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緘黙症児の臨床精神医学的研究

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Academic year: 2021

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(1)Title. 緘黙症児の臨床精神医学的研究. Author(s). 奥村, 晶子. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 42(2): 183-194. Issue Date. 1992-02. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/5199. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 2巻 第2号 ) 第4 北海道教育大学紀要 (第1部C l ionI C) Vo i i t ty ofEducat lof Hokkaido Univers on(Sec jouma .2 .42 , No. 平成 4年2月 Febma ly,1992. 繊黙症児の臨床精神医学的研究. 奥. 村. 晶. 子. はじめに 場面選択性織黙, 或は学校織黙の症状を示す子 どもの問題は, 小学校のみでなく中学, 高校まで, 見過 ごしにできないほ ど増加の傾向にあり, その理解を持たない教師は混乱しており教育相談の重 要な対象になっ ている. しかし, 一方では集団的教育では, 織黙は教師にとって邪魔にならないだ けに放置されている場合 も多く, 又, 学校で教師に問題にされても, 家庭では一応普通に話してい ると親に見られていることも多く, 親に問題にされることもなく見過 ごされる場合も多いことは確 か で あ る.. それだけに, 綱黙の子どもにとっては, 自分の殻の中で閉塞するだけで, 救い様のない状況が持 続する場合も多い. 現在までの綱黙の研究では, 大井の症状論的な分類が一般的に利用されているのではないだろう か. 即ち, 繊黙を対人間的コミニュケーショ ンの程度で分類する試みである. それ以外の現在まで の諸家の研究では, 主として, 横断面的に繊黙症状を程度によっ て分類したり知能との相関でみた りしているもの が大部分であろう. 実際, 知能が境界的な子 ども, 或は, 精神遅滞の子 どもな どでは, 他児との交流のなかでペース やテンポが遅れてしまい, 発言の機会を失っ て, それが一つのパターンとして固定している繊黙も あり, 学級がかわるとか, 特殊教育に入るとかの環境の変化のなかで, はじめて喋れるようになる ケ ー ス も あ っ た り す る.. こう した子 どもにとっ ては, 繊黙は一つの症状である が, それ以上に人間関係のなかで自己主張 ができず, 集団の中でフォロアーとしての位置付けで, 自己表現の全てに失敗していると見ること もできるものであろう. 軽症の子どもでは喋ることに失敗していても, 表情や身ぶりで結構自分の意思を表現して子 ども 集団の仲間に入れてもらえているし, 重症な子 どもでは, 喋れないだけでなく, 集団のなかで身動 きすることも緊張の余りできず, 体育, 図画, 音楽, 作文など自己表現の全てを拒否したり, 給食 を摂ることやトイ レに行くこともできない子 どもも居ることを経験する. 軽, 重様々な子 どもの臨 床をしている立場からいうと, 重症児は, 教師にも注目されざるをえないが, 軽症児はおとなしい, 目立たないということだけで, 見過 ごされる ことも多いだけに注意していきたい. 織黙については, 小学校年代の研究が多く, 成長して中学, , 高校となるにつれて研究も少ないよ ′ う で あ る. 学校精神保健の立場からすると, 義務教育年代の終わっ た症例にまでの関心は持ってな いのかも知れない. しかし, 一人の子 どもの症状の経過を見てい〈ことは, 精神科臨床においては 必要なことである. そこで, 症例の横断的観察とは別に, ここでは, 繊黙の精神病理, 経過, 家族病理な どいっいて, 183.

(3) . 奥 村 晶 子. 現在までの精神科臨床において著者が経験したことの知見をまとめてみよう.. 1. 繊黙の精神病理 1) 繊黙症状の移動について 多数の症例をみていく時, 減黙症状 が一人の子 どもに固定したものではないことも多い. 減黙は, 子どもに現れた適応障害の一つ表現形として捕らえられよう. 成長過程や状況の変化の中で, 適応 障害の表現は変化していくこともあり, 固定的に見ることは誤りであろう. 但し, 減黙という不適 応な防衛機制自身は, なかなかに頑固に持続はしていくものではある. 症例1. 小学校1年. 男. 保育園在籍中から, 減黙に気付かれていたが, 集団のなかで一応仲間に入っ て遊べるので黙認さ れていた. 小学校入学に際し, 集団の中で行動が遅い, 遊 びにまとまりがない, 身辺処理能力に問 5 題が感じられるとの, 保育園保母の指摘 があり, 児童相談所を紹介され工Q7 , 繊黙として紹介, 受診したものである. 父親が3才時に死亡, 母と2人, 生活保護受給. 治療当初緊張強く, 関係がもてなかっ たが, 数回のアプローチで次第に慣れて, 自由に遊ぶこと ができるようになっ た. 同時に治療場面でも, 感情表現, 発語が見られるようになった. 家でも活 発になったとの報告を受けている. 学校でも, 当初, 織黙で受動的な行動のみであっ たが, 次第に 慣れて発語も見られるようになっ た. しかし, 1学期後半頃, 元気で活発なのは良いが, 友達集団 のなかで, わざと嫌がられるような悪戯をする, 集団の秩序を乱 して友達に嫌がられる, しずかな 授業中に大声を出すなどの問題行動が発現. 学級で教師に注意されることが多くなり, 子 どもたち も相手にするものが居なくなり, そうするとケースは, またもとのような撤黙に陥っ てしまい, 静 かで受動的な, 自分の感情を現さない子 どもに戻っ てしまっ た. 境界線知能で, 母親との2人暮し, 家庭での繋げもできず, 言語的な接触も乏しい母子関係で成 長し, 適応性が著しく障害されていたものである. 結局, 特殊教育に入っ て後, 子 どもらしい発達 を見るに至った. 症例2. 小学校三年. 女. 繊黙は, 幼稚園時代から持続しており, 幼稚園教師には注目されていたが, 親はそれほど気には していなかっ た. 小学校入学後, 1~2年時の教師は, “そのうちに治るでしょう”といっていたの で, 親は安心していた. しかし, 結局, 一言も喋られずに3年に進級, 周囲からは, “喋らない子” とのレッテルが張られてしまっ た. 3年の教師のすすめで, 某相談機関を経由, 受診した. 三人姉妹の二番目, 母の言によると “姉, 妹が, 口から先に生まれたみたい~” に多弁で, 我儀 勝手であるが, ケースは優しく母への思い遣りなどを示し, 幼いながら家事の手伝いなどをしてく れるという. 自営 で忙しい家であり, 父親は子 どものことは母親に任せているという. 減黙の程度は重度で, 友達と遊べない, 体操, 図画, 作文, 音楽など一切拒否. 給食も食べない. トイ レは級友が当番を決めていく. 治療開始後も, なかなか治療関係がもてず, 相当期間を要した が, 治療者と関係が出来, 少しづ つ心を開いてくるようになった頃から, 自宅で姉や妹と衝突をして, そのあと落ち込んでいるとい “ うような変化を見るようになっ た.“自分の気持ちをだすと, 姉妹喧嘩になってしまう” , 黙っ てい なかっ たから自分が悪しF と ケ ー ス は 言 う. ケースは, 学校では全く変化のないまま, 少しづつ自己表現を治療者とのなかでできるようにな 184.

(4) . 織黙症児の臨床精神医学的研究 っ て行くなかで, それまで決してなかっ たのに, 朝登校時嫌 がっ て親をてこずらせることが, 次第 に増加してきた. 親からみると, 手の掛からない子 どもであっ たのに, 我儀で悪くなっ たという. 強制的に学校へ行かせていたところ, 家は出たが学校には来ていないという行く 辺不明事件が発現. 自宅の物置に居るところを夜中過ぎに発見され, 親が登校を強制しなくなっ てからは, 登校拒否が 断続的に続いたが, 登校拒否と, 繊黙が症状交代しているものであり, 不適応の表現形の相違 を見 る訳であるが, 何れも対人関係において非常な内閉性をもっ て反応していると見ることが可能な症 例であろう. 症例3 小学校2年. 女. 小学校1年時は, 学校で繊黙は気付かれていた が, そのうちに軽快すると考え られ様子を見られ ていた. 2年時症状軽快 しないため情緒障害児学級に入る. 学校の教師は熱心で, 子 どもに個別的 なア プローチを根気良くする なかで, 紹介され来院. ケースは治療的ア プローチでは, 当初緊張しているがやがて明るくなり, むしろ無遠慮な程の自 己主張を治療場面でするようになり, 教師との関係でも退行現象を示し甘えるようになった. 教師 の支持のなかで, 普通学級に徐徐になれ, ・学校3年時には集団のなかでも安定して, むしろお喋 りな, おしゃ まな子 どもと見られるようになっ た. 成績も普通であっ た. 小学校5年時, 家庭の都合で転居し転校, 新しい学校に馴染めず, 再度完全減黙に陥り, 来院. 思春期に入ったケースは, 治療場面では以前の経験があるので, 直 ぐに慣れたが, 学校場面では“友 “ ” 達ができない” , 友達が変な目で見ている と気にし, 緊張が持続し, 対人恐怖的な心ゞ性を示し始 め て い る.. 以上のケースで見るように, 繊黙は最も未分化な 一つの不適応の表現としての症状と見ることが でき る.. 症例1では, 知的発達, 生育史的背景が問題てあるが子 どもの発達に不適当な環境のなかに入れ られた子 どもが, 不適応に陥っ たと見ることができよう. 知的発達に適切な環境が用意され, 個別 的な指導のなかで基本的な壕けも考慮されたときに適応を果たしたものである. 症例2は, 姉と妹の間に挟まれて圧迫を感じており, 繊黙としては重症のものである が症状軽快 の兆しが見られはじめた時に, 登校拒否が交代 して, 其の後も推移していることは, 興味深いもの で ある.. 症例3は, 学校の適切な対応のなかで一応軽快したものが, 環境が変化した中で, 集団に入るこ とに失敗したとき再度容易に同様の症状で不適応を発現してきていると見ることができる. こう したことから, 繊黙を固定的にではなく, 子 どもの不適応症状の一つの現れとしてみて, 不 適応に対処していくことが大切なことがわかる. 何れにしても, 織黙症状は, 自我の未発達な子どもが適応に失敗して, うずくまっ てしまってい る状況であり防衛機制としては分化の最も低い段階のものである と見ることができよう. 子 どもが 状況に応じて症状を変化させるのは, 成長の過程のなかで環境に反応してのことと考えることがで き る‐. 2). 思春期, 青年期と繊黙 前述のように成長にともなっ て綱黙症状は, 多かれ少なかれ変化していくことを, 症例から観察 することが可能である. 綱黙は子 どもの発達段階の幼少時に表現されるもので, 対人関係での不適. 応は, 発達とともに他の病像を呈していくことを見ることができる. 症例4 中学3年 男 185.

(5) . 奥 村 晶 子. 学校で殆 ど喋らない, 進路指導の時期 になり教師として方針 が立てられないということで, 紹介 されて来院. ケースは, 小学校時代完全な綱黙状態 であっ たという. 中学入学の時期から, 友達集団の中で最 小限ケースが必要と感じる時に言 葉を発するようになり, 教師は繊黙とは思っ ていなかった. 症状 は, 変化していたわけであろう. ケースは,“喋らないで用事か足り友達も喋らないとしてくれてい たから良かったが, 中学ではそうも行かないので頑張っ たら喋れるようになっ た” という. 成績は 最下位, 知能テストではIQ80 , 勉強は全て分からない. 教科では図工だけが好きだという. 中学2年頃から, ケースは, 学校の禁止にもかかわらず, 外出時に派手な紫色のジャ ンパ ーを着 込んだり, ウォークマンをもっ て来て友達に見せびらかしたり, 非行と迄は行かないが, 教師とし てはいささか気になる問題行動が目立っ たが, 指導されるところまでは行ってない. 勉強は嫌いな ので高校は行きたくないということで, 父と同じ塗装工になると希望, 卒業後は寡黙ではあるが結 構ひょうきんなところもあると可愛がられて適応, ケース自身も満足して楽しいという. 知的能力では学業に付いていきにくく, 成長過程のなかで小学校時代は織黙として周囲が取り扱 ったために, そこに安住せざるをえなかっ たのであろうが, 中学入学で環境が変化した時にいささ かの自己主張をはじめ, 社会生活に入っ てから寡黙な本来の自己に安定できたものであろう. 家族 全体が寡黙であり, 妹も同様な経過をた どっ ていることは興味深い. こう した家庭因的とも言えるケースは他 にも経験しており, いずれも両親も含めて知的に多少問 題を持っ ているようであるが, 著者の臨床経験だけで決めつ けることは控えたい. このような症例は, 学校環境の中では, 自己表現を言葉ですることに失敗してしまい, それが習 慣化し, 周囲も喋らない子 どもと受け取っ ているので, 言葉を発することができずに固定している が, 社会生活に入った時には, 寡黙ではあるが, 表現することがそれほど苦痛ではなくなっ ていく. こう した症例も比較的多いものと推測できるが, そう した場合には臨床の場面から遠ざかるので, 追跡的な研究でなければ経過を追跡できない. 症例5. 中学3年. 女. ケースが初診したのは, 小学校2年時である. 典型的な綱黙で相当重症な状況であっ た. 学校では一言も喋らない, 体操, 図画, 工作はしない, 作文は書けない, 給食も摂らない, 友達もいないという状況であっ た. テス トの成績は優秀で教師 に不思議がられていた. 長期に亘るアプローチを要したが, この症例も自己表現を少しづつできる ようになる中で, 登校拒否が出現し母親の同伴登校が続いた. 登校拒否が出現した頃から, 家での 自己主張が, 時に兄弟のトラ ブルを形成したり, 父親への反抗を見せたりしている. 中学入学時, 札幌の近郊在住であったが, ケース自身が札幌市内の私立の受験女子校に入ること を主張, 両親の心配を押し切っ て強行, 学校の寮に入居することにした. その時期を期にして急速 に改善していっ た. 多弁ではないが自分の必要なことははっ きりいえる, 友人との交流もスムーズ である, 学級や寮でも役割を買って出てこなす等, 小学校時代のケースからは考えられないほどの 変化を示している. ケースの言では,“家から離れて一人でや っ てみたかった, やっ てみたら出来る という自信も出てきた, いつまでも親に依存していなくてよかったと思う” と言う. 高校, 大学も, その学校で続けていきたいとし意欲を持っ ており, 治療は終結している. 人間関係の形成に幼少時期に失敗し, 継続した同じ環境にある時には, 子どもであったケースに とり, 固定した自己イメージを打ち破って成長することは困難であっ たのだろうが, 成長のなかで 思春期に入った時に, 環境を変えて全く新しい人間関係の中で自己を主張することを試みる勇気を もち, 自信を持つことが可能になり, 人間関係の中で自己成長の確かさを経験したと考えられる. 186. ..

(6) . 織黙症児の臨床精神医学的研究 繊黙症状が出現してしまうと固定化することは, 学校という閉ざされた人間関係が大いに関係し ていることを思わしめる. こう した傾向は多かれ少なかれ, 全ての症例で経験することではある. 症例6 中学3年 男 最小限の意思表示は可能であるが, 喋ろうとすると赤面してしまい喋り出すま でに相当時間がか かる, 進路指導の時期になっ て教師が困惑していると, 紹介されて来院. 成績は普通であるが発表 はできない. 友達は幼少時から同じなので理解してくれ仲間 に入れる. ケース は, 小学校時代は完 全な誠黙, 身振りで意志を表現しており結構野球な どの仲間に入っ て一緒にやっていたという 中 . 学入学後, 最小限, 言葉を出すようになった. ケース は, “友達が分かっ てくれるから, 何も言わな い方が楽だ-” というが, それだけを治療者に言うのに十分も掛かり赤面は極度である. 同伴の母 は多弁な人. “年子の弟は口八丁, 手八丁, この子は愚図で駄目”と嘆く. 父親は寡黙で人付き合い は苦手であるが, 会社員として適応している. 極端な恥ずかしがり屋で, 赤面恐怖と診断できるケースである. 進路決定とは別 に, 人間関係 に ついて精神療法を要した. 自信喪失, 自己不安の顕著なケース で, 劣等感, 自己不全感, 無力感が, 次第に表現され, 周囲の人の思惑を気にするな ど, 自我の成長とともに, 対人神経症傾向が前景に 出て き て いる と見 る こ と が で き る.. 症例7. 高校2年. 男. テストの成績は普通なのに, 学校で全く喋らず, 発表もでない. 教師からも友人からも変わ り者 扱いにされ孤立している. 教育相談担当教師から紹介され, 来院. 小学校時代から, 完全な繊黙状態が持続していた. 小学校, 中学校では成績が優秀な為, 仲間に は入らない何か考えている子 どもとされ, 一 目置かれていたという. しかし, 優秀児が集まる受験 校に入った時には, 成績は普通で喋らないことが問題になっ てきたのだろう. 精神療法を中心にアプローチしたが, 極端な恥ずかしがりで, 面接時間中赤面著しく自己表現は なかなか出来ず, 非常に時間を要する寡黙な面接が持続した. 長い間喋らないことで通してきたの で, 今更喋る のが怖い, 自信がない, 人と比較して劣っ ている自分が気になり劣等感 に圧倒される, 出来れば誰とも会いたくない, 友人たちが楽しそう にしていると, 自分はなにも楽しいこともなく 変わっている人間だと感じ, 落ち込んでしまう. 母にもいつも愚図だといわれるが, その通りだと 思う し, この先, 人の中で生活してい けない不安で一杯になるなど, 自己低格感, 自己不全感, 劣 等感が語られる. ケースにとっ て, 喋る喋らないを越え, 人間関係の中に入れない自分が問題で典型的な対人恐怖 といえる. 高校卒業後, 専門学校に進学, 精神療法継続の中で次第に軽快. その経過で, 家族の中 で支配的な母と対立が持続したことは興味深い. 母との分離に成功 した後に, 社会適応が可能にな ったが, 生来的な寡黙で傷つきやすい孤独なバ ーンナリテーは持続して いる. 以上の二症例は対人関係 におにて極度に緊張し, 自己表現することに臆病なも のである 幼少時 . “はっ きりしない子” と 親からも教師や友人た から “恥ずかしがりや” と見られており, “愚図” , , ちからも見られて いるが, 内在的な能力がある. 成長 の中で, 繊黙というよりも, 生来的な小心か ら由来する人間関係の形成に困難を感じ, 対人恐怖 に入れられる神経症になっ てきている 他者の . 思惑を気にして, 自信がなく, 常に他人の目を気 にして緊張し, 自信が持てない 劣等感 自己低 , . 格感に圧倒され孤独 に閉じ寵るうとする. 症例8. 小学校 5年. 男. 学校では入学当時から喋らない状況が持続している. 当然変わり者扱いにされ 同じパターンで . 孤立状態であるが, 最近奇妙な感じがするということで, 某相談所をすすめられ更 に紹介されて来 187.

(7) . 奥 村 晶 子. 院. 友達関係は形成されず, 班活動にも孤立して加わらず, 教師から見ると, “唯我独尊”であった という. 典型的な綴黙ではあるが, それまでの経過のなかで, いささか屈折L た自己主張もあった のであろうか. 治療過程では, す ぐに治療関係は形成されたが, 治療者に非常に依存的になり, 玩 具をもって帰りたい, 時間が終了しても一緒に居たいなど子 どもっ ぽい反応を示したりしながら継 続 して い た‐. 中学入学後は, 繊黙は軽快し友人関係の中に入っ て一応普通の学校生活が可能になっ てきて, 治 療間隔は開いてきたが, 奇妙な言動は少しづつ増強していっ た. 制服は着用して登校するが, 学校 以外の所ではアロハとか女性用の洋服を自分で改造したものを着ている. 腰まで花柄の洋服で, 学 生ズボンというのは奇妙な感じを免れないが, “今の社会を改造する任務のために“ とのことであ る. 爪を一本おきに伸ばし毎日手入れする, 頭髪を規則違反であるがカ ッ パのようにしているが, いずれも同じ意味を持っ ているという. ノートを持参し見せてくれるが, 日常の出来事の記述と, 了解不能な記号のようなものとが混在している. 社会を変える使命のためとのことである. しかし, 日常生活は全く普通の中学生で, 少しづつ人間関係も拡大してきて, 現実的な思考もしている. 楽 しく現実に生活する一方で, 架空の世界も大切に持ち続けている状況で, 分裂病症状はない. こう した症例は, 何と診断したら良いのだろうか. 思春期に入って自己主張の表われには相違な いが, 了解はできない. さりとて分裂病の診断には購賭する. 思春期危機という言葉が最も当ては まる. それまでの生活史のなかでの人間関係の失敗経験と, 生来的な問題が絡まって形成されてい る症状とみたい. 症例9 中学3年 男 奇妙な子 どもで何と診断してよいか分からないと, 友人の精神科医に紹介され来院. 小学校時代 . は, 典型的な繍黙で友達も居なかっ たが, 集団での中ではフオロアーで邪魔にならないので, 特に 疎外もされず相手にもされず目立たない子 どもであったという. 中学入学後, 次第に奇妙な感じが 出てきており, 学校で周囲に気持ち悪がられているが, ケース自身に自覚がないようなので, 教師 が困惑して紹介して きたとのことである. きちんと制服を着用 しているが, 長く伸ばした頭髪はき ちんと顔半分だけ覆い, 半分は上げるようにしている. 一見, 温かみのない, うたぐり深い, 柔ら かい, 夢見るようなといった何とも形容できない奇妙な雰囲気を漂わせている. 会話は, 意外な程 に素直に運び, 心を開いているようであるが, 日常的な事柄に関してだけで, 精神内界については 多弁であっ ても掴み所がない. 沢山のノートを持参するが, いずれもイラス ト, ケースの雰囲気そ のままの人間, 妖怪のようなものが書かれている. つかみ所 がないなかに普通の漫画のようなもの も混在しててる. 分裂病体験は全て否定. 自分は普通で, 学校でも普通にしているし, 友達も居る, 高校にも行くし, 大学進学の希望もある, やれると思う, 楽しいことも悲しいことも, 困ったこと もない, 感情は動かさないように修行を積んでいるからという. 当初, 前屈姿勢で緊張感があるの かと推測したが, 意外にリラ ックス しており会話はスムーズ. 精神内界の奇妙な世界が溢れ出てき ているといえる雰囲気を除いては, 異常とは言えないだろう. 思春期危機として経過を見ることにしたが, 経過の中で少しづつ, 奇妙さは軽減していっ ている ようである. この症例も前述の症例と同様, 繊黙で初発して居たもの が, 成長のなかで自己主張, 自己表現していく時, 誠黙は消失しても危機としての症状を形成しているものと見ることができる. 症例1 0 高校2年. 女. 小学校2年時から重症の織黙として治療的接近を試みていた が, 全体的に軽快の兆しが見られな い所から, 親も諦めに近い感じをもち断続的に継続していたケースである. 綱黙と登校拒否が交代 しており, 対人関係には見るべき変化が得られず経過していた. 188.

(8) . 繊黙症児の臨床精神医学的研究 小学校の指導で, 教育相談の行き届いたミッ ショ ン系の中学に入学し高校にもそのまま進んだが, 中学入学頃から, 学校で最小限必要なことは喋る, 友人関係も持てるようになり, 親しい何人かの 友 人 も でき, そ の 中 で は リ ラ ッ ク ス で き る ほ どに な っ て い っ た.. それが, 高校2年時, 人中では緊張が強くて呆然としてしまう, 人の考えていることの裏側がわ からない, 自分が居ると皆の雰囲気を暗くするので嫌われている, 教師は自分が居ないほうが良い と考えているのに我慢して優しく してくれるのは欺踊だ, 知らない人の中に入っていると人間が怖 いという感じに襲われるな ど, 極度の対人恐怖を訴えて長期に登校拒否, 休学. 翌年, 再度2年に 復学したが, 間もなく, 同様症状を訴えると同時に登校拒否, 自室に閉居, 家族とも顔を会わさな いようにしている, 必要なことは筆談で済ませ, 口を利かない, 反抗的で不機嫌, 昼夜転倒で無為 に過 ごし, 身の回りもなげやりの症状になっ て, 長期に経過, 休学のやむなきにいたり再来した. 診察時, 不機嫌で拒絶的, 不安が強い. 精神内界の聴取は全く不可能であっ たが, 症状から精神 分裂病を疑い向精神薬を投与, 服薬は拒否的ではなかっ た. 経過により漸増したが, 副作用が出現, 少量持続投与として安定. 家庭で話をするようになっ た. 診察時, 1年近くに及ぶ完全綱黙につい て, 喋ろうとすると禁止されているような感 じの作為体験があり, 自分が喋ると世界が崩れるよう な感じ で怖かったとの世界没落体験を語る. 常に誰かに監視されているようで, 油断できず, 母親 も本当は違う人ではないかという替え玉妄想もあり, 精神分裂病と診断可能であろう. 少量の向精 神薬を投与, 増加することは副作用の発現で不可能であり, 分裂病発症以前の対人関係障害の状態 は依然として持続しているが, 人格低下は全く見られていない. . アルバイ トを希望 表面的に見るかぎり店員な どの職種ではむしろ好ましく 何とか高校を卒業, , みえるので採用される が, 不安が増強して出かけられず, 結局自宅閉居, 無為に過 ごしている. デ イケア通所を勧め, 比較的早期にデイ ケア内でリーダーシッ プを取り, 他患の面倒を見るよう にな ったが, 援助者には心を開けず硬い. 就労援助 にも不安を訴え拒絶的, デイ ケア内寛快の状態で経 過している. 家族の中では, 母親とのみ話す. 長い経過を観察したケースであるが, 学校織黙から初発, 人間関係の形成に根本的に失敗し症状 持続の中で, 最終的に精神分裂病の発症を見たものである. しかし典型的な分裂病と相違して, 人 格低下なく, 感情純麻もない. むしろ, 非常に繊細な優 しさも持ち, 流行にも敏感で趣味も多い. 限られた少数の友人には信頼されて居りその中では楽しく若い女性として普通に見えるが, 自分が 心を許せない相手には拒否的でうたぐり深く, 硬い. 自分の状況に自覚があり, 将来についての不 安を語り, 就労できない弱い自分を嘆く. 服薬している限り分裂病症状はない. 幼少時の環境である学校で, 人間関係の形成に失敗し繊黙に陥っ たものが, 時間経過の中で成長 発達して, 繊黙から脱出すると登校拒否に陥り, 更に, 人間関係形成に失敗してしまっ て精神分裂 病に陥ることもあるということを主張しうる症例と考えてもよいだろう. 症例11 大学1年. 男. 小, 中学校時代も, 寡黙でおとなしく, 友人も少なく孤立傾向の目立たない子 どもであっ た. 中 学2年時, 父親が喉頭癌手術後, 人工声帯で喋るようになっ てから, 学校では全く喋らなくなって しまったが, 成績は普通, 地元精神科で学校減黙として経過を見られていた. 札幌市に転居, 高校 入学後も, 同様症状持続, 精神科で精神療法を受けていたが変化はなかっ たという. 高校で出席を とる時には, 教師がケースの居ることを確かめ, 英語数学などは指名せずに居た. 凡帳面に勉強す るのでテス トの成績は良く, 変わっ ている生徒と見られ誰も相手にするものもなく全く孤立 してい た. 家庭内でも, 全く喋らなかったという. 高校卒業後, 受験校であったので当然のこととして大学受験, 国公立は失敗し私立大学に入学, 189.

(9) . 奥 村 晶 子. 凡帳面に通学していた. 1学期終了時; 大学に出席していないと呼び出されたが, ケースが何も応 答しないために親が呼び出され調査された. わかっ たことはケースは出席しているが, 出席をとら れる時返事をしないので欠席扱いにされていたという事で, 社会的不適応状態とされ紹介され来院. ケースは, そのことを契機にし大学へ行きたくないようで自宅に閉じ寵り, 留年後, 退学している. 硬い, 緊張の強い雰囲気, 無表情で, 診察にも何の応答もない. 窮屈そうに椅子にかけ, そのま まの姿勢で前屈, じっ としている. 精神内界は全く応答が得られないので不明であるが, 空虚な感 じ. 同伴の家族が経過につにて説明する間, 同じ姿勢で窮屈そうにしていながら, 表情も変えず反 応もない. 時折, 独言, 空笑が見られる. 家庭の中でも, 何時の頃とは特定できないが, 学校には凡帳面に通うだけで, 身の回りのことに は無関心で, 居間の椅子で一日でも同じ姿勢でじっ としており, 家族の会話にも テレ ビにも無関心 で空虚な感じ, 何を考えているのか分からないと, 家族は戸惑っ ている. 日常の全てのことに非常 に手鈍く, 一つ一つ指示が必要, 学校以外の外出は嫌がっ てしたことがないという. 来客があると, 避けて自室に閉じ寵る. 独言, 空笑は, 随分以前から見られていたという.. 陳旧精神分裂病を疑い, 向精神薬を投与し経過観察. 少量の向精神薬で動作の緩慢の程度が軽快 し, 質問にたいして多少身振りで応答できるようになり指示に従えるようにもなったが, それ以上 に改善を期待して薬量を増加したところが直に副作用が出 現, 前例と同様に少量の維持で満足する 以外なかった. 大学中退後, 自宅閉居, 無為, 呆然, 孤立にしているため, デイケア通所を指示, 凡帳面に通所してくるが, 身体を動かすスポーツなどのプログラムは呆然と立っ ているだけで参加 せず, 集団精神療法のときを含めて一言も喋らず, 他患者との交流は見られず, そこにいるだけで あったが, 次第になれてくると表情が出てきた. 就労援助も試みたが呆然と立っ ているだけで失敗, 最終的に三十才を過ぎた現在, 回復者患者クラブに凡帳面に通っ ている. 周囲が受け入れているが ケースの声を聞いたものは居らず, 未だに完全綱黙の状態である. 家庭内でも, 呆然, 無為, 不活 発な日常で, 全てのことに指示を要する. 前例と相違して, 人格低下を来した 陳旧精神分裂病のケースと考えられる. 幼少時から人間関係 に不適応を示していたが, 父親の病気を期に織黙症状で反応を呈たもの. 成長の過程のなかで内閉 は更に著しくなり, 外界との接触を全て断絶し, 閉じ寵っ た自己の世界自身も空虚なものになって, うずくまっていると見ることができようか. しかし, 向精神薬の量は最小限の維持量を持続投与し て, 現状を維持していくだけで, 一般 の分裂病の場合よりはるかに少ない量以上にはできない. 前 例と含めて精神薬理学的に興味深いものである. 症例1 2 高校3年. 男. 小学校時代から持続している織黙は, 重度で成長にともなう変化も見られず, 対人接触は全く疎 外され, 自分の殻に閉じ寵っ ている. 高校で指導をどのようにしたら良いのか途方に暮れるとのこ とで紹介されて来院. 中学時代も課題やテストも書いたり書かなかっ たり気まぐれであるが, 提出 する時はきちんとした優秀なものであっ たという. 一日中じっ と自席にすわっているだけで, 昼食 をとったことはないという. 家庭でも同様であるとのこと. 但し, 幼少時は, 現在よりは親との交 流は可能であっ たような気がすると, 母親は言う. 頑固に押し黙っ ているだけ, 診察に協力的でも拒否的でもないという印象をもつ が接触は得られ ない. 指示にも, 自分の判断で従うときには従い, 無視するときは全く無視していながら, 何を感 じ考えているのか心の中には全く入っていくことはできない. 服薬は拒否. デイケアで経過観察を 開始したが自分の意志で止めてしまう. 日常生活は, 非常に凡帳面で, 杓子定規, 家族とのコミニ ュケーショ ンも全くないが, 自室でテレ ビとをみて居たり, 雑誌を買いに出かけたりする. こうし 190.

(10) . 繊黙症児の臨床精神医学的研究 た状況を人格低下というか否か疑問の残るところであるが, 極度の対人接触障害は, 広義に考える ときには精神分裂病ではないとしても近縁のものとしてよいのではないだろうか. 尚, 三十才過 ぎまで親と生活していたが両親死亡後, 問題になっ て福祉事務所から紹介されてき た女性ケースでも, 家庭内では最小限度親とのコミニ ュケーショ ンがあるだけで, 社会生活は全く 無く経過していた. 病歴聴取で学校繍黙が幼少時から問題にされていたことは判明したが, 現在は 人格低下は著しくない が, 極度の社会的障害, 或いは対人関係障害を見れば, やはり分裂病範暖に あるものを疑わ ざるをえないケースも経験している. 以上, 症例よりみたが, 思春期青年期に成長した時には, 織黙の症例は, 病状を変化させいてる ことを窺わせる. 臨床精神医学的に見るとき, 対人接触障害が軽度のものは, 成長の過程の中で自 覚がでてくるに従い, 彼らなりの適応を果たしていくことができるだろうから, 臨床の場面から消 えると考えられる. このことは, 精神科臨床の中で, 境界線の知能のものの就労の場面で問題 が出 現, コンサルテーショ ンを求められる時など, 学校時代に喋らなかっ たとの情報があったりする場 合とか, 精神衛生相談で緊張が強い, 対人関係が持てないという悩みのケースに, 小学校低学年の ときに喋れなかっ たが次第に喋るようになったと供述されてのする場合があることからも推測可能 であ る.. 思春期青年期になって尚掴黙の連続の症状が問題になるのは, それだけに精神病理的傾向が著し いものと思わなくてはなるまい. 臨床精神科医は, そう した病理性の強度のものを取り扱っている と考える. そして, そうした考えから, 繊黙の精神病理は, 成長のなかで児が成長して克服してい くことが可能な軽症なものから, 最終的には精神分裂病の発症を考えなければならない重症のもの ま で, 広 い 範 囲 に 互 っ て い る と 考 え る.. 筆者は, 思春期・青年期に至っ てのちの繊黙児は, 経過からは次のように分かれるものと考えて いる.. .のもの が多い. 1・環境の変化の中で症状軽快していくもの~軽 症の繊黙で, 境界的な知能レベル また, 環境の枠組みとくに親の支配性 が強く, 緊張し畏縮しているものは, 成長のなかで学校の友 達の環境に馴染んでくると, 親の影響から脱 し自己を表現できるようになる. 2・極端な恥ずかしがりや, 無口な受動的性格になるもの~成長の中で環境との対応の必要を理 解し, 最小限の自己表現は可能な程度に, 周囲と調和できるようになる. 性格的なものと理解でき るもの, それよりいささか重症で, 対人恐怖とされるものがある. 性格傾向或いは神経症範聴にし て よ い だ ろう.. 3・思春期危機として理解可能なもの~幼少時の社会 生の欠如, 対人的不適応が基底になっ て, 思春期に至り自我主張が現実から遊離して極端になるため, 独特の精神世界を形成, 思春期危機と される症状を呈する. この経過のものは, 自己主張は歪んでいるものの, 生活の中 でエネルギーを もっ ているため成長の中で, 軌道修正しながら発達していくのではないか. 変わった人として一応 社会適応していくと考えられる. 4・精神分裂病の範曙に入れられるもの~綱黙としては最も重症で, 結局病理的な問題に至もの で, こうした症例を分裂病にするか, 発達障害にするかは, 臨床的に意見の分かれるところだろう. 対人接触障害が基底であり, 環境を歪んだ内的意味付けでもっ て理解するが, 社会 生の欠如した意 味付けは普遍性はないし, そのために内的世界は独特の歪んだ世界を形成していく. 分裂病症状を 出現する場合, 人格低下の場合などで診断することができるよう. これは, まさに, 人格の分裂と い っ て よ い も の だ ろ う.. ,精神病理学的には, 1は環境反応的なもので, 家族的要因, 知的要因のために出現した2次的な 191.

(11) . 奥 村 晶 子. 症状と見ることができる. 2は, 性格要因が中心的な反応であって, 環境との相克のなかで神経症的な症状出現と理解でき る. 1よ り は重 症 で あ る が, 3, 4 よ り は 軽 い.. 3は, 性格要因としては2よりは重症であり, 歪んでは居るが自我エネルギーはあるので, 思春 期・青年期の自我発達の中で, 環境との関わりで特有の歪んだ反応を試行錯誤して居ると見ること ができよう. 4・は自我エネルギーが乏しく, 性格的な歪 みも著しい中で, 幼少時には単純な症状としての減 黙を示したが, 成長とともに人格の分化の中で, 社会性の全く欠如した病理性の重篤な病気になっ た と 見 る こ と が でき る.. しかし, 現実には小学校時代の減黙症状のあり方から思春期・青年期の症状の予測の付くものと 付かないものとがあるのではないだろうか. 予後の予測ということにはかなり慎重でなくてはなら ず, ケースの経過を慎重に見ていくことを要しよう. 唯, 言えることは, 精神科臨床で問題になる 3, 4の経過のものは非常に稀にあるケースであり, 学校繊黙の殆どは, 長い経過で見るときに1, 2の経過のものであろうということである.. 2. 学校繍黙の家族病理 子 どもの精神症状を診ていく時に, 家族特に両親~母親が多い~との面接は不可欠である. 繊黙 のケースでも多くの親面接を経験している. 家族特に親との相関を臨床的に診ていく中で, しばしば経験するのは, 家庭では普通に喋る, 或 いは, 頑固で我 が儀であるとの訴えが多いことである. しかし, そう したケースでも詳細に診てい くと, 情緒的表現の意外に乏しい事が分かる. 喋っている事は, 感情を抑圧した事実の供述であっ たり, 報告であったり, 家族全員にたいしての賛同であったり, とにかく自己の表現は極度に押さ えられている. むしろ, お喋りすぎるというのも, 詳細に観察すると燥的防衛であって, 感情を押 さえて一生懸命喋りまくる事で外的刺激を防御している構造である事が分かる事が多い. 又, 親の 言う我が儀な反応というのも, 実は抑圧の中で自己を極度にコントロールしている状況で, 兄弟や 親がケースを圧迫している事に無頓着でいる時, ぎりぎりまで自己を抑圧していたケースが最後の 所で反撃に出ると, それは普段のケースの状況と全く相違するので, 家族から見ると, 突然, 我が 儀を言って譲らない, 感情の起伏の激しい子 どもと受け取られる事になって しまっ ている事が多い. ケースは, 稀にでた自分の感情に怯え, 攻撃されて罪障感をもち, 再度, 自分の殻に閉じ寵り抑圧 を強めるので, 家族から見ると普段のケースに戻っ たという事に理解されてしまっ ている. こう し た構造は, 家族療法的にアプローチする中で見えてくるもので, 親にケースの抑圧や畏縮, 反動形 成としての頑強な自己主張~我が億にみえる~などを理解してもらうためには, 同席面接でケース の言を代弁して解説する事を要する場合も多い. 筆者は, そうした治療的ア プローチの中から, 学校織黙の家族病理を次のようにまとめる事がて きると考えている. 勿論, 繊黙の精神病理の差があり, 家族も一例一例相違するわけではあるが, にもかかわらず, 発達の早い時期に, 繊黙という最も未分化な防衛とも言い難い防衛で, 自己表現 を断念してしまっ ているケースに関係する, 共通する家族病理を考える事は可能であろうと考える 訳である.. 1) 家族全体のあり様 192.

(12) . 編黙症児の臨床精神医学的研究 家族全体としては, 表面的に見るか ぎり明らかな問題はない. 所謂, 問題家族という ような現象 は見られず, むしろ, 仲の良いまとまりの良い家族といえるの ではないか. 家族全体の社会的な適 応も問題なく, 普通の適応を果している. 父親も母親も, 特に問題になる現 象も見られず, 夫婦と してのまとまりも表面 的には問題はない. 唯, 母親 が夫を立てているようには見えて も表面的で経 済的な面で頼りにして いるという関係で, 夫を立てて安定しているという わけでなく屈折している. しかし, その心性は, 母親自身, 無意識であり, 決して表面化されていない. 祖父母の問題な どを 言う論文もある が現代の家族で過保護過干渉な祖父母は普通のことで, 減黙に特有のものとは言え ま い.. 2) 両親と子 どもの関係 表面的な安定した家庭イメー ジの中で, 深層心理的には父親 と, 母親 プラス子 どもの2群に分裂 している. 無意識的に表面上, 母親は父親を立てているが, 子 どもたちを自分の陣営に引き入れて, 父親と子 どもの関係を遠いものにしている. しかも, それは巧妙に為されるので誰も問題に はしな “ い. “お 父さ ん は忙 し い か ら“ とか, “お父さんに心配はかけれないから とか, 夫 への思い遣りが 示される. 実際, 女性しての母親は, 夫に特別の不満はないのであろう. しかし, 母親としては, 夫に自分の依存を表面化させられずに, 良い母イメー ジを子 どもに演じている だけに, 夫にたいし ての抑圧されたア ン ビバレントな感情を持っ ているものと考えられる. 3) 子 どもと母親の関係 母親としてしっ かりとして子育てをし良い母イメー ジである分, 依存欲求は表面化されず, 子 ど “ もにのめりこむ, 一生懸命に尽くす関係が形成され, 子 どもから見ると, 頼りになる良い母で, お “ 父 さ ん は忙 し い か ら” “心 配 を か けな い よ う に する事が可能である. 夫としては頼りにし, 父親 ,. としては不満を持ちながら, それを無意識に抑圧 して母-子一体感をもつ事で, 良い母親を演じて いる母を安定させているし, 子 どもにも安定を与えている構造と見ることができる. その構造の中 で, 家族は安定し日常生活では相 互に問題はなくみえる. 4) 母親と繊黙に陥っ た子 どもとの関係 そうした家族の構造の中で, 子 どもは成長していく 時に, 症状のでない健康な子 どもの場合には, 自分の意志や考えをもち, それが母親と相違 していても, 自分を通すこと ができる. 母親も, 自分 の枠の中だけで反応せずに, 子 どもの動きを尊 重する健康さは持っ ており, 相互に問題無 しに関係 を続けていくことが可能 である. 母も子も健康な関係 といえる. 緬黙の子 どもは, 家族の中で最も母親に近く, 母子 一体感の中に生きているといえよう. 面接中 に, 子どもの言葉 を取っ てしまって子どもに代わっ て子 どもの心の中身まで説明していまう母親, それに何の反 応も示さず任せている子 ども, 治療者は, 母を黙らせて先 ず, 子どもの心を聞く作業 をする必要が折々 あっ た. そうすると子 どもは, 母親を見ては親の助けを期待している. 自分が母 の延長 上にある構造を生きている子 ども像である. 面接継続の中で, ケース自身が自分の気持や感 情を表現できた場合, 母親はうろたえるし, ケースは自責感をもっ て慌てて自分を否定するという 場面も多い. 母親にとっ ては, ケースは自分の延長上で自分で考える子 どもであるはずである し, ケースにとっては, 母親の一部である自分 でなくては安定できない. こう した構造は, ケースが幼少 時から自己表現の下手な子 どもで, 敢えて自己を主張したり 表現 したりするよりも, 母に任せ母の一部を生きることを選 び取ったものとも考えられる し, 逆に, ケ 193.

(13) . 奥 村 晶 子. ースが自己表現ができないでいる時に, しっ かりもので愛情深い母が代弁していまっ て, それが習 慣化して子 どもを押し潰していっ たとも考えられるが, 卵と鶏の関係であっ て, 何れとも言えまい. 何れにしても, 症状としての繊黙が出現した段階では, ケースは母親に飲み込まれている. こうした構造は分裂病家族の病理にも近縁であろう. しかしまた, 家族構造として みると, 現代 に普通にある構造とも言えるものである. 結局, 子 どもの素質の問題が基底にあるということにな る. 他の子どもが症状を出さず, 特定の子 どもにだけという事は素因の問題に帰せざるをえないが, こうした構造理解は治療上意味があるものと考える次第である.. おわりに 場面選択性減黙について, 成書には記載のない知見を報告した. 特に, 繊黙という症状が, 最も 未分化な防衛とも言えないような防衛機制であることに注目, それが子どもの成長とともに, 素因 に従って症状変遷があり, その基底にあるのは対人接触障害であることを示した. そして, こう し た症状の成因として, 生来性の素因と同時に, 家庭病理, 特に母親と子 どもの関係について 一つの 所見を述べた.. 194.

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参照

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