日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P2-51 398
-非致死性トラウマ体験後の否定的認知と
トラウマに対する認知的評価が外傷後ストレス反応に及ぼす影響
○山西 歩野花1)、佐藤 健二2) 1 )徳島大学総合科学教育部臨床心理学専攻、 2 )徳島大学大学院社会産業理工学研究部 【問題と目的】 トラウマとは,衝撃的な出来事によって与えられた 心の傷のことを指す。トラウマによって生じる精神的 な変調は,外傷後ストレス反応(PTSR)と呼ばれ,慢 性化した場合に心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発 症させる恐れがある。DSM-5では「実際にまたは危う く死ぬ,重傷を負う,性的暴力を受ける出来事」への 暴露がPTSDの診断基準 A 項目として設けられている が,これら以外の出来事(以下非致死性トラウマ体験) によっても高いPTSRを示すことから(e.g. Gold et al.,2005),非致死性トラウマ体験にも注目する必要 がある。Ehlers & Clark(2000)のPTSD認知モデルで は,PTSRの維持や悪化には自己や世界に対する否定的 認知が関連すると示されている。こうした認知はトラ ウマ体験の致死性の有無によって差異があることが示 唆されており,非致死性トラウマ体験後に限定した認 知尺度(CINT; 伊藤・鈴木, 2009)が作成されている が,我が国では非致死性トラウマ体験者を対象とした 研究であっても臨床群から項目選定して作成された尺 度(JPTCI)を用いて検討されていることがある。ま たCINTを用いた研究であっても,CINTで測定される認 知とPTSRの関係は,相関分析や平均値の差の検定でと どまっており,PTSRにどのように影響するかは明らか にされていない。また,ストレス反応にはストレッ サーに対する個人の認知的評価が影響する(Lazarus & Folkman, 1984)。トラウマティック・ストレス分野 では,PTSD患者のPTSRには,トラウマに対する脅威性 の評価が影響を及ぼすことが示されている(伊藤他, 2015)。また西郷他(2013)では,トラウマ体験を想 起した際のトラウマに対する影響性の認知とPTSRの間 に正の相関が認められている。しかし,非致死性トラ ウマ体験者のトラウマに対する認知評価とPTSRの関係 性は明らかにされていない。したがって本研究では, 非致死性トラウマ体験者のトラウマ体験後の認知と, そのトラウマに対する認知評価がPTSRに及ぼす影響を 明らかにすることを目的とする。これらの関係を詳細 にすることは,非致死性トラウマ体験者の認知に焦点 化した介入法を検討する一助となる。 【方法】 1 .調査対象者 A大学に通う大学生290名に質問紙 調 査 を 実 施( 男 性106名, 女 性184名, 19.59歳, SD =1.12)。 2 .調査材料 1 )フェイスシート(年齢, 性別) 2 )外傷体験調査票(佐藤・坂野, 2001):ト ラ ウ マ 体 験 の 有 無 と 体 験 し た 時 期 を 尋 ね た。 永 瀬 (2017)によって改訂されたものを使用。 3 )トラウ マ体験の致死性:伊藤・鈴木(2013)を参考に,回答 されたトラウマ体験の致死性と情動喚起を問う質問を 用いて非致死性トラウマ体験者を抽出。 4 )改訂版出 来 事 イ ン パ ク ト 尺 度(IES- R ; Asukai et al., 2000):PTSRの測定に使用。全22項目 5 件法。 5 )非 致死性トラウマ体験後の認知尺度(CINT; 伊藤・鈴 木, 2009):非致死性トラウマ体験後の否定的認知の 測定に使用。 4 種類の下位尺度から構成。全19項目 7 件法。 6 )認知的評価測定尺度(CARS; 鈴木・坂野, 1998):トラウマへの認知的評価の測定のため「脅威 性の評価」 2 項目,「影響性の評価」 2 項目のみを使 用。計 4 項目 4 件法。 7 )日本語版GHQ-28 (中川・大 坊, 1985):回答者全員の健康状態を測定。自殺関連 項目を除いた26項目を使用。 3 .倫理的配慮 調査前 に協力者に本研究の目的,協力は任意であること,個 人データが外部に公表されることがないことを説明し た。さらに回答後に気分の変化が生じた場合に備え, リラクゼーション法と研究責任者の連絡先が記載され た資料を配布した。 【結果】 1 .分析対象者の特徴 290名のうち,トラウマ体験 者は142名であった。トラウマの有無によるGHQ-28の 平均点に有意差はなく(t(288)=.43, p =.67),全般的 な健康状態に差異は見られなかった。142名のうち, 非致死性トラウマ体験者106名(男性37名, 女性69名, 平均年齢19.64歳, SD =1.21)を最終的な分析対象と した。 2 .非致死性トラウマ体験後の否定的認知が PTSRに及ぼす影響 PTSRは経過時間に伴って症状が回 復することが報告されていることから,本研究でも伊 藤他(2015)と同様に,Step 1に統制変数としてトラ ウマ体験からの経過時間,Step 2に説明変数として CINTを投入した階層的重回帰分析を実施した。その結 果,Step 2で重回帰決定係数とその変化量が有意で あった(R2=.26, ΔR2=.25(いずれもp <.001))。ま たCINTの「 他 者 関 係 性 に 対 す る 否 定 的 認 知 」 か ら I E S - R に 有 意 な 正 の 影 響 が 見 ら れ た(β = . 3 0 , p =.03)。 3 .トラウマに対する認知的評価がPTSRに及 ぼす影響 Step 1に統制変数としてトラウマ体験から の経過時間,Step 2に説明変数としてCARSを投入した日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P2-51 399 -階層的重回帰分析を実施した。その結果,Step 2で重 回帰決定係数とその変化量が有意であった(R2=.23, ΔR2=.22(いずれもp <.001))。またCARSの「脅威性 の認知的評価」からIES- R に有意な正の影響が見られ た(β =.48, p <.001)。 4 .二つの認知的要因がPTSR に及ぼす影響 伊藤(2013)では,非致死性トラウマ 体験者のJPTCIで測定された認知は他の認知的・行動 的要因を介してのPTSRへの影響が示されていることか ら,CINTでも同様の可能性が考えられる。したがって Step 2にCINT,Step 3にCARSを説明変数として投入し た階層的重回帰分析を実施した(Table 1)。その結 果,Step 1〜 3 にかけて重回帰決定係数とその変化量 が有意であった。しかし,Step 2においてはCINTの 「他者関係性に対する否定的認知」がIES- R に有意な 正の影響を及ぼすことが示されていたが,Step 3では その影響が見られなくなった。したがってCINTで測定 される否定的な認知も,PTSRに必ずしも直接的な影響 を及ぼすわけではない可能性が示された。Step 3では CARSの「脅威性の認知的評価」のみ有意な正の影響が 見られた(β =.36, p <.001)。 【考察】 以上より,非致死性トラウマ体験後の「他者関係性 に対する否定的認知」とトラウマに対する「脅威性の 認知的評価」がPTSRに影響を及ぼすことが示された。 他者関係性に対する否定的認知に関して,本研究では 対人関係の問題が非致死性トラウマ体験として多く報 告されていたことが関連すると考えられる。対人関係 による心の傷は他者観にネガティブな影響を及ぼす (小田部他, 2009)。したがって対人関係の問題はトラ ウマとなりやすく,それにより他者関係に対する否定 的な認知が生じ,PTSRに影響を及ぼす。脅威性の認知 的 評 価 に 関 し て は,PTSD患 者 を 対 象 と し た 伊 藤 他 (2015)と同様の結果となり,トラウマを脅威的に評 価することは,致死性の有無に関わらずPTSRに悪影響 を及ぼすことが考えられる。しかしCINTとCARSを順に 投入した分析からは,トラウマに対する否定的評価が 高い場合,他者関係性に対する否定的認知はPTSRに直 接影響を及ぼさない可能性がある。CINTを用いた研究 は多くはなされていないため,CINTと他の認知的要因 の位置関係を明確にしながら,PTSRへの影響を検討す る必要がある。