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総合制中等学校(II) : 教育の機会を主題に

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(1)

(352)

(I)

機 会

一 教 育 の

を 主 題 に 一

教育学教室

後 前Tlilにおいて

,総

合11教 育 の導入 とい う,イ ギ リスにおける中等教育制度再編成の最近 の動向を述 べておいた。本稿以後 は

,総

合待1教育導入 まで の変容 を

,制

度史的 に解 明す ることとな る。 それ は, 何 よ りも中等教育 が果すべ き役割 と凱実 の制度 との関連

,お

よび役省」の変容 に従 う制度変容 に

,主

た る関心を示す ことを意味す る。役割変容の理解 は

,中

等教育が持 ち続 けて きた性格 と価値

,そ

れを受 ける増』人 (群

)に

受 容 されて きた価値 の変容 を

,把

握 す ることによ って可能 となろ う。 これ は

,中

等 教育 とい う一 つ の教育様会 を習解す ることと同義で あ る。教育機会 の意 味を何 らかの形で把握 して お くことが

,中

等教育 の変 容を制 度史的 に と らえ る際 に

,重

要 な手 がか りにな るとい う判 断を

,本

稿 の 前ttとす ることに した。 そ こで まず

,

“教育 の機会

"を

構造的 に把握す る

,な

い しは仮設 す ることを本稿 の骨子 と し

,総

合 十七!教育導入 まで の イギ リス中篭教育待1度史へ の接近 の基礎 と したい。

1教

育 の 機 会

1-1

教育 の機会

1,①

教育機会 の意 味 は

,従

来 あま り明 白で はなか った。教育 の機会均等 とい うことば によ り

,Fl

a的 ,日

標的 に と らえ られて いた。 しか し

,教

育 の機会 は

,む

しろ具体的

,実

体的 な もの と して

,と

らえ直す必要があ るはずで あ る。 ②教育 の機会均等 は

,近

代教育政策 におけ る最 も基本 的な要請 とされてい る。先進諸 国の教育制 度 は

,機

会均等 の実現 に向 って体系化 され

,変

容 して きて い る。教育 機会 の拡大 と均等 化を

,制

度 と し て休系化す るための動 因は数多 くあるはずであ る。 これ らの動因を体系化す ることによ り

,教

育機会 の構造 が設計 され

,制

度変 容へ の接近 を可能 にす る手 が か りが得 られ るもの と思 う。 ③教育機会均等 の解釈 につ いては

,理

論的 にかな りの一 致が あ って も

,そ

れを どのよ うに措置 し, 伸!度へ と具体化す るかの過程では

,一

定 の法則 はなか った と思 われ る。諸国の制度が

,か

な りの類似 性 を示 しなが らも

,な

お個性的であるのは

,こ

の故で あ る。総合制 中等学校 とい う中等教育 の類型 も その意味で,イ ギ リス流の機会均等化への努力の具体 化だ と言 えよ う。

2,①

教育 の機会 は

,

“諸個 人の持て る能 力・ 迪性等 を

,最

大限 に開花 。結 実 させ ることが可能 と 見 られ る教育 を うけ る機会

",と

常識 的 に定義 されて い る。均等 とは

,能

力以外 の要 因によ り

,こ

れ ら樵会が差別 されない状況を言 うとされてい る。 これを実体的に解釈 し直す には

,な

お説 り」が必要で あろ う。 ②教育が重要で あ るのは

,①

個人 の持て る力 を完成 させ るよ うに用意す る社会 的行為で あ る。⑤ 技 術文 明の中で

,す

べての階級集団に

,生

産 と分配 の効果 を高 め ることによ って

,よ

り高 い生 活水準 を 獲得 させ る技能 を

,社

会が要請 してい ることに対応す る手脱 と しての社会的投資で あ る。 この二 つ の 理 由による(つ と言われ る。この考 え方は

,教

育機会 に適用す ることが可能 で あろ う。③社会的行 為 と して設定 され る教育機会 は

,諸

個人 による活用 を要請 す るもので あ り

,①

社会的投資行 為 と して の教 也 誠 藤

(2)

総 合 制 中 等 学 校

(1)

(555) 育 機会は

,政

策 的 に設 定 され るもので ある

,と

考 え られ るか らで あ る。 この ことは

,教

育機会 が

,設

定 と利用 の両 レベルか ら按近す ることによって

,実

体 的かつ構造的 に把握可能であ ることを示す。 ③教育機会 が最 も具体的 に表47Hbされ るのは

,段

階化 され

,系

列 化 され た教育機 関の数や施設・ 設 備 等 の物的繋境

,生

徒受 容数 や それ に附随す る選抜過程で ある。 この点か ら

,進

学率 な どが

,機

会 の現

,拡

大 な どを説 明す るイ ンデ ックスとされ る。 しか し

,ま

,十

分 に教育機会を把握す る契機 とは な らない。進学率 は

,設

定 された枠 に対す る利用状況を示す のみで ある。 しか も

,こ

の場合

,設

定 さ れ る枠が

,い

かな る動因で設定 され

,ま

た拡大す るかの考慮 を

,変

数 と して導入 していない。 ここで は

,設

定 は利用 を常 に限定・ 規制す るとい う前提を設 ける必要があろう。(2)逆は必 らず しも真ではな い。 この故 に

,利

用 レベルで の教育機会 の価値判断が異 な って くるので ある。教育機会は政策 的 しか も利用操作的に設定 され るのであ る。

5,①

教育機会 は

,教

育体制 内の機能 によって設定 され る。従 って

,教

育体制 の機能 とその中で の 教育機会の明確 な位置づ けが必要 となる。教育機会 は

,現

象的 には教育体制 内で提起 され

,措

置 され る。それだけで は

,一

定 時点 におけ る状況を述べ るにとどま る。教育機会 の拡大等 の変容は

,教

育体 常!内て 自然発生 時に起 るとは芳 え られない。む しろ

,教

育休件(外の諸社会体系 との相互規定的ない し 依存的関係 の中で

,変

容へ の動 因が生ず ると考 えるほ うが妥 当で あろ う。 ②教育体制 は

,総

体社会 の下 位体系 としての社会休系の一 つで あ り

,教

育 関係

,学

校集団等

,教

育 を主機能 とす る集団や体系を統合す る

, L位

概念 的体系 とされ る。(3)こ のよ うな社会体系は

,社

会 的 な存在理 由を確認す るために行為を行 な う。それ ら行鵜 は

,課

題達成 と体系維持 の両機能を成 立 させ る。(4)課題達成機能 は

,行

為が

,あ

る状況において

,達

成すべ き目標 と しての価値を志向す るとき, 上 位体系 に適応す る形で

,日

標 と しての価値を判断 し

,行

為す るために成立 させ る機能であ る。休系 維 持機能 は

,課

題達 成を効果的に行 な うために

,体

系成貝 を 目標 に向 って意志統一 し

,集

団化 し

,そ

れ を統制す るために成立 させ る機能で ある。 ① これを総体社会 について言 えば

,課

題達成機能 は

,迪

応・ 状 況 と しての経済体制 と課題達成 と し て の政浩体制 とがあげ られ

,体

系維持機能は

,集

団化

,意

志統一 の慣行 としての教育体制 (道徳・ 文 化 を合む

)と

,統

合・ 統制 を主 機能 とす る規範的な法律体系や社会統制的な諸組織があげ られ る。そ れ ぞれの相互 関係 をみ ると

,政

治 と経 済は資腸t活用 を通 して

,政

治 と社会統制 は同調 。支持 関係 によ り

,政

治 と教育 は適合・ 合法化を通 し

,経

済 と教育 とは労働力需給市場 とい う関係 によ り

,教

育 と社 会統制 とは忠誠 と同調性 を媒介 とし

,相

互規定的であ るとい う。(5) ④つ ぎに教 育体制 について言 え_ば

,課

題達成機能 は

,①

指 向 され た 目標および価値 とそれを達成す べ く設定 された教育政策 と

,⑤

教育行為の共継 としての教育条件 の設定 との両者が考 え られ

,体

系維 持 機能 は

,①

課題 達成へ の集団化の基礎 としての教育過程 と

,⑤

能率化 のための統制規範的な侑1度と が考 え られ る。(6)教育 の機会 は

,教

育体制 の基盤 とな る教育奔件設定機能の中に

,岐

も具体的 に表現 され る。いわば

,教

育行 為 の物 的

,人

的資源 の整備 と して

,教

育機会 の具体 的内容が示 され るのであ る

c教

育外件設定機能 は

,教

育政策 として指 向 された 目標

,役

,価

値等 に即応 し

,教

育行 為 を行 な うための効果的な集団を構成 し

,そ

の行為を能率的に進め うるよ う

,施

設・ 設備等 の物的喋境整備を 行 な う機能で ある。 これ らの内容は

,個

人 の企画的な発達 とい う社会的行為 の

,そ

してたと会 的要請 に こたえる社会的投資 の基盤を示す ものである。同時に

,教

育機会 は

,こ

の教育条件 と して設定 された もののみを指すので はな く

,課

題達成

,体

系維持両機能 に合 まれ る要素を

,そ

の内容 として持つ こと を も意味す る。教育 の機会 は

,教

育政策的な価値 に規定 され

,教

育慣行 としての教育 内容

,方

,課

料 を合み

,政

策遂行 の基盤であ る教育条件 と能率的組織である制度を内容 とす るもの と考 え られ る。

(3)

(554)

4,①

教育傑件 と教育政策 とは

,相

互規定的関係にある。教育行漁の基継は政策 によって変容され

,教

育纂件設定への諸資所iの活用が政策をチエックす る。 ここに

,教

育機会の具体的設定は

,教

育政 策上のイデオロギーの規定を うける所以がある。また

,教

育政策は

,教

育体制の総体社会内での位置 づけにより

,経

済体制に適応 し

,政

治的イデオロギーヘの同調

,支

持を要請 される。従 って

,教

育機 会は

,総

体社会の政治的イデオロギーにより

,間

接的に統制 されることとなる。 ② このように

,教

育体制の1畿能を把握す ることにより

,教

育体制が全体 として

,他

の社会現象に対 し

,相

対的に自立 している独 自の包括的な体系 としての機能を持つと同時に

,他

の社会体系 との相互 規定関係にあることが明 らかにされ る。従 って

,教

育機会の構造的把握 も

,教

育体制機能をえ礎にす る必要性が生 じて くる。

1-2

イギ リス中等教育における教育の機会

1,①

これまで

,教

育の機会は

,社

会階級(7)と の関連で論 じられてきた。それは

,設

定 された教育機 会が

,現

実にいかに利用 されているかを問 うたものであった。その結果

,機

会利用率が階級によって 不均等であると論ず るω)のである。その前提には

,①

イギ リスの社会は階級的社会である。③能力分

布は階級によって不均等である。

0学

校体系が社会階級の区分とかなり密接な対応を示すのは当然で

ある。③従って,社 会的選抜が

,教

育的逮抜という手段により早如

1に

行なわれるのは合理的である。

という諸点があった。

! `

中等教育の類型は,グ ラマー,テ クニカル,モ ダーコ

ンの三本建てを原則としており,11歳 時の選別

によってそれぞれの類型に子ども

1ま

ふりわけら

る。それぞれの類型は異なった将来の職業への道を

用意し,従 って異なった格づけがなされている。このことは

,教

育の機会が

,教

育体制外の社会構造

との関連 の上で,階級構造 の維持 Ic泰 仕す る形で設定 され,利用 に供 されて きた ことを原則 的 に示す。 労働党 の主張す る総合制教育 の理念 が

,階

級的社会構造 の改革 に

,教

育機会 を活用す ることにあ ると すれ ば

,従

来 の教育政策的 イデ オ ロギー に対比 し

,逆

機能的 な機会設 定 の価値 が提示 され た と うけと ることがで きよ う。

・ ② エ リー トの選別 と育成 は

,常

にイギ リスの教育理論 と実践の中心訪t題で あ った。(の 教育制度 (機 会 の設 定

)は ,こ

の 目標 によって支 え られて きたのである。1944年 教育法で

,中

等教育 は万人 に開放 された。 しか し

,学

校類/.lを

,人

間 の能力型, しか も簿来 の職業上 および社会曲地位 に対応 させ る形 での三本建て とし

,特

にグラマー ギスクールでの教育を上位に格づけてきたのは

,こ

の故であったも この日標には

,才

,能

力の強調 と

,前

述のように

,能

力分布の階級間の差異が

,当

然のこととして 前提 されていた。換言すれば

,学

校体系 として具体化される教育の機会は

,階

級区分に即応す る形で 設定 され

,能

力による選抜を通程 として

,早

翔!に階級を固定化 しようとい うものであった。その故に

,早

翔j選抜を否定 し

,す

べての能力が同一学校でlNE4互交渉 しあうような総合怖七教育に

,し

かも

,そ

の 教育課程を通 し

,意

志 と努力によって

,よ

りよい職業への抜近を

,す

べてに平等にあたえようとする 総合制教育に

,は

げ しい反感 と不安を示す集団が数多 く存在す るのである。常に

,総

合制教育への批 半」として

,学

問水準の不可避的低下 と

,能

力ある者の選進化があげられ る(10)の

,「

イギ リスの社会 が選抜的社会であり

,そ

の基盤 としての才能は最 も重要なものであるJ。1)が故なのである。 ③現行 のグラマー ●スクールは

,申

世以来の中等教育の典型 と考えられている。 このことは

,グ

ラ マー ●スクールが

,中

流階級のための学校であることを示 してい る。大学進学者の主要な母集団 とし て

,従

って第 2エ リ 「 Ⅲ

F養

9キ

ぬ として この類型は

,西

洋古典文化の伝達を主要な内容 とす るァ・ 般教育の重視によ

?て

,IFt強 く1幣秘帰属の象勢中Ⅲ値Q?を 維持 しようとしている。西洋古典文化の伝 也 誠 後

(4)

総 合 制 中 等 学 校 (1) (555) 達 によ る象徴 的価値 の授与 とい う伝統 も

19,2o両

世紀 にわた って

,グ

ラマー ●ス クール に加 え られた 諸措置の

,た

とえば教 育課程 の改造

,生

徒 の出身階級 の広が り

,教

員資格 の変 化等 によ り

,大

き く変 え られて きてい る。d3)しか しなお

,グ

ラマー ●ス クール とい う教育の機会 は

,政

策 的 にその価値 は変 容 されて はいない。「 学校 は単一的 なtjll度で はない。社会 的統合 を最少限には行 な うことを合 むが, 他方

,か

な りの程度特定少数者の不む害 の維持 も認めねばな らない。J(14)「グ ラマー ●ス クール は

,社

会 的 出身が何であれ

,文

化遣産 を新 しい世代 に伝 えねばな らない。その文化 は

,少

数集団のそれで あ り

,こ

れを維持 し

,順

次 エ リー ト階級 に伝達 してゆ くことが

,グ

ラマー ●ス クール の義務で あ る(15)。

Jこ

れが その論拠で ある。

′ ′

│ :

④「 階級社会 においては

,学

校体 系 は安定剤 と して役立 つ。階級 は

,子

どものために選ぶ学校類型 を規定 し

,学

校体系 の層序 関係 は

,全

体 社会 の層序 を反 映す る。上流階級 は大学 に

,下

層 階級 は初等 学校 に

,中

流 階級は職業 および地位へ の欲求 を充足す るために中等教育 に

,階

級維持を 目標 とす る学 校 を持つ(1堵 」 これ は

,そ

の意ま現行 のイギ リス中等教育 に適用 され る。「 イギ リスの教育 は

,地

位 の象徴 と しての価値を持 って きた。 イギ リス人 の 目には

,中

等教育が中流階級を示 す象徴的価値 と し て映 って きたJ(17)のはた しかで ある。それ故 に こそ

,B antOckゃ Davicsが

言 うよ うに

,グ

ラマー ・ ス クールは

,独

自の性格 と社会 的価値 を認め られて きたのか も知れない。 しか し

,現

実 において は グ ラマー・ ス クール進学 は

,象

徴 的価値 よ り

,社

会 的上昇 移動を達成 させ て くれ る手段 と して

,い

わ ゆ る機能的価値 としての受容の され方 を して い る。総合制教育が

,グ

ラマー ●ス クールの価値 を機能 的 と見

,さ

らにそれをすべて の中等教育機 関に平等 に分配 す ることをね らったのは

,現

実 の グ ラマー ・ ス クールの性格 と価値受容 の変化があ ったか らだ とも判断 され る。 ①1964年 秋 以来 の労働党政府 によ る,総合制教育実旋へ の努力 は

,従

来 まで の中等教育 の性格づ け, 機会設 定 の 目標 を

,根

本 か らゆ さぶ ろ うとす るもので あ る。(18)たとぇ

,「

総合制教 育推進者 の 目的が 学 問的な もので な く

,よ

り公平 な社会秩序 の促進へ の社会政策の手段 と して

,学

校 (教 育 の機会

)を

活用す ることに関心を持 って い る

Jと

の批判(19)はあ って も

,選

別主義か ら平等主義へ と

,教

育 の機会 設定 の 日標 と価値を変容 させ ることは

,教

育機会設 定 の妥 当性をそ こな うもので はない。現実の社会 発展 の構想 と

,そ

れ に同調すべ き教育体制 との関係か らは

,教

育機能 の流動性 を高 め る上で

,機

会設 定 の価値 の変容 は

,必

らず要求 され ることになるか らで あ る。「異 な った学校類型 の発展 (教育機会 の設定

)は

,産

業界で の変化す る技術の基盤 に対す る

,異

な った社会集団の相異す るうけ とり方 を反 映す るもので あ るJ(20)こ とは

,政

治的 イデ オ ロギー の相異が

,機

会設 定 の基本的価値 と目標を変容 さ せ ることを妥 当化す るもので あろ う。

2,①

前述 の よ うな 目標で設定 されて きた 中等教育の機会 は

,グ

ラマー ●ス クー ルのみが

,中

流 階 級的職業へ通ず る唯一 の道 としての性格 を生み 出す に至 った。今世紀 に入 って もなお

,中

流 階級 と中 等教育 とは同義であったC21)が

,次

第 に

,労

働者階級 の有能 な子弟を収容す る道が開 けて きた。(?2)こ よ り中等教育の大衆化がは じまる。 しか し

,第

二 次大戦前 の中等教育 は

,い

くつ か の諮 問委員会 の報 告書 にも見 られ るとお り

,名

目的 にはすべての者 にあたえ られ る方向が うち出 され なが らも

;階

級的 立場 は払拭 されてはいなか った(23)。 もちろん

,こ

の ような中等教育の性格変蓉 は

,教

育体制外 の要 因 によ って

,技

術教育を

,ま

た延長教育を

,初

歩教育以上 の段 階 として

,多

くの者 にあたえ る必要性が 要請 され た ことによ る。 ② グ ラマー ●ス ク…ルの特殊 な位置 は

,1%4年

教育法 の中等教育同格性 の強調(24)も

,実

質 的 には無 効(25)でぁ った。グ │ラマー `ネ クτルが

,エ

リ‐ 卜養成 の唯― の公立機関であ るとい う性格 は,I依 然 と して変 らなか ったか らである。19世紀 におけるグラマー・ ス ク■ルは

,「

親 の所属 す る階級 によ ちて

(5)

(556) 指導的地位へ足 を踏み入れ ることを予定 されてい る個人 に

,優

位性 の承 認をあたえるため にあ り

,公

的な教育 は

,事

,脂

来 の職業 とはほ とん ど直接的関係はなか った(26)。

J B rycc委

員会 が

,中

等 教 育を職業準備にlBri斜した教育 として性格づ ける。7)と

,中

等教育 の価値 は

,象

徴的 な ものか ら機能 的 な ものへ と移 りかわ る契機 とな った。 ① しか し

,B rycc報

告 以後 も,第二次大戦終了 まで

,中

等教育 は

,中

流階級 のための地位 の象徴 で あ ることに変 りはなか った。それは

,産

業 化 の進展 に伴 ない

,技

術教育の振興 の必要性が痛感 され な が らも

, PlatOn的

といわれ る一般教養教育をあたえ る中等教育は

,技

能 的

,職

業的バ イアスを持 っ た教育機 関 とは

,同

一 の レベルで論 じられなか った(28)。 中等教育 は

,知

能 のす ぐれた

,ま

たは階級 の 上層 の子弟 を対象 に

,エ

リー トの地位 と威信 を保証す るもので あ った。今世紀 に至 って も

,中

等教 育 は金で買われ るもので あ り

,そ

の見かえ りとして

,エ

リー トの地 位 と威信が付与 されたので あ る。(29) 一方 においては

,19世

紀 後半頃か ら

,「

社会 は

,よ

りよ く教育 された労働者 階級や下層 中産階級 を 要求 して いた し

,初

歩 学校 は

,産

業 の教育的要求 を満 たす に十分でなか った。多 くの古 い

,有

償制 の グラマー ●ス クールが

,益

々増大す る下級の事務労働者 に対す る需要をまかな うために近代化 さイド30) て

J行

ったので あ る。それは中等教育が下級 および中級 のホワイ トカ ラー層の供給源 としての機能的 価値を強めて きた基盤 だ ったのであ る。 ④ この よ うな中等教育 の機能的価値の芽生 えが

,グ

ラマー・ ス クール教育 と職業上 の優位性 とを密 接 に結 びつけて くることにな った。 グラマー・ ス クールは

,ホ

ワイ トカ ラー

=中

流 階級的職業 の通路 とな ったので あ る。今世紀 は じめ以来 の中等教育無偵定員措置 は

,こ

のよ うな教育 と職業 の連繋 の密 接化 によ って

,社

会経 済灼層序関係の中で

,「

よ り上位 に進 出す る機会 は

,宮

に代 って教育 に依存す る傾 向を強め るJ CSI)こととな った。 ホヮイ トヵ ラー的職業 は

,教

育 の量 と質 とによって

,高

い地位 と 威信 と収入 を用意す るもので あった。従 って

,私

立 のパ ブ リック・ ス クールで

,そ

れ らの報酬 を金 で あが な うことが不可能であ った

,下

層 の中流階級 に とっては

,ホ

ヮイ トカ ラー的職業への通路で あ っ た グラマー・ ス クールを, 自己の地位を維持 し

,な

い しは上昇 させて くれ るはずの手段 と見 る(32)に ったので あ る。 この ことは

,第

二次大戦後の中等教育制度の改善以後顕著であ る。 ①変 ぼ うす る社会 は

,教

育 を十分 に うけた人間

,試

験 によ り資格をあたえ られた人間を多 く必要 と す る。一方

,中

流階級 は子弟 に対 し

,相

対的 に高 い収入 と威信をあたえて くれ る雇用 の道を必要 と し て いた。「 既存 の専llrl的職業 は

,科

学技術 の進歩 と産業化の進展 によ って

,高

い学歴を必要 とす るに 至 った し

,新

しい専PB的 職業 もその数を増 し

,こ

れ も高 い学歴を必要 とす るに至 った。J(3のこれ らの ことは

,一

方 において は

,よ

り高 い社会階級へ と上昇す る可能性を増大 させ

,教

育 と職業 (報 酬 と し ての地位

,威

,収

入等

)と

を更 に密接 に結 びつ けることにな った。他方 において

,教

育政策 上

,そ

の職業 に到達す るル… 卜を固定 し

,狭

少化 して お くことによ って

,報

酬 の量 を少数者 に集 中す る こと に もな った。更 に

,階

級 の差 に従 って教育を通 しての社会的上昇移動への意志決定 に差 を生 じさせ, 政策 的操作 によって

,階

級構造 の維持 に奉仕 させたので ある。 この意味で

,中

等教育 の機会 は

,グ

ラ マー ●ス クール進学の機会 と考え られてきたのである。

5,①

教育の 目標 とそれ に附随す る報酬の体系を制度化す ることによ って

,教

育機会 は教 育 の制 度 と な る。それ′らの報酬が

,誰

,な

い しは国民 の どの範 囲に分配 され るかは

,な

お政策的な 次 元 で あ る。中等教育への

,現

在 においては

,グ

ラマー・ ス クールヘ の進学者決定 は

,報

酬 をいか に分配 す る かを決め る手がか りで ある。現行では総合制への過渡的時点 として

,従

来 か らの選抜的手続 きが残 さ れてい る。

Turncrが

,社

会的上昇移動 に関 して

,保

護制 と呼んだ様式(34)は,ィギ リス の 特 徴 で あ り

,教

育 目標 に従が う機会分配 のHll―のよ りどころであ った。個人の意志 と努力 によって得 られ る 也 誠 藤 後

(6)

総 合 制 中 等 学 校

(I)

(557) エ リー トの地位

,威

信 とい う報4/1+分配 の様式 は

,イ

ギ リスの教育理

a,価

値 か らは

,受

け入れ られな い もので あ った。早期 に

,能

力 によ り

,よ

り大 な る報 酬 を うけ る予定者 を選別 し

,そ

れ らに特別 な教 有課程 を措置す ることで

,社

会的上昇 の可能性 を少 なめに押 さえ る方針が とられて きたので あ る。報 酬分配 は

,能

力を基準 に しなが らも

,既

存 の階級体制 を合理化す る方 向に設 定 されて いた。 ② 1944年 以前 の中等教育が

,教

育費負担可能 な もの と

,試

験 によ り高 い成就率を示 した ものを選択 す る形 か ら

,1%4年

以後 の11歳 試験 にお け る 軒1流階級子 弟 の グ ラマー ●ス クー ル優勢 まで

,一

貫 し

,報

Ulll分配 が

,階

級基盤 に乗 って政策的 に行 なわれて きた ことは

,た

しかな ことだ と言 えそ うであ る。「 社会が厳格 に成層化 され るほど

,社

会 は

,成

長 の能 力 につ いて新事実 を発見 す る機会 が少 な く な る。」「一世代 の中に報酬 の不平等 な分配 は

,次

‖r代以後 の教育への動機づ けに不平等 な分配 を結 果 しが ちで あ る。成功への動機づ けは

,明

らか に

,教

育 の全過程 に重要 な要 因 とな るので

,動

機 づ け の不平等 な分配 は 「 教 育制度の十分な拡大を制限す るようにな る。(35)」 最近 まで の イギ リスの教 育 は ま さにその とお りであ った。よ り大 きな報酬 の分配 は

,早

期 の選抜 によ り

,特

定 の階級 に限定 され, 更 にパ ブ リック・ ス クールによって

,能

力以外 の要 囚によ って

,不

当に限定 されていたので あ る。労 働者 階級 に対す る中等教育 の機会 は

,か

な り名 目的な ものにす ぎなか った。 ①能力 につ いて のPFLi級間 の分布 の差 は

,従

来 当然 の こととして うけとめ られて きた。測定 された能 力 は

,グ

ラマー ●ス クール・ イ ンテ リジェ ンスと呼 ばれ

,結

果す る過程 に階級 的要 因が入 りこむ こと は考慮 されなか った。1950年 代後半以後

,能

力把握 に対す る批判が

,多

くの研究者か ら出された こと はた しかで あ る。測定 された能力は

,港

在 的可能性 を示す もので はな く

,練

習 の効果で あ る。従 って 学再環境

,胃

,動

機づ け等 の量や質 の差 によ って大 きな影響を うける。 これ らは

,階

級 区分 に応 じ て大 きな赤がある。また

,測

定 された能力 は

,予

測 的妥 当性 にも問題があ る。 このよ うな批判 にもか かわ らず

,知

能検査 や学力検査 に代 わ る

,潜

在 的能 力把握 の妥 当な信頼性 の高 い手続 きが考 案 されな か ったため

,そ

のまま

,報

酬 の分配 の基礎 とい う性格 は変 え られなか った。

F10ud,Halseyが

,「

グ ラマー ●ス クールヘ の進学 の機会 についての階級間の不均等 は

,ま

った く測定 され た能力 におけ る階 級間の差 による」(36)と

,利

用 レベルか らの判断 も

,測

定 され た能力を合理化 の手 段 と した

,政

策 レベ ル の操作が

,報

酬 の分配 に

,か

な り強 く働 らいていた ことを示す ものといえよ う。

4,①

階級構造 は教育機会 に対す る価値判 断 に差 を生 じさせ てい る。階級を構成す る要 素 は複 雑で あ る。 しか し

,い

くつかの要素は

,社

会的上昇移動への要求 の強弱

,水

準等 を規定す る要 因 とな る こ とはた しかで ある。測定 された能力で あろ うとも

,一

応能力を一定 に した時

,階

級 に規定 され る父親 の職業や所得水準 の高低 は

,当

然教育費負担 の軽重 を規定 し

,教

育機会利用 の犠牲判 断 を変 化 させ る (37)。 貧 困階層で は

,教

育機会利用 によ って結果す る報酬 よ りも

,早

くか ら職業 を選 び ;‐生 計費補助を 強 い られ る。 このよ うな環境 にあ って は

,早

期学業放棄が

,特

定 の階級集団 に慣習化す る。教育 に対 す る両親 の態度 も

,社

会 的上昇へ の動機づ けに作用す る。 これ ら態度は

,職

,学

,母

親 の婚前 の 職業経験

,更

には

,家

族数等 によ って独 自なあ らわれ方 をす る。(38)地域性 もまた見逃 す ことがで きな い。

EgglcstOnは

Lciccstcrshircに

おいて

,中

流階級地域 の中流階級のほ うが

,労

働 者 階級地域 の中流階級 よ りも

,グ

ラマー ●コー スヘ の進学率が高 く

,労

働者 階級 につ いて も同様 の ことが あ った と報告 してい る。(39)もちろん

,機

会利用 の動機 づ けは

,両

親 を核 とす る環境的要 因によ って行 なわれ るが

,そ

の動機づ けを強化 した り弱化 させ た りす るのは

,子

どもである。その子 どもが

,努

力 を継続 で きる特性 を持つ ことが重要であることを示す もの(10)であ る。 ②「 中等教育が

,ホ

ワイ トカラー的職業 に焦点を置 いていたので

,グ

ラマー ●ス クー ル に進 学 させ たい と願 う労働者階級 は

,自

己の所属す る階級 との絶縁を承認せねばな らなか った。一部 は これを認

(7)

(558) めたが

,多

くは これを認めなか った。今 日で も労 働者階級 の父親 は

,子

弟 に対 し

,ホ

ワイ トカ ラー的 職業への雇用 に強い衝動を示 していない。(4つ

Jこ

の ことは

,生

活様式

,意

,威

信等 の階級構成要素 が社会的上昇へ の意志決定をチェ ックす る方 向に働 らくことを示 そ う。子弟を

,ホ

ワイ トカ ラー的職 業 につかせ ることは

,親

子 の心理 的 関係 を隔絶す る形 に結果す るので あろ うし

,中

流階級的職業への 上昇 は

,生

れ育 った集団の生活様式

,意

識 を変容 させ ることに もな る。 この移行が円滑 に行 く者か, このよ うな心理的犠牲 を も顧みないほど

,上

昇移動へ の強 い意志 を持 った者 のみが

,結

果 と しての報 酬を享受す ることにな る。」

ackSOn,Marsdcnは ,労

働者 階級 の子弟で グ ラマー ●ス クール に進学 し た者が

,在

学 中にすで に

,こ

の よ うな文化様式の階級差 によ って

,報

酬放棄 (学 業放棄

)へ

の動機づ けを

,親

か らあたえ られ ることを示 している。(42)「も し

,中

等教育が

,直

接 に産業 の技術 的地位 や生 産過程 に結 びついた地位 につなが るものであ った ら

,労

働者 階級 の中等教育へ の態度 は変 わ った もの にな っていたろ う。(43)Jグ ラマー・ ス クールの教育課程が一般教養教育 に傾斜 していた事実が

,労

者階級 の中等教育への強い要求 と して集積 させなか ったのであ る。 この事実 は,」

AckSOn,Marsdcn

の前述 した ことを裏書 きす るもので あろ う。社会的上昇へ の意志決定を させ

,機

会利用を実践 させ る 上で

,利

用 レベルで の動機づ けのみな らず

,設

定 され た機会 の質 によって も

,機

会 の性格受容

,価

値 判llhが異 な ることを意味 しよ う。 ③社会 的上昇移動への要求が

,教

育機会 の利用 のか まえを基本的に規定す ると見 ることは可能 のよ うで あ る。その時

,政

策 レベルで の機会設定 に対す る利用 レベルでの適応 とい う

,対

応 関係を最 もよ く説 明で きると思 われ る。個人 またはその親 に

,設

定 され た機会 を何故利用す るのか と間 うたとき, その回答 の大 きな要 因 として

,よ

りよ き職業

,よ

り高 い威信 を持つ地位

,よ

り大 な る収入があげ られ るはずで ある。政策 レベルでの機会設定が

,報

闇‖体系 の操作 と分配 を通 して具体化 され ると仮定す る な らば

,機

会利用 は

,操

作 され た報 円1の受 容 と同調 を通 して行 なわれ るはずで ある。

5,以

上 によ って

,教

育 の機会 は

,政

策 レベルで設定 され

,社

会 的上昇への利用 レベルでの要求 は, その枠 内で操作 され るとい う結論 に到達 したよ うだ。政策 レベルで の機会設定 の要素は

,教

育 目標 と 価値

,報

印‖休系

,規

,機

会 の分配 とい うことになる うし

,そ

れ らは

,操

作的

,統

制的で あ ることを 承認す ることによ って

,利

用 レベルは

,社

会的上昇 とい う教育への価値 と要求 を基盤 に

,政

策 レベル ヘ

,受

容 と同調 を通 して適応す る過程 だ と考 えることがで きよ う。

(1)45to18(Cowthcr Rcport),1959,Vol I,PP54∼ 55,

ことに

,社

会 的投資行為につ いて は

,①

国家 はその経済 の発展を統制す ることがで き るとい う新 しい思想 と ② 国家の繁栄

,安

定 は

,経

済競 争におけ る地位の維持 に依存す るとい う思想 に

,新

たに置 かれ た強調 によ って 十分説 明 され るとす る。 こうみた とき

,教

育 における社会 的行為 と投資行為 との関係 は

,前

者が国民 の権利要 求で あ り

,国

家の義務履行 として とらえ られ

,後

者 は

,国

家の権利要求 と国民 の義務履行 ととらえ られ よ う。 ここに教育 の機会が新たな地位を持つ ことになる契機がある。 (21 前注 によ り

,国

,国

民の二つの相互関係の うち,ここで は

,後

者 (国家権利 と国民 義務

)に

よ リウ ェイ ト を置 くことを前提 とす るので あ る。そ こには

,国

家側 にお ける国民 の要求受容 と

,そ

の履行 は

,国

家 の権利主 張の基盤で あ ることが

,前

提 とされ る。ただ

,国

家の義務履行 にあた って

,教

育機会を どのよ うな形で具体化 す るか は

,現

象的 にも

,理

論的 にも

,政

,経

済 の影響 によ って決定 されて きた し

,将

来 もそ うで あろうこと を承認 しな けれ ばな らないか らで あ る。

9

馬場四郎:教育社会学

,1965,PP.

(4) T, Parsons, RF, Balcs and E.A Shils:VForking PaPcrs in thc ThcOry of Action, 1955,

(5)T, ParSons; “o n thc ConccPt Of POlitical POwcr"in`Class,Status,and Powcr(R.Bcndix and

S.ⅢI`Lipsct cds.),1966,PP261-4

也 藤

(8)

総 合 制 中 等 学 校

(I)

(5p)

)Pattons流

の構造機能的教育体制論は確定 していないようである:。 い ぐつかの試論はあるが,まだ十分な準 拠枠にはな っていない。

ィ 伊

)イ

ギ リスにおける階級区分は特殊のものであろう。それは

,財

産所有の量 と収入量

,お

よびその源としての 職業を指標 としたものである。職業は

,層

序関係を持つ体系であり,うけた教育の量 と質 とによって定まると の考え方が

,そ

の前提 となっている。ホヮイ トカラー層 と労働者集団を上下 に並べ,それをまた区分す ること によって

,階

級を示す指標 とする。 これ は

,現

代の社会体制 におぃては

,階

級が

,経

済的集団であるという点 による (T.B.BottomOrc i Classcs in MOdcm Socicty,1%5,P17)。 従 って

,経

済的要因を指標 とはしていて も

,マ

ルクスの生産手段の所有

,非

所有を指標 とした概ム とは,まった く異なる。教育 に関連 させて言えば

,

中流階級 と労働者階級 とが問題 となるのである。(D.C,Marsh:Thc Chanざng SOcial Structurc Of England

and WIIalcs 1871-1961, 1965, PP195′

-207

および A.K.C. Ottaway;EducatiOn and sOcicty, 1964,PP 105 ∼5)。

(8) 」,FlOud ct al.(CdS。), Social Class and EducatiOnal opportunity, 495る ,pp42-5

J.Floud and A.H.Halscy: ``Englsh SccOndary SchO。 1、 and thO Supply of LabOur'' in `Education,

Economy and SOcicty'(A.H・ Halscy ct al cds,),1961,PP86∼9

J.FlOud and A.H.Halscy;【 `SOcial Class, Intclligcncc Tcsts, and SclcctiOn fOr Sccondary SchOolS" in A.H.Halscy ct al.(cds.)Op ci t.PP210∼ 5

」.Floud; ``Thc sOciO10gy of EducatiOn" in〔 sOcicty:PrOblcnls and h/1cthOds OF Study(A.T.Wclford ct al.cdさ,),1962,PP552-5

(9)A.M.Kazamias and B,G,Massitalas;Tradition and Changc in EducatiOn, 1965,P59 10 'V.H,G. Armytagc;Four Hundrcd Ycars Of English EducatiOn,1965,P242

B.Holrncs;Problc=ls in EducatiOn, 1965,P250

111) Tinlcs EducatiOnal supplcmcnt,Fcbruary 16 and hCarcl■ 50, 1962

1121 R.」.IIaVighurst; ``EducatiOn and sOcial 笙Obility in Four SOcictics" in A.H.Halscy ct al.(CdS・),Op cit.Pl15

10 D.ヽア.Glass;``EducatiOn and sOcial Changc in MOdcrn En」

and"in

A.H.Halscy ct al.(cds.);Op cit,P595

1141 G H.BantOck; EducatiOn in an IIxdustorial Socicty, 1765, P120

10 H`Davics,cldturc and thc Grammcr Sd1001,1965,Pl and P152

161 1■, Schclcsky: “Fan■ily and SchOOls in MOdcrn Sodcty"in R.Bcndix and

S.M.Lゃ

sct(cds.);op Cit,P414

11η R.J】工aVighurst i OP cit.Pl14

仕81 `Thc Casc fOr COmprchcnsiOn'by A. CrOsland,EducatiOn,」 anuary 14 1966

Circularlo/65on`Thc OrganizatiOn of sccOndary EdncatiOf

なお

,拙

稿 “総合制中等学校

(I)"「

鳥取大学教育学部研究報告 (教育科学

)第

8巻 PP247∼250を 参照

されたい。

l191 G,H.BantOck;op dt.P38

90 J.Floud and A,H.Halscy:OP cit.P81

21 19世 紀の後半から中等教育への関心が高まって来

,い

くつかの諮問委員会が

,中

等教育 に関す る見解を述べ てきた。いずれも

,中

等教育の性格を

,本

質的には

,中

流階級の教育だとしてきた。1895年の Brycc報 告 も そのような考え方に立脚 していた。それは

,賃

金労働者と商工業者

,専

門職業との間には

,教

育への要求の差 のあることを認め

,そ

の差は

,異

な った職業につ くために学業終了年齢の差 に対応するものと考えたことによ る。従 って

,一

方 に初歩学校 (高等科を合めて

)を

置き

,他

方 に中等学校を置き

,両

者の間に奨学金 という梯 子を用意することによって,この両階級の異なる教育要求を満たすことができると考えたのである。1908-9学 年度の教育院の年次報告の中で も

,中

等教育 と中流階級 は同二,も しくはほとんど同すの意味を持つべきであ るとされていた。 9動 1907年 教育法は,それまで

,有

償制であ った中等教育機関に

,授

業科免除の特典を持 った定員を

,少

な くと もえまで増や し,これを,公立初歩学校出身者に提供されるべきだとしたと このための財政的裏付けを

,政

府は 補助金の増額で行なおうとした。これを主として利用 したのは下層の中流階級であったが

,労

働者階級の有能

(9)

(540) な子弟に対 しても

,機

会はあたえ られたのである。この措置は

,公

的な試験 により

,選

抜 という形で行なわれ たため

,財

産や血統による選抜が

,能

力による選抜 という色彩を強める契機 とな った。 この措置の基盤は

,前

注 BryCC報 告 の中等教育

,奨

学金の梯子 と,1906年 に政権の座に復帰 した自由党のスローガ ン(社会的平等 実現のための新 自由主義

)に

あ った。自由党は,“ 中等教育の機会は不適 明である。初歩教育 と中等教育 は更 に 密接 に結合されねばならない"と主張 したが,まだ

,伝

統的な階級 に応ずる教育 とい う立場は完全 に消失 して はいなか った。 “万人 に中等教育を"と い う考え方 はとて も受け入れ られ るものではなか った。前注,19089学 年度の教育院の見解 にもそれが示 されている。 しかし,この時をもって

,労

働者階級か ら中等教育へ進学でき るルー トカ惧,日かnたとしてよかろう。 (O・ Banks:Parity and Prcstigc in English Secondary Schools, 19

6乱 PP65∼68,およつド, A,WI Kazaniias ;Poitid,Socicty and Sccondary Education in England, 1966, PP 145-4,P165,P171)

90 20Lr紀 に入 って結成 された労働党は,その後

,労

働者階級の子弟に対す る教育の充実を要望 しは じめ

,

“万 人 に中等教含を"という考え方を強めてきた。第一次大戦後 (1917年

)に

,万

人 に義務制の中等教育を宣言 した。それは,中等学校が

,無

償で

,個

々人の適性を発達させ る機会を

,最

大限 に活用で きるすべての者 に開 放 され ることをね らった ものである (O.BankS;Op cit,P216∼ 220)。 この考え方は,1925年 のR,H Tavtty

(SCCOndary Education for All,1925)に よって

,労

働党の諮問委員会のためになされた提案によ って

,よ

明確な形をとった。平等主義に立脚 し

,弾

力的な枠組みの中で

,初

歩教育 と中等教育を接続 させ ることを考え ていたのである。もちろん

,す

べての子どもに同一の教育をあたえることではなか った (B・HOlmcs i op cit P2♂)。 当時の教育体系を支えていた階級的教育観に対 し

,①

親の収入

,階

,職

業 に関係な く

,②

すべての 正常な子どもは,11歳で

,初

,中

等一貫させた型の中等学校 に移行可能なように (A.M.Kazami餐

;op

cit PP25牛5),中等学校を発展 させ ることを主張 したのである。 この考え方は

,そ

の後の政府の諮問委員会の 中等教育仙 に大きな影響をあたえ,“万人 に中等教育を

"措

置す る方向に向けられた。 しか し

,事

実は

,必

ら ず しも好転するものではなか った。1926年の

Hadow委

員会報告 は,“教育政策の目的 として

,単

に少数者を 選抜 して

,中

等教育 に収容するのではな く

,十

分な弾力性を持ち

,す

べての子どもの要求 にこたえるために, 多様な形の学校を持つ ことが確保 され る (P73)と した。その結果,11歳から14,5歳年齢層 に対 し

,グ

ラマー ・ スクールとモダー ン・ スクールの二種の類型を原則型 と考えた。Kazamias(oP Citi)は

,

従来の教台機会 観からの訣別を表わすもの

(P27)と

評価 しなが らも

,

“報告書が

,平

等は同一でないと言 うとき,それは, イギ リスの社会的

,教

育的思想の中で

,特

徴的な要素 (階級的教育観

)一

それは総合制

,多

課程制を否定す る 論拠に用いられる要素だが―を反映 したものである。機会均等の解釈は

,適

性・ 能力 によ って異なる学校 に進 学す るとい うものであ った

O換

言すれば

,(階

級 によ って

)不

平等な教育を うけること"(P284)とこあったと 批判す る。1958年のSPCIIs委員会報告は

,二

課程制を否定 し

,二

課程制を主張 した。Bants(op Cit・

)に

よれ ば, “中等教育の諸問題 に対す る委員会の解決法は

,知

的エ リー トのための訓練の基礎 という

,中

等教育の古 い貴族主義的な概念を犠牲 にす ることな しに

,民

主社会 に適切な中等教育の国家制度を確保 しようとい う試ろ みであ った

"(P5)と

する。1945年の

Norwood委

員会報告は

,SpcnS委

員会の二課程制を支持 した。 これは

``19世紀か ら20L紀に至 るまで に形成 されてきた,11∼

15,16歳

年齢層の教育形態を

,便

宜的に中等教育 とし て坐コとした ものであ った"(HC.Barnard;A History of El■glish Education,1%4'P265 and P528)。

Norwood報

告は,“教育の目的に沿 って るつの型 に子 どもを大きく区分することは可能である(P2)"と して ぃた。 このような人間の能力の型は

,理

論型

,理

論応用型

,実

務型 と分けられ

,既

存の学校類型 にあわせて,

それぞれ

,大

学進学 ヨース(グラマー ●スクール

),技

能者養成 (テクニカル・ スクール

),就

職 コース (モ

ダー ン・ スクール

)に

進学す る者 (O.BankS i Op cit,P215,お よび,H.C.Barnard,op cit P264)と され 更 に,それぞれは

,階

級構造の上

,中 ,下

に適合するものとされた の で あ る。 これは

,グ

ラマー ●スクール が

,中

等教育の主系列であり

,し

か も上層階級のための公立学校である性格を強 く示す ものであった。 1241 SpcnS Rcport P576,な お,この報告の中では

,二

課程制を原則 として も

,す

べての親 に よって

,そ

れ ら が

,同

等の資格を有するものとして

,均

等 に受容され るべきであるとした。 もし同格性 の維持が困難であると きは

,多

課程缶1学校 (同一の学校に5課程を併設する型

)の

採用 も考え られ るとしていた。 こ の 考 え 方 は, 理念的には

,全

地域 に浸透させ るべきだ とは考えていたが

,行

政的

,実

際的立場か ら不可能であ るとしていた (H.C・ Barnard;op dt.PP261∼ 2)。

12) O.Ban愁 ;Op cit.P202, H.C.Barnard ;op cit,P262

1261 C.Andcrson;“Economic Dcvdopmcnt and Post‐ p mary Education"in`Post‐ Primasy Education and

(10)

総 合 制 中 等 学 校 (1) (341)

Political and Economic Dcvclopmcnt'(D,C.Pipcr and T.cOlc cds。 ),1964,P21

Qη 中等教育 は

,知

識 の基礎 についてのみ教育す る必 要 のあ る人間 としてだけ教育す ることで はな く,その上 に

将来進むべ き専F目的 しごとや職業 に特別 の関心が は らわれて行なわれ るところの知 的訓練 と人間形成 の課程で

あ る。従 って

,す

べての中等学校 は

,多

少 とも職人 (craFtman)を教育 す る機関 としての特徴 を持つ ことにな

る ('V.H.G.Armytagc i op cit,P179)。

90 0.Banks ; 。P cit, P202, B HOlmcs ; OP cit. P225

A,M, Kazamias and B G.hrtassialas ;Op cit,P59

90

“教育 はmcritから遠 くかけはなれていた。将来高級官僚 にな り得 る有能な子 どもは,15歳で学校を止 め さ

せ られ

,郵

便配達夫 とな った

D能

力 はな くとも裕福な他の子 どもは,イ ー トン(私立中等学校

)か

らバ リオル

(オクスフ ォー ド大学

)に

進学 させ られて

,外

務省 の高官 とな った。… …"(M.Young:Thc Risc of Mcri←

ocracy,1965,P20)は この事情を よ く物語 るものであろ う。

30

成 田克矢;イギ リス中等教育政策史 ;4ワ6る,P194

13ユ) O.Banks ;Op cit, P240

0動 D V Glass:Op cit.P5ワ6

0勧 D.V,Glass;Op cit,

130 R.H.Turncr ; “Modcs of SOcial Asccnt throllgh Education" in R.Bcndix and S. E. Lipsct(cds), oP cit PP450∼458

00 WIhI Tumin ;“ SOmc Principlcs OF StratificatiOn"in R.Bcndix and S. I.Lipsct(cds.))op Cit PP5

4-5

J.Floud and A H.Hahcy;in A H.Halscy ct al(cds.)op cit,P86

B,Hoinacs , Op cit P258

J Floud ; in A.T Vclford ct al (Cds.), Op cit PP552∼5

J.Floud and A.H.Halscy;OP cit.P87

C.S.Brcmbcck ; SOcial Foundation of EducatiOn, 1966 PP145∼4

R,R,Dalc and S.Griffith:Down Strcarni Faillirc in thc Grammcr SchOOl,1965,PP14-50

な お

,B」

aCkSOn and D,Marsdcn:Education and tllc WOrkil■ g class,1965,は, こ の こ とを 如 実 に 示

す事 例研究であ る。

(Environmcnt and Conprchcnsivcs' by J.EgglcstOnゥ

EducatiOn,January 28 1966

J S WttacPhcrSOn : ``Sclcction in ScOttish SccOndary SchOOls" in A.H.Halscy ct al (cds.),OP Cit, PP19

5かV203 :oP cit PP51-5 i Op cit PP94∼ 128

2教

育 機 会 の 構 造

2-1

教育機会 の構造 レベル

1,①

教育の機会 は

,構

造 的には

,機

会均等 とは分離 して考察す る必要があ る。現象的 には

,教

育 の 機会 は教育制度 として具体化す る。制度 として休系化 されたとき

,設

,利

,調

整 の三 レベルか ら 桜 近 す ることを4_r求さイ孔る。 ②教育の機会 は

,利

用 され るべ く設定 され る。 この場合 まだ名 目的であ る。設定 され た教育機会は 利用 を喚起す る。 この場合 はまだ港在的であ る。機会の設定は

,原

則 的

,政

策 的な意志 決定 と措置の 過 程 を経て具体化 され る。それを教育機会 の状況 と想定 した時

,港

在 的な利用 の集積が イ ンプ ッ トさ れ

,機

会利用 は実質化す る。従 って

,設

定 を具体化 し

,利

用を実践 させ る段階 として

,調

整過程 をtt 定 す る必要がある。 側 制 御 9 僣 硼 陶 悧

R.R Dalc and S.Griffith D,V Glass i op cit,P400

B」aCkSOn and D Marsdcn D,V.Glass:Op cit.

(11)

(542)

2,①

現象的 には

,利

用が先行 し,1設 定が雁行す る。 これ は利用が流動的

,革

新 的で あ り

,設

定 が固 定的

,保

守 的だ とい う性格 によ る。′理論的には設定が先行 し

,利

用が雁 行す る。それは

,設

定 が原則 的な枠組 み と して行 なわれ

,利

用 は

,そ

の枠 内で行 なわれ るか らであ る。決 してその枠以上 には

,は

み 出さない。(1)調整 レベルは両者 の間 に介在 し

,設

定→調整→ 利用 と関連づ け ることによ り

,機

会利 用を顕在化す る。 もちろん

,設

定 され た枠組 み と利用 の集積 とは

,常

に設定の限界 内で均衡 を保つ と は限 らない。各 国の近代教育制度史 の語 るところで明白で あ る。 ②枠組 み の量質 の限定 と利用 の集積 と しての量質 との不 均衡 は

,常

に後者 の優勢化によって起 ると みて よい。 この場合

,機

会利用 の要求 が

,設

定 と して の限界 的枠組み の拡大 を要求す ることにな る。 しか し

,こ

の よ うな不均衡 が直 ちに設定の原則を くずす とは限 らない。 これ ら不均衡 の多 くは

,調

整 レベルで吸収

,解

消 され る。調整 レベルは

,こ

のよ うに

,設

定 と利用 の相互交渉 の レベルで あ ると同 時 に

,設

定 の枠組み を顕在 させ

,利

用 の喚起 を行 な う,両レベル個 々と相互規定的な レベルで もあ る。 ① この立場 か らすれ ば

,設

定 レベルはマ クロな総体 的

,原

則的 な レベルで あ り

,利

用 レベルは ミク ロな個別的な レベル とされ る。調整 レベルは中間的

,弾

力的 な レベル とされ る。

5,①

教育機会 は

,設

,利

,調

整 の三 レベルを想定 した とき

,構

造 的把握が可能 とな る。 これ ら ニ レベルは

,そ

れ′ぞれ主体が想定 さ―れた とき意味を持つ。従 って

,一

種 の行 為現象 として考 え ること がで きる。行為を説 明す る場合

, Parsons―

Shilsの行 為 の理論 的分析 フ レー ムが役立 とう(2)。 彼 ら によれば

,行

為 は

,③

目標を志向す る。⑤状況において起 る。③規範 によって規制 され る。①動機づ けにおけ るエネルギーの消費 を合 む

,の 4要

素か ら構成 され るとき

,社

会 的 な意味を持つ とい う。 ② もし

,設

,利

,調

整が行 為で あ るな らば

,行

為 の主体 を持 ち

,こ

れ ら

4要

素 を持 って成立 し てい ることとな る。事実

,三

レベブレはそれ′ぞれ何 らかの価値を志 向 し

,あ

る基盤 を持 ち

,規

制 的な枠 組みを持 ち

,日

標達成行動 を とるもので あ る。

4,①

設定 レベルにおける行為あ主体は

,具

体的には教育行政機関である。また

,利

用 レベルの行為 主体は個人ない し家庭である。本論 においては

,機

会をどう設定 し

,ど

ういう形で具体的に提供す る かは教育体制が

,機

会の管理は

,教

育 目標を達成す るための組織のうちの教育管理機関が代弁す ると いう立場をとる。また

,こ

の場合

,そ

れを利用す るであ ろ う他者 (群

)を

想定す る。この場合の 想 定された他者は

,教

育要求を持つ個人またはそれを合む家庭 となろう。 ② しか し

,前

述のように両主体の設定方向と利用状況は

,直

接にかわ りを持つ ものとして考え られ ないため

,こ

こに両者の中間的な主体を導入せねばな らない。畔1間調整 レベルの主体は

,一

応政策的 バイアスと利用的バイアスの両面を持つものと仮定す ることが便宜的である。 政策的バイアスは,設定を具体化す ると同時に,具体化の量 と質を

,政

治的

,経

済的に規制す る。利 用的バイアスは

,機

会利用の量 と質を顕在化 させ る。従 って前者は

,総

体社会での状況 (経済体制) と目標 (政治体制

)の

機能であり

,後

者は同 じく休系維持 (勃機づけと規範

)の

機能 といえる。

5,以

上の主体は

,そ

れぞれのレベルにおいて

,そ

れぞれの行典を通 し

,教

育機会を顕在化 させ

,実

質化する。行政 (設定

)と

家庭・I(利

)と

,常

に調整的主体の行為を通 して相互に関連 しあ う。

2-2

設 定

,利

,調

整 レ! ii:::!ベル に お け る機 会 の構 成 要 素

1,設

,利

用ぅ調整は行為 として とらえられ

,行

為の

4要

素を持つ ものと考えた。即ち

,①

目標志 向としての価値

,①

目標達成のi基盤 としての状況

,①

行為を規制す る規範

,①

行為の動機づけと実行 のための具体化を要素 として持つょデこれちは

,そ

れぞれの レベルで

,機

会を構造化する場合

,多

少 と も異なった形をとるものと考えなければな らない。 也 誠 藤

(12)

総 合 制 中 等 学 校

(I)

(545)

2,①

設定 レベルにおいては

,段

階として

,③

機会を決定す る過程 と⑤機会を措置する過程が考えら れる。換言すれば

,①

政策的意志決定 と⑤政策的措置の過程である。従 ってまだ

,一

般的ルールの敷 設段階である。機会設定の原只」を示す もので

,機

会の量的限界

,質

的境界を明示す るものではない。 設定 レベルはまた政策 レベルとも言える。 ②利用 レベルもこれに対応 し

,段

階として①機会声1月を決定す る過程 と⑤利用への準研「過概とが考 え られる。 これは

,機

会利用具体化への①戦略的意志決定 と⑤戦術的可能性追求への過概である。従 ってまだ

,機

会利用の一般的かまえであって

,機

会利用の港在的実質化の段階である。 ①両 レベルは

,機

会を一般的に規定す る要素を持つ。 しか し

,そ

れ らが相互に直接的に相互交渉を しえないのは

,機

会の実質化の要素を通 していないか らである。従 って もう一つ

,調

整 レベルでの機 会の実質化過程を必要 とす る。

5-A,①

政策 レベルにおける意志決定過程の構成要素は

,そ

れぞれ

,①

機会設定の政策的価値

,⑤

基月Rと しての操作 (報酬休系

),⑥

報Illl体系に裏づけられ る規範

,③

機会 (報酬

)の

分配が考えられ る。 ②政策 的措置過私 においては

,機

会設定 の政策的価値 に準拠 しなが ら

,④

操作 に対応す るもの とし て

,機

会 に付与 され る “報酬の操作

"が ,①

規範 に対応す る第一 の もの として “許容

"が

,○

規範 に 対応す る第二 の もの と して `支持

"が ,①

分配 に対応す るもの と して “相互性 の拒否

"が

,そ

れぞれ 考 え られ る。 ③ これ ら

,報

酬 の操作

,許

,支

,相

互性の拒否は

,多

分 に状況操作的な概念で あ り

,Parsons

,社

会化 の際の統制的過程 における段階 として提示 した もので あ る(3)。 教育機会 の措置過程 は

,多

分 に社会統制的な過程 とみ ることがで きる。それは

,何

よ りも政策 レベルが

,マ

クロな休系決定的な 次元で あ り

,状

況操作的な次元で あることを仮定 した ことによる(1)。 る一

B,①

政策 レベル におけ る両過程 の構成要素 についての規定 関係は

,次

の よ うにな る。まず

,政

策 的価値が

,機

会 の政策的/・k体 統一性を決定す る。 ここか ら

,機

会 の性格

,設

定 の 目標 と資源活用の 法貝むが規定 され るも ②機会 の性格

,設

定 目標

,資

源活用 の法則 に従 って

,機

会 に付与 され る特恵粂件 を一般的に規定す る基準が決定 され る。措置過程 においては

,特

恵条件 たる報酬 の量 と質が操作 され る基準が決定 され る。 ①機会の価値 と操作は

,具

体的設定に必要な体系化の法則を必要 とす る。即ち

,価

値 と操作 とに従 って体系・ 組織化 された規範の原則が

,機

会設定に規範 としての枠組みを作 る。措置過程においては ①機会設定の目標 とその基盤 としての報酬体系に見あう

,許

容条件 としての教育の質 と水準を原則化 することで表現 され る。即ち

,教

育段階区分 と系列

,そ

の内容 としての教育課程編成の一般的ルール を決定す る基盤である。⑤ それに見あう支持限界を決定す ることで表現 され る。即ち

,必

要 とされる 能力水準 と型の限界を措置する基盤である。 ④最後の要素は機会の分配である。 これは

,価

,操

,規

範に従い

,現

実に設定 された機会利用 予想集団 (f13+人

)に

対 し

,機

会を提供する範囲を規定する

,政

策的ルールである。措置過程において は

,相

互受容の拒否の限界 (利用許可の対象を限定する

)を

操作す ることによって

,選

,ふ

りわけ の体系

,水

,方

,過

程を決定す ることとなる。

4-A,①

利用 レベルにおける意志決定過程の構成要素は

,①

機会利用の目標 としての社会的 上昇へ の教育要求

,⑤

報Ylll操作の受容

,③

規範への同調

,③

機会分配への適応が考えられ る。 これ らはそれ ぞれ

,政

策的意志決定過程のそれぞれの要素 と刃応する。

(13)

(544) ②ユ4に,1過れ!における構成要素 は,仕 卜会白々上昇 とい う戦略的要求 に準拠 とノなが ら

,①

l災作の受 容 に対 応す る もの とし,て報 円I操作 の “認識

"が

,⑤

規範へ の同調 に対応す る第一 の もの として,融i容限界 内 での “選択需1価

"が ,①

規範への同調 に対応す る第二 の ものとして,支持性К界 内で の “選,く評価

"が

, ③適応 に対応す るもの と して

,(斜

く求充足

"へ

の行動が

,そ

れぞれ考 ア_られ る。 ①認識

,選

択評価

,欲

求充足 け

,同

じ く

ParSonsが

,1'会

化 における11人 の学i甲的過程 の段 階 と して

,提

示 した もので あ る。(5,教育機会 の利用準備過私 け

,多

分 に統綱適応的

,学

早ギ的過riで あ ると み ることによる。

4-B,C利

用 レベル における「 1過 えどの構成攻素 についての規定関係 は

,次

の よ うにな る。まず機会 利用 のT‖人 的 レベルでのlll値に基準 を置 いた

,戦

略的な教育嬰求が

,操

会利汗Iの統一″rを 決定 す る。 この要素が

,政

策 レベルで設定 された機会 に対す る利用の 日梓

,適

応 の ための ll人 レベルで のイこ汎ヽの 活用方法等 の一般的かまえを形成 させ る。 ②戦略 的 な教育要求 のかまえが決定 され ると

,政

策 レベルて の機会1共作 を受容せ ねばな らない。 '任 備避Tどにおいては

,報

WIの操伯:と して捉示 され る政策 レベルに対応 し′

,報

円十の1梁伯:を認話tする ことに 具体 化 され る。設定 された詔機会 には

,報

酬がlllrl i‖す る。 これ らの報円1には性格的な,(1のあ ることを まず諦男 し

,ま

,共

通 な要素 を認識す ることによって

,諸

様会 を要求 の水準 にあわせて整理統合す る。 こ¢段酷においては

,日

標 と しての相:会的」lヌの水準 とルー ト(即ち職メ:への志

F!)を

,日

材t遊 成 のために決定す ることとな る。 ①佃人 レベルにおいて利用 しうる機会 は,オ に会的Ji昇 への嬰求 と

,そ

の価値判断の ']ζ rlitであ る報牌‖ の諾識のみで

,得

す ることはで きない。機会の枠組み としての規4也に対 し

,同

調 す るための一般ll準 を持 たねばな らない。政策 レベルでの規範焼胡lに同調す ることによ って

,獲

得 され るべ き具体 的 な機 会 の水準 と統 四が,り1碓:な可能性 とな って捉示 され るか らである。従 って準備過社では

,①

政策 レベ ルの和i容限界 内での

,⑤

同 じ く支持範 囲内での

,利

用要求 に最適 の水準を選択評佃 iすることとな る。 即 ち

,①

設定 され た教育 の水準 と質 と自己の社会的」i昇要求 の 日料,方向 との関連 において,①必要 と され る能力の水準 と堺 と白己の持つ能力の水準 と型 との隣1迪において

,④

欲求 伍 向 に対 し “Jこの充足

"が

予波Jされ るか

または `11の充足

"が

予〕Jされ るか

,を

評価す る。④ “正 の充足

"が

予測 され るな らば

,そ

れ によ り

,特

定 の機会 の水準 と/11とに同調す る行動の決定 を行 な う。◎ “Flの 充足

"が

予】Wされ るな らば

,

“iliの充足

"に

転 化で きる他の機会 の水準 とZ型とを

,代

償 的 に選J(す る行 動 の決 定 を行 な うこととなる。

C41人

レベルでの

,教

育欲水 を充足 して くれ る根会 の水準 と7.lの一般方 向が規定 されて も

,政

策 レ ベルの機会分l「 Uf_の設定

,相

互受容の引 :否によ って

,機

会 利用 の可能性 が限定 され る。従 って利用意志 決定 には

,機

会分西Lへ の適応が必要 とな る。準備過務:において は

,日

標達成へ の動機づ けを強力に行 な うこととな る。相互性 の受容 に対 し

,最

も対呆酌であ ると判断 され る迪応 の図式 を用意す ることで あ る。投 も具体的な相 においては

,選

,ふ

りわ け とい う相互性 の受容,引 i否 の過社 に対 し

,最

も効 果的 に受容に・thる行動へ の動機づ けを行 な うこととな る(6)。

5-A,C中

F[記界 レベル において,TL Jサ的

,具

体 と内に機会を規定す る嬰素 は

,政

策 的バ イアスを持 つ もの として

,④

政策 。制度的要素 と⑤経済的 。文化的要素が考 え ら れ る。 よ り具体的 に は

,④

人 材の需要 と供給 との均衡保持

,お

よび痛来需要 に見 あ う供給増措置のための政策 的見地か ら

,具

体 的 に機会を措置す る過秘であ る。内容的には

,教

育段階

,教

育系列 の量 (機 関数

,受

容数等

)を

操作す る。③機会措置過程 を実質的に支 え る要素であ る。必要 な機会 の量に見 あ うだけの経済的

,文

化的資 源を操作す る過程である。 この際

,機

会 の量 を どれ だけ顕在化可能かは

,教

育費 の量 と配分 の基準 お 也 藤

参照

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