戦間期フランスキリスト教民主主義者の統一学校論受容の論理 : M.Lacroix の『教育の民主的改革』の分析(その2)
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(2) . 北海道教育大学紀要 (第1部C) 第41巻 第2号 lof Hokkaido Universi Jouma ty ofEducat ion( Sec ionI C) Vol t ‐41 ‐2 , No. 平成 3年3月 March ,1991. 戦間期フランスキリスト教民主主義者の統一学校論受容の論理 -- M‐ Lacro ix の 『教育 の民主 的改革』 の分析 - - (その2). 大. 坂. 目. -- フランス統一学校論研究の意図と本稿の課題 1. 統一学校論に対するフランスカトリシスムの二様の 対応 1. 伝統的カトリシスムの統一学校批判と公教育予算 の 「就学者数比例配分」 (RPS) 制度の要求 2. キリスト教民主主義と 「共和国青年」 同盟の教育 網領 1 i r o x の 『教育の民主的改革』 の構想と論理 ‐ M‐Lac 1‐ 『教育の民主的改革』 に示された二つの原則 2. M‐Lac i r o x の統一学校理解と公教育の統一学校 化の具体像 (以上, 前号). 治. 次. 3‐ M.Lac i ro x の「教育の自由」の要求と私学財政援 助論 (以下, 本号) ( 1 ) 修道士排除立法の廃止の要求 2 ) 教育権と公権力の関係論 ( ) RPS方式に対する評価 ( 3 ( 4 ) 国と私学の契約に基づく私学財政援助論 nL M.Lac i ro x の所説の統一学校論争における位置と 教育制度論上の意義 1‐ M‐Lac i r o x の所説の統一学校論争における位置 2. M‐Lac i roxの所説の教育制度論上の意義 -- 結 びに代えて --. i r o xの 『教育の民主的改革』 の構想と論理 . M.Lac 3‐ M L i a c r o xの 「教育の自由」 の要求と私学財 政援助論. M‐ Lac i ro x の『教育の民主的改革 励ま ‐R の教育網領に基づいて起草されたものである , それがJ とは既にみた通りである. 同教育網領では 「教育 の平等」が実現されるような公教育制度の統一 , 校化を求め, 他方で 「教育の自由」 の完全な実現を求めて この自由を不当に制約している 「修 , 士排除立法」 の廃止と私学援助 を要求していた 「教育 の平等」 と 「教育の自由 の同時実現の要 . 」 の媒介を成すのが, 「教育権と公権力の関係論」 である 「教育の平等」 の教育制度上の表現 であ . M. Lac i ro x の「統一学校」の理解とその構想と について は, 前稿でみた通りである ( 1 } . それでは, 教育の統一学校化を支持する M. Lacroix は,公教育の統一 学校化と並立しう る形態での「教育の 由」をいかに理解し, それを要求 していたのであろうか j 「 . ‐R の教育網領が 修道士排除立法の廃 」 を 要 求 し た の を 受 けて, M. Lacroix は, この要求 の正当性を先ずもっ て 「教育 の自由」 の観点 り論理的に展開するのであっ た.. ( ー ) 修道士排除立法廃止の要求 前世紀末から今世紀初頭にかけてフランスの国民世論を2分した政変 (ドレフュス事件) に言い. ぶ余裕はないが, 反教権主義的共和制防衛の立場で共和主義諸勢力を結集して結成された急進 27.
(3) . 大 坂. 治. 2 }の反教権立法として知られるものが,1904年に成 立した全修道士に対する 教育禁止法, すなわ 党( ち修道士排除立法である.. 修道士に対する学校教育での教育権を剥奪したこの法律は, ①宗教的中立性に立つ国は, 宗教上. の誓いに基づく特定結社 (修道会) に法的認知を付与することはで きない, ②宗教上の誓 いに拘束 される修道士には, 個人の自由が存在しない, ③個人の自由の存在 しないところには教育の自由は 3 { )そして, ひと度修道士が修道会から離れて俗 存在しえないことが, その立法化の法論理であっ た‐ 人となっ た場合には, 彼は一般的な市民の権利としての教育権 (教育の自由) を回復するというも の で あ っ た.. i x は, 大要次のように反駁した. ①修道 士には修道会を止 以上のような論理に対して, M‐Lacro める自由すらある.したがっ て修道士には自 由が存在していないというのは論拠のないことである. ②国は, 市民が誓いを表明したということで, 市民の諸権利を制約 してはならず, 市民の学校開設 「 権 は, 学校開設の法的要件に合致している限り, それは思想・信条のいかんを問わず 教育の自由」 の当然の行使として認められる べきである. が げ M. Lacroix はまた この立法の推 進者 は , 修道士が共和制 を攻撃していることを挙 , 修道士 , 4 ( ) 民主主義の敵である と弾劾 して, この立法の政治的目的の 正当性を主張 していたが, そのような 主張に対して 次のように疑問を提起した. 「全ての修道士が民主主義の敵であるとは, 何の根拠もないことである. 教会は,一定の統治形態の下に置かれて いるのであって, いかなる統治形態にも自らを同一視させるものではない‐ 種々の修道会の中には, 古きフラン 5 ( ) スの諸体制に固執しているものもいる. だが, 近代の正統な熱望を分かち合っているものもいるのである-」. i M‐Lacro x のいう「近代の正統な熱望」とは, 近代市民社会における民主主義であり, 自由と平 ix は,幾多の政変による政治的統 等 へ の 熱 望 を指 して い る こ と は明 ら か で あ ろ う.そ し て M. Lacro 体制であるとみる.したがっ 最も相応しい 治形態の変遷の中で,共和制こそ がその熱望に応えるのに 6 {)と言い また 「共和主義者たち は, 体制 て, 「共和制は防衛されるべきであることは明白である」 , 7 { )という主張にもなる. そこで M‐Lac i x は, 共和制 ro を攻撃する者か ら, 体制を守る義務をもつ」 の名誉のためにこそ, 修道士排除立法を廃止すべきである, と結ぶ. 「我々は, 共和国に名誉を与えていない法律を,共和国が廃止するように要求することによって,その良き奉仕者 8 ( ) である, と 信 ずる も の である‐」. ) 教育権と公権力の関係論 ( 2 i M‐Lac xは, 上述のように修道 士にも一般市民の 「教育の自由」 の享受とその行使の正当性を ro 「 認めた上で, 次 に, 私学と国の関係につ いて論議を展開する. その両者の関係 は, 教育権と公権力」 のそれであり, 公権力が教育権行使の一形態である私学に一定のコ ントロールを加 えることの正当 性・必要性に言 及して, 次のよう に述べた. 「我々 は,宗教上の誓いを理由として修道士に対して教育を禁止する国の権利を認めないとしても,公権力が私学 にコントロールを加えたいと願う時に,公権力は不当な役割を獲得したのだ,とは何ら考えるものではない.人々 は, 医師や弁護士の職業を行うことを誰かれ構わずに認めはしない‐ 初等数論や教授の職業について, なぜ同じ )の l e tanceprofe鮎ionnel compe ではないのであろうか‐ 国が, 教職志願者に, 一定の知的教養と÷定の職能 ( 9 ( ) 保障を要求することは, 全く正当なことである」 28.
(4) . キリスト教民主主義者の統一学校論受容の論理. ここで展 開されている M‐ Lac i ro x の国による教職 への入職規制論 は, 伝統的なカ トリ ック教育 権論にはみられないものであり,それはむしろ1 9世紀の共和派の主張として支持さ れてきたもので あっ た. それでは, 教職志願者 に 「一定 の知的教養と一定 の職能」 を求める論拠 は どこにあるの , で あ ろう か.. 「子どもの利益を意図し 至る所で(国が指導する教育においても 個人の発意 に基づいて維持される教育におい , , ても) , 学習水準を向上させようと努める時, 国はその任務を果たしているものと, 我々 は考えるものである. 良 き教師のみをもつように私学を導くことは, セクト主義的な戦いを私学に向けるものではない 則) ‐一 かく して M‐ Lacro ix は, 「子 ども の利益」 のために 子 どもの学習=教育水準を維持・向上させ ,. るために, 国は教育権 (=学校で教授する権利) に規制を加える のだという のである キリスト教 . 民主主義者 による, 「子 ども の利益」 の名による教育権規制論の登場をこ こにみることが できる . M. Lacroix は しか しながら この立場か らの教育権規 制論に立 , っ ても なお, 急進党文相 F , ‐ A1 be tが示唆したような, 私学教員 に公教育教員と同一 の資格を要求 することは性急す ぎると捉え r た. なぜなら, それは, 「私学が自ら準備 できないような急激な変化 であり 「私学が充足できな 」 , い諸条件を突然私学に押しつけることは無謀なこと ではないのか この措置 は 若干の学校 の閉鎖 . , をもたらし, ある場所では一種の事実上の独占を創 出すること につながる (私学)いじめ の性格を , ( 1 1 )として 現状では私学教員の資格要件 を強化すること で十分である とそ もつであ ろう」 の結論を , , 導 い た. む ろ ん M. Lacro ix は 公教育教員の資格要件を支持し かつその公教育教員の養成の改善 , ,. すらも既に提案していた.したがっ て M‐Lac i ro x の立場 は,私学 は国の財 政援助を得て公教育の水 準に接近すべきである, との論議 へ発展することになる 私学財 政援助論には 既にみたよう に . , , カ トリ ック保守層から統一学校に対 置するスローガ ンとして RPS 方式 による私学財政援助要求が. 出 さ れ て い た. そ れ で は, こ の RPS 方 式 を M Lacro ix はどのよう に評価していた のであろうか ‐ .. ( 3 ) RPS方式に対する評価 M. Lacroix は RP , S方式に基づく私学財政援助論者が. , ①公教育の拡充が私学の発展を阻害し. ていると認識していること, ②公教育予算が全て公立学校に充当されている事実 は 「公立学校の利 益のため に, 事実上の独占 を成して はいないのか」と危倶していることを認め さらに RPS 方式の , 理論的根拠が親の2重払い論にあることを認 めた上でもなお RPS 方式の欠陥 を次のよう に指摘し , た.. 「外見では 一見魅力的な RPS は 実際には重大な障害に遭遇する , , ‐ まず原則上の問題に突き当たる‐ 私学は, 自己の思い通りに組織されているのである 確かに人々 は 若干の保障を私学要求している(前章で述べたよう . , に慎重にその保障を強化することが有効である) しかしこの条件を満たしてもなお私学は 真に『自由 なので . . 』 , ある‐ 私学が国の補助金を受けるときでもなお それは自由なのであろうか 金を出す者が コントロール する , . , のである‐ 公権力は, 私学で起こっていることに 注視する権利 ( tder ) を行使する. d undroi egar , 公権力のこの権利 は, 別の理由からも必要である なぜなら 全ての私学が必ずしも真面目な学校であるとは . , 限らないからである‐ 優れた教育舎である真面目な学校もある しかし 特に商業主義に走 ている 企業たる っ ‐ , , 他の学校もあるのである‐ 私学, それは知育の発展と宗教上の信仰を結合させる観点から設けられた学校ばかり 『 ではない‐ バカロレアための学校』もあるのだ その唯一の存在理由が しっかりとした教養もない若き「怠け ‐ , 者」を試験に合格させることにあるような, こんな学校に公教育の予算の一部を支出するのであろうか それは . 1 悪い冗談であると, 誰しも認めるであろう 」 2 -(). 29.
(5) . 大 坂. 治 ”. ix は, 教育行財政上の「財政負担者による管理」(いわゆる sup‐ こ こ で明 らか な よう に M‐ Lacro ” l)の原則を支 持し, 私学に対する 財政援助に伴う公権力のコントロ ールの不可避 th con t ro port wi. 「 一 性を強調 した. そして, RPS 方式という 全ての私学に対する 就学者に応 じた」 公財政の形式的 「 主張するので 斉比例配分による私学財政援助論は, 真面目な私学」の目からみて 賛成できない と, i あっ た. M‐Lac x の RPS 方式不支持論 は, さらに公立学校の維持の観点 からも展開された. ro. 「他方で RPSは, 各コミューンにおける公立学校の義務的維持とは両立できないものである. もし公立学校に , 生徒が少数しかおらず, 私学に多数の生徒が在籍しているとするなら, 私学は予算の大部分を占め, かろうじて 食べていける だけしか予算が与えられない公立学校は, その門をいずれ閉鎖しなければならないであろう‐ なぜ なら, 公立学校にとって国の援助は, 私人の発意による施設とは違って, 単なる補助金ではないからである. つ 1 3 } { まり, 公立学校は, 国の援助を唯一の財源としているからである.」 ix は, 「教育の平等」 を推進する 立場にある公教育 (公立学校) の こ の よ う に 述 べ て, M. Lacro. 「 維持の観点からも RPS 方式は受け入 れられない, と指摘した. そして, RPS 支持者の論議の一部 「 は採用される べき一ではある ものの, 公権力と自由 な教育との関係という デリケートな問題を解決 1 4 { }と 評価した す る 上 で, 最 良 の も の と は思 わ れ な い」 . ) ( 4. 国と私学の契約に基づく私学財政援助論. M‐ Lacroix は, 私学の観点 からも, 公教育の観点 からも RPS 方式の欠点を指摘 したが, それで. もなお私学 は 「国の財政援助を受けるこ とのできる完全 な根拠 がある」 と述べて, その論拠を次の ように示した.. 「国は実際に, 原則として国民の全ての子どもを教育する責務を有している‐私学は, それを部分的に引き受けて いるのである‐ 公立学校は, 別の場所へ通っている子どもたちを容易に受け入れるのだと語たることで, この事 実に異議を唱える者がいるであろうか‐ このように異議を唱えることは, 確かな現実を否定することである‐ も し将来, 全ての私学が自発的に閉鎖することを決定したなら, 公教育大臣は窮地に追い込まれるであろう. なぜ なら, その職員も, 校舎も, 予算も十分にはないからである. かくして, 私学の拠るべき私的発意は, 本来国の 負担に拠るべき支出を, 国に免じているのである‐ 結論は, 容易に導かれる. 公教育の予算は, 骨格的な予算である‐ もし人々が, 国の学校だけを考えるなら, それはそうだ. もしこの予算が, フランスの子 ども全体のために作成されるべきであると考えるなら, なおさら そう だ‐. これを基礎にして, 今後予算額を計算しなければならない‐ 次に, 公教育が全ての子 どもを受け入れるとする 場合に公教育が必要とする総額から,実際の公教育の運営に必要となる額を引くことが当然である‐その差額は, 私学のお陰で実現している節約額を表すのである‐ その差額が, 一種の払戻しとして私学に配分されよう‐ この制度は,RPS方式とは完全に異なるものであることが分かる.公立学校の義務的維持とその予算 は危険に さらされることはない‐ 私学の予算額と国 (公立学校) の予算額とは混合しない. だが, 公権力の任務を助ける 5 1 { ) 私的発意は, 正当に財政援助を享受するのである‐」. i ここでの M.Lac ro x の論旨 は, 明快である. それは第1に, 国は国民 の全ての子 どもの教育責務 者であること, したがっ て, 理論的には, 私学に依存しないで国 は公教育において全ての子 どもの 教育に必要 な財源 (公教育予算) を予め保有すべきこと. 第2に, 私学 が公教育の肩代わり をして いる事 実を認め, 私学のもつ公教育的役割の部 分について, 公権力 は当然, その代価を私学に支払 うこと, すなわち私学への財政援助をする こと. 第3に, 事実として 公教育が受け入れている子 ど. もの公教育経費と公教育が私学に依存している経費を分離し, 公教育の維持と公教育の役割を部分. 30.
(6) . キリスト教民主主義者の統一学校論受容の論理. 的に担っ ている私学の発展とを同時に促進 すべきである, と整理することができよう この論議は . , 8年にコ ンパニヨンが提起した「私立学校 は国家のなすべき仕事を分担する範囲内においては国 191 家より補助を受 ける権利がある. しかし, その他の私的要求を満足させる範囲に関して は自分自身 1 6 ( )という 私学の公教育分担論に立つ私学援助論と軌を一にするも のであ の責任とすべきである」 , ix は, この場合でも, 形式的自動援助方式とならぬことが 私学の立場から重 る. た だ し M‐ Lacro , 要である, という. なぜなら, 援助には国のコ ントロールが不可避 的に伴うからであり そのコン , トロ ー ル を 望 ま ぬ 私 学 も あ る か ら で あ る そ こ で M‐ Lacroix は さらに次のよう に提案するので . , あ っ た. 「したがって 非常に柔軟で 多様な組織を用意しなければならない 私学の予算額は 比例配分という自動方式 , , ‐ , では配分されないであろう‐ その予算額は, 国と多様な学校との間で締結される協約に従って与えられる かく ‐ して, 協力関係が設定され, それにより, 2者間の共通の合意によって協約の諸条件が定められるのである 一 1 7 ( } ‐. 国と私学の契約 に基 づく 私学財政援助論こそ, M.Lac i ro x の「教育の自由」の要求の核心を成す ものである. M.Lac i は その契約 の内容と公的コントロールの範囲に言 及して, ①「教授組織, rox ,. 教授法, 教科書などに対する国の注視権の行使」 , ②「教育の前での社会階級の平等の創出に関する. 諸法規 の適用」 が財政 援助を受ける私学に求められ, 私学の 「哲学的・宗派的傾向」 は公権力 のコ ントロールの対象外である, と提案する. そして, 公教育のコ ントロールを望まない私学もあり得 るのであるから, 「援助が無ければ, コントロールも伴わない制度」 と「援助が多くなれば コ ント , ロールも強化される制度」 の2つの枠組から, 私学がその自主性 において選択すべきである と私 , 学援助の制度原理を提起した. 最後に, コントロールが政治的影響の下に置かれることを避 けるた めに, その方策として「援助の認可と取消 は, 各種の教育評議会(Con i i i l ) により ta se res s Univers 1 8 ( )とも提案する のであっ た 検討され, 公教育高等評議会 への上訴権の可能性をもつべきである」 . 以上の内容を含む M‐Lac i ro x の「教育の自由」の公的保障論は, 自ら指摘していたように, RPS 方式とは異質 の性格を有するものである, とみることができる 私学が自らの意思で公教 育の実質 . を保有する程度に応じて, その財政援助を強化させようとする方式を 「国と私学の契約」 関係を媒 介として提案 した点は, 従前の私学側 の要求にはみられないものであっ た この提案 は 国と私学 ‐ , の対抗的関係という歴史的図式から脱却して, 両者の協力関係の樹立を目ざ したもであり それを , 通して共和制国家とカ トリ ック者の新たな関係を模索することを試みたも のであっ た そして こ . , i のことは M‐Lac ro x やJ ‐R が, すなわちキリス ト教民主主義者が, 共和制国家内存在であること を自己認識 していることの証左である, といえよう . M‐ Lacroix は 「教育の平等 (=統一学校) の実現と 「教育の自由 (=修道士排除立法 の廃止 」 , 」 と私学財政援助) の実現をめざした 『教育の民主的改革』 の 「結論」 において 次のよう にその諸 , 提案の意図を統括的に述べている. 「我々が推賞している改革は 私学の諸権利を無視することなく 教育制度の中になお存在しているあらゆる 階級 , , 的特権に終止符を打つとともに, 私学に対しては, より広い発展と開花の可能性を保障するものである この改 . 革は, 文化の諸要求を危険にさらすことなく, 教育の民主的平等を実現するものである ‐ PauI C tが適切にも, 『統一学校には, 2つの構想がある. 一方は容易であり経済的ではあるが 平準化 rouze , するものである. 他方は困難であり高価ではあるが, しかし民主主義を高揚させるものである と記した この 』 . 2つの構想の間で, 我々の選択は行れた‐ 我々が推進しようとしているのは 広い解決策であって 平準化のた , , めに文化を犠牲にするものでも, 独占のために自由を犠牲にするものでもない 我々の構想が勝利を収めるのだ ‐ 31.
(7) . 大 坂. 治. と確信しないことで, 人々 は我々に反対するのであろうか. 我々 は, 欺かれる危険がないであろうか‐ セクト主 義の方策を実現するために, 我々が民主的改革に与えた支持を, 人々 は利用しないであろうか. 危険は確かに存在し得る‐ しかし, このことでもって我々が危険に反対して戦うことから退くことにはならな い‐『統一学校』を求めるキャンペーンの基礎には,寛容の理念があるのである.我が国のような民主的国家にあっ ては, 人々 はその歩みを止めないであろう. そうした歩みに反対して立ち上がりたいと望むことは, 堤防を築い て上げ潮を防ぎたいと望むことと同じである‐ だが, 堤防は, もぎ取られてしまうであろう. もう一つのことは, 我々 が充足したいと思っている任務である‐ 民主主義者である我々 は, 民主主義が自らの より大きな戦いの一つを実現するように援助したい. そして, あらゆる道徳的・宗教的諸力の尊重を要求するこ とを決意した人たちの協力は,改革がセクト主義的な方向へ逸脱しないようにするための否定的な反対よりも, 実りが豊であるのである‐ 右翼の諸政党の政治家たちは, しばしば, カトリック者を, より一般的には全ての宗教的自由の擁護者を, 自 己の反動的な企てと結合させようと試みた. かくして彼らが獲得しえた支持は, 彼らに勝利を与えるものではな 1 9 ( } かったが, その支持は宗教上の思想に関して, 左翼の不信を強化させたのである.」. i この 「結論一 部において, M‐Lac ro x の 『教育の民主的改革』 の意図が鮮明に浮き上がっ ている ことを知る. それは, キリス ト教民主主義者として, 古き伝統主義者の目論見 とは反対に, 近代市 民社会の政体としての共和制を受容し, 共和制国家とカ トリ ック者の和解により, キリス ト教の再 生を目指すものであっ た, と言えよう. そのためには, カ トリ ッ ク側の教育要求 を一方的に主張し,. 民主的共和制の下での公教育の発展を志向する統一学校を排除すれば済むものではなかったのであ る. し た が っ て, M‐ Lacroix は, 教育における民主 主義の熱望のシンボルたる統一学校を巡る論議. の中で, 統一学校支持者の希求する 「教育の平等」 とカ トリ ック者の希求する 「教育の自由」 を, いずれも教育の民主的原則と位置づけ, 相異なる原理に立つ 「統一学校」 と 「RPS」 とを, 相互に 意義づけつつ独自の改革案 を提起することによっ て, 統一学校支持者 と RPS 支持者の双方に, 相互 寛容を求めたものである, とみることができる. この意味で, 公教育と私学 が相互に充実発展を遂 i ro x は,統一学校支持者,とりわけ急進 げるための基本的枠組みを提 起することを意図した M.Lac 「 党に対して は, 教育の自由」 の徹底 (=実施可能な国家的保障) を求め, 他方でカ トリ ック保守層 に対しては, RPS 方式に代わる, 「国家と私学の契約」に基 づく私学援助論を示しつつ, 統一学校= 「教育の平等」 の受容を要求 したものである, といえよう.. i m. M‐L ac r o xの所説の統一学校 論争における位置と教育制度 論上の意義 1.. i M r xの所説の統一学校論争における位置 ac o .L. M‐Lac i x の『教育の民主的改革励ま ro , 戦間期フラ ンス統 一学校論争の中で, いかなる位置を占 詳しく記述 したフラ ンス 一学校問題を自国の教育史の中で比較的 か 戦間期統 めているのであろう . 『 00一1967 tの著書 フランス教育 史 18 の教育史家, A.Pros 』 では, この 『教育の民主的改革』 へ l bo t t の言及はみられない. また戦間期統 一 学校問題の最 も詳しい研究書を著したアメリカのJ . Ta 928年頃から若 1914一1940年 フランスにお ける教育改革の政治学』 においては, 1927一1 による 『 きカトリ ック知識人集団 がカ トリ ック者と共和制の和 解を求めてカ トリ ック再生運動を展開したこ 2 0 ) こ と が 注 目 さ れ る も の の そ こ で も M‐ Lacro ix の 『教 育 と を, 1 つ の 章 を 充 て て 分 折 し て い る( ,. の民主的改革』 への言及はみ られない. このことは, この小冊子 が取るに足りぬものであっ たこと を意味するのであろうか. そうではないであろう. 32.
(8) . キリスト教民主主義者の統一学校論受容の論理. M.Lac i ro x の『教育の民主的改革』は, 戦間期統一学校問題が, 近代市民 社会の2つの教育理念 , 「 すなわち 教育の平等」 と 「教育 の自由」 の現実体 の再吟味を迫るものであ たことを示すもので っ ある. 統一学校問題を, 「教育の平等」 の一つの制度的表 現である 「中等教育 の門戸開放 問題と捉 」 え,「教育の自由」とは関わらぬものと把握 する傾向のある従前の統一学校論研究 の研究視角からは , 統一学校 に反対する論者 の論点 (例えば 「教育の自由」 の立場から 教育 の国家独占を導くものと , , しての統一学校反対論)は, その視野に入ることはない しかし M Lacro i x が示したように, 戦 . , . 間期統一学校 を巡る問題 には, 「教育の平等」 の公的保障 (また は M Lac i r o x 自身 は使用してい , ‐ ないものの 「子 ども能力に応じた教育を受ける権利」 の保障) と 「教育の自由 の公的保障が 一 」 , 定の緊張関係 を含みながらも 不可分の関係 にあっ たことが理解できるのある このよう に統一学校 . 論研究の方 法論に関わる意義をおさえた上で 統一学校論争 における M Lari の所説の位置を , ‐ cox 分析しよう.このことが,j i ‐R や M‐Lac ro x に代表される戦間期キリス ト教民主主義者の統一学校 論受容 の論理を解明することになる そのため には 戦間期統一学校論争の基本的な構図を 理解し . , ておかなければな らない. 第2次大戦後, J i tは, 「世界人権宣 言第26条」 の 「教育を受ける権利」 の条項を解説する age ‐P 「 中で, 統一学校」 の言葉の暖昧さ さらにはそ の政治的道具性 党派性を指 摘し 「ある国々 では , , , 政党がこのレッテルを横取りしたからである それは当然反対党を刺激 して そ のような事情がな . , ければ反対党も擁 護したかもしれない観念 に反対されたのであっ た ……それほどに党派的闘争 は . 観念よりもむ しろ言 葉に執着させるものである」 2 1 ( )と鋭く分析した この分析 の主要な対象 は 戦間 . , 期フラ ンス統一 学校論争にあるとみてよい であろう し またこの前提 に立 て戦間期 フランスにお っ , いて 「統一学校」 という レッテルを占有した政党は急進党であっ た とみてよい , . 急進党 は, 別稿で明らか にしたごとく 第1次大戦以前に 統一学校 の視点から国民教育改革構 , , 想を作成し議会 に 「教育 への権利のため の子 どもの平等を樹立する 法案 を2度 にわた 」 っ て提出し ていた. そして戦 間期において は, 統一学校 の理念=教育 の平等の実現を中 心的モ チーフとしなが らも, 統一学校 の適用対象を公教育に限定 するか あるい は それによ てもたらさ れる公教育 っ 制 , , 度の整備を私学にも適用 するかを巡っ て 党内で論議 の分れていたことは事実 である ( 2 2 )し か し,急 , ‐. 進党 の 主 要 な 指 導 者 た ち. - - 例 え ば 長 老 F. Bui iot s son, 党 の 領 袖 E‐ Herr ber tか らj , F‐ A1 .. Zay に至るまでの歴代の急進党文相 およ び19 25年度から19 32年度 までの公教 育予算委員会報告 , 者を務めた H‐Duco s-- は, 統一学校 の適用対象を公教育に限定 し 「教育の国家独占 の招来を 」 , 危倶するカ トリ ック者の懸念を取り除こう としていた むろんフラ ンス革命 の遺産相続人を 自認す . る急進党 は, M‐Lac i ro x の非難した修道士排除立法成立 の当事者であっ たのではあるが .. しかし戦間期において提起された幾多の統一学校案には 急進党の統一学校政策構想 (その体系 , 的な構想は, 公教育予算委員会のDu co s報告で逐次提示され, 民間の統一学校運動の要求を組み入. れて最終的 にはj ‐Zay 改革案として結実する) の他にも, 「統一学校 の公準」 として 「自然の諸適 性を完全 に発達させる教 育への子 どもの権利」であるととも に 「業績と能力以外のも のを考慮せず ,. に, 社会的職務の合理配分に対する国民の権利」 と位置づけた上で 統一学校制度の樹立を国の生 , 産諸活動の積極的な再配分の合理的組織とみなす 「国民教育の社会化 論に立つもの (教育友愛 」 2 3 ( )や 教育権 の国民的所有 の立場から とりわ け国民教育管 会) , 理組織にお ける国・教員組合=労働 ,. 組合・国民教育の利用者による国民教育共同管理構想を主軸とする 「教育の国民化 論 (初等教 員 」 2 4 { )などが提起され 急進党 の統一学校 構想とは著 組合, 労働総同盟, 社会党) しくそのベクトルを異 , にする潮流があっ たの である さらには 最左翼の立場 に立つ共産 党およびそ の傘下 の教員組合か . ,. らは, 急進党 の統一学校構想・政策 はブルジョワ階級に奉仕するブルジ ワ統一学校論 ョ であると規 33.
(9) . 大. 坂. 治. 「 定され, 真の平等 は社会改革の後に樹立され, したがっ て 子 どもの教育の平等」 も, 革命後のロ て 「 「 シアで実現されたような 労働」 に基礎 を置く 統一労働学校」 において実現する, と提起され 2 5 )これらの立場 は, いずれも「教育の自由」を教権支配 ないし ブルジョワ支配の口実として否 ( いた. 定的に捉えていたの である. したがっ て, 統一 学校の理 念 が, 「教育の平等」に基礎 を置くものであることは当然であるとして 一 「 も, 統一学校推 進者が 「教育の平等」 との関連で 教育の自由」 をいかに認識 し, その認識を統 学校構想の中でどのよう に示 している か, カ トリック者にとっ て重大な関心事となること は当然の こ と で あ っ た.. 中で捉 i M‐Lac ro x の所説を, 上述のような多様なベクトルの内在 しうる統 一学校論争の枠組の える時, キリスト教民主主義者の立場 からみて, 急進党の統一学校構想を近代民主主義に合致した があっ づ 統一学校構想である と評価 し, その限りで統一学校を実現すべきである, と枠付 ける必要 お i た. M‐Lac x の統 一学校理解とその具体 的構想で示された教育 機会の階級 的障壁の排除論に ro おいて ) 教育の選抜論に ( 中等 いても, 第1段教育の統 一論, さらには無償・給費拡充論, 第2段 あ も, その論理は, 急進党のそれ とほぼ同一 のもの であっ た. これでな ら協力できる, という訳で たのである i ro x の統一学校論受容の第1の論理であっ . る. 統一学校の限定的承認 こそ M‐Lac なる もたらすことに 拡充・整備を 公教育の は . 次に, 急進党の統 一学校構想とその政策の実施 , に要求 措置を強力 「 威とならぬ保障 自由への脅 =私学の 教育の自由 i それが L は M こ で そ 」 . acrox ,. 的な伝 す る こ と に な る. し か し そ の 際 M‐ Lacroix は ,特に統一学校反対の論陣を張っていた非妥協. 統的カトリ ック保守勢力の RPS 方式による「教育の自由」の主張の論理を一部援用しつつも, 公教 P 方式 育の統一学校化の実現と競合, 対立することのない新たな視 点を提起することによっ て, R S i ro x 意図は, とは異なる「国家よる教育の自 由」の保障論を展開したのであっ た.したがっ て M.Lac ことにあ っ たのであ 国家とカトリ ック教 会の関係を巡るカ トリ ック者内部での閉塞状況を打開する i x の中心的モチーフ は,カ トリ ック者と共和 制国家の大胆 な和解に ro る‐その打開のための M‐ Lac i x の「教育の自由」保障論 は, 同時に提起された ro 置かれていた. このように解 する限り, M.Lac 「教育の平等」保障論と分離 して位置 づ けることはできない. つまり, 公教育の統一学校化 が, 私学 財政援助方式 の存続・発展 と両立する ように, 私学の自主的選択の大枠の中で, 国との契約制私学 を同時に導入することが, 統一学校論受容の条件であり, 第2の論理であっ たのである. 伝統的カトリ ック保守層にとっ て, 「教育の平等」 を理念とする 統一学校論は, 1でみたよう に, さ 階級闘争や階級間の憎 悪を増幅させる 「噺笑的」 理論であり, 社会革命を導く革命理論であり, らに反キリスト教社会へ導くイ デオロギーと捉えられていた. しかしこの非妥協的な統一学校反対 論を展開 し, RPS 方式が全国民の支持を受け議会において 採択・制度化される展望のない閉塞的状 況にあっ て は, 「教育の自由」 の一形態たる私学の存続・発展のためには, 民主的共和制の発展を促 「 す統一学校の実現に協力 し, その代償 としてキリスト教育民主 主義者の要求( 修道士排除立法の廃 ) を明確にしたのであっ た. 止」 と 「契約制私学 財政援助」 M‐ Lacroix は, 公教育の宗教 的中立性を最善のもので はなく,止むを得ざる妥協の結果 と捉えて いたことは1において明 らかであっ た. 国から財政援助を受ける 私学は, その入学者に関して公教 権力 育と同一 の 「教育の平等」 の主旨 を採用するの だ. 私学も公教育に協力 するのである から, 公 だ との論 「 提供すべき , は公教育に子 どもを委ね ざるをない 親の教育の 自由」 により多くの便宜を 市民 修道士に対する 要求と同様に ク保守層の トリ i 伝統的カ ッ rox は, 理を展開 した.他方で M. Lac P R S 方 権としての教育権の回復を求めつつ も, しかして共和 制下の公教育 体制を破壊しかねない 式を排除して, 従前にはみ られなかっ た 「契約」 概念の導入により, 私学財政援助論の新 たな理論 34.
(10) . キリスト教民主主義者の統一学校論受容の論理. を定立し, これを通して 共和制の枠 の中でのカ トリ ック再生運動 の地平線を拓こう としたのであ っ た. この点に着 目するとき, M‐ Lac i ro x の『教育の民主的改革』にみられる構想と論理は, カ トリ ッ ク内部での統一学校脅威論 に対する明確なアンチテーゼとして提起された ものであると位置づける ことができるであろう‐ そしてこのことは 共和制下の公教育の拡充期 に直面 したカ トリ ク内部 , ッ に, 地殻変動が確実に始まりつつあっ たことの証左に他ならぬも のである J Ta l b t tによれば o . ‐ , キリス ト教民主主義 の運動は, 1 928年頃に本格的 に始動し, M‐Lac i ro x も参加したリール研究グ ループの結成とそのグルー プの手になる教育改革案 ( 「カ トリ ックの良心に照ら した教育 改革案 」 1931年)に結実した という‐ この研究グループの指導的立場にあ りかつ書記を務 めたP-H S i m o n . によれば, 「そのメ ンバーは, 二つの目標を抱いていた すなわち カ トリ ックの世論に対して 民 . , , 主的改革は教育の独占を伴わずに可能 であることを示すために また ブルジョ ワ保守主義 の防衛か , 2 6 らカ トリ ック者を切り離すことを示すため に」 { )という この2つの基本的な視点 は 教育改革 に関 . , する限り,既に M‐Lac i ro x の所説に含まれたも のであっ た.キリス ト教民主主義 者の統一学校受容 論, とりわけリールグルー プの教育改革案とそ れに対するカ トリ ック保守層 の理論的指導者との間 での論争そ れ自体の詳細な分析はJ l bo t tの著書に譲るべきであるが, 本稿で整理したカ トリッ ‐ Ta ク内部での統一学校を巡る2様の対応 という基本 的な図式が再 現される ことを指摘するにとどめて お こう. 2.. M‐L i ac r o xの所説の教 育制度論上の意義 -- 結びに代えて --. M‐Lacro i x の所説は, 教育制度論, とりわけ「課題として の現代公教育論」にとっ てなにがしか の有効な視点を提供するも のであっ たのであ ろうか この点を検討すること で本稿の結びとしたい . .. 序において述べたように, 戦間期統一学校論争は 「課題としての現代公教育制度論の生体母体 で , 」. あっ た. この点で, 現代公教育制度論 の中心課題を「子 どもの教 育を受ける権利 (より積 極的には 」 「子 ども の学習権 ) の実質的・公 的保障の実現にあるとす 」 るなら, これは教 育する権利 (親や教師 の教育 の自由) との間での一定の緊張関係を含まざるを得ない 戦間期において 急進党 の統一学 . , 校理念や, コンパニ ョ ンを中心とする民間 の統一学校運動で は 「子 ども の教育の平等 の名におい , 」 て, 「子 どもの教育を受ける権利」を能力に応じて保障するという課題意識は明確になり か , つ国家 経済的必要 の下で国民各層 に次第に浸透し 社会的な受容 の過程をみることになる したが て M , っ . . Lac i ro x の所説の教育制度論上 の第1の意義 は, この権利 問題の角度から捉えることができる . 子 どもを, そして子 どもの能力を公教育 の中心に捉えることは戦間期統一学校論争 の過程で明確 に姿を現すが,この点でキリスト教民主主義者とりわ け M Lac i ro x の所説では,どのよう にこれを ‐ 捉えていたのであ ろうか 伝統的カ トリ ック保守勢力 の RPS 方式要求 の教育権的認識には . , 教育す る立場 の論理が全面に打ち出され 子 どもは 少なくとも教育 の客体として の位置しか与えられ て , , いなかっ た‐ 家庭教育の延長として学校が位置づ けられ したがっ て 「親の教育権 の代理的行使 , 」 として 「学校の教師の教育権」 の正当性が導 かれ さらに親と教 師の教育 権を規制・制約するも の , として教会 の教育権と国家 の教育権が位 置づけられていた そしてこの4者の教育権主体者 の協力 . 関係 が述べら れてはい たものの, そこには 「教育を受ける子 ども の主体性 という自覚や認識は み 」 られなかっ た. 子 どもは, 教育権 所有者4者にとっ て あくまでも 「教育 の客体 にす ぎないも の , 」 であっ たのである. このよう な2 0世紀初頭 におけるカ トリ ック教会の教 育権論に照ら して M La . ‐ croix の 所 説 を み る と き, M‐ Lacro ix は, 「教育 の民主的改革」の二つの原理( 「教育 の平等 と「教 」 育の自由」 ) に「子 どもの利益」 論を前面に押 し出した M Lac 「 i は ども 子 r o の能力に応じた教 x ‐ ‐ , 35.
(11) . 大 坂. 治. 「 育を受ける権利」論という表現 こそ使用 はしなかっ たものの, キリスト教民主主義者にとっ ては 子 i ro x は, 公教育制度に内在 どもの利益」論こそ, 権利論の別の表現であっ た, とみられる. M.Lac する階級的特権の廃止を公権力に求めるの論理においても, 私学の水準維持を求める 公権力の責任 教 の論理においても, 公教育と私学教育の総体たる国民教育制度の基軸を, 子 どもの能力・適性, i x は,カ トリ ッ クの内部 ro 育の受益主体者としての子 どもに置いてい たのである.かくして M‐Lac にあっ てキリスト教民主主義者の立場から現代公教育制度の課題にア プローチする視点を明確にし たものと評価 することができるのである. i M‐Lac x の所説の第2の意義は, 統一学校体系化に不可欠 な個別問題につ いて は急進党のそ ro れとほぼ同一 の歩調 をとりつつ も, 教員養成の統一問題に重要な視点 を提起したことを挙 げなけれ ばならない. 公教育の教員 が2分されていた当 時にあっ て は, 初等教員の教育志向は, 共和制, 世俗社会, 職 業社会という子 どもが生活する上で直ちに必要 とみられた観 念と結びつくものであり, 他方で中等 教員のそれは, 社会の指導層を長期間に亘って養成して きた伝統を背景として, 教義主義 (文化主 義) に傾斜して いた. 初等教員 は, 民衆の子 どもは民衆と して育つこ とを願い, 中等教育を初等教 育の延長に位置づけることには相当の抵抗感を抱いていた. これとは対照 的に中等教員 は中等教育 に対する 初等教員の無理解を難じ, 中等教育 がブルジョワ的教育であると批判されても, 中等教育 の伝統的教育価値に絶対的な誇りを持っ ていた. したがっ て教育系統の分離 が生み出した教員の2. 元的養成過程の問題は, 初等教育と中等教育を一つの教育体系の連続する二つの段階として編成す. る上で重大な障害を成していたのである. 統一学校論争の中でも, この教員養成問題 は, 最も手の i ro x の論理は, まことに明快であっ た. 付け難い領域の一つであっ たのである. この点で, M.Lac 教員養成において, 共通の基礎となる教育, 学習, 生活体験を持っ たことによっ て, 2つの教員世. 界の相互不信は氷解し相互理解が生まれ, 国民教育体系の各段階の教員が, その前段階の, あるい. は後続の段階の教育の意義を理解し, 一貫性のある教育に当たることが可能となる. したがっ て統 一学校が制度的に実現され十分に機能するために は, その主旨を理解する教員の存在が鍵を握るこ とになる. そこで, 教員養成過程の共通の幹を可能な限り長期設定せよ, というのであっ た. この i ような M‐Lac x の視点 は, 統一的国民教育制度の形成にとっ て不可欠な視点 を提起するもの で ro あっ た. と評価することができる. M.Lac i x の所説の第3の意義 は, 私学財政援助論の新 しい地平線 を切り拓くことにあっ た.そ ro の私学財政援助論 は, 近代の公教育行財政論の一つの あり方を示すものであっ た.19世紀のフラ ン 公 「 スで は, 私学の拠っ て立つ宗教教育 は公立学校に 宗教・道徳教 育」 が導入されるほ どに強度に ・ 教育課程 r ry 改革によっ て公教育の世俗化法制( 共性が認知されてい た‐ しかし1880年代のj ‐Fe 教員の世俗化) が強力に推進された結果, それ以降, 私学および宗教教育の公共性は認知さ れるこ とがなかっ た. したがっ て宗派教育に基礎を置く私学は, 私学に子 どもを通わ せる親の教育費2重 払い論を論拠として国家による私学財政援助論 (RPS 方式) を展開せざるを得なかっ た. しかし既 に述べたように, この論理が 国民世 論に受け入られる客観的状 況はなかっ た. 第1次大戦以降のコ ンパニ ョ ンの 「私学の公教育分担論J に基 づく私学財政援助 論を一つの世論. 担論に加 ix は 的 背 景 と して, そ こ で M. Lacro ,国家の全国民に体する教育責任論と私学の公教育分. P えて, コンパニ ョ ンの提案に はみられな かっ た 「国家と私学の 契約」 概念を導入 して, 従前のR S方式とはその性格を異にする私学財政援助論を提 起したのであっ た‐ それは, 急速にその発展の 公 兆しを示す公教育の拡充の論議 (=統一学校推進論) を前に, 私学の生き残る道は, いたずらに i ro × は, 教育との対抗関係に身を置くべきではない, という認識に支えられて いた. そこでM.Lac 36.
(12) . キリスト教民主主義者の統一学校論受容の論理. 私学がそ の独自性を堅持しつつ, 公教育とともに国民教育の一部を分担すること 逆に国家は私学 , に公共性が認定される程度に応じてその財政を援助 すること 契約は国家 と私学の当 事者に拠る協 , 議に基づいて締結され, 援助の認可・取消 はそれが政治的影響 に支配されないよう に 教育専 門家 , の構成する各種 の教育評議会が行う, な どを提案するのであっ た ( 2 7 ) i ro x の『教育の民主的 . M‐Lac 改革』 は, その序において民主主義 における 「国民教育の組織」 の探求にある と明言していたこ , とを想起 するなら, 国民教育における 私学の位置と役 割に照らして 国民教育総体 の責務を有する , 国家による 「教育 の自由」 の保障制度の新しい視点を提起したものといえよう . 最後に, M.Lac i ro x の所説は,19世紀の歴史過程 で形成され, 対立的契機 を内包していた「教育 の平等」 の理念と 「教育の自由」 の理念を今一度捉え返 し 「教育の平 等の中での自由 の保障 「教 , 」 , 育の自由の中での平等の保障」 という視点を教 育制度の課題と して提起するものであ た とみる っ , こ と が で き よう.. )王. ( 1 ) 北海道教育大学紀要 (第1部C) 第4 1巻第1号‐ 1 990 ‐ ( 2 ) 急進党結成の主旨と急進党の政治的立場については 拙稿「戦間期急進党統一学校政策構想策定の前史 --1 13 9 , 年の国民教育改革法案を中心に --」 (教育制度研究会 『教育制度研究』 第22号 1989年所収) を参照されたい , . ( 3 ) こ の論理につ き, A. Prost i鱒]ementen France 1800一1967 A Col in , じEnse . ‐ , ‐1968 ‐pp .206一209 ‐及 び p .218 ‐ ( 4 ) M. Lacro ix は , この排除立法が 「暴力的な政治闘争の時代」 の産物であっ た, と述べている (M‐Lacroix,La ’ Re formedemocrat iquedel ig dp 34 ense I ement 1 .s ‐ . ‐). ( )l 5 b i d ‐ ( 6 ) lbid ‐. ( 7 )工 b i d ‐ ( 8 ) lbid ‐ .35 ‐ ,p. ( 9 )l b i d ‐ 0の 1 b i d . ( I D 工bi d . ‐36 . ,p 鯉) lbid . ‐37 . ,P Q 3 ) lbi d ‐ .38 ‐ ,p ( 1 の 1bid . ‐9 ‐ ,P Q ) 工bidつpp 5 ‐39一40 ‐. ( 1 6 ) コンパニョ ン協会 (桑原敏明他訳) 『新教育制度論』 (世界新教育運動選書22 明治図書 1 ) 9 1 , ,p . 989 ‐1 . Q 7 ) M‐ Lacro ix i t .op ‐c . ‐40 . ,p Q ) 工bid 8 ‐. ( id ・ 9 つ .b ・ -43‐44 ,pp .. 伽 )ヱ t i i t ionalreform in France 1918一・940 Pr csofeducat ince ・ Talbot iver ton Un i , The Pol ty Pres s s , ・ .1968 . 師 『ワロン・ビアジュ教育論』 (世界教育学選集28 明治図書 19 )p 3 , . 63 . 16 . ( 2 2 ) 急進党内においては, 第1次大戦前より 「教育の自由 か 「教育の独占 を巡 て 激しい論争が 」 あった (D.R , っ , 」 . VVat l i i t son i fonnin France dur csofeducat onalre ing せ l i iquel900一1940 , Thepo e Th rdrepubl tand n Pas ‐i oA C Present 3 4 1 9 6 6 3 4 およ び i L p t i p R a e d i l . ‐ . t Radi ia l i , . . rp n er cal t ‐ soc s e at raver , e a貴 a ca e ssescongres ( 1901~1911 )‐1913 ) そ して 大 戦 後 に あ っ て も 党 内 で影 姿醤力 を も っ て い た A‐ Aul .2-44 . ,pp ard は, 1924 年 に宗 派. 立私学は世俗的共和制に対する巨大な武器であり したがって私学を廃止し 全ての国民の子どもが 「 国民学校」 , , , 初めて統一学校が実現するのだ, と主張していた ( l bot J i t t ) 0 5 .Ta ‐c . ,op ‐1 ,p ‐ 党内では, 私学問題は, まだ完全に決着してはいなかったのである. ’ ( 2 3 ) Le Groupefrateneldel ignement じ愚oo l ense inc i euni espr teme l que:l es s pes l eb d t 1925 3-4 ’ 1 ( ecol i l en t ) の椅子の上で友情 に包まれて結ばれるとき a ona e. ,. (フランス国立教育研究所図書館所蔵). ,. y. ,. u ge.. .pp ‐. ‐. 37.
(13) . 大 坂. 治. ’ ) 構想とその統一学校運動における位置づけにつき, 拙 i i t ional i on del ens e l sat gnemen 御 「教育の国民化」 ( anat 稿 「統一学校是非論 -- 戦間期フランスの場合」 (真野宮雄・桑原敏明編著 『教育権と教育制度』 (第一法規, 1988 0 3一26 年所収) pp .25 ‐ を参照されたい. 9.6. 92 s s on の一連の 「統一学校に関する報告」 (同誌1 i e 92 9 l e e ma n c 篠) じ&; p oe .1 . 4‐ 14号. とりわけ, Hu 16~1927‐7. 28 の 各 号) i tりp l bot t ( 2 6 } J .192 . .c . Ta ,op. 9 95 ixの契約制私学財政援助論の提案内容の主旨は, 公教育擁護陣営のはげしい抵抗を受けながらも1 節 ) M.Lac r o ることになる 係法 ) において実現す ブレ法 ( 国家と私学の関 年にド . (本 学 助 教 授. 函館 分 校). (付記) 本研究は, 平成元年度文部省科学研究費(一般C)補助金の交付を受けた研究成果の一部 で あ る.. 38.
(14)
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