理学療法学 第 41 巻第 4 号 184 スムーズな随意運動を行うには,骨格筋,末梢神経系,およ び中枢神経系が正常に機能する必要がある。そのため,脳卒中 などにより中枢神経系のどこかが障害されるとスムーズな動作 遂行が困難になる。中枢神経障害に対する理学療法としては, 基本的動作の反復練習や功緻動作の練習など,運動療法が中心 に行われているが,本講演では随意運動時および他動運動時の ミリ秒単位の脳活動と,随意運動および他動運動による一次運 動野興奮性の変動に焦点を当てて話しを進めたい。また,近年 注目されつつある,非侵襲的に直流電流を通電する「経頭蓋直 流電流刺激(transcranial Direct Current Stimulation:以下, tDCS)」についても少し触れたい。 運動に関連する大脳皮質領野は一次運動野だけでなく運動前 野,補足運動野,帯状皮質運動野などがある。一次運動野は中 心前回に位置しブロードマンの 4 野にあたり,体部位局在が明 確である。運動前野はブロードマンの 6 野の外側部分に相当し, 背側と腹側のふたつの領域に分けられる。背側運動前野は運動 を開始する前の待機時や感覚情報と動作の連合時に必要であ り,腹側運動前野は視覚情報として捉えた目標物に腕を伸ばす ような,物体を認知して動作につなげる過程で重要である。補 足運動野はブロードマンの 6 野の内側部分に相当し,記憶に基 づいた動作や運動の時間的順序を制御していると考えられてい る。また,単純な動作よりも複雑な動作時に強く活動すること や,運動をイメージした際にも活動するとの報告がある。一次 体性感覚野(3 野,1 野,2 野)や高次体性感覚野(5 野,7 野) も運動遂行には重要である。 人 を 対 象 と し た 脳 機 能 の 計 測 方 法 に は, 脳 波(Electro-encephalo graphy:以下,EEG),脳磁図(Magneto波(Electro-encephalo- graphy:以下,EEG),脳磁図(Magnetoencephalo-graphy:以下,MEG),機能的磁気共鳴装置(Functional Magnetic Resonance imaging:以下,fMRI),ポジトロン断層装置(positron emission tomography:以下,PET),近赤外線分光脳酸素モニ タ(near-infrared spectroscopy: 以 下,NIRS) な ど が あ る。 脳機能計測方法は大きく分類して 2 種類に分けられる。(1)神 経の活動そのものを計測しているのが EEG と MEG であり, (2)神経活動に伴う血液量や代謝量の変化を計測しているのが fMRI,PET,NIRS である。それぞれ長所・短所があり,EEG と MEG は神経活動そのものを計測しているので時間分解能が 非常に高いが,脳深層の活動を計測するのが困難であるという 欠点がある。fMRI は空間分解能が優れており,脳深層の活動 を計測できるという大きなメリットがあるが,時間分解能は EEG や MEG には劣る。PET は放射性同位元素をトレーサー として利用することと,時間分解能が粗いのが欠点であるが, 脳深層の活動が計測できることや,トレーサーの種類により酸 素代謝や糖代謝,神経伝達機能など,様々な項目が測定できる という大きな利点がある。NIRS は空間分解能が粗いことと, 皮質表層の活動しか計測できないという欠点があるが,他の計 測機器に比べて安価であることと,計測環境の制限が少ないと いう大きな利点がある。 随意運動を行った際には,一次運動野だけでなく高次運動 野や体性感覚野など運動に関連する多くの皮質部位が活動す る。他方,他動運動時においても,体性感覚野だけでなく一次 運動野の活動が認められる。1970 年代に他動運動と一次運動 野の活動に関する研究が盛んに行われている1)。また,近年で は脳機能イメージング装置の普及に伴い脳機能イメージング法 を利用した研究が盛んに行われ,他動運動によって一次運動野 が活動することが再確認されている。1999 年に PET を利用し た研究において,示指をわずかに屈曲させる他動運動を行った 場合,一次運動野は活動しなかったとの報告があるが2),2000 年になり,同じ PET を利用した研究において他動運動時には 随意運動時と同様に一次運動野が活動していることが報告され ている3)。2001 年には fMRI を利用した実験において,他動運 動時には随意運動と同様に一次運動野が活動するが,その活動 量は随意運動時に比べて少ないことが報告されている4)。2011 年には fMRI を用いた研究において,他動運動時には一次運動 野の 4a 野と 4p 野の両方が活動していることが報告されてい る 5)。fMRI や PET を利用することにより神経活動部位を推定 することはできるが,ミリ秒単位の経時的な変化をあきらかに することができない。そのため,我々は他動運動時における脳 活動の経時的変化をあきらかにする目的で MEG を利用した研 究を行った。その結果,他動運動開始直後(約 40 ms 後)に 一次運動野の活動がピークを示し,85 ms 前後で補足運動野 (supplementary motor area:以下,SMA)と高次体性感覚野 (7 野)が活動のピークを示し,130 ms 前後で両側の二次体性 感覚野が活動することがわかった6)。図 1 は他動運動時の皮質 活動の経時的変化を示している。このように,他動運動により 一次運動野が活動することは数多く証明されている。ただし, 随意運動時のようにα 運動神経を活動させるための(出力とし 理学療法学 第 41 巻第 4 号 184 ∼ 187 頁(2014 年)
中枢神経障害に対する理学療法の基礎
*
大 西 秀 明
**ベーシックセミナー
*Fundamental Physical Therapy for Central Nervous System Lesion
**
新潟医療福祉大学運動機能医科学研究所 所長 同理学療法学科 教授
(〒 950‒3198 新潟県新潟市北区島見町 1398)
Hideaki Onishi: Institute for Human Movement and Medical Sciences, Niigata University of Health and Welfare
キーワード:随意運動,他動運動,大脳皮質一次運動野
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中枢神経障害に対する理学療法の基礎 185 ての)神経活動が不要なため,他動運動時の一次運動野の活動 量は随意運動時よりも少ないと考えられる。 他動運動時には深部感覚だけでなく様々な表在感覚も刺激さ れる。しかし,大脳皮質一次運動野の活動を引き起こしている のは筋伸張による深部感覚受容器である可能性が高い。Mima らは手関節より遠位を麻痺させて,示指屈曲運動を行った際に は他動運動によって誘発される脳波に変化は見られないが,肘 関節より遠位を麻痺させることにより,他動運動による誘発脳 波が減弱することをあきらかにしている7)。このことは,他動 運動によって引き起こされている皮質活動が手関節以遠の皮膚 や関節にある受容器に引き起こされた反応ではなく,前腕筋群 の伸張によって引き起こされた反応であることを示唆してい る。我々も,示指伸筋にワイヤー電極を刺入して関節運動を伴 わない程度の微弱な筋収縮を引き起こした際には一次運動野の 活動が引き起こされ8),軽微な触圧覚刺激時には一次体性感覚 野(3b 野)が活動することを確認している9)10)。図 2 はワイヤー 電極によるモーターポイント刺激時の皮質活動部位を示してい る。筋紡錘の活動が GIa 求心性神経を興奮させ,3a 野および 2 野を経由して 4 野の活動を引き起こしているか(図 3),同側 の小脳経由で4野の活動を引き起こしている可能性が考えられる。 これらをまとめると,(1)他動運動時には一次運動野を含む 多くの皮質領域が活動し,(2)一次運動野の活動ピークは運動 開始後約 40 ms で認められ,(3)その活動を引き起こしている のは筋伸張による筋紡錘である可能性が高いということである。 随意運動時だけでなく他動運動時にも一次運動野が活動するこ とは上述の通りであるが,随意運動や他動運動により一次運動野 の興奮性が一定時間変動することも報告されている。たとえば, 筋疲労を引き起こすような最大随意収縮(maximum voluntary contraction:以下,MVC)課題を行った後,30 分以上も一次運 動野の興奮性が減弱することが報告されている11)。この現象を Postexercise depression(以下,PED)といい,運動を遂行した 筋を支配している皮質領域のみで起こり,近隣の他筋や対側の 筋を支配している領野では PED が起きないことが報告されてい る11)。また,50% MVC を課題とした運動の場合,筋疲労が起 こっていない状況では運動後に一次運動野の興奮性が増大する現 象(Postexercise facilitation;以下,PEF)が認められることも あきらかになっている12)。さらに,近年になり,軽負荷短時間 の随意運動後にも PED が観察されることが報告されている13)。 他動運動による皮質運動野興奮性の変動についてもいくつか の報告があり,他動運動による筋伸張過程では一次運動野の興 奮性が減弱し,筋短縮過程では一次運動野の興奮性が増大する ことが報告されている14)。また,他動運動を 1 時間繰り返す ことにより一次運動野の興奮性が 1 時間以上増大することも 図 1 右示指他動運動時の皮質活動部位と活動の経時的変化6) (A)随意運動時および他動運動時の皮質活動の経時的変化を 示している.最上段は随意運動時の 4 野の活動を示している. 2 段目以降は他動運動時の皮質活動部位と経時的変化を示して いる.2 段目は 4 野,3 段目は補足運動野(SMA),4 段目は 7 野(PPC),5 段目は対側半球の二次体性感覚野(cS2),6 段目 は同側半球の二次体性感覚野(iS2)の活動を示している.被 験者は 13 名であり,そのうち各皮質部位で活動が認められた 被験者数を括弧内に示している. (B)他動運動時の皮質活動部位(電流双極子の位置)を示し ている. 図 2 ワイヤー電極を利用した示指伸筋モーターポイント刺激時の皮質活動部位8) モーターポイント刺激時に誘発された脳磁界から電流発生源を推定したものを被験者の MRI 画像に投影している.モーターポイント刺激により誘発された脳磁界反応から推定し た電流発生源は中心溝よりわずかに前方であり,正中神経刺激による皮質活動部位(刺激 後 20 ms で推定した電流発生源)よりも内側に位置している.
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理学療法学 第 41 巻第 4 号 186 あきらかになっている15)。そこで,我々は 10 分程度の他動運 動を繰り返すことにより一次運動野の興奮性が増大するか否か を調査した。その結果,10 分間の他動運動により一次運動野 の興奮性は減弱するが,10 分後には元にもどることがわかっ た 16)。このように,随意運動や他動運動により皮質運動野の 興奮性は変動するが,運動量や運動時間に影響されてその変動 パターンは異なることがうかがえる。 随意運動や他動運動により皮質運動野の興奮性を変動させる ことができるが,電気刺激を利用することにより皮質運動野の 興奮性を変動させることもできる。たとえば,ヒトの脳に直接 働きかける経頭蓋直流電流刺激(tDCS)は,電気刺激の極性 に依存して皮質運動野の興奮性を上げることも下げることもで きる17)。頭皮上に設置された陽極電極の直下では一時的に皮 質興奮性が促進され,陰極電極の直下では皮質興奮性が抑制さ れ,13 分間の通電により 90 分間その効果が持続すると報告さ れている18)。また,tDCS の臨床応用では,脳損傷患者を対象 にして損傷側半球に対して陽極刺激をすることにより麻痺側上 肢機能が向上することや19)20),非損傷側半球に対して陰極刺 激を行うことにより麻痺側上肢機能が向上することなどが報告 されている21)。 tDCS を利用することにより皮質運動野の興奮性を増大させ ることが可能であり,随意運動や他動運動によっても運動野の 興奮性を増減できることがわかっている。そのため,これら を組み合わせることにより,一次運動野の興奮性がどのよう に変動するのかを検討した16)。課題は,(1)2 mA 強度の陽 極 tDCS 刺激(10 分間),(2)10 分間の軽負荷随意運動(10% MVC 程度の強度で 0.5 Hz の反復運動),(3)10 分間の他動運 動(0.5 Hz の反復運動),(4)tDCS と随意運動の組み合わせ (10 分間),(5)tDCS と他動運動の組み合わせ(10 分間)の 5 課題とし,課題前,課題終了 2 分後,課題終了 10 分後に一次 運動野の興奮性を評価した。その結果,tDCS により一次運動 野の興奮性が増大することと,随意運動および他動運動単独課 題時には運動終了 2 分後には PED が認められるが,10 分後に はもとの状態に戻っていることがあきらかになった。また,10 分間の軽負荷随意運動と tDCS を併用した場合は PED が認め られ,10 分間の他動運動と tDCS との併用時には一次運動野の 興奮性は変動しないことがあきらかになった16)(図 4)。これ 図 3 固有感覚が 4 野に投射する経路についての一案 筋紡錘が刺激されると GIa 求心性神経が活動し, 視床,3a 野,2 野を経由して 4 野に投射している 可能性が考えられる.この他,小脳経由で 4 野へ 投射していることも考えられるが,正確な経路に ついてはさらなる検討が必要である. 図 4 tDCS,随意運動,他動運動が一次運動野の興奮性に及ぼす影響16) 介入課題は,(1)10 分間の陽極 tDCS(一次運動野直上に電極を貼付),(2)10 分間の随意運 動課題(10% MVC での示指内外転運動を 0.5 Hz の頻度で実施),(3)10 分間の他動運動課題(示 指内外転他動運動を 0.5 Hz の頻度で実施),(4)tDCS と随意運動課題の併用,(5)tDCS と 他動運動課題の併用の 5 種類である.介入前および介入終了 2 分後,10 分後の運動誘発電位 (MEP)の振幅値を示している.
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中枢神経障害に対する理学療法の基礎 187 らのことは,tDCS の効果は介入中の安静状態によって変動す るため,皮質運動野の興奮性を向上させることを目的とする場 合は安静状態で実施した方が望ましいことを示唆している。た だし,あくまでも皮質運動野の興奮性のみに着目した場合で あって,運動学習等のパフォーマンスの変化や長期効果につい てはさらなる検討が必要である。 このように,随意運動や他動運動,その他の刺激方法を組み 合わせることによって,皮質運動野の興奮性を調節することが できる。中枢神経障害に対する運動機能向上を目的とした理学 療法については様々な手技が提唱されているが,利用する介入 方法がどの様な種類の刺激であり,一次運動野をはじめとする 運動関連領野に対してどのような影響を及ぼし,その結果パ フォーマンスがどのように改善するのか,一つひとつ丁寧に検 証していくことが中枢神経障害に対する理学療法の基礎ではな いかと感じる。 文 献
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