬につい ての規程が何らかの利害の対立を伴う場合には、報酬委員会の委員長の職を 務めるべきではないとされる(21)。しかし、議長の監督機能の一環として、取締 役会議長は報酬委員会の提案、特に CEO の報酬に関する提案について助言 する義務があるともされている(22)。
報酬委員会を設ける意味からすれば、業務執行取締役が、報酬委員会の委 員になるべきではない。しかし、取締役会議長および / または CEO は、他 の業務執行取締役の職務執行状況について検討し、必要な場合には提案をす るため同委員会の会議に出席が求められる場合がある(23)。また報酬委員会は、
その職務を果たすために、CEO の評価について他の非業務執行取締役に助 言を求めることがある。それらは報酬委員会の中立性・独立性を損なうもの
ではない。
三 取締役会の戦略策定機能の強調
1 ハンペル報告書
上記の二つの報告書の勧告がどの程度実現しているかを検討し、どのよう な改善が必要であるかを勧告するために、1995年11月に「コーポレート・ガ バナンスに関する委員会(通称『ハンペル委員会』)」が設置された。そこで は、財務報告や役職員の報酬問題に関する見直しを含むコーポレート・ガバ ナンスに係る幅広い議論が行われ、1998年 6 月に最終報告書が公表された。
キャドベリー報告書とグリーンベリー報告書は、公開会社の事業活動、取 引関係、報酬、コーポレート・ガバナンス体制について多くの情報を開示す ること、つまり、アカウンタビリティーの強化を強調していた。これに対し て、ハンペル委員会は、キャドベリー報告書とグリーンベリー報告書に対す る後述の批判(24)に応え、「健全なコーポレート・ガバナンス」の策定に注力し た。すなわち、ハンペル報告書においては、先行する報告書が推進しようと してきたアカウンタビリティーの強化に対して、会社事業を繁栄させるとい う目的を弱める可能性があることが批判され(25)、アカウンタビリティーの強化 と会社事業の繁栄を調和させることが目的であるとされたのである(26)。取締役 会の機能という点では、監督機能に加え、戦略策定機能をも重視する姿勢を 示した点にこの報告書の特徴がある。このことが議長の役割にも変化をもた らした。
( 1 )アカウンタビリティー
株主に対するアカウンタビリティーについて、ハンペル委員会は、キャド ベリー委員会の原則に沿っている。そして、具体的な方法として、「株主総 会において合理的な議論の時間を認めるだけでなく、しかるべき場合に、議 長は、即座に回答できない重要な質問に対しては、文書による回答を検討す べきである(27)」と勧告している。
( 2 )監督機能
①議長と CEO の役割の分離
議長と CEO の役割の分離についても、ハンペル委員会はキャドベリー委 員会の原則に沿っている。しかし、取締役会議長と CEO の 2 つの職務の違 いをさらに明確化した。すなわち、議長について、「取締役会議長は、取締 役会の運営、取締役会と株主の承認の下に構成員の均衡を保つこと、およ び、すべての取締役が、業務執行取締役も非業務執行取締役も同様に、取締 役会の活動においてその役割を十分に果たすことができるようにすることに 対して、第一義的責任を負っている(28)。」と先に述べたキャドベリー報告書の 議長の役割と責任を確認する一方で、CEO の任務については、企業を経営 することおよび取締役会が採択した方針と戦略を遂行することであると明示 したのである(29)。
②独立性を有する非業務執行取締役設置の義務化
キャドベリー委員会が、取締役会議長と CEO の役割が兼任される場合を 前提に、その場合は、適格な上級の非業務執行取締役をおき、取締役会に強 力かつ独立的な要素をもたせるべきであると勧告していた(30)のに対して、ハ ンペル委員会は、取締役会議長と CEO の役割が分離されることを前提に、
精力的で独立性を有する非業務執行取締役(vigorously independent non- executive directors)が必要であるとの見解を示している。そして、非業務 執行取締役は、取締役会議長または CEO 以外の者を通じて取締役会に対し て懸念を伝えることが必要な場合がありうるとし、取締役会議長が取締役会 に非業務執行取締役の懸念等を伝える役割をもつことが提唱されたのであ る。加えて、このような不測の事態に対処するために、ハンペル委員会は、
懸念を表明するルートとなる上級の独立性を有する非業務執行取締役(たと えば、取締役会議長代理または報酬委員会の長)を年次報告書において明ら かにしておくべきである、とも勧告する(31)。
もっとも、ハンペル委員会では、独立性を有する非業務執行取締役は、こ
の目的において特別の責任あるいは独立性を備えた指導的役割が求められた わけではない。この点は注意しなければならない。独立性を有する非業務執 行取締役は、懸念を伝える役割のみを有し、それ以外の役割がないというこ とである。この独立性を有する上級の非業務執行取締役は「上級独立非業務 執行取締役 senior independent director」(以下、「上級独立非業務執行取締 役」と訳す)と呼ばれるようになった。
③取締役会の構成員の均衡を保つこと
取締役会の構成員の均衡についても、ハンペル委員会はキャドベリー委員 会の原則を踏襲する。しかし、ハンペル報告書は、取締役会に業務執行取締 役と非業務執行取締役の人数上のバランスを維持すべきであると勧告してい る。そして、その目的が、個人だけではなく、個人の小さなグループが取締 役会の決定を支配することがないようにすることにある点を明確にしてい
(32)る
。今日、コーポレート・ガバナンスで強調される取締役会の多様性に対す る勧告も行っている点もまた、この報告書の特徴の 1 つである(33)。
( 3 )戦略策定機能
キャドベリー委員会が提唱した非業務執行取締役の存在は、ハンペル委員 会においても非常に有益なものであると認識されていたが、その意図しない 副作用として、監督機能が過度に強調されてきたことによる取締役の積極的 なリーダーシップの発揮や業務決定に参与する機能の低下が批判された(34)。 非業務執行取締役は、企業の戦略展開に貢献するために取締役に任命され る場合が少なくない。その現実を踏まえ、ハンペル委員会は、非業務執行取 締役が戦略策定機能と監視機能の両方を備えるべきであるということが一般 的な認識であるとし(35)、企業の利益を促進するために団結力のあるチームとし て、業務執行取締役と共に企業を経営することができるような存在にすべき であると説いた。
イギリスの20世紀初頭の会社法に関する文献には、「会社の取締役は、コ モン・ローの原則上、取締役会により行為しなければならない。……附属定
款の規定は、取締役会についての定足数を定め、または、取締役が定足数を 定めることができるとしている。すなわち、取締役が取締役会として行為 し、集団としての取締役に付与された権限を行使するためには、所定の数の 取締役の出席が必要である(36)。」との記述がみられる。つまり、権限を付与さ れているのは、取締役会ではなく、取締役集団であるという理解である。こ こに「取締役集団」とは取締役の集合体を意味し、取締役による会議体が取 締役会であるので、厳密には取締役集団と取締役会とは区別すべきである。
しかし、取締役集団は、「コモン・ロー上」取締役会として活動するのを原 則とするため、取締役集団と取締役会との区別は、沿革上の理由に基づくも のにすぎない(37)。現に、英国の基本書でも、両者を厳密に使い分けてはいない
(38)し
、UKCGC では「取締役会」の語のみが用いられる。
すべての取締役は、取締役会の行為および決定に対し、等しく法的責任を 負っている。取締役の中には、業務執行取締役として、取締役会に対して業 務執行に関するアカウンタビリティーを負っている者がいるかもしれない が、業務執行取締役であれ、非業務執行取締役であれ、個々の取締役が特定 の職務を遂行しているか否かにかかわらず、その義務を果たしていることを 保証するのは、取締役会全体である。
それゆえ、取締役会メンバーに課せられる義務と責任は各取締役において 同じであり、議長は業務執行、非業務執行を問わず、すべての取締役会メン バーが平等の立場で取締役会での議論に参加するよう確認しなければならな いとされる(39)。
また、本質的には、取締役会の目的は CEO を可能な限り支援することで あるが、その支援の一面として、CEO との忌憚ない議論の場を持つことで あると考えられる。CEO は自らの職務を全うする方法について相談できる 相手が必要なのである。CEO は、取締役会のことを、監視者や報酬の支払 人としてではなく継続的に利用可能な相談と支援の源であるとみなすべきで あるともいわれる(40)。こうなると、取締役会のメンバーはすべて CEO の相談
相手ということになり、円滑な議論・相談が行えるような環境整備等も、議 長の能力に依存することになる。ここに、議長は、各取締役が議論参加して 十分発言できたと満足させられる状況を作り出し、同時に、議論が焦点から ずれないよう統制しなければならないという職責を負うことになったのであ
(41)る
。
議長が CEO を兼務している場合、事前の経営執行委員会で討論した事案 を取締役会で再び繰り返すことを避けようとする感情に駆られる危険性があ
(42)る
。その場合、取締役会での審議が尽くされるようにする工夫が特に必要 になると考えられるが、議長が CEO である場合には、その者に有利な議事 運営を抑止することは難しいかもしれない。そのように考えると、議長と CEO の役割の分離はますます不可欠であるということになる。
キャドベリー報告書において勧告されたように、議長は、非業務執行取締 役が有効な役割を果たすことができるように、彼らの要求に見合う適切な情 報が適時にその者の手に渡るようにする義務がある(43)。このような必要情報を 提供するためには、議長は経営陣に深く関わることも必要であり、フルタイ ムの議長がイギリスの大規模会社に多数いるのはそのためであろう。しか し、このような経営陣との深いかかわりあいは、議長に要求される独立性を 損なうおそれを伴う。こういった問題を解消するために、上述した上級独立 非業務執行取締役の設置が提唱されたともいえるのである。
2 1998年統合規範
ハンペル報告書が公表されるのと同時に、これ以前の三つの報告書の勧告 と最善慣行規範を 1 つにまとめ、1998年 6 月に、統合規範が公表された。ハ ンペル報告書の内容は統合規範に反映されている。
四 取締役会機能向上の再検討
1 ヒッグス報告書
2001年から2002年に掛けてのエンロンやワールド・コム等の企業破綻は、
コーポレート・ガバナンスについて重大な問題提起を行った。非業務執行取 締役の有効性と監査機能について深刻な疑義が呈されたのである。
特にエンロン事件では、非倫理的で詐欺的な行為を発見することが困難で はなかったにもかかわらず、非業務執行取締役及び外部会計監査人は、その ような行為に注意を払っていなかった。また、会社経営者に過失ある行為や 時には詐欺的な行為があっても、非業務執行取締役は、それらの行為を監督 しきれなかった。その結果として、アメリカでは、2002年 7 月30日に会社の 情報開示及び財務報告書類の作成手続の正確性及び信頼性を確保することを 目的とした、通称サーベンス・オクスリー法 (Sarbanes-Oxley Act:Public Company Accounting Reform and Investor Protection Act of 2002)が成 立した。
このようなアメリカの状況を受けて、イギリスでも2002年 4 月に、DTI
(Department of Trade and Industry) が ヒ ッ グ ス 委 員 会(The Higgs Committee)を設置した。同委員会は、2002年 6 月に諮問文書を公表して パグリックコメントを経て、2003年 1 月に報告書を公表した。その報告書 は、2001年11月のエンロン事件を教訓とし、またイギリスのコーポレート・
ガバナンスの現状を踏まえ、取締役会および非業務執行取締役の役割を中心 に、統合規範などの修正を勧告したものである。
ヒッグス報告書における提案の主眼は、独立の非業務執行取締役の員数を 引き上げることと、その職務の重要性を高めること、そして、取締役会議長 の役割を高めることにあった。ヒッグス報告書による統合規範の改正提案に ついては、すぐに各方面から様々な意見が表明された。その中で、特に重 要なのは、取締役会議長と CEO の地位が分離されたことを踏まえ、退任し て間もない CEO が同じ会社の取締役会議長に就任すべきではないこと、ま た、取締役会議長は自らを指名する権限を持つ指名委員会の長を兼ねること ができないといったことである(44)。
議長は、取締役会の内外を問わず、取締役会全体および個々の非業務執行 取締役の有効性の条件を設定する上で極めて重要な存在である。したがっ て、ヒッグス報告書は非業務執行取締役の役割を検討する前に、議長の役割 を検討している。
議長の役割は、他の非業務執行取締役および業務執行取締役の役割とは大 きく異なり(45)、会社が直面する課題、その規模と複雑さ、およびその事業の性 質によって形作られる。会社ごとに違いがあるということである。ヒッグス 報告書の付属書類Dは、そのような議長のためのガイダンスとして設けられ ている。
また、ハンペル報告書で既に説かれていた議長の役割は、ヒッグス報告書 では、非業務執行取締役の役割と違うことがより明確にされた(46)。大手企業で は、議長職は、ほぼフルタイムのエンゲージメントにならざるをえない状況 となった。さらに、議長は取締役会の運営に最終的な責任を負うものとさ れ、その存在意義が高まった。
( 1 )アカウンタビリティー
ヒッグス報告書はまた、 議長の架け橋的機能に注目し、 その点を強化した。
第一に、大株主との対話である。取締役会の議長は、監査、報酬および指 名委員会の長が株主総会での質問に回答できるように、またすべての非業務 執行取締役が出席できるように配慮する必要がある(47)と勧告された。CEO が 大株主と定期的に連絡を取ることは一般的な慣習であるが、議長もその会談 に参加することが多い。このような会談を通じて、取締役会のメンバーは、
会社の大株主の見解、懸念について明確な洞察を得ることができる。それと 同時に、大株主らも幅広い経営問題への理解をより一層深めることができる のである(48)。
第二に、株主からの声を取締役会に反映する役割である。議長は、従前の ように一方的に株主総会に情報を提供して説明することが求められるのでは なく、むしろ株主から提起された主要な懸念を取締役会に対して常に通知す
る必要があるとされた(49)。 ( 2 )監査機能
①非業務執行取締役を機能させること
ヒッグス報告書では、議長が非業務執行取締役の責任者であることを一層 明確にした。議長は、非業務執行取締役の再任の決定(50)と辞任の申出の受領(51)、 報酬のレベルの決定(52)、及び会社の運営方法や取締役会によって提案された行 動方針について真の懸念の対応(53)について関与する義務があるものとされた。
議長の非業務執行取締役に情報を提供する義務について、議長は、会社の 秘書役の支援を受け、どのような情報が必要かを評価する必要がある(54)と勧告 された。すなわち議長は、非業務執行取締役が要求する情報を、要求を受け てから提供すること以外に、自身が必要だと思う情報を自発的に非業務執行 取締役に提供することが求められたのである。それは、非業務執行取締役が 企業の経営から離れており、経営の状況について詳細な把握ができないこと から、自身が要求する以外の重要な情報を把握できないおそれを回避するた めである。
非業務執行取締役は、非業務執行取締役となった会社の仕事に要する時間 を確保できるようにするため、他社の役員との兼任に状況につき、その性質 と範囲を議長に情報提供しなければならないとされた(55)。非業務執行取締役 は、在任期間中は常に、他社役員との兼任状況(その会社の役員の職務に費 やす必要のある時間を含む)を議長に通知する必要がある。そして、非業務 執行取締役は、非業務執行取締役を務める当該会社の職務遂行状況に影響を 及ぼすおそれのある他社の役員との兼務内容の変更について、議長に通知す る必要がある(56)。
②取締役会の実効性評価
取締役会の実効性評価は、取締役会をより効果的に管理するための情報と 自信を議長に与える。これは、議長が取締役会の長所と短所を特定して、短 所に対処し、取締役会が将来に向けて適切なスキルのバランスを持っている
かどうかを検討するのに役立つ(57)。取締役会、その委員会、および個々の取締 役の実効性評価は、少なくとも年に 1 回実施する必要がある。議長は、取締 役会の長所を認識し、短所に対処し、必要に応じて取締役会に新しいメンバ ーを任命するか、取締役の辞任を求めることにより、実効性評価の結果に基 づいて行動する必要がある(58)。
③上級独立非業務執行取締役の権限強化
上述のハンペル報告書では、上級独立非業務執行取締役設置の義務化が勧 告されていたが、同報告書は、上級独立非業務執行取締役は取締役会議長ま たは CEO 以外の者から取締役会に対して懸念を伝える機能のみを有し、特 別の責任あるいは独立性を備えた管理的な役割は求められないと勧告してい た。
これに対して、ヒッグス報告書では、上級独立非業務執行取締役(senior independent director)に係る統合規範の規定を支持したことに加え、上級 独立非業務執行取締役は取締役会議長または CEO 以外の者から取締役会に 対して懸念を伝える役割だけではなく、議長が出席しない非業務執行取締役 の間の会議の議長を務める役割も有するべきであると勧告した(59)。
議長は、任命された後、非業務執行取締役に比して経営陣の業務執行に遥 かに深く関わり、それに比例して、任命される時に存した独立性が徐々に失 われていくことが懸念される。それゆえ、引き続き非業務執行取締役のリー ダーとしてとどまり、業務執行を監督することは適当ではないと考えられる 場合も生じうる。こういった場合を想定して、上級独立非業務執行取締役に 強い権限が与えられ、上級独立非業務執行取締役は非業務執行取締役のリー ダーとして業務執行取締役及び議長を監督することとされた。それらの勧告 がなされたのは、議長が業務執行に参与する程度が現実に相当深い例が少な くないということの証左のように思われる。
( 3 )戦略策定機能
経験豊富な議長の助言等が CEO の業績をサポートし、情報に基づいた豊
かな経験をもって信頼できるパートナーとなり、挑戦(的行動)の源となる 場合がありうる。議長と CEO との役割の分離は、議長による会社にとって 有益な経営上の助言等を禁ずるものではないであろう。むしろ、議長からの 助言等が CEO のより大きな目標達成に貢献するだけでなく、かえって非業 務執行取締役がより効果的に職務に当たることのできる環境を作り出す上 でも重要となる(60)。ここで注意すべきことは議長が CEO の補助者ではなく、
パートナーとして CEO に助言と挑戦(的行動)を提供するということであ る。ここにおいて、取締役会議長は、取締役会そのものの運営に従事し、
CEO はその取締役会の外で生ずるすべての事象に対して責任を負うべきで あると役割の違いが明確にされる(61)。議長と CEO は自社の内外で理解されて いる経営戦略に基づいて会社を運営するので、事業戦略の策定は、議長と CEO 両者の責任であるということになる。
2 2003年の統合規範
非業務執行取締役の役割と効果について検討したヒッグス報告書の影響を 受けて、2003年にはこれまでの統合規範を改めた新しい統合規範が公表され た。この2003年の統合規範は、内容的には、ヒッグス報告書の勧告を大幅に 踏襲したものとなっている。注目すべきことは、上級独立非業務執行取締役 が非業務執行取締役のリーダーと明示されたこと、及び、上級独立非業務執 行取締役が率いる非業務執行取締役は、議長の業績を評価する権限を持つべ き役職であるとされた点である(62)。
議長または独立非業務執行取締役が指名委員会の長を務める必要があると の勧告は、そのようなことを禁じたヒッグス報告書と異なり、ヒッグス報告 書以前の報告書の規定に戻るものであった。しかし、議長の後継者の任命に 関しては、議長は指名委員会の長を務めることができないともなされた(63)。 2003年統合報告書以後、取締役会議長の役割は確定し、その後の改正はす べて、それらの役割の実効性を高めるためのものである。議長の役割の実質
に対する改正はない。
五 取締役会の果たすべき役割と議長の役割
1 経営の監督
イギリスにおいては、取締役会がコーポレート・ガバナンス改革の焦点で あったために、CEO と取締役会の議長との分離、非業務執行取締役の増加、
各種委員会の設置などが進展してきた。
本来、議長と CEO の役割の分離は、取締役会の監督機能を強化するため であるが、実務上、議長と CEO との兼任のケースが少なくなく、経営者の 監督という取締役会の任務の遂行が困難になるおそれがあった。すでに述べ たように、議長と CEO の役割の分離はキャドベリー報告書以来、常に求め られてきたものである。
取締役会の監督機能にとって非業務執行取締役が核心的存在であり、その 非業務執行取締役を機能させる責任を持つ役職が議長である。以下、かかる 責任について情報収集と監督権限の側面から整理してみよう。
情報収集について、議長として果たすべき役割は、取締役会メンバーに対 して必要な情報を確保し提供することである。正確で時宜を得た情報は、取 締役会による経営管理の本質的な要素である。議長は非業務執行取締役より もはるかに多くの業務執行チームとの関わりを持つことになるので、非業務 執行取締役が収集し難い情報を入手しやすい。経営陣に近い議長は非業務執 行取締役の意見を経営陣に伝えることも容易になっている。しかし、近づき すぎることの弊害(中立性、独立性を損なうなど)にも注意しなければなら ない。
強い権限を付与された非業務執行取締役もまた、業務執行に対する監督機 能を発揮することができる。議長は非業務執行取締役と協働して、自発的 に、または非業務執行取締役の要求に応じて CEO に業務執行の状況を説明 させるようにし、必要があれば不適任な CEO を退任させることができる。
2 戦略策定機能
イギリスの取締役会の機能は、業務執行の決定を CEO に任せるのと同時 に、非業務執行取締役は単に業務執行取締役に意見を提出するという助言機 能だけではなく、業務執行取締役と非業務執行取締役が協働して業務執行を 決定するという主体的な関与も求められるようになっている。筆者はこれを 非業務執行取締役の戦略策定機能と呼んでいるが、実際に、英国型の企業統 治システムと米国型のそれとを比較した場合、英国型は、取締役会や非業務 執行取締役の戦略策定機能をかなり重視している点に特徴がある。もとよ り、取締役会・非業務執行取締役の監視・監督機能も強調されているが、実 際に米国のように CEO を解任する事例はないようである。議長が業務執行 取締役と非業務執行取締役の架け橋として、両者の意見を交換させ、十分に 議論させ、共同に業務執行を決定させるといった戦略策定機能がより重視さ れた。
もっとも取締役会議長の役割にとって、その地位の独立性が重要である。
キャドベリー報告書においては、取締役会議長は、取締役会が企業の業務を 完全に管理し、株主に対する義務に対して注意を怠らないように、日々の事 業活動の経営から十分離れた所に身をおくことができなければならない(64)と勧 告していた。つまり、議長は職務にある限り、独立性が強く要求されるので ある。
しかし、ヒッグス報告書では「議長は任命されると、非業務執行取締役よ りもはるかに多くの業務執行チームとの関わりを持つことになる。そのた め、この段階で独立性の基準を適用することは適切でも必要でもない(65)」と勧 告された。以後、議長の独立性は任命時のみにあるべきとされている。
終わりに
CEO から分離された議長であれば、その者が業務執行取締役ではないの
は当然である。しかし、ヒッグス報告書では、議長の役割は非業務執行取締 役の役割とは異なることが明確にされ(66)、議長は業務執行取締役でもない、非 業務執行取締役でもない特別な存在と位置づけられている。
取締役会の機能面から見ると、取締役会の内部に業務執行と業務執行に対 する監督を担当する取締役の分化がみられるが、非業務執行取締役は通常、
業務執行取締役ほどの情報を入手することは難しく、逆に、業務執行取締役 は非業務執行取締役の意見及び懸念も知り難い。取締役会の機能面からは、
議長は、非業務執行取締役の独立性を守るために存在するのと同時に、戦略 策定機能の面からは、非業務執行取締役と業務執行取締役の間の重要な架け 橋としての役割が期待されている。要するに、議長に要求され、期待される ものは、取締役会の監督機能だけでなく、戦略策定機能(または助言機能)
の実効性向上である。一層制のイギリスでは、議長の職責は、能力ある個人 集団を実効性のある取締役会というチームへと変えていくことであると言え るであろう。
( 1 )日本において、先代社長が法律上の地位と関係なく「取締役会会長」を名乗る 場合があるが、本稿における取締役会議長とは文字通り、会議体としての取締役会 議長をいう。
( 2 )エイドリアン・キャドバリー(日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム、
英国コーポレート・ガバナンス研究会専門委員会訳)『トップマネジメントのコー ポレートガバナンス』(ジュプリンガー・フェアラーク東京株式会社、2003年)第
1 章参照。
( 3 )2006年会社法第17条では、会社の定款及び一定の決議または合意を、定款等(a company constitution)と呼ぶことを定める。従来の基本定款(memoranda)と 付属定款(articles of association)という区分は廃止され、既存会社の基本定款 の規定は、第28条により定款(articles of association)の規定として扱われる。
(川島いづみほか 「イギリス2006年会社法 (12)」 比較法学45巻 2 号268頁 (2011年))。
( 4 )弥永真生「コーポレートガバナンスコードの捉え方」企業会計67巻 7 号33頁
(2015年)。
( 5 )豊島勉「英国におけるコーポレート・ガバナンス 洗練された株主価値原理の 検討 」修道商学 第55巻第 1 号28頁(2014年)。
( 6 )林 考宗「イギリスにおけるコーポレート・ガバナンスの展開 非業務執行取締 の役割と注意義務を中心に 」社学研論集17号248-249頁(2011年)。
( 7 )田中信弘「イギリスのコーポレート・ガバナンス」佐久間信夫、水尾順一編
『コーポレートガバナンスと企業の国際比較』(ミネルヴァ書房、2010年)81頁。
( 8 )Committee on the Financial Aspects of Governance, Report of the committee
(1992) (hereafter as Cadbury Report」), at para. 2.1, 2.2. 同報告書の日本語訳 は、八田進二=橋本尚訳『英国のコーポレートガバナンス』(白桃書房、2000年)
を参照して、筆者が仮訳した(以下、同様)。
( 9 )Cadbury Report, at para. 1.9.
(10)Ibid., at para. 6.1.
(11)Ibid., at para. 6.8.
(12)Ibid., at para. 3.4.
(13)Ibid., at para. 4.7.
(14)Ibid., at para. 4.8.
(15)Ibid., Code. 1.2.
(16)Ibid., at para. 4.1.
(17)Ibid., at para. 4.2.
(18)Ibid., at para. 4.30.
(19)Ibid., at para. 4.5.
(20)K Keasey, H Short and M Wright, The Development of Corporate Governance Codes in the UK, in K Keasey et al. (ed.), Corporate Governance:
Accountability, Enterprise and International Comparisons, (John Wiley &
Sons Ltd, UK, 2005), at P.31.
(21)A Study Group chaired by Sir Richard Greenbury, Directors’ Remuneration Report (1995) (hereafter as Greenbury Report), at para. 4.9.同報告書の日本 語訳は、八田進二=橋本尚訳『英国のコーポレートガバナンス』(白桃書房、2000 年)を参照して、筆者が仮訳した(以下、同様)。
(22)Greenbury Report Code. A7.
(23)Ibid., at para. 4.14.
(24)キャドベリー委員会報告書とグリーンベリー委員会報告書の両方においてう
まくいかなかったようにみられる状況、すなわち、キャドベリー委員会報告書の 場合には企業の失敗、グリーンベリー委員会の場合には民営化された公益事業に おける不当な報酬といった問題に対して対応することであった。Committee on Corporate Governance, Final Report (1998) (hereafter as Hampel Report), at Para 1.7. 同報告書の日本語訳は、八田進二=橋本尚訳『英国のコーポレートガバ ナンス』(白桃書房、2000年)を参照して、筆者が仮訳した(以下、同様)。
(25)谷口友一「コーポレート・ガバナンス規制における補完性と柔軟性:イギリス における『遵守又は説明』規定の生成と展開」法と政治60巻 3 号90頁(2009年)。
(26)Hampel Report, at para. 1.1.
(27)Ibid., at para. 5.18.
(28)Cadbury Report, at para. 4.7.
(29)Hampel Report, at para. 3.16.
(30)Cadbury Report, at para. 1.2.
(31)Hampel Report, at para. 3.18.
(32)Ibid., at para. 2.5.
(33)Ibid., at para. 3.15.
(34)Ibid. ,at para. 3.7.
(35)Ibid., at para. 3.8.
(36)A.F.Topham, Company Law: Practical Handbook for Lawyers and Business Men, 3rd ed (London:Stevens Toronto:Canada Law Book Co. 1916), at pp.194- 195. 日本語訳は、川島いづみ「コーポレートガバナンス・コードとイギリス会社 法」鳥山恭一ほか編『現代商事法の諸問題 岸田雅雄先生古稀記念論文集』(成 文堂、2016)を参照した。
(37)河村賢治 「英国公開会社における取締役会の機能 統合コード (The Combined Code)を中心に 」早稲田法学76巻 2 号237頁(2002年)。
(38)川島・前掲注(36)、257頁。
(39)キャドバリー・前掲注( 2 )、142頁。
(40)同前、44頁。
(41)同前、90頁。
(42)同前、125頁。
(43)Cadbury Report, at para. 4.8.
(44)Derek Higgs, Review of the role and effectiveness of non-executive directors
(hereafter as Higgs Report), at para. 10.9. 同報告書の日本語訳は著者による試 訳である(以下、同様)。
(45)Higgs Report, at para. 5.1.
(46)Ibid., at para. 12.18.
(47)Ibid., Code. C2.3.
(48)Ibid., at para. 15.4.
(49)Ibid., at para. 15.14.
(50)Ibid., Code. A7.4.
(51)Ibid., at para. 12.32.
(52)Ibid., at para. 12.24.
(53)Ibid., at para. 12.31.
(54)Ibid., at para. 11.26.
(55)Ibid., Code. A4.6.
(56)Ibid., at para. 10.10.
(57)Ibid., at para. 11.22.
(58)Ibid., Code. A6.1.
(59)Ibid., at para. 7.4.
(60)Ibid., at para. 5.4.
(61)キャドバリー・前掲注( 2 )、130頁。
(62)Financial Reporting Council, The Combined Code on Corporate Governance, A1.3, (2003).
(63)Ibid., A4.1.
(64)Cadbury Report, at para. 4.7.
(65)Higgs Report, at para. 5.9.
(66)Ibid., at para. 12.18.