今日は櫻田校長のお招きに依って∵諸君讐鹿.の講演を致します串は誠に車でございますっ然るに諸君は町民 ● 釆飴程講演攻め檻なつて居る横広承って屠ります?⊥、腰此の講演は播く断片的なむのであれまして、▼講演そのも のは低値の少ないものが多いのであります。然し常に馴れた先生からお請を堰いて嵐りをすと︵晦日軋培いた、
サ一海月も遮い堅剛廻も聴いた、爽管辟んだらう卓瓦ふ澤で、一日位どうなつ怨も太した降りがないやう灯思は
動る雷めに、兎角粗末になり勝ちである郎、、欒わつ.た人が逸べますと平凡な事℡あつでも1何か暗示を受ける事が往々にして透るのであります。私自身も拳生時代に時々外から発た人の講演を璃いたその畠が、今でも頭に残
って居って夫が研究の綺になつた様な事がある。私如赴かち申上げる苛も﹂卒常佐革校で行る講義の﹁部分を鼓
へ超すと云ふ潔けであつて至藤平凡なものであります。只顔が欒つモ居る馬めに何か得るものがあれば、無常に
結構と思ひます。さう云ふ意味で御聞きを僻ます?私は先輩の下働をして自由通商協愈と云ふものを今年一月に商二王摩臍研究▲ 攣惑彗豪 ︵儲か㌘桝︶
脚税政範の理論餅税政先の理論
上
≡八三︶ 一 _二j軒 ︷′l八四︶ 二 第三懸 第三携 束京に於て拝へたのであります。其後色々の土地に同種類の困慣が出来たので此度一弾に講演を迫って見たら何 ぅかと云ふので、横淡、名古屋、京都、大阪、神戸などを狙って釆たのであります。之は私は今自の首本の内外の形勢 かち見て頗る重要な事と偲ふ。霊夢な寄であるに拘らす案外に叫般の人が注意をして居ら一ない。専門家であれば 分っては居るが飴り専門に捉はれて仕舞って大腰の掟へ彪がない。例へぼ大赦省の役人は関税の細い寄はよく知 って居るが紺税の理論を知らぬ。細々した事は一般の人は非常に難い事の様に考へます。虚が之は難い事では払 いのみならず、今日の国民生活の上に大いに影響を持って居る問題で、之を一つ十分に理解し、さうして其の中 から輿論が出来て、之が政治に影癖家持つ様になることを我々は望んで居ります。兵の馬めに嘗は自由通商温動 と云ふ様なものを起した繹であります。夫で高松での講渦は、叫回は螢生諸君、一回は公開する番でありますか ら、第一の講演で関税改発の極く棍撮となる様な理論に就いて、御託をして、第二回の講演で賛際開腹として今 日の日本の関税政策に就きまして、私の見る所を御話して見たいと斯ふ考へて居ります。詰り朝の講義と晩の講 読と連絡して︼つの講義になる積りであります。尤も此の関税政発と云ふ事は諸君が撃校で将来御開きになる。 上級の方は眈に御開きになつて居る問題である。故に私が茹で絶てを御託すると云ふ必要はないし、文一螢親位 構って行る寄を、二時間では難しいだらうと考へて居ります。十鰭発農の講義は初めから絡まで悉く必要な寄許 りではない。昨日諸君の兜聾である、三土蔵相が螢校の講義は二割蒐へよと云はれた相だが、二割と云ふ事は品 常任らなければならぬ。兜生の迫る講義には非常に肝腎な虚と、肝腎でない魔とがある。肝腎でない虚空一別鱒
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っても何にもならぬ。肝腎な魔を二割取れば宜しいと云ふ寄陀なります。痩りは忘れても宜しいと思ひますが肝 腎な磨と肝腎でない偶の区別の出水ない人は仕方がないから、皆取るより仕方がない。私も二時間の閏御話する 串は肝腎な寄と思ふだけを御託中上ます。 関税の閲は開朋であります。着で謂へば鈴鹿の閲、逢坂の開の銅であわます。此等の開は人間の銅で経済上、 財政上の閲ではありません。併し日本でも管財政上の閲があつた。域図時代に品物の税金を取る踊があつた。税 金を彿はないと山や川が通れす、山には山手、川には川手と云ふ名前があつ′ね。夫に就て軟洲には帥諸兄た様な 寄がどざいます。昔々アントワープに非常に力強き化物の様な大男があつて、隣邦を征服した。スケルトと云ふ 川に荷物を積んだ紡が上って来ると、所謂川手と云ふものを取って屠つた。夫が中々苛割に蓋いので商人は非常 に困つた。其魔に武蛮の達人で非常に偉い侍が現れて叫般市民の蔑めに化物を退治して迫らうと云ふので、其の 大男の手を斬って其の大きな手を川の中に放粟した。共役は川の通行が自由になつた。それだから現今でもアン トワープ市の中央に若い夫男子の士が大きな化物の車を今正に河中に放り込まんとして居る銅像が建って居る。 彼の地名を英語でアントワープといふがドイツ語ではアントウニルペンである。これはハンドウニル一フエン即ち 手を投げるといふ語が靴ったのだ。 これ蛛落語のやうな罪のない帥話であhこ浸すがチヨット飴興にお話したのであります。兎に角甘は何れの図に も山手とか川手とかいふやうな通過税が朗々にあつた。段々団が政治的に統一せられて行くに随つて、交通を障 関税政貸の理論 ︷−八五︶ 三
︵一入六︶ 国
笥三億 第三鱗
賓する税金を厳した。夫が囲現にだけ残ること1なつた。観墳を趨へて外囲から来る者に勤して税金を課する様 になつた。之が即ち紺視であるが昔の考へは主として財政的のもの恵あつたっ即ち其.の図の政府は収入を得ると 云ふ蔑めのものであつて、消費税と同じ様な意味で掛けたのであります。魔が段々関税の作用が分って発て、関 税に依って園内の産業を奨撤する寄が出来ると云ふ事を判つきりと認むる様になつ∫ね?そこセ関税と云ふものを 収入の手段とすると同時に産業改発の手段とする事になつ一て釆たのであります。即ち十七八世紀になつて験薙巴 セは非常濫費達tて参つたのであります。日本では穂川時代忙は未だ国内が三百飴の蒔把分れてゐて各藩が夫々 ﹂つの固であゎましたから、藩毎に濁立産発政策を持って属をした。高冷滞でも外の藩に封抗す各棟に経済政繋 が行れました。随って日本困としての産菜改発ではなかつたのであります。やがて安政の開園と共に、外国人か ら教へちれて、我圃は関税の制度を採用tたのであります。そこで関税が産葉上.、如何なる働きをずるかと云ふ 葛を簡単に御話して見たい七思ひます。今日隣と闊とが談判を致します時には、執れも相手の闊をして出来るだ け税金を下げさす様に努めるのであゆます。叉談判の結英自国が税金を飴計取るやうになれぼそれだけ自国の徳 である様な気持がしないものでも凌い。然し乍ら事嘗は裸金を飴計取る番は必ずしも其の図の利益とはならない 支那の様に叉明治二寺二年以前の眉本の様に関税を取らうと思っても、外交偲約に依って禁ぜられて居て、取る 寄が闇米ないやう奄場合健一固の鳩山且を制限せられる串になりますが、併しながら取る革は法線上蓋麦へないか ら、幾らでも飴計取るが宜しいと云ふ事は間違ひであります。何故なれば、此の税金と云ふものは結局外囲人にOLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
掛って行くものでなくて、矢張り我閲の人に掃って来るも一のである。之は分りきつた事であ牒ますが、往々にし
で外因人に掛るもの1様に、知らずて誤解せられ1るのでありますから、兜づ此の潮を判つき牒して置かなければならない。外囲から国境を越えて這入つて来る品物に勤して関税を耕けたならば、図内の拘費者は原偶に税金
だけを加へたものを沸ふ事になサます。但し之には外囲から這入って来る品物の種類に依って事情の違ふ場合が
あります。何ケしても﹂外囲から買はなければならぬ品物であり、而か鴻其の品物を輸出サる囲竺図しか寒い
場合、現に日本に輸入して来る品物を、外に生産する困が無い璧口を仮定すると繁る方が猫占柿を持って居る。
斯ふ云ふ様な状態であつたならば無論此の品物の傾稀は1関税の税金が上ったならば上りただけ高くなるでせう犬から反射に日本なら日本と云ふものが買手として覇占椎を以て居る場合、即ち日本以外へ持って行っても繋る
虚がないやうな品物になると、関税をかけても多分その偲段が騰らないでせう。他に何鹿へ持つて行つても賓る
寄が出来なく、日本でどうしても安らなければならないが﹂日本で費うぅとすると税を取られる。﹀夫だけ瀧倍を
切って繁らなければならぬことになる。どうしても引合はないならぽ生産を止めるより仕方が率い。さすれば喩
入税が外囲の製造者の負特になると云ふモ亭ふ寄は理論上に於きましてはさうなる場合が有り得るのであゃます
併しながら嘗際は伸々日本だけが買手であつて外に買手がないと云ふやう葱⋮物はな、いのであゃます。尤も其の
反封の方の欝手だけが猫占樵を以て居ると云ふ事も極めて少ない。両琴の中間の場合が普通せある。税金を掛け
れば税金と同額だけ物が高くなると云ふことはない忙しても、大腰それに近いだけは高くなると考へて宜しい。
関税政寛の理論 ︵一入七︶ 五訂「r
之だけは刊つきりと摘んで琶く必嬰がある。
ぎて外聞から輸入される品物が高くなると其れと同じ内地工業品も同様に高く野れます。外囲から這入クて蘇
る物が高いならば、閣内の製産費が飴計耕っても競争が揖釆る。之が産光政箪の限の付け鹿で、・保護的税政究の
理論は其磨から出て来るのである。抑々産業の補助奨励と云ふ欝は、開校ばかりが手段で潅い外にも亀東の方法
がある。日本でも党則申します通少、安政の開閣以来、明治lニ十二年まで関税の率は催約に依って制限せられ、 五分以上の税金を掛ける寄が出水ない約束がしてあつたが∵明治維新以来三十年の問、保護政策をやり得なかつ︶たと云ふわけでなく、関税以外の手段を以て行って居る。此の時代の日本の産業に封する保護輿樹は寛は至れ﹄
壷せりであつたし、又夫相等の効果を貌げて屈ます。安政開園以来、日本の政治家が世界の形勢を見て、之はど
うも日本が非常に立遅れて居り、此位で進んだならば申すまでもなく日本は礪立を失つて仕舞ふ諸になるから、
之は日本自ら西洋文明を採用して富猥の寛を奉げなけれぼならぬと云ふ大謄な決心をしたのであり訂す。若し夫
をしなかったならば日本は或は印度の如く、支那の如き惨めな状態になつて居たに造ひない。襲に明治睦代の政
治家が非常なる決心を以て此の二千年来外観と飴旦父通しなかった固を開放し世界各国と交通す為のみならす、
政府自ら歓羅巴の文明を輸入すると云ふ葦に非常に骨を折りました籍めに、色々弊害も現れて居りますが、今日日
本が耽界の五大図の仙に入れる彪まで進んで釆た。今年は恰慶大久保利通氏が死んでから菰十年後になります符
で、御祭をするさうでありますが、大久保公は明治の産柴政策と云ふ事に就きましては非常に功労が思り、叉部
第、三食 第三戟 〓八八︶ 六OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
常に早見表であつたと思ひます。諸君は此頃箪校の教科書以外に何う云ふものを讃んで居られるのか、知りませ んが、私が子供の将に偉人の侍記車韻むことが非常に流行ったので、之は色々の意味に於て我々の思想を蕃ふも めと思ひます。殊に明治時代の政治家或は嘗菜家の噂記を蒐めて見れぼ日本の産柴兜の研究上頗る重要なる資料 を得られるのであります。そこで火久保利通公以下明治の政治家の産業政策の手段は何であつたかと申しますと 先刻申しました様に紺税以外の寄を行って行かなけれぼならぬために、直接奨励金を出して居るのでありますP 色々のエ場などを政府自ら金を樹けて括へ、或は民間工場に封して政府から補助金を出し、政府の金を安く貸し て遣りました。低利資金を民間の愈敢に便はせると云ふ方法は今日でも其例がありますが、之は明治時代に盛拡 行たことであります。今補助金と開税との理論上の働きを比較して見たならばどうなるか。補助金の場合にはr 般人民に課して取った例の和税の中からして一部特称の啓発に従事して人に金を出してやるのであ少ます。納税 者の懐から取ったものを⋮部製産者の懐に移すと云ふ働きを政府がするのであります。然るに関税と云ふ手段を 依って補助する場合には、政府の歳入歳出の以外において金が給費膚の磨から製産者の魔へ・行きます。閑蘭の結 果として品物の値段が高くなるから、、卓の高くなつただけの金は消費者の快から製産者の怯に行くわけです。放 た今直接に補助金を出すのと保護関税と何鹿が造ふかと云ふと、叫方は政府を通じて居り、−方は直接に輿へて 居る。之が違ふ鮎でありまして、執れにしても図民の負暗が増すのであります。直接補助金として出す場合には 嗣税者が負塘する、税踊の場合は、治費者が負堆するので、購い意味から云へぼ何れも輯民が負摸するのである 関税政策の理論 ︵一入九︶ 七
︵︼九〇︶ 入
第三怨∴苑三択
︸方揉政府の手を通℃て補助七↓一方は通さなくて出して居るだけの相違がある。廃るに政府の手を通じて補助 金を支出する場合には何々の寄柴を奨励する蔑めに年々幾何国民の金を政府が使つで居ると云ふ欝をはつきり美 津罫の上に現はして見る。譲合に於て政府の財政を討議する時分把も之が問題化凝る。虚が保藩閥税の方は伺う なるかと云ふと議合の問題として歳偶の関係より偲寧ろ歳入の方の関係になる。外閲品に税金を掛けてそわ輸入 を邪臆するから、幾らか磯るでせうが兎に角幾らか魔人って来ると、之に劃する課税は歳入として橡算の上に凝 れて釆ます。之濫反して滑安着の辛からして、劇産老の争に代金の﹂部と七て彿ふ庭の金は財政上﹂歳出の部に 現はれて釆ない。賛際図民の懐中から出てゐる金があるけれども、それが表困に規はれないのでありほす。経つ て叉人の注意す局所とならぬ問に何時の閤にか莫大な金が図民の負楷となつて産業保護のために費されることゝ なる。議合などにて直接喫掛金を潤すと云ふ案が倒れぼ財源が出来るょか、出来ないとか云ふ文句が出る。然る に保護踊碓の方になると国民の負拾の間 にして詮を立てるやうにな牒。例㌧へば政府が地租委譲の許諾を嘗街サ竃にしても、束材及鎖等の関税引上げ凍財 源にしやうとする。他の一方に於て山林の持主や製鋳合祀の方は自分等の利益が保護せられるめですから勿論熱 心に闘魂を要求する。傲府偲恰も芸の眉を以て十ぢの鳥を殺すと云ふ郡合の好い外観を呈するので恩牒透す。 即ち地租委譲と産業保護と二の目俄雪蓼にして述す牒と革ふ様な邪観官寄るのであります。併しながら戌隠 只外観だけ℡あつて茸際は非常に不経済な財政政策が出来ると忠弘ます。何故かと云ふと、財政上の収入麦田上OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
云ふものは国民全鰹の牧人支出の仙部に過ぎないのであつて形式上瀕算に現れる例の歳出の以外に障れたる支出 といふもわがあります。ノ例へば外の例を取って申せば、徴兵制虔に依って今日典除老来めて居りますが、兵隊を 蕃ふ蔑めに果敢育する馬めに兵舎壱建てる、廃兵場を括へる.、式辞を輿・へ畠?夫が焉めに陸軍でぬ憫程溜云ふ金 を預算而に表はれて来る。虚が別に之に件ふ障れたる経費がぁります用兵卒が日分の琴から小遣銭を取って嘩ふ 兵卒は﹁日に付十三銭五厘とかの趣く僅かの金を潜って居るので、夫では足らな心から小道銭を家かち取る。葡 ほ若も兵隊に行かなかったならぼ国民として製産すべき魔の金も出来ないのであります。夫は預界面に現れない 隠れたる経費であります。一人﹂日の田費を極めて低く見て〓凰としても﹂年に三望ハ十五園ですかち平時泰螢 の兵卒が二十常人あるとすれば七千三百萬園となる。これが兵役に伴ふ桝の隠れたる経費の概算であります。 慶で蘭廟の方へ東を戻して見れぼ、関税を通じ.て産業の保護せする協合昭夫張牒隠れたる支出が出来るが共金 高は莫大なlものノになります。今我国の関税収入は約一億園であるが、国民▼の懐から隠れ凍る支出として出される ものが怒らiニ四億あるせtやう。その絶額を精確佐野出することは困難ですがその位あると思ひます。此に世 最近問題となりたる鍍の関税に付て杓詳しく考へて見ることにしまサバ現.在銅銭叫噸に就いて十七、八園と云ふ 枕が研けられて居るが之を引上げて三十五夙にしやうと云ふ計董があります。そこで今恨りにニ‡五園の関税を 梯るも一のと致しまして、何う云ふ負拾が国民に及ぶかを計算致しますと、外囲から這入って率るもの劃噸に就い て二‡五園だけの税金は政府の牧入として税関へ這入るのであります︸。夫と同時に国内で拓へ庭銅材がやは旦ニ 関根政策の理論 ︵一九一︶ 九
r
第三巻 碍三択
︵︼九土︶ ︼〇 十五園位高くなつて、其の金を先刻申します様に治安者の辛から製産者に排ふのであります。魔で日本で叫年間 に滑費する銅材が内外品を合せて二百筒噸程あるから一喝三十五凶宛高くなると粗顧七千萬園であります。即ち 国民の支排ふものは七千萬園でありまして、共内の叫千萬乃至二千萬園外固から来る品物の税金が政府の歳入と な少、五千萬園乃至六千簡閲許りのものが、拘発着の辛から製産者の手に、品物の代金として彿はれるのである 保護政党の立場から見ると、叫干潟固、二千萬園の吸入が国家に入る云ふ寄は副件用であつて正味の保護は隠れ たる六千萬又は五千萬圃の支出によつてなされるのである。慶で此五六千萬囲の金額は若し之を預算に上せて見 るとすれば賛に大金であります。製掛合祀に直接保護金として五千萬、六千萬固を交付する篤めに新税を起さん とするならば議合でも非常な間髄を惹き剋すだらうと恩ひます。然るにそれと同じことを保護躇税の方法でやつ て行くと隠れたる支出でありますから、之が仙般の人々にはつきりと認識されない。斯の如き製鋼柴の保護政策 を苦行するのが宜いか患いか、何れにしても隠れたる支出は往々にして看過せられると云ふ事蜜を注意しなけれ ばならね。要するに関税政籠に依る保護と云ふのも直接保護を輿へるのと同じく図民の負槍になるのである。故 に若し或る保謹関税を設けて産業保護の目的を達しやうとするならば、其の薇接が明白でなければならぬ。図屈 の負塘を之だけ均しても偽は之を行はねばならぬといふ其の計算が判つきりしないで、常発着の政治運動とか或 は、政蕊の資金紺係とか、御座数へ出して云ふ軍の出来ない綾な軍が原因となつて保護政策の宵現される様なこ とば大弊害であります。OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
如何なる場合に於て斯う云ふ闊挽政策観慮って国民の負槍を耕けても、飼ほ保饉政策を行るペきか其の論按に
就いて二、三御話したいと思ひます。御承知の通折本釆外囲貿易と云ふ事ぼ園民冊の分光であるから、此の国際
的分業を行る以上二闊の産業が〓カに偏すると云ふ寄は計然来るべき結英であります。自足自給論は屡々保疎
開税政先の論優になりますが、之は論墟とすべからざるものである。何故なれぼ自足日給をしない棟にするのが
外囲貿易の目的でありまして、我が囲が何故竺ハ十年前に図を開いて外閲と交通したかと云ふと、外囲貿易に依
つて、外囲に出来た物を日本国民の生活に充て、外図に出来ぬ物を我固から造り出して、有無相通ヰる磨に貿易
の好味が存するものである。だから今の世の中に絶ての物資に付て日給自足を坪想にすると云ふ事は全く問題に
ならない。自給自足は特別の理由ある場合に限らねぼならぬ。
保護政策を行ふペき特別の事情としては兜第這幼稚産業の禦ロであります。猫逸、轟米利加等の圃で、十九世
紀に於て幼稚産柴が渾山にあるから、之が成長を計らなければならぬと云ふ議論を立てました。それは何年かの後
に保護の目的を達して遂には保護を嬰しないと云ふ様になることを期したのであります。之は猫逸、茄米利加に於
て蜜際に行ひまして少くとも十九世紀の末から二十世紀の始めに於て効英が現れて居ります。それに伴って色々
の弊育も現れて居りますけれども、大腰に於て諸種の保護組税の効を奏したと云ふ事托認めなけれぼなりませぬ
夫から第二の保護関税の諭接は閥防関越であります。如何に国際分柴が宜いと云った慶が世界が平和にならない
以上は軍事上必要なものは、一国として自給しなければならぬ。之も尤もな串で経済論と云ふよりも寧ろ、政治
関税政策の理論 ︵J九三︶一⊥︵⊥九四︶ h一こ 第三懸.第三兢 静せあ針ます。叫虚世の中め物事は榎雑なものであつ七、我々は放てを経済論許りで片付げるわけに行かない。 商柴蓼校を卒業したからといノつて、商工業の立蓼のみを以て人生を解決すると云ふ事は迎も不可能た革である。 人生は複雑なるもので商工業は其の血少部分た過ぎない。経済問題は相常大問題であるけれども、決して夫が人 生の全部ではないのであります。只今の関税問題を考るにしても、経済論、国防論と云ふ立場から考へなければ ならぬ。非常に難い問題であつて、賓際職寧には何も彼も必要である。だかちして此の閥防上必要なる範園と云 ふものは、成るたけ狭い範国に解絆しなけれぽならす。我々は欧洲大磯寧に澱きまして色々有益なる経験を得次 のでありまして、英曹利の様な闊民の食べるもの1年分以上は外国から取って居る囲が、賊軍の際に何う云ふ方 放で、其食物の不足を補ふて行ったか。夫から叉猫逸の如き哉率の時忙は斯んな夙にして食料の自給を遣ると云 ふ、夫々計竃を持って居た図が、どれだけの程度の効を奏したか。今日時間がありませんから御話は出来ないが 諸君が若も研究を進め棟と思へぼ飴程両白い問題であります。兎に角一朝有番の際にどうか斯うか闊民鎮活が墟 績せら弟る程度の事は御互に方法を講じなけれぼならぬ。けれども非常め時には叉非常の手段が遜ることだかち 畢生から戦時気分になつてやたらに自給自足を心配する必要はないといふことが欧洲大敵の経験からも分るので あります。次に三布目に斯う云ふ苛もある。現在劇団の民衆の多数、或は、多数でなくても側部分の重要なる階 級が従事して居る産業が、外囲の同種類の産共に封⊥て非常に不利なる肌態に隋つて居る。之も保護する笥とな ると、其の費周を外の叫・般の人民は負槍しなけれぼならぬ。併しながら差詰め此弱い産菜をなくすれば多くの失
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業者が出来て困るから関税で以て保護するといふことは之は一時の方法としては間違すべき理由がないとはいへ
ない。若も韮臍二軒の家族があつて英一人が先発すると外の者の力で食はせなけれぼならぬと同様に此の先発者
に封して国民の金を出しても救助しなければならぬ。故に直接の補助金なり、叉関税なりを以て保護を輿へると
云ふ事は理論に於て排斥すると云ふ寄は出来ない。唯賓際に於ては此の失業問題を非常に乱用する思があれます
例へぼ其の保護を受ける事業が非常に因つて居るといふが、雪は本常に因つて居ない。即ち組織を改善し朗謂産
柴の合坤化を十分に行へげ難局を切ぬけることが出来る。自分達が努力をしないでもつて図家の保護を受けんと
するのである。此の如き場合に常発着の運動方が往々にして効を奏して関税引上げとなり、一般民衆の負培を増
す。之が乱用であります。閲磯は二カには隠れたる発出で、他方には現れたる牧人であります。その際れた鳥支
出なることを人が注意しない焉めに乱用せられるのであります。而して劃般の民衆も此の問題は難い問題の如く
考へて手を着けない。考へて見やうともしないのであけます。桝絹税や地軸は直接取立てを命ぜられると細かに
計算してブヅく言ふ。けれども関税に至っては全く分らない。應が政治を一部の武士階級に任せて置いた時代
ならばいざ知らず、今日の日本は既にデモクラシーの政治であり、普通選拳まで行って居る。絶ての事は試合に
於て決する、叫般の人が選んだ議員が決すると云ふ事になつた。然るに其の議合の中心勢力である例の政麓なる
ものが腐敗して居る。今や我々国民の前途は非常に危険なりと云はなければならぬ。夫で今日中上げたやうな問
題が〓鱒民衆に理解せられ、開親政究に就ても健全な輿論が起って釆なければならぬ。然や一般に沫く硯解せし
関税政策の理論 〓九五︶ ︼三第三懇 弗三城 〓九六︶一四 むる事は或は前途もう少し時を経るかも知れないが。少くとも繭柴の嬰問をなし経済方面に比較的明い諸君の頭 にだけは判つきり認識せられると云ふ事が極めて必要と思ふのであります。︵賂︶ ︵本稿ほ東京圏科大準教授法螢博士上田貞次郎虎が麻校に於いて畢生に封して秀されたろ講演の筆記であつて文督ほ編韓 者に在るも¢ミサ︶ フレヂ関つク○バス争ヤの審 自由貿易ま哉の閲嫡フレデりツク○バスチヤ、幼くして両親み失ひ、甜父、叔父等の手に菅でらろ。十八オり 援リレーズ校lニ在り。拳友ブイクー︰〝○カルメートミ共作の辞、社冠に略して金碑をうく。 バスチヤ、友に向ひて日く﹁君之み持ち蹄へり給へっ君lこほ両親あられゝげ、こに常然君ものなり﹂ミ。 許する者冒く﹁少年のバスチャほ、その聴融なろ想像力もて、己が友人のうれし免lこ家に師へり、その両親の悦 びにあふろゝみ思ひ浮べ得たり。成人のバスチャに、自由貿易の下に於けろ突観の隆昌ミ、悌南西の搾ろべき途 亦之にならふの外なきこざも換見し得たり。少年¢パスチャは己が愛する知友のために、よろこびて、自己の分 け前ね輿へたり。成人のふ∵メサヤ托、己が同胞に対して叉同胞の倦めlこ、自己の生命ね軸てり﹂ミ。 ︵ロレゾツ○ガローの序雷より。大泉︶