人材マネジメントは
データ化できない?
データアナリティクスを活用した人材マネジメントの新
たなアプローチが注目を浴びている。本稿では、デー
タアナリティクスが生み出すインパクトと、その導入に
向けたポイントを紹介する。
数年前、ブラッド・ピット主演で映画化された「マネー・ボール」という小説をご存じだろうか。米 国メージャーリーグの弱小貧乏球団であったオークランド・アスレチックスを、ジェネラル・マネ ージャー (GM) であるビリー・ビーンが、独自の選手評価の仕組みやデータ分析手法を通じてワー ルドシリーズの勝利へ導いたストーリーである。 この物語を人材マネジメントの側面から見ると、データを駆使したマネジメントスタイルを目指す ビリーと、それに抵抗する古株の選手やスカウトなどの現場、この両者の対立が興味深い。現場が 持つ「野球はデータではわからない。人がやるものなのだ」という固定観念は強固であり、それに 反するプランに取り組む主人公のビリーは大いに苦労することとなる。 現実の企業社会においても「マネー・ボール」のようなストーリーは珍しくない。経営コンサルタ ントとして感じるのは、顧客 (Customer)、競合企業(Competitor) 、自社 (Company) をデータ活 用の面で比較した場合、最も遅れているのは自社である。消費者調査、販売動向分析、売上推移の ベンチマークなどを実施したことがない企業はほぼ存在しない。その一方で、顧客や競合企業の分 析ほどに自社の分析にデータを活用している企業は驚くほど少ない。従業員満足度調査結果などの データを活用して自社の人材・組織分析に取り組む企業も、局地的な取り組みに終わっていること が多い。自社の戦略レベルで人材関連データの分析結果を活用している企業はおそらく稀である。 多くの企業が「人材こそが自社の競争力の源泉」と謳っているにも関わらず、なぜデータの活用が 進まないのだろうか。人事関連データの不備が原因の場合もあり、人事評価関連情報を他部門と共 有しにくいという秘匿性の問題もある。しかし、最大のポイントといえば、「マネー・ボール」の スカウトや古株選手と同様に、「人のマネジメントはデータではわりきれない。人がやるものなの だ」という信念が現場に存在するが故ではないだろうか。 この信念はある意味では正しい。「思いもかけぬ人材が活躍した」「誰もが彼がリーダーになるとは 思っていなかった」などといったストーリーはどの企業にも一つや二つは存在する。そもそも人材 マネジメントはその成果や原因の定量化は極めて困難であり、好業績事業の原因を解析しようとし ても、その原因はチーム構成、スキル、マインドセット、関係者の協力など多岐にわたり、到底解析 が可能なレベルではありえない。 しかし、近年いままでのこの常識を打ち破る手法が出現しつつある。それがデータアナリティクス を活用した人材マネジメントの新たなアプローチである。 人材マネジメントにおけるデータアナリティクス 人材マネジメントプロセスは、大きく採用、異動配置、報酬評価、研修育成、代謝(退社)の5つ のプロセスに分解される。このうち、これまで、データ活用が最も進んできた分野は採用面であろ う。すでに多くの日本企業では、今後活躍するであろう人材像を、スキルやマインドセットの面か ら定義づけをし、その人材像との乖離度合いを、適性検査を通じて測定している。 図1 人材マネジメントの5つのプロセス
採用
異動配置
報酬評価
研修育成
代謝
(
退社
)
多くのハイテク企業は、データアナリティクスの力を用いてこの動きをさらに加速している。例え ばある企業では採用時の評価結果(適性試験等の定量評価と面接時の定性評価など)を保存してお き、その後のパフォーマンスとの相関を解析している。そして、この取り組みを通じて、採用活動 の効果と効率を飛躍的に向上させている。例えば、ある特定の経験、もしくは、ある特定の傾向が 見えた新規採用者の入社後のパフォーマンスが高ければ、同様の傾向を持つ候補者を集中的に採用 すればよい、という訳である。 さらに、候補者の志望動機書や論文などをテキストマイニングなどの技術を活用して解析すれば、 候補者の適性をより詳細に把握でき、その結果、さらに採用候補者の適性把握の精度は向上するで あろう。すでに、マーケティング領域においてはテキストマイニングの技術は(実験的にではある が)導入をされており、採用面において活用される時代も、すぐそこまで来ている。 また、別のある企業では、各部門で必要とされる人員数とその要件を人員配置動向から解析し、そ の需要を先取りした採用活動を展開している。そのため、各部門の欠員による業務停滞の事前回避 が可能となり、事業上のボトルネックとなる人員不足の解消に貢献している。 データ活用においては代謝面での活用も見逃せない。特に近年活用が目覚ましいのが、退職予備軍 の洗い出しである。将来を嘱望された人材の突然の退職に驚いた経験を持つ人事担当者は少なくな い。「事前に相談してくれれば」と引き止めを図ったとしても、すでに次の職場が決まっていること も多く、手遅れであることが多い。そこでデータアナリティクスの手法を通じ、予め退職可能性の高 い社員を特定し、リテンション(引き止め)のためのアクションを前もってとっておくのである。ある ハイテクメーカーでは、退職リスクのある社員を特定するアナリティクスチームを立ち上げ、社員 の異動、評価、報酬、成績などのさまざまな情報を解析している。そして、この解析結果から、毎年 数十名の退職リスクのある社員を特定し、事前にその社員の管理者に警告を発しているのである。 データアナリティクスの可能性 そして現在、注目を浴びているのが、採用と退職に加え、異動配置、報酬評価、研修育成なども包 含した、人材マネジメントプロセス全般におけるデータアナリティクス活用である。このアナリティ クスの活用は、これまでの定性評価に偏った人材マネジメントを根本から覆す。 例えば新規事業立ち上げの責任者の選任について考えてみよう。多くの企業では、まず新規事業立 ち上げに必要と思われる経歴や知識を有している人材を探索する。しかし、実際に必要とさえるス キルが明確に決まっているケースは少ない。多くの場合、印象や他人の評価といった定性的な評価 に依拠して人選していくこととなる。仮に社内に適当な人材がいない場合には、社外にその探索範 囲を拡大するが、その際にも社外での評判などの定性評価に依拠せざるを得ない。稀に、社内の若 手の抜擢などを通じ、全く関連する経験を持たない社員を選任するケースもある。ただし、このよ うなケースは非常に限られているものであるし、仮に成功したとしても再現性は低い。 データアナリティクスはこれまでにないアプローチでこの問題を解決してくれる。仮に社員のパフ ォーマンスや評価に関連するデータを統合的に管理し、かつ、その結果をきちんと解析出る体制を 構築できるとすると、過去に成功したプロジェクトのリーダーのみならず、そのチーム人材特性も 解析することによって、最適なチームを組成できる可能性は大きく高まる。 これまでの、行動特性に着目したコンピテンシーモデルや、各個人のスキルに着目したタレントマ ネジメントモデルでは、事前にその企業でのハイパフォーマンスのレバーとなる要因を予め特定し なければならなかった。先の新規事業の例でいえば、新規事業立ち上げに必要なコンピテンシーや スキルの特定がそもそも困難であるし、仮に特定したとしてもそれが正しいという保証もない。さ らには、そもそも新規事業関連の人材マネジメントを想定したシステム設計でなければ、新規事業 に活用すること自体不可能である。したがって、成功のカギは事前のデータ項目の定義・設定にあ るといえる。
その一方で、データアナリティクスを活用した人材マネジメントでは、すでに蓄積してある各種デ ータを解析し、それぞれのポジションやプロジェクトのニーズに合わせて最適な人材を選ぶことが 可能となる。したがって、成功のカギは、事前のデータ項目設定ではなく、プロジェクトに応じた 解析能力にかかってくる。 またこのようなアナリティクスの人事面での活用は、人事業務の精度を向上させるだけではなく、 最適配置の検討などに要する業務時間の削減にもつながる。アナリティクスを通じて人材のミスマ ッチを解消できれば、それだけ個々の負担や業務上のコンフリクトの解消にも役立つことは言うま でもない。 数万単位の社員を擁する所謂大企業では、このようなアナリティクスが最も効果を発揮する。特に 事業が多様であったり、職種やスキルのばらつきが多かったりする企業であれば、さらに高い効果 を期待できる。もちろん中小規模の企業で効果を発揮できなわけではないが、仮に試みたとしても その成果は限定的であろう。その意味では、経営層の目がすべての社員に届くサイズの企業が無意 識に行っている人材マネジメントを、アナリティクスの力を通じて数万人規模に展開可能になった とも言えるであろう。 図2 人事体制の構築 出所: A.T. カーニー
﹁
ど
こ
ま
で
口
を出
す
か
﹂
?
?
「どこまで見るか」
口 を 出 す 口を 出 さ な い 見ない 見る データアナリティクス活用に必要なステップ では、人材マネジメントにおけるデータアナリティクス導入のポイントはどこにあるのだろうか。 多くの企業がデータアナリティクスの導入を「どのようなデータを収集・解析すべきか」という問 いから始めている。確かに収集すべきデータの特定は重要ではあるが、多くのケースにおいてその 前に「人事データのアナリティクスに誰が取り組むべきか」に答えることが必要とされている。言うまでもなく解析すべきデータは社内全社員のデータであることが望ましい。その意味では、 一義的にデータアナリティクスに取り組むべきは本社人事部であろう。しかし、多くの日本企業で は、人事データを統合的に管理する体制が整っていない。極端な場合には、本社人事が社員数すら 把握していないケースもある。したがって、人材マネジメントにおけるデータアナリティクス導入 の第一歩は、本社が(一部であっても)リードする人事体制の構築にある。 その際にまず決定すべきは、本社人事部が「どこまで見るか」と「どこまで口を出すか」の決定で ある。「どこまで見るか」は人材マネジメントの見える化の議論となる。例えば、本社人事が部 門・子会社の一般社員レベルの採用をチェックし、すべての人事情報を把握することを求めるので あれば、高い水準の見える化が必要である、ということになる。また、「どこまで口を出すか」は 人材マネジメント上のグリップの強さの議論である。各拠点内・拠点間の人員配置に口を出すなど 本社のコントロールする余地を残したいのであれば、高い水準のグリップを要求していることにな る。 タレントマネジメント上の問題を抱える多くの企業の経営陣は「細かく見ないし口も出さない」と いうマネジメントを採用している。そのため、本社人事ができることはほとんどないのが現状であ る。そのような企業は、まずは本社人事の位置づけを見直すことが先決である。その際、「細かく 見るし口も出す」ガバナンスを志向するのであれば、本社人事が採用から配置、評価、研修育成、 代謝までの全てに責任を持つ必要があり、かなり巨大な本社人事を志向することとなる。 「細かく見ないが口は出す」パターンを志向する際にも注意が必要である。本社からの一方的な指 示は、現場から見れば身勝手にも見え、時には反発すら招いてしまう。「手塩にかけて育てた人材 を取られたくない」というのは全ての部門が感じる意識である。この方向性を志向する場合には、 本社人事の権限強化が喫緊の課題となるであろう。 また、「細かく見るが口は出さない」マネジメントを採用する場合には、現場に一定の権限を委譲 しつつ、本社が権限を持つべき事項との線引きを明確にする必要がある。多くの企業で採用されて いるモデルは、実はこのモデルであり、経営人材(幹部社員)を本社管轄、一般社員は事業部・子 会社管轄としている企業は多い。また各部門の納得感を高めるためにも、まずは小規模に実績を積 んだ上で全社に展開をするというアプローチは、多くの企業で首肯できるものであろう。 そして、データ運用の体制が整ったうえで、初めてどのようなデータを収集すべきかの議論へと移 るべきである。この場合、その企業の目的や業種によって収集すべきデータは異なり、一概に結論 を出すことは難しい。しかし、多くの場合、実は社内にはかなりのデータが存在しているものの、 数多くの部門に分散して管理されているために、「名寄せ」ができず、その結果、解析ができてい ないというケースが多い。 なお、散逸したデータの「名寄せ」においてもテキストマイニングなどのアナリティクスのアプロ ーチは有効である。人材マネジメントの高度化を目指す企業においてはぜひ検討をすすめていただ きたい。 終わりに 冒頭でマネー・ボールに登場する「野球はデータではわからない。人がやるものなのだ」という古 株選手の抵抗を紹介した。多くの日本企業においても「事業は人だ」「数字で事業は割り切れるも のではない」という認識は珍しいものではない。しかし、これまで見てきたようにデータアナリテ ィクスは、これまでの日本企業の常識を覆し、人材マネジメントをより高度化させる可能性を持っ ている。もちろん、これは事業における人材の重要性を否定するものではない。むしろ、より人材 マネジメントの制度を高め、一人一人がプロフェッショナルとしてパフォーマンスを最大化することを促 進する取り組みである。多くの日本企業がデータアナリティクスを活用し、組織の潜在力を最大限に発揮 する時代が到来することを望んでやまない。
Author Profile
Katsuzumi Fueki 笛木 克純 (A.T. カーニー プリンシパル) [email protected] 慶應義塾大学総合政策学部卒、INSEAD(欧州経営大学院)経営学修了。人事系コンサ ルティングファームなどを経てA.T.カーニーに入社 。組織戦略、人事戦略、オペレーショ ン改革などを含む全社変革等を支援。主要メディア・雑誌に人事・組織関連テーマにつ いての執筆多数。著書に「外資系コンサルが教える「勝ち方」の教科書」(中経出版)A.T.カーニーは、40 ヶ国以上に拠点を有する世界有数のグローバルな経営コンサルティ ングファームです。1926年の創業以来、世界の有力企業・組織の信頼されるアドバイザー であり続けています。A.T.カーニーはパートナーシップ制度を採っており、顧客の最重 要課題に対して短期的な成果をもたらすと共に持続的な成長を支援することをお約束 します。詳しくはWebサイトをご覧下さい。www.atkearney.com アメリカ アジア・パシフィック ヨーロッパ 中東・アフリカ アトランタ ボゴタ カルガリー シカゴ ダラス デトロイト ヒューストン メキシコシティ ニューヨーク パロアルト サンフランシスコ サンパウロ トロント ワシントンDC バンコク 北京 香港 ジャカルタ クアラルンプール メルボルン ムンバイ ニューデリー ソウル 上海 シンガポール シドニー 台北 東京 アブダビ ドーハ ドバイヨハネスブルグ マナマリヤド
本稿の表紙に記されているのは、当社の社名にもなっている創業者 Andrew Thomas Kearney (アンドリュー・トーマス・カーニー)の署名で、カーニーが培い、我々が継承している、すべての
行いにおいて �本質的な正しさ� を保証することを意味しています。
A.T. Kearney Korea LLC は大韓民国において A.T. Kearney の名のもと業務を行っている別法人です。
A.T. Kearney はインド共和国においては、英国法に基づいて設立された法人組織 A.T. Kearney Limited の支店として業務 を行っています。
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