陰関数定理・講義ノート
金
子
太
郎
.は じ め に
年に翻訳が出版されたハーバード法科大学院で使われている教科 書,『数理法務概論』(Analytical Methods for Lawyers( nd
Edition( 年)) の原著初版まえがき(初版は 年)に「法解釈と法律文書の起案に勤 しむだけの伝統的な法科大学院の教育では(…)現在社会の需要に応えら れる法律家を育成することはできない」との思いでこの本が執筆されたと 記されている。翻訳者の神田秀樹(東大教授,商法・法と経済学),草野 耕一(西村あさひ法律事務所代表パートナー)も訳者あとがきで「私たち はこの見解に強く賛同するものである」と述べている。この本の内容は第 章が決定分析,第 章がゲームと情報,第 章が契約,第 章がミクロ 経済学,第 章が法の経済分析となっている。日本の大学の法学部でもこ うした主にミクロ経済学に相当する内容を教えることが教育的に重要であ ることは今や論を俟たない(常木淳『法律家をめざす人のための経済学』 ( )も参照)。 政治学についても似たような事情があって,現在,日本で最も広く読ま れている政治学の教科書,久米・川出・古城・田中・真渕『政治学』(初
版は 年,補訂版は 年)の(実質的には最初の章と言える)第 章 政治と経済 では, .資源配分のメカニズムとしての市場, .市場 の失敗, .政府は何をもたらすか 政府の失敗を超えて,というミクロ 経済学の簡略版的な経済モデルを伴わない言葉だけの説明が書かれてい る。これは現代では政治学者も公共政策の基礎にミクロ経済学の論理があ ることを分かっているからである。だから,政治学を教える側がこの『政 治学』に書かれている内容以上のミクロ経済学を知らずに(つまり,経済 モデルを全く理解することなく),これらの内容を教えるという訳にもい かないだろう。 そういう訳で,今や法学・政治学を学ぶ学生にもミクロ経済学は必修と 言ってもいい知識になった。(マクロ経済学もすべての学部で現代の教養 として教えられるべきである。これは将来憲法学者になる訳でなくても, 日本国民は全員憲法を学んだ方がいいのと同じである。) それでは,「ミクロ経済学を学ぶ上で,特に古典的な一般均衡理論を 学ぶ上で一番重要な数学の定理は何か?」と問われたら,陰関数定理 (Implicit Function Theorem)だということになるだろう。なぜなら,需要 関数も(条件付き最適値問題を解く際に非常によく使われる)ラグランジュ 未定乗数法も陰関数定理から導かれるからだ。この定理はそういう意味で 最も重要な定理だが,理解するのは結構難しいし,多くの経済数学の本で は証明が省略されている(Mas-Colell, Whinston and Green Microeconomic Theory( )の Mathematical Appendix(pp. − )でも too technical という理由で証明は省略されている)。本稿ではこの定理を証明も付けて 解説しよう。 個人的な事情を言えば,私が香川大学法学部に赴任して最初の数年( 年∼ 年)は公共選択論を 単位, 回講義(半期,週 回)できた ので,前半をミクロ経済学,後半を公共選択論・政治経済学に充てていた が, 年度,私が内地研究で東京に帰っている間にカリキュラム改変 があり, 単位科目は 単位× とされ,私だけが希望を聞かれずに公共
選択論( 単位, 回)と政治思想( 単位, 回)に分割されてしまっ たのである。 回でミクロ経済学と公共選択論を教えるというのは最初 から無理な話である。その後, 年度から 年生前期の政治学入門も 担当して(アヘン戦争,ペリーの浦賀来航から第 次世界大戦後をちょっ と話すのが精一杯),とてもミクロ経済学を教える時間は無くなってしまっ た。それで香川大学法学部の学生にもミクロ経済学を十分学んでもらうこ とを希望して,こういう講義ノートを書く訳である。 通常,数学や経済数学の本では,最初に演算規則がまとめて書いてあっ て,本論の話をしているところでは,行列の要素まで書いてどういう演算 をしているのかを説明するようなことはしない。これは紙とインクの節約 という意味もあるのだろうが,これが法学部生にとって経済数学がとっつ きにくい つの理由なので,本稿ではところどころで行列の要素やベクト ル値関数をすべて書き出すなどして,どういう演算をしているのかがよく わかるような丁寧な説明をしよう。 ただ,self-contained(自足的,つまり,他の本を読まなくても済むよう) な形で書きたいと常に思っているが,線形代数学の基礎的な概念について までは書くことができなかった。どんな線形代数学の本にも書いてあるこ となので,欠けている点はそれらの本で補ってもらいたい。
.簡 単 な 例
%$&!'%#&$"'$!#という関数を考えよう。この関数は &#"のところ (y 軸上)では'$!#という放物線で,'#"(x 軸上)では &$!#という 放物線で,それをグルっと回転させた形状をしている。このグラフを高さ が ,%$&!'%#"の所で,つまり x−y 平面の高さでヨコに水平に切って みよう(図 を参照)。f(x, y) x x y y 1 1 1 1 −1 −1 −1 −1 %%&!'&#" &$"'$## となるから,これは半径が の円であることがわかるだろう。 この%%&!'&#"という書き方で表された関数を陰関数(implicit function) と言う。 この関数を'#!%&&と書くことができるだろうか? これを「陽表的 (explicit)に解く」と言う。これを '#!%&&の形で解くと '$##!&$ '#$ #!&' $ となるから,円の上半分は'# #!&' $ 円の下半分は'#! #!&' $ と書 ける。 この観察からいくつかのことがわかる。 まず,関数全体を'#!%&&という つの式で解き出すことは難しいと 図 %%&!'&#&$"'$!# %%&!'&#"の等高線
いうことである。上のような簡単な例でさえ難しいのだから,一般には難 しいことが推察できるだろう。 また,この円のどんな点の近傍においても'#!%&&と表すことができ るか,と言えばそうではない。上の例では,( , )と(− , )の 点に おいてはその点のどんな近傍においても x に対して y が 点対応してしま う。これは通常の関数ではない。 '#!%&&とは解けない点における関数の特徴は,%%&!'&#&$"'$!# という関数の y による偏導関数が( , )(− , )においては になって いるということである。 "% "'%&!'&#$' "% "'%#!"&#"! "'%!#!"&#""% 逆に, "% "'%&!'&$#"となる点 %&!'&の近傍であれば,'#!%&&を表すこ とができる。 ( , )がどういう特徴を持つ点かをもう少し幾何学的に考えてみよう。 %%&!'&#&$"'$!#をいろんな高さでヨコに切って,それを x−y 平面上に 映したものが等高線である。等高線は無数にあることを意識して,&## の上を下から上へ(第 象限から第 象限へ)進んで行くことを考えよう。 第 象限を上へ進んでいる時は段々下って行く,そして( , )の所で谷 の底になって,第 象限を上へ進んでいる時は段々上って行くことがわか る。( , )はこの関数のグラフ全体の谷の底ではないが,&##の所でタ テにグラフを切ってみると,そこが谷になっていることがわかる。これが yによる偏導関数が ということの幾何学的な意味である。 後で一般的に陰関数定理を述べる場合に合わせて,上の例を定理と同じ 形式で述べておこう。
%#$!$ 開集合(open set) 定義域は $!$,つまり x−y 平面上の開集 合%とする。
&#%( $ 関数 &は %上で定義され,実数(高さ)を対応させる関数である。 fは①連続微分可能(continually differentiable,意味は後で説明する)
②&&+!,'"" いま ,"!&+'と解き出そうとしている点 &+!,'は 高さ の等高線の上にある。 ③",&+!,'%"& "" (この条件③は一般的に述べる場合は,「y というベクトルの各要素 で f というベクトル値関数を偏微分して求めた偏導関数の行列の &+!,'における行列式が ではない」という条件に置き換わる) であるとき,
&&+!,'""は &+!,'の近傍において ,"!&+'と表すことができる。つ
オメガ
まり,&+!,'のある近傍 Ω が存在して,
①&+!!&+''$% &)*+$Ω x が Ω の中を動いている限り, &+!!&+''は U の中に入る。だから,
&&+!!&+''を計算することができて, ②&&+!!&+''"" &)*+$Ω その値は 。つまり,&+!!&+''は高さ
の等高線上にある。 ③!&+'", このφ のグラフは &+!,'を通っている。 ④φ は連続微分可能
.陰関数定理とその証明
陰関数定理を一般的な形で述べれば以下のようになる。 陰関数定理 %#$(!$'を開集合(open set)とし,f を U 上で定義され値を $'に とるベクトル値関数としよう。この関数&#%( $'と&+!,'$%の点は以下の条件を満たすと仮定する。 ① f は連続微分可能 ②+$1!2%"" ③)*0&2$1!2%"" であるとき, +$1!2%""は $1!2%の近傍において 2""$1%と表すことができる。 ("$Ω $#'-%& ',だから, 2#""$#%$1#!'!1-% ( 2,""$,%$1#!'!1-% ! $ $ $ # $ $ $ " という m 本の実数値関数によって構成されるベクトル値関数が存在 する,という意味である。) つまり,$1!2%のある近傍 Ω が存在して, ①$1!"$1%%#( +./1#Ω x が Ω の中を動いている限り, $1!"$1%%は U の中に入る。 ②+$1!"$1%%"" +./1#Ω だから,+$1!"$1%%を計算することが できて,その値は 。 ③"$1%"2 φ のグラフは $1!2%を通る。 ④φ は連続微分可能 仮定①連続微分可能(continually differentiable)ということは,「 回微 分ができて,その導関数が連続関数になる」という意味である(ベクトル 値関数の微分については後で説明する)。このような関数を%$#%級(class %$#%)の関数と言う。 仮定②+$1!2%""は,「$1!2%に対する f の値は $-!,%次元での高さ の等高線上にある」という意味である。 仮定③)*0&2+$1!2%"" fという関数は$1#!'!1-!2#!'!2,%という $-!,%個を変数とする
m本の実数値関数(座標関数と言う)によって構成されるベクトル値関数 である。m 本の座標関数を全部書いてみよう。
(%"&#%,"!(!,+!-"!(!-*&' (%"&%,"!(!,+!-"!(!-*&
) (%*&#%,
"!(!,+!-"!(!-*&' (%*&%,"!(!,+!-"!(!-*&
! $ $ $ # $ $ $ " fを構成する各(%)&を -#%-"!(!-*&で偏微分し,偏導関数を求める (x は固定しておく)。関数は m 本,変数は m 個だから,f の y による導関 数の行列表現は*"*の正方行列になる。これが,$-(%,!-&の意味であ る。この行列の%,!-&における行列式(determinant)が ではない,とい うのが仮定③の意味である。 証明 この f をもとに F という関数を以下のように定義しよう。
'$&+"&* open set Uを&+"&*における開集合としよう。
%#'' &+"&* Fを U 上の+!*次元のベクトル値関数とし
%%,!-&#%,!(%,!-&& と定義しよう。座標関数を 本ずつ書けば, %%"&#%,!-&' ,"
) )
%%+&#%,!-&' ,+
%%+!"&#%,!-&' (%"&%,!-&
) )
%%+!*&#%,!-&' (%*&%,!-&
ということである。
この関数を%,!-&#%,"!(!,+!-"!(!-*&の変数で つずつ偏微分し
( ( .#で 偏微分 ' .$で 偏微分 ' .,で 偏微分 ' /#で 偏微分 ' /+で 偏微分 ' '$#%%$.!/%& .# '$$%%$.!/%& .$ ) ) '$,%%$.!/%& ., '$,!#%%$.!/%& *$#%$.!/% ) ) '$,!+%%$.!/%& *$+%$.!/% # " ) " !*$#% !.# ) !*$+% !.# " # " !*$#% !.$ ) !*$+% !.$ ( * ( ( " " # !*$#% !., ) !*$+% !., " " ) " !*$#% !/# ) !*$+% !/# ( ( ( ( " " ) " !*$#% !/+ ) !*$+% !/+ これが F というベクトル値関数の導関数の行列表現で&'$.!/%と書く。 この行列をヤコビ行列(Jacobian matrix)と言う。 &'$.!/%# ! # # % In 0 " $ $ & + ,n &.*$.!/% &/*$.!/% +,m '*(*) '*(*) n m Inは$,",%の単位行列 は$,"+%のゼロ行列 &.*$.!/%は $+",%行列 &/*$.!/%は $+"+%行列 関数の数を n 本増やして$,!+%本とし,変数の $,!+%の数と同じに すると,その導関数の行列表現は$,!+%"$,!+%の正方行列になるから, 行列式を計算することができる。$.!/%における行列式は ()-&'$.!/% である。 ()-&'$.!/%を計算していくが,第 行で余因子展開をしていくと, 第 行は( , , …, )だから,
… … ().&'%/!0& ## # " ) " !*%#& !/$ ) !*%,& !/$ " # !*%#& !/% ) !*%,& !/% * ( ( " # !*%#& !/ -) !*%,& !/ -" " !*%#& !0# ) !*%,& !0# ( ( ( ( " " !*%#& !0, ) !*%,& !0, となり,同様の計算をくり返していくと,行列は つずつサイズが小さく なっていき,最終的には().&'%/!0&#().&0*%/!0&となるが,これは 仮定③により ではない。 ().&'%/!0&#().&0*%/!0&$#" すると,逆関数定理が適用できる。逆関数定理については,本来は説明 の順序が逆なのだが,後で説明する。 以下の図 ・図 は,ヨコ軸に n 次元,タテ軸に m 次元をとっている のだから,当然のことながら正確な幾何学ではない。
Fという 関 数 は'%#&('%-&の 最 初 の n 本 の%/!0&に対する '%+&%/!0&
%+##!(!-&の値は /#!(!/-であり,続く m 本の'%+&%/!0&%+#-"#!
(!-",&の値は *%+&%/!0&であり,仮定②から,*%/!0&#"である。す
ると,'%/!0&の値は %/!"&ということになる。 '%/!0&#%/!*%/!0&&#%/!"& ' 仮定② *%/!0&#" 逆関数定理により,F は%/!0&の近傍において局所的に逆に解くこと ができる。つまり,逆関数'!#が存在している。%/!0&の近傍を V とし, %/!"&の近傍を W とすると,
(x, y) V W y∈Rm x∈Rn z∈Rm x∈Rn (x, 0) F の定義域の空間 F の値域の空間 逆関数 全単射 $#&% ' は全単射写像( 対 かつ上への写像)となり,よって, $!"#' % &という連続微分可能な逆写像,逆関数が存在する(図 を 参照) Fの定義から最初の n 次元ベクトルの部分は x を対応させたものなの で,逆関数$!"の値の x の n 次元の座標もそれと同じ x となる(だから V と W のヨコ幅は等しくなる)。残りの m 次元に当たるのが%#(!)$であ る(V のタテの幅のどこかに当たる)。値域の x は n 次元で定義域とも共 通だが,値域の m 次元ベクトルは z を用いることにしよう。これは定義 域の y と区別してのことである。 $!"#(!)$"#(!%#(!)$$ 逆関数定理から$!"は連続微分可能になるので,それを構成するベクトル 値関数の G の部分も連続微分可能になる。 図
F の定義域の空間 F の値域の空間 (x, y) V W Ω y∈Rm x∈Rn z∈Rm x∈Rn (x, 0) ここで F の値域の空間において W が幾何学的にはヨコ軸を通るところ オメガ をΩ としよう。正確には $)!"%が W に入っているような x の全体である。 Ω "&!#&(($)!"%#'' このΩ は &(における開集合になり,もちろん,Ω は )を含んでいる。Ω は&(における)の近傍である。 )#Ω Ω という &(の開集合上をベクトル$)!"%が動いていくとき,この $)!"% に対応する点が F の定義域の空間の V の中に 点だけ出て来る。具体的 には $!#$)!"%"$)!%$)!"%% (図 を参照) この G という$)!"%に対して %$)!"%を対応させる関数の記号を簡略化 してφ としよう。今,*""のところで z は動かないので,%$)!"%を x だけの関数!$)%と見ることができる。 図 !$)%"%$)!"%
( &%.!"&""%.& ( %.!&%.!"&& というのは F に よ る 値 が %.!"&になる ような定義域 のもとの点を 求めていると いうことだから ( 値域の%.!"&が %!#で定義域に戻って Fでまた値域に戻って 来るという恒等写像だ ということだから
&$%.!"&' &%.!"& "$.' "%.&
xは n 次元,"%.&は m 次元,"%#&!)!"%+&という m 本の座標関数から
構成されるベクトル値関数である。G が連続微分可能なのだから,φ も連 続微分可能である。(これは結論の④) "$Ω ' '+の変数 x が動く範囲Ω はもちろん .を通っていて, %%.!/&"%.!*%.!/&&"%.!"&で, %!#%.!"&"%.!"%.&&だから, "%.&"/ (これは結論の③,φ のグラフは %.!/&を通る) xがΩ の中を動く限り,%.!"%.&&の値はすべて V の中に出て来るのだか ら,それはもちろん U の中に入っている。 %.!"%.&&$)#( *,-.$Ω (これは結論の①) だから,*%.!"%.&&を計算することができる。 そこで x がΩ の中を動いているとき,%%.!"%.&&を次の つの方法で 計算してみよう。 まず,F の定義%%.!/&"%.!*%.!/&&の y のところに /""%.&を代入 すると %%.!"%.&&"%.!*%.!"%.&&& …⑴ 一方,%%.!"%.&&"%%.!&%.!"&&"%%%!#%.!"&&"%.!"& …⑵ ⑴⑵から %%.!"%.&&"%.!*%.!"%.&&&"%.!"& *,-.$Ω
よって,)%-!"%-&&"" )+,-#Ω (これが結論の②) 以上で所望の結論はすべて得られた。 ①%-!"%-&&#& )+,-#Ω x が Ω の中を動いている限り,%-!"%-&& は U の中に入る。 ②)%-!"%-&&"" )+,-#Ω だから,)%-!"%-&&を計算することが できて,その値は 。等高線の高さ の ところにある。 ③"%-&". φ のグラフは %-!.&を通る。 ④φ は連続微分可能 (証了)
.逆関数定理
陰関数定理の証明で使った逆関数定理について説明しておこう。 逆関数定理(Inverse Function Theorem)とは「関数)$'* (が全単射の 写像( 対 かつ上への写像)であるとき,逆関数)!#$(* 'が存在す る」ということである。 言葉の意味から説明しよう。 ')%-&)-#'(を f の像(image)と言い,)%'&,%* )と記す。もちろん, 一般に f の像と値域全体は一致しないが,それらが一致する場合,つまり, )%'&"(となる場合,その写像を「全射または上への写像(onto mapping)」 と言う(図 を参照)。 fが上への写像でないときには逆写像は存在しない。値域 Y の中から )%'&に含まれない y(例えば図 の上の方の図の .+)を取って来ると, それに対応する x は存在しないからである。 任意の-/!xˆˆ #'に対して,-/$"xˆˆ ならば )%-/&$")%xˆˆ&が成立するとき,あ るいは,この対偶である)%-/&")%xˆˆ&ならば -/"xˆˆ が成立するとき,f は「単 射または 対 写像(one-to-one mapping)」と言う。y´ Y X Y X f(X) f(X) f(X) Y=f(X) Y=f(X) Y=f(X) yˆ Y X xˆ xˆˆ fが 対 写像でないときには逆写像は存在しない。異なる点#%#"xˆˆ に 対して"$#%%""$xˆˆ%"$%が成り立っていたとすると,逆写像 "!!$$%%は {#%!xˆˆ} の 点が対応してしまう。これは通常の関数ではない(図 を参照)。 図 全射でない 上への写像ではない 全射 上への写像 図 単射でない 対 ではない写像
y a b x yˆˆ yˆ *$%% %のグラフでこのことを考えてみよう(図 を参照)。このグラ フの全体において逆関数*!#$'% &は存在しない。少なくともこの図の 範囲では f は全射ではないので,,-のような点を取って来ると,それに対 応する*!##,-$"+となるような x は存在しないから,逆関数は存在しない。 また,f は単射ではないので,yˆˆ という点に対して*!##yˆˆ $"+を満たす x は 点存在してしまい,通常の一価関数としては定まらないので,この意 味でも逆関数は存在しない。 また,ある x において山になっていたり,谷になっていたり,同じ値 がずっと続いているところでは(これらは f の導関数*&#+$""となって いるところである),その x のどのような近傍に限っても, つの y の値 に対して複数の x が対応してしまうので,逆関数は存在しない。 逆に*#+$が単調増加している局面,単調減少している局面に限って見 れば,局所的に逆関数が存在していると考えることができる。この図で言 うと,例えば x の近傍として#(!)$という開区間を考えると,そこでは 図
0'4(は単調増加し,f は (#',!-(上での 0'((への全単射の写像と見る ことができるので,逆関数0!#が存在している。 逆関数定理は,f が定義域全体 '*(と値域全体 '+(の間で全単射である 必要はなく,定義域のある点4"の近傍と値域の0'4"(の近傍の間で全単 射になっていれば成り立つ。 上の議論を多変数ベクトル値関数に一般化すれば,以下のようになる。
逆関数定理(Inverse Function Theorem) '$&! open l 次元空間における開集合 0$') &! 4"%'において fは連続微分可能(微分可能で,その導関数%20'1('4(が連続関数にな る),かつ ./3%0'4"(&#" であるとき, fは4"の近傍において可逆である。つまり,次の条件を満たす4"の近 傍 V と0'4"(の近傍 W が存在する。 0$() ) 全単射 したがって,逆関数0!#$) ) ('4#0!#'5((が存在し,これも連続微分 可能となる。 そして,この逆関数の点5"#0'4"(における導関数 %0!#は,4"におけ る f の導関数の逆関数になる。 %0!#'0'4"((#〔%0'4"(〕!# = 5"
これも説明が逆なのだが,ここで多変数ベクトル値関数の微分について 説明しておこう。
($&") &,という多変数ベクトル値関数は,0%&0
"!*!0"'という l
次元ベクトルを変数とする,(&"'*(&,'という k 本の実数値関数(座標関数)
を並べたものである。
fが0#において微分可能であるとは,次のような条件を満たす線形写像
'$&") &,が存在するということである。
(&0#")'!(&0#'%'&)'"/&)'
0#から0#")に変数の値がわずかに動いたとき,それに対する関数 (&$'の変化は線形写像 T で近似でき, その誤差/&)'(のノルム)は に収束する。 -*. )) ! (/&)'(, ()(" %! この線形写像 T のことを導関数と言い,'%%(&0'と記す。 線形写像だから行列表現を持ち,それは %(&0'% ! # # # # % %"(&"'&0' %"(&#'&0' + %"(&,'&0' %#(&"'&0' * * * * * %"(&"'&0' + + %"(&,'&0' " $ $ $ $ &
で表される。%+(&*'&0'とは i 本目の座標関数 (&*'を j 番目の変数0+で偏微分
した偏導関数である。f は連続微分可能と仮定されているので,%+(&*'&0' は連続関数となる。 ヤコビ行列(Jacobian Matrix)とは(もちろん一般には正方行列ではな い),導関数という線形写像の行列表現である訳だが,そもそも導関数と いうのは数を表すのではなく,x が変われば値も変化する関数であるか ら,ヤコビ行列は関数行列とも言う。
逆関数定理に話を戻すと,この定理が述べられている設定ではベクトル 値関数を構成する座標関数の本数と変数の数が等しい,定義域と値域の次 元が等しくなっている。 仮定③の&'*$('+"(%$!ということは,$('+"(は逆行列を持つ正則行 列で,定義域の+"からの微小な変化 h に対して$('+"()を対応させる線 形写像は全単射になっているということである。このヤコビ行列の行列式 が ではない点において,逆行列が存在していて,)$&+とすると &,$$('+"(&+ &+$)$('+"(*!"&, という関係が成り立っており,+"からの微小な変化)$&+とそれに対す る y の変化 dy は全単射の関係になっており,互いに一意に決まっている のである。このように逆関数+$(!"',(は存在している訳である。 逆 関 数 定 理 の 最 後 の 部 分,逆 関 数 の 点,"$('+"(に お け る 導 関 数 $(!"'('+"((は +"における f の導関数の逆関数)$('+"(*!"になっているこ とを証明しておこう。 (!"&(#++ +とは f で値域に行った ('+(を (!"でもとの定義域の x に戻 す,つまり,x に対して x を対応させる写像だから,恒等写像である。 (!"&('+($%'+( +"のところで両辺を微分すると $'(!"&(('+"($$%'+"($% 合成関数の微分公式(chain rule)から, $(!"'('+"((#$('+"($% &'*$('+"(%$!という仮定から,$('+"(には逆行列〔$('+"(〕!"が存在 するから,それを両辺の右側から掛けると, $(!"'('+"(($%#〔$('+"(〕!"$〔$('+"(〕!" よって,逆関数の導関数は導関数の逆関数になっている。 (証了)
参 考 文 献
Jackson, H. E., Kaplow, L., Shavell, S. M., Viscusi, W. K. and Cope, D. Analytical Methods for Lawyers( ndEdition) LEG Inc, d/b/a West Academic Publishing 年(『数理法
務概論』神田秀樹・草野耕一訳 有斐閣 年)
Mas-Colell. A., M. D. Whinston and J. R. Green Microeconomic Theory Oxford University Press 年
W. Rudin Principles of Mathematical Analysis McGraw-Hill, New York 年(近藤 甚吉・柳原二郎訳『現代解析学』共立出版 年) 小山昭雄『経済数学教室 微分積分の基礎 上』(岩波書店 年) 高木貞二『解析概論(改定第三版)』(岩波書店 年) 立石寛・武藤功『経済数学への招待』(勁草書房 年) 二階堂副包『現代経済学の数学的方法』(岩波書店 年) 宮岡悦良・永倉安次郎『解析学Ⅱ』(共立出版 年) 常木淳『法律家をめざす人のための経済学』(岩波書店 年) 久米郁男・川出良枝・古城佳子・田中愛治・真渕勝『政治学』(有斐閣 初版は 年,改訂版は 年) (かねこ・たろう 法学部教授)