〔論 文〕 (札幌大学経営学部)靍 日出郎
原価計算の新潮流
はじめに
本稿は第10回日中経営フォーラム(2015年 12月25日,華東理工大学商学院,上海)での 発表原稿である。 原価計算における“時間”について,近年, 話題になっているが,私は時間に関して注目 をあびた話題は2つあると考えている。1つ は,Goldratt(Elijahu M. Goldratt) ら に よ る制約条件の理論(Theory of Constraints ; TOC)である。これは,経営者は企業内に 制約条件がある場合,制約条件の時間当た りのthroughput(価格-原材料費)が最大 になるように意思決定をすると,企業利益 は最大になるとする考え方である。もう1つ は,従来の活動基準原価計算(activity-based costing ; ABC) の 修 正 と し て 示 さ れ る 時 間 主 導 型 活 動 基 準 原 価 計 算(time driven activity-based costing ; TDABC)である。 本稿では,TDABCの基本理念を概観する。 Ⅰ ABC 出現の背景と特徴 1980年 代 半 ば に ア メ リ カ で 提 唱 さ れ た ABCの出現の背景とその特徴はつぎのよう にまとめることができる。 (1)出現の背景 ①需要の多様化による多品種少量生産の進 展,情報機器の普及,オートメーションの 進展等により間接費が増大した結果,間 接費管理の重要性が増大し,従来の間接 費の配賦方法が適切性を失ってきた。 ②世界的規模で企業間競争が進展し,アメ リカの製造業の競争力低下が強く意識さ れ,会計面での競争力増強の方策が模索 されていた。 (2)ABC の特徴 ABCの基本的特徴として,以下の点をあ げることができる。 ①活動が資源を消費しコストを発生させる。 ②資源の消費に焦点を合わせている。 ③間接費の配賦計算が中心となる。 ④配賦計算に精度の高い因果関係を持つコ ストドライバー(cost driver)を設定する。 ⑤全部原価計算を想定している。 ABCと伝統的な原価計算(例えば,日本 の「原価計算基準」)との比較は,表1に要約 できる(1)。 Ⅱ ABC のメリットと問題点 (1)ABC のメリット ①正確なコスト情報が,製品・商品等の価 格戦略の策定に役立つ。 ②活動分析により,コスト構造がわかり,コ ストダウンの糸口をつかむことができる。 ③間接費配賦における恣意性を排除するこ とにより,事業部・担当者等の業績評価 を正確に行うことができる。 ④製造技術ごとの正確なコストを算定でき るので,利益獲得に貢献できる。 ⑤間接費を直接費化することにより,跡づ け可能原価が増え,配賦による歪みが減 少し,より正確な原価把握ができる。─活動基準原価計算(ABC)から時間主導型活動基準原価計算(TDABC)へ─
(2)ABC の問題点 ABCは日本やアメリカではあまり定着し ていない。ABCの問題点として以下の点が あげられる。 ①日本の寡占市場では,市場価格が先行決 定されることが多いので,価格決定にお ける原価情報の重要性は高くない。 ②日本では原価低減は原価情報のみによら ず,カンバン方式,TQC,改善活動など 主として製造現場の活動によって実行さ れることが多いので,ABCに対する必要 性は低くなる。 ③日本の原価計算基準はABCを採用してい ない。 ④実際の複雑な業務活動をABCシステムの モデルに作り上げるのが難しい。 ⑤ABCシステムを設計・維持するのに時間 とコストがかかる。 ⑥ABCシステムを構築するときに,推測や 見積に主観的な判断が入ることがある。 ⑦ABCシステムでは,フル・キャパシティ で稼働している資源を想定し,コスト・ド ライバー率等を計算するが,フル・キャ パシティでの操業は例外的であり,現実 には,フルキャパシティよりも低い,実際 的キャパシティで操業が行われている。 以上のようにあげられる問題点のうち, TDABCはとりわけ,⑤,⑥,⑦に対する問 題意識が強いといわれる。 Ⅲ 病院での TDABC ここでは,カプランとポーター(Robert S. Kaplan and Michael E. Porter)による,病 院でのTDABCを考察する(2)。 アメリカや日本では近年,医療費が急激 に増加している。その原因として,①高齢 化が進んでいること,②医療の技術革新が 著しいことなどが指摘されている。一方, 医師などの医療参加者は医療コストに関心 を持たずに,保険会社や政府による償還 (reimbursement)指向が強いといわれる。 また,通常,病院では個々の患者を処置する コストに焦点を当てず,診療科あるいは診療 部門のコストを集計・分析するのが一般的で ある。 Kaplanらは,病院では,“価値”=“達成 された患者成果”÷“支出された金額”とし て測定することができ,病院は価値の向上を 目指すべきであると考える。このためには, TDABCによる正確なコスト測定が必要であ ると考えている。TDABCにより,資源キャ パシティ利用の改善が図られ,診療における 生産性が向上する。 TDABCで は つ ぎ の2つ の 数 値 を 計 算 す る。①キャパシティ費用率と,②キャパシティ 利用度である。①のキャパシティ費用率は, “資源の費用”÷“利用可能なキャパシティ” として計算される。病院でのキャパシティ費 用率は,患者業務に使われる各資源の時間当 たりのコストである。この際,“利用可能な A B C 日本の原価計算基準 activity costs の集計 activities毎に資源の消費を測定する e.g. 材料購入activity 段取りactivity さまざまなactivity がある 費目別計算 材料費(直接材料費、間接材料費) 労務費(直接労務費、間接労務費) 経費 (直接経費、間接経費) 部門別計算 間接費の部門別配賦 補助部門費の配賦 activity costs を製品などの原価計算対象物に割当て る。直接費は直課する。 単位当たり原価を計算する(間接費を製品別に配賦する)。 表1 ABCと伝統的原価計算
キャパシティ”は,“実際的キャパシティ” であることを理解するのが重要である。②の キャパシティ利用度は,患者が病院の資源を 利用した時間である。患者の外来での治療コ ストは,①×②で計算する。つぎに,<例1 >で考える。 <例 1 > Aは外来患者,Mは管理者,Nは看護師, Dは医師とする。Aに対して,Mは0.3時間(18 分),Nは0.4時間(24分),Dは0.15時間(9分) 費やした。このM,N,Dが費やした時間が, 上記②のキャパシティ利用度である。 今,看護師Nのコスト・勤務日数・勤務時 間が表2で示されている。 Nのキャパシティ費用率は,Nの月間コス ト$7,280を月間キャパシティ(利用可能な臨 床時間)で割ることによって得られる。Nの 月間キャパシティは,おおよそ112時間(224 日÷12 ヶ月=18.7日,18.7日×6時間=112.2 時間)になるので,1時間当たり$65($7,280 ÷112時間=$65)となる。同様に,Mのキャ パシティ費用率は1時間当たり$45,Dのキャ パシティ費用率は1時間当たり$300とする と,Aの外来にかかる総コストは,0.3時間× $45+0.4時間×$65+0.15時間×$300=$ 84.5 となる。 ここでは,利用可能なキャパシティが1 日当たり7.5時間ではなく,6.0時間という利 用可能な臨床時間である“実際的キャパシ ティ”で計算することに留意すべきである。 この“実際的キャパシティ”は,TDABCに おいてはとても重要な概念になる。 以上が,TDABCが関わる病院でのコスト 計算の一例である。病院で行われるさまざ まな医療活動が,このTDABCによって時間 ベースで統合・連携されることになる。また, 資源キャパシティを実際的なキャパシティで とらえることにより,キャパシティのより有 効な利用を促進し,医療コストの引き下げも 可能になる。医療コストが引き下がると,患 者にとっての“価値”も向上するのである。 Ⅲ 従来の ABC と TDABC 前章ではサービス業である病院における TDABCの活用について考察したが,ここ では,カプランとアンダーソン (Robert S. Kaplan and Steven R. Anderson)による製 造業等におけるTDABCの活用を考える(3)。 最初に従来のABCを概観し,次にTDABCを 考察する。 (1)従来の ABC <例 2 > 顧客サービス部門(注文処理,問合せ処 理,与信審査)を持つA社の同部門の四半期 の実際業務量は,注文処理が49,000件,問合 せ処理が1,400件,与信審査が2,500件である。 また,同部門のコストは四半期分が$567,000 であり,インタビュー等による時間の消費割 合調査では,注文処理に70%,問合せ処理に 給与等のコスト 金 額 年間休日数 利用可能時間 年間給与総額 $65,000 104日;週末休日 7.5時間;1日当たりの 利用可能時間 管理職手当 9,000 20日;有給休暇 専有面積(9㎡×$1,200/㎡/年間) 10,800 12日;祝日 1.0時間;定時休憩 技術サポート 2,560 5日;病欠 0.5時間;会議・研修等 Nの年間総コスト $87,360 141日;年間休日数 6.0時間;1日当たりの 利用可能臨床時間 Nの月間総コスト ※$7,280 224日;年間勤務日数 ※$87,360÷12ヶ月=$7,280/月 表2 看護師Nのコスト・勤務日数・勤務時間
10%,与信審査に20%消費することになって いる。ここでは,単純化のために,個々の注 文処理に要する時間は各件ともすべて同じで あり,顧客の問合せは各件ともすべて同じ時 間で処理することができ,与信審査の難易度 のレベルはすべて同じであるとする。 この場合,従来のABCによると,同部門 のコスト配分は表3で示される。 (2) TDABC モデル TDABCで重要なのは,上述したように, ①キャパシティ費用率と,②キャパシティ利 用度の2つである。 <例 3 > 前例での前提条件に以下を追加する。顧客 サービス部門の現場従業員は28人,各人の毎 月の稼働日数は20日(四半期で20日×3=60 日),1日当たり7.5時間分の賃金が支払われ るが,その内75分は,従業員が休憩・教育等 に費やし,同部門の現場作業に直接的には従 事しない時間である。 ①キャパシティ費用率 上記の条件の下でキャパシティ費用率 を計算する。これは,“キャパシティの費 用”÷“実際的キャパシティ”として計算 する。四半期の顧客サービス部門のコスト は$567,000である。実際的キャパシティは, 四半期で630,000分(7.5時間×60分=450分, 450分-75分=375分,375分×60日=22,500 分,22,500分×28人=630,000分)となるので, キャパシティ費用率は$567,000÷630,000分 ≒$0.92/分と計算される。この$0.92が同部 門の1分当たりのコストを示すキャパシティ 費用率である。 ②キャパシティ利用度 これは個々の取引を遂行するのに必要な 時間である。今,顧客サービス部門での各 活動の平均所要時間が,注文処理は8分,問 合せ処理は44分,与信審査は50分とするな らば,TDABCによるコスト配分は表4で示 される。表5はコストドライバー当たりの配 賦率である。 このようにTDABCでは,個々の活動を 活 動 消費時間の割合(%) 配賦費用 コスト・ドライバー量 コスト・ドライバー率 注文処理 70 ※$396,900 49,000 ※$8.10 問合せ処理 10 56,700 1,400 $40.50 与信審査 20 113,400 2,500 $45.36 合計 100 $567,000 $93.96 ※$567,000×0.7=$396,900、$396,900÷49,000=$8.10 活 動 単位時間(分) 数量 総時間(分) 費用合計 注文の処理 8 49,000 392,000 ☆$360,640 問合せ処理 44 1,400 61,600 56,672 与信審査 50 2,500 125,000 115,000 利用キャパシティ 578,600 532,312 未利用キャパシティ 51,400 34,688 合計 630,000 $567000 総労働時間 ★756,000 ☆392,000分×$0.92=$360,640 ★7.5時間×60分=450分、450分×60日=27,000分、27,000分×28人=756,000分 表3 従来のABC 表4 TDABC
実行するために必要とされるキャパシティ は,“時間”を基準として考える。ここに, “time-driven”の由来がある。 表4をみると,顧客サービス部門28人の総 稼働時間756,000分の内,直接的な生産的作 業の従事時間は630,000分(83.3%)である。 また,630,000分の内,実際に利用したキャ パシティは578,600分(おおよそ92%)である。 この578,600分という時間が重要である。四 半期での総労働時間756,000分からみると, 実際のキャパシティ利用時間は76.5%であ る。 従来のABCでは630,000分を基準として, すべてのキャパシティが使われているとい う 前 提 で 考 え る が,TDABCで は,51,400 分の未利用キャパシティが明らかになる。 Kaplanらは,これがTDABCの大きなメリッ トであると考えている。 表5は顧客1人当たりの各活動のコストを 示している。これによると,ある顧客が各 活動を各1回行った場合のコストは,$7.36+ $40.48+$46.00=$93.84となる。従来のABC では未利用のキャパシティのコストを含むの で$93.96(表3)となり,TDABCよりも少し 大きく計算される。Kaplanらは,予定値で はない実際的キャパシティに基づくことによ り,顧客に課すべきコストが正確・迅速に計 算されるとし,これもTDABCのメリットで あると考えている。
おわりに
TDABCは資源コストを活動に割当て,そ の後これらを製品や顧客などに配賦するので はない。したがって,TDABCでは,注文を 処理する時間が全体のどのくらいの割合なの かが問題なのではなく,活動の1つの単位を 完成するのに実際にかかる時間が問題とな り,強調される。 ABCモ デ ル で は, 利 用 キ ャ パ シ テ ィ と 未利用キャパシティとを区別しないが, TDABCでは,時間という尺度を軸に,利用 キャパシティと未利用キャパシティとに区別 し,未利用キャパシティの時間とコストが容 易に把握できる。未利用キャパシティの把 握は,将来の計画設定に貢献する。また, TDABCは活動の単位時間と単位コストが算 定されているので,将来の各活動コスト等の 予測にも有効である。 病院や自動車修理業のような作業内容に均 一性があり,時間経過とともにコストの発生 が認められるサービス業は,作業時間を使っ た原価計算をするのに適した業界であると思 われる。しかし,作業内容が多種多様である 製造業では,工場全体を包括するような時間 当たりのコストを計算することは難しく,同 種作業を行う部門毎にTDABCの思考が勧め られる。 「時間」は,現在,日本の原価計算や管理 会計などの学会で活発に論じられる問題であ る。1日24時間という「時間」は,すべての 人間と企業にとって平等に与えられている “資源”かもしれない。“資源”とするならば, 有効に活用せねばならない。今後,制約条件 の理論(TOC)とTDABCとの関連など,「時 活 動 時間・配賦率・コスト 単位時間(分) 1分当たり$0.92 注文処理 8 $7.36 問合せ処理 44 $40.48 与信審査 50 $46.00 合計 $93.84 表5 TDABCの配賦率・コスト間」について,深く掘り下げた研究が必要で あると痛感している。 <謝謝> <注> (1) 田中隆雄「アクティビティ会計の理論構造 とその有用性」『 会計 』,第143巻第6号, 1993年6月,8頁。 (2) ここでの表2の数値・データ等は,<参考資 料>(7)にあるカプラン・ポーターによる論 文の52頁に掲載されている数値等を筆者が 表2に集約している。 (3) ここでの数値・データ等は,<参考資料>(8) にあるカプラン・アンダーソンによる論文の 132頁から135頁に掲載されている数値等を 筆者が表3から表5に集約している。 <参考資料> (1) 大下𠀋平「ヘルスケアにおける「競争戦略」 と原価計算」『経済学研究』九州大学経 済学会,第80巻 第5・6合併号,2014年3月。 (2) エリヤフ・ゴールドラット著,三本木亮訳『コ ストに縛られるな!』ダイヤモンド社,2005年 3月。 (3) トーマス・コーベット著,佐々木俊雄訳『TOC スループット会計』ダイヤモンド社,2005年5 月。 (4) ロバート・キャプラン,スティーブン・アンダー ソン著,前田貞芳,久保田敬一,海老原崇 訳『戦略的収益費用マネジメント』日本経 済新聞出版社,2011年10月。 (5) 古田隆紀『ABCのコア』森山書店,2015 年2月。 (6) メルコ学術振興財団『メルコ管理会計研 究』第8号-1,2015年,京都大学学術出 版会,2015年11月。
(7) Robert S. Kaplan, and Porter E. Michael, How to Solve The Cost Crisis in Health Care, Harvard Business Review, September, 2011.
(8) Robert S. Kaplan , and Steven R.
Anderson, Time-Driven Activity-Based Costing, Harvard Business Review, November, 2004.
(9) S. Mark Young, Rethinking Activity-Based Costing, Readings in Management Accounting, 2012,pp.110-113.