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理学療法と産業保健

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Academic year: 2021

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(1)理学療法学 第 714 42 巻第 8 号 714 ~ 715 頁(2015 年) 理学療法学 第 42 巻第 8 号. 大会シンポジウム 6(協会主催シンポジウム). 理学療法と産業保健* 松 田 晋 哉**. 就業を支援する制度として Fit for work(あるいは Fitness for. はじめに. work:FFW)と呼ばれる制度が 2010 年から導入されている。. 現在我が国は世界に類を見ない少子高齢化の過程にある。こ. 健康上の問題をもつ労働者が就業上の問題をもったとき(職. うした状況下で社会の活力を維持していくためには,高齢期に. 場適応や職場復帰など),主治医は労働者の求めに応じて Fit. おいても人が活動的であり続けることができる Ageless 社会を. note を発行する。この Fit note には就業の可否やどのような. 実現することが求められる。このような社会経済環境の変化に. 配慮が行われれば就業が可能であるかなどについて臨床面から. より,今後,医療の役割は治療中心のものだけでなく,健康問. の記載がなされる。Fit note を記載できるのは医師のみであり,. 題を抱えた国民の日常生活(就労生活)の医学的支援という側. また一般医(以下,GP)の業務に組みこまれていることから,. 面が強くなっていくであろう。イギリスでは健康問題をもった. 住民は無料でその交付を受けることができる。. 労働者の主治医が意見書(これを Fit Note という;後述)を. Fit note を受け取った労働者は,雇用主にこの Fit note を提. 保健省と労働年金省が共同で各地域に設置している職業適応. 出し,就業上の配慮を求めることができる。なお,Fit note は. サービス局(Fit for Work Service)に提出することで,当該. あくまで GP から労働者への一般的な助言という位置づけであ. 労働者が就業支援のための種々の支援が受けられる仕組みがつ. り,それを受け取った労働者や雇用主がそこに記載された内容. くられている. 1). 。この背景には①健康問題によって失われた労. に従う義務はない。しかしながら,Black のレポート以降 2),. 働時間は,1 年間で約 1 億 7,500 万労働日,額にして 1,000 億ポ. 就業が健康や傷病の回復にポジティブに影響し,それが中長期. ンド(当時の為替レートでおよそ 21 兆 5,000 億円)にものぼ. 的に企業の労働コストの削減につながるという知見が多く報告. ること(2006 年),②働くことが健康に対しよい影響を及ぼし,. されるようになり,GP の関心も高まっている。今のところ,. 反対に長期間雇用されていないことや長期の病気欠勤が健康に. Fit note の経済的効果を明確に示した報告はでていないが,こ. 有害な影響を及ぼしていること,③雇用および生活保護手当を. の制度については GP から好意的に捉えられているようである。. 受給している人は,平均と比較してなんらかの疾患を有する率. ところで,イギリスにも産業保健の専門医制度があるが,我. および死亡率が 2 ~ 3 倍であったこと,④雇用および生活補助. が国のような産業医の選任義務はなく,産業医は企業と産業保. 手当受給者のうち,およそ 40%に関しては早期に問題を解決. 健のコンサルタントとしてかかわるのが通常である。したがっ. することで回避可能であった,といったイギリス政府の調査が. て,従来はすべての労働者が適切な健康管理を受けているとい. ある. 2)3). 。. う状況にはなく,産業保健制度としての改善点が多いのが実情. 非正規雇用の増加など,労働安全衛生法に定める健康管理. である。しかし,Fit note が導入されたことにより,すべての. が十分に適用されない労働者が増加している現状を考慮する. 労働者がある意味で産業保健的な管理を受けることが可能に. と,開業医を基盤としたプライマリケアの枠組みの中で「働く. なった。. こと・生活すること」を支援する医療の役割が我が国でも今後 大きくなっていくであろう。日本が Ageless 社会をめざすの. Presenteeism と労働生産性. であれば,医療のこうした役割に今後重点をおいていく必要が. 近年,産業保健の現場では「疾病勤務 presenteeism」とい. ある。. う概念が注目されている。これは体調不良など健康問題によっ. Fit For Work とは 前節で述べたようにイギリスでは健康問題をもつ労働者の. て生産性が制限されている状態を指し,代表的な病態として肩 こり,腰痛,花粉症,生理痛など,健康問題として意識されに くい症状が多く含まれている。Presenteeism の原因となるこ れらの病態は,その症状により労働者の QOL を低下させるば. *. Physiotherapy and Occupational Health 産業医科大学医学部公衆衛生学教室 (〒 807–8555 福岡県北九州市八幡西区医生ヶ丘 1–1) Shinya Matsuda, MD, Professor: Department of Preventive Medicine and Community Health, School of Medicine, University of Occupational and Environmental Health キーワード:産業保健,労働生産性,Fit for work. **. かりでなく,経営上の隠れた損失として無視できないものに なっている。たとえば,Mattke らは職域における病気による 経済損失の 71%を Presenteeism が占め,Absenteeism(欠勤・ 休業)の 29%よりも問題が深刻であることを報告している. 4). 。. また,Schofield らも健康問題のために就労不能のオーストラ.

(2) 理学療法と産業保健. 715. リア人(45 ~ 64 歳)は約 663,000 人に上り,これは年間 120. 対策基本法において担癌患者の就労支援が強調されているの. 億$の損失に相当することを示したうえで,特に腰痛や関節疾. も,そうした問題意識に基づくものであろう。また,高度高齢. 患といった金骨格系疾患が重要であることを明らかにしてい. 社会において社会の活力を維持するためには,少なくとも前期. る 5)。. 高齢者が生き生きと活躍できる Active aged 社会を実現するこ. 我が国の国民生活基礎調査においても肩こりと腰痛の有症. とが不可欠である。前期高齢者の就業確率が高くなることは,. 率は回答者のそれぞれ 37.0%と 35.1%でもっとも高くなってい. 医療保険や介護保険の収支を直接的に改善するだけでなく,年. る. 6). 。腰痛や関節痛が休業に至るまで悪化することはそれほど. 金財政についてもその健全化のための効果をもたらす。. 多くないことから,逆にこれらの傷病が presenteeism の原因. しかしながら,我が国では働くことをサポートする医療の役. として重要である可能性が示唆される。. 割に関する認識はまだ不十分である。すべての労働者を支援す. 近年,こうした問題意識から就業できることおよび傷病に. るためにはイギリスの Fit for work プログラムのように,かか. よる労働生産性の低下を防止することを臨床的なアウトカム. りつけ医が傷病をもった患者の職場復帰を支援する仕組みが望. とする医療の重要性が認識されるようになり,WPAI などの. ましいと筆者は考えている。制度的にどのような仕組みにする. 標準的な調査票を用いた研究が多く行われるようになってき. かについては,まだ明確ではないが,嘱託産業医の多くが地域. た。しかしながら,これらの調査票は必ずしも我が国の労働環. の開業医である我が国では,プライマリケアの枠組みの中でそ. 境に適さない場合も少なくないことから Fujino らは我が国独. うした仕組みを構築することが可能であると考えられる。もち. 自の標準的な調査票(産業医科大学版労働生産性調査票 Work. ろんこうした仕組みを医療保険の枠組みの中で構築するのか,. functioning improving scale:Wfun)の開発を行っている. 7). 。. あるいは労働安全衛生法や労災保険の枠組みの中で構築するの. 1,296 名の製造業労働者を 18 ヵ月追跡した予備調査では,スコ. かは今後の検討課題である。. アが高いほど休業日数が長くなり,また休職・退職する確率が. 加えて理学療法士が職域において腰痛など筋骨格系疾患の予. 有意に高くなることが示されている。. 防を行う仕組みが産業保健制度の中に組みこまれることが必要. 産業保健と理学療法士. であると筆者は考えている。腰痛や肩こりは一般的な病態であ るがゆえに,その影響が十分には評価されてこなかった。しか. 上述のように近年産業保健の現場では労働生産性の維持向上. しながら,労働生産性に直結する presenteeism という視点か. を医学的に支援することへの関心が高まっており,特に筋骨格. ら見たとき,その経済的損失は非常に大きなものであると予想. 系疾患とメンタルヘルスでの支援が求められている。諸外国で. される。こうした視点からの研究が我が国でも今後行われてい. はこのような問題に対処するために臨床心理士や理学療法士・. く必要がある。関係者の積極的な関与を期待したい。. 作業療法士が産業保健の現場で活躍している。我が国でも,今 回のストレスチェックの法制化により臨床心理士等によるメン タルヘルス面での対策は進むと予想されるが,腰痛や関節痛, 肩こりを対象とした理学療法士の関与はどうであろうか。イギ リスやフランス,オランダでは開業理学療法士が個別に企業と 契約を結び,職域における筋骨格系疾患の予防対策(悪化予防 も含む)を行っているが,労働者の高齢化が進む我が国でこそ そのような活動は活発であるべきであろう。このような理学療 法士の役割を制度化するためには,単に諸外国で行われている ということだけでは不十分である。職域における実証的な研究 が必要である。現在,産業医科大学では職場復帰のための診療 情報提供書を開発し,その有効性評価のための実証研究を行っ ている。このような研究に理学療法士の方々が関心をもってい ただければ幸いである。. ま と め 人はただ単に生きていくために働くのではない。働くことは 自己実現や仲間との交流といった生きがいにもつながる。がん. 文 献 1) Department for Work and Pensions: Statement of fitness for work. Guide to the new ‘fit note’. Department for Work and Pensions, London, 2010, p. 4. 2) Black CM: Working for a healthier tomorrow. Stationery Office, London, 2008, p. 125. 3) Department for Work and Pensions: Improving health and work: changing lives: the Government’s response to Dame Carol Black’s review of the health of Britain’s working age population. Stationery Office, Norwich, 2008, p. 118. 4) Mattke S, Balakrishnan A, et al.: A review of methods to measure health-related productivity loss. Am J Manag Care. 2007; 13(4): 211–217. 5) Schofield DJ, Shrestha RN, et al.: Chronic disease and labour force participation among older Australians. Med J Aust. 2008; 189: 447–450. 6) 厚生労働省:平成 22 年国民生活基礎調査,2010 年. 7) Fujino Y, Uehara M, et al.: Development and validity of a work functioning impairment scale based on the Rasch model among Japanese workers. Journal of Occupational Health(掲載予定)..

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