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時間の密室 : ウィリアム・フォークナーの「エミリーの薔薇」について

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(1)

時 間 の 密 室

ウ ィ リ ア ム ・ フ ォ ー ク ナ ー の

「エ ミ リ ー の 薔 薇 」 に つ い て

大 野 充 彦

ACIosed  Room  Where  Time  Is  Stopped:   On  William  Faulkner's``A  Rose  for  Emily"

Mitsuhiko  OHNO 1   20世 紀 の ア メ リ カ の 代 表 的 な 小 説 家 の 一 人 、 ウ ィ リ ア ム ・ フ ォ ー ク ナ ー(William Faulkner,1897-1962)の 短 編 集 、 「こ れ ら 十 三 編 』(These  13,1931)中 の 一 編 、 「エ ミ リ ー の ば  ら 薔 薇 」("ARose  for Emily,"1930)は 、 か な り猟 奇 性 を 帯 び た 作 品 で あ る 。   世 間 の 動 き か ら は ほ と ん ど 孤 絶 した 古 色 蒼 然 た る 南 部 旧 家 の 屋 敷 に 、 黒 人 の 老 僕 ト ウ ビ ー (Tobe)と 二 人 き りで 住 ん で い た 独 身 の 老 女 、 エ ミ リ ー ・グ リ ア ー ソ ン  (Emily  Grierson) の 死 か ら始 ま る こ の 短 編 で は 、 続 い て 、 生 前 の 彼 女 に ま つ わ る 幾 つ もの 謎 あ い た エ ピ ソ ー ドが 、 次 々 に 紹 介 さ れ る 。 こ れ らの エ ピ ソ ー ドは 何 重 も の 伏 線 に な っ て い て 、 最 後 に 、 は っ と 息 を の ま せ る よ.うな 事 実 が 用 意 さ れ て い る 。       ば   こ う した 内 容 と構 成 を持 つ 「エ ミ リー の 薔 ら 薇 」 は、 ス リラ ー も し くは ミス テ リー と して 読 ん で も、 け っ こ う読 み ご たえ が あ る。   しか し、 本 稿 で は あ くまで も人 間 ドラマ と し て この 小 編 を と らえ 、 女 主 人 公 の一 見 不 可解 な 言 動 等 の奥 に隠 され た 人 間 的 真 実 を 、特 に 《時 間 》 と の関 連 にお い て 探 って い きた い。   ま ず 、粗 筋 を 述 べ て お こ う。 こ の 約11.5 ペ ー ジか ら成 る短 編 は、 五 つ の 区分 に分 か れ て い るが 、 そ れ ぞ れ の 概要 は次 の とお りで あ る。 2 1   エ ミ リ ー ・ グ リ ア ー ソ ン が 死 ん だ と き、 町 じ ゅう 中 の人 々 が 彼 女 の 葬 式 に 参列 す る。   エ ミ リー の 屋敷 は、 か っ て は極 あ て優 雅 な屋 敷 町 の 一 角 を 占 あ て い た が 、 そ の 界 隈 も 〈時 代 〉 の 波 に洗 わ れ て す っか り変 貌 を遂 げ、 今 で は彼 女 の 屋 敷 だ け が 、 綿 繰 り工 場 一 締 繊 維 を 種 か ら分 離 す る工 場 一 や ガ ソ リ ン ・ス タ ン ドの 海 の 中 に取 り残 さ れ て い る。  生 前 の エ ミ リ ー は、 ジ ェ フ ァ ー ソ ン (Jefferson)の 町 の人 々 に と って、 い さ さ か気 に な る 人 物 で あ っ た。1894年 に 当 時 の 町 長 サ ー ト リス(Sartoris)大 佐 が 、 大 黒 柱 の父 親 に死 な れ た彼 女 へ の温 情 か ら、 以 後 永 久 に彼 女 の税 金 を免 除 す る こ とを決 め て以 来 、 彼 女 は、 町 の 人 々 の一 種 の精 神 的負 担 に な って い た の で あ る。   も っ と ドライ な考 え方 を す る次 の世 代 の人 々 が 町政 を担 う 〈時 代 〉 が来 る と、 彼 らは、 エ ミ リー に対 す る税 金 免 除 を不 合 理 だ と考 え 、 彼 女 に納 税通 知 書 を送 りつ け る な ど して 税 金 の支 払 い を再 三 催 促 す る が、 らち が明 か な い。

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  そ こ で 、 町 当 局 か ら 交 渉 団 が エ ミ リ ー の 屋 敷 に 派 遣 さ れ る が 、 彼 女 は 、 「サ ー ト リ ス 大 佐 に 相 談 し て く だ さ い 」 〔"ARose  for  Emily,"in Collected  Stories  of  William  Faulkner(New York:Vintage,1977),'p.121〕 の 一 点 張 り で 、 彼 ら を あ っ さ り 撃 退 し て し ま う ゐ サ ー ト リ ス 大 佐 は 、10年 近 く も 前 に こ の 世 を 去 っ'て い る の に 、 で あ る 。 1   こ う して エ ミリー は、 町 当 局 の 要求 を は ね つ け た の で あ るが 、 彼 女 は、 そ の30年 前 一 彼 女 の父 親 の死 か ら2年 後 で 、 彼 女 の 恋人 の失 踪 の少 し後 一 に も、 当 時 の町 長 ス テ ィー ヴ ンズ (Stevens)判 事 や 町 議 会 議 員 た ち を 困 惑 さ せ た こ とが あ った。 原 因 不 明 の 悪 臭 が 彼女 の屋 敷 か ら流 れ 出 て、 隣 人 た ち の苦 情 が 町 長 の も とに 持 ち込 ま れ た の で あ る。   だ が、 エ ミリー に直 接 掛 け合 って 恥 を か か せ るわ け に もいか ず 、 町 長 と三 人 の 議 員 た ち は、 自 ら夜 陰 に紛 れ て彼 女 の 屋 敷 に忍 び 込 み 、 石 灰 を散 布 して回 った。   そ れ は、 町 の人 々が 、 よ うや くエ ミ リー に 同 情 を覚 え始 あ て い た こ ろ の出 来 事 で あ った。 零 落 は して も旧家 の誇 りだ け は堅 持 して 、 一般 庶 民 との縁 組 み な ど論 外 だ とす る頑 固 な 父 親 に、       み そ じ 縁 談 を こ と ご と く阻 まれ 、 三 十 路 に入 って もま だ結 婚 で き な い女 性 へ の同 情 で あ る。   と ころ で、 エ ミ リー の父 親 が 死 ん だ 翌 日、 町 の婦 人 た ち が彼 女 の屋 敷 を訪 れ 、 弔 意 を 表 し助 力 を 申 し出 る と、 普 段 着 姿 の エ ミ リーが 普 段 の ま ま の表 情 で、 「自分 の父 親 は死 ん で な ど い な い 」 〔p.123〕 旨、 応 答 す る。 彼 女 は、3日 間 そ う言 い続 け た後 、 や っ と人 々 の説 得 を 受 け入 れ て、 遺 体 の埋 葬 に 同意 す る。 皿   そ の 後 エ ミ リー は 、 長 ら く病 床 に 伏 せ っ た 。   そ の こ ろ 、 町 と業 者 の 間 で 歩 道 を 舗 装 す る 契 約 が 結 ば れ 、 エ ミ リ ー の 父 親 の 死 後 、 最 初 に 巡 っ て き た 夏 に 、 工 事 が 始 ま っ た 。   現 場 監 督 は 、 ホ ウ マ ー ・ バ ロ ン(Homer Barron)と い う名 の 北 部 人 で 、 こ の 色 の 浅 黒       じゅう い陽 気 な大 男 は、 す ぐに 町 中 の 人 気 を さ ら っ て しま っ た。   や がて 、 日曜 日の 午 後 に は、 貸 馬 車 で一 緒 に ドライ ヴを 楽 しむ バ ロ ン とエ ミ リー の姿 が見 か け られ る よ う にな り、 町 で は、 彼 女 の品 行 に関 して芳 し くな い噂 が さ さや か れ始 め る。       こう   し か し、 エ ミ リ ー は 、 相 変 わ ら ず 昂 然 と頭 を 反 らせ 続 け て い た 。       こう   そ して 、 そ ん な 昂 然 た る態度 は、 そ れ か ら1       ひ そ 年 以 上 後 に エ ミ リーが 薬店 で砒 素 を買 った と き に も、 変 わ らなか った 。 彼女 は、法 律 に基 づ く 店 主 の要 請 を 無 視 して 、 この猛 毒 の使 用 目的 を 告 知 しなか っ たが 、 彼 女 の威 厳 に圧 倒 さ れ た店 主 は、 しぶ しぶ な が ら彼女 の求 め に応 じざ るを え な か ったの で あ る。       IV       ひ そ       じのう   エ ミ リー の 砒 素 購 入 は翌 日 に は町 中 に知 れ 渡 り、 人 々 は彼 女 が 服 毒 自殺 を 図 る もの と信 じ て、 そ れが 最 善 の道 で あ ろ う と噂 し合 った。   と言 うの は、 町 の人 々の 当 初 の 期 待 に反 して、 エ ミリー は、 バ ロ ンと は いつ まで も結婚 で きそ うに な か っ たか らで あ る。 ど うや ら彼女 は彼 に 遊 ば れ て い る だ け ら しい こ とが 、人 々 に知 られ て お り、 彼 女 は、 一 部 の婦 人 た ちか ら後 ろ指 を 指 さ れ るな ど、 女 性 と して の 名 誉 を完 全 に失 い か け て い た ので あ る。   だ が、 エ ミリー にバ ロ ンとの 交 際 を や め させ よ う と した牧 師 の忠 告 も、 効 果 はな く、 つ い に、 ア ラバ マ州 に住 む い と こ た ち(女 性)ま で が 、       ひ そ 彼 女 の 説 得 に動 員 さ れ る。(彼 女 が砒 素 を入 手 した の は、 この二 人 の い と こが 彼 女 の屋 敷 に 滞 在 して い た時 の ことで あ る。)   そ れ か らま もな く、 エ ミ リーが 、 ホ ウマ ー ・ バ ロ ンの イ ニ シ ア ル入 りの男 性 用 銀 製化 粧道 具 一 式 を注 文 した り、 男 物 の衣 類 を丸 々一 そ ろい 買 い調 え た り した の で、 町 の人 々 は、 二 人 が や っ と結 婚 した もの と思 って 喜 ぶ 。   と ころ が、 い とこ た ちが エ ミ リーの屋 敷 か ら 立 ち 去 った後 、 バ ロ ンはぷ っつ り消 息 を 絶 って し ま った の で あ る。 そ して 、 エ ミ リー 自身 も、 そ の後6か 月 近 くの 間 、屋 敷 に 引 き こ も っ て 人 々 の前 に 姿 を 現 さ な か っ た。(町 長 と議 員 た ち が 、彼 女 の屋 敷 に こっ そ り石 灰 を まい て歩 い た の は、 この ころ で あ る。)

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  次 に人 々 が エ ミリー を通 りで 見 か け た と き、 ほ ぼ半 年 前 まで ほ っそ り して い た彼 女 は肥 満 し、 頭 髪 は灰 色 に な りか け て い た。 そ の灰 色 は数年 間 で次 第 に 濃 さ を増 し、 つ い に は鉄 灰 色 と な る が、 そ こ で 灰 色 の 進 行 は止 ま る。 そ れ か ら74 歳 で 彼女 が死 ぬ 日ま で、 彼 女 の毛 髪 は、 生 き生 き と した鉄 灰 色 を保 つ の で あ る。   以 後 、 エ ミ リー が 陶磁 器 絵 の描 き方 を 自宅 で 町 の 娘 た ち に教 え た 、 彼女 の30代 後 半 か ら40 代 前 半 に か けて の6、7年 間 を除 けば 、 彼 女 の 屋 敷 の 表 玄 関 は閉 ざ され た ま ま で あ った。   歳 月 は 流 れ た が 、毎 年12月 に 町 当 局 か ら エ ミ リー に納 税 通 知 書 が 届 け られ、 そ れ が1週 間 後 に送 り返 され る慣 行 は、変 わ らな か った。   こ う して エ ミ リー は、 ジ ェ フ ァー ソ ンの 町 の 一 種 の重 荷 と して 世 代 か ら世 代 へ と受 け継 が れ て い き、 最 後 に、 黒 人 の 老 僕 た だ一 人 に み と ら れ て ひ っそ りと病 死 したの で あ る。 V   トウ ビー と呼 ば れて い た黒 人 の忠 僕 は、 エ ミ リー の死 を聞 きつ けて 彼 女 の屋 敷 を 訪 れ た婦 人 た ち の第 一 陣 を表 玄 関 か ら招 じ入 れ る と、 そ れ き り町 か ら姿 を消 した。   例 の い と こた ち が、 ア ラバ マ 州 か ら駆 け つ け       じゅう て葬 儀 を執 り行 い、 町 中 の人 々が 参 列 す る。   既 に人 々 は、 エ ミ リー の屋 敷 の二 階 に は、過 去40年 間 だ れ 一 人 立 ち入 っ た こ との な い部 屋 が あ る こ と に気 づ い て お り、 彼 らは、 エ ミ リー       あ の遺 体 が埋 葬 され るの を待 って か ら、 この 開 か ず の 間 の ドアを 打 ち壊 す。   す る と、 あ たか も新 婚 夫 婦 の寝 室 の よ うに 華 や か に しつ らえ られ た この部 屋 は、 一 面 、 薄 い ほ こ りの被 膜 に覆 わ れ て お り、 ベ ッ ドの上 に は、 バ ロ ンの骸 骨 が 横 たわ って い た。   そ して、 バ ロ ンの 枕 の そ ば に も う一 つ 枕 が あ り、 頭 の重 みで へ こん だ そ の枕 の上 に は、 一 房 の 鉄 灰 色 の 毛 髪 が 置 か れ て い た ので あ る。 3 以 上 の粗 筋 か ら も明 らか な よ うに、 こ の作 品       えい は 、 ア メ リ カ は 南 部 の 没 落 した 旧 家 の 末 裔 、 エ ミ リ ー ・グ リア ー ソ ン の生 涯 を 断 片 的 に 紹 介 す る もの で あ るが、 そ の過 程 で 浮 き彫 りに され る の は、 爆〈時 代 〉 の変 遷 の 中で 、 終 始 か た くな に 過 去 に 執着 し、 新 しい波 を素 直 に受 容 しな い、 女 主 人 公 の心 の 姿勢 で あ ろ う。   世代 が交 代 し、 人 々 の考 え 方 や 暮 ら し方 が変 化 し、 町 の た た ず ま い が大 変 貌 を遂 げ て も一 昔 は若 か った黒 人 の忠 僕 が徐 々 に老 け込 み、 彼 女 自身 の 身 に老 い が 進 行 して も一 、 〈時 代 〉 の 流 れ を全 く受 けつ け な いで 、 ひ たす ら過 去 の 世 界 に閉 じ こ も ろ う とす る エ ミ リー の超 保 守 的 な 生 き ざま は、 実 に異 常 で あ り、 読 者 は、 何 が 彼 女 にそ ん な生 き方 を採 らせ た の か と い う点 に、 大 い に興 味 を そ そ られ よ う。 4   そ れ に し て も、 な ぜ 作 者 フ ォ ー ク ナ ー は、 《時 間 》 の 物 理 的 な 流 れ に 沿 っ て 、 エ ミ リー の 一 生 を 縁 取 る エ ピ ソ ー ド群 を 順 序 よ く紹 介 し よ う と は せ ず 、 例 え ば 、 イ ギ リ ス の 小 説 家 ジ ョ ウ ゼ フ ・ コ ン ラ ッ ド(Joseph  Conrad,1857-1924)の 長 編 、 『ロ ー ド ・ジ ムー あ る話 一 』 (Lord  Jim:ATale,1900)や 『ノ ス ト ロ ー モ ー 海 岸 地 方 の 話 一 』(Nostromo:ATale of the Seaboard,1904)等 を 連 想 さ せ る よ う な 、 タ イ ム ・シ フ ト(time  shift)の 技 法 一 複 数 の 事 柄 を そ の 生 起 した 順 序 に 従 っ て 述 べ て い く の で は な く、 《時 間 》 の 歴 史 的 な 流 れ を 無 視 し、 な い し は こ と さ ら 破 壊 し、 自 由 か つ 大 胆 に 話 を 前 後 さ せ る 手 法 一 の 多 用 に よ っ て 、 出 来 事 と 出 来 事 と の 前 後 関 係 を わ ざ わ ざ 煩 雑 に して い る の か 。   ち な み に 、 こ の 短 編 を 構 成 し て い る エ ピ ソ ー ドの う ち の 主 要 な も の を 、 そ の 内 容 が 発 生 した 順 序 に 従 っ て 並 べ れ ば 、 次 の よ う に な る 。 (1)エ ミ リ ー の 父 親 が 死 去 し た 直 後 の 、 彼 女     の 奇 妙 な 言 動 。 (2)エ ミ リ ー と バ ロ ン の 交 際 。       ひ そ (3)エ ミ リ ー の 砒 素 購 入 。 (4)バ ロ ンの 失 踪 。 (5)エ ミ リ ー の 屋 敷 か ら流 れ 出 た 悪 臭 。 (6)町 当 局 の 納 税 請 求 に 対 す る エ ミ リ ー の 不   可 解 な 対 応 。

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(7)エ ミ リ ー の 病 死 と 葬 儀 。 (8)町 の 人 々 に よ る バ ロ ンの 遺 体 の 発 見 。   と ころ が、 作 品 の 中 で は、 これ らの エ ピ ソー ドは、(7)●(6)●(5)・(1)●(2)●(3)●(4)・ (7)・(8)の 順 序 で 語 られ て い るの で あ る。   読 者 に は実 に煩 わ しい この よ うな語 り方 を、 故 意 に選 ん だ 作 者 の 狙 い一 そ れ は、 言 うまで もな く、 〈女 主 人 公 の 特 異 な生 き方 を鮮 明 に浮 き彫 りにす る こ と〉 に ほか な るま い。 す な わ ち、 作 者 は、 馬エ ミ リー の 一 生 の どの 部 分 を 無 作 為 に選 んで 輪 切 りに して も、 そ の 断面 に表 れ る彼 女 の生 き方 は ほ とん ど変 わ らな い一 少 な く と も、 過 去 に執 着 す る点 で は ほ とん ど 変 わ ら な い一 夕 との 印象 を、 読 者 に与 え る こ とに よ っ て、 〈現 在 と未 来 を徹 底 的 に拒絶 し、 あ くま で も過 去 に しが み つ こ う とす る彼 女 の 生 き方 〉 を 強 調 しよ う と した の で あ ろ う。 ま た 、語 りが 《時 間》 的 に め ま ぐる し く前 後 す れ ば す るほ ど、 対 照 の対 果 に よ り、 〈過 去 に停 滞 して 動 こ う と しな い エ ミ リーの 生 き方〉 を一 層 際 立 たせ る結 果 に な る こ と を も、作 者 は抜 か りな く計 算 して い た で あ ろ う。   だ が、 最 も重 要 な こ と は、 この短 編 で多 用 さ れ て い る タ イ ム ・シ フ トの 技 法 は、 〈過 去 に固 定 され、 した が って、 その 後 に発 生 した 出来 事 の 《時 間》 上 の順 序 な ど全 くど うで もよ い、 エ ミ リー の心 の有 りよ う〉 を暗 示 して い る こ とで はな か ろ うか。 5   エ ミ リーの そ う した 心 の 姿勢 は、 彼 女 自身 の 言 動 だ けで な く、 彼女 に所 属 す るあ りと あ らゆ る もの に、 深 く浸 透 しない で は お か な い。   そ の代 表 的 な例 は、 死 ん だ エ ミ リー が残 した 屋敷 で あ ろ う一 そ れ は、'かっ て は 白 く塗 られ て い た、 大 きな 角 張 っ た 枠 組 み 壁 構 造 の 木 造 家 屋 で 、1870 年 代 の あ の重 々 し く も軽 やか な様 式 で 造 られ た、 丸 屋 根 や 尖 塔 や 曲 が り く ね っ た バ ル コ ニ ーで 装飾 され て お り、 かつ て は我 々 の町 の 最 も上 流 の 人 々 が住 む屋 敷 町 に立 って いた 。 し か し、 ガ ソ リ ン ・ス タ ン ドや 綿 繰 り 機 が       わい 徐 々 に侵 入 して、 そ の 界隈 の やん ご とな い名 家 まで も駆逐 して しま って い た。 唯 一 、 エ ミ リー嬢 の家 だ けが 取 り残 され て、 そ の頑 固 で                 な ま あか しい老 朽 の 姿 を、 綿 の運 搬 車 や ガ ソ リ   コ       ロ       リ   コ リ ン ・ポ ン プ の 上 に 高 々 と 持 し て い た … … 。 〔p.119〕(下 点 は 筆 者 。 以 下 も 同 様 。)   〈時 代 〉 の 動 きか ら取 り残 さ れ な が ら、 「頑 固 で な まめ か しい老 朽 の姿 」 を誇 り高 く保 ち続 け て い る この過 去 の遺 物 こそ は、 ま さ し く、 その 主 で あ っ た 「倒 れ た記 念 像 」 〔p.119〕 の 分 身 に ほか な る まい。   町 に無 料 郵便 配 達 制度 が新 設 さ れ た とき、 エ ミ リーだ けが、 自分 の住 居 の戸 口 に郵 便 受 け な ど を取 りつ け る こ とを頑 と して拒 ん だ の も、 彼 女 に してみ れ ば 、 当 然 で あ った ろ う。 彼 女 の分 身 に対 す る それ らの 取 りつ けを容 認 す る こ とは、 彼 女 自身 が 新 しい く時 代 〉 の 波 を受 け入 れ る こ とを意 味 した ので あ るか ら。 6   エ ミ リー が 町 当局 の納 税 請 求 を無 視 し続 け る の も、 全 く同 じ理 由 に よ る。 つ ま り、 旧来 の慣 行 を 破 って 町 当局 の要 求 に応 じる こ と も、 彼 女 に と って は、新 しい く時代 〉 に門 戸 を開 くこ と 以 外 の何 もの で もな か った の で あ る。   エ ミリーが 初 あ て 納 税 請求 を受 け た 時 の彼 女 の反 応 は、 次 の よ う に記 され て い る一 そ の年 の初 あ に、 彼 らは、 彼 女 に 納 税通 知書 を郵 送 した。2月 に な って も、 答 え はな か っ た。 彼 らは、 彼 女 に正 式 の手 紙 を 書 き、 彼女 の 都 合 の良 い と き に保 安 官 事 務 所 に立 ち寄 る よ う求 め た。1週 間 後 に は、 町 長 が 自 ら彼 女 に手紙 を送 り、 自分 の方 か ら出向 こ うか 、 そ れ と も彼女 に 自分 の車 を差 し向 け よ うか 、 と 申 し出 た。 そ して、 色 あ せ た イ ン クを使 い、                コ     コ         せ ん 肉 細 の流 麗 な筆 跡 で 、古 め か しい形 の便 箋 に           コ       コ         書 かれ た、 短 い 返 信 を受 け取 った。 自分 は、       コ      コ 今 は も う全 然 外 出 して いな い とい う趣 旨 の こ コ   コ       ロ       コ     と が 、 記 さ れ て い た 。 例 の 納 税 通 知 書 も、 何 の 説 明 も な く同 封 さ れ て い た 。 〔p.120〕

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      せん   「色 あせ たイ ンク」 も 「古 め か しい形 の便 箋 」 も、 エ ミリー の生 き ざ まを 反 映 す る小 道 具 で あ る こ とを、 見 逃 して は な る ま い。   しか し、 も っと注 目 しな けれ ば な らな い の は、 「自分 は、 今 は も う全 然 外 出 して い な い」 と い う、 エ ミリー の回 答 で あ ろ う。 納 税 を拒 否 す る 理 由 と して は誠 に不 可 解 な言 葉 で あ るが 、実 は、 これ は、 〈自分 は、 今 は屋 敷 に 閉 じ こ も り、 外 の変 転 極 ま りな い世 界 と は一 切 か か わ りが な い。 した が って、 納 税 の問 題 も、 自分 に は全 く関 係 が な い〉 とい う意 思 表 示 だ と、 解 読 す べ きで あ ろ う。 7   と もあ れ 、 町 当局 か ら派 遣 さ れ た交 渉 団 は 、 エ ミ リー の屋 敷 の応 接 間 に通 さ れ る一   彼 女 が入 って きた とき、 彼 らは立 ち上 が っ た一 彼 女 は、 黒 衣 を ま とっ た小 柄 な肥 満 体                きん の女 性 で 、 光沢 を失 った金 製 の握 りが 付 い た       ■   ■   o   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ● こ くたん       きん 黒 檀 の杖 に寄 りか か り、 細 い金 の鎖 が 彼女 の     コ   リ   ロ 腰 の方 に 垂 れ下 が って、 彼 女 の革 帯 の 中 に 消 え て い た 。 … … 彼女 は、 よ どん だ 水 の 中 に 長       コ       コ       時 間漬 か って い た死 体 み た い に膨 れ上 が って       ロ       い るよ う に見 え 、 ま た、 死 体 特 有 の青 白 い 色     コ       ゆ       コ       コ       ロ を 呈 し て い る よ う に 見 え た 。 … … の   コ       コ       ロ       彼 女 は 、 彼 らに着 席 を勧 め も しなか った。 彼 女 は、 ただ 、 出入 り口 に立 って 、 代 表者 が         コ       ロ   コ   コ ロ ご も り なが ら言 い終 わ るま で、 静 か に聰 い              て い た だ けだ った。 代 表 者 の話 が 終 わ る と、               きん 彼 らは、 例 の 目に見 え な い懐 中時 計 が 、金 の             ほ          鎖 の先 で か ちか ち動 い て い る音 を聞 くこ とが で きた。   彼 女 の 声 は、 乾 い て い て 冷 た か っ た 。             コ        「ジ ェ フ ァ ー ソ ン の 町 で は 、 わ た しに は 納 税 の 義 務 は な い ん で す 。 サ ー ト リ ス 大 佐 が 、 わ た し に そ の こ と を 説 明 して く だ さ い ま した 。 … … 」 〔p.121〕   この 引用 箇 所 も、 暗示 性 に満 ち満 ちて い る。       きん  例 え ば、 「光 沢 を失 っ た金 製 の 握 り」 が付 い た杖 に寄 りか か った エ ミリー の姿 は、彼 女 が 、 〈今 は 消 滅 して し ま っ た 過 去 の 栄 光 〉 に 依 存 し て い る こ と を 、 暗 示 し て い よ う。   し か し、 も っ と 大 事 な こ と は 、 エ ミ リ ー が も は や 実 質 的 に 生 命 あ る 存 在 と して は 描 か れ て い な い 、 と い う こ と で あ る 。   ま ず 、 エ ミ リー が 着 て い る 「黒 衣 」 の 色 と 、       こくたん 彼女 が突 いて い る 「黒 檀 の 杖 」 の 色 とが 、 死 の イ メ ー ジを漠 然 と なが ら形 成 して い る。   更 に、 「ただ 、 出 入 り口 に立 って … … 静 か に 聴 い て い た だ けだ った 」 と い う、 お よそ 動 き と い う もの を感 じさせ な い エ ミ リーの静 止 的 な所 作 や、 「乾 いて いて冷 た か った」 彼女 の声 も、 な ん とな く死 体 を 連 想 させ る。   け れ ど も、 決 定 的 な の は、 「彼 女 は、 よ ど ん だ水 の 中 に長 時 間 漬 か って い た死 体 み た い に膨 れ上 が って い る よ うに 見 え 、 ま た、 死 体 特 有 の 青 白 い色 を呈 して い る よ うに 見 え た」 と い う表 現 で あ る。 これ は、 エ ミ リー が、 この時 点 で は 完 全 に生 け る しか ば ね と化 して い る こと を、 暗 示 す る表 現 に ほか な らな い。   そ して 、 この 表 現 は、 エ ミ リー の肥 満 の謎 を 解 く鍵 に な る で あ ろ う。 す な わ ち、 そ れ ま で 「痩 身 の女 性 」 〔p.125〕 だ っ た彼 女 が 、 バ ロ ン を殺 害 した直 後 か ら急 に肥 満 し始 め た の は、 彼 女 が ほ ぼ その 時 点 で実 質 的 な死 を遂 げ、 以 後 、 「よ どん だ水 」 な らぬ くよ どん だ 《時間 》〉 の 中 に ど っぶ り漬 か って きた た あ で あ る こ とを 、読 者 は悟 るで あ ろ う。 8   エ ミリーの 《時 間》 が停 止 して い る こ とを何 よ り も雄 弁 に 物語 るの は、 前 節 の 独立 引用 文 中 の 「目 に見 え な い懐 中時 計 」 で あ ろ う。   確 か に、 この 時計 は音 を立 て て 動 い て は い る が 、 文 字 盤 は エ ミ リー の革 帯 に隠 され、 そ の針 の動 き は持 ち主 に とって 何 の 意 味 もな い。   な ぜ な ら、 バ ロ ンを毒 殺 した後 、 あ った に外 出 しな くな った エ ミリー は、 屋敷 内 で も 「胴 体 だ け の 彫 像」 〔p.128〕の よ う に ほ と ん ど身 動 き しな い存 在 と化 し、 過 去 とい う名 の墓 場 に 自 らを 埋 葬 して しま ったの で あ るか ら。   過 去 の遺 物 と も言 うべ きエ ミ リー の屋 敷 の中 は、 や た らに 「影 」 〔p.128〕 が 多 く、 至 る所

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に 「ほ こ り」 〔PP.120,128,129,130〕 が 積 も っ て い る こ と も、 そ れ が 彼 女 の 巨 大 な 墓 所 で あ る こ と を 考 え れ ば 、 異 と す る に 足 り な い で あ ろ う。   で は 、 エ ミ リ ー に 、 自 ら を 過 去 の 世 界 に 葬 り 去 ら せ た も の は 、 い っ た い 何 で あ ろ う か 。 9   一 般 に、 《時 間 》 は、 場 合 に よ って は、 人 間 の心 強 い味 方 に な りえ よ う。 例 え ば、 一 人 の人 間 が成 長 す る に も成 功 す る に も 《時 間 》 は必 要 で あ り、,《時 間》 の助 力 が な けれ ば 、 人 間 は何 事 を も成 し遂 げ る こ とは で きま い。   しか し、既 に 自己 の人 生 の絶 頂 に到 達 して お り、 後 は、 こ れ まで に 獲 得 した地 位 とか名 誉 と か 財 産 と か を 失 う しか な い 人 間 に と っ て は、 《時 間》 は恐 るべ き略奪 者 とな ろ う。   そ して 、 そ の よ うな立 場 に置 か れ た 人 間 の今 後 に は、 二 つ しか道 は な いで あ ろ う一 これ も 不 可 避 と あ き らあ て、 《時 間 》 の流 れ に伴 う変 化 を潔 く受 け 入 れ る道 と、 あ くまで も 《時 間 》 の流 れ に背 を 向 け、 未 練 が ま し く過 去 の栄 光 に しが み つ く道 と。   エ ミ リー の 父親 は後 者 を採 り、 彼 女 自身 も、 そん な 父 親 の 影 響 を受 けて、 同 じ道 を歩 んだ 。   しか し、 「最 後 に は す っか り気 が 狂 っ て し ま っ た」 〔p.123〕 ワイ ア ッ ト(Wyatt)老 婦 人 を大 お ば に持 つ エ ミ リーの 場 合 、 彼女 と同 じ 血 を 引 い て い るせ いか 、 自分 の 道 を 固 守 す る上 で、 偏 執 狂 的 な ま で の い ちず さ を発 揮 す る。 つ ま り、 エ ミ リー は、 《時 間 》 の流 れ に付 随 す る 一 切 の 変 化 を 徹 底 的 に 無 視 す る こ とに よ って 一 いわ ば、 自分 の心 の 《時 間》 を完 全 に停 止 させ る こ とに よ って一 、 自分 の世 界 を完 壁 な 形 で 維 持 しよ う と図 るの で あ る。   エ ミ リーの もろ もろの異 常 な言 動 は、 彼 女 の こ う した心 の 姿 勢 に起 因 して い る もの と理 解 す べ きで あ ろ う。 例 え ば、 彼 女 の 父 親 が死 亡 した と き、 彼 女 が な か な か そ の 事 実 を認 あ な い で 人 々 を困 惑 さ せ るの も、 ま た、 後 年 、 町 当局 か ら派 遣 さ れ た 交渉 団 が納 税 の催 促 に訪 れ た と き、 彼 女 が、 と つ くの 昔 に物 故 した サ ー トリス大 佐 が 存 命 中 で あ るか の よ うに振 る舞 って、 一 同 を あ 唖 然 と させ るの も、 変 化 を 何一 つ認 知 しま い と す る彼女 の 姿勢 が高 じた結 果 だ と、 理 解 す べ き で あ ろ う。 10   だが 、 エ ミ リーの 父親 の死 に つ い て言 うな ら、 これ を認 め ま い とす る彼女 の頑 張 りは、 人 々 の 熱 心 な説 得 に よ り4日 目 に は崩 れ て、 彼 女 はそ の事 実 を受 け入 れ ざ るを え な か った。   そ して、 そ れ は、 エ ミ リーが そ の時 まで 必 死 に 堅持 して きた過 去 の栄 光 の 世 界 が 、 少 な くと も一 部 分 は崩壊 した こと を意 味 した。   そ の こ と に よ って、 エ ミ リーが どん な に大 き な 精 神 的 打 撃 を 被 った か は、 彼 女 が、 自分 の父       が 親 の死 を認 あた 直 後 に長 ら く病 臥 した こ とか ら、 容 易 に推 察 で き よ う。   しか し、 サ ー トリス大 佐 の死 は最 後 ま で認 あ な か った エ ミ リーが 、 な ぜ父 親 の死 は、 割 合 に あ っさ り認 め た ので あ ろ うか。 他 人 の死 と肉親 の死 とで は、 彼 女 に認 知 を迫 る周 囲 か らの 圧 力 に著 しい差 が あ った こ と は確 か で あ ろ うが 、 決 して そ れ だ け の理 由 で は あ る ま い。   エ ミ リー が父 親 の死 を比 較 的 素 直 に認 知 した 本 質 的 な理 由一 そ れ は、 恐 ら く、 過 去 に対 す る彼女 の執 着 が 、 この時 点 で は ま だ、 主 と して 父 親 に植 え つ け られ た他 律 的 な もので あ り、 彼 女 の 主 体 的 な 意 識 か ら生 ま れ た 自律 的 な もの で は なか っ た、 と い う こ とで あ ろ う。   す なわ ち、 エ ミ リーの父 親 が死 去 した 時点 で は、 彼 女 は、 ま だ過 去 に埋 もれ た生 け る しか ば ね に は な り切 って いず 、 彼女 の心 の 中 枢 は現 在 に生 き続 け て い た に違 いな い。 だ か ら こそ 、 そ の こ ろの 彼女 は、 ま だ過 去 漬 け にな った 土 左 衛 門 の よ う に醜 く肥 満 して は いず 、 ほ っそ り した 体 形 を 保 って いた の で あ ろ う。 11   そ う。 エ ミ リー は、 儀過 去 の栄 光 に束 縛 さ れ な い で、 〈時 代 〉 と共 に生 き る自 己'を 、 無 意 識 の うち に も心 の奥 底 に秘 あて いた に違 いな い。 だ か ら こそ、 頑 固 な因 習 的 価 値 観 に と らわ れ て 、 娘 を結 婚 か ら遠 ざ けて きた父 親 が 死 ん で 、 彼 女 が そ の支 配 か らあ る程 度 解 放 さ れ た と き、 彼 女

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      えい は、 誇 り高 い南 部 旧家 の末 裔 で あ りな が ら、 庶 民 で、 しか も南 北 戦 争 で は敵 方 だ った 北 部 人 、 ホ ウマ ー ・バ ロ ン との結 婚 を 真 剣 に願 った の で あ ろ う。   した が って、 も しエ ミリー とバ ロ ンの 関 係 が 、 彼女 の希 望 す る とお りに発 展 して い たな ら、 彼 女 は、 過 去 の栄 光 や亡 父 の影 響 か ら完 全 に解 放 され て、 現 在 の世 界 に うま く順 応 で きて いた か も しれ な い 。   けれ ど も、 バ ロ ン は、 奔 放 な浮 気 者 で あ り、 ただ一 人 の 女 性 だ けを愛 して身 を固 あ る よ う な 男 で はな か っ た。 しか も、 今 の エ ミリー に あ る         きょう じ の は 旧 家 の 矜 持 だ け で あ り、 男 を 引 き止 あ る の に役 立 つ よ うな地 位 も名誉 も財 産 もなか っ た。 否 、 既 に三 十 代 前 半 を迎 え て い た彼 女 は、 若 さ を さえ も失 いか けて いた 。   それ だ け に、 エ ミリー は、 彼女 が結 婚 で き る 可 能 性 の あ る最 初 で 最 後 の男 性 と して、 バ ロ ン に一 層 強 く執 着 す る。 そ して 、 そ の可 能 性 が 最 終 的 に否 定 され た とき、 彼 と共 に 《時 間》 が 停 止 した世 界 に埋 もれ る こ とを 、 自 らの 自律 的 な 意 志 で 決 断 し、 かっ 実 行 す る。   エ ミリー が水 死 体 の よ うに太 り始 め るの は、 この直 後 で あ る。 以 後 、 彼 女 が 過 去 の世 界 一 バ ロ ンの殺 害 を含 め て、 それ 以 前 の世 界 一 か ら踏 み 出す こ と は、 決 して なか っ た。   この よ う に、 同 じよ うな過 去 へ の執 着 に見 え て も、 エ ミ リーが バ ロ ンに 出会 う前 の そ れ と、 彼 を謀 殺 し た後 のそ れ とで は、 根 本 的 な相 違 が あ る こ とを 、 改 あて 指摘 して お き た い。 め に ほ か な るま い。 つ ま り、 彼 女 は、 《時 間 》 の経 過 と共 に 移 り変 わ って い く外 界 か ら彼 を 隔 離 し、 新 婚 夫 婦 の寝 所 の よ う に整 え た部 屋 で 彼 に猛 毒 を飲 ま せ、 彼 の生 命 の 《時 間 》 を その 一 瞬 に停 止 さ せ る こと に よ って 、 彼 を 自 らの花 婿 の位 置 に永 久 に固 定 しよ う と したの で あ ろ う。   更 に、 エ ミ リー は、 自分 自身 も こ の至 福 の 瞬 間 を 彼 と共 に と こ しえ に生 き る たあ に、 自 らの 心 の 《時 間》 を今 度 こ そ完 全 に止 あ て しま う。 そ して、 い わ ば 《時 間 》 の 停 止 した この 二 階 の 一 室 に、 彼女 の花 婿 の な きが らと 自分 の 花 嫁 の 心 とを外 部 か ら密 封 し、 こ の部 屋 を 《時 間 の 密 室》 とす るの で あ る。   以 後 の40年 を、 エ ミ リー は 、 もっぱ ら この 華 燭 の 瞬 間 にの み固 定 的 に生 き続 け、 時 折過 去 を さか の ぼ る こ とは あ って も、 現 在 に 目覚 め る こ と は皆 無 にな る。 す なわ ち、 現 在 に関 して は、 死 人 も同 然 の 存在 に な るの で あ る。   バ ロ ンの 謀 殺以 後 、 エ ミ リーの 挙 止 が 極端 に 静 止 的 に な るの も、 彼 女 の そ う した 心 の 在 り方 の 反 映 だ と考 え れ ば、 う なず け よ う。       ひ そ   な お、 エ ミ リー が 砒 素 を 買 った の は、 町 の 人 々 が 憶 測 した よ うに 自殺 す る たあ で はな く、 バ ロ ンを 毒 殺 す るた めで あ っ た こ と、 また、 彼 女 の屋 敷 か ら漂 い 出 て近 隣 を悩 ませ た悪 臭 は、       ねずみ ス テ ィ ー ヴ ンズ判 事 が推 測 した よ う に蛇 か 鼠 の 死 骸 の 腐 臭 で は な く、 バ ロ ンの 死 体 の そ れ で あ った こ と、 は言 うま で もな い。 13 12   エ ミ リー が単 な る恨 み や憎 しみ か らバ ロ ンを 毒 殺 した の で は な い こ と は、 彼 女 が彼 の遺 体 に 長 期 間 添 い 寝 した形 跡 の あ る こ とか ら も、 明 白 で あ ろ う。 彼 女 の毛 髪 が 鉄灰 色 に な っ たの は、 彼 の殺 害 か ら数 年 後 の こ とで あ るが、 彼 女 の 死 後 に発 見 さ れ た彼 の遺 骸 の 傍 らの花 嫁 用 の 枕 に は、 人 の 頭 を載 せ た ため に出来 た くぼ みの ほか に、 「一 房 の長 い鉄 灰 色 の頭 髪 」 〔p.130〕が 残 され て い た の で あ る。   エ ミ リー が バ ロ ンを殺 害 した の は、 無 論 、 浮 気 者 の 彼 を 永 遠 に 自分 の手元 に と どあて お くた   それ に して も、 な ぜ エ ミリー は、 バ ロ ンを殺 害 した直 後 に部 屋 を密 閉 しなか った の か。   それ は、 たぶ ん 、 バ ロ ンが 、 死 後 もま だ変 化 を停 止 して いな か った か らで あ ろ う。偏 執 狂 的 な傾 向 が あ る エ ミ リー と して は、 彼 が浮 気 者 で あ っただ け に、 彼 が腐 敗 と い う形 の 変化 を続 け る限 り、 安 心 で きな か っ た ので あ ろ う。 腐 敗 が 完 了 して 彼 が 完 全 に 白骨 と化 す まで 、待 たず に は い られ なか った の で あ ろ う。       しらが   この こ ろ、 エ ミ リー の頭 に突 然 白 髪 が生 じ、 次 第 に その 数 が 増 え て い ったの は、 バ ロ ンの腐 敗 の進 行 に合 わ せ て、 彼 女 の心 も徐 々 に 白骨 化 して い っ た一 真 に、 《時 間 》 の流 れ を超 越 す

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る状 態 に近 づ いて い った一 さ まを 、 暗示 す る もの で はな か ろ うか 。   した が っ て、 数 年 後 に、 エ ミ リー の 頭 髪 が 「む らの な い、 ご ま塩 状 の 鉄 灰 色 」 〔p.127〕 に 落 ち着 き、 そ の変 色 のぴ た り と止 ま った 時 が 、 バ ロ ンの 白骨 化 の完 了 した時 だ っ た ので はな い か。 彼 女 は、 こ の と き初 め て、 彼 の 白骨 化 した む くろ と、 自 己 の分 身 で あ る一 房 の鉄 灰 色 の 毛 髪 と一 いず れ も、 これ 以上 、 《時 間》 と共 に 変 化 す る こ とが な い もの/い わ ば 、 《時 間 》 が       あ 完全 に停 止 した もの一 を、 安 心 して開 かず の 間 に封 じ込 あ た の で はな い か。   バ ロ ン との 〈結 婚〉 一 そ れ は、 客 観 的 に は 何 で あ れ 、 エ ミ リー に と って は く結 婚 〉 に ほ か な らな い一 は、 彼女 の生 涯 で た だ一 度 だ け咲       ば ら いた 美 しい 《薔 薇 》 の 花 で あ り、彼 女 は、 な ん と して も、 この 掛 け替 え の な い 宝物 を失 うわ け に は いか ず 、 そ の 確 保 の た め に念 を入 れ な い で は い られ な か っ たの で あ ろ う。   そ のか い あ って 、 エ ミ リー は、 あ こが れ て や ま なか っ た く結 婚 〉 の幸 福 を 、 不 動 の もの と し て掌 中 に収 あ る ことが で きた 。 以 後 、 《時 間》 が 停 止 し た 彼 女 の 心 の 《密 室 》 で は、 《エ ミ       ば ら リー の薔 薇 》 が鮮 や か な色 彩 に輝 き、 か ぐわ し い香 りを放 ち続 け た に違 い な い。 彼 女 の 心 の 象 徴 と も言 え る頭 髪 が、 この時 か ら彼 女 が 死 ぬ 日 ま で、 「活 動 的 な男 性 の頭 髪 の よ う に、 あ ん な に 活 力 に あ ふ れ た 鉄 灰 色 を ま だ 保 って い た」 〔p.128〕 こ と が、 彼 女 の 心 が 、 彼 女 の 外 見 と は裏腹 に、 永 遠 の 至福 の瞬 間 を生 き生 き と生 き 続 けた こ とを 、 語 って い よ う。 14   心 の 中 に あ る の み で 現 実 に は存 在 し な い も の に 呪 縛 さ れ 、 支 配 さ れ る の は 、 エ ミ リー ・ グ リ ア ー ソ ンだ け で は な い 。 例 え ば 、 エ ミ リ ー の 生 き ざ ま は 、 ジ ョ ウ ゼ フ ・ コ ン ラ ッ ドの 短 編 「あ し た に な れ ば 」 ("Tomorrow,"1902)の 主 人 公 、 バ グ バ ー ド (Hagberd)船 長 の そ れ を 思 い 出 さ せ る 。   こ の 年 老 い た 独 り暮 ら し の 退 職 船 長 は 、 か っ て 彼 の 横 暴 な 支 配 に 反 発 し て 家 を 飛 び 出 した 息 子 ハ リー(Harry)の 帰 り を 長 年 待 ち 続 け る う ち に 、 い つ しか 待 つ こ と 自 体 が 生 き が い に な っ て し ま う。 そ の た め 、 息 子 が16年 ぶ り に実 際 に 帰 っ て きて も、 彼 を 自 分 の 息 子 だ と は 絶 対 に 認 め な い で 、 け ん も ほ ろ ろ に 追 い 返 す 。 そ して 、 「ハ リ ー は 、 あ し た("tomorrow")帰 っ て く       ロ         る ん だ 」  〔Joseph  Conrad,"Tomorrow,"in

The  Nigger  of the"Narcissus,"Typhoon  and Other  Stories(Harmondsworth,  Middlesex, England:Penguin,1963),  p.357〕 と言 い 放 ち 、 ひ た す ら未 来 に 目 を 向 け て 生 き て い こ う とす る 。 つ ま り 、 バ グ バ ー ド船 長 に と っ て 、 「あ し た 」 と は く永 遠 に や っ て く る こ と の な い 未 来 〉 を 意 味 した の で あ り、 息 子 の 帰 還 は 決 し て 実 現 し て は な ら な い 夢 と な っ て い た の で あ る。   過 去 に 拘 束 さ れ る か 未 来 に拘 束 さ れ る か の 相 違 は あ っ て も、 現 在 を 生 き て い な い と い う点 で は 、 エ ミ リ ー も バ グ バ ー ド船 長 も似 た よ う な も の で あ ろ う 。   そ して 、 自 分 に 好 都 合 な 幻 想 に しが み つ き、 受 け 入 れ 難 い もの は た と え 事 実 で も 拒 否 し よ う とす る の は 、 こ の 二 人 だ け で は な く、 一 般 に 、 人 間 と い う 自 己 中 心 的 で 自 己 防 衛 本 能 の 旺 盛 な 生 き も の が 、 陥 りや す い 心 理 で あ ろ う。   も っ と も、 こ の 二 人 は 精 神 に や や 異 常 を 来 し て い る た あ に 、 こ の 心 理 が 極 端 な 形 で 発 現 して い る こ と は 、 確 か で あ る 。   だ が 、 そ れ だ け に 、 こ の 二 人 が 、 正 常 な 精 神 の 持 ち 主 に も潜 在 す る こ の 種 の 自 己 欺 瞞 を 、 よ り分 か り や す い 形 で 提 示 し て く れ て い る こ と も、 確 か で あ ろ う 。 15   けれ ど も、 この 二人 に対 す る周 囲 の人 々 の態 度 に は、 大 きな 差 異 が あ る。 バ グバ ー ド船 長 に 対 す る 港 町 コ ウ ル ブ ル ッ ク(Colebrook)の 人 々 が お お む ね 冷 淡 な の に ひ き か え、 ジ ェ フ ァー ソ ンの町 の人 々 は、 〈時代 〉 の推 移 につ れ て ドライ に な って い くと は言 え 、 エ ミ リーに 対 して 割 に好 意 的 な関 心 を終 始 持 ち続 けて い る。   30歳 に な って も まだ 結 婚 で き な い エ ミ リー へ の 同 情/サ ー ト リス大 佐 が 彼 女 の税 金 を 免 除 した こ との是 認/バ ロ ン と結 婚 した が って い る彼 女 へ の 精 神 的 支 援/彼 女 が 自宅 で 開 い

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た陶 磁 器 絵 の教 室 へ の 協 力/納 税 の 義 務 を 果 た さ な い 彼 女 へ の比 較 的 寛 容 な 態 度/彼 女 の       あ 葬 式 へ の 町 を挙 げ て の 参 列/開 か ず の間 の 開 放 を彼 女 の埋 葬 の 後 に回 した配 慮/等 々一 エ ミ リー に対 す る町 の 人 々 の 好意 を証 明 す る材 料 に は、 事 欠 か な い。   恐 ら く、 こ の差 異 は、 バ グバ ー ド船 長 が ほ ん の10年 前 に コ ウル プ ル ッ クに や っ て きた 人 間 で 、 「そ の 土 地 の者 で は な か っ た」 〔"Tomor-row,"p.333〕   の に対 して 、  エ ミ リー は ジ ェ フ ァ ー ソ ンの 旧家 の 娘 で あ った こ と と、 無 関係 で は な か ろ う。 す な わ ち、 コ ウ ル ブ ル ッ ク の 人 々 が 、 バ グバ ー ド船 長 を よそ者 と見 て い る の に対 して 、 ジ ェ フ ァー ソ ンの 人 々 は、 エ ミリー を ど こか 親 身 な気 持 ちで 眺 あ て い る の で あ ろ う。 そ して 、 境 遇 と 〈時 代 〉 の犠 牲者 と して の彼 女 に、 温 か い同 情 を 寄 せ て い るの で あ ろ う。   実 際 、 エ ミリーの 不 幸 は、 南部 の 旧家 に生 ま れ た こ と、 お よ び 〈時 代 〉 の非 情 な流 れ に巻 き 込 ま れ た こ と、 で あ ろ う。仮 に彼 女 が、 北 部 の 旧 家 に生 まれ て い たな ら、否 、 た と え南 部 で も 庶 民 の 家 庭 に生 まれ て いた な ら、 否 、 た と え南 部 の 旧 家 に生 まれ て も、 南北 戦 争 の敗 北 さ え な か った な ら、 彼 女 は、常 識 的 な意 味 で も っと幸 多 い一 生 を送 れた で あ ろ う。   だ が 、 エ ミリー は、 南 部 の名 家 に生 まれ 、 し か もそ の 没 落 に遭 遇 して しま った。 彼 女 の一 家 は、 南北 戦 争 後 の 〈時 代 〉 の 移 り変 わ りの中 で 、 誇 り以 外 のす べ て を 失 った。 そ の上 、 彼 女 の父 親 は、 人 一 倍 頑 迷 で 、 新 しい 〈時 代 〉 に適 応 で き るよ う な人 間 で はな か った。   これ ら の負 の要 因 が 、 エ ミ リー 自身 の性 格 と 有 機 的 に 絡 み合 っ た結果 、彼 女 を人 並 みの 幸 せ か ら遠 ざ け る こ と にな った の で あ る。 16   ジ ェ フ ァ ー ソ ン の 町 民 の 一 人 で あ る 、 こ の 小 編 の 氏 名 不 詳 の 語 り手 の 、 エ ミ リー に 対 す る 比 較 的 温 か い ま な ざ し は、 町 全 体 の 彼 女 に 対 す る 平 均 的 な心 情 を 代 表 す る も の で あ ろ う。 そ して 、 そ れ は 、・た ぶ ん 、 作 者 フ ォ ー ク ナ ー 自 身 の ま な ざ しで も あ ろ う。   こ の 作 品 で フ ォ ー ク ナ ー が 多 用 して い る タ イ       そくいん ム ・シ フ トの技 法 は、 読 者 の心 に惻 隠 の情 を 催 させ る こ と に も貢 献 して い る。 つ ま り、 女 主 人 公 の死 を も って物 語 を始 め、 その 後 で 彼 女 の生 前 の姿 を紹 介 す る と一 《時 間 》 の進 行 が 不可       あかし 避 だ と い う こ との決 定 的 な証 で あ る彼 女 の 死 を 最 初 に 示 し、 その 後 に、 《時 間》 の流 れ を 停止 させ た か の よ うに振 る舞 う彼 女 の生 きざ ま を見 せ る と一 、 彼 女 の懸 命 の頑 張 りが、 客観 的 に は、結 局 、 徒 労 に終 わ る こ とが 早 い段 階 で 分 か って しま って、 読 者 の 心 に は、 早 々 に彼 女 へ   れんびん の 憐憫 が わ い て くる。   しか し、 《時 間 》 を止 め よ う とす る エ ミ リー の 努力 が、 客 観 的 に は ど うで あ れ、 彼 女 自身 に         ば ら と って は 《薔 薇 》 の 花 を 咲 か せ た こと は、 本 稿 第13節 で 述 べ た とお りで あ る。 た とえ 、 彼 女 の そ の後 の極 度 に不 自然 な生 きざ まが 、 彼 女 が       ば ら そ の 《薔 薇 》 の 鋭 い と げ に刺 さ れ た 結 果 だ と し て も、 で あ る 。   そ う。 エ ミ リ ー は 、 町 の 人 々 や 読 者 が 思 っ た ほ ど不 幸 で は な か っ た 。 彼 女 は 、 彼 女 な り の 幸 せ を つ か ん で い た の で あ る か ら・。   そ し て 、 そ の こ と を 、 町 の 人 々 も読 者 も 、 こ の 短 編 の 最 終 ペ ー ジ で 悟 る の で あ る 。   (1998年10月24-25日 に松 山 東 雲 女 子大 学 ・松 山東 雲 短 期 大学 で 開催 さ れ た、 日本英 文 学 会 中 国 四国 支 部 第51回 大 会 にお い て、 筆 者 が 「時 間 の密 室」 と題 して 口頭 にて 行 った研 究 発 表 の 内 容 は、本 稿 の要 約 で あ る。)

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