学位論文の内容の要旨
論 文 提 出 者 氏 名 許 博文
論 文 審 査 担 当 者 主査 小川 佳宏
副査 沢辺 元司、下門 顯太郎
論 文 題 目 A Comparison of Glycated Albumin and Glycosylated Hemoglobin for the Screening of Diabetes Mellitus in Taiwan
(論文内容の要旨) <要旨> グリコアルブミン(GA)は、血液中に存在する糖化変性したアルブミンであり、血液中のグル コースとの接触時間およびグルコース濃度に比例するため、糖尿病における血糖値推移の指標に 用いられ、2〜4 週間の平均血糖値を示す。本研究では糖尿病診断に関する GA の有用性と普遍性 を検討した。対象者は、台湾北部宜蘭県の住民 2192 人でそのうち 1188 人は糖尿病患者である。 GA 値とともに HbA1c 値や空腹時血糖値等を測定し糖尿病の有無による検討を行った。健常者の GA と HbA1c の 95 パーセンタイル値はそれぞれ 16.1%、6.2%であり、75 パーセンタイルは 14.6%、5.8% であった。GA の糖尿病診断における感度、特異度は HbA1c と同様で明らかな有用性が示された。 また、本研究による台湾の基準値と日本や米国での既報値はほぼ同様で、世界的に普遍性がある ものと考えられた。 <緒言> 糖尿病は世界的に患者数が増加しており、動脈硬化、心血管疾患および腎不全の重要な危険因 子の一つである。台湾においても同様で、近年の統計では癌、虚血性心疾患、および脳卒中に続 き国民の死亡原因の第 4 位に位置している。 台湾における 2013 年の糖尿病の推定患者数は 170 万人で総人口の 7%を占め、40 歳未満の若年者の増加が著しい。 1995 年以降、台湾では国民皆保険が実施されているが、この保険制度では、糖尿病治療に用い る薬剤の投与方法が標準化されている。第一選択はビグアナイド(BG)剤であり、それで不十分 な場合、スルホニル尿素(SU)等の第二選択薬を処方できる。それでも不十分な場合は、別の第 二選択薬かチアゾリジンジオン(TZD)のうち1つを 3 剤目として追加できる。この段階ではイン スリンも処方できる。 糖尿病関連検査として、空腹時血糖(FPG)、糖化ヘモグロビン(HbA1c)値とともに、近年グリ コアルブミン(GA)が開発された。GA 値は約 2〜4 週間の平均血糖値を反映し、HbA1c 値と比較し て短期間の変化を把握できる。薬物療法を開始や変更の効果をモニタリングする際に有用である。 HbA1c は貧血やヘモグロビン異常症の患者では正確性に欠け、凍結保存検体を用いることができ ないが、GA は血清・凍結保存検体でも測定可能である。GA は測定誤差が小さく(変動係数 2%未
- 2 - 満)、測定系はすでに自動化されている。 これまで GA を用いた研究は、日本、中華人民共和国(PRC)、および米国で実施され、GA 値が 糖尿病の診断に有用という結果が日本とアメリカで報告された。本研究ではその普遍性を追求す るため、台湾人での検討を行った。同時に台湾における GA の基準範囲を新規に検討した。 <対象および方法> この研究は 2012〜13 年に台湾北部宜蘭県の住民を対象として行った。この地域の住民は台湾の ネイティブであり、中国本土やアジアの他の地域からの最近の移民者ではない。また、糖尿病に 関しては、1996 年に台湾の最初の糖尿病共有ケアシステムが導入された地域である。 研究計画は羅東博愛病院と東京医科歯科大学医学部の倫理審査委員会で承認され、すべての対 象者からは書面でのインフォームドコンセントを取得した。 対象者は、糖尿病患者 1188 人(DM 群)と非糖尿病健常人 1004 人(NGT 群)。糖尿病患者は、羅 東博愛病院に通院中。健常人は、検診参加者で糖尿病の既往がなく、空腹時血糖 100mg/dL 未満と した。両群とも、6ヶ月以内に入院歴のあるものや、何らかの治療を受けている場合にはその投 薬内容などの変更があるもの、重症肝障害、腎不全、甲状腺疾患等の患者はリクルートから除外 した。 NGT 群は初回参加時のみの空腹時採血と採尿を実施し、DM 群は、初回参加時および 3 ヶ月後と 6 ヶ月後の受診時に空腹時採血と採尿を実施した。血液サンプルを用いて FPG(ヘキソキナーゼ 法)、HbA1c(比濁阻害イムノアッセイ)、血清 GA、血清インスリン値等を測定した。羅東博愛病 院の中央検査室における GA の変動係数(CV)は連続測定時 0.9%、日差 1.6%であった。 全ての統計分析は SPSS ver.22(IBM)を用いた。群間差の検定は、student の t 検定およびカ イ二乗検定を用いた。糖尿病診断のカットオフレベルを決定するために ROC 分析を行った。項目 間の相関の検定は、ピアソン相関係数を用いた。いずれも P 値<0.05 の場合に統計的に有意とし た。 <結果> 全対象者は男性 1106 人と女性 1086 人で、平均年齢 60.1 才だった。平均 BMI は NGT 群 24.1kg/m ²、DM 群 26.2 kg/m²で、DM 群が有意に高かった(p <0.001)。FPG、HbA1c、GA の平均値は、NGT 群がそれぞれ 5.4mmol/ L、5.6%、13.9%、DM 群がそれぞれ 7.9mmol/ L、7.2%、18.1%だった。 DM 群と NGT 群の GA と HbA1c 値の分布データによる糖尿病診断のカットポイントは HbA1c6.2%、 GA15.2%となった。また、NGT 群の FPG、インスリン、HbA1c、GA 値の 90 パーセンタイル値は、 それぞれ 110mg/dl、113.4pmol/L、6.1%、15.5%であった。NGT 群で HbA1c5.7%に相当する GA 値は 14.5%だった(第 50 と 75 パーセンタイル値の間)。NGT 群の HbA1c6.5%に相当する GA 値は 16.5%であり、97.5 パーセンタイルに相当した。 糖尿病患者の治療方法別の GA と HbA1c 値を比較した。 1188 人の患者のうち、375 人の患者が 無投薬(生活習慣改善指導のみ)であった。この 375 人の平均 GA と HbA1c 値は、それぞれ 17.0 ±3.2%、7.0±0.9%であり、投薬をうけていた患者全体の平均と比べて有意に低かった(p <0.001)。第一選択薬のメトホルミン投与中の患者 736 人の患者の平均 GA と HbA1c 値はそれぞれ
18.5±4.8%と 7.3±1.4%であった。また第二選択薬α-GI(N = 119 人)、DPP-4 阻害薬(N = 199 人)、グリニド(N = 47 人)または SU(N = 503 人)で治療した糖尿病患者の平均 GA 値はそれぞ れ 19.3±4.9%、20.5±5.4%、19.3±4.6%、および 19.2±5.2%だった。平均 HbA1c 値はそれぞ れ 7.5±1.3%、7.9±1.5%、7.4±1.5%、7.5±1.4%であった。糖尿病患者で TZD を処方されて いる患者(n = 83 人)の平均 GA 値は 19.8±4.9%であり、平均 HbA1c 値は 7.6±1.4%であった。 インスリン治療中の患者(N = 122 人)の平均 GA 値は 23.7±6.6%、平均 HbA1c 値は 8.7±1.8% であり、インスリン治療を受けていない患者に比べ有意に高かった(p <0.001)。 すべての対象者での、FPG, HbA1c、GA 値にはそれぞれ有意な正の相関(r = 0.7、p <0.001) が観察された。またステップワイズ回帰分析では、NGT 群において、GA 値は、年齢、BMI、FPG、 インスリン、HbA1c 値、総コレステロール、トリグリセリド、性別、およびクレアチニンと有意 に相関していた。DM 群でも総コレステロールを除き同様だった。 糖尿病診断に関する ROC 分析では GA 値のカットポイントは 14.9%で、感度 78.5%、特異度 80.0%となり、ROC 曲線下面積は 0.86 だった。 HbA1c 値のカットポイントは 6.0%で感度 87.8%、 特異度 88.7%であり、曲線下面積は 0.94 であった。 3 ヶ月及び 6 ヶ月のフォローアップによる結果では、糖尿病患者の GA と HbA1c の 3 ヶ月間の変 化に有意な正相関が認められた(r = 0.62、p <0.0001)。 3 ヶ月から 6 ヶ月までの GA と HbA1c 値の変化に関しても、同様の正相関を認めた。 <考察> 本研究の対象者は台湾のネイティブであり、ほぼ単一の人種の結果が得られた。欧米諸国と同 様に、糖尿病を持つ台湾人患者の多くは肥満または過体重であり、平均 BMI は日本よりも台湾の 方が高値であった。すなわち、台湾はこれまでの日本や米国とは明らかに異なる糖尿病患者集団 であることが示唆された。また、台湾初の糖尿病共有ケアシステムがこの地域から実施されたこ ともあり、住民はよく糖尿病の教育を受けてきており、治療状況も良いと考えられる。この研究 に参加した糖尿病患者は全員治療を受けており、FPG、HbA1c、GA 値は、未治療の場合よりも低い ことが想定される。 糖尿病患者の 3 分の 2 以上は、血糖降下薬を服用していたが、我々のデータでは未投薬の患者 よりも薬物療法中の患者の方が有意に GA 値や HbA1c 値は高かった。さらにインスリン治療中の患 者の GA(23.7%)や HbA1c(8.7%)値は、それ以外の患者よりも有意に高値であり、治療内容が疾患 重症度を反映していた。 本研究では、糖尿病診断に関する HbA1c の確立された基準値に対応する GA 値を検討した。HbA1c 値の基準値は健常者と境界型が 5.7%、境界型と糖尿病型が 6.5%。これに対応する GA 値は、 14.5%、16.5%が妥当と考えられた。DM と NGT の GA および HbA1c の分布からは、GA15.2%、 HbA1c6.2%がカットポイントであり、ROC 分析のデータは同様にそれぞれ 14.9%、6.0%であった ことが、この妥当性を支持している。台湾では健常者の GA レベルの上限値は 14.5%とするのが 妥当であり、この値以上では、すでに糖尿病か将来発症するリスクが高いと考えられる。また 16.5%以上では、すでに糖尿病である可能性が非常に高く、何らかの治療介入を必要とする。 GA の測定は簡便で、測定系は安定しており、本研究の結果から台湾における糖尿病の診断や経
- 4 - 過観察において HbA1c と同等の有用性も示され、日常診療で十分用いることが可能と考えられた。 また、GA の基準値は、日本、台湾、米国でほぼ同様であり、人種間差によらず普遍的であり、今 後 HbA1c と同様にグローバルな大規模試験等でも用いることが可能と考えられる。 <結論> GA 値は、HbA1c と同様に糖尿病の診断に有用であり、HbA1c 値の代用値としても用いることが できる。さらに、GA 値は人種によらず普遍的に平均血糖を示すマーカーとして、日本や米国のみ ならず、世界中で大規模研究や日常臨床において使用できると考えられた。