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ザリガニ類(ウチダザリガニ,メキシコザリガニ,マロン,レッドクロー)の移入に関する考察

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ザリガニ類(ウチダザリガニ,メキシコザリガニ,マロン, レッドクロー)

の移入に関する考察

近年 ,外来種による在来生態系の撹乱が問題視 されており, 北米から移入されたウチダザリガニ Pacifastacus leniusculus に つ い て も 北 日 本 の 淡 水 生態系へ何らかの影響を及ぽしている可能性が危 惧 されている (蛭田, 1998). 外来種の問題を検 討するためには,その基礎情報を収集することが 大切 となる . 大正末期から昭和初期頃に農林省 (当時の名称) はウチダザリガニを数回輸入し,その飼育試験を 北海道水産試験場に委託した . 1926年に搬入され たものは小樽市高島の本場経由で千歳支場に配布 された (北 海道水産試験場千歳支場, 1926). そ こに搬入された個体は繁殖に成功したものの (北 海道水産試験場千歳支場, 1926), その後の経過 は不明である . 1930年に移入されたものの多く は北 海 道 水 産 試 験 場 が 摩 周 湖 に 放 流 し , 一 郎 に ついては北海道水産試験場が岩内町の下田喜久三 氏に養殖法開発を委託している (北海道水産試験 場, 1930). 摩周湖のウチダザリガニは個体群が 維持され,そこから人為的に持ち出されて放流さ れた個体に 由来すると考えられている個体群は, 北 海 道 東 部 で 分 布 域 を 拡 大 し て い る . (川井ら, 2000). しかし岩内に搬入された個体は経過が不 明である .そこで北海道水産試験場千歳支場と岩 内町に持ち込まれたウチダザリガニ の移入後の状 況について検討した . メキシコのエチェベリア前大統領から当地に分 布するメキシコザリガニCambarellus m ontezum ae patzcuarensisが1972年3月,昭和天皇に贈呈され, 各地で飼育された (上田, 1973). しかし経過や 標本 の保管に関しては不明な部分もある . またメ Tadashi 応WAI, Shiro NI SHI MURA, K azuyo shi N AKATA, Yakichi K OBAYASHI: T he introduction of exotic crayfish (the signal crayfish, the M exican crayfish, Marron, and Red-claw) into Japan

キシコザリガニの分類学 的位置の現状に関しても 不明である .そ こで,移入後の状況,飼育結果 に ついて補足 し,標本の所在と学名についても検討 した . 外来種のザリガニ類の移入や放流は主に各都道 府県の水産試験場等が行ってきた . しかし外来種 の飼育等の状況を総括 した例は見当たらない .そ のため水産試験場等が毎年発行 している事業報告 書を根拠として 外 来種ザリガニ類の移入と移入後 の状況を明らかにした . 材 料 と 方 法 ウチダザリガニの移入後の状況 (千歳に移入されたウチダザリガニ ) 1997年12月9 日に 北 海 道 大 学 理 学 部 の 標 本 庫 で, 1999年3月25日に北海道区水産研究所の書庫 で, 2001年4月15日に北海道立中央水産試験場の 書庫と標本室で, 2001年11月27日に 北 海道立水産 孵化場の標本庫と展示室でウチダザリガニの標本 と搬入された当時の資料を探した . (岩内に移入されたウチダザリガニ ) 2001年5月31日に岩内町郷土館で 下 田喜久三氏 に関する文献等を集めた. 2001年8月22日に下 田 喜久三氏のご子息である ,下田晶久氏に聞き 取 り 調査した. 2001年9月7 日には ,岩 内 町内の 栄 , 宮園地区を踏査した . メキシコザリガニの移入後の状況.飼育結果.標 本の所在.学名 皇居内 生物学御研究所 (2001年9月25日), 国 立科学博物館 筑波研究資料センタ ー (2002年1 月7 日),東京水産大学水産資料館 (2001年3月 24日),同大学資源育成学科標本室 (2001年11月 11日),島根県立三瓶自然館 (2001年1月31日),

(2)

16

ザリガニ類の移入に関する考察 北九州市立自然史博物館

(2000

11

28

日)の標 本庫,標本台帳でメキシコザリガニの標本等の有 無を調べた . メ キ シ コ ザ リ ガ ニ の 飼 育 等 に 関 係 し た 東 京 水 産 大 学 名 岩教 授 の 小 笠 原 義 光氏から私信により

(2001

5

24

日), 生 物 学 御 研 究 所 の 坂 本 勝 一 氏から聞き取りにより

(2001

9

25

日),メキ シコザリガニの移入後の状況,飼育結果,標本の 所在についての情報を集めた . また水産大学校の 林 健一,九州大学の嶺井久勝,熊本大学の馬場 敬 次 の 各 氏 に

2001

11

11

日, 三 宅

(1973)

に 添付されていたメキシコザリガニの写真を示した 上で,この標本に関する情報を聞き取った . なお 以上の

3

氏は 三宅貞祥氏から直接指導を受けてい た.文献情報を総括して本種の分類学的位置を明 らかにした. 外国産ザリガニ類の飼育と移入後の状況

2000

3

月に,北海道立中央水産試験場の図書 室で ,各都道府県の水産試験場等の事業報告書に おける外来種のザリガニ類養殖試験に関する報告 を探した.

結果と考察

ウチダザリガニの移入後の状況 (千歳に移入されたウチダザリガニ ) 北海道区水産研究所と北海道立中央水産試験場 ではウチダザリガニの標本類等が残されていなっ た.北 海 道 立 水 産 孵化 場 の 標 本 室 で は 標 本 等 が 残されていなかったものの,展示室では庶周湖産 のウチダザリガニの標本が1瓶だけ保管されてい た. ただし , この標本のラベルには採集年月日が 記述されていなかった .北海道大学理学部の標本 庫では摩周湖産のウチダザリガニの乾燥標本だけ が見つかった . (岩内に移入されたウチダザリガニ ) 岩 内 町 郷 土 館 に は , 下 田 喜 久 三 氏の資料のう ち公開可能な品が寄贈されていた . これ らの資 科は完全に整理が終了していないが,

2001

年現在 見つかっているザリガニ関係の資料としては

1958

年の「第

10

回北 海道文化賞授賞式の資料 (業績)」 と

1969

年 の 「 ザ リ ガ ニ の 生 化 学 的 研 究 」 だ け で あり,これらの中で下田 喜久三 氏が北海道のアス パラガス産業を確立させ,北海道のスケトウダラ で肝湘を作成する技術を開発し ,北海道大学から ザリガニに関する研究で農学博士を授与さ れてい ることが記述されていた .学位の授与は

1948

年 8月4 日であ った( 北 海 道 大 学 ,

1971).

下田喜 久三氏は北海道委託として

1923

年アスパラガスの 加工視察のために欧州に,次いで

1926

年に 食品加工研究のために北米に出張しており,下田 喜久三氏の著書 「アスパラガス」の表題の題字は 北海道長官東拓総裁を勤めた 宮尾舜治氏が,序文 は北海道産業部長の小 島庄吉氏が書いていた (下 田,

1923a).

北海道庁としては 二つの新産業を北 海道に定着させた実鎖がある下田喜久三氏を高く 評価していたと推察できる.そのため 北海道水産 試験場は新産業育成の実績があり,ザリガニ類に 関しても詳しい人物として下田喜久 三氏にウチダ ザリガニの 一部を預けて養殖方法の開発を委託し たのかもしれない . しかし下田 喜久三氏の各論文 (下田,

1923a, 1923b,

1932,

1933,

1934,

1941,

1953, 1965 ,

1969)

の中では,

1930

年に飼育委託 された個体について記述されていなかった . 下田晶久氏からの聞き取り調査と現地調査によ り移入と目的,移入後の経過,移入された種類が 明らかにな ったので 以下に示す. 移入と目的 下田晶久氏は大正

13

年に生まれ,ウチダザリガ で あ り , 詳 し い 事 情 は 判 ら な い が , 幼 い 頃 か ら 外 国 産 の ザ リ ガ ニ 類 が 飼 育 さ れ て い た こ と は 記 憶にあった . なお下田 喜久三 氏は,ニホンザリガ ニCambaroidesjaponicus, ウチダザリガニ, ヨー ロ ッパ産のザ リガニ類の 一 種Astacus astacus を

1929

年以降,岩内の水槽で飼育していた (下田,

1932,

1933, 1934).

北海道水産試験場がウチダ ザ リ ガ ニ を 摩 周 湖 へ 輸 送 し た の が

1930

年 な の で (北海道水産試験場 ,

1930),

下田喜久三氏はその 前からウチダザリガニの飼育を行っていたことに なる .下田喜久三氏が北海道水産試験場からウチ ダザリガニを分与してもらった経緯として,下田 晶久氏によると当時から 北 海道水産試験場の職員

(3)

と親交があり,職員は岩内町の下田家に頻繁に出 入りしていたそうである.北海道水産試験場は, 下田喜久 三氏 が ザ リ ガ ニ 類 の 飼 育 を 行 っ て い た ことを知 っていたと考えて良い .水産試験場と日 頃から醸成した親交の中でウチダザリガニの分与 が行われたと思われる.さらに下田晶久氏による と,下田喜久三氏のザリガニ類飼育目的は,養殖 技術開発を主目的としたものではなく,漢方医学 書に記載されていた貴重薬「陳Ji姑石」 (ザリガニ 類に体内に形成される結石) の薬効成分の解析が 主たる目的で あ った .そして分析の結果,陳

l

姑石 の主成分は単なるカルシュウム塩で特別な薬効成 分が無いと分かった .そのため,以降の研究の主 目的は陳

l

姑石の碁質である未知のキチン類似物質 の組成とその分解酵素の解明に移った . なお下田 喜久三氏は父が漢方の心得があり ,自身は薬 学校 に学んで後年は ,生化学の分野で農学博士号を取 得しているので ,輿味の中心は明 らかにザリガニ 類の生化学で ある.また下田 喜久三氏の論文でウ チダザリガニの増養殖に関するものは見当たらな い.なお下田喜久三氏の博士論文には主要な題材 となったザリガニ類の胃石の実物大のスケッチが あり,その直径は約8 m mであったが,胃石が得 られ たザリガニ類の種類については記述されてい ない(下田, 1947, 1969). 下田喜久三氏の 学位論 文の対象となった主な種類はニホンザリガニとウ チダザリガニである (下田, 1969). 通常ニホン ザリガニの胃石の大きさは5 m m以下であり (川 井, 2000), 下田 喜久三 氏の 学位論文のス ケ ッチ にあった実物大の胃石の大きさ ( 8 m m)を下回 っ ている. したがって,胃石のスケッチはウチダ ザリガニのそれであると推定される .下田喜久三 氏はウチダザリガニを 主に生化学の研究対象とし て利用している.そのため北海道水産試験場が発 行した印刷物上では下田喜久三氏が養殖試験のた めにウチダザリガニの分譲を受けたことになって いるが (北海道水産試験場, 1930), 当初の目的 とは異なった形でウチダザリガニが飼育されたこ とになる. しかし下田喜久 三氏の各論文 (下田, 1947, 1969) には,ウチダザリガニの成長に関す る記述もある. したがって養殖技術の開発も少な からず,意識していたことが読み取れ,当初の目 的を無視してなかったと思われる .こ れは著者ら の推定であるが,公的な物であったウチダザ リガ ニを個人 (下田喜久三氏)の研究目的で渡すのは 問題であ ったと判断されたのかもしれない .そし て本来は問題がある,個人 (下田喜久三氏)へ渡 す行為に対しての妥当な説明として「養殖技術開 発」が,印刷物として公表されたのかもしれない . ただし,著者らの想像が正しかったとしても,岩 内に搬入されたウチダザリガニは研究開発目的で 利用され,下田 喜久三氏個人の利益を目的として いなかったので,少なくともモラルに反する行為 ではなかったと明言できる . ウチダザリガニを分 譲した行為は,結果として学 問の発達のために有 効利用されたので,むしろ下田喜久三氏と当時の 北海道水産試験場職員に よる隠れた 英断だったの かもしれない. 移入後の経過 ウチダザリガニの飼育経過として, 1930年当時 は岩内町栄地区にあった下田喜久三氏所有の工場 に湧 き水 を導 入し て飼 育を 行っ てい た .繁殖に も成功したが1943年には事情により工場閉鎖とな り,その後は岩内町の宮園地区にあ った 北海道女 子学院の敷地内の池でウチダザリガニが飼育され た. この池は事情に より1965年頃に埋立られたの で,遅くとも1965年頃にはウチダザリガニは死滅 したものと考えられる. 2001年現在,岩内町栄地 区は工場の跡が全く無い程に景観が変わっており (図 1)' 宮園 地区の池は埋立られて ,跡地は宅地 になっていた.下田晶久氏によると下田喜久三氏 がウチダザリガニを放流したとの記憶は無い .岩 内町周辺では2001年 ま で , ウ チ ダ ザ リ ガ ニ が 採 集されたとの情報は得られていない (川井未発表 資 料).そ のため両情報は整合性がある. 以上の ことか ら下田喜久三氏はウチダザリガニを無責任 に放流することなく,最後まで飼育したものと思 われる.近年, 北 海道東部ではウチダザリガニの 放逐により,その分布域が広まり在来生態系が撹 乱されている可能性が指摘されている (川井ら, 2000). 最後 まで 責任を持って飼育した下 田喜久 三氏の姿勢は,極めて妥当であったと判断できる .

(4)

18 ザリガニ類の移入に関する考察 移 入 さ れ た 種 類 2001年8 月22日 現 在 , 下 田 晶 久 氏 の 手 元 に 当 時 の 飼 育 に 関 す る 物 品 や 標 本 は 残 さ れ て い な か っ だ し か し1935年 頃 に 画 家 が 飼 育 中 の ザ リ ガ ニ 類 を タ ラ イ に 入 れ て 描 い た 湘 絵 (図 2 ) が 保 管 さ れ ていた . この絵は下田 喜 久 三氏の 書 斎 に 長 ら く 飾 られていた .これ は 科 学 的 な ス ケ ッ チ で は 無 い が, 鉗 脚 の 指 節 の 付 け 根 に 見 られる白色 はウチダザリ ガ ニ の 特 徴 で あ り (Riegel, 1959), 岩 内 町 に 導 入 さ れ た 種 類 は ウ チ ダ ザ リ ガ ニ で , それが少なく とも1935年 頃 に は 生 き て い た こ と を 示 す 物 証 が 得 ら れ だ さ ら に , ウ チ ダ ザ リ ガ ニ の 油 絵 が 終 生 書 斎 に 飾 ら れ て い た 事 実 か ら 類 推 し て , 下 田 喜 久 三 氏 は , ウ チ ダ ザ リ ガ ニ に 対 し て 深 い 思 い 入 れ が あ り,飼育は極めて 真剣なものであっ たと伺える . メ キ シ コ ザ リ ガ ニ の 移 入 後 の 状 況 呵 飼 育 結 果 , 標 本 の 所 在 門 学 名 (移 入 後 の 状 況) 生 物 学 御 研 究 所 で 保 管 し て い た5枚 の 書 類 が 得 ら れ た .こ れは1972年 当 時 に 東 宮 御 所 魚 類 研 図1 北海道岩内町の栄地区 (2001 年9月7日撮影). 究 室 に 所 属 し て い た 目 黒 勝 介 氏 が 記 録 し た も の で あ る . 書 類 に よ る と , エ ビ ・カニ類がメキシコ大 統 領 か ら 昭 和 天 皇 に 御 謄 進 さ れ て お り , そ の 内 訳 を表1に示した .生物学御研究所には1972年3 月 9 日に2個 体 ,上 田 常 ー 氏 に は1972年4 月21日に 親3個 体 と 稚 エ ビ1個体, 1972年3 月25日上 野 水 族 館 を 経 由 し て 男 鹿 水 族 館 と 江 ノ 島 水 族 館 に 合 計 18個 体 が 配 布 さ れ た . な お 書 類 に は , ルイス ・ カスガ ・オサカ国際漁業研究所長D r.Luis Kasuga Osaka, Director-General of the National Institute of Fisheries, カスガ水産局長との記述がある.その た め カ ス ガ 氏 が メ キ シ コ ザ リ ガ ニ の 移 入 に 関 し て 何 ら か の 関 与 を し た こ とが示唆される . 過 去 の 文 献 情 報 に よ る と , メ キ シ コ ザ リ ガ ニ は1972年に日本を訪問したメキシコのエチェベリ ア 前 大 統 領 が,約70の生きた個体を 3 月 7 日,昭 和 天 皇 に 御 贈 進 し ,こ の う ち 半 分 は 昭 和 天 皇 が 標 本 に し ,残 り の 半 分 は 当 時 皇 太 子 で あ っ た 今 上 天 皇 に 渡 さ れ た (上田 ,1973). 下 賜 の 状 況 と し 図2 下田喜久三氏に飼育されて いたザリガ ニ類を 絵画家 (作者名は不明)が, 1935年頃に描い たもの.下田晶久氏撮影 . 表1 東宮御所魚類研究室のメ モによるメキシコザリガ ニの配布状況 配布先 生物学御研究所 上田常 一 上野水族館 男鹿水族館 江ノ島水族館 届じオfi'.ij::月日 1972年3月9日 配布数 2 備 考 1972年4月21日 親3 仔エピl 束宮御所魚類研究室で孵化 した仔エビを賜 . 1972年3月251:l 合計18 卜.野水族館経由で男鹿水族館と江ノ島水族館へ!!易 . 内訳は不明 .

(5)

て, 1972年3月8 日に東京水産大学の小 笠原義光 氏へ約10個体, 3月25日に,男鹿,江ノ 島の 各水 族館へ合計18個 体,4 月22日に上田常 ー氏へ 3 個 体と東宮御所で繁殖した稚エピ,その後に御所で 飼育中に死亡した標本5個体を下賜した (上田, 1973). 三 宅 (1973) にはメキシコザリガニの標 本の写真が原図として添付されており, 三宅貞祥 氏は何 らかの形でメキシコザリガニの標本を観察 したことが明 らかで,標本を所持していた可能性 がある . 本調査で明らかになった 一次情報と過去の文献 による 二次情報を 比較すると ,両情報は概ね一致 していたが一部は ,次のとおり異な っていた.上 田常 ー氏へ配布された日が一 日ずれており, しか も生物学御研究所の記録には東京水産大学への配 布が記述されていない点で不整合が見られる.ま た一 次情報による 三 宅 貞 祥 氏 に 関 す る も の が 無 か った. (飼育結果) 小 笠 原 義 光氏によると, 宮 内 庁 の

I

閲係者がメ キシコから送られたメキシコザリガニと数種の魚 を東京水産大学に持ち込み,宮内庁には生物飼育 施設が十分に無いので, しばらく預かって欲しい との依頼があり,それから約1週間後にメキシコ ザリガニ5 - 6個体以外は宮内庁関係者により回 収され,残されたメキシコザリガニだけが下賜さ れた.これらは戟国からの留 学生で ある椎 晋沫 (K w o n Chin Soo) 氏 が飼育管理を行い,数力月 後に1個体が抱卵したが時代的に大学紛争が激し いこともあり十分な管理ができず,最終的には1 個体しか生き残らなか った.この標本の所在は不 明である . 生物学御研究所の坂本勝ー氏 に よると,東宮御 所魚類研究室 での飼育結果として ,粉餌とイ トミ ミズを餌として飼育を行い,繁殖には成功したが 継代した繁殖には至らず,放流も行わなか った. 文献情報として ,上田常ー氏も継代的な繁殖に 成功したとは記述していない (上田 ,1973). ま た三宅貞祥氏は,現在では生存している所は1カ 所もないと聞いている (三 宅, 1986) と記述して いる .そのため, 2文献情報は本調査結果と 同じ であ った. (標本の所在) 生物学御研究所,国立科学博物館 筑波研究行 科センター,東京水産大学,上田常ー氏 の標本が 所蔵されている島根県立三瓶自然館, 三宅貞祥氏 の標本が保管されている北九州市立自然史博物館 にメキシコザリガニの標本は所蔵されていなか っ た. 水 産 大 学校の 林 健 一,九州大学の嶺井久勝, 熊本大学の馬場敬次の各氏への聞き取り調査の結 果,「島根県立 三瓶 自 然 館 に 所 蔵 さ れ て い な け れ ば分からない」との共通した回答が得られた .以 上の結果からメキシコザリガニの標本は研究者に よる観察が難しい場所に 保 管されている可 能性が ある . (学名 ) メ キ シ コ ザ リ ガ ニ の 種 名 は 各 論 文 に お い て Cambarellus montezumae patzcuarensisと記されて いる (上田 ,1973,三宅, 1973).

C.

m . patzcuarensis は1857年 に Saussure に よ っ て 記 載 さ れ た Cambarellus montezumaeの 亜 種 と し て 1943年に Villalobos によって記載された (Saussure, 1857, Villalobos, 1943). その根拠は

C.

m. patzcuarensis の 額 角 , 触 角 鱗 片 , 口 上 板 , 雄 の 交 接 肢 , 雌 の 受精殺の形態が他の亜種と区別できたためである (Villalobos, 1943). ま た V illalobos は,

C.

montezumae に は

C.

m. patzcuarensisな ど 合 計 8亜 種 が 含 ま れ る と 考 え た (Villalobos, 1983). Hobbs は 査 読 の 無 い マ ニ ュ ア ル の 中 で 根 拠 を 示 さ ず に 亜 種 で あ る

C.

m. patzcuarensis を 種 レベ ル の

C.

patzcuarensis と 認 識 し た (Hobbs, 1972). こ れ は 印 刷 物 で あ り 分 類 学 的 に は 有 効 で あ り 本 種 は

C.

patzcuarensis と 認 識 す る 必 要 が ある. Hobbsの考え は他のザリ ガニ類 の 分 類 学 者も認めていて, HobbsがC p. atzcuarensisの 分 類 学 的 位 置 を 変 更 し た マ ニ ュ ア ル を 引 用 し て

C.

patzcuarensisの 種 名 を 使 っ て い る 印 刷 物 も あ る (Fitzpatrick, 1983a, b). Villalobos (1983) が

C.

m. patzcuarensisを亜種として記載した際 ,額角 ,触

(6)

20 ザリガニ類の移入に関する考察 が 根拠 となっ て いる . これ ら の 形 質 の 差 は 今 日 の ザ リ ガ ニ 類 の 分 類 上 で は種 レ ベ ル で の 違 い を 示 す (Fitzpatrick, 1983a). したがって H o b bs の見解 は 妥 当 で あ る が,根 拠 を 明示 し て い な い 点 で は問題 が残っ て いる .今 後 は 日本に移入されたメ キシコ 産 の ザ リガ ニ の 形 態 を観 察 して 種 の 査 定 を 行 い , さ らに

C.

patzcuarensis を亜 種 で は な く 種 と し て 認 識 し た 理 由 を添付 するのが理想的であろう . 外 国 産 ザ リ ガ ニ 類 の 飼 育 と 移 入 後 の 状 況 国 内 で 外 国 産 ザリ ガ ニ 類 の 整 殖 試 験 を 行 っ て い た の は 石 川 県 と鹿児 島 県 の 水 産 試 験 場 で あ っ た . 石 川 県 で は1992年 に レ ッ ドク ロ ー Cherax quadガcarinatus の ,1990 - 1999年 に か け て マ ロ ン C herax tenuimanus の 養 殖 試 験 が 行 わ れ て い た (杉 五 十 嵐 ・北川, 1992a, b , 五 十 嵐 ・ 横 西, 1993, 横 西, 1994, 田 中, 1995a, b , 町 田, 1995, 横 西 , 1995a, b , C, 横 西 ,1996a, b , C, d , 田 中 , 1996, 早 瀬 , 1997a, b , 早瀬, 1998, 1999). 試 験 の 内容 は養 殖 の 技 術 開発 で ,放 流 は 行 わ れ ていない .石 川 県 で はマ ロ ンの飼育や繁殖 等 の 技 術 開 発 に は成功 した ものの ,本 種 は 商 品 サ イズに成長する までに

3

年を 要し ,経 済 的 な 視 点 か ら養殖 は難 しい と判断されて いる . 鹿 児 島 県 で は1984 - 1992年 に か け てマ ロ ンの 養 殖 技 術 開 発 を行 っ て い た ( 小 山 ら,1984, 小 山 ら,1985, 小 山 ら, 1986, 小 山 ら,1987, 小 山 ら,1988, 小 山 ら, 1989, 小 山 ら, 1990, 柳ら, 1991, 柳ら , 1992). 内 容 は 種 苗 生 産 の 技 術 開 発 などで,飼育や繁殖等の技術開発には 成功 した が, 養 殖 の 普 及 や 放 流 に 関 す る 記 述 は見 当 た ら な か っ た. 謝 辞 調 査 に 協 力 頂 い た 宮 内庁侍従職の目黒勝介, 一呂 内 庁 生 物 学 御 研 究所 の 坂 本 勝 一 , 国 立 科 学 博 物 館 筑 波 研 究 資 料 セ ンターの並河 洋 ,北 海 道 大 学 の 馬 渡 駿 輔 ,旭川 医 科 大 学 の 下 田 晶 久 ,弘 前 大 学 の 大 高 明 史 ,東 京 大 学 の 浦 野 貴 士 , 東 京 水 産 大 学 の 小 笠 原 義 光 と 渡 辺 精 一 , 水 産 大 学 校 の 林 健一, 浜 野 龍 夫 , 永 田 理 雄 ,勝 俣 亮 介 (当 時 ), 九 州 大 学 の 嶺 井 久 勝 ,熊 本 大 学 の 馬 場 敬 次, 北海 道 立水 産 孵化 場 の 伊 藤 富 子 , 島 根 県 立 三瓶 自 然 館 の 大 畑 純 二 , 北 九州 市 立 自 然 史 博 物 館 の 薮 本 美 孝 ,岩 内 町郷 土 館 の 吉 田 吉 就, 日 本 甲 殻 類 学 会 員 の 荒井 健 ,Japan Crayfish Club の砂 川 光 朗 と 小 川 洋 一 郎

を始 め とし た 関 係 各 位 ,通 常 は複 写 が 難 し い 学 位 論 文 の 複 写 許 可 を 頂 い た北海 道 大 学 中央 図 書 館 の 各 氏 に深 謝し ます .

文 献

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参照

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