日本認知・行動療法学会 第44回大会 75
-単一事例研究法と統計的推測: ベイズ流アプローチを架け橋として
○竹林 由武 福島県立医科大学医学部健康リスクコミュニケーション学講座 1 .単一事例実験デザインと統計的推測 心理学的な介入の有効性は主に、無作為化比較試験 (Randomized Controlled Trial: RCT)および複数のRCTの結果を統合した系統的レビューによって評価さ れる。しかし、倫理的・論理的な理由からRCTの実施 が困難または不適切である場合には、無作為化が行わ れない準実験デザイン、観察研究、症例シリーズ等の 代替デザインによって介入の有効性が評価される。単 一事例実験デザイン (single-subject experimental design: SSED)は、個人を対象に一定期間反復測定し たアウトカムを、介入非実施期 (ベースライン期)と 介入実施期の間で比較することで介入の有効性を検討 するデザインであり、複数名のデータを扱う場合には 準実験デザインの亜型として位置づけられる。SSEDは 介入前後の時系列データを扱う性質から、介入とアウ トカムの変容との因果的な効果を検討するための有力 なデザインの一つとして医学領域においても再注目さ れている。 SSEDによる介入の有効性評価は主に、グラフ化され た記述的データの視覚的なパターンを主観的に判断す るvisual inspectionによって行われてきた。ロー データを開示しその性質を詳細に検討するvisual inspectionは、SSEDに限らず集団を対象としたデザイ ンであってもデータ分析の重要なファーストステップ であることに変わりはない。ただし、SSEDによる介入 の有効性をvisual inspectionのみに頼ることには従 来から問題が指摘されている。SSEDにおける介入の有 効性評価の信頼性を検討した研究からは、評定者間の 一致率が低いことが繰り返し指摘されている (例え ば、Ninci et al., 2015)。特に、データに系列相関 (serial dependency)や傾向性 (trend)がある場合
に、評定者間の一致率が低下することが明らかになっ ている。SSEDの系列相関について、データの自己相関 をレビューした研究では、50%以上の研究で中程度以 上の自己相関が認められることが報告されている。さ らに、自己相関を統計的に制御した上で評価した介入 の有効性と、visual inspectionによる介入の有効性 の間には著しい乖離があり、後者の評価でタイプ I エ ラーが増加することが示されている。以上のことか ら、SSEDによる介入の有効性評価には統計的推測が不 可欠であるといえよう。 近年、系統的レビューやメタ分析での活用を念頭に おいた 1 事例実験研究の報告の質のチェックリストや バイアスのリスクの評価項目が、無作為化比較試験と 同様に整備されてきている (例えば、SCRIB声明や RoBiNT尺度)。SSEDへの統計的推測の適用は、visual inspectionの限界の克服という観点に加え、SSEDのエ ビデンスの統合 (系統的レビューやメタ分析)といっ た観点からも関心が高まっている。実際、SSEDで利用 可能な効果の程度を示す統計指標が複数開発されてお り、そのうちのいくつかはメタ分析で利用されてい る。 2 .効果量の推測 SSEDによる介入の効果評価やメタ分析の文脈では、 ベースライン期と介入期のアウトカムの平均の差を反 映するd 族の効果量や、ベースライン期と介入期でア ウ ト カ ム の 値 が 重 複 し な い 割 合 を 反 映 す るPND (percentage of non-over lapping)が利用されてい
る。上述のように 1 事例研究のデータは個人に対して 反復測定して得られた時系列データであるため、各時 期のアウトカムの平均の差や重複度を推定する際に、 傾向性や系列相関を考慮する必要がある。PND系統の 効果量では、ベースライン期の傾向性の影響を補正し たTau- U 等が開発されているが、系列相関の影響を扱 うことができない。一方、Hedges et al. (2012)に よる階層線形モデル (Hierarchical linear model: HLM)を用いた d 族の効果量は、傾向性、系列相関を 統合的な枠組みで推定し、その推定値に基づいて算出 される。この手法は、異なるSSED (AB法、ABAB法、多 層ベースライン法)にも共通して適用可能であり、最 終的に算出される効果量 (標準化平均値差)は、群間 比較研究で用いられるHedges'gと一定の条件下で比較 可能な指標にもなる。この指標は、複数の 1 事例研究 のメタ分析だけでなく、 1 事例研究と無作為化比較試 験の知見を統合するようなメタ分析においても使用で きる利点がある。また、一般化階層線形モデルへの拡 張によって、平均値差といった連続量だけでなく、カ ウントデータやカテゴリデータなどをアウトカムとし た場合にも一般化可能という実用的な利点がある。 3 .ベイズ流アプローチの架け橋 上述の階層線形モデルに基づく効果量は、最尤法や 制限付き最尤法によって推定される。階層線形モデル はSSEDの効果量の推定において有用性の高いモデルで あるが、最尤法の性質に基づく制限によってSSEDへの 適用が最適ではない場合がある。最尤法は漸近理論に 基づくため、比較的大きなサンプルサイズや反復測定 教育講演 5
日本認知・行動療法学会 第44回大会 76 -回数が必要とされる。しかしながら、SSEDは反復測定 の頻度が低く、対象症例も10以下の少ない状況で行わ れることが多い。さらに、最尤法では、データの正規 性が仮定されているが、小規模なSSEDの状況下では、 正規性の前提を逸脱することが稀ではない。小規模の データに階層線形モデルを適用する場合には、とりわ け変量効果の分散成分 (個人間変動)の区間推定にバ イアスが生じる。この問題は、個人レベルの効果量の 推定に関心がある場合に大きな問題となる。これらの 実際的な問題は、SSEDによる介入の効果評価と有力な モデルによる統計的推測の交流を断絶する大河とな る。この大河を渡る橋としてベイズ流の推定法の活用 が期待されている。ベイズ流の推定法では、データが 与えられた条件下で関心のあるパラメータの分布を、 データに基づく情報 (尤度)とデータ入手前の事前情 報 (事前分布)をかけあわせて求める。ベイズ流の推 定法は、1.適切な事前分布を設定することで小規模な データでも妥当な推定結果を得られること、2.パラ メータの分布を推定することで不確実性が反映される こと、3.分布型をデータに応じて柔軟に設定可能であ ること、4.個人レベルと集団レベルのパラメータを自 然な枠組みで推定可能であることなど、SSEDに階層モ デルを適用する際の問題点を克服する多くの利点を持 つ。 実 際、R i n d s k o p f (2 0 1 4)、S h a d i s h e t a l .
(2014)、Swaminathan et al. (2014)が、SSEDのセッ ティングで階層モデルに基づく効果量をベイズ流の推 定法で求める方法を提案している。 4 .ベイズ流アプローチによる介入の因果的効果 ベイズ流アプローチは階層モデルによる効果量推定 だけでなく、従来統計的な推測が困難であった 1 事例 実験デザインの重要な側面の評価を可能にする。例え ば、immediacy (ベイースライン期が介入期に移行し た際にアウトカムのスコアが急速に変化すること) は、SSEDにおいて介入がアウトカムに及ぼす因果的な 効果を評価する際の重要な要素となる。Onghena et al.(2017, 2018)はベイズ流の変化点検出モデルを 利用してimmediacyを評価する方法を提案し、連続的 なアウトカムとカテゴリカルなアウトカムの双方にそ れらを適用した事例を報告している。 ベイズ流のアプローチは多様な分野で、理論レベ ル・実用レベルで急速に発展しており、SSEDへの適用 は今後も発展していくであろう。 講演当日は、上述のモデルの概要や実際のデータに 適用する方法をソフトウェアの操作法とともにプラク ティショナーフレンドリーに呈示する予定である。講 演者がSSEDと統計的推測にかかる橋を渡る人々の案内 役として機能できれば幸甚である。 教育講演 5